第3話:ある4人の春休み
幼い頃から人付き合い以外に関しては器用だった少年、倫道サチには勝てないと感じる相手が二人いる。
そのうち一人は自分と得意分野が真逆すぎて勝敗を統計すると必ず同点になるので、結局最後まで勝つことが出来ないまま親の転勤を理由に逃げられてしまった。
もう一人は自分より何かで特別秀でているというわけではないのだが、どこかこちらを見透かしたかのような態度をとるために敵わないという意識が未だに拭えない。
3歳上の兄、倫道サツキがこの後者にあたる。
3月下旬。車を降りた倫道家一同の目の前には、一棟の高層マンションが聳え立っていた。
綺麗な外装、整備された広い廊下、そして最新式のセキュリティ。
決して安い物件でないことは、サチにも一目で理解できた。そして彼は呟く。
「……どうしてこうなった」
そもそもの始まりは2週間程前、3月の半ば。その頃には既にサチは病院を退院していた。
医者の宣告通り足が完治することはなかったが、杖を使えばどうにか移動できる程度には回復した。
と言っても杖で歩くのは体力を使い痛みも伴う上に、入院生活の中ですっかり慣れてしまったこともあり基本的には車椅子での生活を続けているのだが。
そして中学の卒業式を終えたサチの前で兄、サツキがこんな話を切り出してきたのだ。
「ああサチ。引っ越しするから、お前も準備しとけよ」
「は?」
サチが事故の前に合格していた高校の名は宮日市立風根高校。
元々住んでいた町、小江山からは電車と徒歩を合わせて40分程の場所にある。
普通に通う分には決して苦になる距離ではないが、今のサチは事情が事情。そこで家族で相談した結果、宮日市内にある徒歩数分の距離の新居に引っ越すことに決まったというのだ。
「……俺初耳なんだけど」
「そりゃそうだ、僕は言ってないからな」
「いや言えよ」
「だって言ったらお前、申し訳ないって反対するだろ」
「うっ……」
図星を突かれて反論に詰まる。実際、この怪我を負った際に家族には迷惑をかけないようにしようと決めていたのだから。
「ま、お節介な家族を持ったのが運の尽きだと思えよ」
そう言って部屋を出ていく兄の背中を、サチはただ見送ることしかできなかった。
そうして今日引っ越しは決行され、サチは新しい自室へと案内された。
既に荷物の運び込みは八割方完了。自身の身体に配慮された背の低い棚に囲まれて、受け取ったそれらを整理している最中である。
「高校の教科書とノート。こっちはゲーム機、んで漫画。後は……」
主だった持ち物を棚や机に片付けたところで、それらと共に取り出したデッキに目を向ける。
「あれからもう1ヶ月、か」
病院で出会った少年と、彼に教えてもらったカードゲーム、ヴァンガード。続けると決意したは良いものの、退院してからファイトはほとんど出来ていない。
というのも小さな町である小江山にはまともにカードショップなどなく、カードの調達も対戦相手の確保もままならなかったのだ。
それでも、貰った『ブラドブラック』とその他余りのカードを用いてデッキの調整は欠かさず行なっていたのだが。
「……約束、したんだもんな。強くならないと」
そのために何より必要なのは対戦相手である。互いに競い合い、高め合えるようなライバル。
高校でそんな相手とは出会えるのか。出会えたとして、自分は強くなれるのか。期待と不安とに満ちた将来に意識を向ける。
「なんだ、お前ヴァンガードやってたのか?」
「うおっ!?」
その意識は、突如後ろから声をかけてきた何者かによって現在へと引き戻された。最も、自分の部屋と事情にズカズカと踏み入ってくる存在などサツキしかいないのだが。
「ノックくらいしろっての」
「開けっ放しの扉はノック出来ないなあ」
くつくつと笑い混じりに返される。
開いてたからって入って良いってことじゃない、とか自分の荷物の整理はいいのか、とか反論はいくつか思いついたが、経験上適当に丸め込まれるだろうと予想が付くので飲み込んでおく。
「……てか兄さんもヴァンガード知ってたのか」
「昔ちょっとやってたってところだな。最近は全く触れてない」
「相変わらずだなアンタ」
兄は一言で言えば気まぐれである。興味を持てば何事にも手を出すが、その気がなくなればすぐ投げ出す。そんな彼の相手をしていたからこそ自分の器用さがここまで鍛えられたのだと考えると、一概に批判することも出来ないのだが。
