ダンデァ......!(フルフルニィ   作:ねここ

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ライバルとは

「よぉ、ダンデから連絡があったから来てみれば.........ホントにいるとは思わなかったな」

 

 懐かしい声がする。といっても、懐かしがる程長い間会っていなかった訳でも無いが。

 シンオウ地方への航空便待ちで搭乗口前のロビーで寛いでいた私の前に現れた見知った顔にそんなことを思った。

 

「キバナか」

「おう。見送りに来たぜ、キキョウ」

 

 キバナとはジムチャレンジの同期の関係で、ダンデやルリナ、ソニアと同じく10年来の友人だ。いや、本当に友人かな? そんな親しい関係でもない気がする。バトルくらいはしたことあるが個人的に会ったこととかはないし。

 ついでに言うならセミファイナルで結果的に決勝まで上り詰めたこいつより私の戦績の方が低くなってることは未だに納得していない。

 

「別に来なくてもよかったのに。お前も忙しい身だろうに」

「それじゃ味気ないだろうよ。もう二三年帰ってこないって話だったし、それなら顔合わせるくらいなんてこたねえよ。それに色々と話も聞きたかったしな」

 

 相変わらず飄々とした調子のタレ目ノッポに苦笑する。追求は覚悟していた。私自身、自分の行動が突飛な自覚はあったし説明責任くらいは果たすつもりはある。

 特にソニア辺りには主にダンデ関連で色々と押し付けてしまう予定があるので尚更。

 

「いいよ。何でもとは言わんが、大抵の事には答えるよ。つーか、そもそもハナからこうするつもりではいたよ私は」

「それは知ってる。昔から事ある毎に呟いてたからな」

 

 話の流れから薄々勘づいてはいるだろうし、今更話す事でもないが、私はこれからガラルを出る。他の地方で手持ちの戦力の増強及び鍛錬に努める。

 

 ダンデとは相当の付き合いだ。それこそ10年の。つまり互いの手持ちや戦術は当然、択の選び際の趣向に至るまで分かり尽くしている。そんな有り様では私達のバトルに想定外の事態というのは起こりえない。つまり、まともにかち合えば地力で劣る私は順当に負けるということだ。

 はっきり言って五分以下の戦いに臨む気はサラサラない。明確な勝算のない勝負なんてものは博打以外の何ものでもない。

 だから私は勝ち筋を作りにダンデから離れる必要がある。はっきりいってしまえば、私はダンデとの正面衝突を避けた。

 

 卑怯かな? 多分、私の話を聞けば大抵の人はそう思うだろう。実力で勝たなきゃ意味が無いという言い分は分からんでもない。そこに一定の理解を示すことは私にもできるが、それでも私はこの手の盤外戦術が卑怯とは思わない。

 地力で正々堂々と戦うなんてことは所詮トレーナーの美意識の話でしかない。自分の欲求を満たすためだけの行いだ。そして、その尻拭いをするのは結局ポケモンの方だ。

 勝利に貴賎はない。勝てば官軍。負ければすべてが無駄。観衆はその裏にあった努力やら想いなんてものは顧みない。結果しか残らない。負けたポケモンは負けたポケモンとしてしか人々に記録されない。

 ならば勝つために努力すること、手を尽くすことが悪なわけが無い。血が滲む程の研鑽を、勝負に賭けた想いを、ポケモン達のこれまでを無駄にしないためにあらゆる手を使う義務がトレーナーにはあると私は考える。

 

 ダンデは強い。生半可な付け焼き刃程度では打倒するに足らない。だから本腰を入れて策を練り、ダンデの知らないバトルスタイルを築く必要がある。ダンデから離れなければならないのはそれを悟られないようにするためだ。

 .........まあ、キバナが知りたいのはそんな戦略的な部分ではないだろうが。

 

「俺が知りたいのはなんで今かって話だ。10年間も何もしなかったテメェが、今更なんでその気になったんだ」

 

 若干、言葉に棘を感じる。それもそうだ。ダンデはキバナのライバルでもある。コイツも私と同様、10年間もその打倒に血道をあげてきた。なんか独占欲というか、獲物を取られるような感覚を覚えてるのかもしれない。

 そんなキバナだからこそ、私の気持ちは分かるだろう。

 

「結婚しようって言われた」

「は?」

「結婚しようって言われた」

「.........惚気か?」

「ちげーよはっ倒すぞ」

「いや、まあ男女の関係でもないのに同棲なんかにこぎ着くのはそっちの方が理解に苦しむ話だし、順当、なのか?」

「ちげーつってんだろ!!!!!」

 

 まじで勘違いしないで欲しい。その手の浮かれた話なんてアイツとの間にない。いや、まあ。流れでそういう仲になったことはなかった訳でもなかった気がするが.........今はどうでもいい!

