「んー、これを入れるか……?いや枠がない……。パワー8000に乗れない事態は避けたいからな……」
「よー途次、なんだデッキ調整か?」
「並木……」
サチと共に枝垂桜を訪れてから数日後、夕方、キリカはミアキスでカードと睨めっこを繰り広げていた。その中心に置かれた三秋ララからの贈り物、《怪人紳士ハイクラスモス》。
そんな彼女の向かいの席に並木トオルが腰掛ける。
「ああ。新しいカードを入れて、それと相性が良いカードを入れて、それらと相性が良い……を繰り返していたら迷走してしまってな」
「あー、よくあるアレか。お前でもあるんだな、そういうスランプ的なの」
「どういう意味だ」
釈然としない様子のキリカ。
「いやなんつーか、お前どんなカードもあっけらかんと使いこなすみたいなイメージあったから」
「そんなわけがあるか。私だって悩むときも負けるときもある。事実、前に倫道に負けたのは君も知っているだろう」
「あー」
そういえば、とトオル。
そんな向かいを他所に再びキリカはカードを弄り始める。
トオルもそちらに視線を向けると、明らかに規定枚数50枚より多い量のカードたち。構築に悩んでいるというのは本当らしい。
「グレード3は10……いやサーチの精度を上げるために12か……。いや、だがそれではガード値が……」
防御に使えないグレード3のユニットを増やしすぎては、序盤の防御に手が回らなくなる。
だがキリカのデッキは相棒たる《サイクロマトゥース》を始めとして入れたいグレード3がいくつもある。
どうしたものかとキリカの思考はますます泥沼にハマっていく。
「おーおー、すっかり自分の世界に入ってら」
この様子では当分ファイトの相手はしてもらえないだろう、とトオルは席を立った。ところで。
「失礼、ちょっといいかな」
いつの間にか二人の机の傍にもう一人女性が佇んでいた。
自分たちより年上だろう、ということは理解できた。キリカにも負けない長い髪を背まで流し、薄手の赤い上着を纏っている。そして何より目立つのは、カードショップに来たにしてはやや大きすぎるような荷物。
「えっと、何すか?」
トオルが立ち上がった体勢のまま答える。
「ここら辺にカラオケがあるって聞いたんだけど……えーっと、そう、これこれ」
ポケットからスマートフォンを取り出し、電源を付けてからトオルの視線の先へ持っていく。
確かにその画面にはこの近所にあるカラオケ店の公式サイトが表示されていた。
「あたし小江山に住んでてね、この辺り来るの初めてでさ。明日ここに用事があるんだけど辿り着ける自信がないの。よければ軽く説明してくれない?目印とか」
小江山といえばここから多少離れた場所にある小さな町だった筈だ。
なんであれトオルにとっては断る理由もない。そのカラオケ店自体彼が友人とよく行く店舗だったこともあり、説明は滞りなく進んだ。
「……んで、目立つ看板のラーメン屋があるんでその横のエレベーターで3階です」
「ふんふん、成程」
どこからか取り出した手帳に手早く書き連ねていく。
やがてそれを終えぱたんと手帳を閉じてから、改めて視線を二人へ。
「やー助かった。ありがとね」
「いえ、大したことじゃないっすよ」
「いや本当に助かったって。お礼しないとね。なんかない?希望」
「なんかっつってもなあ……」
本当に困ってることはないし、物を要求するのも気が引ける。かといって何もないですであちらが引き下がるとも思えない。
というわけで暫く考え込んでそれでも思い付かず、助けを求めるように机の反対側、キリカの方へと視線を移す。
「……なんだ」
渋々反応する、というよりは暗に「今集中してるんだから振ってくるな」と。
「なんでもねえよ。悪い」
