ダンデァ......!(フルフルニィ   作:ねここ

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二話連続投稿です




リザードンとトゲデマル

 久方ぶりのバトルコートは思った以上に広かった。空間的にもそうだが、心情的にも。足下の芝生の感触がどうにもふわついている。緊張感、それをキキョウは肌で感じていた。

 だがそれ以上に高揚感の方が勝った。ようやく、ようやくのリベンジマッチだ。この場に立つために、そのための準備に十数年もの時を費やした。キキョウというトレーナーの集大成を今ここに出し切る。その相手として、ダンデは不足ない。

 

  .........感傷はここまでにしよう。既に二人は土俵の上に立っている。ならばやることはひとつだけだ。

 

 バトルの形式はオーソドックスなシングルバトル。三体選出、交換有り、道具なし、持ち物有り。その他の制限はない。大会ではよく見かける慣れ親しんだルール故、審判がいなくとも自己判断でやれる。

 

 誰に言われるでもなく、二人は呼応するようにボールを構えた。最初の一匹は同時に出さなければならない。後出しを許さないためだ。とはいえ、ごく自然に息が合ったのは偶然か、それとも。

 ともかく、二人は同時にボールをコートに投げ入れた。モンスターボールとハイパーボール。二つの球体から、赤い光がまろびでる。

 

「おいおい、早速かよ」

 

 観客席、光の中で像を結んだ影を見てキバナが抑えきれない笑みを零しながら興奮した口調で呟いた。

 

 現れたのはリザードンとトゲデマル。両者それぞれが、ダンデとキキョウのエースポケモンである。

 

 ボールから出た勢いをそのままに両者は接近を開始した。リザードンもトゲデマルも秀でて遠距離戦が得意なポケモンではない。自身の間合いである中近距離の射程まで近づく。

 自身の尾から吹き出る炎をジェット代わりに飛行するリザードンと、敏捷性が比較的高いトゲデマルが接触するのはそう時間は掛からなかった。

 

 互いが互いの射程距離一歩手前に入ると同時、リザードンが尾の出力を瞬間的に増大させた。

 不意打ち気味の加速。ほぼ一瞬でリザードンがトゲデマルを『きりさく』の射程に捉えると、そのまま飛び込むように切り込んだ。

 

 ポケモンバトルにおいて、体格差から生じる膂力の差は甚だ大きい。如何に経験や技術の研鑽を積もうと、生来のポテンシャルは覆しようがない。故にこの世界ではレベルという概念が存在しない。

 リザードンとトゲデマルの体重差は30倍近い。人間の大人と子供以上にそこには絶対的な壁がある。そのリザードンが本気で振るった『きりさく』はトゲデマルを一撃で瀕死に追い込むことは間違いない。

 

 もっともそれは当たればの話ではあるが。

 

 振り抜いた自身の爪が空ぶったことをリザードンが知覚したのは直後のことだ。トゲデマルが小柄であるから技を当てるために自身も低空で飛行していた彼は、そのまま前に突きだした腕と両足の三点で地面を削るように着地し、腕を擦り付けた摩擦でカーブをかけて振り返る。

 互いの制空圏から一歩離れたすぐそこに、当然のように無傷のトゲデマルが不敵な笑みと共にそこに立っていた。

 

「張り切りすぎだろ、もっとゆっくりやろうや。久しぶりのお前らのタイマンなんだからよ」

 

 油断なくトゲデマルを見据え体勢を整えるリザードンの背にキキョウの軽口が飛ぶ。それに振り返ることもなく、リザードンは鼻を鳴らした。

 それから間も無く、彼女の言葉を振り切るように再度トゲデマルに突っ込んだ。

 

 

 

 

「うわぁ、すばしっこいなぁ」

 

 試合が始まって早数分が経った頃だろうか、観客席でバトルを見守っていたユウリが目を輝かせながらそう呟いた。

 漏れ出たその言葉はトゲデマルの称賛であった。彼くらいの小型ポケモンはジムチャレンジで各所を巡るうちそれなりの数見かけたが、実力者同士の戦いで出張るほど高練度のポケモンはあまり見たことが無い。それ故の称賛。

