伝説の聖剣に選ばれたのは俺じゃなくて幼なじみの美少女剣士だったので、俺は別の方法で英雄になるべく塔を登る 作:ケツアゴ
外に出た時、空を見上げれば雲一つ無い青空だった。まるでさっきまで戦っていた場所に居るみたいで複雑だが、それでもデートをするには最適だ。ロザリーも俺と同じ気分なのか複雑そうに空を見上げていたが、手は自然と俺の手を握る。俺も当然握り返せば剣を握り続けて豆が潰れた少し厚い皮の感触が伝わって来る。まあ、探索者だったらこんな物だよな。
「それで飯はどうする? 何時も飯食いに行くのは同じ店ばっかしだし、丁度隊商の屋台が有るんだから食って行くか?」
「……うん。その後で寄りたい所も有る。彼処、入ろう?」
「彼処って、ログハウスだよな? 料金は……八万ミョル!?」
商魂逞しい商人達は雲海の園の周りで色々と商売をしている。泊まり掛けで何日間も通えるようにとテントを張れる場所を整えてテントの貸し出しも行っているし、大勢が座れるイスとテーブルも料金は取るがちゃんと用意していた。だが、かなり値段が強気だ。まあ、大人数で入れば効率も上がるし、此処で使った分は簡単に取り戻せるだろう。
だけどログハウスの使用料金は幾ら何でも高過ぎだ。大きさからして俺の部屋の数倍、つまりは数人が寝泊まりするのがやっとの広さしか無いってのに八万って。一人用テントの貸し出しが五千ミョルなんだから暴利が過ぎるだろう。前に置いてある看板によると小さいけれど風呂と便所とベッドが用意されてるらしいが、誰が使うんだ? ……あっ、分かった。
「どうせ探索者ごっこがしたい坊ちゃんや嬢ちゃんの為のもんだろ。別に俺達には必要無いって。ダウログまで戻れば家だって有るんだしよ」
「……ご飯食べた後、アッシュを抱きたい。私が出すから借りよ?」
「抱きたっ!? 急に何言ってるんだよ、お前!?」
「……私じゃ駄目?」
「いや、駄目って訳じゃないけどよ……」
腕に抱きつかれ押し当てられた胸の感触は残念ながら防具が邪魔で固い。でも俺はロザリーの胸の感触を知っているし、ちゃんと女として意識している。こうやって誘惑されなくても告白はされてるんだから冗談で言っているんじゃないってのも分かってるんだ。
「……据え膳食わぬは男の恥だよ?」
確か誘われた状況で乗らないのは駄目って事だったよな? 俺だってそういった店に行きたいって思っているし、乗れるんだったら乗りたいよ。ラッキースケベの呪いで女との接触は多いし、最近じゃハティの誘惑だって俺を刺激する。年頃だし、別に手を出して良いんじゃないかって思う時が有るんだ。
「……駄目だ。俺にとってお前は大切な奴だから簡単には手が出せない」
「じゃあ、途中まで。アッシュに私を意識させてハティを牽制したい。……横取りは駄目」
成る程な。ロザリーの行動の理由が分かった。要するに俺をかっ浚われるのが嫌だったって嫉妬だ。可愛い奴だな、おい。……にしても途中までか。本とかで知識はあるし、ちょっと心の天秤が傾き掛ける。こんな世の中だし、娯楽だって田舎じゃ少ない。それに命懸けの職業の探索者ってのは性に関して少し奔放になりがちだ。
「……えっと、キスじゃ駄目か?」
「ハティもしているから駄目。このまま押し切って途中までして、残りは勢いで……あっ」
語るに落ちるとは正にこの事。上手い事言って密室に連れ込んだ後は力の差を利用してって所か。……あれ? 逆じゃね? 確かに探索者ってどれだけエナジーストーンを吸収したかで力が変わるから男女差とか関係無いんだが……うん、聞かなかった事にしよう。
「こうなったら強引に……財布に少ししか入ってない」
「もう神様が諦めろって言ってるんだよ。ハティに迫られてもはねのけるし、今は安心してデートしようぜ」
「仕方無い。またの機会に……」
こりゃ油断ならないな。いっそ流されたら楽だし楽しめるんだろうけどよ。ロザリーは文句無しに魅力的だし、向こうが良いって言ってるんなら……っと、また流されそうになってる。俺、ちゃんと理性が保つのか?
