突如、伝令役から伝えられた武田勢の全滅と信玄公の死亡。
そして横溝が青ざめるほどの銃の正体……。
「間違いない。武田を殺ったのは、ガトリングだ……!」
そこにいた信長と松永久秀も横溝の表情に目付きが鋭くなった。
「がとりんぐ。で、あるか…………」
「横溝殿、それは一体どのような銃なのですかな?」
「……硯と紙と筆を用意してくれ。あと信長、城内にいる家臣に大至急集まるように言ってくれ」
「ふむ、分かった」
上杉領。越後・春日山城。
本来なら家臣達が一同に集まるこの場は、今や酒池肉林の地獄絵図と化していた。
「ククク……ひゃーはっはっはっは!!!! オラオラ、もっと腰を動かせぇ! 俺様に奉仕しろ!」
男が侍女を犯していた。侍女がもうこれ以上は体がもちませんと懇願しても、
「そんな甘いこと言ってんじゃねーよ! 孕むまで犯し続けてやるからなぁ!」
と、聞く耳を持たない。
酒をがばがばと飲み、女にもがばがばと飲ませ、ただ腰を振り続ける。
その光景を、家臣一同は歯を食いしばりながら見守っている。
死ぬのは怖くない。だがここで口を出しても男が増長するだけだ。
もはや家内の秩序もあったもんじゃない。
――櫻井隆。上杉家に現れた『渡人』であり、先日、武田軍勢1万5千をたった一人で撃ち殺した男は、毎日、昼夜を問わず女を犯し続けていた。
始めはただの目つきの悪い男としか印象に残っていなかった。その男がある日こう言った。
糞生意気な武田をぶち殺してやる。それが達成できたらおまえら全員俺に従え。
耳を疑うような言葉だった。だが、男が持ち込んだ奇妙な銃が、それを達成してしまった。
武田家は幾度となく戦い続けてきた宿敵であり、ある意味盟友の間柄でもあった。それがあの日、この男の手によって無惨に砕かれてしまった。
信玄公の死亡を伝えられた家臣は、まさか、そんな馬鹿な、と耳を疑った。あれほどまでに強く、あれほどまでに気高い信玄公がこんな外道に殺されてしまうなんて、と。
櫻井の女好きはここに現れた頃からの悪癖であり、もはや春日山城で彼に抱かれていない女性はほぼいない。
抱かれていないのは、醜女だけであった。
フェミニストが怒るぞ。
喰い足りないと思えば、櫻井は城下に赴き、良さげな女を手当たり次第拉致した。連れて行かないでくれと抵抗した男は櫻井に斬られた。
ある男は叫んだ。謙信様は何故こんな男に従っているのだ!? これが越後の龍とまで謳われた男のすることか!? と。
櫻井はそんな男も生意気と判断して斬り殺した。
こうして、春日山城は櫻井というたった一人の渡人のものになってしまった。
「おうおまえら、ちゃんと見とけよ。あーそうだ、確かお前らにも妻や娘がいる奴がいたよなぁ? 今度ここに連れて来い。俺様が可愛がってやるからよぉ!!」
「なっ……!?」
「あー勿論嫌だとは言わせねえよぉ。俺様は無敵なんだからなぁ。クックック……」
「くっ……貴様、もう勘弁ならん! 越後に巣食う毒蛇め!」
一人の家臣が我慢ならぬとばかりに刀を抜いた。
「死ねええええええっ!!」
男の刀が櫻井に迫る。その刃は、櫻井の体をばっさり引き裂いた。
「…………痛えじゃねえかぁ、クソッタレ!」
だが櫻井はまるで何事も、いや、確かに痛みは感じているが、それほど効いた様子もなく、男に迫った。抜き身の刀を持って。
「おまえらも以前ブチキレて試したよなぁ!? 俺を手当たり次第に斬りまくってよぉ!? で、どうなった? 俺は、死んだか!?」
「くっ……!」
「死になぁ!」
ズバッ! と鈍い音がした。男の首がごろん、と室内に転がった。
「うっ……!」
櫻井は家臣の死んだ光景を見ながら射精した。櫻井は性的サディズムでもあるのだ。武田勢を撃ち殺した時は20回以上? 30回以下? 何回射精したか分からない。
「ひゃーはっはっはっはっはっは!! 俺様は無敵の櫻井様だぜ。刀も毒も効きはしねぇんだぁ! 俺を殺す事なんざ、誰もかれも無理なんだよぉ!!!!」
櫻井は血が零れたままの刀を振り回しながら嘲笑った。
(へっへっへ、この戦国時代に飛ばされた時はどうなるかと思ったが、まさか夢にまで見た不死身のチートハーレムを築けるとはなあ。やっぱ神様は俺を見てくれてるんだな!)
