伝説の聖剣に選ばれたのは俺じゃなくて幼なじみの美少女剣士だったので、俺は別の方法で英雄になるべく塔を登る   作:ケツアゴ

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逃亡戦

 其処は人里離れた秘境の地。決して人が足を踏み入れる事のない洞窟の奥に男が繋がれていた。知性と野心を感じさせる顔の美丈夫で、悪戯が好きそうな印象を見た者に与えるだろう。彼は決して逃げられぬようにと頑強な鎖で岩壁に縛り付けられ、男の真上には毒液が滴り落ちる牙を持つ大蛇が常に佇んでいる。

 

「……どうかなされましたか? 随分とご機嫌が良い様子ですが……」

 

 毒液が一滴でも体に触れれば想像を絶する苦痛が男を襲う事だろう。鍛え抜いた武人でも、神でさえも耐えられぬ程に想像を絶した責め苦だ。確かに鍛えている体だが、男もその苦しみに耐えられる不動の精神を持っている訳ではない。

 

 故に毒液がその身に触れぬようにと器で毒液を受け続ける女は問い掛けた。器が満杯になり、外に毒液を捨てに行く間は絶え間なく聞こえ続ける男の絶叫、そして再び器で受け続ける間も見続けた憔悴した姿。その二つを知っているが故に、随分と上機嫌な男の様子が気になった。

 

「ああ、簡単な事だ。俺の友達が頼みを聞き入れてくれた。あの傲慢な連中の思惑を叩き潰してくれたんだから上機嫌にもなる。体に残った苦痛も気にならない程にな」

 

「……そうですか。しかし、それならば貴方様を此処から解放し、全てを取り戻す手伝いをしてくれても良いのでは?」

 

「その打診はあったが断った。何故かって? これは俺の戦いだ。嫌がらせ程度なら手伝って貰うが、友達であっても手出し無用だ。……そろそろ満杯だな。指に触れる量になる前に捨てて来い。絶対に触れるなよ? 俺は精々叫んで暴れて、連中に思惑通りに進んでいると思わせてやるさ。ははははは! 俺は絶対に屈しないぞ!」

 

「……」

 

 高らかに笑う男の姿に女は黙り込む。これ以上は男への侮辱だと彼女は知っていた。一度毒液が触れ始めれば何も考えられない程の激痛が男を苦しめる事も女は知っていた……。

 

 

 

「さっさと連中の思惑を壊しなさい、アッシュ・ニブルヘルム。既に此方は遊技の駒にされる筈だった貴方達を救っているのですよ。一刻も早く恩を返しなさい」

 

 毒液を外に捨てながら女は呟く。洞窟の奥からは男が苦しみ暴れる音と絶叫が響き続けていた。それは先程の言葉の通りに演技……ではない。

 

 

 

 

 

 

「転移トラップ。ランクの高い(バベル)には存在するって習ったけれど、まさかGランクの早瀬の塔に存在するだなんて……」

 

 突然地面に現れた巨大な魔法陣。気が付けば俺達は見知らぬ場所に立っていた。見た所、水中。但し水中に存在する透明の管の中に居るみたいで息も出来るし、水が無い。こんな場所が有るだなんて聞いた事が無いぞ……。

 

「……あれ? いや、まさか!」

 

「どうしたのよ、アッシュ。あの子に渡された地図なんて取り出して。まさか罠が発動した地点が隠し通路の入り口だって言うんじゃないでしょうね?」

 

「そのまさかだ。この場所に向かう方法が地図に載ってるぞ」

 

 少しだけ気になっていたから覚えている。汚い文字だったし、踏んだら転移って書いてたが本気にはしてはいなかった。元々水中に飛び込む予定は無かったしな。

 

「嘘でしょう? え? 本当に?」

 

 だが、確かに俺とミントは転移して此処に立っている。三人程度が手を広げて通れる程の幅の水中の道は曲がりくねりながら中は淡く光り、遙か向こうまで続いているのが見えた。立っていられるんだからと横の水に手を伸ばすけれど、水の感触はしても腕は突っ込めない。試しに飛び込んでみても突き破れなかった。

 

「ちょっと何やってるのよ、アッシュ! 水の深さがどれくらいか分からないし、出られても戻れる保証は無いんだから無茶するんじゃないわよ! ……にしても本当に隠し通路が有るだなんて」

 

「俺もビックリだぜ。じゃあ、早速探索を……」

 

「駄目よ。一旦此処で大人しくしてリターンチャイムが発動するのを待つのが得策だわ。時間を掛けてじっくりと、それが探索者の基本じゃない。隠し通路が実際にあるって分かったし、ギルドの調査後にもう一度来るわよ」

