ダンデァ......!(フルフルニィ   作:ねここ

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テイクフォーエバー

 ブラッシータウンはガラル郊外に位置する自然味溢れたのどかな街である。そこにはたいした人工物はなく、ポケモンが自然体のまま溶け込めるような街並みで、だからこそ研究観察には持ってこいだ。マグノリア博士がここに研究所を建てた気も分かる気がすると、窓辺の景色を見遣りながらそう思った。

 

 ホップはダンデの弟だ。彼が物心つく頃には既にダンデはチャンピオンで、あまり一緒に育ったという覚えは少ないがそれでも自慢の兄貴として誇らしく思っていた。彼はダンデの背中を見て育ち、その姿に憧れてチャンピオンを目指したこともあるのだがそれは昔の話だ。

 夢の転換期。それも含め、この数ヶ月はホップにとって人生観を変えるほどの激動な日々の連続だった。

 その中で親友のユウリが無敵のチャンピオンだったダンデを下し、新たな伝説を築いたのは記憶に新しい。今でもあの時の光景が目に浮かぶようだ。

 その時から薄々感じていた。これは面倒くさいことになるんじゃなかろうかと。事実、その余波は今更になってホップを襲い始めた。

 

 ある昼下がりのことだった。トレーナー業と並行する形でポケモン博士を目指し始めたホップが、コーヒー片手に師匠のソニアからの課題を眺めていたときだった。

 スマホロトムの着信音を耳にして、直感的に嫌な予感を覚えながら着信相手の名前をロトムに問うたところ、やはりというか、例の知り合いの名前を上げられたところで自分が貧乏くじを引かされたことを確信した。

 仕方なく。ホントに仕方なく繋げるようロトムに伝えると、次の瞬間にはスピーカーの出力ギリギリの音量で自分の名前を呼ぶ絶叫を聞いた。

 

『ホォォォォップ!!! おい、おまっ。これっ。ホォォォォップ!!!!!!』

「姉ちゃん。言いたいことは分かるけどせめて心の整理つけてから電話かけて欲しかったぞ」

 

 キキョウ。数年前に海外へ出た姉とも呼べるくらいに親交深い知人の、相変わらずの騒がしさに懐かしさを覚えながら苦笑を浮かべてそう言った。

 

 

 

 

「キキョウが帰ってくるのか.........!?」

「うん、電話口でそう言ってた。なんでも今まで電波の届かないところに篭ってたらしくて、今頃兄貴が負けたのに気付いたって騒いでたぞ」

 

 バトルタワー。シュートシティのほぼ中心に位置するこの高層タワーは国際機関であるポケモンリーグのガラル支部の中核となる拠点のひとつである。

 元々はローズタワーと呼ばれる大企業マクロコスモスの本部であったが、先のブラックナイト事件に伴うローズ委員長の逮捕騒動を機にチャンピオンを退き跡を継いだダンデが所有するに至った。

 その委員長執務室にてホップは先日のキキョウとの会話内容をダンデに報告していた。

 

「そうか.........それで、なんて言っていた? その、俺がチャンピオンじゃなくなったことに」

 

 ダンデはファイナルトーナメント決勝でユウリに敗北して以来、ある不安を抱えていた。

 敗北したこと。チャンピオンを追われたこと。それ自体に彼自身思うことはない。満足のいく戦いだった。崖っぷちのギリギリで鬩ぎ合うような戦いは久しく、全力を出し尽くしてなお最後の最後で自分が今一歩届かなかった。そんなバトルはそれこそ十年ぶりのことで、強敵に飢えていた彼はそれまでの孤独から解放されたような清々しさすら覚えていた程だ。

 ただ心残りがあるとすれば、それはキキョウのことだった。数年前リベンジを果たすと息巻いて自分のもとを離れたキキョウとはある約束を交わしていた。つまり、次のバトルで勝った方が負けた側にひとつ言うことをきかせられるというもの。「私が勝ったら結婚の話もなしだ」と言うキキョウの目は鬼気迫っていた。それだけ彼女の本気が伺える話だった。

