「はぁ……」
「あー……」
「……お前らどうした」
ミアキスのファイトスペース、サチ、キリカ、トオルの三人はいつも通りテーブルを囲って集まっていた。のだが、いつもとは少し違う。
呆れた様子のトオルの言葉通り、サチとキリカの両名は疲労感と落胆を隠しもせず項垂れている。
「いつもならお前ら、俺が来る頃にはノリノリでファイトしてるじゃねえか。マジで何があった」
「……これを見てくれ」
キリカは自らの携帯をトオルの方へと向ける。そこには派手な色遣いで『ヴァンガード高校生選手権受付開始!』と記されている。
文字通り、冬に本戦が行われるヴァンガード高校生選手権の予選エントリー受付が開始されたのである。もうそんな時期か、とトオルは呟く。
「でもそれがどうしたんだよ。出るんだろ?」
「そりゃあ出たいさ。目指すはチーム戦個人戦双方での優勝。それは変わらない。のだが……」
そこまで吐き捨ててからまたしても溜め息。普段この大会の話となれば目を輝かせていたキリカとは思えない。
「……見つからない」
変わり果てた少女に変わりサチが口を開く。
「見つからない?」
オウム返しにトオル。
サチは一つうなづいてから感情の見えない表情で天井を仰ぐ。
「見つからないんだよ。三人目」
事実を改めて言葉にされたのが響いたのか、キリカは更に項垂れて最早テーブルに突っ伏していた。
「つーかさ、途次も倫道も三秋さんのお気に入りなわけじゃん。その気になりゃツテでいくらでも見つかるんじゃねーの、チームメイト候補」
「それはそうだが、私たちだって彼こそはという三人目を迎えたいんだ。誰でもいいってわけじゃあない」
「……というか、そんな『簡単なことじゃん』みたいに、俺も途次も真っ先に誘ったのに断ったお前に言われても」
サチの言葉はその通りで、トオルは二人が真っ先に三人目として声をかけた相手だった。だがトオルは断ったのである。その理由はと言えば。
「仕方ねえだろ。当面俺の目標は途次を倒すことなんだよ。なのに途次と組んじまったらファイトする機会が減っちまうだろうが」
「……その気持ちはわからないでもないけど」
「な?わかるよな?こいつに勝つって決めた相手を大会っていうデカい本番で倒したいよな?」
「確かに良いかも。憧れるな、そういうの」
サチだってミコトと同じ大会に出るならばチームを組むよりも相手として当たりたいし、それは大舞台であればあるほどいい。そんな共感が出来てしまうためトオルにあまり反論できないのであった。
「何二人でシンパシー感じてるんだ」
一方そんな様子を見てキリカは不機嫌そうに頬を膨らませる。三人目が決まらない焦り半分、二人だけで盛り上がっている不満半分といったところか。
「えーでもお前だってわかるだろ?ほら、三秋さんに大舞台で初勝利!みたいな」
「……」
トオルはキリカにも共感を求めるが彼女は目を逸らす。
「え、初勝利?って途次って三秋さんとファイトしたことあるのか?」
初耳だと興味を示すのはまだミアキスの面々と知り合って間もないサチ。
トオルは『言っていいか』と目で問いかけ、キリカが頷いたのを見てから口を開く。
「俺も話聞いただけだけどな。途次がここに初めて来たとき、三秋さんとファイトして見事に負けたんだと。それ以降事あるごとにファイトしてはアドバイスを貰って、また挑んでを繰り返してたらしいぜ。だからまあ、師匠みたいなもんなんだってさ」
「そう、だったのか」
キリカがこれまで見せていた三秋ララに対する尊敬や心配、そして彼女とひと悶着あったセイガに対しての怒り。
それが行きつけの店の店長だからではなく自身のファイトの師であるというのなら納得だ。
(……それにしても)
サチは思う。
今ここに集まっている三人は全員誰か目標としている相手がいて、それに勝つために研鑽を積んでいる。それなら自分たちが今こうしてテーブルを囲って語らっているのも何かの運命なのかもしれない。