 野次馬根性で見にきた甲斐があった。つまらない受け答えばかりのインタビューやらなんやらよりも、やはりこちらの方がずっと面白い。素直にそう思う。

 

 それだけ戦況はトゲデマルのペースで動いていた。既に最初の会敵から既に幾度も攻防がなされているが、依然状況は変わっていない。リザードンは果敢に攻めるが、それらは全てトゲデマルに躱されていた。

 これはひとえに両者の素早さの差から生まれた結果である。

 

 リザードンとトゲデマルの単純な速力は通常であればリザードンの方に軍配が上がる。

 それは飛行技術に加え、先に見せた尻尾から吹き出る炎の噴出を利用した圧倒的な機動力が備わっている故の速さであることは疑いようがない。

 とはいえ、リザードンが常にトゲデマルよりも速く動き続けられるかと問われればそうでもない。あくまでリザードンの素早さは翼ありきのものでしかない。自身の大きな自重を支えるために太く発達したその足は歩行に不向きで、だからこそ足を使った地面を走る速さでいうならば実はトゲデマルの方が速い。

 そういう事情に加えて、トゲデマルの小柄な身体からくる慣性の少なさ故の小回りの効いた立ち回り。それらが完全にリザードンを翻弄していた。

 

「なんでリザードンは飛ぼうとしないんだ? 地上戦は骨格的にどう考えても不利だし、飛べば速度的にもリザードンの方が速くなるだろ」

 

 呻くようにホップは声を絞り出した。幼少の頃の憧れの存在であったリザードンがここまで翻弄されているという事実に、若干の悔しさを隠せないとでもいうような声音。

 

 そう、リザードンは今地面に両足をつけて戦っている。

 本来であれば、リザードンの戦闘スタイルは翼を器用に動かして重心や姿勢を自由自在に変化させる変則的な飛行テクを用いた三次元的な近接戦にこそある。走力に欠け、高度な地上戦に耐えない自分の肉体構造をカバーするために編み出したダンデのリザードンだからこそ出来る最強の戦術。神業。

 にも関わらず、リザードンはわざわざ自分の持ち味を潰すような戦い方をしている。それがホップには不可解だった。

 それを汲んで、キバナが答える。

 

「飛ばないんじゃない、飛べないんだ。よく見てみろ。トゲデマルはリザードンを電気の射程内に入れながらうろちょろしてやがる。飛んだ瞬間に撃墜する腹なんだろうよ」

 

 トゲデマルは『でんきショック』を覚えている。というか、それくらいしか飛距離のある電気技は覚えられなかった。発電能力が他の電気ポケモンと較べて貧弱なトゲデマルは『10まんボルト』のような強力な電撃を扱えない。

 

 それでも、電気という攻撃媒体が生物に齎す影響というのは甚だ大きい。

 人間にしろポケモンにしろ、肉を持つ種はその肉体を脳から発する電気信号を運動神経を介して筋肉に伝え、それから動かしている。

 具体的にいうと、電気的な刺激を受けた筋小胞体という筋線維内の特殊な器官がカルシウムイオンを放出し、これと結合したトポロニンが変形することで筋繊維を構成するアクチンを動かし、実際に筋肉が動く。この際に流れる電流はかなり微弱なものだ。それでもこのように大きな力を出すことが出来る。

 ここにスタンガンなどで大きな電流を流すとどうなるか。簡単に言えば筋小胞体から過剰なカルシウムイオンが吹き出て、これによって暴走したトポロニンによってアクチンが滅茶苦茶な動きをする。つまるところ痙攣する。

 この筋肉の暴走はたとえ『でんきショック』だろうと『10まんボルト』だろうと変わらず引き起こされる。それが電気というものの性質が持つ普遍的な原理ゆえに。

 

