インホイール・ヴァンガード   作:毒しめじ

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第13話:たのみごと、ふたつ

 5月もそろそろ中旬に差し掛かろうという日、朝。普段なら音程高めの電子音を受けて重い瞼を開くところだが、今日はそれより数分早く自然に、倫道サチは目を覚ました。

 

「ん……」

 

 目を覚ましただけである。その先、起床には至らない。

 大抵のことは一人でこなせる自信があるが、それでも動かない足に引っ張られて出来ないことはある。その一つが起床。要するに目を覚ましても起き上がれないのである。

 とりあえず枕元に置いた携帯電話を手に取る。暇潰しには丁度いい。

 

「メール来てるな……。ん、途次?」

 

 迷惑メールやら携帯会社の連絡やらSNSの更新やらが並ぶ通知欄の中に『途次キリカ』の名前。

 

「珍しいな……」

 

 あいつから連絡が来るなんて、と呟く。

 以前に連絡先は交換したが、実際に連絡を貰うのは初めてだった。

 

『今日の放課後、出来ればすぐにミアキスに来てほしい。予定があるなら無理にとは言わないが、頼む』

 

 文章を読み終え、サチはますます奇妙に感じた。

 枝垂桜に行った際もそうだったが、彼女は言いたいことは面と向かって言うタイプの人間である。それが今日に限って、学校でも会えるのにメールで伝えてくるとは。

 更に言えば文も少し固く感じる。

 総じて、いつもの快活な彼女とはどこか乖離したような状況だった。

 

『予定はないしそういうことなら行く』

 

 それだけ書いて送信ボタンを押すサチ。

 違和感を感じたからと言ってそれを彼女に問うつもりはない。

 

「起きてるかー?」

 

 ノックと共に部屋の外から兄の声が飛んできたのはちょうどその時だった。

 

「ん、起きてる」

「そんじゃ失礼」

 

 扉が開き、兄、サツキが部屋に入ってくる。

 そのままベッドの傍に近付き、慣れた様子でサチを起こし車椅子に乗せた。

 

「助かる。ありがとう」

「気にすんなって。つーか今日は起きるの早いのな。いつもは目覚まし鳴るまで寝てるのに」

「まあ、たまたま。そういうそっちは大丈夫?昨日遅くまで出かけてたみたいだけど」

「あー…」

 

 サツキが出かけていたのはファイトの特訓のためだが、それはサチの知るところではない。というよりサツキが意図的に隠しているのだが。

 

「ま、こっちにも用事とか色々あるんだよ。無理はしてないから安心しろって」

 

 というわけで曖昧な言葉で誤魔化す。

 

「そっか」

 

 サチも特に追及することはしない。

 会話が一区切り付いたことを確認し、サツキは車椅子を押し歩き始める。

 

「そういえば兄さん、今日は俺が少し帰るの遅くなりそう」

 

 リビングへ向かう最中、サチが思い出したように口を開く。

 

「ああ、またカードゲームか?」

「まあそうなんだけど……、今日はちょっといつもより時間かかるかなって」

「へえ」

 

 先程キリカから送られてきた、普段の彼女とは少し雰囲気の違うメール。今日は何かいつもと違うことが起きる予感がしていた。

 

 

 

 

 

 キンコンカンコン、とそろそろ聞き慣れてきた音が1日の学業の終わりを告げる。

 担任教師の話も終わり、各々が帰り支度を始め出した頃。

 

「……あ」

 

 同じく荷物を纏めようと手を動かしていたサチがふと廊下に目をやると、よく知る後ろ姿が見えた。

 即ち、後ろ髪を揺らし足早に去っていく途次キリカ。

 

「やっぱ、いつもみたいな遊びの誘いじゃないんだろうな……」

「何がだ?」

「うわっ、御蔵」

「うわっはないだろ、うわっは」

 

 不満げに目を細めるのは御蔵リョウジ。

 

「悪い、ちょっと考え事してた」

「考え事?」

 

 すぐに機嫌をなおし、今度は興味津々とばかりにサチを見る。

 

「えーっと……今日途次に呼ばれててさ」

「なんだ、いつものことじゃんか」

「そりゃまあそうなんだけど……」

「なんだよ、歯切れ悪いな」

「なんていうか、普段の誘われ方と違ったっていうのかな。だからどういう心持ちで行っていいのかわからなくて」

 

 言うべきかは悩んだが結局話してしまった。どうせなら行く前にすっきりしておきたかった、という理由である。

 

「何、お前告白でもされんの?」

「いや違うと思う」

「即答かよ。仲良いんだろ?だったら告白ってのが一番ありそうなところじゃねえ?」

「いや、途次とそういうのは絶対ないと思う」

 