「……倫道。なんか清々しい表情をしているようだが、三人目をどうしようって話は解決してないぞ」
感傷に浸っていたサチをキリカが現実に呼び戻す。そう、結局この話は全く進展していないのである。
「いや……とは言っても、俺が知ってるヴァンガード強い人なんて大抵途次の知り合いでもあるから力になれないと思うけど」
「あー、倫道ってヴァンガード始めてすぐこっちに越してきたんだっけ」
「ああ。でもって途次が初めての対戦相手だった。だから途次が知らなくて俺が知ってる強いファイターなんて殆どいないと思う」
例外と言えばミコトくらいなものだが、彼が今どこで何をしているかなどサチは全く知らない。むしろ教えてほしいくらいである。
「むぅ、だが倫道だっていつも私と一緒にいるわけでもないじゃないか。ならその間にまだ見ぬ強豪と出会ってたりは……。そうでなくても私が戦ったことのない相手とか、心当たりはないか?」
「途次が戦ったことのない、強いファイター……」
だからそんなのいないって、と言おうとして、サチはふと思い出した。
実力が確かで、キリカがまだ戦ったことのないヴァンガードファイター。きっと共に戦うこととなればこれ以上ない力になってくれるだろう。
だがそれは同時に、彼女が絶対に受け入れない回答だろうということもサチは理解していた。
「えっと、途次。先に聞いとくけど。怒らないか?」
「怒らない……?私が振った話なのだから怒るわけないだろう。それで誰だ?」
怒らない、と言った以上、キリカはその言葉を嘘にはしないだろう。意を決してその答えを示す。
「……白銀先輩」
ピクリとキリカの眉が動いた。だろうな、と思いつつもサチは続ける。
「強いのは間違いないし、最近までヴァンガードをやってすらいなかったんだから先約も多分ない。もちろんお前が良く思わないのはわかってるけど」
「……怒らない、と言ったからな。とは言え、認めたくはない」
「だよなぁ」
「つーかそもそも、お前らがもし誘ったとしてもあっち側が了承するとも限んねーだろ」
「それは、確かに」
横から投げかけられたトオルの言葉は尤もなものだった。
セイガの普段の態度は、とてもチームに入ってくれなどという頼みを受け入れれてくれる人のそれではない。自分を嫌っているキリカがそこにいるとなれば尚更である。
だがサチとしてはやはり諦めきれないのだ。
「なあ、途次」
「なんだ。私の答えは変わらないぞ」
「わかってる。だからさ、一つだけ頼まれてほしい」
「ほう」
言ってみろ、と先を促す。
「白銀先輩と、ファイトをしてみる気はないか」
「……は?」
「だって途次、白銀先輩とファイトしたことない筈」
「そりゃあそんな機会はなかったが。それをして私に何がある」
「あの人は間違いなく強い。前俺がやったときは中断したけど、もし続けてたら俺が負けてただろうなって思う。お前は強い相手とファイトするの好きだろ」
「楽しいファイトであることは保証するから彼をチームに入れることを認めろ、と?」
「チームどうこうは関係ない。ただファイトしてほしいってだけ」
「……わからないな。なぜ君がわざわざそんなことを勧める?」
「知ってほしいんだ。白銀先輩がどんなファイトをするのか、あの人を嫌っているお前にこそ。それに、俺もお前とあの人のファイトが見てみたくて」
まっすぐにキリカを見るサチ。以前にセイガと戦いたいと訴えたときのそれにも似た瞳。
こうなっては梃子でも動かないだろう。キリカは溜め息を一つ吐く。
「……あの余裕ぶったガラの悪い態度を、ファイトで崩してやるのも悪くはないか」
「じゃあ……」
「あっちが受けるかはわからないが、な。君がそこまで言うんだ。きっと何か価値があることなんだろうさ」
「三秋さん、こんにちは」
「おっ、今日もよろしくね」
翌日のミアキス。セイガはいつも通りバイトのエプロンと名札を身に着け雇い主であるララに挨拶をする。