幼少時から、櫻井の性癖は歪みまくっていた。母親はSMバーの店長で、父親はSMを受けて喜ぶガチのマゾヒストでその店の常連。そして自分は虐待されていた。
恨み、憎しみ、恐怖、そんな感情がグラグラと煮え立つ中、やがて櫻井は動物殺しの趣味に没頭していった。
初めて勃起したチ○コを突っ込んだのも犬の尻穴だった。そして櫻井は犬猫の肉を食って飢えを凌いでいた。親からはろくに食事を与えられていなかったからだ。
学校にも通わせてもらえなかった。最終学歴は小学校中退。そして櫻井は店の小間使いをさせられた。
オンナの好みは美女がメインだったが、恋はしなかった。あの女を犯したらどんな声で喘ぐのだろう、といった歪んだ感情であり、それは世間一般の恋とはかけ離れていた。
しかし強姦はできなかった。したくても世間が、常識が、大人達が、それを許してくれない。
そのフラストレーションたるや、常人の何十倍に相当しただろうか。
最終的に櫻井は母親を強姦殺人し、父親を刺殺し、リベンジを達成させている。
そして少年院で偶然出会ったのが、俗に言う「なろう小説」だった。
作者の自己投影と読み手の願望が露骨に出た、無敵でモテモテな主人公があらゆる敵を蹂躙していく話。櫻井はそれにすっかり心酔してしまった。
いつか自分もその中に入ってやる、異世界に転移してチートハーレムを築いて快楽を貪る日々を過ごす、と本気で考えていた。俺こそ、この主人公に相応しいと。
それが遂に報われる時が来た。櫻井はそう思った。
だからこの檻から解き放たれた野獣の所業も、彼にしてみれば神様からの頑張ってきた自分へのご褒美としか思っていなかった。
だからといってこのような行為が許されるわけではない。メタな言い訳をするならば本作は全年齢作品なのだ。成人向けではない。
こいつ一人のせいでUNEIから文句を言われたらどう責任を取るつもりだ? クソが。
「ちっ興が覚めちまったぁ。終わりだ、終わり」
家臣達は櫻井の終わりという言葉にほっ、と胸を撫で下ろした。ようやくこの狂宴が終わるのか、と。
「おい、直江!」
「はっ」
櫻井は直江と呼ばれた一人の女性を呼びつけた。
「出かけるぞ! 銃を使う。馬車の手筈をしろぉ!」
「……分かりました。して、どちらに?」
「ふん、噂によれば俺様の暴虐? っぷりに怒り狂った連中が一向宗とグルになって近辺の寺院に集まってるらしいじゃねえか」
「それで、いかように……?」
「皆殺しだ」
「……! 皆殺し、でありますか?」
「そうだよぉ! 皆殺しだよぉ! 寺院の壁にかざ穴を開けて、一向宗も城下の奴らも撃って撃って撃って撃って撃って皆殺しにするんだよぉ!」
「……っ!」
「返事はぁ!?」
「分かり……ました……」
「そうだよそれでいいんだよぉ。お前のことも夜にたっぷり可愛がってやるからよぉ。期待して待ってなぁ!」
「…………」
直江と呼ばれた女性は、何も言い返せなかった。
一方で、岐阜城。
家臣が集められた中、横溝はサラサラと紙にガトリングを描いていった。
「できたぞ」
「よし、皆で見ようではないか」
信長の命により、一同が紙の元へ寄り、目をやる。
「これが、俺の知るガトリング銃だ。といっても、これはかなり旧式のものなんだがな」
実際、横溝の描いた『ガトリング』はクランクで銃を回し、弾を装填する随分旧式な代物だった。
「正直、相手がどんな形式のガトリングなのかは今のところ分からない。まあこれは「叩き台」と思って考えてくれると助かる」
「ふむ、穴が複数ありますな」
「これは車輪のようですな」
「この取っ手は一体……」
「横に繋がっているのは、これは弾ですか?」
家臣達も興味津々という面持ちで紙を凝視する。
「ガトリングの恐ろしさは何と言っても凄まじい連射力だ。これはクランクと呼ばれる取っ手を回せば勝手に弾が装填され、撃ち続けることができる仕組みだ」
「撃ち続けるとは、具体的にどれほどなのですか?」
光秀が問う。
「そうだなあ、これはかなり旧式のものだから、一分で200発ってとこだな」
「200!?」
家臣達がざわめき始める。
「こんなもので驚いてたら次の話が聞けないぞ。で、これが手動から自動になって、あーさらに重くなるんだが、まあ時代が移り変わるにつれ重量の問題も解消される。で、だ」
横溝が合間を縫うように茶を一口含む。
「やがてガトリングの難点だった弾詰まりや部品がすぐ破損してしまうという欠点は解消され、後には相手をなぎ倒す鬼畜兵器が誕生したわけだ。
あと射程も凄いぞ。種子島なんて目じゃないくらいだ」
「ぐ、具体的には……?」
「んー、この時代の距離で数えると、最終的には、およそ12町ぐらいかな?」
「12町!?」
家臣達がまたざわめいた。
「ふむ、横溝殿、つまり、『がとりんぐ』とは、一本だけで百人力の銃ということですかな?」
今度は久秀が問うた。
「百人力? 冗談じゃない。……0が一つ少ない!」
「壱千!?」
(……最終的に一分で4千発弱の弾を発射できるようになることは言わないほうがいいかな?)