ともかく、そんな彼がノリでヴァンガードに手を出していたとしても何も不思議ではない。
「……じゃあ、頼めば相手してくれたりするのか?」
そう期待して問いかけてみるが、サツキは少し考え込んでから首を横に振る。
「いやー、やってない間にデッキどっか行っちゃったから無理だな。悪い」
「なくしたのかよ」
安くない物だろうに、と内心呆れ返る。だがこういう言い方をするならば、見つかれば相手してくれる可能性は否定できない。
「じゃあ探しといてくれよ。見つかりさえすれば相手してくれるんだろ」
「へいへい、僕なりに前向きに善処しときますよ。だからそれまでは学校で相手見つけてやっといてくれ」
そんな誤魔化しの常套句を交えながら、ひらひらと手を振ってサツキは部屋を去っていった。
「学校で、相手を……。出来るのかな、俺に」
元々人付き合いが苦手な自分、そして人と違う事情に苛まれた自分を思いボソリと呟く。
「……いや、やらないと。それが出来るって教えてくれたのは、救ってくれたのは、あいつなんだから」
そう言って少年との約束の証、『黒装傑神ブラドブラック』にそっと触れた。
「ってことがあってさ。いやサチには悪いことしたなと」
「んな兄弟のあれこれをわざわざ彼女に報告してくんな」
溜息混じりの女性の声が聞こえる携帯電話を右手に、そして先程紛失したと言ったはずのデッキを左手にサツキは自室のベッドに腰掛けていた。
「でもなんでそんな嘘ついたの。してあげればいいじゃない、対戦相手」
「それでも良いかなーって思ったんだけどな」
「面倒くさかったとか?」
「お前僕のことなんだと思ってるの?」
「冗談。流石にそこまで物臭だとは思ってない。で、本当の理由は?」
そこまで、ということはある程度は思っているということではないか。そう言いたい気持ちをぐっと堪えて質問に答える。
「……サチは基本何でも出来る器用なヤツだけどさ、人付き合いになると途端に不器用になるんだよ。しかも今は足っていうコンプレックスまである。都会に引っ越して、高校に入学しようって今はそれを乗り越えるチャンスだと思うんだ。そんな時に僕っていう遊び相手の逃げ道があったら、きっとそれに甘えるだろうから」
「だから敢えてその逃げ道を塞いで、新しい友達を作るほかないようにしてやったってこと?……意外。結構考えてるんだ」
「意外って」
仮にも彼氏である相手を一体なんだと思っているのか。そう思う一方で、感心されたことを嬉しいと感じてしまうのは惚れた弱みというやつなのだろう。
「でさ、ひとつ頼みたいんだけど」
「んー?」
「あいつが前に進めたら、その時にはちゃんと相手してやろうと思うんだ。だから……」
「その時に備えて練習させてくれ、ってことね。おーけーおーけー、その代わり手加減はしてあげないから」
受話器の向こうの女性、江堂サイカはそう言ってふふんと鼻を鳴らした。
『CardShop Miacis』と書かれた木の板を両側から支える二匹の猫。そんなデザインの看板を掲げた店の中で、今まさに一つのファイトが決着しようとしていた。
「『無双剣鬼サイクロマトゥース』でヴァンガードの『スケルトンの海賊船長』にアタック!」
そう高らかに叫んだのは、艶やかな髪を後ろで一つに結んだ少女。
「ノーガード、ダメージチェック……俺の負けだ」
相手の少年のダメージゾーンに6枚目のカード、『キッキング・フランガル』が置かれる。
「よし、私の勝ちだな。対戦感謝するよ」
「こちらこそ。……相変わらず鬼みたいな強さだな」
「君のデッキも面白かった。『海賊船長』と『パンチング』、『キッキング』で毎ターン手札を使わずラインを整える、か。ハンデスが効きづらい相手の対策もしておかなければな……」
「おっ。キリカちゃーん、また勝ったの?」
「三秋さん。……まあ、辛勝でしたが」
カウンターから身を乗り出したエプロン姿の小柄な女性に声をかけられ少女、キリカは苦笑を浮かべる。
「またまた、謙遜しちゃって。途次キリカと言えばうちの店のエース、看板ファイターなんだから。自信持ちなって」
「自信がないわけではないですよ。ただもっと上手くなれる筈だと思うだけです」
「おおストイック」
途次キリカはこの店の客で最強と呼ばれるファイターである。
