北海道――札幌郊外。某所……。
本日は晴天に恵まれ、絶好のピクニック日和ではあるが、集まったメンバーがこれからやろうとすべき事はまた違う。
サバイバルゲーム。
大の大人達がマムシやヒグマの恐怖と戦いながらプラスチック弾が発射されるアサルトライフルを構え、
敵と対峙する大衆娯楽である。
昼飯は買った。夜はススキノで乾杯だ。そちらも楽しみの1つでもある。
しかし晴天といっても季節は7月。気温は25℃を超えている。ベテランの挨拶では熱中症にならないよう。水分はきちんと取り、単独行動は極力控えるようにと通達があった。
「……まあ、当然だな」
その中に一人、テニスサークルではなくわざわざテニス部を選び体を黒く染めた男が一人……。
横溝 由貴(よこみぞ ゆき)。
某大学のサバイバルゲーム同好会所属の22歳(浪人1年)。大学卒業後の進路は既に市内の食品会社の営業で決まっている。悠々自適というやつだ。
横には同じ同好会の小林雄介という男がいる。彼はまだ19歳。横溝の強引な勧誘に押し切られるように同好会に所属したが、今ではすっかりハマってしまった。
「では、各陣営、準備について!」
ベテランの号令により、東陣営と西陣営に分けられ、一斉にメンバーが駆け足で陣地に着く。
今回のルールはシンプルなフラッグ戦。両軍奥に設置されたフラッグ近くのブザーを先に鳴らしたほうが勝ち。ただし時間切れもある。
「では、始めー!」
拡声器を使っての呼びかけ。
いよいよ戦闘の時間、いや、人によっては狩りの時間だ。一発喰らえば(ヒット)終わりとはいえ、最近はアクティブに動く陣営の方が多い。
勿論守り役を数名置いたほうがいい場合もあるが、「やりたくない」人の方が多いのが現状だ。理由は簡単。暇だから。
「それじゃあ、行くぞ、小林くん」
「はい、先輩!」
他メンバーの前衛部隊に合わせ、二人も前へと動く。これなら開始5分程度で撃ち合い必死な状況になるだろう。
バン! バン! バン!
ババババババ!
案の定開始5分で銃声が響く惨状となった。
プラスチック弾が雨霰のように銃口から飛び散る。まったく環境破壊しまくりである。もっとも、そんなこと気にしてる側から死ぬが。
といっても最近はバイオBB弾が普及して弾も数年経てば分解され自然に帰るようになっているので昔ほど環境は破壊してない。
「ヒット!」
「くそ、ヒットだ!」
開始そうそう何人かやられたようだ。こういう場合、両手を挙げて降参の意を示すのがマナーである。
当ったのに当ってないふりするような奴はいずれ仲間に入れてもらえなくなる。
一方、横溝と小林は側面から背面側に回りこんでいた。こうなると敵の動きは丸見えである。
出来るだけだけ数を減らし、意気揚々とブザーを鳴らしに行く計画だ。
バン! バン!
バン! バン! バン!
「ぐあっ! ふっ、ヒット! 痛っ!」
「俺もヒットだ! っぁ背中は痛え!」
横溝の2発は正確に相手に命中していた。一方、小林の3発はやや掠めた程度で命中には至っていない。次回に期待しよう。
「先輩、エイム上手いっすねー」
「腕と経験の差よ」
あと相手が匍匐前進など当りにくい体勢を取らなかったことが敗因にあげられる。
やったねパパ! 明日はソープランドだ!(ちなみに北海道は青少年健全育成条例が甘く18歳以上から風俗で働ける。つまり高卒1年目のソープ嬢を抱けるのだ!)
「さあこの調子でガンガン攻めるぞ!」
「了解です、先輩!」
ずぼっ!