 照れ隠しのようなものは見られない。本心からの、彼女とそういう関係になることはないだろうという確信が込められている。

 

「でも他に固い呼び出しつったら決闘とかそういう……」

「決闘?」

 

 なおも推理のようなものを続けるリョウジ。その何気ない呟きを聞いたサチがピクリと動きを止める。

 決闘という平和な日常とはかけ離れたはずのその言葉が、やけにしっくりと頭に馴染む。

 

「……そっか」

 

 そしてその正体に気付いた。

 

「悪い、急がないといけなさそう」

 

 途中だった片付けに再び手をつけ始める。

 課題に使うものだけを鞄に入れて車椅子にかけ他は机の中へ。手早く纏め終え車椅子の車輪に手をかける。

 そんな一連の流れをリョウジは呆気に取られたように見ていることしか出来なかった。

 

「それじゃ、また明日」

「お、おう……?まあよくわかんないけど頑張れよー」

 

 エレベーターで一階へ、そして正門を潜って通りに出る。

 まだ夕方というには早い時間帯。人の通りはそう多くないその道を進み、1ヶ月前に初めて訪れた店、ミアキスに辿り着く。

 

「こんにちはー」

 

 店に入り、その入り口から全体を見渡す。

 

「……あれ」

 

 のだが、肝心の呼び出した張本人が見当たらない。いつもならファイトスペースにいるなり買い物をしているなりですぐに見つかるのだが。

 呼び出されている以上帰るわけにもいかない。どうしたものかと途方に暮れていると、三秋ララがこちらに気付き歩み寄ってきた。

 

「お、サチくん来たね」

 

 まるで待っていたかのような言い回し。

 そのまま着いてこいとジェスチャーをして店の奥へと進んでいく。

 サチとしては従うほかない。

 ショーケースが立ち並ぶ廊下を進みカウンターの前へ。ララはそのままカウンターの内側へと入っていく。

 当然そちら側は店員以外が入ってはいけない場所である。戸惑うサチ。

 

「あ、今日は特別だから。こっちこっち」

「良いんですか?じゃあ……」

 

 カウンターの内側、その端に商品の倉庫へ続く扉がある。先を行くララがそれを開きなおも進んでいく。

 そして倉庫のもう一つ奥、小部屋と呼べる程度の大きさの空間に辿り着いた。

 

「待ってたよ、倫道」

 

 そこにはファイト用のテーブルが一つ。その、入り口から遠い側に、キリカが悠然と立っていた。

 

「じゃ、後はお二人でごゆっくり」

 

 案内の役割を終えたララはすぐに店の方へ引っ込む。この空間に残されたのはサチとキリカの二人のみ。

 

「あーうん、待たせて悪い。……ただ、なんでこんなややこしい場所に呼んだんだ」

「見せ物になりたくなかったから、かな。君と私だけのものにしたかった」

 

 照れ臭そうに笑うキリカ。だがその表情はまたすぐに真剣なものに変わる。

 

「さて、君をここに呼んだ理由だが……君に二つ頼み事があるんだ」

「二つ?まあ、一つはわかってるよ」

「ほう」

 

 言ってみろ、と促す。

 

「俺とファイトすることだろ。この前言ってた、借りは返すってやつ」

「……驚いた。まさか覚えていてくれてたのか」

「ついさっき思い出しただけだけどな」

「それでも嬉しいよ。……この1ヶ月の間、君に初めて会って負けたあの日のことを忘れたことはないからね」

 

 懐かしいとばかりに微笑むキリカ。

 

「でももう一つが見当つかないんだよな。頼み事ってなんだ?」

「ああ、それは勝ってから言うよ」

「なんか気になる言い方するな。だからって手加減はしないけど」

 

 言葉とともに自らのデッキを取り出す。

 一方のキリカもまた握りしめていたデッキをテーブルに置き、数秒瞑想するように目を閉じる。

 

「さて、先程は言い当てられてしまったが改めて」

 

 その目を開くとともにこほんと咳払いを一つ。そして真っ直ぐサチに向き直る。

 

「ファイトだ、倫道。この前のリベンジ、果たさせてもらう!」

「……ああ、受けて立つ」

 

 ファーストヴァンガードを伏せ手札5枚の用意。そして手札交換まで済ませ、全ての準備が完了した。

 

「行くぞ」

「ああ」

「スタンドアップ、ヴァンガード!《年少怪人ワーレクタス》!」

「スタンドアップ、ヴァンガード。《次元ロボ ゴーユーシャ》!」

 