「じゃあ早速で悪いけど接客の方よろしく。会計、ショーケースの中身、それから初心者さんへのアドバイスとかそういうのね」
「了解しました」
ララの言葉のまま、セイガは定位置であるレジに立つ。まだ午前ということもあり客はまばらだ。時々やってくる客の対応をする以外は特筆することもない。
そんな中、また一人の客がレジへとやってくる。その姿はセイガも知っているものだった。
(途次キリカ、か……)
自分を嫌っている少女。
だがだからといって接客に粗相があってはいけない。あくまで店員として客と話すだけである。
「お会計でしょうか」
「違います」
即答。一瞬セイガの思考が止まる。
「……ショーケースの方のご用事でしょうか」
「違います」
またも即答。今度は疑問符が浮かぶ。
なら何をしにレジまで来たのか。確かに今は特に込み合ってはいないが、用もないのにレジまで来る客などいるだろうか。
「ではご用はなんでしょうか」
「……店員さん、ヴァンガードをやっていらっしゃる方ですよね。よければ貴方にアドバイスをお願いしたいのですが」
「は……?」
嫌っている相手にアドバイスを求めるものだろうか。
ますます訳が分からないセイガをよそにキリカは続ける。
「出来れば実戦で。要するにファイトのお相手をお願いしたいのですが」
口調こそ店員に対しての他人行儀なもの。しかし瞳には確かな敵意を感じる。
セイガも気付いた。アドバイスの要求など口実作り。これは要するに「私と戦え」という宣戦布告なのである。
ララにも客へのカードゲームのアドバイスを仕事の一環として任されている。断る言い訳がどこにもない。
「……一応、店長にレジを開けていいか相談してまいります」
そう言ってからセイガはララの方へと向かい現状を説明する。出来れば断る口実になってくれという希望を込めて。
だがララから帰ってきた返事は。
「おっけ任せた、レジはやっとくね」
「お待たせしました、お客様」
「いえいえ、お気になさらず。……というか、もうその店員口調は崩してくれて構いませんよ」
「ならそっちもだ。嫌いな相手に無理して丁寧に離すのもカロリー使うだろ」
「そうか。一応学校では先輩にあたるからと思ったが、それならお言葉に甘えて」
互いに他人行儀な姿勢を解き向かい合う。
乱暴な話し方に射貫くような鋭い目線。一触即発の空気が二人の間に流れている。
「にしてもわざわざ客の立場使ってまで挑んでくるなんてな」
「こうでもしないとあんたは逃げるかもしれないからな」
「おい。俺そんなに臆病者だと思われてたのか」
「それは勿論。前だって倫道と話していた時、私が来た瞬間に切り上げて帰っただろう」
「……それを言うならお前だって俺のこと避けてただろ。なんで今になって真正面から挑んでなんて来たんだか」
「さて。気の迷いのようなものさ」
気の迷い。それは嘘ではない。ただそれをもたらした人間の名を出していないだけである。
そんな憎まれ口を叩きながらも、二人はヴァンガードファイター。準備は怠らない。互いにデッキを取り出し、混ぜ、そしてカードを引く。
そして手札の引き直しまで終え後は始めるのみ。といったところでセイガが再び口を開いた。
「おい、結局この勝負って負けたら何かしろとかあるのか?」
「……特に考えていない。私はあんたを叩き潰すことが出来れば満足だ。そっちは何か希望でも?」
「……いや、俺も特に」
「ならこれ以上話すことはないな。準備は出来てる」
「ああ」
互いに伏せたファーストヴァンガードに手を添える。
キリカの瞳には、普段のファイトで見せるような期待に満ちた色はない。代わりに闘争心が爛々と宿っている。
一方のセイガはいつもと同じ、どこか冷めたような表情。
「「スタンドアップ、ヴァンガード!」」
「《年少怪人ワーレクタス》!」
「《士官候補生エリック》!」
想像の世界が描かれる。
潔癖の白服に身を包んだ少年と、土色の鎧を纏った少年。どちらも幼げな容姿でありながら、進む道は対極。
「《怪人紳士ハイクラスモス》にライド!」