現在15歳、使用クランはメガコロニー。4年前、店がオープンしたその日以来毎日のようにここを訪れている。
ファイトの腕と快活な性格、美少女と呼んで差し支えない容姿とが合わさって、この店のシンボルマークとすら呼べる存在になっていた。
「にしても、あの頃はこーんなだったキリカちゃんも遂に高校生かあ。すっかり逞しく成長しちゃって」
「……逞しい」
「失礼。凛々しくなっちゃって、ね」
年頃の少女に何を言うか、という目で睨まれたので言い直す。その訂正に『逞しいのは最初からだったものね』と付け加えるのはやめておくことにした。
「でも感慨深いのは本当よ?もう私にとってキリカちゃんは娘みたいなものなんだから」
「まあ、4年も通い続けたらそうもなりますか」
「そうそう。それで、キリカちゃんは高校で楽しみにしてる行事とかあるの?」
「行事、ですか」
思案するように首を傾げ、しかしすぐにポンと手を叩く。
「やはりヴァンガード高校生選手権ですよ。正直今から待ちきれません」
ヴァンガード高校生選手権。12月の個人戦と1月の団体戦の2部門に分かれた現役高校生限定の全国大会。
年齢制限有りの大会としては最大級の規模を誇り、若いヴァンガードファイターから見ればまさに憧れの舞台である。
……『逞しいと言われて不機嫌になるような年頃の少女』が真っ先に挙げる行事として適切かはともかく。
「去年の大会見た後もいつも以上に熱入ってたもんねえ。えーっと、さ、さ……」
「沙霧ココロ、ですね」
「そうそうココロちゃん。去年個人戦でも団体戦でも勝って二冠制覇だーって話題になってたっけ」
「ええ。……本当に凄まじかった。高校生になった今、私も彼女のようにあの舞台で結果を残したいんです」
そう、右の手にぎゅっと拳を作って頷く。
「良いねえ、うちの店も全力で応援するよ」
「ありがとうございます。……そのためにも、チームのことを考えないとですけど」
個人戦なら自分自身の実力を高めるだけで良い。そしてキリカにはそれが出来る。
だが団体戦にも出るならそうはいかない。デッキ、戦法は勿論、支え合う仲間として誰を選ぶかで精神的な状態も変化するのだから。
「……大丈夫だよ。きっと良いファイターと出会える。だってキリカちゃんが良いファイターなんだから」
確信を込めたその一言に、キリカの表情が少し和らぐ。
先程ファイトした少年の「途次ー、デッキ弄ったからもう一度頼むわー」という声が飛んできたのはちょうどその時だった。
「任された、今行く。……では、失礼します」
「はいはい、行ってらっしゃい」
手を振り見送ってから仕事に戻る。
やっぱり気になって少しファイトスペースの方を覗いてみれば、先程の不安な表情は何処へやら、対戦相手と想像の惑星クレイを真っ直ぐに見つめてカードを振るう少女の姿。
そしてヴァンガードサークルには彼女の相棒、『無双剣鬼サイクロマトゥース』。
「……それで良いんだよ。ファイトを楽しんでる貴方こそが貴方の自然体。結果は後から付いてくるんだから」
宮日市は同県の中では発展した部類だが、当然何処も彼処もという訳ではない。
駅から十数分も歩けば寂れた住宅街に出る。
その一角、お世辞にも綺麗とは言えないアパートの一室に、この春高校2年生となる白銀セイガは母親、そして姉と三人で住んでいた。
「支度は大丈夫?もう新学期まで5日ないわよ?」
「大丈夫だっての。心配性だな」
姉は学校で勉強とのことで、二人での夕食の最中。心配を隠しきれないという声色の母親に溜息で返す。
「でも昨日も一昨日もアルバイトだったでしょう?宿題とかの時間取れてたの?」
まだ言うか、と心の中で呟く。流石に口には出さないが。
「この通り、やるべきことは全部やってありますよっと。つーわけで明日もバイトに集中できる」
これで満足だろうと話題を切り上げようとするが、母親はなおも納得いかないという様子でセイガを見つめる。
「んだよ。やるべきことはやった、金も稼いだ。何の問題があるってんだ」
その視線が耐えられず、つい声を荒げてしまう。
「……それで、やりたいことは出来てるの?」
「ッ……!」
「やるべきことをやってるのは知ってる。アルバイトも助かってる。でも、それだけじゃないでしょ」
「……ないよ、そんなもの」
息子のそれが嘘であると母親にはすぐにわかったし、見抜かれることはセイガ自身もわかっていた。苦し紛れの言葉である。