 二人の想像の世界が戦いの舞台を描き出す。それは四方八方を琥珀色が彩る空間。怪人たちの巣窟。

 そこに足を踏み入れる蒼の鋼の勇者、迎え撃たんと相対するのは複眼を輝かせた小柄な怪人。

 1ヶ月前と同じ対面から二人のファイトが始まる。先行はキリカ。

 

「ドロー。ライド、《怪人紳士ハイクラスモス》!」

 

 キリカのグレード1、伊達男のようにシルクハットやマントを身に付けた人型の蛾。字面からしてシュールだが立ち姿は意外にも様になっている。

 

「そりゃあデッキは組み直してるよな」

 

 サチにとっては初めて見るカード。以前のファイトの記憶は対して役に立たないだろう。

 

「とはいえ特にやることもなし、スキルでドローだけしてターンエンド」

「俺のターン、ドロー!《次元ロボ ダイスクーパー》にライド、《次元ロボ ダイブレイブ》をコール!《ダイブレイブ》でアタック!」

 

 ヴァンガードサークルには金色の巨人、その傍らには白銀の戦士。サチのお決まりの陣形である。

 

「ノーガード」

「なら《ダイスクーパー》でもアタック」

「そっちはガードだ」

 

 二人のフィールドの間に《シャープネル・スコルピオ》が置かれる。

 

「ドライブチェック……ドロートリガー。1枚ドローと、パワーは意味ないか」

 

 アタック中の《ダイスクーパー》にパワーを与えても合計18000。ガードによりキリカ側は23000。

 とはいえ1ダメージは与えた。サチはターンを終える。

 

「ライド、《ハイディング・キラーリーフ》!」

 

 新たにキリカが葉を模した刃を持つ怪人の姿を纏う。こちらは以前のファイトでも彼女が使用していた、サチにとっても見覚えのあるカード。

 

「《槍撃怪人メガララランサー》、《マシニング・ホーネット》をコール。《メガララランサー》でアタックだ」

「《クイックシールド》でパワー+5000」

 

 漆黒の鎧を備えた巨体、その身長程もある槍が横薙ぎに振るわれるも、金色の腕はそれを堂々と受け止める。後手に回った分の補償として与えられる《クイックシールド》、その上昇値は僅かだがブーストのないアタックを防ぐには十分である。

 

「《ホーネット》のブースト、《キラーリーフ》でアタック。アタック時にスキル発動。パワー+10000を得て相手のデッキトップをドロップ」

「グレード1以上だったらドローだったよな……あー。仕方ない、引いてくれ」

 

 ドロップゾーンに置かれたカード、《次元ロボ ダイドラゴン》のグレードは2。サチは顔を顰める。

 

「ではお言葉に甘えて。パワーは27000だが……」

「ノーガード」

「ならドライブチェック。トリガーはないか」

「ダメージ……こっちもなし」

「《ホーネット》のスキル。ブーストしたアタックがヒットしたので、山札上6枚からグレード3を手札に加える」

 

 指で山札からカードを捲っていく。その最後、6枚目のカードを手にしたところでキリカが笑った。

 

「手札に加えるのは、これだ」

 

 手首を返し手にしたカードを見せる。もっとも、キリカの表情が変わった時点でサチもそのカードの正体は察しがついていたのだが。

 

「《サイクロマトゥース》……」

「ああ、覚えていてくれて嬉しいよ。と、サーチに成功したので《ホーネット》はソウルに移動だな。ターンエンド」

 

 彼女の切り札でありパートナーとも呼ぶべきユニットが手札に加わった。

 サチにとっては少し厳しい状況だが、だからといってやることは変わらない。

 

「俺のターン。《次元ロボ ダイダンパー》にライド。《ダイスクーパー》のスキルで《ダイユーシャ》を手札に加える。《ダイブレイブ》を後ろに下げて《ダイダンパー》2枚目、それから中央に《ツイン・オーダー》もコール。《ダイブレイブ》のスキルでヴァンガードにパワー+5000も与えておく」

 

 全身を包む警戒色から白煙を上げる機械の戦士が2機、そしてその後方には二刀を携えた真紅の剣士。サチもまた負けじと盤面を展開していく。

 その後者、《ツイン・オーダー》に目をやりキリカは僅かに顔を顰める。

 

「……《ツイン・オーダー》。確かそのカードを買ったのは君が彼とファイトした日だったな」

 

 『彼』というのがキリカが嫌っている相手、白銀セイガのことだということはサチにもすぐ理解できた。

 確かにデッキに《ツイン・オーダー》をデッキに入れたのはセイガのアドバイスがあったためである。サチはその言葉に頷く。

 

「すまない。今は関係なかったな。続けてくれ」

 

 やはり自分が良く思っていない相手の存在を思い出すカードというのは心に引っかかるものがあるのだろうか。

 とはいえそれはサチにはどうしようもない話。すぐにファイトが再開される。

 