「《共感の蒼翼マカリオス》にライド」
「《ハイディング・キラーリーフ》にライド!《メガララランサー》でアタック!」
「《頑迷の蒼翼シメオン》にライド。《ファウロス》でアタック」
互いに自らのデッキにおける最良に近いライドを辿っていく。そしてキリカのターン。
「《無双剣鬼サイクロマトゥース》にライド」
キリカの霊体が二本の剣を掴み振るうと、それを取り囲むように風が渦を巻く。そしてそれを内側から切り裂き現れたのは甲殻を煌かせる翡翠の剣士。キリカのエースである。
「イマジナリーギフト、プロテクトⅠ!更にコール!《ハイクラスモス》のスキル、カウンターチャージ!《マンティス》のスキル、《アントリオン》を手札に!そして《アントリオン》をコール!」
「《デスワーゲン・アントリオン》か……。ソウルのグレード3と引き換えにクリティカルを上げるユニット」
「その通り。そして私が最初にライドした《ハイクラスモス》はソウルでグレード3として扱う。《ホーネット》のブーストでアタック!スキルでパワー+10000、クリティカル+1、守護者ではガード出来ない!」
「ならこうだな。《虹色秘薬》でガード。《シメオン》のパワーが11000だからシールド20000で事足りる」
「……厄介だな。だがまだこれがある。《サイクロマトゥース》でアタック!スキル発動!パワー+10000!相手のデッキトップをドロップしそのグレードを確認する!」
セイガがその言葉通りにカードを捲る。《発光信号のペンギン兵》。そのグレードは1。
「よし、これでクリティカルも上昇する!」
「2ダメージか。ま、ノーガードだ」
「ツインドライブ!……残念、2ダメージ程度では済まなかったな。クリティカルトリガー!パワーは《マンティス》、クリティカルはヴァンガードに!」
トリガーの恩恵を受け握られた双剣が鋭く閃く。ただすれ違っただけにも見えるその一瞬で、セイガの魂が宿る《シメオン》の白い軍服には無数の傷が刻まれていた。
前のターンに受けた攻撃も合わせセイガのダメージは既に4。現在ダメージ2のキリカに大きく離される形となった。
「ダメージチェック。クリティカルだ。ヴァンガードにパワー」
「《マンティス》でアタック!」
「《バトルシップ・インテリジェンス》でガード」
しかしセイガもトリガーを引き応戦する。
追い打ちとしてもたげられた機械仕掛けの刃は振り下ろされる前に砲撃によりその軌道を逸らされてしまった。
「ターンエンド」
「俺のターンか。ドロー」
そうして攻撃を捌いたセイガへとターンが移る。
「ライドだ」
元々ライドしていた《シメオン》の軍服を脱ぎ捨て手にした剣を天へと掲げる。その刃を中心に空間を光が満たしていく。
やがて輝きが止むと、握られていた剣は蛇腹状の鞭へと姿を変えていた。新たに纏った軍服もより豪勢なものになっている。セイガのグレード3、《波乱の強鞭ゲオルゲ》である。
「ギフトはアクセルⅡ。《ゲオルゲ》のカウンターブラスト、ソウルブラストでスキル発動」
「私のヴァンガードのパワーを-5000か」
「なんだ、知ってたか」
鞭が蛇のごとく地を這い《サイクロマトゥース》へと襲い掛かる。二本の剣を振るい行われるその抵抗もむなしく、四肢と翅とを縛り付けられてしまう。
「《バジリア》をコール。スキルで山札上3枚の《蒼翼》ユニットを手札に加える。そして《マクシオス》、《シメオン》、《コーラル・アサルト》をコールだ」
「そして《蒼翼》が他に存在するから《マクシオス》のパワーはスキルで5000上がる、と」
増えたセイガの手札より並び立つ戦士たち。それらはいずれも彼らの正義を示す白の軍服に身を包んでいる。
そしてキリカは先程の《ゲオルゲ》に続きそのうちの1枚、《マクシオス》のスキルを言い当てて見せた。セイガはそれに少し面食らいながらもファイトを進める。
「《ファウロス》でアタック!スキルでパワー+5000!」
