第14話:キャスタ-2日目-
「お邪魔しまーす」
「ん」
病室の扉から、雪色の髪を揺らして患者服の少年が顔を覗かせる。
病室内からの目配せに応じ、弾むような足取りで足を踏み入れる。
その向かう先は目配せの主、同じ患者服を纏った車椅子の少年。
「やっほ。こんばんは、サチ」
「ああ、こんばんは」
挨拶を交わすその様子は実に親しげといったところ。実際にはまだ昨日出会ったばかりの二人がここまで互いを待ち焦がれていたかといえば。
「それじゃ、時間もないしやるか」
「うん。よろしく、サチ」
互いにヴァンガードのデッキを取り出す。1日前、『これから毎日やろう』と約束した通りにファイトの準備へ。
正確には二人の持つそれらはどちらも雪色の髪の少年ことミコトのもの。車椅子の少年、サチはミコトからそれを借りている形になる。
病室の簡易的なテーブルを挟んで向かい合い準備を進める。
「スタンドアップ、ヴァンガード!《リトルヒーロー・ドラコキッド》!」
「スタンドアップ、ヴァンガード。《次元ロボ ゴーユーシャ》」
ファーストヴァンガードは昨日と同じ組み合わせ。使っているデッキが同じなので当然なのだが。
「《ダイスクーパー》にライド。ターンエンド」
「《キルト》にライド。《グローリーメーカー》をコール。アタック!」
「……ノーガード。俺のターン、《ダイダンパー》にライド。《ダイブレイブ》をコールしてアタック」
「ガード」
二人のファイトが進んでいく。
流石に経験の差は大きく、終始ミコトが有利。とはいえサチも食い下がる。
そうして現在ダメージはサチが4、ミコトが3。グレード3にライドしたサチが巻き返しを狙う。
「《ダイユーシャ》でアタック!クリティカルはスキルで2!」
「完全ガード!」
「ならヒールトリガー効果を得た《ダイダンパー》!」
「《グランレスキュー》と《ミラクル・ダンディー》でガード、スキルでシールド+10000!」
「《ダイドラゴン》!」
「ノーガード」
ダメージこそ回復できたが与えられたダメージは1。
「んーダメか。……あ、なあ」
ユニットたち全てがレストしたためターンエンドするしかない。
といったところでふと、何かを思い出したようにサチの口調がファイト中の真剣なそれから変化する。
「デッキってさ、組み替えれるんだよな」
「組み替え……?ああ、改造ってこと?」
「そうそう、デッキって50枚ならなんでもいいんでしょ?」
「クランさえ合ってればね。あとトリガーが16枚とか決まりはあるけど」
言いながらドロップゾーンに積み重なったカードを扇状に広げる。その中からトリガーのカードを何枚か抜き出して見せた。
「そのトリガー16枚の配分を変えるだけでもデッキの動きは大きく変わる。今の僕らのはどっちもクリティカルが8枚でドローを4枚、ヒールが4枚にしてある」
「へー、クリティカル多めってやっぱ強いのか?」
「当然。与えるダメージが多くなるってことはつまり相手が守らないといけない回数が一回多くなるってことでしょ?だからノーガードされたときのクリティカルトリガーは相手のペースを崩して消費を増やすことができるの」
「あー、なるほど?」
立板に水とばかりに語られる説明。サチはその全ての内容が理解できたわけではなかったが、『クリティカルが増えると相手の余裕を崩せる』という理屈は掴むことができた。
抜き出した中からクリティカルのカード、《ジャスティス・コバルト》と《次元ロボ ダイレーサー》を指し示し、ミコトは更に続ける。
「クランごとにトリガーはいくつかあるから結構色んな組み合わせがあるんだよ。ほら、そっちのデッキにはこの子たちとは違う《ダイバトルス》って子がいるでしょ?」
言われてサチは自分のドロップゾーンを見る。確かに《ダイバトルス》、3種類目のクリティカルトリガーが存在した。
