第1話:サチとミコト
ある年の1月のこと。海辺の小さな町、小江山。そこにある小江山トンネルで崩落事故が発生した。
被害者は2名、どちらも未成年。調査が行われたものの崩落の原因は特定出来ず、経年劣化として扱われることとなった。
明るい茶髪を伸ばし目にした少年は、今夜もその髪色に似合わぬ虚ろな表情で病室から窓の外を眺めていた。
中学も卒業間近というこの冬、彼はトンネルの崩落に巻き込まれ、この病院に搬送された。
「もう二度とまともに歩くことは出来ない」と告げられてから2週間と少し。
元来器用で物覚えが良かったこともあり、腰掛けた車椅子を自らの身体の一部として使いこなすには十分な期間だった。
だがその車輪が新たな自分の足として馴染んでいく程に、完治という名の期待の光が自分の元から遠のいていく感覚に苛まれていた。
窓から下を見てみれば、会社帰りか学校帰りであろう人々が行き交っている。
そんな当たり前の光景すら自分とは違う世界の夢物語だと思い知らされ、思わずアームサポートに拳を叩きつける。
「……寝るか」
一言そう呟き看護師を呼ぼうと振り向く。
その瞬間彼の前で、唐突に病室の扉がガラリと開いた。
「たっだいまー」
「……は?」
そこに立っていたのは小柄な少年だった。
顔立ちは幼気ながら非常に整っており人形ではないかとすら思える。ふわりとした白髪が部屋の照明を浴びて雪のように煌めいていた。
呆気に取られる茶髪の少年を他所に、白髪の少年は鼻唄混じりにベッドの方へと向かってくる。
「待て待て待て待て」
はっと我に帰り慌てて謎の侵入者を呼び止めると、初めてこちらに気付いたかのように振り向かれる。
「え?えっと、だぁれ?」
「それはこっちの台詞。ここ俺の部屋なんだけど」
「あれ、ここって302号室……」
「303号室」
「嘘お」
疑いの目線を隠そうともせず茶髪の少年を見やってから病室を出て行く白髪の少年。
10秒もしないうちに戻ってくるが、その表情は先程とは打って変わって罪悪感の色に染まっていた。
「ごめん!こっちが間違えてた!」
ピッタリ90度、美しさすら感じる謝罪の礼。
「ああいや、別にそんな謝れとは言ってないんだけど」
「いいや。人の病室に勝手に入って、その上言われたことすら疑ってかかるなんて最低だよ!何でも言って、僕に出来るお詫びならするから!」
「そう言われても……」
面倒くさい流れになった、そう心の内で呟きながら改めて少年を観察する。
自分と同じ患者服を着ている辺り本当に隣の病室の患者なのだろう。足には入院の原因であろう包帯が巻かれている。
そして右手には、何か分厚い紙の束のような物が大事そうに握られていた。それが何となく気になって、茶髪の少年は問いかけた。
「なあ。持ってるそれ、何だ?」
「えっこれ!?ごめん、出来ることはするって言ったけどこれは大切な物だから……」
「誰もくれとは言ってないよ」
その言葉にホッとしたような顔を見せ、それからこう答えた。
「ヴァンガードのデッキだよ。『カードファイト!!ヴァンガード 』。カードゲームなんだけど、知らないの?」
「聞いたこともない」
「そうなんだ……」
自分の好きな物が知られていなくてショックだったのか、白髪の少年は少し残念そうに俯く。
だが直後、何かを思い付いたかのように明るい笑顔で茶髪の少年を見やった。
「じゃあさ、やり方教えてあげるよ!今僕デッキ二個あるし、片っぽ貸してあげる!」
「いや、俺は別に……」
興味ない。そう言おうとして、何故かその言葉を飲み込もうと思った。
それは彼に絡まれ続けるよりは良いと思ったのか、暇潰しには丁度良いと思ったのか。あるいは、そのゲームとやらにどこか惹かれる自分がいたのか。
それは自分でもわからない。
「じゃあお言葉に甘えて。そのヴァンガードってやつのルール、教えてくれ」
「もちろん!じゃあデッキもう一個取ってくるからちょっと待ってて!」
明るい笑顔をますます輝かせながら意気揚々と病室を出ようとして、しかし扉の前で突然ピタリと立ち止まり振り向く。
「そういえば名前聞いてなかったね。僕はミコト。君は?」
「……サチ。倫道サチだ」
「サチ……幸せ、だね。良い名前だと思う」
そう微笑む白髪の少年、もといミコトを見て、サチは思わず苦笑する。
「そうか?よく女子みたいな名前だって言われるんだけど」