「え、ずぼっ……?」
突如踏み出した足が深みに沈む。ぬかるみか、それとも天然の落とし穴か、横溝の体をすっぽりと包むほど穴は深かった。
「何だこれ!? 深いぞ! うああああっ!」
「先輩! せんぱーい!」
小林の伸ばした腕も届かず、横溝の体は、はるか奈落の底へ沈んでしまった。
「痛い痛い痛い! ちょ、な、なんだこれ!? ま、まだ沈むのか!? うわああっ!」
横溝はまだその体を落とし穴の奥へ、奥へと沈めていた。それも微妙にぬかるんでいて腕や足で踏ん張れない。
このままいつまでも堕ちていく……いや落ちて行くのかと不安になったが、ようやく終点が見えてきた。
「うおおおおっ!?」
ガンッと横溝の尻が石にぶつかる。ここまでの沈み込みで一瞬意識を失いかけたが、気合で持ち直す。
「あいててって、どうなってんだ? 俺は戦時中に作った防空壕にでも落ちたのか、それとも金塊が眠る穴にでも落ちたのか……?」
どちらにせよ、問題点が一つある。
(どうやって戻ればいいんだ……?)
「……まったく、今日は厄日だな」
それを考えるとぞっとするが、改めて、穴の底を調べてみる。幸いもしものことがあった時のために水筒や懐中電灯は持ち歩いている。
だが、それを取り出す前に、穴の底で異変が起こった。
シュボッ。
「うわっ!?」
備え付けの松明に突然火が灯ったのだ。立ち上がり、改めて穴の底を見ると、それは実に浮世離れした光景だった。
下は綺麗な石畳、松明は10本、その先には扉が3つ。扉の上には青、赤、緑の石がはめ込んである。
「これって……」
横溝はある光景を思い出していた。それもゲームの光景を。
『汝よ……』
「うああああっ!?」
腹から変な声が出た。
突如、部屋にエコール、いや、エコーがかかった声が響き渡った。
「いきなり声出すなよ! 流石の俺でもびっくるするじゃねえか!」
『汝よ……3つある扉、その1つを選べ。開かれるのは1つ。残りは決して開かれる事はないであろう』
「おいおい……」
とりあえず目の前の扉を調べる。どれも似たような扉で、大きな差はない。
ならば横溝、答える扉は一つ……!
『汝、答えよ……』
「あーもう、しょうがないな。分かったよ。お約束ってやつだろ?」
横溝は空間に向かって皮肉を呟いた。聞き手は誰もいなかった。
(少々こっ恥ずかしいが、仕方ないか……)
「せっかくだから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ! ……これでいいんだろ?」
横溝は伝説のクソゲー『デスクリムゾン』の有名な台詞で答えた。それは脳髄に刻まれた、魔法の言葉……(1度言ってみたかっただけ含む)。
そう、横溝はかつて19XX年、時はクソゲー・バカゲー全盛期。そこで販売されたゲームになけなしのお金をつぎ込み、皆と共有して遊んでいた三国一のおおたわけであった。
その中にあった伝説のクソゲー『デスクリムゾン』。今なお、一部のユーザーの心に深く刻み込まれた奇跡の一作である。
ギギギギギィィィィィィィィ……。
「……本当に開きやがった。はは、これで奥にクリムゾンがあったりするのか? んなわけねーか。あれは所詮ゲーム、空想の銃だからな……」
横溝は扉の奥へと進む。そこには台座があり、真紅に輝く銃が確かにあった。
「ま、マジでありやがった。あーでも、クリムゾンって100万人に一人しか使えないはずじゃ……」
『汝よ……』
「あーまたこの不意打ち話しかけ。もう慣れたよほんっと」
『汝は選ばれた……・。これからその真紅の銃を持って飛翔んでもらう。時は戦国……日本がもっとも血なまぐさいといわれた時代へ……』