そう返したのは今話しかけない方がいいと思ったのもあるがもう一つ。
キリカの机に並べられたものを見て思い付いた『お礼』があったからである。
「なあ、貴方ってわざわざここに来るってことはカードやってたりするんすか?」
「ん?確かにそうだけど。ヴァンガードならやってるよ」
「なら丁度いいや。相手してくださいよ。それがお礼ってことで」
デッキを取り出し軽く振ってみせるトオル。
女性は一瞬面食らったようだったが、すぐに口角を上げ鞄をごそごそと漁る。
そして同じく50枚の束を取り出し、了承の意を込めて片目を瞑った。
「……折角だし観戦させてもらうか」
二人のファイトが始まって少し経ち、いよいよデッキ構築が袋小路に迷い込んだキリカ。
気晴らしがてらにと席を立ち二人の方へと向かう。
自分の問題に集中していたため詳しくはわからないが、所々聞こえてきた声からしておそらくまだ中盤だろう。今から観戦しても遅くはない筈。
「《真古代竜バレルトプス》でヴァンガードにアタック!クリティカルは2!」
「……ノーガードっす。ダメージチェック……参りました」
「あれ」
そう思っていたキリカはカードを目の前の光景に呆然とした。
「あれ途次。デッキ決まったのか?」
「いやむしろ決まらないから……じゃなくて、もう終わったのか?まだ中盤くらいだと」
「俺もそのつもりだったんだけどなあ」
悔しさ半分の苦笑い。
改めて盤面を見てみると、トオルのヴァンガードはまだグレード2。彼は後攻だったようなので女性は自身がグレード3になったそのターンに勝利したことになる。
一方、その張本人は向かいの二人の会話が終わったのを確認して愉快そうに右手を差し出す。
「いやー楽しかったよ。ありがとね」
「いえこちらこそ、ありがとうございました」
握手に応じるトオルから、相手の女性へと視線を移す。
「……強いんですね。そのデッキ、見ても?」
「ん、これ?勿論」
盤面のカードと手札だった数枚、ドロップゾーンの薄い束とを纏めてデッキに戻し、トントンと揃えてキリカの方へ。
「はい」
「ありがとうございます」
受け取ったそれを広げる。
クラン、たちかぜ。更に言えば《真古代竜》の名を持つカードたちが大半を占めたデッキだった。《真古代竜》ではないユニットたちも何かしらそれらと相性が良いユニットばかり。
そして《真古代竜》はトリガーの一つ、前トリガーを文字通り引き金にして凶暴化する。そのために前トリガーは上限たる12枚。
つまるところ、このデッキを一言で表すなら。
「振り切っている、な」
主力となるユニットたちを活かすためだけ。プランBなどありはしない。そんなデッキだった。
「だって、そっちのが良いなって思うからね。ほら、好きな子使って勝ちたいし」
女性はそれを褒め言葉と受け取ったのだろう、自慢げににんまりと笑う。
「そっちのが良い……」
おうむ返し、そしてその後数秒の沈黙。キリカの動作が止まっていたのはそこまでだった。
広げていた女性のデッキを手早く纏め直す。
「ありがとうございました」
お礼の言葉とともにそれを持ち主へ返し、先程まで自分がいた机に座り直す。だが先程までの苛立ちと迷いではなく、いつもの堂々とした笑みをたたえて。
「……おー。なんか調子戻ってら」
唖然とするのはトオル。
一方の女性は戻ってきたデッキを仕舞い踵を返す。
「そんじゃね少年少女たち。日が暮れる前には帰るんだぞお」
冗談めかした言い回しを残し悠々と去っていった。
それを見送ったトオルは一つ息を吐いてから。
「……変な人だったな」
そう呟かずにはいられなかった。
翌日。
「目立つラーメン屋の看板……これか、確かにやたらデカい。ということはエレベーターというのはこっちか」