「えー、その人達見る目ないなあ。……と、忘れるところだった。デッキ取ってくるね」
そう言い病室を後にするミコトを苦笑したまま見送る。
自分でも気付いてはいなかったが、サチはこの日、この夜、事故に遭ってから初めて笑みを浮かべたのだ。
「……という感じ。真ん中のヴァンガードは自分自身の魂を宿した存在で、周りのリアガードは自分と心を繋いだ仲間。これがヴァンガードの世界観だけど、ここまでは良い?」
「大丈夫だ」
ミコトからデッキを片方受け取り、病室のテーブルを挟んで向かい合う。
基本的な世界観とルールの説明を受け、手元には5枚の手札、盤上には裏向きのカード。準備は万端と言ったところだ。
「なら行くよ。さっきの合い言葉は……」
「覚えてるよ。ルールも大体問題ないと思う」
「おっけ。じゃあ、始めよう」
そう言いミコトが裏向きのカードに手をかける。
「ああ、いつでも良い」
サチも遅れて同じように構える。
「「スタンドアップ!ヴァンガード!」」
同時に放たれた合い言葉と共に、伏せられていたカードが表になる。
そこに描かれた存在こそ、それぞれが自らの魂を委ねる相手。
「ライド。『リトルヒーロー・ドラコキッド』」
「ライド。えーっと、『次元ロボ ゴーユーシャ』だ」
想像の世界に描き出された、宇宙のどこかにある地球によく似た惑星、クレイ。
そこに降り立った二人の先導者が戦う力を見に纏う。ミコトが選んだ姿は宇宙服を纏った竜の子。対するサチは青く輝く鋼の戦士。
身体の大きさは違えど、どちらもその内に正義の心を宿した存在。即ちクラン『ディメンジョンポリス』に属するユニット。
「じゃあ一応お手本ってことで僕が先行ね。まずはドロー。グレードが1つ高いユニット、グレード1の『グローリー・メーカー』にライド。『リトルヒーロー』のスキルで1枚引いて、これで終了だよ」
「俺の番だな。最初にドローしてそれから……これだな。『次元ロボ ダイスクーパー』にライド。スキルで1枚引いてクイック何とかってやつを貰えると。んでもってコールはヴァンガード以下のグレードだから……こいつか、『次元ロボ ダイブレイブ』」
ぎこちない動きながらもカードを場に並べていくサチを見て、ミコトは驚いたような感動したような顔を浮かべる。
「凄い、凄いよサチ!一回説明しただけなのにもうしっかりファイト出来てる!」
「そうか?まあ、昔っから物覚えだけは良いってよく言われるから」
「僕の目に狂いはなかった。君は絶対良いファイターになるよ!」
うんうん、と誇らしげな顔で頷く。
「そもそも続けるかすらわからないけどな。とりあえずこれで攻撃したい」
「どっちからにする?」
「ヴァンガードから、かな。『ダイスクーパー』で『グローリー・メーカー』を攻撃」
「ノーガード。さ、ここでドライブチェックだよ」
「ああ、デッキの上を捲るんだったな。よっと」
促されるままに表にされたカードは『次元ロボ ダイバトルス』。その右上には星、あるいは歯車にも似た黄色い印が輝いていた。
「クリティカルトリガー、大当たりだね。パワー+10000とクリティカル+1をそれぞれ一体ずつに与えられるよ」
「パワーはガードに影響してクリティカルはヒットしないと意味がないから……、パワーは『ダイブレイブ』、クリティカルを『ダイスクーパー』にすれば良いんだな」
「そうそう。じゃあダメージチェック2回」
慣れた手付きでカードを捲ってはダメージゾーンに置く。その2枚目には右上に漢字の「引」を模した赤いマークが記されていた。
「ドロートリガー。1枚引いてヴァンガードに+10000」
「まだパワーは同じだろ。『ダイブレイブ』でも攻撃」
「でも1枚で防げる。『マジカルポリスキルト』でガード」
魔法少女のようなユニットが召喚され、光の防壁を展開する。
『ダイブレイブ』の攻撃は失敗。これでサチの陣営のユニットは全て攻撃済みになった。
「ターンを終了するしかない、か」
「最初の攻撃で2ダメージなら十分だよ。さ、次からは僕も攻撃させてもらうよ!」
それからターンが進んでいく。
サチが理解できるよう、丁寧にそれぞれの手順を処理していくミコト。
それを見て慣れないながらもカードを動かしていく。そんなファイトの中で、サチの虚ろだった表情には徐々に熱が宿り始めていた。
そして勝負は5ターン目の終わり。
ミコトがライドしたグレード3のヴァンガード、『ミラクル・ビューティー』とその他二体のリアガードの攻撃を受けサチはダメージ5。