 そして飛行可能なポケモンが電気系の技に滅法弱い理由がここにはある。

 飛行するにあたって当然空気抵抗の制御などには翼を用いるわけだが、その翼を動かすのもやはり筋肉だからだ。

 空中で電気技を食らえばその制御は効かなくなる。そうなれば受け身も取れない状態で地面に叩きつけられる。数mも上空を飛んでいればまず間違いなく戦闘不能は免れないだろう。数十cmであっても打ち所次第ではまずいことになる。

 ただの『でんきショック』が思わぬ致命傷になりうる。だからリザードンは飛ぶことができない。トゲデマルが牽制をし続けている限りは。

 

 だからといって、現状がトゲデマルにとって完全に優位かと言われればキバナにはそうは思えなかった。

 

「だけどまあ、そんなに心配することじゃないと思うぜ。この程度でどうにかなるようなら俺は、俺達はこんなに苦労しちゃいねえ。.........見てれば分かるさ」

 

 リザードンの本領。脅威。それが何たるかを骨身に染みて理解しているキバナだからこそ、それが分かっていた。

 

 

 

 

 攻撃が当たらない、ダンデは目前の戦いを前に歯噛みしていた。キキョウのトゲデマルのことはよく知っていたし、何度も手合わせした間柄であるからある程度予想していたことではあるが、やはりあのトゲデマルは回避が上手すぎる。

 ただ素早さがリザードンより優れていてもこうはならない。リザードンより速いポケモンは無数にいるし、それ故に対策を幾つも講じている。自身より速いポケモンに攻撃を当てるトレーニングなんていくらでもやっている。

 それでも当たらない。何故か。ここに、トゲデマルの強烈な技術が存在していた。

 

 人間にしろポケモンにしろ、集中力や並列して思考できる数には限りがある。右を見れば左への視界か疎かになるのと同じように、例えば攻撃の瞬間であれば防御に割く思考が薄れる。

 同じことだ。いくら相手に対する警戒を努めていても、身体を動かしていればふとした瞬間にその意識が薄れる。トゲデマルは相手のその隙を見る目に長けていた。

 空隙を打つ。意識が離れた咄嗟のタイミングで動くことができれば正面からでも相手の意表を突くことは十分に可能。それを彼は知っている。

 相手からすれば目の前にいたはずのトゲデマルが突然いなくなったように見えるに違いない。彼を相手にしたポケモンは全員同じ感覚を覚える。

 

 完全に、手玉に取っていた。迂闊に踏み込みすぎればリザードンの反射神経の高さ故に反撃を受ける可能性が高いので直接の攻撃に至っていないものの、この攻防は確実にリザードンの体力を削り取っていた。

 当然、回避のために全力で身体を動かしているのでトゲデマルも相応の消耗はしている。だが体重差からくるエネルギーの消費具合いが大きいのはリザードンの方だ。膠着状態陥って先に尽きるのはリザードンが早い。

 

 当初の予定通り順調な滑り出し。これ以上ない経過。

 

 それでも、トゲデマルは戦慄していた。

 

 空を切るリザードンの攻撃が徐々に速くなってきている。軌道が正確さを帯びてきた。即ち、リザードンの目がトゲデマルの速度に慣れ始めてきていた。

 ここがリザードンの怖いところだった。彼の最も恐ろしい部分は攻撃の威力でも飛行テクニックでもなんでもない。適応力、それがキバナを含めガラルの全トレーナーが彼を超えることのできなかった最大の理由であり、リザードンの最強の武器だった。

 どんな突飛な戦術も戦闘スタイルも、学習して対応してくるまでのスピードが段違いに早い。リザードンの持つ生来の圧倒的バトルセンスの高さ、それが今トゲデマルに照準を絞ってきていた。

 合わせにきている。それを傍から見ていたキキョウも察知していた。

 

(不味い。思っていたよりリザードンの適応が速い。このペースならリザードンの体力が底を着くまでには攻撃を合わせられるぞ)

 

