「小江山から来ました。倫道サチです。こんなナリですが見た目ほど苦労はしてませんので、気にせず接してくれると嬉しいです。これからよろしくお願いします」
4月上旬。あちらこちらで真新しいランドセルやら制服やらが煌めいている季節。
例に漏れずシワ一つない制服に身を包んだ倫道サチは、そんな自己紹介と共に宮日市立風根高校1年5組の一員として入学した。
「はぁ……」
「始まったばっかだってのにどうしたんだお前」
初めての放課後。隣の席の、髪を短く切り揃えた如何にも体育会系という風貌の少年が困惑した顔でこちらを見ている。
というのも、自己紹介が終わってからというもの、サチは疲れたような表情を浮かべたままなのだ。
「……ああ悪い。溜め息は縁起良くないよな。えーっと、御蔵だっけ」
「そうそう、御蔵リョウジだ。倫道だったよな、よろしく」
「ああ、よろしく」
微笑み返すが、やはりその表情からは疲れが滲み出ている。
「……で、結局どうしたんだよ」
「いや、ただでさえ奇異の目があって気まずいのに自己紹介がトリってのはちょっとキツくて」
「あー……」
ただでさえ他人とは違う事情があると一目でわかる見た目をしているのである。悪意があるわけではないことは承知の上だが、それでも物珍し気な目線で見られるのはあまり良い気分ではない。
その上自己紹介は一番記憶に残りやすいタイミング。緊張から襲ってくる心労は予想以上だった。
「正直今日ほど自分の苗字がラ行から始まるのを恨んだことはない」
「そりゃお疲れ様だ。ま、数日もすりゃあ周りも慣れてくれるさ」
「……お前は平然と接してくるんだな」
「中学の頃の部活でさ、試合で怪我やらかして一時期車椅子だったやつがいるんだよ。だから他のヤツよりはそういうのに慣れてるつもり」
どうやら見た目通り運動部に所属していたらしい。
「だから一人で出来ないことあったら手伝うよ。隣の席のよしみってことで」
「……わかった。必要な時はよろしく頼む」
「任せとけ。ああそれから」
思い出したようにそう言い廊下の方をちょいちょいと指差す。
「疲れたんなら向こうに自販機あったから何か買って飲むってのはどうだ。何なら金渡してくれれば俺が行ってくるし」
「流石にそこまで頼めないよ。自分で行く」
申し訳ないという気持ち半分、苦労はしてないなどと挨拶してしまったがための見栄半分でそう答え、車輪を転がし始める。
「色々とありがとう。これからもよろしく」
「おう」
そんなやりとりを交わしてから、先程御蔵が指差した方向へと向かった。
「これか」
目当てのものはすぐに見つかった。
なかなか品揃えも良く値段も手頃。これはこの先お世話になるだろう、などと考えながら財布を開く。
目当てのミルクティーは140円。タイミング悪く10円を切らしていたので100円玉二枚を入れてボタンを押す。
落ちてきたペットボトルを取り出して、もう片手でお釣りの60円を回収しようとして。
ーー50円玉が、空中へと飛び立った。
「なっ……!」
咄嗟に伸ばされた手を壁代わりにして跳ね返ったそれは、重力に従いサチの腿に着地。それで止まってくれれば良かったのだが、そのままコロコロと力なく転がり、曲げられた膝から地面に落ちる。……そして、自販機と床の間の空間に吸い込まれていった。
「……やっちまった」
他人ならば、身をかがめて手を伸ばせば取り戻せるだろう。だがサチにとってその体勢をとるのは非常に難しい。そして50円を諦めるかと言われるとそれも惜しい。どうするべきか、サチの脳内に三つの選択肢が浮かび上がる。
一つ目、リスクを承知で50円玉を取りに行くこと。これは現実的ではない。手が届くとは思えないし、車椅子から落ちでもすれば周りに迷惑がかかる。すぐに思考から切り捨てた。
二つ目、他人に頼んで取ってもらう。一つ目よりは何倍も現実的な案だが、正直気が引ける。他の頼み事ならまだしも「地面にかがみ込んで埃だらけの隙間に手を伸ばしてください」なんて他人に頼むのは流石に申し訳ないと感じてしまうのだ。