対するミコトはダメージ3。更にドライブチェックではドロートリガーにして守護者、『ダイヤモンド・エース』を引き当てていた。
「ターン終了。さ、次は君がグレード3にライドする番だよ」
「ああ。……と言っても、もう後1ダメージで負けなんだよな。そっちはまだ余裕あるし」
サチはそう言って、ダメージでもリアガードの数でも負けてる自分の場をぼんやりと眺めていた。
「でも、全部終わったわけじゃないでしょ?」
「確かにそうだけど。正直勝てるとは思えない」
溜息混じりにそう呟く。そんな様子のサチを見て、ミコトは真剣な表情でこう言い放った。
「そりゃそうだよ。だってサチ、さっきから盤面しか見てないもん」
「……は?」
突然何を言い出すのか。カードゲームなんだから盤面を見るのは当たり前ではないか。
そんなことを言い返そうとするサチを遮ってミコトは続ける。
「気付いてないの?君は盤面ばっかり見て、全然自分の手札を見てないんだよ。……そうやって、自分には出来ることがないって思い込もうとしてるんでしょ」
「それは……」
図星だった。確かにサチは『自分が負けそうな盤面』しか見ていない。
手札を見て打開策を探したら、それが打ち砕かれたとき立ち直れないような気がして。
このまま流されるように負けてしまった方がショックが少ないと、考えることをやめてしまっていた。
「確かにそうやって頑張って考えて、それでダメだったら凄くガッカリすると思う。でもさ、ちょっとだけ向き合ってみなよ。自分が今手元に持ってるものとさ」
「持ってるものと向き合う……。まあ、それもそうか。わかったよ、やってみる」
観念したように、けれどどこか清々しい表情でそう言い、自分の手札に目を向ける。
どうすればこのターンで勝ちに行けるか。どれを選べば一番可能性が高いのか。どうしたらミコトに一泡吹かせることが出来るのか。
手札のユニット達と自分に問いかけ、頭の中で思い付く選択肢をイメージする。
「……後は、引いたカード次第か」
そう呟き、意を決してカードを引く。その1枚を自分の思い浮かべた選択肢に当てはめて、それから真っ直ぐにミコトを見据えた。
「行くぞ。勝負だ」
「うん。全力で来なよ」
その言葉を聞いたサチは手札の1枚に手をかける。それはヴァンガードの終着点たるカード、グレード3ユニット。
「『超次元ロボ ダイユーシャ』にライド!イマジナリーギフト、フォースを獲得。IIを選んでリアガードサークルに!これで『ダイドラゴン』のクリティカルは2!」
「フォースII、か」
ヴァンガードのパワー数値によって恩恵を受けるディメンジョンポリスは基本的にフォースIを選択する。
ミコトは当然そのことも説明したが、サチはあえてIIを選んだ。
「でもってコールだ。まずは『次元ロボ ゴーバイカー』!効果でヴァンガードにパワー+10000!更に『ダイドラゴン』のスキルで今度は+5000!」
呼び出された次元ロボ達により勇者の剣がその輝きを増していく。
「更に『ゴーバイカー』をレストして『ダイユーシャ』のスキル、もう10000パワーアップ!」
「これで38000。『ダイユーシャ』のスキルが適用される、と」
「ああ。『ダイユーシャ』はクリティカル+1、更に『ダイドラゴン』もパワー+10000だ」
パワー35000の突破。それはサチの選んだ勝利へのルート、その第1段階。
「次に『ダイマリナー』をコール。スキルでソウルブラスト、このターンの『ダイユーシャ』をガードするなら2枚以上でコールしなければならない」
「完全ガード1枚で、ってわけにはいかなくなったか」
第2段階はミコトの手の内にある『ダイヤモンド・エース』への対処。封じたわけではなく必要枚数を増やしただけだが、その1枚の差は大きい。
「これでクリティカル2のヴァンガードのアタックには完全ガードでも3枚必要、『ダイドラゴン』もパワー20000でクリティカル2。……でも、まだ足りないね。これじゃこのターンに勝つのは無理がある」
ミコトの言う通りだった。
完全ガードはリアガードになら制限なしで使うことができる上、他にも手札とインターセプトユニットは存在する。
第一クリティカルトリガーがなければ片方はノーガードしても敗北することはない。
だがサチには最後の一手があった。それはこのターンに引き当てたカード。