「《ダイブレイブ》でブースト、リアガードの《ダイダンパー》でアタック!」

「《タワーホーン》でガード」

「《ツインオーダー》でブースト、ヴァンガードの《ダイダンパー》でアタック!」

「ノーガード」

「ドライブチェック。クリティカルトリガー。効果はヴァンガードに与える」

 

 星、あるいは歯車にも見えるクリティカルの紋章の後押しを受け、警戒色の腕が隕石の如く地面を抉る。これでキリカのダメージは3。

 

「《ダイブレイブ》のスキル、ソウルに移動してドロー。ターンエンド」

 

 後攻のサチもグレード2にライドしたターンを終えた。

 

「スタンドアンドドロー」

 

 ここからはヴァンガードサークルに真打たるグレード3が立つ。そしてキリカが選ぶグレード3は既に決まっている。

 

「ライド。《無双剣鬼サイクロマトゥース》!」

 

 暗緑色の艶めく甲殻、その奥に真紅の瞳を煌めかせたキリカの分身。携えた二刀を構え眼前の巨人を睨む。

 

「イマジナリーギフト、プロテクトI。更にコールだ。《怪人紳士ハイクラスモス》、《デスワーゲン・アントリオン》、《ブローニィ・ジャーク》。《ブローニィ》のスキルで自身にパワー+6000。君にはデッキトップをドロップしてもらう」

「……《超次元ロボ ダイザウラス》。グレード3だな」

「当たり、ソウルチャージだ。更に《ハイクラスモス》のスキル。自身をレストしドロップからノーマルユニットを山札の下へ戻すことで、君の《ダイダンパー》はこのターンインターセプト出来ない。そしてカウンターチャージだ」

 

 ドロップから1枚戻す、というコストもソウルブラストによるドロップで賄い、前ターンのスキルのコストを取り戻す。

 

「へえ、便利なカード」

「だろう?行くぞ、《メガララランサー》でヴァンガードにアタック!スキルでパワー+2000!」

「インターセプトが使えないんだよな……。ノーガード」

 

 リアガードの《ダイダンパー》がインターセプトすれば手札を減らさず防御出来る場面だが、そこで先程の《ハイクラスモス》のスキルが響いてくる。

 とはいえ今の攻撃はキリカにとってジャブに過ぎない。

 

「なら本番だ。《サイクロマトゥース》でアタック!そしてスキル発動、パワー+10000!」

「で、デッキトップをドロップだな?えーっと、《ダイスクーパー》だ。クリティカルが上がっちゃうか」

 

 一度戦い、以降もショップで何度も会った相手。その彼女の分身の能力はサチも把握している。手慣れた様子の対応である。

 

「私がスキルを説明するまでもなかったか」

「俺だってお前とのファイトはよく覚えてるから。《ダイレーサー》、《ダイユーシャ》でガード。《ダイダンパー》のスキル、グレード3の《ダイユーシャ》にシールド+10000!」

 

 本来ガードには使えないシールド0のグレード3。それを多く投入したサチのデッキは防御面に脆さがあるが、《ダイダンパー》のこのスキルを用いることで補っている。

 これでキリカ側22000に対してサチ側35000。

 

「ツインドライブ、ファーストチェック。セカンドチェック、クリティカルトリガー!効果は全て《アントリオン》に!」

 

 二体の巨人が並び立ち、双剣の振われる先を妨げる。さしもの無双の名を持つ剣豪であろうと退かざるを得ない。

 これで残る攻撃はトリガーを託された一度のみ。

 

「《ブローニィ》でブースト、《アントリオン》でアタック。そしてスキル発動、コストとして手札を2枚捨て、グレード3をソウルからドロップする」

 

 だが宣言とは裏腹に、キリカがソウルから抜き出したのは最初にライドしたグレード1の《ハイクラスモス》。というか、そもそも彼女のソウルには先程ソウルチャージしたカードを含めグレード3は存在しないのである。

 指摘するべきか否かと悩むサチ。だがそのサチが何かを言う前にキリカは得意げな笑みを浮かべ《ハイクラスモス》のカードを顔の横に持ってくる。

 

「このカードはソウルと山札でグレード3扱いになるスキルを持つ。つまり《アントリオン》のコストを確保することができるのさ。これでパワー+10000、クリティカル+1、守護者でのガードを封じる。これで《ブローニィ》のスキルも合わせて46000だ!」

「そいつ効果詰め込みすぎだろ……。仕方ない、ノーガード」

 

 《アントリオン》はウスバカゲロウの幼体、即ちアリジゴクを模した怪人。

 大地を味方につけるその能力はモチーフ通りらしく、凹凸ある足場を巧みに潜行し進む。

 