「ね、同じクリティカルが3種類いるでしょ?だから色々な組み方ができるってこと」
「じゃあ、このデッキも別のトリガー構成にできるのか?」
「勿論。なんなら後でやってみる?僕部屋に余りのカードあるし」
「いいのか?」
「うん。このファイトが終わったらデッキ改造しよう」
ミコトの言葉を受け、ぱあっとサチの表情が明るくなる。
そしてその期待はミコトにも伝わっていた。
「それじゃ、僕のターンだったね。ドロー。《ブラドブラック》にライド」
デッキの改造は楽しみだが、今やっているファイトを中断する理由にはならない。
再開されると同時に、ミコトの切り札である漆黒の巨人が盤面の中央に現れる。
「《キルト》をコールしてスキルでヴァンガードにパワー+10000!更に《ミラクル・キューティー》、《アクティブマスク》をコール!《ブラドブラック》のスキルで前列パワー+10000!」
更に展開されるユニットの数々。
杖を携えた魔法少女、如何にもアメコミ風な仮面のヒーローといった現実感のない人型が並び立つ。
更にミコトは《ブラドブラック》のスキルによりそれらのパワーも上昇させた。
「ヴァンガードでアタック!」
「……ノーガード」
防げないわけではないが、おそらくこの後《ブラドブラック》のスキルによりもう一度の攻撃がある。そちらを防ぐべきだろう。
「ツインドライブ」
この攻撃を受けることでダメージトリガーを狙い、以降の攻撃を防ぐことで次の手番を得て逆転する。
そんな未来図を描いたサチ。
「1枚目、クリティカル!2枚目、クリティカル!」
それを打ち砕くかのように、弾むようなミコトの声が病室内に響き渡った。
これにより《ブラドブラック》のクリティカルは3。即ちその刃はサチのダメージゾーンに3枚のカードを叩き込むことになる。
「ダメージチェック……」
1枚、2枚と捲られていくごとにサチの顔に曇りが増していく。要するにヒールトリガーが捲れないのである。
「これでラスト……!」
しかし、そうして捲られた3枚目を瞳に映してその曇りが晴れた。
「2枚目のヒールトリガー!これでまだ5点だ!」
まだ運に見放されてはいなかったのだ。ダメージを回復しヴァンガードもパワーアップ。
前日のファイトでのミコトのヒールトリガーに対する意趣返しの意も込めて得意げな顔を見せるサチ。
「じゃあ《ブラドブラック》のスキルで《ミラクルビューティー》にスペリオルライド。フォースを得つつパワー+10000。トリガー効果を得た《アクティブマスク》でアタック。ちなみにこの子はヴァンガードの攻撃時にスタンドするよ」
「……あれ?」
その顔のまま凍りつく。一方のミコトは相変わらず慣れた手つきで攻撃を続ける。
サチはこの日、『クリティカルトリガーが2枚捲れると絶望すること』『6点ヒールを引けたからといって凌ぎ切れたわけではないこと』。以上二点を学んだ。
「……なにこれ」
そんな決着から15分程経った。対戦中の約束通り、ミコトが自分の病室から持ってきたスペアのカードを借りたサチは、それを用いて改造したデッキを見てもらっていた。
それを受け取り広げたミコトの第一声がこれである。
「え、なんかまずいところあったか?」
「うん……。サチってさ、クールに見えて単純だよね」
「単純ってどういう意味。っていうか別にクールに見せてるつもりもないけど」
「いや、だって」
デッキを畳んでテーブルに置く。
「確かにさっき僕はクリティカルの強さを見せたし、君はヒールトリガーが万能じゃないことも知ったんだと思う。だからってさ?」
そして一つ息を吐き、我慢を爆発させるかのように目を見開く。
「いきなりトリガー16枚全部クリティカルにするのはどうかと思うなあ!?」
