デスクリムゾンBLIED~刀~   作:K.T.G.Y

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狸親父と夢のあと


徳川編~①~

今日の岐阜城城下は慌ただしかった。

信長念願の畿内城、安土城の建立の目途が立ち、資材や人材などが動き始めたからだ。

一口に城を築くといっても、それは簡単にはいかない。

まず木材がいる。瓦がいる。鉄がいる。鉋がいる。鉈がいる。

城内にも畳みがいる。飯炊き場がいる。応接の間がいる。寝所がいる。

そしてなにより、城と、城下を発展させるために多くの人々がいる。商いをする者が必要になる。

信長の理想は安土を堺以上の大商い場にすることだった。ただ城を作ればいいものではない事は明らかだった。

 

とはいえ、基本的な政務はまだまだ岐阜で行わなければならない。

信長も家臣一同も基本は岐阜に留まる予定になっている。無論、横溝もだ。

 

「しかし、随分な大移動だなー」

「これら全てが新しい築城のために使われるのですね」

「岐阜も寂しくなるかもしれませんね」

大通りの大八車の大移動を見物していた横溝たちは、その壮観な人通りを見物しにやってきていた。

(年度末にクソゲーがいっぱいでるくらい慌ただしいな……)

 

「おや、横溝殿ではありませんか!」

ふと、大八車の群れから見知った男が顔を出し、駆け寄ってくる。

「よお、長政殿、ご健在でいらっしゃったか」

 

浅井長政。元浅井領の領主であり、信長と戦った男である。

その時、長政は捕らえられ、横溝の機転で大工の棟梁に転身した。横溝には返せない程の恩がある。

今でも横溝の所を訪ねては酒とつまみで飲み明かしたり、家の修理を頼んでもいないのにやってくれたりしている。

「あんたがここにいるってことは……」

「ええ、この浅井組、安土城の建設に一役買う一人に選ばれました。信長様の命令でしてね」

「信長が?」

確か、信長と長政の仲は城の敷居を跨ぐことすら許さない程険悪な仲だったはずだが、

 

「いやなに、勿論今も岐阜城には出入りさせてもらえませんよ。ただ、新しく作る城なら、ということでして」

「そうかぁ。良かったじゃないか」

「あら、横溝様ではないですか」

「おお、市か。おまえもこちらに来て挨拶するんだ」

お市。長政の妻にして信長の妹である。かつて、浅井と織田が戦う道を選んだ時、長政は市を織田に帰るよう言った。しかし、市は断った。死が二人を分かつまで一緒にいると決めた。

そして夫が大工に転身した後も、長政を支えている。無論、彼女も岐阜城の敷居を跨ぐ許可は得られてないが。

「実は私たち、このまま安土へ住もうと思うんです。あそこは浅井領にも近いですし、思い出も多いですから」

「そうか。ま、新天地で仲良くな」

 

「あ、そういえば、万福丸の姿が見えないな」

「ああ、あいつでしたら……」

「万腹丸は大工ではなく武士として生きる道を選びました。今は諸国放浪の旅で腕を磨いているようです。時々、手紙が届きます」

「そうか、武士として生きる、か。らしいっちゃらしいかな」

「そういえば、横溝殿、子供はいかがです? 子供を作るのもいいものですぞ」

よく見れば、お市さんのお腹が、少し膨らんでいるようにも見えた。確かこれで三人目になるはずだ。

「んー……俺はいいや。そういう柄じゃな……っ痛!」

謙信と愛が横溝の足を軽く蹴った。

「横溝殿、今日は精のつく料理を用意しますので、期待していてください」

「いいですね、銀姫様。私も是非夜は同伴したいものです」

「……おか~さ~ん……おか~さ~ん……おか……おか……おか~さ~ん……」

 

今日のネタは東方見文録だった。ちなみに横溝は暇さえあれば謙信達にクソゲーとはこういうものだと教えている。

謙信は、あなたのいた時代にはそれはもう酷い遊戯があるのですね、と感心を持って話していたが、愛はもう勘弁してくださいと言っていた。

 

