伝説の聖剣に選ばれたのは俺じゃなくて幼なじみの美少女剣士だったので、俺は別の方法で英雄になるべく塔を登る 作:ケツアゴ
……なんだかなぁ。目の前の光景を眺めながら僕は心の中で呟く。目の前ではキグルミの集団が土木作業をやっていた。信じられる? これって探索団なんだよ。
間違い無く世界最強にして唯一無二であるSSランク探索団『パンダーラ』。何せSランクに昇格しても大丈夫だとギルドの人達が判断したナインテイルフォックスでさえ一蹴された擬神アポロンを倒した程なんだからどれだけの力なのか所属する僕でさえ把握出来てない。
……擬神やギルド、そして
「手が止まっていますよ、リゼリクさん」
「は、はい! ごめんなさい!」
おっと、いけない。今僕達は地下の空間で作業中。ツルハシを振り上げて穴を広げている最中だ。こんな場所でこんな作業をしていると熱とか粉塵とかで体を壊しそうだけれど、僕は黒子衣装を着ているし、今僕に注意した人も含めてキグルミを着ているから快適な環境で働けているんだ。
……そう。パンダーラは僕とスコルを除いて全員がキグルミ姿で普段から過ごしている。今僕を注意した灰色のウサギの人と、今は居ないハシビロコウのキグルミを着た人は通いだから拠点を出る時は素顔を晒すけれど、他の人はご飯を食べる時もお風呂に入る時も寝る時もキグルミだ。何でも僕の衣装も含めて凄い性能をしているから常に快適に過ごせるし、裸よりも開放感が有るらしい。
「おや、そろそろ時間ですね。私は一旦家に帰りますので」
「はい! お疲れ様です、グレー
「……はぁ。何度呼ばれてもその名前には慣れませんね」
大きな溜め息を吐き出すグレー兎さんだけれど、この名前は当然本名じゃないんだ。パンダーラの特徴としてキグルミによって素顔を隠しているけれど、更に本名も隠す。グレー兎っていうのも当然だけれど偽名だ。団長であるアンノウン様は更に偽名から取ったあだ名で”グレちゃん”って呼んでいるし、あの方は大体の人をあだ名で呼ぶ。
グレー兎さんはどうも偽名からして嫌らしいし、アンノウン様の事もきらいらしいけれど従う理由が有るから渋々下で働いているらしい。他の人もどうして従っているんだろう?
「じゃあ、別の呼び名にしましょうか。アンノウン様から聞いたんですが、昔ペンネームを持っていたそうじゃないですか。ポエムを書いていたそうですが、どんなのかは本人から教えて貰えって言われまして。確かメロリン……」
言葉の途中で僕の真横を魔力の塊が通り過ぎる。え? 今のは魔法? 僕の黒子衣装にも仕込んでいる仕掛けでスプリッツライト無しで放てるのは分かるけれど、詠唱しなかったし、今みたいなのを僕は知らないけれど……。
恐る恐る後ろを見れば僕が必死にツルハシで開けていた穴が広がって、工事の進捗状況は数日後の目標にまで達している。あれ? 僕の苦労って一体……。
「あのパンダ擬きが何を考えて指示を出したかなど考えるだけ無駄ですよ。どうせノリと勢いで行動の九割九分九厘九毛を決めますから。残りは……まあ、友の為などですが」
「は、はあ……」
それは僕も何となく感じている。本名さえ不明で正体も教えて貰っていない僕だけれど、アンノウン様が身内に対しては優しいって知っているんだ。身内に近ければ近い程に何かと悪戯の犠牲になるんだけどね。あだ名で呼ぶのも一種の親愛の現れなのかな? ……それを考えるとスコルがあだ名じゃないのはどうしてだろう? 何かと親切にしているのに……。
僕がちょっと気になっていた事を考えていると交代時間を示すブザーが響く。これからは自由時間。部屋でゴロゴロするなり遊びに行くなり
絵面が悪い? スコルは幼い見た目で言動も幼児みたいな所が有るけれど僕より年上だし何も問題は無いさ。つまりは……け、結婚だって可能なんだ。あの子は料理とか出来ないけれど、エプロン姿で僕を出迎える姿を妄想……想像すれば鼻血が出そうになる。
「では、私はこれで。……ああ、一つだけアドバイスを」
「アドバイスですか?」
グレー兎さんは実は人妻で子持ちらしい。スコルの見た目よりも幼い息子さんらしく、こうやって用事が終われば直ぐに帰るんだけれど、何者と僕の世話を焼いて助言だってしてくれるんだ。どうも”染まっていないし、染める気も無いらしいから”、って事だけれど、スコルとの関係が前進したのも彼女のアドバイスがあってこそ。今回はどんな内容だろうと期待した僕の耳元にグレー兎さんは口を近付ける。僕の好みじゃないけれど銀髪の美人さんだった素顔を思い出してドキッとした。
「……今度ペンネームで呼ぼうとすれば貴方に不幸な事故が起きますのでご注意を」
殺気の込められたドスの利いた声。僕は別の意味でドキッとした……。今の、絶対本気だ。身が竦んで氷水に浸かったみたいに寒気がする。こんな時はスコルをギュッとして温まりたい。……した事は無いけれど。
「……アッシュ達は今頃何をしているんだろう?」
パンダーラが昇級試験を執り行う以上は受ける側のナインテイルフォックスとは終わるまで接触を控えた方が良いって分かっているけれど寂しくもなる。この工事も試験に関係有るとか関係無い趣味の為だとか聞いているし、せめて一生懸命頑張ろう。会うのは合格してからだ。
「その為にも例の仕掛けに気付くかどうかだけれど……気付かない方が良いんだよね。スコルがそれとなく教えてくれたら嬉しいけれど、そういった不正は嫌いだからな」
そんな真面目な所も可愛いと思いつつ僕はツルハシを所定の位置に戻す。さて、デートの前にお風呂にでも入ろうかな……。
「うっぷ! は、吐きそうや。気持ち悪い……」
ミントが昼食を作っている最中、二日酔いが未だ治らないルノアの調子が悪そうな声が聞こえて来た。この姉妹、既に大丈夫かどうかを聞く関係ではないので何度も繰り返す愚行に姉の威厳は地に落ちて地中に潜り、威厳は減り過ぎて負債の状態。
「ったく、少しは学習しなさいよ。吐いたら自分で掃除して貰うわよ、姉さん」
「そんな事より洗面器を……」
「はいはい。姉さん専用の洗面器は……また仕事が増えたわね」
どうやら水差しを倒したらしく何かが倒れる音に混じって水音も聞こえる。確かギルドからの通知書も机の上に置いてあったと思った時だ。ドタバタと慌ただしい足音でビチャビチャになった通知書を手にしたルノアが駆け込んで来る。
「た、大変や! このままだと試験に参加出来へん!」
「はあ!? 姉さん、一体何やらかしたのよ!?」
水に濡れた試験開催の通知書。空白だった部分が濡れた事で文字が浮かび上がっていた