「これで俺の負け、だな」
ダメージゾーンに置かれた6枚のカードを見て、サチはそう呟く。
「うん、今回は僕の勝ち。……えっと、どうだった?初めてのヴァンガード」
ミコトに不安げにそう尋ねられ、暫しの沈黙の後笑って答える。
「凄く楽しかったよ。ありがとう」
「……うん、うん!どういたしまして、サチ!」
嬉しそうにそう言うミコトの目には涙が浮んですらいた。そんな様子を見てサチは続ける。
「それからさ。さっきお前がライドしたユニット……『ブラドブラック』、だっけ。あいつ、カッコいいな」
「そう思う!?この子の良さわかってくれる!?」
「ああ、恥ずかしいけど、正直本当に見惚れてた。自分の頭に浮かべてた想像……いや、イメージか。それがあのユニットに吸い込まれるみたいな。そんな感じだった」
「わかる、わかるよ!本当に格好いいユニットを見た時ってそうなるんだよね!その子が戦ってる姿が勝手に頭一杯に広がってくの!僕もね、さっきのターン、君の『ダイユーシャ』から目が離せなかったもん!」
弾んでいく会話。たった一度のファイトを通して、二人は完全に意気投合していた。
しかし、時間も体内時計も待ってはくれない。話し続けている内に二人の瞼は少しずつその重みを増していった。
「……そろそろ寝た方がいいか」
サチの言葉にミコトも寂しそうに頷く。
「だね、名残惜しいけど」
「じゃあ、これも返しとかないとな」
そう言って借りていたデッキを返そうとするが、ミコトは微笑んで首を横に振る。
「それは君が持っていてよ。僕は元々あんまり使ってあげられてないし……それに、君はそのデッキを使いこなしてた。きっと君が持っていた方がその子達も幸せだと思う」
「いや、でもそれは流石に……」
「じゃあさ」
申し訳ない。そう続けこうとした言葉が遮られた。
「明日もここに来てもいい?いや、明日だけじゃなくてこれから毎日、夜になったらファイトをしようよ。だからその為に君にデッキを渡しとく。……ってことでどうかな」
「それは……。良いな、凄く楽しそうだ」
「決まりだね。……じゃあ、また明日!」
その後自分の病室へと帰っていくミコトを見送ってから、看護師の助けを借りて布団に入った。
天井を見上げ、今夜の出来事を思い返す。
病室を間違えて入ってきた白髪の少年のこと。
その彼に教えてもらったカードゲーム、ヴァンガードを楽しいと感じたこと。
久しぶりに、心の底から誰かと笑い合えたこと。
彼の繰り出した漆黒のユニットの虜になったこと。
そして彼に言われた言葉のこと。
「……今手元に持ってるものと向き合う、か」
言った張本人にとってはきっとヴァンガードのアドバイスのつもりだったのだろう。
だがサチはこの言葉を聞いたとき、それまで足を失ったことで塞ぎ込んでいた自分自身を撃ち抜かれたような感覚を覚えた。
「……救われたんだな、俺。あいつに」
言葉にして、自覚する。彼の言葉が自分にとっての光になったことに。
失った物があり、他人と違う自分であったとしても、幸せを感じることはできるのだと。
その為に必要なことは、過去の後悔でも未来への不安でもなく、今手元にある何かを見つけることだと。
そして、自分はそれをしても良いのだと。そう許されたような気分だった。
その日以降、ミコトは毎日夜になるとサチの病室を訪ねてきた。
やることは勿論ヴァンガード。時間はあまりないため一日一戦か二戦が限界だったが、それはサチにとって何より幸せな時間だった。
リハビリがどんなに辛くても、将来がどんなに不安でも、ファイトの間だけはそれらを忘れることができた。
最初はぎこちなかったプレイングも日に日に上達していき、ミコトの余りのカードを借りてデッキの改造も行った。
ある時は手札枚数を重視して『アーミーペンギン』を投入したドロートリガー8枚構成。
またある時は逆に攻撃一辺倒にしようと守護者を『宇宙勇機グランビート』に変えたクリティカルトリガー12枚構成。