「はっはっは、横溝殿も女性は苦手と見える。ま、期待していますよ。色々と」

「あちらに着いたら、お手紙をお書きしますね」

「あ、ああ、よい旅路を」

 

「行ってしまわれましたね」

「岐阜にその一家ありとまで有名になった浅井の旅立ちか……。安土が出来たら、本格的に移動を始める人々も多いんだろうなあ」

「やはり、ここも、寂しくなりますね」

(俺の、渡人としての目的も終わる時が近づいてきたか。そうなったら信長は俺を許すまい。さて、俺はどうなってしまうんだろうな……)

 

 

「徳川家を岐阜城へ?」

「うむ。まあ儂が征夷大将軍になる前の軽い会食の場を設けたいと思ってな」

翌日、皆を集めた会議の場にて、信長の口から会食の場の話が出た。

「拙者は良い案だと思いますが……、堅物で有名な三河武士がそれに答えますかね?」

「そうか? 儂は今でも家康は忠実な部下だと思っておるが」

「…………」

横溝は終始無言だった。

信長は知らない。最後に天下を取るのが徳川家康だったことなど。

 

どうせやつらは三河・遠江の知行で満足する奴らではない。信長は武田を滅ぼし、甲斐をくれてやる腹づもりらしいが、果たしてその程度で家康が満足するか。

だが、事実として甲斐からは離反者が続出しており、一部は織田、徳川、旧朝倉などに出奔しているそうだ。

 

無理もない。甲斐は色々言われているが武田信玄入道のカリスマで豪族を一纏めにしてきた地方だ。

しかし信玄はもうこの世にはいない。武田は現在、四郎こと武田勝頼と一部の武将が切り盛りしている有様だ。

人は城、人は石垣、恨みは敵、情けは味方。信玄公の言葉である。しかし信玄が亡くなった今、その言葉も過去のものになりつつある。

甲斐も、信濃も、いつでも取れる。武田など、いつでも滅ぼせる。これが甲斐近辺の武将たちの共通見解だった。

山は深く、畑を耕すにも難儀し、海もないので、塩も取れない。

上杉謙信が武田信玄に対して「敵に塩を送る」という逸話は、横溝がいた時代にも脈々と流れついている。

しかしそんな地でも奪い、滅ぼさなければならない。

 

横溝は男と男が凌ぎを削って戦う姿が好きなのだ。一方的に相手を蹂躙するのはレ〇プも同然だと考える。

「……とまあ、そういう話が持ち上がっていてね」

「成程…。横溝殿は命を張るに値する戦以外は好みではない、と。中々難儀な性格をしておりますな」

 

腹の虫が収まらないので、横溝は利休殿の茶席に来ていた。

相変わらず、利休が作る茶は美味い。

 

「すまんな、愚痴ばかり零して……」

「いえいえ、男子たるもの、そういう時もあります。茶席に上下はありません。般若すら手懐けて見せますとも」

今日の茶は美味いが、『何か』は見えない。どうも自分の心は曇っているようだ。

「しかし、家康殿がそこまで野心家である、と。横溝殿はそうおっしゃられるのですか」

「戦国の世は、昨日の友は今日の敵。そんなもんだろう」

「ふむ、確かに、野心を持つ者が目上の者に征夷大将軍という天の座に位置される、というのは、あまり面白いものではないでしょうな」

「会食なんてしなければいいんだよ。家康の部下だって、あまりいい思いはしない筈だ」

「ふむ……これは私の勘にすぎないのですが」

 

利休はふと、空を見上げた。

 