となると残る選択肢は一つ。
「勉強代だと思うしかない、か」
たかが50円。これからの教訓にすれば良い。そう自分に言い聞かせて、10円玉のみを財布に納め自販機肖背を向ける。
だがそんなものは慰めにもならない。単純に勿体無いという思いと、初日から上手くいかないなという悔しさとが胸を支配する。
「疲れてるからって飲み物買いに行って、余計に落ち込んでるんじゃ世話ないな」
自嘲を込めてくすりと笑い、教室に戻ろうとして。
「おい、君。そこの車椅子の君」
丁度その時、後ろから投げかけられた澄んだ声。
振り向くとそこには見覚えのない一人の女子生徒が立っていた。
「えっと、何の用?」
「これ、君の落とし物だろう?」
そう言いながら少女が開いた右の手の平には、少し埃がこびりついた50円玉が置かれている。
「これって」
「自販機の下に落ちてた物だが」
「なら確かに俺のだ。……ありがとう」
恐る恐る硬貨を受け取る。財布を開くのは面倒なのでポケットにしまい、改めて相手を見上げた。
真っ先に目についたのはシンプルに一つ結びされた長い髪。もう春だというのに規定の制服の上に深緑のコートを纏っている。
快活な笑みを浮かべたその顔立ちは美少女と呼べるものだが、口調や立ち振る舞いも相まって可愛いというよりもむしろ凛々しいとか覇気があるという方が相応しい。
「でもわざわざ50円のために自販機の下に手伸ばしたのか?なんか、悪いな」
「何を言う、50円は大金だ。ま、次からは気をつけると良い」
申し訳ないという声色のサチを他所に、少女はそう言って踵を返す。向かって行った先を見るに隣のクラス、4組の生徒のようだった。
「……50円って、大金か?」
金を大切に、というのはわかるが流石に大袈裟ではなかろうか。首を傾げながらサチも自らの教室に戻って行った。
教室に戻ると御蔵が驚いたような表情で話しかけてきた。
「お前、途次キリカと知り合いだったのか?」
「途次、ってあの一つ結びの?知り合いじゃないよ。ただ落とし物を拾ってくれただけ」
「なんだそういうことか」
「……あいつって有名人なのか?」
納得したような、少しがっかりしたような表情の御蔵に今度はサチから問いかける。
「俺もさっき噂で聞いただけなんだけどな。なんでもナントカってカードゲームが凄く強くて、もう何度も大会優勝を重ねてるんだと」
「ナントカ……?」
カードゲーム。サチにとってその単語から連想される答えは一つしかない。
「なあ、もしかしてそのゲーム、ヴァンガードって名前だったりしない?」
「あーそれだそれだ、ヴァンガードってやつ!」
ポンと手を叩きながら頷く御蔵。
「……途次キリカ、か」
ボソリと呟くと、それを聞き取った御蔵がニヤニヤと笑う。
「お、もしかして一目惚れか?まあ美人だしなあ」
「違うよ。ただ、俺もヴァンガードやってるから気になるってだけ」
「あーなんだそっちか。……お前引っ越してきたんだよな。ヴァンガードやってんならミアキスはもう行ったのか?」
「ミアキス?」
そんな猫が昔生きていたなんて話を聞いた覚えがあるが、流れからして生き物の話ではないのだろう。
「カードショップってやつだよ。ヴァンガードも扱ってるってさ。俺はバイトの募集見ただけだけど」
「それってここから近い?」
「バイトの話が来るくらいだし、そんな遠くはなかったはず」
「……わかった」
そう言いながら荷物を纏め車輪に手をかける。
カードショップ。自分が求めていた場所が思いの外近くにあることがわかり興奮を抑えきれない。
「おっ、行ってみるのか?」
「ああ。教えてくれてありがとう、また明日」
教室を出ようとして、思い出したように一度振り向く。少し気まずそうな表情を浮かべながら。
「……なあ。さっきはああ言ったけど、やっぱり明日から自販機行くの頼んでも良いか?」
「おう、任せとけ」
「助かる」