「《アラフター・ドラフター》でガード!……だけじゃ足りないか、《マンティス》でインターセプト!」
「《マクシオス》のブーストしたヴァンガードでアタック!ツインドライブ、ドロートリガー!」
「っ……!」
ノーガードしたキリカ。その分身たる《サイクロマトゥース》は《ゲオルゲ》が繰り出した二本目の鞭の一撃をもろに受ける。
膝こそ突きはしないが未だ一本目の鞭に自由を奪われたまま。そしてまだセイガの攻撃は終わっていない。
「《バジリア》のブースト、《シメオン》でアタック!」
「《シャープネル・スコルピオ》でガード!」
「《コーラル・アサルト》でアタック!スキルでパワー+15000!アクセルⅡサークルの効果で更に+5000!」
「ノーガード!」
《シメオン》が剣を構え一直線に駆ける。しかしその行く先に立ちはだかる黄金の巨人。
邪魔をするな、と振るわれた一閃も蠍のそれを模した巨大な鋏に傷一つ付けることは出来ない。
しかし次の瞬間死角から弾丸が放たれる。ホバーに乗った青年、《コーラルアサルト》が《シメオン》の作った隙を逃さず引き金を引いたのである。
《シャープネル》の脇をすり抜け、未だ拘束から抜け出せない《サイクロマトゥース》へと命中。これにて4ダメージ目。セイガと同点である。
「ターンエンド」
「私のターン」
ターンは移りキリカへ。ドローを行ってからぴたりと手を止める。
「……前に倫道がそのデッキを使っていた」
「ああ、あの時。こいつらの効果を知ってたのもそれか」
「私が貴方のことを初めて知ったのもあの時だ。貴方がそのデッキを三秋さんに押し付けようとしたこと。今もはっきりと覚えている」
「……ありゃあマジで悪かったと思ってる。三秋さんにも迷惑をかけたし、倫道やお前にも嫌な思いをさせた」
「はっ……」
鼻で笑うキリカ。肩をすくめ、一層鋭い瞳でセイガを射貫く。
「ああ気に食わないさ。よくもまあ自分勝手に、私の大切な人の表情を曇らせてくれたな。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない。貴方をこのターンで倒せばこれを言う必要もなくなる」
手に持った1枚のカードを構える。このターンで勝つという宣言を現実のものにするキリカの切り札。
「《真魔銃鬼ガンニングコレオ》、ライド!」
《サイクロマトゥース》が双剣を地面へと突き刺す。その鎧たる甲殻には光を帯びたヒビが入り広がっていく。
やがて光が全身を包み込み弾けたとき、そこには先程までの剣士とは違う新たな怪人が立っていた。
《サイクロマトゥース》以上に刺々しいシルエット。両手には洗練されたデザインの銃。キリカの奥の手、《ガンニングコレオ》である。
「ブレイクライドスキル。相手は手札を1枚捨て、新たに登場したヴァンガードはそのグレード分だけパワー+5000!」
「……《装弾のブレイブシューター》、0だ」
「パワーは上げられないか。だが《コレオ》登場時、スキル発動!パワー+5000、ドライブ+1!貴方の山札の上1枚をドロップ!」
言われるがままセイガがカードをドロップゾーンに置く。《波乱の強鞭ゲオルゲ》だった。
「グレード3がヒット!更にドライブ+1!」
「ドライブが4回……!」
これまでのファイトでは崩れなかったセイガの表情が僅かに顰められる。ドライブチェックを4回、つまりトリガーゲットのチャンスが4回というのはそれだけの脅威なのだ。
「更に起動能力を発動!コストはグレード3のソウルブラスト、《サイクロマトゥース》で賄う!相手のデッキトップをもう1枚ドロップ!相手はそのグレードをこのターンガードに使えない!」
続いて捲られたカードは《発光信号のペンギン兵》。グレードは1。
ヴァンガードにおいて最も有効な守り手となるのはグレード0。それを封じられるよりは幾分かマシだが、そもそも相手のドライブチェック回数が増加しこちらの手札が削られている状況で防御の一部が制限されるというのはそれだけで痛手も痛手。万事休すである。
