デスクリムゾンBLIED~刀~   作:K.T.G.Y

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徳川編~④~

所変わって、こちらは武田陣営。

何とか徳川陣営を退けたものの、部隊はボロボロだった。

当然と言えば当然である。なにせ徳川陣営には武田から出奔したものが内通者として存在するのだ。こちらの手の内はほぼ丸裸だった。

それでも武田は何とか辛勝を収めたのである。天晴と言うべきか。

 

「勝頼様……」

 

武田に残った家臣の一人、跡部勝資が四郎こと武田勝頼に声をかける。

「……勝資よ、以前のように四郎でよいのだぞ。この戦、長引けばこちらに勝機はない。しかし討って出る力はない。最初から決まっていたのだ」

「そんなこと言うなよ。俺たちは充分に頑張っているつもりだぜ。あんただってそうだ。此度の戦、あんたが前線に出て死に物狂いで戦わなかったら俺たちは今頃甲斐の畑の肥やしだぜ」

「ふっ……武田は他所からの略奪でこの貧しい大地を回してきたのだ。全滅も当然の報いだろう。だが、今だけは出来ぬ。皆が私を担いでくれているうちはな」

「だろう? 喜兵衛……真田の兄ちゃんも頭回して何とか戦ってくれたんだ。今更降りるわけにはいかないよなー」

 

小宮山友晴、跡部勝資、土屋昌恒、そして嫡男武田信勝、皆想像を絶する死地に赴いたにも関わらず、生きて戻ってきた。

鈴木主水重則と矢沢頼綱と息子矢沢頼康は沼田にて北条氏の進行を食い止めてくれた。

 

出奔、裏切りでボロボロにも関わらず、よくもまあ自分みたいな男に付いて来てくれると内心勝頼も思っていた。

(信頼出来る部下に囲まれる、勝頼は幸せな男だな。おかげで死線から生き延びてしまったよ……だが)

 

「勝資よ、今だから言うが、私は甲斐を今のようなままではいかぬと常々思っていた。人を愛し、慈しみ、奪うのではなく与える道を歩まねば、と……。

無益な暴力を信仰させれば、人はやがて甲斐から離れる。実際、今の状況がそうだ。忠義心などないから人は平気で甲斐から離れた……。

これでは、余りにも空しいではないかとな……」

「勝頼様……あんたがあんなに悲しそうに、苦しそうに戦うのは、そういう事だったのか……」

「おそらく徳川は織田に救援を願うだろう。その時が……いや、みなまで言うまい…」

「何処へ……?」

「松姫様の所へ行ってくる。あの方だけは生きてほしいからな」

勝頼はその場を去っていった。

 

「……信玄公よぉ……あんたが道を示さなかったおかげでうちの大将はこんなに苦しんでいるんだぜ。夢の中でいいからよぉ、何とか言ってやれよ、なあ」

 

 

「松姫様……」

「勝頼ですか。此度の戦、お疲れさまでした。皆が帰ってきたら喜んでくれないかと、兵糧の一部でおにぎりを作った甲斐がありました。あいにく塩も入れられませんでしたが…」

松姫。あの信玄公の娘であり、信長の息子、織田信忠の許嫁であった女性である。

 

史実では北条家の領地に生き延び、その後信忠の恋文を貰ったというが、織田信長は明智光秀の本能寺の変で落命。信忠もほぼ同時期に光秀に二条を攻められ切腹している。

当時、信忠は11歳、松姫7歳の頃に婚約が成立してたと言われ、信忠も正室を迎えずに松姫をずっと待っていたと言われているが。

 

「今からでも遅くはありません。織田信忠殿の元へ行ってください。二人はずっと愛し合ってた仲ではありませんか」

「…………。さあ、どうでしょう?」

松姫はとぼけるような口ぶりで言った。

 