 だが、それはあくまで無敵のチャンピオンであった自分との間で結ばれた約束であったように思う。今の自分はチャンピオンではない。キキョウはそれでも自分とバトルしてくれるだろうか。キキョウと連絡がつかない数ヶ月間、ダンデの頭の中にはその考えばかりが浮かんでは離れなかった。

 

 そんな女々しさすら覚える自身の苦悩を晴らしてくれることをホップに望んだダンデであったが、

 

「うーん。それは俺から伝えるよりも、本人から聞くべき話だと思うぞ兄貴」

 

 無碍に断られた。ホップとて承知している、二人の関係やその他のいざこざについても。キキョウの気持ちはよく分かる。彼女には自身と似通っている部分が多いとホップは考えていた。ダンデとキキョウ、そのあり方は自分とユウリのそれと酷く似ている。

 だからこそ、その話は本人がするべきだと思っていた。しょげたイヌヌワンのような顔をするダンデには悪いが、そこだけは譲れない。

 

「うーん。話遮っちゃって悪いんだけどキキョウさんって誰だっけ? 私、知ってる人?」

 

 間の悪い沈黙に耐えかねて、同室のソファーで二人の話をこっそり聞いていた人物がそう声を上げた。

 肩にかかる程度に短く整えられた栗色の髪を指先で弄り、同じ色のクリっとした目を気まずげに細めながら「えへへ」ととぼけたような雰囲気を纏った彼女の名前はユウリという。

 ダンデを下し、現ガラルリーグのチャンピオンとなった少女が彼女であった。

 

「多分ユウリは一度だけ会ったことがあると思うぞ。覚えてないか? あの、赤いジャケット着た黒髪の」

「うーん。あっ、もしかしてあの一回戦負けの人!」

「そうだけどそれ本人の前で言っちゃダメだからな.........」

「そんなことは分かってますぅー。ていうか、元はと言えばホップがそのことで弄りまくってたから変な覚え方しちゃったんじゃん!」

 

 元気よく怒りたくる親友の姿にホップは苦笑いしながらどうどうと宥める。こういう所がユウリは非常に子供っぽくて微笑ましい。それ故に、バトル時の彼女の姿との差に凄まじいギャップを覚えてしまうのだが。

 

「ところでさっきからずっと聞きたかったんだが、ユウリ。キミ、なんでここにいるんだ? 確か俺の記憶では今頃君はチャンピオンの取材やら書類仕事でてんやわんやのハズなんだが.........」

「えへへ、めんどくさい上につまらなかったので他の方に投げてきちゃいました」

「『えへへ』じゃないんだよなぁ」

 

 これは後で苦情がくるな、と他のジムリーダー達が肩をいからせて直談判しにくる姿を想像してダンデは頭を抱えた。

 と、同時に羨ましく思う。自分にも少しばかりユウリの無邪気さやら天真爛漫さがあれば、もっと人間らしい生き方が出来たかもしれないと思ったから。そうすればキキョウやキバナ、ソニア、家族の皆とももっと過ごせる時間が増えたのではと。考えても仕方のない話だが。

 なればこそ、ユウリに自分と同じ轍を踏ませる訳にはいかない。多少は、目をつぶるとしよう。

 

「まぁ、今回は許そう。だけど次はちゃんとしてくれよ? じゃないと今度こそ俺がすごく困ったことになっちゃうぜ」

「りょーかい、です!」

 

 びしっと敬礼するユウリにそこはかとない不安を覚えながら、ダンデはさっきから聞きたかった本題に戻ることにした。

 

「それで、キキョウはいつ帰るって? 予定を調整してなんとか空けるから聞いておきたい」

「今日だって」

「そうか、今日か。今日!?」

 

 心の準備が出来ていなかったダンデは普段の彼から想像できないような呻き声をあげた。これも新手の戦術なんじゃないかと割と本気で思った。朝駆け夜討ち上等の彼女のことだし大いに有りうる。

 

「そんなこと突然言われても、俺にもスケジュールというものが」

 

 ダンデが委員長になってから、チャンピオンのとき程ではないがそれなりにリーグの仕事が回ってきている。元々研究者肌のある彼だから書類仕事が苦手な訳ではないが、それでも今日一日で終わらせなければならない仕事は山ほどある。

