伝説の聖剣に選ばれたのは俺じゃなくて幼なじみの美少女剣士だったので、俺は別の方法で英雄になるべく塔を登る 作:ケツアゴ
とある国にその城は存在した。一切の穢れを感じさせない純白の城壁。四方に設置された精巧な造りの彫刻は神に祈る清らかな乙女達の石像で、数多の美姫を集めた好色な王のお気に入りでさえも霞む程に美しい。城下町には数多くの教会が建立されており、今日もまた敬虔な信者達が祈りを捧げる。
この街の住民達に煌びやかに着飾った者の姿は見えず、美食や美酒を提供する店も、男達が金で一夜の愛を買う店も、娯楽の品を売る店すら存在していなかった。正に清貧と賞すべき暮らしの中、人々は日々感じる幸せに微笑み、こうして存在する事が神の恵みだと感謝の祈りを捧げる。
『聖都エインヘルヤル』
この世で最も清らかなる場所だと集う者達は信じて疑わない。そんな地の中心である純白の城の中、大勢の女性が広間に集まってテーブルを囲んでいた。いや、それだけならば特筆すべき事では無い。問題なのは彼女達の服装だ。上座に座る数名を除いて顔の上半分を隠す白い仮面にローブといった共通の服装。
世界各地でパンダを好む者を襲い、悪夢を振りまく
幾つかのグループで分けているのか内容は違っているが、多くの者の前には熱した鉄板の上で今も焼かれている分厚いステーキが有った。更に上座に座った者に用意されたのは一本だけで数年分の年収でも足りない程に豪華な品々だ。
「さて、親愛なる同胞諸君。よくぞ集まってくれた。心よりの感謝を示そう」
上座に用意された席には幾つか空席が目立つが、中央に位置する席に座った胸が大きく背の高いブロンド髪の女が立ち上がり言葉を述べる。返って来た反応は歓喜、無関心、敵意と見事なまでにバラバラで隠す気すら感じない。いや、敵意はほぼ全員が互いに向けている。まるで敵対する派閥同士が一時的な共闘でもしているかの様だ。
「それではワルキューレ前線指揮官であるゲイル・スコルグが定期報告会を取り仕切らせて貰う。来ていない者が数名居るが……まあ、良いだろう」
一触即発の空気が漂い、隙あらば己の首が狙われると察して居ながらも彼女は動じない。いや、動じる必要が無いと確信している様子だ。それ程までの自信は確かな物らしく、殺気を隠そうとしない者でさえ迂闊に動けない様子。そんな時に場違いな程に呑気な声がした。
「おーい。オジさんの席は何処だい? 名札が見付からないけどさ」
此処にも剣呑な空気を意に介さない者が一人。この場所で唯一の男であるクロウ。ワルキューレが崇拝する
「貴様の分の食事は無い。……スクルド、貴様も取り分けようとするな」
「で、でも、クロウさんだって一緒に戦う仲間ですし……」
クロウの分が用意されていないと知るやいなや少女はサラダが乗った皿に主な料理を半分ほど盛ろうとしていたが、鋭い眼光に身を竦ませ動きを止める。それでも何とか抗議の言葉を怯えながらも絞り出そうとするが、その頭にクロウの手が優しく置かれて止められた。
「良いって良いって。スクルドちゃんは成長期なんだから沢山食べなさいな。ゲイルちゃんもスクルドちゃんにはもう少し優しくしなよ。君達と違って記憶は殆ど持ってないし、何となく自覚が有る程度で基本は子供なんだからさ」
「貴様にあれこれ言われる筋合いは無い。我らが神がお許しになり、利用価値が有るから見逃してやっているが、私は裏切り者など信用しない。必要とあらば即刻首を跳ねてやる!」
「怖い怖い。じゃあオジさんは部屋の隅でガタガタ震えて神様に祈りでも捧げとくわ。……酒だけでも駄目?」
「駄目ですよ、クロウさん!」
一般人なら心臓が止まってしまう程に強烈な殺気を浴びながらもクロウは飄々とした態度を崩さず、それがゲイルの怒りを更に煽る。この場に武器が有れば即座に手に取る程に彼女が怒りに震えるもクロウはヘラヘラと笑って挑発をするが、それを止めたのは先程彼を擁護したスクルドだった。少女からの思わぬ言葉に流石のクロウも驚き、ゲイルでさえ意表を突かれた様子。それが少女が普段からクロウに向ける態度の現れである。
そんな彼女がクロウを止めたのだ。その理由は……。
「お酒を飲む時は何か一緒に食べないと!」
「……そっち? いや、スクルドちゃんらしくって構わないけど、一瞬ビックリしちゃったよ。でも、君だって俺にサラダ全部押し付けようとしたよね?」
「な、何の事でしゅ……事です?」
「誤魔化せてない、誤魔化せてない。……思いっきり目が泳いでるし口笛だって吹けてないよ?」
当然と言えば当然ながらも一切空気を読まない発言とそれに続く遣り取りに場は静まり、一同は毒気を抜かれた表情を浮かべた。
「……まあ、良い。さて、皆も既に知っているだろうがパステト……神よりお告げがあった。”少し思い付きがあるから指定した場所以外にギルド連中の目を向けさせるようにニャ”……だそうだ」
「あっ、今。伝言でも語尾にニャって付けるの照れたよね? てか、オジさん前から思ってたんだけれど、猫がニャーニャー鳴くのは体がそうなってるからでしょ? 何でわざわざ語尾にニャって付けてるんだろうね?」
クロウの発言に対し、部屋の彼方此方からクスクスと笑い声が漏れ、一カ所の集団からは濃密な怒気が放たれる。中には立ち上がってクロウだけでなく他の構成員にさえ襲い掛かりそうな者を両隣の者が止めてさえいた。
「あっ、こりゃオジさんは完全に会議の邪魔だーな。最近目覚めて加入した巨乳のあの子も居ないし、此処らで失礼させて貰うよ。スクルドちゃんのおねしょ布団だって取り込む時間だしさ」
「ク、クロウさん! それは言わない約束じゃ!?」
「……めんご」
場をかき乱すだけかき乱し、謝意を一切感じさせない謝罪をするなり部屋を飛び出して行ったクロウ。ドタバタと足音を響かせ、やがてその足音が聞こえなくなるまで室内は何とも言えない空気に包まれる。最早最初の一触即発は何処かの彼方に消え去っているだろう。
「……彼奴は本当に。さて、それでは食事が冷めぬ内に食べるとしよう。各々敬愛する神の流儀に則って祈りを捧げよ。……あれ? 私の肉は何処に?」
つい先程までゲイルの前に置かれていた分厚いステーキ肉はメモ書きに置き換えられ、ワインも消えている。メモにはこう書かれていた。
”お肉とワインは貰ったよ”、と。こんなメモを用意している時点で計画的な反抗である。
「あの男、今度会った時は目に物見せてやる!」
ゲイルは苛立ちをぶつける様にテーブルに掌を叩き付ける。……丁度熱々の鉄板の上だったので数秒後に気が付くなり悲鳴を上げた。
「熱ぅうううううううううううううっ!?」
涙目で手に息を吹きかける姿は先程までとは別人に見える。この時、誰もが思った。”……今なら首を取るチャンスなのでは?”、と。とても手を出すシリアスな空気ではなかったが……。