「決まれば強いかもしれない」と言って、『次元ロボ ダイファルコン』を4枚入れようとした際にはミコトに全力で止められた。
そんな日々を送り、しかし一度もミコトには勝利できないまま10日が過ぎた。
「……サチ、こんばんは」
その日、ミコトが病室を訪ねてきた時間はいつもより1時間程遅かった。
口調もいつものような活力に満ち溢れたものではなく、瞳はどこか気まずそうに下を向いている。
「ああ、こんばんは」
サチはその異変に気付いてはいたが、わざわざ踏み入る物でもあるまいと気にしないことにした。
「じゃあ、今日もよろしく」
「……うん、よろしく」
「「スタンドアップ、ヴァンガード!」」
「『次元ロボ ゴーユーシャ』!」
「『リトルヒーロー・ドラコキッド』」
「『黒装傑神ブラドブラック』にライド」
ターンは進み、ヴァンガードサークルに現れたのはミコトの相棒。
その登場とともにイマジナリーギフト・フォースIがサークルに展開される。更に続々と登場するリアガード達。
「スキル発動。前列全てのパワー+10000。『ブラドブラック』でアタック」
「パワーは高いけどクリティカルは1、ノーガード!」
「ツインドライブ……、トリガーなし」
「ダメージチェック、こっちも何もない」
「スキルで『ブラドブラック』の2枚目を手札に。『プラチナム』でアタック。スキルでパワーとクリティカルをプラス」
「『ゴーレスキュー』!」
「……『アーミーペンギン』でブースト、『ミラクルダンディー』でもう一度」
「ノーガード。チェック……よし、ドロートリガー!」
10日間のファイトの中でサチはすっかりヴァンガードのルールとディメンジョンポリスデッキの扱いをモノにしていた。
相手の攻撃を的確に捌き、ダメージを最小限に抑えて見せる。
その姿を見て、ミコトが感慨にふけるように呟く。
「……凄いな、もう初心者なんて呼べない。立派なヴァンガードファイターだよ」
「お前のおかげだよ。……まあ、立派と言いつつ一度も勝ててないわけだけど」
「僕にも先導者としての意地があるからね。そう簡単に負けてはあげない」
「……先導者?」
先導者。世界観の説明の際に聞いた覚えがあるものの、それはあくまでヴァンガードのユニットやクランを導く者という意味だったはずだ。
そんな困惑が表情に浮かんでいることに気付いたのか、解説を挟んでくる。
「リアガード達を導くっていうのも先導者、ヴァンガードだけどそれだけじゃないんだよ。他のファイターを導く存在。ルールを教えただとか、ファイターとして胸を貸しただとか。ファイター同士が導き、導かれる関係でありますようにって意味でもあるんだって」
サチは思わず感心してしまった。実際ミコトと出会いヴァンガードを知ったことが救いとなった自分は、まさにその理念通りの運命を辿っていたことになるからだ。
「……なるほど。なら確かに俺の先導者はお前ってことになるな。お前がいなければヴァンガードなんて名前すら知らなかったわけだし」
「そっか。うん、そう言ってくれると嬉しい」
だが言葉とは裏腹にその表情はますます暗いものになり、視線も寂しげに下を向く。
その様子が見ていられず、ついにサチは見てないフリをやめることにした。
「なあ、お前今日どうした?嫌なことでもあった?」
そう聞かれたミコトは暫くの間葛藤するように下を向く。
数秒の後恐る恐るサチの方へ向き直り、そして告げた。
「……ごめん。実は僕、明日の朝には退院しちゃうんだ。だから、今日のこれが最後のファイトになる」
「……!」
考えてみれば、一人で歩くことが出来る程度の症状であるミコトと車椅子に乗らなければならなかったサチとで入院期間が違うのは当たり前だった。
だが毎晩のこの時間を救いに日々を過ごすことが当たり前になっていたサチは、それに気付いていながら目を逸らしていた。
「本当にごめん。楽しいって言ってくれたのに、それを奪うみたいになっちゃった。それに君を一人にしちゃう」
