デスクリムゾンBLIED~刀~   作:K.T.G.Y

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上杉編~②~

――夜の春日山城。

「へっへっへ……」

櫻井は裸にひん剥いた女子二人を見てニヤニヤと下種な笑いを浮かべていた。

 

月明かりに照らされ、その素肌は輝いて見える。

一人は、直江と呼んだ女性。そしてもう一人は……、

 

「俺様もとんだ拾い物をしたもんだぜぇ。まさか、あの上杉謙信が絶世の美女だったとはなぁ……」

「……」

上杉謙信と呼ばれた者は、確かに女性であった。年は18、19といったところか。この時代では行き遅れともいえるが……。

「いえ、私は父上とは……」

「なあに、親父がどうとかは関係ねえよ。今はおまえが上杉謙信。それでいいだぅるぉ?」

「…………」

「さあ今日も朝が来るまで抱かせてもらうぜぇ。必ず孕ませてやるからよぉ。隣の直江ちゃんも一緒になぁ」

「っ……!」

 

(毘沙門天様よ、あなたは我らを見捨てたのですか……!?)

 

 

翌日の岐阜城下・寺子屋。

「……と、このように、築城とは奥深くも面白いものなのだ……」

「おおおーー」

受講していた者たちは皆感嘆した。

「どうだ、わしは単なる助平爺などではないぞ」

松永久秀は寺子屋で築城のイロハを教えるべく教鞭を取っていた。街の大工関係者が多い。

 

「今は防御の為に山岳に城を築くことが多い、しかし、しっかりとした土台や堀などを築けば平城でも充分な防御が得られるのだ」

 

松永は文化人である。築城は勿論、茶道や書道などにも造形が深い。人に教える側とすればこれほどの適材もいない。

 

「信長様は畿内が安定すれば大きな城を築く計画があると聞く。この建築に加われれば大きな功績となる、皆の者精進せよ」

「は、はい!」

「では本日の授業はここまで。皆は今回の内容をしかと復習しておくように」

 

「よう、久秀さん」

「……横溝殿ではないですか。ちょうどいい、私はこれから利休殿に会いに行こうかと思っています。よければ、横溝殿も一緒にいかがですかな?」

「茶の湯かあ、俺はどちらかといえば酒のほうがいいんだがな。いっそ名物に酒を注ぐか? こう、なみなみと……」

「はっはっは、それは面白い余興ですな。検討しましょう。では、お二人で」

「あ、ああ……せっかくだから行こうか」

(ふふ、横溝殿は、昨晩の「がとりんぐ」のことでやや気が落ち込んでいると見える。茶席でもてなしてみるか)

(……俺、確実に足痺れるな……)

 

「これはこれは久秀殿、お待ちしておりましたぞ」

「やあやあ利休殿、こちらが横溝殿です」

「ほう、この方が業にまみれし短筒を持つ渡人……ほほほ、中々面白い」

「よ、よろしく」

「そう畏まらないでいただきたい。茶の湯は楽しきもの。心にイガを持ったままでは勿体無いですからなあ」

「…………」

 

利休の茶席が始まった。部屋は狭いが、一定の道具は揃っている。湯が沸き、茶粉を煎じ、湯を注いでいく。その動作には隙がない。

刀持たせてもこの人は結構いいところまでいくんじゃないか、と横溝は思った。

 

「今日は茶だけでなく、山で採れた薬草も煎じてみました。お口に合うかと」

「ほほう、では私から……」

 

久秀が茶を一口含む。

「……美味い。流石ですな、利休殿。苔生した山岳と穏やかな青空が見えました。登山にはよい日ですな」

「ええ、わたしも試飲しましたが今回のは良い茶になりました。自信作かと。さあさあ、横溝殿もどうぞ、一口」

「ああ、では、いただきます……」

 

横溝は緊張しながら茶を一口飲んだ。

 

「……苦くて美味いな」

「そうですか。それでこそわびさびが輝くというものです」

 

利休の茶席は穏やかな空気に包まれていた。いや、そうでなければ横溝もここまで気を落ち着けて楽しめない。こういうものもいいな、と内心思った。

「さて、今日はひとつ、名物を持ってまいりましたぞ」

久秀が持ち込んだ袋を開ける。

 