教わった道順が記された手帳を片手に女性、江堂サイカはエレベーターに乗り込む。
『3』のボタンを押して、それから扉が閉まる。そして再び扉が開くや否やその向こう側へと足を進めて。
そこにいた先客に、飛びつくように近づいた。
「やっほう久しぶり!元気してた?」
「よ。それなりにはな。そっちは聞くまでもないか」
先客、もとい倫道サツキとサイカ。
交際関係にある二人がこうして顔を合わせるのは実に2ヶ月振りである。
「まーねー、学業も趣味も順風満帆ってとこかな」
「そりゃ何より。相変わらず隙がないな」
「そう言うそっちは」
「僕はそこそこ。まあ頑張ってますよってとこだな」
「うわあ無難な返し」
肩を竦めるサイカ。
さてここはカラオケ店なのだから入り口前で駄弁るのも程々にしておくか、と二人の意思が一致する。
そして一致したこともまた言葉を交わさずとも理解できる。それぐらいの仲なのだ。どちらが先ともなく、受付の方へと歩み出す。
「はい、二名様ですね。では7番部屋へ」
店員の指示に従い部屋に入る。
電気を付けて、荷物を置いて、ソファに腰掛けて。
それから置いた鞄の中から互いにデッキを取り出した。
「じゃ、あんまり前置きばっかってのもアレだし始めちゃおっか」
「ああ。……最初の手札って5枚だったよな?」
「そこからかーい」
一度飽きて引退したサツキにとってはこれが久々のヴァンガード。色々とうろ覚えである。
「下が黒いグレード0を伏せて、最初の手札は5枚。そしたら先攻後攻決めてからマリガン。わかった?」
「そういやそんなんだったっけか」
「ったく、まああたしの見ながらやりなよ」
一方のサイカは手慣れた様子。流石は現役どころか地元でも有数の実力者、と感心しながらサツキはそれに従う。
「よっし、これで準備完了かな」
「あたしも出来た。始めるよ。スタンドアップ、ヴァンガード。《ミニマムカルノ》」
「スタンドアップ、ヴァンガード!《ブラウユンガー》!」
ファイトが始まった。準備の間に感覚を思い出してきたのか、特に滞ることなくファイトは進んでいく。
「ライド、《ブラウクリューガー》!スキルで《ブラウパンツァー》を手札に加えてそれをコール!更にスキルで山札から《シュテルン・ブラウクリューガー》を手札に加える。もう1枚《クリューガー》をコールしてアタック!」
「ノーガード」
ファイトも中盤に突入といったところ。すっかり自分のデッキの扱い方を思い出したサツキは、蒼の鋼を纏い光の剣を携えた戦士、《ブラウクリューガー》を用いて次ターンに備えつつ攻撃を仕掛ける。
これらの攻撃によりサイカのダメージは2。一方のサツキも同じく。
「リアガードの《クリューガー》をソウルに置いて1枚ドロー。ターンエンド」
「あたしのターン。《真古代竜バレルトプス》にライド!」
トリケラトプスを模したシルエット、その3本の角に電流を迸らせて、サイカがライドした要塞の如き武装の竜が吠える。
「イマジナリーギフト、アクセルIIで追加サークル解放、1枚ドロー。《バレルトプス》のスキルでもう1枚ドローしてパワー+5000!」
「ライドした筈なのに手札が増えてやがる……」
「更にコール。《プテラフィード》、《ヘフトスティラコ》、《アルバートテイル》、《ラサレイトレックス》!」
鋭い爪を携えたもの、翼を持つもの、四足で立つものなど様々だが、皆一様に強靭な鋼を纏い目には凶暴な光を爛々と輝かせている。
「行っくよー、まずはヴァンガードの《バレルトプス》でアタック!」
「ノーガード!」
ドライブチェックは2枚ともトリガーなし。
白を帯びた瑠璃色の閃光が放たれる。それは一瞬瞬くだけのものに見えたが、標的となった蒼の鋼には黒々とした傷痕が残されていた。