「ダメージチェック……2枚目でクリティカルトリガー。意味はないけどヴァンガードにだ」

 

 死角をついて踊りかかる褐色の牙。鋼の鎧すら食い破らんとするその力に巨体を持つ《ダイダンパー》も体制を崩す。

 クリティカル3の攻撃をもろに受け、これでサチのダメージは4。更にトリガーを1枚消費してしまったことも大きい。

 

「ターンエンド」

 

 攻撃を終えたキリカが宣言する。ダメージ的には先行しているがその表情に余裕は見られない。まだ油断はできない、と考えているのだろう。

 

「相変わらず容赦ないな。前もそうだったけど、グレード3にライドしたターンから滅茶苦茶に手札削ってくる。ガードとかインターセプトも制限されるし」

「色々考えたんだ。長期戦に向けたデッキに変えようか、とか。でもやっぱり自分の好きな戦法を使いたいと思ってこの形になった」

 

 顔に緊張の色を残しながらも懐かしむように答えるキリカ。その瞳からは彼女の《サイクロマトゥース》に対する愛情がありありと見てとれる。

 

「君だってそのデッキを好きで使っているんだろう?確か貰ったんだったか」

「ああ、そうだな。俺もこいつらが好きだから、」

 

 ユニットたちをスタンドさせカードを引く。

 自分で言った通りサチはこのデッキの戦い方が、そしてこのデッキのユニットたちが好きだ。

 あの日、絶望の中で一人の少年と出会いこのデッキを受け取った。その勝負は負けたけれど、そしてそれからの10日間のファイトでも一度も勝てなかったけれど、病院での彼との出会いはずっとサチの原動力になっている。

 このデッキを使うたびに彼のことを思い出せる。

 彼に言われた言葉の一つ一つが脳内を駆け巡る。

 

「行くぞ、ライド!」

 

 そして、このユニットにライドするたびに彼との約束を果たそうという決意が心に強く刻まれるのだ。

 

「《黒装傑神ブラドブラック》!」

「来たか……」

 

 サチがライドした漆黒の巨神が携えた大鎌を構える。

 キリカからすれば以前自分を打ち砕いた相手。その表情に緊張が走る。

 

「イマジナリーギフト、フォースI!ヴァンガードにパワー+10000!」

 

 フォースマーカーを置き手札に視線を戻す。

 手札のカードたちと向き合い、最初にこれをコールして、次にこれをコールして、攻撃順はこうで、と相談を脳内で繰り返し。

 

『向き合ってみなよ。自分が今手元に持ってるものとさ』

「……わかってる」

 

 脳を過った思い出の響きに頷く。

 ダメージは逆転されたが、自分には十分な手札がある。彼に貰ったデッキから引いた手札。

 それと向き合い、このターンに自分がするべきことを確認する。

 そして、一つ頷きその結論を実行に移す。

 

「コール、《ダイスクーパー》!スキルでヴァンガードにパワー+5000!」

 

 呼び出された黄金の巨人、その腕から放たれる光を受けて《ブラドブラック》の紫紺の輝きが増す。

 

「《ゴーバイカー》をコール、スキルでヴァンガードにパワー+10000!」

 

 続いて呼び出された鼠色の機体が放った銃弾も同じくサチの分身に力を与える。

 これで《ブラドブラック》のパワーは38000。そして先導者たる彼のパワーが上昇したことでサチのデッキは本領を発揮する。

 

「《マスクドポリスリーダー シルバード》をコール。ヴァンガードのパワー30000以上でスキル、自身にパワー+5000、クリティカル+1!」

 

 外套と兜が目を引く屈強な戦士。ヴァンガードのパワーによりリアガードの自らをパワーアップさせるスキルを持つ。

 

「《ブラドブラック》のスキル、前列全てのパワー+10000!《ブラドブラック》でヴァンガードにアタック!」

「そうだな……ノーガードだ」

「ツインドライブ!ファーストチェック、セカンドチェック……トリガーはない」

 

 上空から振り下ろされた大鎌の鋒が甲殻の鎧を切り裂く。

 

「ダメージチェック」

 

 キリカの1枚のダメージ、そしてそれはトリガーではない。これでキリカのダメージは4。そしてサチの分身の本領はここから。

 

「《ブラドブラック》のスキル、山札上から7枚見てグレード3を手札に加える。選ぶのは《超次元ロボ ダイユーシャ》だ。そして手札2枚を捨てることで、《ダイユーシャ》にスペリオルライド!」

 

 漆黒の鎧を脱ぎ捨て、サチは新たな姿を得る。群青の鎧、白銀の剣、真紅の盾、そして頭部には黄金の鍬形。機械仕掛けの勇者にサチの魂が宿った。

 