 つーか、あの発言には私は寧ろ怒りを覚えた。

 

「なぁ、キバナ。お前はナックルのジムリーダーになって久しいが、周りが嘯く自分とダンデとの関係をどう思ってる?」

「なんだよ、それ今関係あんの? それより御祝儀っていくら詰めればいいの? 式はいつ?」

「マジでいい加減にしろよお前.........ッ!」

 

 ゴホンとわざとらしく咳を鳴らす。察しろという合図。ヘラヘラしながらもキバナは頷いた。

 

「ライバル、って話だろ。皆が俺サマとダンデの関係をそう呼んでる。別に悪い気はしねぇが」

「本当に? そう思うのか思えるのかキバナ」

 

 あ?と怪訝そうな目で睨めつけるキバナの双眼を正面から受け止める。否、覗き返す。これは腹を割った話だ。建前なんかいらない。ただ、生の感情を探る。

 

「公式戦で10戦10敗。それ以外の野良試合でも全敗だ。一回もお前はダンデに勝った試しはない。ライバルっていうのは普通勝ったり負けたり、拮抗した関係を示すハズだろう。お前らはそうじゃない。明らかにダンデに分がある。それでもそう言われるのは、お前以外にダンデ相手にまともに勝負出来るやつがいないからだ。だから暫定的にそう呼ばれてるだけだ。違うかな?」

「.........何が言いたい。もしかして俺サマ喧嘩売られてるのか?」

 

 キバナの目に剣呑な色が宿った。当たり前だ。私だって同じこと言われりゃキレる。自尊心に障る、そういう言葉をわざと選んで使っているから。

 

「悪い。そんなつもりは無い。だが敢えて気に触る物言いをさせてもらう。はっきり言うぞ、多くの人間が、お前がダンテに勝つことは期待していない。あくまで当て馬だよ、お前は。派手に戦って派手に散る、ダンデの引き立て役としか思っちゃいない。そう思われてることをお前はどう思う」

「あー.........だからなんだって感じだ。俺サマは別に誰かのために戦ってる訳じゃない。俺サマがダンデに勝ちたいから戦ってるんだ。他のやつがどう思おうが、はっきり言ってどうだっていい」

「じゃあダンデ自身がそう思ってたらお前はどうする?」

 

 ばっと。音がなりそうな勢いでそっぽをむいて私から目を逸らしていたキバナの首が動いた。

 

「言ったのか、そんなことを。アイツが?」

「いや、言ってない。もしもの話だよキバナ。だから冷静に答えてくれ」

「そいつは.........かなり凹むな。勝ちたいと思ってる相手に歯牙にすら掛けられてないってことは、かなり辛いと思う」

「だろ?____私は今そんな気分だ」

 

 そこでやっと気付いたようだ。私の状態に。先程とは一転して、まさかという困惑を伴った視線で私の姿を覗くキバナ。それに私は自嘲気味な笑みを返して続けた。

 

「普通よぉ、真剣に競い合ってる最中にだ、勝ちたいっていう純粋な闘争心と敵愾心以外に他の甘っちょろい感情が介在する余地はないはずなんだ。間違っても、こいつを守りたいとか幸せにしてやりたいとかそんな気持ちは湧かない。ボロくずにして、心を削ぎ落としてやりたいって思うような敵に対してそんな思いは抱かない」

「いや、流石の俺サマもそこまでは思ってな___」

「ともかくだ、有り得ないんだよ。アイツが今でも私のことをライバルと認めてるなら『結婚しよう』なんてセリフはな」

 

 つまるところ、そう。既にダンデの中では私は敵と認められていないということ。相手にされていないということ。.........下に見られているということ。

 

「屈辱だよ。それで気が付いた。今の今まで私は日和っていた。ダンデにそう思われてもおかしくないくらい鈍ってたんだよ。覚悟が足りてなかった。だから決めた。これ以上、アイツに私の情けない姿を見せたくはない」

 

 それがかねての計画を今実行しようと思った理由。私が一番許せないのはダンデにそう思わせた私自身の無様だ。適当に理由をつけて決着を先延ばしにして、逃げ続けていた私。私が嫌っていたはずの存在に身を落とそうとしていた私に一番むかっ腹がたつ。

 だから決意した。ダンデを倒すと。私が納得できる形で前に進むためにはもうそれ以外に道がないと悟ったから。

 

 そんな私の意を汲んだのか、呆れたようにキバナは溜め息をついた。

 

「なるほど、な。それなら俺サマが、よりによって俺サマがお前を止める理由はないな。下らない話だったら引き摺ってでも止める気で来たんだが」

 

 そう言って一旦頭を掻くと、次の瞬間にはニヤリと笑った。バトルに挑む時のような、鋭利な刃物を思わせる鋭さを伴った気迫で。

 

「行けよキキョウ。行って、そんで力をつけて帰ってこい。あんまり遅ぇと俺が先にダンデを倒しちまうぞ」

「なら競争だな。せいぜい私が帰ってこん内にけりを付けられるもんなら付けとけ。じゃないと私がテメェの見せ場奪っちまうぞ」

「抜かせよ」

 

 軽口を叩きながら腕を合わせる。互いに同じゴールを目指す者同士、私達はあるいはダンデ以上に気持ちが通っている。分かりあっている。だから激励する。成し遂げるのは自分だと確信しながらも、それでも相手の悲願の達成を誰よりも祈る。矛盾しているようだが、人間の感情なんてそんなもんだ。

 

 それを皮切りに、キレイさっぱりとした気持ちで私はガラルを発った。

 キバナが先を越すならそれはそれでいいとさえ思った。大事なのは結局、自分が納得できるかどうか。キバナがそれを成すなら、私は納得できる。チャンピオンの座は一時くれてやることになるが、その後にでもダンデをぶちのめせればそれでいい。そう思った。

 ____数年後、ニュースでダンデがいつぞやのユウリとかいうぽっと出の少女に負けたと知って絶叫を上げて椅子から転げ落ちることになるとも知らず。


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