「ダメージチェック」
こちらもトリガーはない。それを確認してサイカは攻撃を再開する。
「《ラサレイト》のブーストで《プテラフィード》!」
「ノーガード、ダメージチェック。ドロートリガー!ヴァンガードに+10000!」
「《プテラフィード》のスキル、《アルバートテイル》をスペリオルコール!……とは言ってもレスト状態だし、元々いた方はトリガーのせいでヴァンガードに届かないか」
折角攻撃のために前列に展開したのに、と膨れっ面を見せるサイカ。
「なら《ヘフトスティラコ》!こっちはスキルとアクセル合わせて19000だからヴァンガードに届く!」
「《オルドアンカー》でガード!」
「ターンエンド」
5000のシールド値で防げる攻撃にシールド15000の《オルドアンカー》。明らかに余分な数値。
なぜそうしたかといえば他に防御に回せるカードがなかったからなのだが、そうまでしてこの攻撃を防御した理由はダメージの数にある。
「これでダメージは3点止まり、と」
「流石、あたしに4点まで詰めさせてはくれないか」
サイカ相手に4点目のダメージを受けてはいけない、とはサツキがこれまで嫌という程敗北という形で与えられた教訓。
4枚のダメージを受けた自分が、凶暴化した……もといクリティカル2となった真古代竜たちの猛攻を凌ぎきれず敗北する、という経験は彼女とのファイトの日々の中で飽きるほどしてきた。
既にそれも思い出しているサツキにとってダメージ3のこの状況は何としても死守したいもの。
「僕のターン、ドロー!」
右手で引いたカードを左手へ、反対に先程手札に加えたカードを右手へ移して、その右手を高々と掲げる。
「ライド!来い、《シュテルン・ブラウクリューガー》!」
シンボルカラーたる蒼はそのままに、全身を砲塔と刃とで武装したその姿はより刺々しいものに。
更に巨大化した鋼の翼を広げて電子の瞳で相対する敵を見据える。
「イマジナリーギフト、アクセルIIでサークル解放、ドロー。《メチャバトラーアラシード》をコール!スキルで山札から5枚見てグレード3を手札に加える。……あったぜ、《ギャラクシー・ブラウクリューガー》だ」
「ッ……」
サツキがサイカのデッキを理解しているようにサイカもまたサツキの戦い方はよく知っている。
その彼女が顔を歪めたということは、つまり。
「今の《ギャラクシー》をコール!《シュテルン》のスキルでグレード3の《ブラウ》はパワー+10000!」
サツキのライドした《シュテルン》に並び立つのは、シルエットこそ《シュテルン》に似ているがより鮮やかに染められた体躯に光の剣を携えたもう一機の戦士。
「《ブラウクリューガー》、《モルゲンロート》、《キックキック・タイフーン》をコール!《キックキック》のスキルで《ギャラクシー》にパワー+5000!《クリューガー》で《ヘフトスティラコ》にアタック!」
「ノーガード」
「《クリューガー》はソウルに。次、《ギャラクシー》でヴァンガード!」
「それも同じく」
大小2機の戦士が連星となって飛ぶ。
先を行くのは小、もとい《ブラウクリューガー》。琥珀色の刃を振り下ろす。
斬撃が放たれてから一瞬遅れ、《ヘフトスティラコ》は爆風と共に消滅。その爆風を貫く形で速度を増した《ギャラクシー》が姿を現した。
翠色の光で形作られた刃が《バレルトプス》の装甲に深々と突き刺さる。
サイカのダメージゾーンには3枚目のカード。トリガーも発動せず流れはサツキのものに。
「《キックキック》でアタック!スキルで《ギャラクシー》をスタンド!」
「《ディメトロスパーク》でガード!」
「《ギャラクシー》でもう一度!」
「《タイニィレックス》!」
竜巻の如き回転から繰り出される《キックキック》の回し蹴りは背に電光の帆を持つ竜が受け止める。
