MCU『ブラック★ロックシューター』   作:おれちゃん

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Chapter9:インセイン

 彩度の低かった床へ彩りが加えられていた。それはただ一色、赤だ。もうそれはステラのものかシング・ラブのものか判別のつくものではない。無酸素運動の全力疾走をフルマラソン並みに持続させるような異常な稼働は両者の余力を削りに削り、無尽蔵に思えたシング・ラブの治癒能力にすら底が見え始めた。

 楽になったかといえば否である。たかが治癒力を失って負ける程度の存在ではない。しかしステラの予想を上回る実力に彼女の顔は笑顔に溢れていた。狂気的と言っていい。

 

「楽しい、楽しすぎて脳髄が沸騰してしまいそうだ!」

 

 何度めか、鎌と刀がぶつかり合い凌ぎ合う。小さな予備動作から放たれる広範囲斬撃を飛んで避け、急降下しながら兜割。肩口を切り裂き血が飛び散るが、カウンター気味に鎌の石突きが腹を直撃し深く切り込めずステラが地面を転がった。

 肩から吹き出す鮮血に気を留めた様子もなく、咳き込みながら立ち上がるステラを愛おしそうに眺めている。

 

「制作時の性能ならばここまではついて来れまい。成る程、お前は私に比べ不完全、だが不完全故に成長し想定を……限界を超える……素晴らしきは人の可能性か」

「知らない……作られたかどうかなんてどうだっていい! わたしはわたし、わたしが負けたらあなたはみんなを襲う。だからあなたを倒す」

「確かに、否定できないな」

 

 シング・ラブは苦笑いをした。

 

「もう互いに限界が近い。無様に小競り合いになるよりは……小細工なく、ただ全力を尽くそうか」

 

 右目から出る炎が極大化し、背中の機械からもピンクのエネルギーが翼のように溢れ出す。

 立ち上がったステラも歯を食いしばり左目から出る炎が極大化する。

 刀を、鎌を構える。特に合図をしたわけでもない、それでも踏み出したのは同時。踏み込んだそれぞれの床は白と黒。共に圧力に耐えきれず砕ける。ステラが全力でブースターを吹かす。シング・ラブも同じく。

 青とピンクの炎が流星の如く衝突する。

 余波で宮殿が縦に切れ、建材の一部が落下し砕けるその中央互いを通り抜け背中を向け合い黒と白が立っている。

 ステラの腹から横一文字、鮮血が飛び散る。かなりの深傷でステラはフラフラと刀を杖にしながらもシング・ラブの方を向き、ぼたぼたと血を流しながら折れそうになる体を無理やり起こし刀を構えた。

 

「……わたしはまだ……負けてない……!」

 

 それにシング・ラブは微笑みながら振り返る。

 

「その通りだともステラ」

 

 大鎌を差し出す。その鎌の刃の半ばと柄が切れ、床に落ちた。そしてその背中の翼も。

 シング・ラブの右肩から臍のあたりまでから血が吹き出す。折れた白い鎌に血が降り注ぎ赤く染める。そこにさらに柄だけになった棒を放り捨てて肩を竦め笑った。

 

「見ての通り、お前の勝ちだ」

 

 ステラが倒れそうになりながらもう一度刀を杖にして耐える。

 

「わたしの……勝ち……」

「本当に……本当に楽しかった……全力を出し切った上で真っ向から負け、後ろから迫りくるは甘美なる死。これ以上望めるものはあるだろうか? いや、無い」

 

 うっとりとした表情で血が吹き出すのも気にせず噛み締めるように両手を広げる。その目線がふとステラの方へ向いた。紅潮したシング・ラブとは裏腹に出血多量で呼吸さえ覚束ず、顔色は蒼白になっている。

 

「おや、これは失礼した。ついつい負け心地が良くてね。おめでとうステラ、ゲームはお前の勝ちだ。勝った者には、賞品が無いとね?」

 

 優しげな笑みは子供が大会で優勝したのを祝う親のよう、吹き出していた血がピンク色の炎になりステラに向け歩み寄ってくる。ステラは後ずさりをしようとして、足が思うように動かず尻餅をついてそのまま仰向けに倒れた。

 

「……いら……ない」

「まあそう言わないでくれ。勝者にまで死が齎されるなんて、私のポリシーに反する。まあ考えたのは今だけれど」

 

 聞く耳持たず、というよりはどこまでも自分本位で、自己完結している言葉だった。

 跪いてステラの傷へ手を当てる。

 

「あ゛ッ!? ぎッ!!?」

 