「あの、松姫様?」

「確かに私が信忠様の元へ行き、やがて子を産むようなことがあれば、仮に武田が滅びてもまた再興することはできるでしょうね」

「そこまで分かっていながら、何故です!?」

「嫌だからです」

「……は?」

「私、そういう武家の倣いみたいなの、大っ嫌いなんです」

松姫は、それはもう、にこやかに微笑んだ。天然というか、これで正気というか。

「それに信忠様は織田の者なのです。今の段階では武田の敵ですから。それに格好いいとは分かりませんし、気が合うとは限りませんし、もし己の欲望しか考えない御仁だったのであれば……」

「あれば……?」

「織田なんて糞くらえ、と唾の一つでも吐いてやります。そして武田と運命を共にしようかと。ああ、なんて可哀想なわたくし……」

「……松姫様」

 

そろそろ勝頼も呆れの限界に達してきた。

「まあ、とりあえず今は出たとこ勝負ってところですね。勝頼は次の一戦も頑張ってください」

「は、はあ、分かりました。では、これにて失礼……」

勝頼は去っていった。

 

そこには夜空を見上げる松姫がいた。

「……お父様、どうして松は女なのでしょう。男なら皆と共に戦うことができたのに……どうして……」

叶わぬ願いを一人星に願う松姫だった。

 

 

それからおよそ一か月が経過した。

徳川は織田に戦力の増強を希望。信長はそれに答える形となった。

俗にいう、『長篠の戦い』である。

といっても、堀も掘ってなければ三段撃ちも必要ない。ただ一方的に何倍もの勢力で蹂躙するだけの、つまらない戦だった。

 

「家康、来てやったぞ」

「おお信長様、お待ちしておりました。いやはや情けないことに先の戦いでは不覚を取りまして、信長様に助力を願おうかと……」

「そうじゃな。お主は情けない。会食で言ったな。それがお主の将としての限界だと。少しは反省するのじゃな」

「は、はい……(くそっ、信長め、徹底して上から目線か……!)」

「まあ我々はあくまで後詰めとして参加させてもらう。それで構わんな?」

「わ、分かりました。徳川の意地、とくとご覧にいれましょうぞ」

(くそっ、織田はあくまで高みの見物ということか! 一体なにをしに来たというのだ!?)

 

この時の戦力は、徳川5万、織田10万、対して、武田は戦える負傷者含めておよそ8千。

戦力差は明らかだった。

「申し上げます! 織田陣営、戦力およそ10万、後詰めとしてこの戦に参加するものと思われます!」

武田側の伝令役が大急ぎで帰ってきた。

「10万か……!」

「いよいよ、いけませんな」

 

参謀に付いていた真田昌幸が絶望しつつある自陣を見つめる。

 

なお真田昌幸が家督を継ぐのは長篠の戦い以降なのだが、これは長篠とは程遠い戦なのでこのままでいく。信綱?昌輝?知らんがな。

 

「うむ、喜兵衛、いや、昌幸と呼ぶべきだったかな」

「こんな状況です。呼び捨てで構いません。ただ、昌幸と呼んでくれたのは素直に嬉しいですな」

「……皆をここに集めてくれ」

 

「皆よ、武田に付いて来てくれた勇士達よ!」

武田勝頼の言葉に、一同が注目する。

「状況は、はっきりいって絶望的だ。だが、心まで絶望することはない。私がそうだ。こんな状況なのに、心は冬の雪のように透き通っている。

今こそ勇気を振り絞れ。例えあの世に行ってもこう言える。戦って死んだと。友を、家族を、隣人を守って死んだと。

私は武田の子として生まれた。辛く、苦しい、山岳を登るかのように険しい道だった。それでもおまえ達を見捨てることはできなかった。それが武田の矜持だからだ。

今一度思い出せ。信玄公の言葉を。人は城、人は石垣、恨みは敵、情けは味方。父上の言葉は今も人の心と甲斐に脈々と息づいている。

武士の魂、見せてやろうではないか! 想いを胸に! 勇気を足に! 誇りを腕に! ここに、我らの心は一つになるであろう!」

 

ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 

勝頼の鼓舞に、一同が吠える。

皆とて状況が絶望的なのは分かっているのだ。しかし玉砕で散るのも悔しい。だから勝頼は人を守って死んだんだ、と言った。あの世に誇りを持っていけると言った。

(ふっ……我ながら酷い将もいたものだ。死地に赴く覚悟と死ぬ覚悟は違うというのに……)

 

「おまえ達に伝えておかねばならないことがある。今一度耳を傾けてくれ!」

今度は真田昌幸が叫ぶ。

「我々は織田とは決して戦わない。徳川のみと戦う。それならば勝機はある。そして織田が動き出したのを見計らって、織田に降伏勧告を出す!」

 

一同が驚愕する。

 

「もう一度言う。織田とは戦うな。徳川のみと戦え。それが勝利の鍵だ!」

この時、真田は一つの策を考えていた。戦力差が圧倒的な時、それを覆すにはどうしたらいいか……?

向こうは圧倒的物量差をもって巨大な石の如くこちらを蹂躙しようと迫ってくるだろう。

ならば、包囲戦ならいけるのではないか? と。

そう、はるか昔、活躍した伝説の名将・ハンニバルのカンナエを考えていた。

それでもかなり厳しい綱渡りではある。果たして8千で5万が包めるのかは未知数だ。しかし策は昨日徹夜して考えてもこれ以外見当たらなかった。

包めなくても駄目、織田が早期に動いても駄目、三河兵に風穴を開けられても駄目、成功確率はおよそ1分に等しいだろう。だが、真田はその1分に賭けた。

 

「天よ……願わくば武田に恩恵を……!」

 

 

かくして、戦は始まった。武田は両翼を深く、徳川は単純な前衛を厚くした足軽中心の布陣だった。

グーとチョキが相まみえれば、勝つのはグーで決まっている。武田勢は一刻も早くパーに変えなければ勝機はない。

幸い、前衛は跡部勝資と小宮山友晴が頑張っている。槍で武装した足軽部隊の突き合いは、まずは武田に軍配が上がった。

しかし武田はここから陣形を変更しなければならない。戦中を縦横無尽に動き回らなくてはならないのだ。層は次第に薄くなっていく……。

「我こそは武田家嫡男武田信勝! 若輩者と思うのならばかかってくるがいい!」

「おお、信勝殿はりきっておられる。ならばこの勝頼、真正面で立ち向かうほかないであろう。さあ来るがいい」

勝頼はいつもの如く最前線で戦っていた。極めて危険な、いや、無謀な立ち回りである。しかし戦力に乏しい武田勢では後ろに座って戦局を見つめている暇などない。

(大丈夫だ……。喜兵衛なら必ずやってくれる。信じるのだ。父上が我が目に等しいとまで言った男の戦術を……!)

 

 

「信長様、戦局はまずは武田有利で始まったようでござる!」

高台の木の上で遠眼鏡で戦局を見ていた秀吉が叫んだ。

「……ふん、だがすぐにボロが出るだろう。結局、戦は数よ。ましてや武田は負傷者も人数に入れているのであろう? ならば後から体力が持たぬ者が出る筈だ」

「まったくもって殿のおっしゃる通りですな。この戦、武田に勝ち目はないでしょう。普通ならば……」

「そう、普通ならば、な」

「信長、そろそろ行くかい?」

横溝がウズウズしだした。織田勢も戦がしたくて号令を待っていた。なにせ久々の昇給首を取れる好機である。

「ふん、ここで儂らが動き出したら両陣営はさぞ驚くじゃろうなあ。よし、やるぞ! 法螺を吹け!」

 

ブフォォォォォォォォォォ! ブフォォォォォォォォォォ!

 

「全軍、突撃開始!」


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