続けて先程振るわれた翠色の刃が光線となって再び放たれるが、飲み込まれたのは標的ではなく割って入った小型の竜。
リアガードの攻撃が全てなされ互いのヴァンガードが睨み合う状態となった。
「《シュテルン》でアタック!」
手に携えたもの、翼に備えられたもの、それら無数の銃口が一様に標的へと向けられる。
「ノーガード!」
対するサイカは防御を行わない。
無防備な《バレルトプス》の視線の先、銃口の熱量が増していく。
「ツインドライブ、ファーストチェック。セカンドチェック、クリティカルトリガー!パワーは《アラシード》、クリティカルはヴァンガード!」
放たれた光の弾丸の雨。要塞にも似た竜が僅かにその体制を崩す。
「ダメージチェック、フロントトリガー。前列にパワー+10000」
対するサイカも負けじとトリガーで防御力を上げる。本来ならこれで攻撃は終了するところだが、サツキのデッキにはその先があることを彼女は知っていた。
「《シュテルン》のスキル!手札2枚と引き換えにリアガードの《ギャラクシー》をバインドしてからスペリオルライドする!」
元々纏っていた装甲に代わり、《ギャラクシー》の持つ鮮やかな蒼が素体に連結され、翠色の光が強い輝きを放つ。
サツキのデッキの十八番、《シュテルン》から《ギャラクシー》への換装による連続攻撃。偶然か必然か弟の切り札たる《ブラドブラック》もまた換装を得意とするカードだが、それは今の彼の知るところではない。
「アクセルIIによりドロー、そして《モルゲンロート》のブーストでアタック!最後のカウンターブラストでスキル発動、《シュテルン》をスペリオルコール!《ギャラクシー》は《シュテルン》と同じスキルを持つ。2枚はどちらもパワー+10000だ!」
「《サベイジ・プリーステス》で完全ガード!」
砲塔から放たれた光の束を受け止めたのは光の壁。その主は古代の民族のような姿をした妙齢の女性。その能力によりこの攻撃は決してヒットしない。
「完ガ残してたのか……。だがまだだ、ツインドライブ!ヒールトリガー!回復は出来ないが《シュテルン》にパワーを!《アラシード》のブーストでアタック!」
《ギャラクシー》のスキル、《アラシード》のスキル、そしてトリガー。全て合わせてパワーは55000。
「《プリーステス》!」
しかしサイカが繰り出したカードは2枚目の完全ガード。6枚目のダメージがサイカに与えられることはなかった。
「……《モルゲンロート》のスキルで《シュテルン》を手札に。ターンエンド」
このターンで決めきるつもりで繰り出した攻撃をギリギリのところで防がれ、苦々しい表情を隠せないサツキ。
だが一方のサイカも決して余裕の表情ではない。
「やるじゃん。さっきまでルールも忘れかけてたとは思えない」
「まあ、な。一刻も早く強くならねえとって、必死にやってた時の感覚かき集めたから」
「そりゃまた頑張ったね。……そうまでするのは、やっぱり?」
「ああ」
「サチ君のため、か。相変わらずだね。あの日もそうだった」
サイカのその言葉を引き金に、二人の記憶が過去へ遡る。
具体的には今年の2月。まだ倫道家が小江山に住んでいた頃。そして、サチが事故に遭った数日後。
「話がある」
突然呼び出されたサイカの目の前で、サツキは重々しく口を開いた。
茶化せるものではない、とすぐ理解したサイカは無言で先を促す。
「……約束の件なんだけど」
「ああ、その話か」
約束。それは前々から二人で話していた、『二人で同じ大学に受かろう』というもの。
サイカは元々成績も良く、難関と言われる志望校にも十分合格できるだけの実力があった。