「……いや、大丈夫だよ」
「えっ……」
寂しいという感情は隠さずに、けれども笑ってサチは続ける。
「お前はヴァンガードのやり方を教えてくれた。カードゲームなんだからルールさえ知ってればいつだって誰とだってファイトできる。……だから、お前ともまたどこかでファイトできるだろ」
「……それは」
「そういう訳だから!……まずはこの最後のファイト、勝たせてもらう」
「……わかった。受けて立つよ」
ファイトが再開される。ライドフェイズ、サチが選んだのは初めてファイトした日と同じカード。
「『超次元ロボ ダイユーシャ』にライド!イマジナリーギフト、フォースI!更にコール!」
並び立つ次元ロボ達。そのスキルが連続で発動することで、『ダイユーシャ』はあっという間に自身のスキルの発動条件を満たす。
「『ダイユーシャ』はパワー43000、よってクリティカルを1追加!更にコールだ、『次元ロボ ダイファルコン』!」
「なっ……!」
使いづらいから4枚はやめておけ、と言われたカード、『ダイファルコン』。
その言葉に従ったは良いもののやはり諦めきれず、サチは1枚だけデッキに投入していた。
「行くぞ、まずは『ダイダンパー』で『ダンディー』を攻撃!」
「『プラチナム』!」
シールドの高いユニットを優先し、攻撃の要である『プラチナム』を防御に回す。
「行くぞ、『ダイスクーパー』のブーストで『ダイユーシャ』!」
「『グランレスキュー』、『ジャスティスコバルト』、『グローリーメーカー』!『ミラクルダンディー』もインターセプト!」
シールドと元のパワーとの合計は73000。攻撃側は51000。トリガーを2枚引いてもヒットすることはないガード値である。
「ツインドライブ!……よし、ダブルクリティカル!」
捲れたカードは『ダイバトルス』と『ダイレーサー』。
必然的にクリティカルトリガーである2枚の効果は全て『ダイファルコン』へと回る。
『ダイユーシャ』の剣は4体のユニットに阻まれ『ブラドブラック』に届くことはなかったが、サチは表情を崩さず高らかに宣言する。
「『ゴーバイカー』のブースト、『ダイファルコン』!」
パワー31000、クリティカル4。ヒットすれば最初の日のようなヒールトリガーすら打ち破れる値。
だが。
「『グランレスキュー』!」
「……ダメか」
それもヒットすればの話。
ガードにより合計33000となった『ブラドブラック』のパワーには届かず、『ダイファルコン』渾身の爆撃は弾かれる。
「うーん、上手くはいかないもんだなあ。ターンエンド」
苦笑しながらターンをミコトに渡す。
「だから扱いにくいカードだって言ったじゃん」
それ見た事か、と唇を尖らせる。
「悪い悪い、一度使ってみたいなって思ったんだよ」
「……君が楽しいなら良いけど」
やれやれとため息を吐きながらユニットをスタンドさせ、カードを引く。
「……でも、そうやって使いたいカードを自分で選ぶくらいにヴァンガードを好きになってくれたってことなんだよね」
「ああ」
迷いのないその肯定に、ミコトは今日初めて笑顔を見せた。
「行くよ、サチ!コール!」
呼び出されたリアガードは2体。
前のターンに手札に加えたもう1体の『ブラドブラック』、そしてこのターンに引いたのであろう『コスモビーク』。
「『コスモビーク』のスキル!そして『ブラドブラック』のスキル!」
「これで三列全部のパワーが上がったってわけだ」
「その通り。さあ、攻撃に移るよ!まずはヴァンガードの『ブラドブラック』!」
ミコトの宣言とともに、想像の世界で黒き神が先陣を切り飛び立つ。
掲げられた杖の先、紫の水晶に光が集まっていく。
「『ダイバトルス』、『ダイレーサー』、『ダイブレイブ』!」
立ちはだかるのは赤と青、そして白、3体の次元ロボ。パワー差は15000。
「ツインドライブ!」
捲られた2枚にトリガーマークはない。
