MCU『ブラック★ロックシューター』 作:おれちゃん
ソー達アスガルドの民が避難し地球に新たに作ったアスガルドはベネター号が直接着陸するには不便な場所で、少し離れた町からアスガルドの民達が引いたビフレスト街道を通って海沿いに進む必要がある。
ニューアスガルドと商売をする男性のピックアップトラックの荷台に乗せてもらい、ロケットとバナーは雄大な自然に囲まれた土地を眺めていた。
「ソーの奴、今どうしてんだ?」
「分からないな、まあ沙汰がないという事は元気ではあるんだと思うけれど」
看板を通り過ぎれば遠目にアスガルドの街並みが広がっている。建築様式はどこか古ヨーロッパ風だが、正確には古代のアスガルドからミッドガルド、つまり地球のヨーロッパの建築が影響を受けたというのが正しいだろう。
ニューアスガルドの玄関口となる港に到着し、荷台から降りあたりを見渡す。ここ五年で馴染んできているとはいえアスガルド人が地球の普通の服を着ているとなんとなく違和感がある。
「魔法のハンマーやら聞いてたがソーの国にしちゃやけにこじんまりしてるな」
「アスガルドは失われ、人口が半分消滅してしまった、家があるだけマシなんだ」
「あら、見た顔ね。何しにきたの……てなんであんた緑色になってるの?」
二人に声をかけたのは今のアスガルドを実質取り仕切っているヴァルキリー、ブリュンヒルデだ。防寒着にオレンジのチョッキとファンタジー感ゼロの格好で漁具の手入れをしていたが二人に気付いて中断してきた。
「ああヴァルキリー、怒る女。久しぶり、大きい方がいいかもしれないが、着てる服が対応してないからこっちで頼むよ。ソーは?」
「なんか面白いことになってるわね」
「こっちはロケット」「ども」
ブリュンヒルデにロケットを紹介する。見た目アライグマに苦笑を浮かべつつ本題を切り出す。
「ソーには会えない」
「なんで、体調が悪いのか?」
「フフ、それは簡単。面白い事になってるからな」
「誰だあんた」
ロケットの言葉に同意するようにバナーが訝しんだ目を向ける。
バルキリーと同じく、しかしこっちは赤いチョッキを着て漁具を担いだ美女が現れた。艶やかな黒髪を後ろに束ね、赤い瞳が妖しく光る。
「あーまぁ最後に会ったときはガキンチョだったからね」
「ハロー、ブルース・バナー。ラブちゃんだよ」
「は? 君がラブだって? 何があったんだ?」
「人手が足りないから使いやすいよう体を大きくしただけだ。もう少し手前で止めても良かったが、それだと紛らわしいだろう?」
「まあ……変なことしないならいいが」
クスクスと笑うラブにロケットは何処か既視感を覚える。
「まあ、ヴァルキリーはこう言うが孫に会ってみるといい。私としては途中から変化なしでつまらんし、もう少しお前達が早くきてくれたら観察のしがいがあったかもしれないんだが」
「……なんだあんた、ステラの親戚かなんかか?」
ラブの困ったような微笑みを観察していたロケットは合点がいく。ステラと顔立ちが似ているのだ。歳の離れた姉妹と言えば納得する程度には。ステラが十歳程成長すればこうなるだろうという外見をしている。凹凸は段違いだが。
「まあ、当たらずとも遠からずと言った所だ。本人には内緒だぞ」
「ロケット、それでお願いする。ステラに負担はかけたくないんだ」
「……わぁったよ、そっちにはそっちの事情があんだろ」
「ありがとうロケット」
これを知っているのは自分とソーだけでいいとバナーは思っている。二人と別れ、ソーの住む家の扉をノックするが、反応がない。外にはビールの樽が積み上がっている。
「おい誰かいないのか? 入るぞ」
ロケットが痺れを切らしてドアを無理やり開ける。鼻に酒の臭いと食べ物の臭い、男臭さが入り混じってなんとも言えない臭さである。
「おい、死んでんじゃねえのか? おいソー!」
「誰かいないのか?」
「なんだ、ケーブルテレビの修理か?」