そんな彼女に追いつこうと、あくまでそこそこの成績だったサツキはこれまで勉強を重ねてきたのだ。
「それがどうしたの?頑張ったおかげであたしにも成績で追いついてきてるんだし、このままなら行けるって話だったじゃん」
「ああ。お前が協力してくれたからな。合格する自信は僕にもある。……でも、ごめん。やっぱりあの約束、破らせてくれ」
目を伏せ、拳を震わせながら言葉を紡ぐその姿からは相当な罪悪感が伺える。
サイカもまたそれを聞いて動揺を隠せない様子だが取り乱したりはせず、一つ息を吐く。
「理由を聞かせて。何かあるんでしょ?」
声こそ震えているが冷静に問いかけるサイカ。
「……サチが事故に遭ったのはお前も知ってるよな。あれ、どうも治りきらないらしくてさ。あいつ、一生歩けないって」
「なっ……!」
交際相手の弟、彼女自身も面識のある相手が残酷な現実に直面しているという事実に、今度こそ冷静さすら保てない。
そんなサイカを見て自らも歯を食いしばるサツキ。だが続きを話す必要があることを思い出したのだろう、再びその口を開く。
「あいつは器用だからさ、もう車椅子もある程度使いこなせてる。……けどさ、やっぱり限界があって、誰かが助けてやらないといけないんだ」
言葉が進むごとに、握りしめられた彼の拳がその固さを増していく。
「サチの進む予定の高校ってさ、僕たちの志望校と真逆の方向なんだよ。それにレベルの高い大学ってことは多分、課題も難しい。そっちに時間を使ったら」
「サチ君の介護が出来なくなる、か」
サイカの言葉にサツキは視線を逸らす。その所作は肯定の意なのだろう。
「お前との約束は守りたい。けど、僕にとって一番大切なのは……。だからごめん。本当に悪いと思ってる。愛想尽かされても仕方ないって。なんなら別れてくれても」
「舐めんな」
別れてくれても構わない、と続こうとした言葉を遮って放たれた言葉、そして冷たく鋭い視線。サツキは思わずたじろぐ。
「あのさ。あたしのこと、何だと思ってるの」
視線と同じく冷えきった、けれど同時に苛立ちを含んだ声色。
「あんたは、あたしがそんな我が儘な女だと思ってるの?自分より何か別のものが優先されたってだけで愛想を尽かすような身勝手な人間だって」
「い、いや……」
「答えて」
「……そうは、思ってない」
その言葉を聞いてサイカの瞳に温度が戻る。
先程までの表情とは違う、微笑を浮かべたその端正な顔に思わず見惚れるサツキ。
「あんたがサチ君のことを大切に思ってることも、あの子が怪我してからずっと悩んでたことも知ってる。そういうヤツだってあたしは知ってる。というより、だから付き合ってるつもりなんだけどね」
「サイカ……」
「むしろここであたしとの約束優先してサチ君ほっぽり出してたらそれこそ別れてやってたっての」
呆れ半分、けれど得意げにそう言い、微笑みから更に口角を上げにっと笑ってみせた。
「……ありがとな」
その笑顔に応え笑い返すサツキ。
と、そこまで思い返したところで、二人の意識は現在へと帰還する。
「本当、あの時のサツキったらこの世の終わりみたいな顔で謝るんだもん」
「忘れてくれ……」
「あっはは」
あまり思い出したくないことなのだろう、頭を抱えるサツキ。サイカはそれを見て悪戯っぽく笑う。
「でも、それだけ大切な弟なんでしょ」
「ああ」
「彼のために、少しでもヴァンガード強くなりたいんでしょ」
「勿論」
最後の確認とばかりに問いかけるサイカ。サツキの、迷うことない即答に満足げな笑みを浮かべデッキに手を添える。
「それじゃ、本気見せてあげる。こっからはスパルタ教育だから」
掲げた手札の1枚をヴァンガードサークルへ。そこに描かれたのは荒々しく牙を剥き巨大な刃を携えた、全身兵器の竜。
「ライド、《真古代竜ブレドロメウス》!」