そんな風に悩んでいた俺は何となく前の方に視線を向ける。屋台が建ち並ぶ広場の真ん中で煙突付きの金属製の箱みたいな物の前で何処かで見た気のする女の子が叫んでいた。オレンジ色の髪に白衣……本当に何処かで見た姿だよな? 思い出したくない気もするんだが……。
「あっはっはっはっはっ! 矢っ張り私は天才なんだよ!」
「……何だ、彼奴。少し馬鹿っぽいな」
妙に癖が強いし、あれは会話したら忘れられないタイプだ。これは関わるのを止そう。てか、あの奇行に対して隊商の連中は慣れきった様子で馬鹿を見る目を向けてるし隊商の所属か?
「ロザリーは何食いたい? 矢っ張り肉か?」
「甘い物も」
「んじゃ、向こうで焼き菓子を売ってたし行くか」
関わりたくないから横をさっさと通り過ぎようとした時、女の子が俺を見て驚くと同時に好奇心で目を輝かせる。うぇ。何か嫌な予感がするなって思った時だ。意識をこっちに向けた女の子の手が箱に触れたかと思うと箱が急激な勢いで振動を始めた。
「げげっ!? 誤作動なんだね!」
「何やってるんですか、馬鹿」
「また馬鹿が変な物作って暴走させたぞ!」
「ちょっと扱いが酷すぎるんだよ! 私はお前達の主なんだね!」
「姐さんだ! 姐さんを呼んで来い!」
これは本当に不味い事態か? 慌てっぷりからして嫌な予感が当たったと気が付いたのも束の間、煙突から黒い煙が噴き出して空の上で広がって行く。雲一つ無い空は瞬く間に曇り空になって、土砂降りになるのに数秒と掛からない。……雨が降り出した!?
「わはははははは! 降雨装置は成功したんだよ! 矢っ張り私は天才なんだね!」
何処からか出したのか自分だけ傘を使ってる女の子だが、俺達は当然ずぶ濡れだし屋台の商品も水浸しで地面はドロドロ。隊商の連中が慌てて片付けに追われる中、雨音に混じって笑い声が響き渡る。
「わはははははは! 天才って称号はまさに私の……げげっ!」
言葉の途中で女の子は青ざめる。ついさっきまで確かに誰も居なかった背後に巨大な婆さんが立っていたんだから仕方無いけどよ。婆さんは丸太みたいに太く逞しい腕を振り上げ、隊商の連中は一斉に耳を塞ぐ。俺達は何だと思って固まったままで、動くのが遅れてしまった。
「こんの……馬鹿たれがぁあああああああああああああっ!」
「へぶんっ!」
雷鳴みたいな怒号と同時に拳骨が女の子の脳天に振り下ろされ、その勢いで女の子の体は首から上以外は地面に埋まる。あれって死んでるんじゃ……。
「何するんだね、ギリー! 私はお前の主なんだし、敬意を払うんだね!」
「何時もガラクタで人様に迷惑掛けてる馬鹿に払う敬意なんて存在しないよ! 寧ろ台無しになった商品の弁償を次の開発予算から払って貰うからね!」
あっ、生きてる。寧ろ元気だ。人間を地面に埋める威力の拳骨繰り出す婆さんも化け物だが、それを受けて生きてる方も化け物だよな。呆然としながら見ている間に雨は止んだが婆さんの説教は止みそうにない。
「くしゅん!」
体が冷えたのかロザリーがクシャミをする。俺も寒くなったし、こりゃ何処かでたき火でもして暖まりたいな。
「っと、馬鹿の相手は後でも出来るか。悪いね、坊主達。馬鹿は叱っておくし、金は要らないからログハウスを使っておくれよ。こんなんでも一応不服ながら主だ。その主のやらかしで迷惑掛けっぱなしにゃ出来ないよ」
「……チャンスが巡って来た」
しゃがんで埋まったままの女の子の口を引っ張りながら婆さんがログハウスを顎で指す。ロザリーの目が怪しく輝いた気がした。……気のせいだよな?