 本音を言えばもっと削ってから攻めたかった。適応力を度外視してもダンデのリザードンの基本性能はガラルリーグに存在するポケモンの中で最高峰のものだ。意表を突いて攻撃に突っ込んでも、見てからの反撃でそのまま沈む可能性は十分にあった。

 だからある程度体力を消耗させた上で行きたかったが、既に予断は許されない状況になってきている。

 リザードンの目はまだ完全にはトゲデマルの速さに順応できてはいない。それも時間の問題だが今は違う。攻めるなら今しかない。

 

「もう十分だ。吶喊しろ!」

 

 ダンデとキキョウの試合が始まって、初めてトレーナーからの指示が飛んだ。

 逐一用いる技まで指示するアマチュアでは考えられないことだが、基本的にプロはポケモンに指示を行わない。トレーナーからの命令や助言は当然相手にも伝わるので警戒を余計に招くからというのも理由の一つだが、それ以上に一々指示していては間に合わないというのが一番の理由だ。

 ポケモンバトルは対峙するポケモン同士の素早さによって試合展開の速度は変わってくるが、接近戦の殴り合いはどうしても刹那の攻防になる。ポケモンもほぼ反射的に動くし、自身の経験から勝手に技を繰り出してゆく。ここにトレーナーが介在する余地はほとんど無い。

 だからトレーナーが指示するのは予測した相手の行動を自身のポケモンに伝えて警戒を促すときか、予め決めていた方針を変更するときだけ。

 今回は後者だ。

 

 キキョウの指示を聞いて、トゲデマルだけでなくダンデとリザードンにも緊張が走った。停滞していた状況が一気に動く、それが分かったから。

 変化は直後に起こった。それまで一貫して自分から間合いに入ろうとしなかったトゲデマルが初めて自分から突っ込んできた。それを受けてリザードンの警戒がマックスまで引き上げられる。立場が逆転した。攻める側が守る側へ、守る側が攻める側へ。

 カウンターに備え、その場で静止したリザードンを受けてトゲデマルも一瞬止まる。そして、突如爆発的な勢いで直進した。

 

(『でんこうせっか』.........! 今までで一番速い。あいつ、まだ速力を絞っていたのか!)

 

 あまりの速度に一瞬見えなくなるほどの加速。散々前のスピードに目を慣らしておいてのこれは、ある種の不意打ちに近い。正面からの正々堂々とした吶喊ではあったが十分奇襲としての効果が見込める。トゲデマルの狡猾なゲームメイク。

 面食らったダンデではあったが、それだけだ。その程度でどうにかなるようなリザードンではない。そう信じていた。

 

 来ると分かっていればどうとでもなる。どれだけ速かろうと一直線にくるのであれば容易に攻撃を合わせることができる。

 トゲデマルの読みの技術は相手の視線や呼吸、筋肉の緊張、そういったもので攻撃のタイミングを読み切った上での高等技術だが、リザードンにも同じことができる。

 重要なのはタイミングだ。攻撃の瞬間、肺が大きく膨らむ。それさえ分かっていれば技を置いておくことはできる。速さがどうとか一切関係ない。リザードンならば確実に合わせられる。

 事実、トゲデマルが突っ込んだ瞬間には既にその弾道上にリザードンは『きりさく』を置いていた。超反応。それもあるが、攻撃を仕掛けると宣言された上でそれが出来ないリザードンではない。それが出来るから彼は王者になれたのだ。

 

 そんなこと、キキョウもトゲデマルも十分わかっていた。

 

「まじかよ.........」

 

 思わずといったから笑いがダンデから零れる。

 正直な話、最初は期待はずれだと思った。愚直な攻撃宣言からの特攻。そんなことをすればリザードンが容易にカウンターを取ってくるなんてことは馬鹿でもわかる。それはダンデとリザードンを完全に舐めた戦い方だ。

 いよいよブランクが祟ったのか、怒りにも似た思いでそう考えた。違う。舐めていたのはダンデの方だった。そして、ダンデとリザードンの力を誰よりも信頼していたのはキキョウとトゲデマルの方だった。

 