その言葉の通り、サチが仕上げた新しいデッキのトリガー構成はクリティカル16枚、他が0。
理由はといえばミコトの言葉の通り。
「だってクリティカル2枚引いたらそれだけで勝てるし、そうじゃなくてもお前言ってたじゃん。『クリティカルは相手の消費量を増やせるから強い』って」
「それはそうだけど……。良い?それは他のトリガーを入れない理由にはならないんだよ」
少し間を置いたことで冷静さを取り戻したらしいミコト。
「例えばドロートリガー。ヴァンガードで手札1枚って本当に重要なの。もしクリティカルを都合よく引けたとして、良いリアガードがいなかったら上手くパワー割り振れないでしょ?」
「ああ、確かに……」
事実、先程のファイトでもミコトが勝利できたのはクリティカルのパワー増加をリアガードの《アクティブマスク》に与えた点が大きかった。
「それにドロートリガーは完全ガードを併せ持ってる子がいる。完全ガードがあるとないじゃ大違いなんだから」
「え、でもその分《宇宙勇機グランビート》ってやつ入れてるけど。これも完全ガードと同じ守護者ってやつなんだろ?」
「それは30000シールド。まあそれも強いけど、完全ガードと比べるとやっぱり防げない場面っていうのがあるんだよ」
「そ、そうなのか……」
困惑気味にサチ。
「なら実際にやってみる?もう一回くらいなら時間あるでしょ」
「……わかった。やる」
サチがテーブルに置かれたデッキを手に取りファイトの準備を始めると、ミコトも仕舞っていた自分のデッキを取り出し続く。
そうして始まった二戦目。先攻だったサチはグレード2にライドしたことで攻撃に入る。
「《ダイダンパー》でアタック!トリガーチェック、クリティカル!」
「おっといきなり。ダメージチェック……トリガーなし」
早速多く入れたクリティカルを活かしてダメージで先行する。
しかしそうして優位に立っていたのも最初だけ。
「僕のターン。《プラチナム・エース》にライド、スキルでパワー+5000。《グランザイル》、《ミラクルキューティー》をコールしてアタック」
「ノーガード」
「チェック、ドロートリガー。パワーは《キューティー》に与えてドロー。《ザイル》でブーストして《キューティー》でアタック!」
「えーっとパワーがトリガー合わせて28000……。《ジャスティスコバルト》と……仕方ないか、勿体ないけど《ダイレーサー》も使ってガード」
ミコトのアタックを防ぐのに必要なシールドは20000。対してサチが出したシールド2枚はクリティカルトリガー、どちらも15000で合わせて30000。明らかに余分な数値である。
「それで大丈夫?5000のシールドとかないの?」
「いや、ないことはないんだけど……」
サチは言葉を濁す。
というのも、手の内がバレるので当然言えはしないが今のサチの手札はかなり厳しいのだ。
ただでさえドロートリガーを入れていないために枚数が厳しい。更にここで5000シールドのグレード2、言い換えればアタッカーとなるユニットをガードに使ってしまうと次のターンまともな攻撃が出来ない。
結果として勿体ないと理解してはいてもこうして余計な消費をするしかなかった。
また、続くサチのターンではこんな場面も。
「コール、《ダイドラゴン》、《ゴーバイカー》……だけだな」
サチが展開したリアガードは2枚。しかもその片方はミコトのヴァンガードにパワーが届いていない。
「とりあえず《ダイユーシャ》でアタック」
「まあ完全ガードでいいかな」
「ツインドライブ……何もなしか。《ダイドラゴン》でアタック」
「ノーガード」
「……《ゴーバイカー》届かないんだよな。ターンエンド」
「もうちょっと展開してくればいいのに」
「そうしたいんだけどな」
先程ガードに使うカードにも困った通り、今のサチの手札には戦力が足りていない。