「馬鹿な!? たった一人で千人力の鉄砲だと!?」
「そんなものに一体どうやって戦えというのだ!?」
「いや、戦いようがない! もはや足軽も弓兵も鉄砲隊も壁にすらならんぞ!」
「静まれい!!」
信長の一喝が場を静めた。
「お主達、なんたる動揺振りか! まったくもってならん! 織田兵はそこまで軟弱者の集まりか!」
信長の喝に、一同は何も言い返せなかった。
「こういう時にしっかり場を収める。やっぱあんたは最高の大将だよ、なあ」
「ふん、おまえに褒められても嬉しくもなんともないわ!」
「……ふむ、確かに動揺はしましたが、これで武田勢が全滅した理由が大体見えてきましたな」
松永久秀が言葉を発した。
「ほう、久秀、お前さんなら分かるか?」
「ええ、信長様。おそらく武田勢は騎馬隊で正面から突撃したのでしょう。何の策もなく、ただ単純に」
「そこへ『がとりんぐ』で蜂の巣になった。まあ当たり前の事じゃろうな」
「殺し間にようこそ、ってやつね」
「武田自慢の騎馬隊が本領を発揮するのはあくまで平地よ。だが言い換えれば相手からは丸見えだったということじゃ」
「むむ……確かに」と光秀。
「ならば答えは簡単。こちらは息を潜めて待ち、平地ではなく狭い、理想は街道か山道などで待ち伏せる。これしかなかろうて」
今回は付城も何もない。ただ単純な奇襲になる。それでも一歩間違えれば全員が奴の『がとりんぐ』の餌食になるのだ。
「光秀、そなたは間者を雇い、上杉領で情報を集めるように指示しろ」
「ははっ!」
「足だ。足が肝心だ。情報を持ち帰るのが遅くなり、奴らの進軍を許せばこちらの勝利への望みは薄くなる」
「信長様、私はいかように」
「久秀か、おまえは予定通り、城下の寺子屋に赴き、築城のいろはでも教えてまいれ。畿内が安定すれば、やがて新しい城も必要になるだろうからな」
「分かりました。ふふ、腕がなりますな」
「とにかく、家臣一同は表向きはいつもの通りの公務に励んでくれ。情報がなければ我々は動きようもないからな」
「ははっ、了解しました!」
「…………」
(よりによってガトリングか。これは難儀する銃と戦うハメになったもんだぜ。あー、しんどいのは嫌だなぁ、俺……)
横溝は城下へ降りながら一人呟いた。また危ない綱渡りをするはめになる。それも今回は今までで一番の。
顔は少々青かった。
「ここだなぁ、クッソ生意気な連中が出入りしてるってのは」
「はい……」
「おいおいテンション低いなぁ! これから面白ぇもん見せてやるんだからよぉ! もっとアゲていこうじゃあねえか、お?」
ヘラヘラと笑いながら、櫻井は昂揚を促す。しかしこれから起こる事が想像出きる家臣の人間にとっては、心中穏やかではなかった。
「けっ! まあいいさ。さあ頑張って連中を蜂の巣にしてくれよぉ、俺のガトリングちゃあん」
櫻井が馬車のガトリングに舌なめずりした。
彼の銃は『GAU-8』。通称『アヴェンジャー』。本来は軍用の武装ヘリに搭載し、対戦車用として用いる最強火力のガトリングだ。
発射速度は毎分3900発、銃口初速は1,067m/sと超高速で、有効射程距離は1220mといわれており、アメリカ軍が所有する航空機用のガトリング砲としては最大級の火力を誇る代物である。
当然人間相手にはオーバーキルもいいところで、本来歩兵相手には使わない。
「さあ、ってと……クックック」
「全く、謙信様は何をやっておるのか、今こそ決起の時ぞ!」
「そうだそうだ! 俺たちはもう我慢ならねえ!」
「俺なんか妻を連れ攫われた」
「俺なんて娘をだ。それも11かそこらの愛娘をだぞ!」