「.........『かげぶんしん』か!」

 

 確実に合わせたはずのリザードンのカウンターは、直前に緊急停止したトゲデマルによって物の見事に躱されていた。読み間違えた。違う、それはトゲデマルの『かげぶんしん』による撹乱の成果だった。

 

 ポケモンが扱う『かげぶんしん』には大きくわけて二つ種類がある。

 一つは残像を伴った高速機動。『かげぶんしん』と聞くとこちらを想像する人間が多いが、実のところこちらを再現できるポケモンの数は非常に限られてくる。単純に、そこまで速く動けるポケモンが少ないからだ。技術や経験に加えて、種として先天的に備わった速さがここには必要だ。テッカニンのような敏捷性が予め備わっていなければ話にならない。

 だからポケモンバトルで最も多く使われる『かげぶんしん』はもう一つの方を指すことが多い。

 それは言うなれば特殊な歩法。それによって生じた緩急による目の錯覚を利用した超高等技術。習得は困難を極める。才能の有無が確実に問われる歩法テクの最高峰。

 

 しかし高等技術とはいえ、乱用は出来ない技だ。タネを暴けば容易に対応が可能な技の一つであるから切り所を慎重に見極める必要があった。

 だからこそ、その甲斐あって『かげぶんしん』はここにきて最大の効果を発揮していた。リザードンは自身の想像力が生み出したトゲデマルの幻影を切った。その瞬間が、攻撃を空振りした今がリザードンにとって最も無防備な瞬間。

 そこをトゲデマルが逃すはずがない。

 

 それからのトゲデマルの動きは早かった。自らが生み出したリザードンの空隙、その瞬間にトゲデマルは最低限の体移動で振り抜かれたリザードンの腕の裏へ視線を切るように動いた。

 一瞬、リザードンの視界からトゲデマルの姿が完全に消える。その隙に、トゲデマルは『でんこうせっか』で電撃的に動いた。ジグザグの軌道を描いて、リザードンの背後を取る。

 完璧なポジショニング。トゲデマルはリザードンの裏を完全に取った。そのことにリザードンは気付いていない。見えていない。絶好の好機。攻撃を仕掛けるなら今しかないというベストタイミング。

 

「後ろだ! リザードン!!!」

 

 それをダンデが許すわけがない。リザードンに見えていなくともトレーナーにはトゲデマルの動きが見えていた。

 バトルはなにもポケモンが戦っているだけではない。当然、その場に居合わせているトレーナー自身も戦術に組み込まれている。彼らにはポケモンに足りない何かを補う義務が存在している、そうでなければいる意味がない。

 ダンデはその義務を着実に果たしていた、リザードンの視覚を補う形で。この上なくベストな形で。

 

 それと同時に、間髪の間も無くリザードンが動いた。身体を捻り、尾を後方へ振るおうとしていた。自身の最も信頼するパートナーの声だ、信じないわけがない。

 

「『でんきショック』」

 

 しかしながら、迎撃行動を取るリザードンを確実に狩り取るべく無慈悲な指示がトゲデマルへ告げられた。

 振り切られた巨大な尾がトゲデマルに届くより先に、か細い紫電がリザードンの身体を穿った。訪れる筋肉の暴走。一瞬硬直する肉体。そこへ、容赦なくトゲデマルが襲いかかる。

 

 無防備になったリザードンの背中へトゲデマルが飛び乗った。それだけで、彼は詰まされた。

 背中、そこはリザードンの最大の急所だった。なにしろトゲデマルほどの小さな身体で纏わりつかれたら振りほどく手段が存在しない。なにしろ首は回らないし、リザードンの短い腕では手が届かない。尾で打とうにも無闇に攻撃しても上手くかわされて自傷を誘発されるだけだ。

 何も出来ない。それに気付いて冷や汗をかく。それでも乱暴に振り回して振りほどこうと暴れようとして、トゲデマルの頬の電気袋が無慈悲に擦り付けられた。

 