「へ? それってタイムスリップ? ちょ、ちょっと待てよ。人の都合を考え……」
『汝よ、苦難の中で呪われし銃を使いこなし、戦うべし……戦うべし……。健闘を祈る……』
「だから待てって! こんなありきたりの流れで飛ばされるなんてマジ勘弁なんですけど! って少しはこちらの話を聞けーーー!」
瞬間、部屋は白い光に包まれ、光が消えた頃には横溝と真紅の銃はなくなっていた。
「……ぅ……」
目が覚めた時、横溝は草原に仰向けになって、体で大の字を作って横たわっていた。
流れる風は心地よく、鳥のなく声も耳に入る。
徐々にだが意識がしっかりしてきた。そして右手には、あの真紅の銃「クリムゾン」が握られていた。ご丁寧に、右腰ベルトにはホルスターが付いている。
ゆっくりと体を起こし、立ち上がる。クリムゾンをホルスターにしまい、辺りを見渡す。
「ここが戦国時代か……? 随分と静かだな。まあ、戦場のど真ん中に転移させられるよりかはマシか。ていうか、どうせならガチの異世界転移でチートハーレムがよかったなあ」
愚痴を零しつつ、改めて荷物を確かめる。
エアガンは落ちてくる前に手放してきたので今ここにはない。後ろの腰ポーチには昼飯用の菓子パンと携帯食のカロリーメイト。
腰ベルトには左側に水筒。右側にはホルスターに入れた真紅の銃。
胸元のポケットにはスマートフォンが入っているが当然電波は存在しないしいつまで電池が持つかも危うい。
後はエアガンのマガジンに、手袋の替え、頭にはプラスチック製のヘルメットよし。目元にはゴーグル。
「こんなもの万屋に持っていっても売れるかね。ま、捨てるのは後にして、あ、そうだ。あれがあった! 双眼鏡!」
慌てて荷物の中を確かめると、左胸ポケットに双眼鏡はあった。首からぶら下げられるように紐も付いている。
「これがあるとないとじゃ大違いだよ。どれどれ……」
辺りを見回す。何か手がかりがあるといいのだが。期待をこめて北、西、南と見ていくと南方に大きな城が見えた。
「城があるってことは、城下がある。城下があるってことは人がいる。つまりこの近辺に街道がある筈だ。よし……」
苦難の中こそせっかくだから、とは誰が言った言葉か知らないが、もう毒を喰らわば皿までの思いで、横溝は走り出していた。
「おー、ここが城下町かー。テーマパークみたいだな。テンション上がるぜ~」
街道はそれほど遠くなく見つかった。城まではおよそ3里程度と遠かったが、横溝は無事城下に辿り着いた。
(ざわざわ……)
(ぼそぼそ……)
しかし周りからはやたら目立っていたため視線を感じるが。
(何か、周りの視線を感じるというのは、全く恥ずい……。でも大丈夫だ。ここは日本なんだ。日本語は通じるはずだ)
「さあ、いらっしゃい! いらっしゃい!」
目を付けたのは、威勢のいい声で客ヒキをしている魚屋。
「あんた、ちょっといいかい?」
「ひ、ひえっ!? なな、な、な、な、何かようですかい……?」
「そんな怯えなくてもいいよ。こっちは取って食おうってわけじゃあないんだ。ここらへんで仕事を探してるんだが、何かいい所はないかい?」
「え、えー……そ、それでしたら、あっちを三軒ほど行ったところに万屋さんがあってね、そこで仕事をする人を募集しているはずですな」
「分かった。有難う」
一礼をして、横溝は立ち去ろうとした。
「……」
「……」
振り向き、「な? 取って食おうとしなかっただろ?」
「は、はい……」
今度こそ、横溝は立ち去った。
(・・・・・・あれはまさか御触れの・・・えらいことだ。城の人に来てもらわなきゃ!)