「我々は上杉領内で大規模な一向一揆を起こす! 毘沙門天様が眠っている今、今こそ我々浄土真宗がやらねばならんのだ!」
「オオオオオオォォォォォッ!!!!」
決起集会に参加したものは浄土真宗の坊主に、町人、農民と幅広い。
今や民の怒りは爆発寸前だからこそ、これだけの数が集まってしまった。
「さあ、今こそ槍を持て! 鍬を持て! 遺憾だが越後の龍に一泡吹かせて……」
「た、大変です!」
「どうした、騒々しい……」
「う、上杉軍がこの寺院を取り囲んでいます! 中には例の渡人の姿もいます!」
「な、なんだと!? ええい、向こうからやってきたか! 構わん。どうせ死んでも極楽浄土よ、勇気を出して抵抗するのだ!」
「し、しかし……ぐわああああっ!」
ドドドドドドドドドドドド!!! ガガガガガガガガガガガガガ!!
「クックックッ・・・ぐひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!! 死ね死ね死ねぇえ! 一人残らず死んじまえぇええ!!」
櫻井のアヴェンジャーが本堂に降り注ぐ。この時代、当然寺院は木造である。無数の弾丸なぞ防げるはずもない。
壁が粉々になり、柱は無惨に砕かれ、寺院境内の装飾は全部吹き飛んだ。
「ぐあっ! ぐあああああっ!」
「た、助け……!」
「ほらほら逃げろ逃げろ逃げろぉ! 早く逃げないと、蜂の巣だがががーー!!」
櫻井は精道から沸き上がるものをしかと感じ取りながらガトリングを乱射した。手を使わないで済むのはまことに楽ではあるが、そういう問題ではない。
結局、本堂にいた集会人全員は櫻井のアヴェンジャーによって皆殺しにされた。寺院内は人々の飛び散った血肉で酷い有様になっていた。
「……今戻りました。生き残っている者は、……一人としていませんでした」
「ああっ!? 当たり前に決まってるだろぉ! 俺様は無敵! 銃も無敵! 誰も敵う相手なんかいやしねぇんだ! っよ!」
「死体は、いかがなさいましょう? やはり、手厚く葬って……」
「馬鹿かてめえは、こいつらは全員張り付けにして鴉と鷹の餌にでもしちまいな! 全員残らず、手厚く見せしめよ! もう2度とこの領内で悪さなんか起こさないようにな!」
「なんと……」
「言っておくが、反論は認めねえぜ。さあ、春日山城に凱旋だ。ひゃーはっはっはっはっはっ!!」
「くっ・・・・・・」
(あの男には、死ねば仏という言葉もないのか……!?)
家臣の一人は、あまりの怒りと己の無力さに我を忘れそうになったが、もはやどうしようもなかった。
事件の経緯は、石山本願寺にも伝えられていた。
「顕如様、上杉領内の一向宗徒から手紙が届いております。打倒謙信の為に、躍起してほしいとのことです」
「……残念ですが、それは出来ませんね。上杉の渡人、あれは地獄から来た鬼です。人では鬼に勝てません」
「では、見捨てるのですか?」
「勿論、それもしません。領内の一向宗に本願寺まで戻るよう檄文を造りましょう。とにかく領内の宗徒を諌めるのです。
そして、鬼には鬼を当てます。織田軍の横溝殿に任せて、今は身の安全を最優先してほしい、と伝えましょう」
「それで相手が納得するでしょうか?」
「納得してもらわなければ困ります。ましてや織田領内で一揆を起こす事だけは避けなくてはいけません」
「はっ、ではそのように」
「……しかし、上杉謙信様は本当に何をやっているのか。幾らなんでも渡人の暴虐振りに目を瞑るとは思えません。
もしや、謙信様の身に何かあったのでは……。
情報が欲しいところですが我々が動くには限界がありますか……」
(このような事を祈る立場でないことは重々理解しておりますが……、頼みましたよ、横溝殿)