そしてその答えが母親の口から放たれる。
「じゃあヴァンガードは」
「ご馳走様。部屋戻る」
ヴァンガード。そう言われるや否や強引に話を切り上げ、食卓を後にする。
「ヴァンガードなんて、やりたいに決まってんだろ」
自室の扉を閉め、吐き捨てるように呟く。
白銀セイガはヴァンガードが大好きだった。否、今でも大好きである。
だがそれでも、今の自分にはやるべきことがあって、そのために全ての時間を費やさなければならない。そうしなければならないと、このボロアパートに引っ越してきたあの日に決めたのだから。
「父さん」
今はいない人の名前を呼んで、そんな無意味なことをする自分が嫌になる。気晴らしに勉強をすることにした。
ノートを取り出そうとして、ポロリと何かを一緒に落としてしまった。拾い上げたそれは、彼が本当にやりたいことの結晶。つまりヴァンガードのデッキ。
「……良い加減諦めろよ、俺。無理なもんは無理なんだから」
自嘲気味に呟いてデッキを脇に退ける。そんな彼を見つめるかのように、デッキの一番上のカード、『大義の蒼翼ファウロス』が安物の照明に照らされてキラリと輝いた。
「こーこのっ」
「うわっ!?」
ついこの間卒業したばかりの中学の前で携帯を弄っていた少女、戸々乃スイは突然背後から親友に話しかけられ、飛び退くように振り向いた。
「驚かせないでよ、心臓に悪い」
「あっはは、ごめんごめん。……で、戸々乃は何やってたの、こんな所で」
「この学校に来ることももうないんだって思ったらちょっとね。中1の頃にここに来て、不安だらけな私を皆受け入れてくれて。それが嬉しかったなーって、そんな思い出に浸ってたの」
「お父さんの転勤で来たんだっけ」
「そ。小学生の頃にも一回あったから二回目の転校なんだけど、やっぱり不安はあったから。凄く助かった」
「それは私も同じ。戸々乃と遊ぶの最高だったし」
懐かしげにぽつりぽつりと話すスイの肩を優しくポンと叩く。そのまま無言で数秒微笑み合った所で親友、戸畑ナミはその笑みを意地の悪い物へと変える。
「と、こ、ろ、で。さっきチラリと画面が見えたんだけどさー。あの男の子、だーれ?」
「げっ」
見られてたか、と心の内で舌打ちをする。
「まさかいつの間にそんな相手が……」
「違うから。一回目の転校より前の時の写真だから」
そう事実を伝えようとするがナミはなおも興奮して続ける。
「ってことは元カレか!一回目の転校は小学生の頃だったんでしょ?まさか過去の親友がそんなマセたヤツだったとは……」
「違うっつってんでしょうが。普通に親友だったってだけで、今何してるかも知らないし」
戸々乃スイは元カレの写真をいつまでも見つめてるような人間である、などという根も葉もない噂が広がっては堪ったものではない。具体的にはただでさえ来ない春が更に遠くなる。
「ちぇー残念。別の学校に行く前に面白い話聞けると思ったのになー」
「別の学校に行く、は人の弱みを探る理由にはならないから」
「悪い悪い。……でも写真にして残してるなんて、そんなに大切な友達だったんだ」
「……うん、それは勿論。色んなことで勝負したりして、凄く楽しかった。結局引き分けで終わっちゃったけど」
今度は揶揄いではなく素直な興味のようだったのでこちらも素直に答えてやる。と言っても先ほどまでの弁明も全て紛れもない事実なのだが。
「流石親友、昔から良い友達を持ってたんだねえ」
「やめてよ恥ずかしい。……ところでこの後空いてる?ちょっと相手してよ。デッキ改良したからさ」
そう言って鞄からデッキを取り出す。その一番上には自身の切り札、『修羅忍竜フゼンコンゴウ』。
「おっ良いじゃん。よーし今日こそコテンパンにしてあげよう!」
そう言って走り出すナミを追いかけようとして、最後にもう一度携帯の写真に目をやる。
幼い頃の自分とその親友にしてライバルだった少年が並んで笑い合っている。特技も性格も真逆だったが、それでも誰より一緒にいて楽しかった相手。
「……今何してるんだろうな、あいつ。元気でやってると良いけど」
昔のことを鮮明に思い出すのは久しぶりだったからか、思わずそんな言葉が口から溢れた。
その『あいつ』、倫道サチの身に降りかかった不幸を彼女はまだ知らない。
10/26:キャラ名を仮の時のままにするという痛恨のミスをしたので修正しました。戸々乃レイカ改め戸々乃スイです。