「ほう、長船ですか……!」

「実はこれに般若湯を注いでほしいとの横溝殿の願いでしてな」

「なんと、名物に酒とは……! これは業深き所業ではありませんか……!」

「わたしも少々緊張しておりますぞ、さあ注いでみようではありませんか。この名物に、酒を、なみなみと……!」

 

久秀の手で酒が注がれていく、三人の目が名物に集中する。

 

「では、私から……」

まずは久秀が酒を一口含む。

「おお……おお……、刻の流れが見えましたぞ……!」

 

「久秀殿、早く私にも」

「そう慌てなさるな。ささ、利休殿」

 

続いて利休が酒を一口。

「むむ……むむむ……! 如来像が垣間見えました。何という業でありますか……!」

 

「はっはっは。さあ、最後は横溝殿、どうぞ……」

「お、おう……」

最後に横溝が気合を入れてぐびりと酒を一口飲んだ。

 

「……ふっふっふ、いいねえ。夜空に輝く満天の星空が見えるぜ。昼なのに、夜空とはこれいかに、なんてな」

「はっはっは。横溝殿もいいますな」

「ふっふっふ、私もまだ興奮が冷め遣りませぬ。いやはや、お互い業の塊のような人生ゆえ、このような余興もまた楽しいものですな」

茶席はいつしか酒席に変わってしまったが、三人は満足していた。

 

 

「くっ……!」

その日の深夜のことである。

 

昼間の楽しい酒席の興奮もどこへやら、横溝の体は激痛でとても眠れる状態ではなかった。

 

なにもこれが始めてというわけでもない。これで三度目である。しかも決まって深夜だった。

昼間に起きていればとてもまともに動ける状態ではなかっただろう。だが横溝はこの痛みの原因が何であるか、分かっていた。

 

「クリムゾンめ、俺を苦しめるか……!」

そう、持ち主の精神を蝕み、最後には呪いをもって狂い殺す銃、クリムゾンのせいであることを横溝は知っていた。

なにせ寝室に置いているクリムゾンがまるで横溝を嘲笑うかのように紅く光っているのだから……。

 

ひょっとしたらこの症状はKOT症候群かもしれないがムササビはいても血清を作る方法を横溝は知らない。しかもこの時代には注射器もない。お手上げである。

「せっかくだが、俺はおまえの思い通りにはならない、ぜ……!」

痛みに耐えながら、歯を食いしばり、横溝はクリムゾンを睨み付ける。

 

ちなみに渡人の持つ銃は捨ててもすぐに持ち主の元に戻ってくる。銃とは一蓮托生なのだ。

 

「ち、くしょ、う……!」

結局、その日は一睡も出来なかった。

しかし、クリムゾンの因果は、横溝にほんのわずかの恩得をもたらすこととなる……。

 

 

「よう、信長」

「なんじゃ、横溝か。……お主、顔色が悪いぞ」

「……まあ色々あってな。それよりこれ、見てくれ」

 

横溝はホルスターからクリムゾンを抜く。

 

「ん、なんじゃ、前よりちと形が違うような……」

「クリムゾンが進化した」

「……は? お主、また何わけのわからぬことを言っておるのじゃ」

「まあそうだろうな。実はクリムゾンにマシンガンモードが追加された」

「ましんがん?」

「そうだ。秒間なんと15連発! 相手を粉砕する脅威の連射力よ」

「ほう……。確かにそれは凄いな」

(本当は凄いかどうか良く分からんのだが……)

 

「まあ一戦につき一回が限度だがな。とっておきのタイミングで使うまでよ」

「……まあようするにその短筒が強くなったんじゃな。最初からそう言え。お主の言い方はいまいち良く分からん」

「こりゃ失礼。まあ次の上杉戦では期待していてくれ。俺も腹をくくった。必ず敵の渡人を討ち取ってみせる」

「ほう、そこまで言うなら頑張るのじゃな。織田軍が蜂の巣になるかどうかはお主の働き次第だということを」

「ああ……」

 

おそらく、上杉の渡人を倒せば、横溝の体はより一層蝕まれ、痛みに耐え抜くことになるのだろう。

だが横溝は半ば諦めていた。これが運命なら最後までとことんやるしかないと決めた。

突き動かされる衝動と最後まで共に。これが悲しくも横溝の出した結論だった。

 

 