 

 確かにミントの言葉は正しいだろうよ。無茶だけは絶対に駄目だって教わったし、英雄視していた父さんだって死んだんだ。仲間のピンチなら兎も角、好奇心でミントまで危険に晒すんなら俺に仲間を持つ資格は無い。そう、無いんだが……。

 

「取り敢えず落ち着ける場所で時間が来るのを待とうぜって言うか……さっさと走るぞ!」

 

「げぇ!? 新種!?」

 

 水中を通して見える管に道の遙か向こうから青く光る球体がフヨフヨと浮きながら接近して来るのが見えた。見た事がないし、本にもそれらしいのが載っていないから未発見のモンスターだな。凄く興味を引かれたんだが、どうも観察する余裕は無いらしい。

 

「道が消えて行く……」

 

 謎のモンスターが通った側から水中の道が消えて行くのを理解した瞬間、俺達は一斉に駆け出した。。道は曲がりくねりながら随分と先まで続いていてるし、長い鬼ごっこになりそうだな、こりゃ……。

 

「分かってると思うけれど追い付かれたら詰みよ! こんな場所で逃げながら未知の相手と戦うなんて馬鹿馬鹿しいし……」

 

「ああ、分かってる!」

 

 俺とミントは即座に意見を一致させる。今すべきなのは兎に角逃げる事だ。この道で下手に魔法を使った結果、道が崩壊して溺れたんじゃ間抜けだもんな。だから……。

 

 

「「そして戦える場所でぶっ倒す!」」

 

 こうやって意見が一致する辺り、俺って単純だの何だの言われているけど、ミントも大概だよな……。

 

 

「なあ、ミント。絶賛ピンチだけれど……これを乗り越えてこその英雄だよな!」

 

「……あー、はいはい。アンタだけじゃ不安だから面倒見てあげるけれど、私を巻き込んでるってのを自覚して無茶しなさいよね」

 

 何だかんだ言ってミントは本当に頼りになる。今も逃げながら相手を観察してるし、だから俺は存分に暴れられるんだ。

 

「未知のモンスターはやや加速! そして予想していたけれどモンスターは普通に通り抜けて来るわ!」

 

 前方の水の壁を突き破ってミニケルピーの群れが立ちはだかって蹄を上げて威嚇して来る。ったく、馬が水の中を走るなってんだ。

 

「私は魔法は控えるから先に行って!」

 

「任せろ! 退けよ、チビ馬共が!」

 

 大人の馬よりやや遅い程度の速度で向かって来るミニケルピーの群れを正面から斬りつけて先頭の一頭の首を切り落とす。その後ろから向かって来た二頭の首にミントが投擲したナイフが命中。悲鳴を上げて怯んだ所を二匹纏めて切り裂いた。

 

「死体が残らないってのは楽で良いよな! どんどん来い!」

 

「こんな所で死んだら私達の死体だって残らないんだから油断しない! 次! 足元からマリモスが十匹!」

 

 徐々に加速する相手から逃亡しつつ上下左右から向かって来る敵との戦い。未だかつてないピンチに思わず口角がつり上がる。ミントも冷静に見えて楽しそうだ。ワイヤーを結んだ投げナイフを回収した時の顔は笑って見えた。そうだよな。俺達はこの場所に何をしに来た? 金稼ぎ? いや、違う!

 

 

「矢っ張り冒険はこうじゃないとな! 燃えて来たぜ!」

 

 父さんとは違って俺の手の中の魔剣は炎に包まれてはくれない。漸く刃が使い物になったのも最近だ。だが、気のせいかも知れないが刃が僅かに熱を持ち始めたのを俺は感じていた。

 

 

 

「見えて来た!」

 

 かれこれ一時間以上は立ち塞がるモンスターを薙ぎ倒しながらの逃亡を続けただろうか。昇ったり降ったり左右に蛇行したりと無駄に疲れる道を行き、例のモンスターも直ぐ其処まで迫っているというタイミングで水面が見えて来た。道はその先に続き、俺達は一気に駆け上がる。

 

「これは追いかけ回してくれたお礼よ! アイスニードル!」

 

 数歩で触れられる距離まで迫った相手にロザリーは逆向きに伸びた氷柱を放つ。相手は止まれずに貫かれ、俺達は水面へと飛び出す。

 

「……こりゃピンチは続くって奴か」

 

 俺達が降り立ったのは円形の部屋。飛び出した穴だけが外へと続く出入り口で、俺達が構えると同時に空いた穴が全て塞がった赤い球体が姿を現した。

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