「イマジナリーギフト、フォースI!更に《ブラドブラック》のスキルでパワー+10000!自身のパワー35000以上で《ダイユーシャ》のスキル、クリティカル+1!」

 

 ヴァンガードサークルに置かれる2枚目のフォース。そして《ブラドブラック》から託された力。それらが合わさり《ダイユーシャ》のパワーは43000。

 

「《ゴーバイカー》のブーストでアタック!」

 

 そこにブーストが加わり合計51000。ヒットすれば2ダメージでキリカの敗北。

 とはいえ、これが通らないのはサチ自身理解しているのだが。

 

「プロテクト!完全ガードだ!」

 

 前ターンのライド時に得ていたプロテクトIがある。どんなに《ダイユーシャ》のパワーが高かろうが確実に防ぐことができるのだ。

 

「シングルドライブ……ヒールトリガー!ダメージは同じだから回復、パワーは《シルバード》!」

 

 攻撃は防がれたがキリカの手札は残り1枚。対してサチにはパワー38000、クリティカル2のの《シルバード》。こちらの攻撃が通ってもキリカのダメージは6になる。

 

「《ダイスクーパー》のブースト、《シルバード》!」

 

 外套を翻し戦士が飛ぶ。ブーストされたことで更にパワーは増し46000。流星の如く放たれるこの一撃を受ければ、キリカの分身の甲殻は粉々に砕け散るだろう。

 

「ガード!」

 

 だがキリカは最後に残った手札を切った。小柄ながらいくつものランチャーを備えたクワガタの怪人。サチもそのカードには見覚えがあった。

 

「《ボムシザー》……!」

 

 クリティカルトリガーであり、同時に30000のシールドを持つ守護者。最後の最後までキリカはこの1枚を残していたのだ。

 予想外の1枚にサチの表情が僅かに歪む。

 

「でもそれじゃヴァンガードと合わせて42000だ」

「《メガララ》でインターセプト!これで47000!」

 

 その差はたったの1000。だがその差がサチの必殺の一撃からキリカを守った。

 

「《ダイダンパー》で《アントリオン》にアタック!」

「ノーガード!」

 

 クリティカル1の《ダイダンパー》ではこのターンには決めきれない。厄介な能力を持つ《アントリオン》を除去して返しのターンに備えておくべきだろう。

 手札もインターセプトも使い切ったキリカはそれを通すしかない。

 

「ターンエンド」

 

「前は君の攻撃を耐えられずに終わったが、今回は防ぎ切った。あの時は得られなかった私のターン……ここで決めてみせる」

 

 不敵に笑って見せるが、盤面には《サイクロマトゥース》、《ブローニィ》、《ハイクラスモス》の3枚のみ。更に手札はない。不利であることに変わりはない。

 だがサチには確信にも似た予感があった。要するに、『目の前の相手はここからでも何かしてくる』と。

 

「スタンドアンドドロー!」

 

 宣言とともに、手で空を切るように引いたカード。それを一瞥して、深呼吸を一つ。

 

「……ブレイクライド」

 

 自身の分身の上に新たなカードをそっと乗せる。

 それは《サイクロマトゥース》と同じく両手に得物を携えた昆虫の怪人。

 だがその得物は鋭利な刃ではなく微かに煙を上げる銃。深紅の仮面の奥の瞳に撃ち貫くべき敵、正義の勇者を映す。

 

「《真魔銃鬼 ガンニングコレオ》!」

 

 キリカの手に舞い降りた最後の1枚、その名を叫

んだ。

 

「イマジナリーギフト、プロテクトI!《サイクロマトゥース》のスキル。君は手札1枚をドロップ、そのグレード1につき新たなヴァンガードのパワー+5000だ」

「なら《ダイドラゴン》を捨てる。+10000だな」

「更に《コレオ》のスキル、パワー+5000、ドライブ+1!そして君のデッキトップをドロップ、グレード3なら追加でパワー+10000、ドライブ+1!」

「……《ダイスクーパー》。追加効果は発動しない」

「む……仕方ないか」

 

 結果的には前半の+5000だけが適用され、《サイクロマトゥース》のスキルと合わせ今の時点で《ガンニングコレオ》のパワーは27000。

 

「更にもう一つのスキル!グレード3のユニット、《サイクロマトゥース》をソウルブラスト!君のデッキトップをもう1枚ドロップ、このターン中そのグレードのコールを封じる!」

「なっ……!」

 