それから三ヶ月が経った。

間者からの伝令により、越後の上杉領の様子が次第に判明しつつあった。

上杉の渡人は城下の妻や娘を攫い、城にはべらせていること。躍起しようとした一向衆と農民、町民が皆殺しになったこと。城から上杉謙信の説明が何一つないこと等……。

 

「なんと、上杉領はそのような有様なのか……!」

信長もこれには驚愕し、そして激怒した。上杉謙信といえば誇り高い武将の筈。それがそんな悪鬼を飼って何一つ弁明もなしとは、と。

 

「俺も鬼畜・陵辱系は大好きだが、ガチの鬼畜はさすがに引くね」

横から横溝がポツリ呟いた。横溝はアダルトゲームにも造詣が深いのだ。フルプライスで1Gないゲームやバグだらけのゲーム等は大好物である。

Leafの最高傑作と問われれば迷うことなく『雫』と答えるし、他人に面白いゲームを貸してくれと言われれば躊躇いもなくBlack cycの『夢幻廻廊』を貸す。

勿論どちらもまごうことなく名作である。興味がある人は是非プレイしてみよう。

 

閑話休題。

 

更に間者は続ける。これだけの所業を犯して謙信様が何一つ動いていないということは、もしや謙信様は既に死亡しているのではないか、と。

「ふむ、可能性としてはありえますな」

「大将不在の上杉領ですか。攻め入るには好機ですが、なにせ例の「がとりんぐ」持ちの渡人がいるとなると、難しいですな」

「よし……」

 

信長が一計をめぐらした。

「間者よ、そちは再び上杉領内に赴き、春日山城の武将を一人でいいから寝返らせよ」

「は……裏切らせるのでありますか?」

「うむ。城がそんな惨状なら、一人ぐらいは裏切るものが出てきてもおかしくはない。そして上杉の渡人はそんな奴には目もくれないし、気付かない」

「成る程……」

「そして奴をなにかと理由を付けて城からおびき出すのじゃ。『がとりんぐ』を持って進軍させてな。後は我々は街道に身を隠し、奴を迎え撃つのよ」

「それなら出来れば夜がいいな。夜に火矢を使うのがいいと思うぞ」

横溝が横から口を出す。

 

「ふむ、夜襲か。我々はあまりしたことがないが、敵は小規模となればいけるかもしれぬな。よし、横溝の案でいこう。間者よ、頼んだぞ」

「ははーっ」

岐阜城がまた慌しくなった。

 

 

それから一週間後。

信長は悪い知らせをもらい、急ぎ小木江城に馬を走らせた。弟信興が危篤との知らせをもらったからだ。

横溝は、今日は信長いないのか。と不思議がっていたが、柴田の言葉でそれを察した。何でも咳が止まらず吐血もしているらしい。

結核かな、横溝はそう思った。だとすればこの時代の医学ではどうしようもない。悲しいが、信興殿もここまでかなと思った。

 

「ゴホッ! ゴホゴホッ! ガァ! ハァハァ!!」

「信興! しっかりしろ! 諦めるな。 お前の病、必ず治してやる。だから……それまでの辛抱じゃ」

「うっ……父上、どうやら信興は、ゴホッ! ここまでのようです」

「何を言うか! そんな病など儂が、簡単に治してくれるわ!」

「……不出来な弟で、申し訳ありません。ゴホッ! でも父上は大丈夫だ。私などとは違い、どこまでも高みにいける方だ……ゴホッ!」

「そんな、そんな事を言うな。儂一人で高みに上ってなんとする。誰もいない高みなど猿山の大将と同じではないか……」

「父上、……父上が天下を取る姿を見られなくて、申し訳ありま、せん……ゴホッ! ゴホゴホッ! ガハッ! グハッ!」

「信興ーーーー!」

その後も吐血は止まらず、信興は亡くなった。最期を父に看取ってもらっただけ、まだ幸せだったかもしれない。

 

……信長は薄情者に見えて、肉親への情は厚い。なにせ幼き頃から親族に命を狙われていた身だ。

 

肉親同士で争わない、織田が末永く暮らせる道こそが、己にとって本当の天下の在り方だった。だからこそ信興の死は身にこたえた。

 

岐阜城に戻った後も、信長はずっと沈んだ面持ちだった。何も言うな、一人にしてくれ、越後を取るまでには戻ると、口数も少なくなった。

男だって素直に落ち込んでもいいのだ。支えてくれる妻もいるのだから。


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