想像の世界にその姿を現す。地を砕く勢いで踏み締め、殺意に満ちた瞳で上空の蒼き敵を見据えるその竜は、真紅の表皮に敵とよく似た翠色の刃を携えていた。
「スキル発動、自分のリアガード1枚、《ラサレイト》を退却させることで相手リアガードも1枚退却させる!《キックキック》!」
インターセプトを持つユニットを処理されたサツキ。そして《ブレドロメウス》の効果はまだ終わりではない。
「その後デッキから《真古代竜》1枚をスペリオルコール!《バレルトプス》!スキルでパワー+5000、ドロー!退却した《ラサレイト》のスキルで武装ゲージを手札に」
咆哮という名の号令に応じ、装甲を纏った三本角の竜が再び、今度はリアガードとして戦場に現れる。
更に能力発動のコストとして退却した《ラサレイト》が残したカードもサイカのリソースとして戻ってくるのだ。
先程の攻撃でサツキが削ったはずの手札がみるみる回復していく。
「《アルバートテイル》、《プテラフィード》は後列に、《ブレドロメウス》、《ヘフトスティラコ》、《ラサレイトレックス》をコール!《ブレドロメウス》でヴァンガードにアタック!」
「ノーガード!」
「ツインドライブ、ファーストチェック!フロントトリガー!前列全てにパワー+10000!」
「っ……」
『前』の紋章を持つ、アクセルのギフトを得られるクランのみに許された第4のトリガー、フロントトリガー。
そして、彼女のデッキにとってはそのフロントトリガーこそが最大の切り札となる。幾度となく行われた彼女とのファイトで、サツキはそれを嫌というほど理解していた。
「《真古代竜》の名を持つユニットの共通スキル!ターン中一度、フロントトリガーが発動したときクリティカル+1!」
サイカのユニットたちにとってフロントトリガーとはパワーだけでなくクリティカルも上昇する、言うなればクリティカルトリガー上位種。
アクセルサークルを含めた5列、そこに並べられた竜たちが歓喜と殺意の雄叫びを上げる。
対するサツキのダメージは3。このことを知っているからこそ、クリティカルが上がっても耐えられるようダメージを抑えていた。のだが。
「セカンドチェック、フロントトリガー!」
「なっ……!」
サイカの猛攻と豪運はそれすら打ち砕くだけのものだった。
2枚目のフロントトリガー。クリティカルこそ上がらないが、5体のユニットにパワー+10000。
守りきるのに必要なガードの値が跳ね上がり、最早サツキの手に負えるものではない。
「ダメージチェック……!」
先程自分のドライブチェックで2枚もトリガーを引いたツケというべきか、ダメージトリガーも発動しない。
サツキの魂を宿した銀河の名を持つ戦士は、狂乱ともいうべき《ブレドロメウス》の斬撃を受け身体のあちこちから煙を上げていた。
「《バレルトプス》!」
その隙を逃さず、照準を定めた三本角の銃口に電流が迸る。そして直後、一本の閃光が蒼の鋼を貫いた。
「……流石、相変わらず強いな」
《シュテルン・ブラウクリューガー》を6枚目のダメージとして置き苦笑するサツキ。
サイカの勝利という形でファイトは幕を下ろした。
「でもあんたも久々にしちゃ上々だったんじゃない?正直冷や汗かいたんだけど」
「それならよかった。……そんじゃ、もう一回やろうぜ」
広げたカードを纏め束に戻し提案すると、サイカは少し驚いた顔を見せる。
「休憩とかしなくて大丈夫なの?」
「僕は別に大丈夫。そっちが良ければ……」
「へえ、タフだね」
ソウルだった場所からファーストヴァンガード、《ミニマムカルノ》を伏せて残りを手際よくシャッフル。そんなサイカの挙動を見るに、『そっちが良ければ』の答えは聞くまでもないようだ。