「コールだ。『超次元ロボ ダイザウラス』!」
「げっ」
サチが前列に呼び出したユニットを見てミコトが表情をしかめる。
「アタックに移る。まずは『ダイザウラス』でリアガードの『プラチナムエース』にアタック!」
「『コスモビーク』でインターセプト!」
攻撃は失敗したがサチの狙いは別にあった。
「『ダイザウラス』のスキル発動だ。アタックした後にヴァンガードのパワーが35000以上なら、こいつをソウルに移動しヴァンガードのパワーを+10000、ドライブ+1!」
それは次元ロボの十八番、ソウルに移動することによる合体。
『ダイザウラス』の恐竜を模した装備が『ダイユーシャ』へと受け継がれる。
「行け、『ダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」
仲間である機体の力を受け取って勇者が剣を振りかざす。そのパワーは48000。1枚でのガードは不可能。
ミコトは暫く手札を見つめていたが、やがて覚悟を決めたように言い放った。
「ノーガード、だよ」
「トリプルドライブ、ファーストチェック!」
勢い良く捲られたそのカードは『ダイヤモンドエース』。
「ドロートリガー。パワーは『ダイドラゴン』、1枚ドロー!」
「美味しいカードではあるけど、まだ勝ちには届かないね」
「わかってる、セカンドチェック!」
続いて表になったのは『ダイザウラス』。右上には何のマークもない。
「外れか。次が最後のチャンスってわけだ」
「そうだね。……引けると思う?」
そう確かめるように問いかけられ、サチは思わずくすりと笑う。
「わからないよ、そんなの。……でも、引けたら面白いなって思う」
そう言ってからそっと3枚目のカードをそっと捲る。
『次元ロボ ダイレーサー』。その右上には黄色いマーク。即ちクリティカルトリガー。
「クリティカルトリガー!パワーは『ダイドラゴン』、クリティカルは『ダイユーシャ』!」
「……届いたんだ。凄いね、サチ」
山札から捲られた『クイックヒーローアクティブマスク』と『宇宙勇機グランザイル』がダメージゾーンに置かれる。
「お前のアドバイスのお陰だよ。あれがなければ諦めたまま適当にやって終わってたと思う」
「でも実際にやって見せたのは君だよ。だから凄いのは……あっ」
3枚目のカードを捲ったところで、ミコトの動きと表情が固まった。
「どうしたんだよいきなり……えっ」
ミコトが無言で指差したカードを見てサチもまた素っ頓狂な声を上げる。
そのカードは『宇宙勇機グランレスキュー』。ヴァンガードファイターにとっての最後の希望、ヒールトリガーのユニット。
「それって確か……」
「ひ、ヒールトリガー……。えーっと、お互いダメージ5だから、1枚回復してヴァンガードのパワーを+10000……」
勝利を讃えた瞬間に捲れた、起死回生の1枚。
気まずそうに、けれども的確に操作をする。
「あー……とりあえず、『ダイマリナー』でブーストして『ダイドラゴン』で攻撃」
「だ、『ダイヤモンドエース』……」
ガード制限もかかっていないただの攻撃。機械の竜の炎は、守護者によってあっさりと防がれた。そしてサチの場に攻撃できるユニットはもういない。
「その、ごめんね?こういうこともあるって言うか……」
申し訳なさ気にそう謝るミコト。だがサチはどこか晴れやかな顔をしていた。
「いや、俺が賭けに勝ったのと同じことをそっちもやって見せたってだけだよ。……それに、全力で考えて全力で攻撃するのが、凄く楽しかった。だから謝る必要なんてない」
「……そっか」
「じゃあターンエンドだ。さ、お前の本気も見せてくれよ」
「わかった。スタンド、ドロー。……ねえサチ。本当に、本当にありがとう」
「え、何が?」
「僕、他人にヴァンガードを教えるなんて初めてだから。君がこんなに楽しそうにファイトしてくれることが、とっても嬉しい」
そう言って、心から幸せそうに微笑む。
「それは……それは、こっちの台詞だ」
「え?」
「この足になってから何もかもが嫌になってて、でも今日久しぶりに笑えた気がする。まだ楽しいって思えることが残ってたって気付けたんだ。だから、その……ありがとう。ミコト」
「……ふふっ、あははは!」
照れ臭そうに言い返すサチを見て、ミコトの微笑が面白がるような笑顔へと変わった。
「何、あんまり笑われると恥ずかしいんだけど」