二人が奥に入っていくと、そこには予想外の姿になっているソーがいた。髪は以前の様に伸びているが、そこに艶はなく油でギトギトとしていた。髭も伸び放題となり整えられずもっさりと蓄えられている。
そして何より目立つのはその腹である。見事な曲線を描く腹部だ。でっぷりと膨らんだそれは見事なビール腹、引き締まった腹筋は見る影もない。あの角ばった腕もふっくら脂肪がつき丸みを帯びて一回り大きくなっている。
「そ……ソー?」
「あ、お前達! どうしたんだ久しぶりだな! イメチェンしたのかバナー!」
「ああ、ソー」
戸惑いながらもソーの抱擁を受けるバナー。その陰にいたロケットに気付いたソーが顔を綻ばせてロケットを抱きしめた。
「おいやめろって! 抱きしめんなよ」
久しぶりの再会による嬉しさと姿の変化による戸惑いでなんとも言えない感じになっているロケットを構わずソーがなでくりまわす。
「バナー知ってるだろう? コーグとミークだ」「どうも」「ピギギー」
ソファーに石と虫の二人がいる。ピザ食ってる。
「それで、何しにきたんだ?」
「ああ、協力して欲しいんだ。全てを元に戻すために」
「元に? ケーブルテレビは映らないし衛星放送も映らないんだがそれも元どおりか?」
「サノスに奪われたものを」
サノス、という言葉を聞いた瞬間おちゃらけていたソーがフリーズする。顔が青ざめ真顔になりバナーの肩を掴む。
「その名前を……口にするな!」
怯え震える様はあの勇ましい雷神とは思えない。明らかな心的外傷後ストレス障害。五年前のあの時ソーを襲ったのは自責だ。皆の様に明らかな敗北を喫した以上にソーはサノスを殺す寸前まで持って行ったのだ。サノスの言っていた通り頭を狙っていれば、誰も消えなかった。アスガルドを失いロキを失いヘイムダルも失い、その上自分が復讐に囚われたせいでサノスの凶行を止められなかったという自責の念。全宇宙の住民の半分の命が彼にのし掛かり、そしてトドメになったのは無抵抗のサノスの首を切り落としたこと。
あの時ソーが首をとったのはサノスではなく、ソー自身の心だったのだ。
「わかるよ、ソー。怖いんだろ、サノスが」
「怖い? 誰が? 誰がサノスを殺したと思ってる? なあコーグ誰だ?」
「ストームブレイカー?」
「誰がそれを持ってる? 俺だ……雷神ソーだ。他の誰が殺せた? 殺したものを怖がるなんて有り得ないんだ……」
震える声で否定する様は重症なのが容易にわかりロケットでさえ口を噤んでしまう。掴まれた肩の手を優しく剥がし、バナーが強く握りしめ、微笑む。
「先が見えない恐怖、僕にも経験があるよ。誰が助けてくれたと思う?」
「さあね、ナターシャか……ステラかだろう」
「違うとも。君だ。君が助けてくれたんだ」
目を見開いたソーがバナーの手を振り払いビール瓶を掴んで一気飲みする。
「はは……気休めはやめろ。アスガルドの民達もこんな俺に意味があるなんて思ってないさ。俺が哀れか? だから優しい言葉を投げかけてくれるんだろう、……同情は不要だ放っておいてくれ」
「こういう感じなんだ、悪いね二人とも」
ゲームを中止したコーグが二人に謝る。彼もソーをなんとかしようとしてダメだったが故にこうしてソーの癒しを務めている。彼らがいなかったらソーはもっと酷いことになっていただろう。
ソーが椅子に座り込んで空になった酒瓶を放り捨てる。新しいものを取ろうとして、もう無いことに気付いた。
「ソー……君が必要なんだ」
「船に酒もいっぱいあるぞ」
「……銘柄による」
外出用の服に着替えたソーがストームブレイカーを手に家を出る。コーグ達と「いってらっしゃい、お土産よろしく」といつもの軽いノリで別れ帰りの車に乗ろうと待っていると、ブリュンヒルデが通りかかった。
「気を付けてね」
コツンとそーの胸板を突いて笑みを浮かべると、ソーを眺めているラブの頭を引っ叩いて漁船に乗り込んでいく。
「ああ! 気を付けて行ってくる!」
泣きそうな顔になりながらソーは沖に出ていく漁船にいつまでも手を振っていた。