「コール。そして、《ガンニングコレオ》でヴァンガードにアタック!」
宣言とともに攻撃が、イメージの世界で弾丸が放たれる。現在のコレオはクリティカル1。手札を削られグレード1での防御を禁止されたセイガが生き残る方法はクリティカルトリガーを引かないよう祈ることのみ。
しかし、4回のドライブチェックという母数の暴力の前では。
「ゲット、クリティカルトリガー」
そんな祈りはたやすく打ち砕かれる。
「これは……」
負けた、とセイガは呟く。そしてそこに落胆と、安心感を覚えていた。
そもそもセイガはこのファイト、負けてもいいと思っていた。
キリカの苛立ちは正当なもの。非はこちらにある。全力で戦ったうえで敗北を喫することがその責任をとることになるのならそれでいいと。彼女がその勝利で満足すればもうキリカと縁は切れ、鋭い視線を向けられることもなくなって一石二鳥でもある。
それにその責任さえ果たしてしまえば自分とヴァンガードを繋ぎとめるものがまた一つ減る。後は再戦を申し込んでくるであろう倫道サチとも決着をつければ、いつだってヴァンガードを手放せる。
サチと戦い、先日スイとも戦い、ヴァンガードの楽しさを少し思い出したとはいえ、父の影を脳裏に生み出すゲームを積極的にやろうとセイガは思えなかった。
だからここで負けるのならそれでいいと。負けていいのだと。キリカがクリティカルを捲った瞬間そんな安堵を覚えたというのに。
「……ヒールトリガー、か。やられたな」
キリカが忌々しげに呟き、遅れてセイガは我に返り自らが握ったカードに視線を落とす。
確かにそれはヒールトリガー、《虹色秘薬の医療士官》だった。
(……なんで)
セイガが土壇場でヒールトリガーを引いたのはこれが初めてではない。
つい最近。そう、サチとファイトをした時も、セイガは敗北一歩手前でヒールトリガーを引いた。その結果決着の前にタイムリミットが来てサチに再戦を宣言されたのだ。
そして今回も、これでキリカと縁が切れると思っていた矢先にこれである。まるで投げ出すことを許さないかのように、ファイトを続行させてくる。
「どうした。早く回復するダメージカードを選べ」
「……わかってるよ」
効果を拒否することは出来ない。裏になったダメージをドロップゾーンへと送る。
続く2ダメージ目にトリガーはなく、これでダメージは5。
「パワーはヴァンガードに与える」
ヴァンガードをパワーアップさせるのはこの状況なら当然の選択。このターンを生き残るならば。
「まだ攻撃は終わってない。アタック!」
「《バトルシップインテリジェンス》でガード。そっちはインターセプト」
2枚のリアガードの攻撃はトリガーのパワー上昇によりガードが容易。セイガにとって大した負担にはならない。
「ターンエンドだ」
「ああ。俺のターン……いや、ちょっと待て」
セイガの言葉にピクリとキリカの眉が動く。
あのヒールトリガーが自分を何かに繋ぎとめようとしているのなら、これを聞いておくのも何か意味のあることではないかとセイガは考えた。
「さっきの『それに』の続き、何言おうとしたんだ」
「……それは」
一瞬言い淀むキリカ。そして一度の溜め息の後にセイガに向けられた瞳は今までで最も鋭いものだった。
「貴方のデッキを見た。とてもよく練られていて、正直最初に見たとき心が躍った。それに貴方とのファイトについて話す倫道は本当に楽しそうだった」
淡々と語りだす。感情は込められておらず、ただ事実だけを挙げ並べているよう。
「きっと貴方はヴァンガードというゲームに愛されている人間なのだろうとさえ思えた。今だってそうだ。前のターンの攻勢。そして土壇場でのヒールトリガー」
しかし見てみれば、手札を持つ手が僅かに震えていた。
「それだけの技術を、才能を、そして努力の跡を持ちながらそれを投げ出そうとして、しかもその癖未練がましい貴方が、私はとても不愉快だ」