「ちわーす」
「へい、まいど……ってうああっ!?」
「……俺を見た奴は皆同じ反応をするんだな。大丈夫。取って食ったりしねえよ」
「そ、そうかい、それで何用ですかい?」
「仕事を探してるんだ。後買い取れるものがあるなら買い取ってほしい」
「そ、そうですか……今なら2軒先ででかい建物を作るっていうんで大工の手が欲しがってたかねえ……」
「大工か。力仕事ならこう見えても自信あるよ。たまに大学のジム設備使わせてもらってたからな」
何なら丁稚に案内させる、ということで話はまとまった。後は買取の件だが……、
「駄目ですな」
「ダメなのか?」
「いい物なのは確かなんでしょう。けどこんなもの誰が欲しがるか検討もつかないんですよ。つまり買い手がいないから買い取れないってことです」
「んー、そうか。それならしょうがないな」
「大工の件は至急案内させます。おーい、二七、二七はいないか!?」
万屋の奥からドタドタと音がした。
「番頭様、お呼びですか?」
「来るのが遅いぞ二七! 次来なかったら閉め出すからな!」
「ひええ、それは勘弁を!」
「この方を例の建築のところまで案内してあげろ。丁重にな」
「はい! では渡人(とじん)さま、こちらに……」
「ん……、渡人?」
「二七! 余計な事言うんじゃねえ!」
「ひえええす、すいません!」
こうして、横溝は二七という丁稚に連れられ、目的地へ向かった。
一方、番頭は、
(あれが渡人か……あんな力のなさそうな奴が強いとは思わないが、まあいい。岐阜城に言付けを頼まなきゃな……)
「ここです」
「ん、ありがと」
「んん、なんだあんたはって……ひええ、と、渡人!?」
「……無限ループって怖くね?」
「この方がここで働きたいそうです」
「え、あ、ん、そ、そうか? そうなのか?」
「そうだよ」
「…………。あー、分かった。丁度人手が足りなかったんだ。人手は幾らでも欲しいが力仕事になるからきついぞ」
「大丈夫だ。問題ない」
「ほーう、じゃあまずはあそこの丸太五十本の皮を丁寧に剥がしてくれ。丁寧にな」
「分かった。薪割りに比べればいくらか楽だな。早速始めるよ」
「お、おお、任せたぜ」
(おい、あの渡人のこと、城に報告しなくていいのかよ?)
(大丈夫です。多分番頭さんが既にやってるはずです)
「ぞりぞり、ぞりぞり、ぞ~りぞり、と」
幸い日陰を用意されたので、体力の消耗はさほどない。手は決して器用な方ではないが、三本ほどやったらさすがに慣れた。
しかし残り四十七本である。根気のいる仕事だ。
だがこれをやらないとおまんまくいあげなのである。こんなことなら寝袋の一つでも持ってくれば良かったなあ、と横溝は空を見上げ、一人呟いた。
そこに、予期せぬ来訪者が……、
「失礼! 私、岐阜城から来た者だが、例の渡人はここか!?」
「お、おお、はい、今ここにいます?」
「ん……誰か来たのか」
横溝は誰か来たのかな、ぐらいに思い、手を休めず皮を剥いでいく。
「そこの御仁、少し手を休めよ」
「へ、俺のこと?」
「他に誰がいるというのだ」
「……そういう事なら、座って応対するのは無作法さんだね」
横溝は立ち上がった。
「で、あなたは?」
「拙者は織田家家臣、村井貞勝と申す」
「織田家? するっていうと、ここは……」
「ここは岐阜城城下、城主は織田信長様でおらっしゃられる!」
「え、マジ、織田信長って、美少女にされたり放火マニアにされたり巨大化したり仏像になったりした、あの信長?」
「……何を言ってるか分からんが、とりあえず織田信長様で間違いない。で、その信長様がそなた渡人を所望だ」
「……とじん?」
「うむ。我々はそなたのようなまるで別の日ノ本……、いや別の世から来たような輩を『渡人』と呼んでいる」
「へえ、成る程ね(周囲の目がただ怯えていただけじゃなかったのはこれか)」
「仕事中のところ悪いが、一緒に来てもらいたい」
「……ここで仕事を止めると賃金が入らなくて無一文なんだけどなあ」
「それは城の方でなんとかする! とにかく、急ぎ、来られよ」
「分かった。じゃあ棟梁さんに挨拶してくるよ」
「ここにいるぞ。お前さん、とにかく行って来い。仕事の方はこちらでなんとかする。気が向いたら明日また来てくれ。銭も払う」
「恩に着る。じゃあ村井殿、行こうか」
「馬を用意してあるが、乗るか?」
「ああ、悪い、俺乗馬はしたことないんだ。それにそこの馬、見たところ、一人乗りだろ? 二人は無理そうだ。横に付いて走るよ」
「ふむ。了解した。(こやつ、あっさり馬の状態を見定めるとは、渡人とは目も肥えているのか?)」
(織田信長に会える!)
横溝の目は子供のように輝いていた。