 どうしたものか、と視線を何気なく彷徨わせるとユウリと目が合った。

 チャンピオン業を堂々と放棄してホップが来てると聞いて遊びにきたユウリ。その姿を見て、ダンデの脳裏に天啓が舞い降りた。

 

「よし、俺もサボっちまうか!」

「.........本気で言ってんのか兄貴?」

 

 サボタージュの敢行を決めるや否や、早速外出用の上着を羽織り始めたダンデに呆れつつも、ホップは内心喜んでいた。

 奔放そうに見えてダンデは真面目過ぎる性格だ。それ故に、チャンピオンとなってからは自分をあまり出そうとせず、その理想の姿を演じ続けてきた。それがこうして自分の気持ちに素直になっている。

 大人として責任やら越えてはならない分水嶺こそあるが、今だけはダンデの蛮行を見逃そうとホップは思った。

 

 

 

 

 すごく、ドキドキする。興奮しているとは少し違う。バトルのときに覚えるような高揚感とは別の鼓動の高鳴りだ。

 不安といえば不安だ。どう話が転ぶか分からない、そういう不安で心がいっぱいいっぱいなのを自覚している。

 

「おい、大丈夫かよダンデ? 顔真っ青だぜ」

 

 隣でキバナがそう言って俺の顔を覗いているのに今気付いた。いつの間にか周囲のことが見えなくなっていたらしい。

 

「問題ないぜ! これは武者震いだ」

「本当かよ.........」

 

 心配そうな顔で訝しんでいるキバナはキキョウが今日帰るのでその出迎えをすると声をかけたらすぐさま来た。正直、ユウリほどじゃないが彼も相当忙しいはずなのだが彼らのこのフットワークの軽さはなんなのだろう。なんだかんだユウリも物見遊山と称してついてきているし、そのお守りでホップもいる。

 人集りを集めないよう空港のロビーで顔を隠し、努めて地味なパーカー姿でいる俺の努力虚しく既に何枚か色紙にサインを書く原因になっている元凶を横目に俺は精神統一をはかる。

 

 心配は当然ある。だがそれ以上に俺はワクワクもしていた。この数年、確実にキキョウは実力をつけているはずだからだ。俺のために、思考の粋を尽くしてありとあらゆる戦術を練り、対策し、ポケモン達を鍛え上げているはずだ。それと戦えるのが楽しみで仕方がない。

 俺は以前、キキョウに対して怒りに近い感情を少なからず抱いていた。彼女が俺のサポートをしてくれたことには感謝している。そのおかげで俺はチャンピオン業に専念できたし、生活に余裕がもてた。

 だがそれはそれとしていつまで経っても勝負を挑んでこないことに不満があった。セミファイナルでの敗北以降彼女と全力で戦ったことはない。

 今でも思う。あれはたまたま自分に機運が向いていただけだった。次戦えばどうなるか分からない。きっと次も俺と限界ギリギリのバトルを演じてくれると、そう思っていた。だけど彼女は俺の期待を裏切った。バトルの世界から足を洗って、俺をチャンピオンの座に一人っきり置いてきぼりにした。

 それが許せなかった俺は、彼女を煽るつもりで婚約を申し込んだ。もちろん本心でもあったが、それ以上に彼女と戦いたかった。もし彼女がその場で申し出を受けていたら俺は少なからず失望しただろう。

 果たして彼女は俺の期待に応えてくれた。もう一度、俺と戦うと誓ってくれた。それが俺には堪らなく嬉しい。

 本来であれば彼女とのバトルはチャンピオンの座をかけた最高のものにしたかったが、仕方がない。贅沢は言えない。

 

 今度こそ。今度こそだ。今度こそ本当に、徹底的に俺が勝つ。彼女の誇りを、矜恃を、どこまでも強い魂を叩き潰す。俺の方が強いと確実に分からせてやる。

 彼女がかつてそうしようとしたように、俺もそうする。そのときが待ち遠しくて仕方がない。

 

 

 

 

「やぁ、ずいぶん遅かったじゃないかキキョウ。待ちくたびれたぜ」

「おう待たせたな。じゃあ、やるか」

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