「その会食、あまりうまくいかないかもしれませんぞ」

「……俺もそうあってほしいがね」

「毒を盛らずとも毒を盛る方法は幾らでもある、ということですよ」

「ああ、そうか。当日は利休さんは飯炊き場に泊まり込みになるんだよな」

「ふふ……期待していてください。自由奔放な信長様と堅物揃いの三河武士が衝突する場を作ってごらんにいれましょう」

「おいおい、やんちゃは止めとけよ。俺も利休さんには死んでもらいたくないからな」

「はっはっは。ご安心なさってください。所詮私など一介の茶人に過ぎません。されど野心はあります。茶が政に深く関わるような世の中にしたいという野心が」

「…………」

寛ぎの間にも政心と皮肉を。そうなれば確かに利休の望みは叶うかもしれない。

危ない橋を渡るのは覚悟だが。

 

「まあ当日を楽しみにしていてください」

「そうだな。俺も参加するよ。飯一つ取っても我々はお前たちより上だということを思い知らせてやりたい」

「その意気ですぞ、横溝殿」

利休は絶えず笑っていた。

 

 

一方、こちらは徳川陣営。

上司も同然である織田信長から会食の依頼を受けて、さてどうするか、というところである。

「…………」

徳川家康は、まず無言で話し合いを始めた。

当然と言えば当然である。

史実でいえば、日ノ本の天下を取ったのは徳川家であり、幕府を開いたのも徳川家である。まさに、板挟みの状況であるわけだ。

「で、どうする気ですかな? 家康様」

その場の空気を一閃したのは、本多忠勝であった。

「う、うむ……」

家康とて、此度の会食自体は問題ない。ただ信長様が奇襲とばかりに徳川重鎮達を手にかける可能性がある、それだけは危惧していた。

「信長様は、会食によって、我々の懐柔を図ろうとしている。更に足利義昭公から征夷大将軍の座を受けようとしてすらいる。家康様からすれば、いい話ではありますまい」

「む…………」

一同全員が家康の話す言葉に注目していた。家康からすれば、胃が痛い状況ではある。

本多だけではない。榊原康政、酒井忠次。井伊直政、俗に徳川四天王と言われる者たちは皆家康の言葉に耳を傾けようとしていた。

 

有名な『清州同盟』も、実は同盟前から、徳川家は織田家と戦っているし、今川家とも争っている。最初から対等の立場ですらないのだ。

なにせ史実というなら、祖父の頃から殺しあってる仲で同盟が結ばれるというのもおかしな話だ。

それまでの徳川側の経緯をみたら「織田は死ね。今川も死ね」である。

ただ駿河をもらったので、同盟はとりあえず結ばれたのであって、徳川側の腹の底につかえた憎しみは消えたわけではない。

 

そしてなにより、この時代、家臣達は目上の将軍こそ乱世の時代を終わらせ、天下を取るものだと思って仕えている。

ここで弱気な姿勢を見せる者に、人はついていかないだろう。

 

「もし……」

家康は考えながら、少しずつ、言葉を選びながら、家臣に話し始めた。

「もし……信長様が天下の座に就き、日ノ本の国を裁定することになるのであれば、それはそれで仕方がない。平和が来ることを感謝しよう」

「ほう……」

家臣たちの血管が一回り膨らんだ。

「だが、織田家とて、決して幕府を裁定出来るほどの盟主ばかりではあるまい。耐えて耐えて耐え抜けば、必ず好機は来ると私は思う。事を起こすなら、その時でよい、と、私は考える」

「成程…」

「それであれば、我々は家康様に従おう」

「うむ。半端な口を開けばこの場で口諸共首を切り落としていたところだがな」

「反逆の意思があるのならば問題なかろう」

 

「…………」

家臣に言葉を選んで、とりあえず家康は肩を撫でおろした。とりあえず反逆の意思あり、と内心あれば家臣は納得するであろうということは話を始める前から大体分かっていた。

後はその後の日ノ本の未来をどうするか、まで話すだけであった。

しかしギリギリの綱渡りではある。家康も脇に汗をかいて一呼吸おかねば次の言葉を話せない程緊張していた。

「と、とりあえずは、会食は了承する方向で……」

「了解しました」

「うむ。くれぐれも、無礼のないような」




狸と愉快な仲間たちは融通がききません
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