伝説の聖剣に選ばれたのは俺じゃなくて幼なじみの美少女剣士だったので、俺は別の方法で英雄になるべく塔を登る 作:ケツアゴ
俺にとって父さん達は憧れだった。
「ねぇ、父さん。帰ったら剣を教えてよ。強くなって俺も父さんみたいな英雄になるんだ!」
「はははっ! 分かった。その代わり、俺が留守の間、母さんの言う事をキチンと守るんだぞ?」
「うん!」
探索団を率いる団長は普通だったら現役を引退した探索者が後任の育成や事務や他の団との話し合いの時の代表を行うのが普通だけれど、ナインテイルフォックスの団長をやってたリゼリクの祖父さんは豪快で現役バリバリだった。副団長を任せられていた父さんだって炎を宿す剣を使いこなしてたし……ルノア姉ちゃんだって新人を束ねるリーダーとして将来を期待されていたんだ。
「んじゃ、何時もの奴をするぞ。ほら、拳を出せ」
父さんは家を出る時、俺と必ず約束をした。力と知識と運が必要とされる
「……父さん、行ってらっしゃい」
「おう! 今度は久し振りに
二年前、俺は父さんの大きな背中が見えなくなるまで腕を振って見送った。早く父さんが帰って来て、一緒に剣の稽古をするのが楽しみだった。父さんと同じナインテイルフォックスに入って父さんみたいな英雄になるのが俺の夢だったんだ……。
「さて、何度言ったら危ない真似はするなってのが通じるんや? 己の頭は破壊済みの
あの頃、ルノア姉ちゃんは昼間から酒なんて呑んでいなかった。探索者は続けているけれどランクは最低のGで、何日も日を跨ぐ仕事だって受けない。足を失い仲間も失って、心が折れて情けない奴になっちまったんだ。俺の憧れの一人だった姉ちゃんは今、昼間から酔っ払った状態で俺とリゼリクを叱っている。心配しているってのは伝わっている。俺が悪いんだって理解してはいるんだ。でも……。
「……だって俺は少しでも早く強くなりたいんだ。強い探索者になって、父さんみたいな英雄に……」
叱られている、心配されている。つまりは俺が弱いって事だ。強くなる為の特訓でさえ止められる位に。それが悔しくて拳を握り締め、ルノア姉ちゃんを見上げる。俺を見下ろす目は酷く冷たい物だった。
「おい、アッシュ。別にウチはお前が探索者になるのを止める気は無いわ。お前の命でお前の人生や。でもな……死んだ時の責任もお前の物、死にに行く理由を親父に押し付けるなや。……英雄? まあ、その位の働きはしとる。
俺の胸ぐらを掴んで顔を覗き込みながらルノア姉ちゃんは自分の足を拳で叩く。コンコンと堅い音が鳴る金属の足、二年前に一人だけ生き残った姉ちゃんの失った足の代わりだ。
……そうだ。父さんはあの日、初めて約束を守らなかった。俺と母さんが待つ家に戻って来てはくれなかったんだ。戻って来たのは形見の剣だけ。
「……」
「……ねぇ、アッシュ。ルノアさんの言う通りだよ。焦ったって強くなんかなれない。お祖父ちゃんだって長年訓練して強くなったって言ってたしさ」
「……分かってるよ」
おどおどしながらリゼリクが言って来た通りだ。無茶をしたって強くなれないなんて分かっているんだ。でも、俺は二年前と同じで弱いままだ。父さんの形見の剣も俺には応えてくれない。俯いて静かに呟く。その頭にルノア姉ちゃんの手が優しく置かれた。
「まあ、気持ちは分かるからあんまり焦るなや。ウチがちゃーんと鍛えてやるからな」
「……うん」
「ほら、好きなだけ泣きーや。泣きたい時には泣くのが一番やかたなぁ。にしししし!」
ルノア姉ちゃんの言葉にボロボロと涙が流れる。リゼリクやミント、よりによってロザリーの前で泣きじゃくる。そんな俺を撫でながら笑う時のルノア姉ちゃんは二年前のままだった……。
「……じゃあ、今から私と剣の稽古する?」