「ごめんごめん。ただ凄いなって。一回ファイトしてるだけなのにどっちもが幸せになれちゃってさ。やっぱりヴァンガードは面白いなあって、そう思ったの」
「……お前、ヴァンガードが好きなんだな」
「勿論。大好きだよ。デッキを組むのも、ファイトをするのも、カード1枚1枚も……そして、この子も」
そう言いながら手札の1枚にそっと手を指をかけ、数秒思いを馳せるように目を閉じてから。
「見せてあげるよ、サチ。僕のエース、僕の相棒。最高の切り札を」
真っ直ぐな瞳を向けそう言い放ち、カードをヴァンガードサークルにそっと置く。
「ライド。『黒装傑神 ブラドブラック』」
いつの間にか想像の中のクレイでは日が落ち、夜の静寂が両軍を包み込んでいた。
月明かりだけが輝くその世界に、音もなく降り立つ影が一つ。
それは機械仕掛けの紳士。
ステッキにも似た武器を片手に、黒き鋼に身を包み、頭部には仮面を模した装飾。
「……ぁ」
その瞬間、「このターンをどう凌ぎ切ろう」だとか、「次のターンどう立て直そう」だとか、そんなサチの思考は全て停止した。
目が、意識が、イメージが、一点に吸い込まれていく。
一目惚れだった。その黒き巨人のカードに、倫道サチはどうしようもなく魅了されてしまったのだ。
「おーい。ねえ、大丈夫?」
「……あ、ああ。悪い、ボーッとしてた」
サチが見惚れている間にミコトの陣形は完成していた。
前列には前のターンを生き残った『プラチナム・エース』、新たにコールされた『ミラクル・ビューティー』、そして先導者たるミコト自身の魂を宿した『ブラドブラック』。
後列にも『ミラクル妖精ララビィ』や『宇宙勇機グランザイル』が並ぶ。
「最後に『ブラドブラック』のスキルを使うよ。カウンターブラスト。前列の3枚のパワーを10000アップ」
「待て待て、それって全部のアタックが+10000ってことか!?」
「そういうこと。『ミラクルビューティー』でアタック!」
「だ、『ダイレーサー』でガード!」
攻撃は失敗。だがミコトの陣営にとってこれはあくまで前座に過ぎない。
「じゃあ本命行くよ、『ブラドブラック』でヴァンガードにアタック!」
「『ダイヤモンドエース』!」
赤い翼をマントの如く広げ、『ブラドブラック』が飛ぶ。
その前に立ちはだかるのはディメンジョンポリスの誇る最硬の盾。
「ツインドライブ!」
そう言い放ちカードを捲るが、それら2枚の右上には何のマークも描かれてはいない。にも関わらず、ミコトの表情は以前として自信に満ちていた。
それもその筈、『ブラドブラック』には自軍を強化するスキルともうひとつ、必殺とも言うべき力が備わっている。
「『ブラドブラック』の攻撃終了時、スキルを発動!山札の上から7枚見て、グレード3を1枚手札に加える。選ぶのは『ミラクルビューティー』!」
「手札補充……?」
「ここからが本命。相手のヴァンガードがグレード3以上の時に手札を2枚捨てることで、手札のグレード3にライドできる!」
「なっ……!?」
攻撃を防がれた『ブラドブラック』が手に持ったステッキを一振り、すると漆黒の霧がその身体を包み込む。
そしてその内より、霧を突き破って一直線に飛び立つ光があった。
『ミラクル・ビューティー』。奇跡を呼ぶ女戦士である。
「イマジナリーギフト、フォースI!更に『ブラドブラック』のスキルでライドしたユニットのパワーを+10000、代わりにドライブ-1!」
「スタンド状態……もう一度攻撃できるってことか……」
「それだけじゃないよ!『ミラクルビューティー』での攻撃時、スキル発動!リアガードの『ビューティー』をスタンドする!」
奇跡が更なる奇跡を呼び、もう1人の女戦士も立ち上がる。更に反対側には未だ攻撃可能な白金の戦士。
前のターン手札を攻撃に費やしたサチに防ぎ切る術はない。
「ノー、ガード……」
「シングルドライブ!よし、クリティカルトリガー!」
追い打ちとばかりに表向きになる『ジャスティス・コバルト』。
クリティカルの上がった攻撃が無抵抗の『ダイユーシャ』を貫いた。
「ダメージチェック……」
捲られたのは『次元ロボ ダイスクーパー』。右上には何のマークもない。
「これで俺の負け、だな」
6枚目のカードがダメージゾーンに置かれる。
それと共に想像の世界の『ダイユーシャ』もまた光となって消え去っていく。
こうして、サチの初めてのファイトは敗北という結果で終わりを迎えた。