 シング・ラブから吹き出していた炎が傷口からステラの内へ入っていく。炎に包まれ苦悶の声を上げるステラの腹部の傷が、無理やりに結合し傷跡を残しながら閉じ、炎も全てがステラに収まった。

 

「私の具現化の核となった無限の一端だ。好きに使え」

 

 炎を失い、灰色の瞳になったシング・ラブがいつの間にか現れた椅子に気怠そうに腰掛けた。そして足を組んで満足そうに欠伸をした。

 

「数千年前と違って今回は……楽しかったな、ザハ……よくやった……私は満足だ」

 

 笑みを湛えたままそのまま眠りに落ちるように背もたれに預けた首がかくりと斜めになり動かなくなった。

 呻き声を上げながらのたうち回るステラが頭を抱えて蹲り額を何度も床に叩きつける。そこへ壁を突き破ってハルクが突入してきた。状況がわからないハルクがシング・ラブだったものに近づくが、その振動で椅子からずり落ち、動かない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 

 悲鳴を上げたステラにハルクが近づく。全身を仰け反らせながらステラが目を見開く。涙に濡れる青色の瞳が青紫色に変色していく。左目から青紫の炎がはじけ、そのまま力を失ってステラは動かなくなった。

 ハルクは慎重にステラを抱える。硬く握りしめられた刀をそのままに、壁に刺さっていたステラのロックキャノンも抱える。そこで突如地面が鳴動し出した。

 その振動は門で待機するナターシャ達にも感じ取れた。

 

「嘘、姉様が負けたの……?」

「ちょっとどういう事? これとの関係は?」

「姉様、楽しめたのかなぁ〜それだったら嬉しいなぁ」

 

 簀巻のナフェをナターシャが揺すり続けていると自分の世界に入っていたナフェが帰ってきて、青い顔をする。

 

「あちょっと、ここレルムは姉様の世界って言ったでしょ。つまり姉様が死んだら無くなるの」

「何?」

「でもこんなに急じゃないはずだよ、次元は安定状態から押しつぶされるまでは時間があるってりーだーのやつがさ……まさかリーダーの奴……?」

「どういう事よつまりどういう!?」

 

 崩れていく景色に緊張しながらもナフェが推察を話す。

 

「リーダーはハルクの奴を恨んでた。アイツこの次元ごとハルクを倒すつもりなんじゃ」

 

 地面が裂ける。そこから覗いているのは黒より黒い、何も反射しない虚無だった。崩落を続ける空間でナターシャがハルクとステラを待つ。門のある場所が切り離されようと信じている。

 

「ハルク!! ステラ!! ここよ! ここに来て!!」

「無理だって門がなくなる前に出ないと巻き添えだっての!」

 

 ナターシャが在らん限りの声量で叫ぶと、それに応えるように咆哮が届いた。向こうの彼方からハルクがステラを抱えて走ってくる。砕ける地面を飛び越え、ナターシャが達のいる場所とはもうかなりの距離が離れているが、ハルクであれば問題なく飛び移れる。

 大跳躍、寸分違わぬ正確な放物線を、邪魔するものが現れた。鎌を持つ死神のようなアーマメントを操る、緑色の男。リーダーである。

 ハルクもろとも次元の狭間に落ちようとするのをハルクが抵抗するが、落下にはハルク自身は逆らえない。ハルクが、ステラを投げた。錐揉み回転しながら飛んできたステラをパンサーがギリギリキャッチする。

 

「ハルク!! バナー!!」

 

 崩れる地面の淵からナターシャが手を伸ばす。当然届くわけもないその手に向け、ハルクは歯を剥き出して笑みを作るとサムズアップをする。まるで仁王のように表情を変え怒りの咆哮を上げ、手に持っていたロックキャノンをリーダーとアーマメントに叩きつけながら闇の中へ落下していき、見えなくなった。

 

「いくぞ! アレの覚悟を無駄にするな!」

 

 パンサーがステラや物やナフェを全部抱えて門へと走る。一筋涙を闇に落とし、ナターシャが振り返り門へ走る。門を抜けた先はストーンヘンジの中央、周りには少し距離を置いて警察が警戒網を構築していた。

 飛び出してきたナターシャ達の後、その空間から衝撃が走り、石柱の一部が倒れる。

 ナターシャはフラフラと先ほど自分が出てきた空間に手を近づける。そこには何もない。ただ空気があるだけだ。手を握り締めると、ナターシャはその場の地面を叩いた。

 ブルース・バナーは、帰らぬ人となったのだ。

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