そんなわけで攻撃もあまり出来ないままターンをミコトに譲ることとなった。そしてそのターン。
「《ブラドブラック》のスキル、自身と《ビューティー》、《キューティー》にパワー+10000。《キルト》のブースト、《ブラドブラック》でアタック!」
「《グランビート》でガード!……だけじゃ足りないか、《ダイダンパー》も追加と、それから《ダイドラゴン》でインターセプト!」
完全ガードの代わりに入れた30000シールドを使うもそれだけでは足りず2枚のカードを追加する。
「ツインドライブ、クリティカルトリガー!効果はどっちもヴァンガードに!」
「あー……」
それでもトリガー1枚で突破される値。
そしてミコトは見事その1枚、それもクリティカルトリガーを引き当てて見せた。
この瞬間、サチは『完全ガードがあるとないとじゃ大違い』というミコトの言葉をようやく実感した。
「ダメージチェック。も何も、ヒール入れてないから負けか」
「だね、僕の勝ち。……どう、クリティカル16枚入れてみた感想」
「うん、やっぱ他のトリガーも欲しいな」
敗北を意味する6枚のダメージに視線を落とし、頬を掻きながら答えるサチ。
最初の余分なガード消費はドロートリガーで手札を整えれば防げたかもしれないし、ミコトの《ブラドブラック》のアタックも完全ガードがあれば防げていた。何よりヒールトリガーに期待できないのはやはり痛い。
そんなサチに対しミコトは「そら見たことか」とでも言わんばかりの表情を浮かべている。
その彼に視線を戻し、サチはおずおずと口を開いた。
「……なあ、もっと色んなトリガー構成試したい。もしお前が良ければさ、このスペアのカード、明日の夜まで貸してくれないかな」
ミコトは一瞬驚いた顔を見せ、すぐにそれがぱあっと明るくなる。
「勿論!色んなデッキ試してみてよ。でもって明日も遊ぼう!」
喜びが溢れ捲し立てるようにミコトがはしゃぐ。
そんな彼を見て微笑むサチだが、やがて自らの瞼が少しずつ重くなっていることに気付いた。
そして向かいを見ればミコトも口元に手をやり欠伸を一つしていた。
「今日はそろそろお開きにするか」
「だねえ」
互いの間の抜けた眠たげな表情を笑い合う二人。
さてミコトを見送ってから寝ようかと思考を巡らせていたところで、ぐわんと視界、そして意識がぼやけた。
「ん……」
ゆっくりと瞼が上がり、見慣れた天井の景色が意識に届く。続けて瞳を動かすと、朝の4時を指す時計の針が見えた。
混乱する意識が少しずつ整い、今が朝であること、先程までの出来事は夢であったこと、そしてその夢が病院での記憶の再現だったことを理解する。
理解はしたのだが。
「よりによってなんであの日なんだよ……」
あの10日間のファイトで恐らく最も不甲斐ない、というかボロ負けしたファイト。
思い出すと、『クリティカル16枚入れれば絶対強い』などと考えた当時の自分を殴りたくなる。
なぜわざわざあれが夢に出てきたというのか。
「……まあ、でも」
そんな若気の、もとい初心者の至りも大切な思い出なのは事実。彼とファイトして楽しくなかったことなど一度もなかったのだから。
懐かしさと寂しさを覚え微笑みを浮かべるサチは、ふと続けてつい先日の出来事を思い出す。
『それならこれから私たちはチームメイトだ。よろしく頼むよ、倫道』
同じ店の常連であり同学年の少女、途次キリカとチームを組んだこと。
彼女に持ちかけられた提案を受けた決め手となったのは、大会に出ればより多くのファイターに出会うことが出来るという事実。
「叶えなきゃな、あいつとの約束」
彼、ミコトとの再戦の誓いに少しは近づけているだろうか。
そんなことを考えているうちに、未だ覚醒しきっていない意識に引っ張られサチは再び瞼を閉じた。