 『ほっぺすりすり』。ネーミングが可愛らしいこの技であるが、実体はとてもえげつない。なにしろ電気を帯びた頬を継続的に相手へ擦り続けるのだ。『でんきショック』のような一過性のものと違って攻撃が許される限りずっと電気が流れ続ける。

 しかも電気が流れるということは筋肉が痙攣し続けるということでもあるので物理的に引き剥がすのは困難であり、それ故に一度決まったら抜け出せない技として知られている。

 キキョウのトゲデマルの発電能力は平均を下回る。相手を焦げ付かせるような出力のある電撃なんてとてもではないが打ち出せない。それでも、こうしてバイタルゾーンへ電撃を流し続ければ相手を屠ることなど十分にやってのけることができる。

 巡り巡って得た最大の好機。あのリザードンを打ち倒す機会がようやく巡ってきた。確実にここで倒し切る。トゲデマルは全力で電流を流し込んだ。

 

 誰もが無理だと思う状況。相対するトゲデマルすら勝ちを確信するほど不利な局面。それでも、リザードンは諦めていなかった。

 肉体は動かない。手も足も、翼や尾すら痺れてとてもではないが動かせそうにはない。それでも一つだけ、一つだけ残っていた。麻痺状態でも未だ自身の意思だけで動かせる器官を。自分が最も信頼をおく自身のチカラを。即ち、発炎能力が。

 

 突如として勢いよく噴き上げたリザードンの尾の炎に、攻撃を継続していたトゲデマルは目を白黒させた。なにしろ勝負が決まったと思っていた頃合いだ。突然の抵抗に心底驚いた。

 ジェット噴射もかくやというべき出力を見せる尻尾の炎は、主であるリザードンを地面に引き回すように滅茶苦茶に動いた。揺さぶられ、咄嗟にトゲデマルがリザードンの身体にしがみつく。だからその瞬間だけトゲデマルの電撃が緩まった。その機を逃さず、僅かにしか動かない身体を器用に動かしてリザードンの肉体が空中に大きく跳ねた。

 コイキングの『はねる』もかくやというべき大きな上昇。尾の炎も相まってかなり飛んだ。ざっと数十cm。その中で、リザードンはくるりと重心を入れ替えた。リザードンの身体が空中で横に回転し、背を地面に向ける。

 そこでようやくトゲデマルは悟った。これが狙いだったのかと。リザードンは自分ごとトゲデマルを地面に叩きつけるつもりだ。

 冷や汗が飛び出た。それでも身体が動かない。攻撃に集中しすぎていた。技を中断して飛び退くには既に遅すぎる。あと数瞬すれば地面に叩きつけられる。それが分かって、軽い恐慌状態に陥っていた。

 恐怖は思考を極端に鈍らせる。平時の彼であればなにかしらの機転を効かせたかもしれない。しかしここに至って、勝利の確信からの現状の落差に平静さを失っていた。

 

 それに対してキキョウはどこまでも冷静だった。

 

 リザードンが目を見開く。自身の背中から赤い閃光が伸びている。知っている、それはモンスターボール特有のポケモンを出し入れする際生じる可視光だ。それが自分に向けられたものではないことは直感的に分かった。ならばそれは____トゲデマルをこの場から引き剥がす光。

 それを確信し、己の背を引っ張る存在の気配が薄れると同時にリザードンは一匹だけで地面に叩きつけられた。肺を押し潰す衝撃に空気が漏れでるような声が喉から出た。

 

 リザードン、と叫びそうになったダンデは目にしてしまった。既にキキョウがトゲデマルを戻したものとは違うモンスターボールを構えている。

 交換からの追撃。それを察知してダンデも二つハイパーボールを取り出す。しかし取り出しながら間に合わないと勘で悟った。

 ハイパーボールからリザードンを引き戻す赤い光が届くより先、既にキキョウが出した新たなポケモンは光の中から像を結んで飛び出していた。

 

 青い気炎を振りまきながら、人間のような肢体が現出する。

 

 ルカリオ。

 それがキキョウの二番手だった。

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