そしてこれで終わりではないことはサチも覚悟の上である。
「スキル発動!山札の上から7枚見て、『超次元ロボ ダイユーシャ』を手札に!ツインドライブの2枚を捨てて、『ダイユーシャ』にスペリオルライド!」
『ブラドブラック』の漆黒の装甲がパージされ、その内から現れたのはサチと同じ『ダイユーシャ』。
「イマジナリーギフト、フォースIでパワー10000を得る!更に『ブラドブラック』のスキルでもう10000パワーアップ、代わりにドライブ-1!」
「……そして、35000以上のパワーになったことでクリティカルも上がる、か」
「さあもう一回だ!ヴァンガードでアタック!」
「『ダイヤモンドエース』!」
「なっ!?」
鏡写しの2体の勇者の間に障壁が展開される。
サチが取っておいた切り札である完全ガードが、クリティカル2のアタックを許さなかった。
「でもまだだよ。減ってるとはいえドライブチェックは出来る。シングルドライブ!」
「……」
「……ゲット、クリティカルトリガー!」
「マジかよ!?」
「効果は全てリアガードの『ブラドブラック』に!」
捲られた『ジャスティスコバルト』が、攻撃を控えたミコトの相棒を奮い立たせる。
そして対するサチに残る手札はない。
「『ブラドブラック』で、ヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
サチの悔しげな、けれども晴れやかなその宣言とともに、水晶から放たれた光の束が『ダイユーシャ』を貫いた。
「ダメージチェック……、トリガーなし。俺の負けだな」
「あーあ、結局一度も勝てなかったか」
「言ったでしょ、意地があるって」
そう言い得意げに胸を張るミコト。
だがすぐにその表情は寂しげな物に変わる。
「……これでお別れ、だね」
「そうだな。……うん、さっきはああ言ったけど、やっぱ寂しい」
「だよね、やっぱり」
「ああ。……だからさ、一つ約束をさせてくれないか」
「約束……?」
そう聞き返すミコトをじっと見据え、サチは誓うように宣言する。
「俺はこれからも、退院してからもヴァンガードを続ける。で、もっと強くなる。……そうして、いつかお前に再開したら、その時こそお前に勝つ」
「サチ……」
「絶対にだ。だから、そっちもヴァンガード続けててくれよ」
「……そんなの、当たり前じゃん」
ミコトもその宣言に応えるように、目に浮かんだ涙を拭い微笑む。
それから暫く考えるように自分のデッキを見つめ、そこからカードを4枚抜き出した。
「サチ。これ、受け取ってくれないかな」
「これって……!」
渡されたカードを受け取り、驚愕の表情を浮かべる。
その4枚は全て同じカード。
ミコトが自らの切り札と称したユニット、『黒装傑神 ブラドブラック』だった。
「いやいや待て待て!これってお前のデッキの、それもお気に入りのカードなんじゃ……」
慌てて返そうとするが、ミコトは首を横に振りそれを制する。
「君はこの子をカッコいいって言ってくれた。それがすごく嬉しかったんだよ。だから、僕が君にこの子を使って欲しいんだ」
「ミコト……」
「それにさ。この子を持ってれば、使う度に約束のこと思い出してくれるでしょ?」
「なくったって忘れないよ。……でもそうだな。ありがとう。ずっと、ずっと大切にする」
「大切にしすぎて仕舞い込まないでね?」
「ちゃんと使うって」
悪戯っぽくそう言うミコトに突っ込みを入れて、お互いに笑い合う。
そして数秒無言の時間が続いた後、ミコトは立ち上がり後ろを向いて、病室の扉の方へ向かう。
取手に手をかけて立ち止まり、名残惜しそうに切り出した。
「じゃあね。さよなら。……いや、またね」
「ああ。……待ってろよ、絶対一泡吹かせてやるから」
その言葉を聞いて、ミコトはもう一度サチの方を向く。
「うん。待ってる」
涙と笑顔とで輝くその表情を、そしてその言葉を、倫道サチは一生忘れることはないだろう。