サツキも再び《ブラウユンガー》をテーブルに伏せる。
「……あ、ねえサツキ」
「ん?」
いざスタンドアップ、と伏せたカードに手を当てたところで思い出したように、サイカ。
怪訝そうな顔をするサツキを悪戯っぽく見返す。
「せっかくここカラオケなんだし、次やる前に一曲歌ってよ。ほら罰ゲームってことで」
「えー……」
渋々、一度デッキを置き代わりにマイクを持つ。
こうして、ファイトして負けた方が歌って、の繰り返しは夜まで続いた。最も、その負けた方というのは全戦サツキのことだったのだが。
そして時間は過ぎていく。
「んーっ、楽しかった!」
いい時間になった、とカラオケ店を後にする二人。エレベーターを降りて道に出ると既に日は落ちきっていた。
ぐーっと伸びをするサイカを横目にサツキは溜め息一つ。いくら楽しかったとはいえかなりの回数ファイトをしたもので流石に疲れたのだ。
「そんじゃ、そろそろお別れかな。どっちも明日も大学だしねー」
「ああ。……改めて、ありがとうな。本当に」
「気にしないの。あんたの頼みだし、未来の義弟のためでもあるからね」
「おー……待て、義弟?今のってどういう」
「じゃ、またねー」
思わせぶりな言葉。その真意をサツキが問うより前に、サイカは鼻歌混じりに去っていく。
おそらくこのまま電車で小江山に帰るのだろう。
明日からまた電話かメールでしか会えない日が続くのだろうが、今はその寂しさよりも今日の余韻に浸っていよう。
サイカの後ろ姿が見えなくなったのを確認し、サツキも弟が待つ自宅へと歩み出した。
同日、同じく日が落ちた頃、カードショップミアキスにて。
「最後にヒールを4枚……。これで、完成……」
これが漫画なら『がくり』と擬音が現れていただろう。
そのぐらいの勢いで途次キリカは目の前のテーブルに突っ伏した。
「お疲れ様。いやー集中してたねえ」
「まあ、流石に疲れました……」
頭上から三秋ララの声。時間が時間ということで客も少なくなってきたので暇を持て余しているようだった。
「でも完成しました。今の私の精一杯のデッキ。これも、三秋さんが新しいカードをくれたからです」
「それは良かった。……でも、デッキは確かに大切だけどさ、あっちはどう?」
「あっち?」
ララの言わんとするところがわからず首を傾げるキリカ。
「ほら、ヴァンガード高校生選手権の団体戦部門のためにチーム見つけなきゃーって、春休みのあたりで言ってたじゃん」
「……あっ」
「直前で即興のチーム、ってのはオススメできないし。そろそろアテ見つけといた方がいいでしょ?」
失念していた。いや、あるいは無意識のうちに考えることを避けていたのか。
ララの言う通り、チームを組むなら早い方がいい。だが現状そんなアテなんてない。
だからその旨を伝えようとして。
ふと、脳裏に一人の人物の姿がよぎった。
「……アテ。いや、でも」
「今キリカちゃんが考えてること、当ててもいい?」
「えっ」
自信満々にララは言う。
「一人、チームを組むならこの人がいいって人がいる。けれど、君はその子に現状負けてる。そんな、言ってみれば対等じゃない相手に頼るのは気が引ける。……違う?」
キリカは何も返せない。なぜならば、それはまさしく自分が考えていることそのものだったから。
無言を肯定と捉え、ララは続ける。
「君は前彼に負けた時に言ってたよね。『借りは必ず返す』って。今君には新しいカードと、それを使って組み直したデッキと、それからリベンジって以外にも対等にチームを組みたいっていう理由がある。今が、その時なんじゃない?」
穏やかで優しい口調、しかし背中を押す力強さも感じるララの言葉。
テーブルに置かれた、自分の精一杯のデッキにもう一度目をやり、キリカは頷いた。