 先程サチはドライブチェックでシールド20000のヒールトリガーを手に入れた。このターンの防御の要になるカードである。

 グレード0であるこれを封じることができればキリカがこのターンで勝利出来る確率は一気に上昇する。だが逆に使用を許してしまえば十中八九サチはこのターンの攻撃を凌ぎ切ることが出来るだろう。

 

「ここが勝負、ってことか」

「ああ。さあ、捲ってくれ」

 

 サチは頷き、そっとデッキに手を添える。

 

「……デッキトップは」

「……」

 

 そしてその一番上のカードを静かに捲った。

 

「《次元ロボ ダイバトルス》。グレードは0だ」

 

 サチの表情に影が差し、同時にキリカの広角が上がる。

 

「これで君はこのターン中グレード0をコール出来ない!」

 

 サチの守りの要は封じられた。だがサチにはまだ他にも手札が残っている。諦める訳はない。

 キリカの攻撃に備えもう一度手札を確認する。

 

「行くぞ!《ハイクラスモス》を前列に移動して《ブローニィ》でブースト、《ガンニングコレオ》でアタック!《ブローニィ》のスキル、私の手札を捨てることで君も手札を1枚捨ててもらう!」

「……残しとく理由はないな」

 

 キリカは唯一残ったプロテクトを、サチはこのターン使用できないヒールトリガー、《ゴーレスキュー》を捨てる。

 

「さて、どうする?」

 

 キリカが問いかける。

 サチの手札にはまだ防ぐだけのガード値がある。だがこのターンで負けるとすれば彼女がクリティカルトリガーを2枚引くこと。

 仮にそれをされた場合、防いだとしても横の《ハイクラスモス》が効果を受けて攻撃するだろう。そちらを防ぐことは出来ない。

 要するに、この3回の彼女のドライブチェックが第二の勝負。

 

「ノーガード!」

「良いだろう。トリプルドライブ!ファーストチェック!」

 

 1枚目を捲る。

 

「クリティカルトリガー!」

 

 《シャープネル・スコルピオ》。左上に歯車に似た黄色い紋章。

 

「パワーは《ハイクラスモス》、クリティカルは《ガンニングコレオ》に!セカンドチェック!」

 

 続けてカードを表返す。

 

「……トリガー、ないな」

「ああ」

 

 《サイクロマトゥース》。グレード3であるそのユニットにトリガーマークは当然ない。

 残るチャンスは一回。だがキリカの表情に焦りも祈りも見られない。

 

「……なあ倫道。覚えているか、前のファイト」

「え?ああ、もちろん」

「あの時は君が最後にクリティカル1枚を見事引き当てて勝利した。だから、今度は私が引く」

 

 それは願望でも確信でもなく、ただ固い意志。

 

「サードチェック!」

 

 躊躇はなく、カードを表にする。

 

「……クリティカルトリガー!」

 

 先程防御にも使用した《ボムシザー》。その左上には確かにクリティカルの紋章が描かれていた。

 

「……流石だな、途次」

「パワーは《ハイクラスモス》、クリティカルは《ガンニングコレオ》に!」

 

 2枚のトリガーの恩恵を受けた無数の弾丸が機械の巨人に降り注ぐ。巨大な盾を弾き、堅牢な鎧を穿ち、命を奪わんと襲いかかる。

 だがサチの瞳に戦意は未だ宿ったまま。それも当然、まだファイトは終わっていないのだから。

 

「ダメージチェック、ファースト!」

 

 トリガーではない。そのままダメージゾーンに置かれる。

 

「セカンドチェック!ドロートリガー!1枚ドローしてヴァンガードにパワーを!」

 

 こちらはトリガーだが敗北を回避は出来ない。とはいえ最後の1枚次第では希望を残せる1枚である。

 そしてその1枚をこれから捲る。つまりこれが三度目の勝負。ここでヒールトリガーを引くか否かがこのファイトの勝敗を決める。

 

「行くぞ、途次!」

「来い!」

「ダメージチェック!」

 

 二人の視線を浴びながら3枚目のカードが表になる。

 

「……トリガーなし、だ」

 

 《黒装傑神ブラドブラック》。トリガーではないその最後のカードが、ダメージゾーンで二人の健闘を称えるかのように輝いていた。

 

 

 

 

「……私の勝ち、か?」

 

 先程までの真剣な表情はどこへやら、どこか現実感のない様子でキリカは恐る恐る口を開く。

 

「ああ、見事にリベンジされた。俺の負けだよ」

 

 一方のサチは清々しい様子。自分の出来ることを全てして、その上で彼女が賭けに勝ったのだ。当然悔しくはあるが心から楽しかったと言えるファイトだった。

 

「そうか……。これで君に一勝一敗のところまで追いついた訳か」

 