にっと笑う御蔵にそう言って、サチは今度こそ教室を後にした。
地図を見ながら辿り着いた建物の看板には、確かに『CardShop Miacis』と書かれている。
「……」
数秒躊躇うが、意を決して足を、もとい車輪を踏み入れる。
「おっ、いらっしゃーい!……って見ない顔!もしかして初めての人?」
店に入った瞬間、甲高い声が響き渡った。
その方を見てみると、一人の女性がこちら見て目を輝かせている。背は低く丸めの童顔、中学生と言われても信じてしまう程だが、胸の名札に『店長』と書かれている辺り見た目通りの年齢ではないのだろう。
「は、初めまして……」
そのテンションにやや気圧されながら会釈をする。
「初めまして、私はこの『ミアキス』の店長、三秋ララ。よろしく」
「……倫道サチです」
「サチくんね。今日はどんなご用件かな?」
「それが……」
サチはカードショップを利用することなど初めてであり、何がどこにあって何が出来るのかもよく理解していない。その旨を伝えると、ララと名乗った女性はうーんと唸り
「よーし、今日はまだお客さんも少ないし案内してあげよう!」
そう提案をしてきた。
「ーーと、最後にここがストレージコーナー。レアリティが低いカードなんかはここに集められてるの」
「……凄い量ですね」
店長直々の店内案内を受けたサチは最後にカードが大量に入った箱の前に案内された。
「探すのは大変かもだけど頑張れ。じゃあね」
「色々とありがとうございました」
そう礼を言うサチにひらひらと手を振ってカウンターに戻っていく。
「さて、と」
どうもクラン別に箱が分けられているらしい。少し探してみると『ディメンジョンポリス』と書かれた物も見つかったので、それを取り出す。
カードを手で持てる程度の量取り出し順番に見てみる。持っているカード、ミコトが使っていたので知っているカード、初めてみるカードなど様々。
そんな中、一枚のカードが目に留まる。
「『マスクドポリスリーダー シルバード』か……」
ヴァンガードのパワーが一定値を超えると自身のステータスが上がるという効果を持つユニット。サチの『ブラドブラック』との相性も非常に良い。
一枚では心許ないと感じ、もう一枚束から取り出す。
「おっ、決めたの?」
「はい、これでお願いします」
カウンターへ向かい二枚のカードを置くと、慣れた手つきでレジが打たれる。
「ほい、44円ね」
「44円……あ」
復唱しながら財布を取り出そうとして、学校での出来事が頭をよぎる。ポケットに手を入れると、一枚の硬貨がコツンと指に当たった。
「……これでお願いします」
複雑な表情で、ポケットから先程の50円玉を取り出し払う。
「はーい、じゃあこっちが品物でこっちがお釣りね。ありがとうございました!」
差し出されたものを受け取り鞄にしまい、一つ溜め息を吐く。
「……50円、本当に大金だっ」
「三秋さんこんにちはー」
サチが「たな」と呟き切ろうとするより一瞬早く、店の扉が開く。
澄んだ声でそう言いながら入ってきたのは、大金を拾ってくれた少女その人ーー途次キリカだった。
「あっ」
「む」
思わぬ再開に、数秒お互い無言で見つめ合う。
「キリカちゃんいらっしゃい……ってあれ、何これどしたの?もしかして二人って知り合い?」
その沈黙を、キョトンとした様子のララが破った。
「いやまあ知り合いっていうか……」
「さっき振りの仲だな」
「さっき振り……?ああそっか、風根の入学式って今日だっけ!」
「そういうことです」
ララにそう頷いてから、キリカは改めてサチに向き直る。
「それにしても奇遇だな、まさか君もカードゲームをやっているとは。私もなんだ」
「知ってるよ。ヴァンガードだろ」
「む、なぜバレた?」
「途次キリカって凄い強いファイターがいるって、クラスのやつから噂で聞いた」
それを聞くとキリカは少し面食らったような顔をする。
「……噂になってるのか、私は」