ロザリーの声が聞こえたのは俺が泣き止んだ時。自分を指さしながら問い掛けて来る。相変わらず何を考えてるのか分からない奴だよな。何時も持っている練習用の木剣を二本取り出し、片方の柄を俺に差し出して来た。冗談……じゃないよな。此奴、冗談を言う事って滅多に無いし。本当に思考パターンが読めないよな……。
「……いや、空気読めーや、ロザリー」
ルノア姉ちゃん、どん引きしてるよ。だよなぁ。このタイミングで提案しないだろ、普通。だが、その普通がロザリーには通じてない。ミントに視線で助けを求めるが首を横に振られた。いや、こういう時の為のお前だろ! 頼むから何とか……。
「空気? ……あっ、そうだった。無茶はしないってなったばっかしだった」
「……ロザリー、それってどういう意味だよ。それじゃあ俺がお前よりずっと弱いみてぇじゃねぇか!」
「だってアッシュって私に勝った事無いし」
「上等だっ! 九百九十九戦九百九十九敗だろうが千回目に勝てば俺の方が強い!」
「この前、千十五勝したけれど?」
「……アッシュ、忘れちゃったの?」
「ボッコボコにされていたもんね、アンタ。只でさえ馬鹿なのにロザリーの剣を頭に何度も食らって更に馬鹿になっちゃったんじゃないの?」
「さっさと来いや、ロザリー! ギッタギタにしてやるよ!」
ヘタレとヘッポコ見習い魔法使いにまで此処まで言われて大人しくしていられるか! ロザリーを倒したら次は二人の番だからな!
俺はロザリーに向かって受け取った剣を構える。次に動こうとした時、ロザリーの剣が俺の顔面に迫っていた。咄嗟に横に避ければ即座に横に薙払い、体勢を整える暇を与えてくれない。防ごうと出した剣は弾かれ、蹴りが腹に叩き込まれてぶっ飛ばされる。飛びかかる勢いを乗せた突きも正面から突きで受け止められた。
「……うーん、矢っ張りロザリーの相手は不味いなぁ」
腕組みをしながら観察するルノア姉ちゃんの呟きだが、悔しいが認めるしかない。別格なんだよ、ロザリーは。ナインテイルフォックスの探索者だって新人じゃロザリー相手に勝てはしても圧倒は無理だった。一応入団試験をクリアして基礎訓練を受けてるのに、二年前って言ったら五歳だぞ。
「……だがよ。男には負けを認める訳にはいかない時が有るんだっ!」
打ち合ったのは十合程度。それなのに俺はフラフラだ。それでも俺の心は折れない。相手の方がずっと強い? どれがどうしたってんだ。相手の方が強いなら、今此処でロザリーより強くなれば良いだけだもんな!
「本気で来いよ、ロザリー! 今日此処で俺はお前に勝つ!」
何時までも同じ奴に負けてたまるか。今日此処で俺はロザリーを倒して先に進む。ロザリーより強くなって、あの伝説の聖剣を抜いて英雄になるんだ。思い出せ、父さんの教えを。基礎しか教わってないけど、その基礎が一番大事だ。地に付けた足に力を込め、只力任せじゃなく正確なフォームで剣を振るう。俺の言葉に応じて剣を構え迫るロザリーに向かい、俺は今自分が放てる最強の一撃を繰り出した。
「……うん。まあ、そうやな。気合いだけで覆せる力の差って限度が有るもんな」
そして俺は大の字に転がっている。空は雲一つ無い蒼天だった……。
「えっと、村に戻ろうか。そろそろ飯時やし……」
俺を担ぎ上げ、村の方を見た姉ちゃんが固まる。村の周辺を光輝く円が囲っていた。あの円、確か本で……。
「ロザリー、リゼリクを運ぶんや! ”補食”が始まる! ……村は諦めぇ」
ルノア姉ちゃんは俺とミントを担ぐと一気に走り出す。少し遅れてロザリーもリゼリクを担いで村から離れるようにルノア姉ちゃんの後を追う。一体何が起きるんだ……? 只、俺はルノア姉ちゃんに訊けなかった。歯を食いしばり、今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。
「……生まれる。
そんな俺の耳にロザリーの声が届く。相変わらず感情が籠もってないみたいに聞こえる……今にも泣きそうな声だった。