 心から嬉しいと笑みを浮かべるキリカ。その喜びの表情を抑えきれない様子もまた、前回のサチによく似たものだった。

 

「……本当に嬉しそうだな」

「当然だとも。君に負けて、次こそは勝つと宣言して、ようやく今日それを果たせた」

「でも、それなら今度は俺がそれをする。次は俺が勝つから」

 

 清々しいが、それはそれとして悔しいのである。サチの宣言にキリカは笑みを浮かべたままくすりと声を漏らす。

 

「何を言う。次も私が勝つさ。そうすれば私の勝ち越しだ」

「だからそれをさせないって……あ」

 

 いたちごっこのような会話になろうかというところでふとサチは思い出した。

 

「なあ、そういえばもう一つの頼みって何なんだ?勝ったら言うってやつ」

「ああそうだった」

 

 ファイトの前にキリカが言っていた、勝ったら言うというもう一つの頼み。

 どうやら勝ったのが嬉しすぎて当の本人がすっかり忘れていたらしい。喜びの笑みを苦笑に変えるキリカ。

 

「なあ倫道、君はヴァンガードの大会にいくつか種類があるのは知っているか?

 

 緩んだ表情を真剣なものに変えキリカが問いかける。突然大会の話になり困惑しながらもサチは口を開く。

 

「いや、初めて知ったけど。というか大会自体よく知らないし」

 

 始めたばかりの自分にとって大会などまだ縁遠い話だろう。そう思っていたサチに大会の知識は殆どない。

 

「で、種類ってどういうのがあるんだ?というかそもそもそれと頼みって何の関係が……」

「大会には大きく分けて二つのパターンがあるんだ。一つ目は個人戦。これは言うまでもなく、一人一人が個々に大会に出て優勝を決めるものだな」

「ならもう一つは?」

「トリオファイト、あるいは団体戦と呼ばれるものだ。簡単に言えば二本先取の三本勝負。三人で出場し順番にファイト、先に二勝した方が勝つ」

「へー……」

 

 勉強になるなあ、とは思うがそれと頼みに何の関係があるのか全く見当がつかない。

 

「えっと、で?」

「……なんだ。ここまで言ってもわからないのか?」

「いや、わかんないけど」

「……」

 

 あからさまに不機嫌な表情を浮かべるキリカ。対するサチは未だキリカの言わんとするところがわからず、沈黙のまま5秒10秒と時間が過ぎていく。

 

「……はぁ」

 

 その沈黙を破ったのは呆れの色を含んだキリカの溜め息。

 

「要するにだな。その……私と組んではくれないか、ということだ」

「組む……って、まさかチームをか?」

「それ以外に何があると」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔のサチ。それもその筈、サチからすれば自分より遥かに経験豊富なキリカにそんな申し出をされるなど想像もしていなかった。

 

「……やはり、駄目だろうか」

 

 答えを出せないでいるサチ。そんな彼を見つめるキリカの声は僅かに震えていた。

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど……むしろお前は俺で良いのか?知っての通り、俺はまだ始めたばっかでクランもロクに理解してないし」

「そんなものはこれからいくらでも教える」

「それにお前なら他にもチーム組む相手なんていくらでもいるだろ、わざわざ初心者の俺をなんて」

「君が良いんだ。やりたいことがあって、そのために一つでも多くファイトを重ねる君の姿を見て、そんな君と対等な立場で一緒に戦いたいと思った。……だから、頼む」

 

 なおも真っ直ぐサチを見つめる。声だけではなく、テーブルに乗せられた右手も硬く握られ震えている。

 

「……なあ、途次。質問なんだけどさ」

 

 そんな彼女の様子を見て数秒の葛藤。そしてゆっくり口を開くサチ。

 

「大会に出ればさ、やっぱり色々なファイターと会えたりするのかな」

「まあ、機会は増えるだろうな」

 

 キリカの答えを聞いて一つ頷く。

 

『うん。待ってる』

 

 別れの間際の彼の、ミコトの言葉と輝くような笑顔を思い出す。

 彼との誓いに応える機会。それが少しでも多く得られるのなら。

 

「わかった。俺でよければ」

 

 断る理由などどこにもない。

 

「……良いのか?」

「ああ」

「そうか……!」

 

 目に見えてわかるほど、ぱあっと明るくなるキリカの表情。最早目は潤んですらいる。

 とはいえ彼女にもプライドがあるのだろう。すぐにいつもの凛とした様子に戻り、改めてサチに微笑みかける。

 

「それならこれから私たちはチームメイトだ。よろしく頼むよ、倫道」

 

 テーブルの向かいからこちらに歩み寄ってくる。そして差し出される右手。

 

「ああ、こちらこそ」

 

 サチもその手を強く握り返した。

 

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