「まあ、大会とか出てるんならそういうこともあるだろ」
「恐縮なことだ」
「……で、さっきお前は奇遇だって言ったけど、俺がここに来たのはむしろお前に会うためでもあるんだ」
真剣な眼差しでそう言うサチを見て、キリカは無言で先を促す。
「俺とファイトしてくれ、頼む。俺は目標があって、そのために強くなりたい。だから……」
「……は、ははははは!そんな、あ、改まって言うから何かと思えば、はははは!」
面白くて仕方ない、といった様子の高笑い。その容姿にはあまり似つかわしくない仕草に、サチは呆気に取られる。
ひとしきり笑い終え息を整えたキリカは、なおも喉の奥からくくくと声を漏らしながら続ける。
「ファイトの申し込みなんてのはもっと気楽にやって良いんだぞ?ここはカードショップで、私はファイター。断る理由なんてないんだからな」
「そういうもんか」
「そういうものだ」
頷くキリカを見て、こほんと一つ咳払いをしてからもう一度切り出す。
「……じゃあ改めて。ファイトしてくれ、途次」
「望むところだ。三秋さん、ファイトスペースお借りします」
「はいはーい、ご自由にー」
その返事を聞いて店の奥へとキリカは歩き出す。ファイトスペースという言葉もサチには聞き慣れないものだったが、おそらくは名の通りファイトできる場所なのだろう。
病院での10日間以来のファイトに胸を躍らせながら、サチもキリカの後を追う。
「そういえば、君だけ私の名前を知っているのは些か不公平だな」
備え付けられたファイト用のテーブル。その片方の椅子を退けてもらい車椅子を停めると、キリカもその向かいの椅子に腰掛ける。
ファーストヴァンガードを伏せ手札を用意したところで、キリカがそんなことを切り出した。
「そういや名乗ってなかったっけ。5組の倫道サチだ。ヴァンガードを始めたのはつい最近の初心者だけど、よろしく」
「倫道、だな。覚えた。知っているだろうが4組の途次キリカ。こちらこそよろしく頼むよ」
「ああ。……じゃあ」
「やろうか」
互いに伏せたカードに手を置き、想像の世界を描き出す。二人の魂が、空想の惑星に降り立った。
「スタンドアップ、ヴァンガード 」
「……スタンドアップ!ヴァンガード!」
「『年少怪人 ワーレクタス』!」
「『次元ロボ ゴーユーシャ』!」
そしてそれぞれの魂が、自らの選んだ姿を纏う。
巨人と小虫。無機物と有機物。そして正義と悪。あらゆる意味で対極に位置する二体のユニットの姿を得て、二人の先導者の戦いが幕を開けた。
「さてさて、この店最強候補と期待の新人の対決かあ」
ララはカウンターに肘をつき楽しげに笑う。
「どっちが勝つのかなあ。……君はどう思う?白銀くん」
「何故俺に聞くんですか」
後ろの棚をチラリと見やって声をかけると、苛立ちを隠そうともしない返事が返ってくる。
声の主はその棚で作業していた、サチやキリカと同じ風根の制服の上にエプロンを来た青年。
「さあねー。ただ君の見解が気になっただけ、かな」
「俺の見解なんてありませんよ。俺はもう、ヴァンガードとは縁を切ったんですから」
「……でも君は今もここでバイトをしている」
目線はサチ達の方に向いたまま、言葉をまたも投げかけてくる。
「その理由も知ってるでしょう。金がないからバイトで稼いでる。それだけです」
「そっか」
それ以上は何も聞いてこない。
ようやく追及が終わったか、と小さく舌打ちをして作業に戻る。
「『ダイスクーパー』で『リトルドルカス』にアタック」
「ノーガード、だな」
「ドライブチェック、クリティカルトリガー。パワーは『ダイブレイブ』、クリティカルは『ダイスクーパー』」
経験というのは厄介なもので、向こうから聞こえてくる声だけで戦況が容易に想像出来てしまう。縁を切っただなんて言っておいてその実未練だらけだと自覚して、もっと自分が嫌になる。
これ以上ファイトの声が聞こえないようより奥の棚に移り、青年ーー白銀セイガはもう一度舌打ちをした。