戦いが終わり、織田軍と武田軍が会合する時がやってきた。
武田軍からすれば、こちらを滅ぼされかねない緊張の会合である。
「初めまして。武田四郎勝頼と申します。此度の野戦、結果的に我々を救っていただき感謝しております」
「苦しゅうない。儂が織田前右府信長である。まあ楽にしてよい」
楽にしてよい、とは言われたが、勝頼からすればとても楽に出来る状態ではなかった。なにせ織田は実質徳川家を滅ぼしたのだ。ならば勢いに乗って武田も、そう考えてもおかしくはない。
「……しかし、分かりませぬ。信長様は何故徳川家を裏切ったのですか?」
「ん、それは簡単な話じゃ。徳川と武田を天秤にかけて、武田を取った。それだけじゃ。他に何がある?」
「なんと……。では信長様が武田に求めるものとは何でしょう?」
「ん、そうじゃなあ……」
あいにく、武田に出せる条件など殆ど残っていない。強いていえば信濃の割譲だろうが、そんなものは武田を滅ぼせばすぐにも手に入る。
(やはり、武田もこれまでなのだろうか、せめて戦ってくれた兵士達の命だけは救ってやりたいが)
「うちの信忠とそっちの松姫と婚姻の儀を結びたい。求めるものは以上じゃ」
「え……っ?」
これは流石に驚いた。信長という男は、領地には興味がないのか? 勝頼はそう思った。
「たった、それだけですか?」
「ん? それだけじゃよ。なにせ儂らは徳川の領地、三河、遠江、駿河三国を丸々奪えるんじゃからのう。それ以上他にいらん」
「は、はあ……」
「武田は改めて甲斐と信濃を治めるとよい。何なら、米と塩も融通してやる。問題なかろう?」
「むむむ……分かりません。何故そこまで破格の待遇を? 私には理解が出来ません」
「あーそのことかあ……」
信長は頭をぽりぽりと掻いた。
「いやな、ここだけの話、義昭公から、「同じ源氏たる武田に憐憫の情けをかけてはくれぬか?」と言われててなあ。まあ、そういうことじゃ」
「なんと……」
「まあそういうわけだから、これまでの事は水に流し、同盟を結ぼうと思う。異論はないな?」
「勿論です。この武田軍、織田軍の末席に加えさせていただきます!!」
勝頼は織田の破格の待遇に気を良くした。とはいえ、信頼を崩せば戦場でも裏切られると分かっていた。此度の徳川のように。
だがこれだけの事をしてくれたのだ。勝頼も男だ。織田を支える一部になってやろうじゃないか、そう強く思ったのだった。
(ふむ、とりあえずは安心か……。しかし織田信長という男、2国を取るより3国の方が都合がよいとは、強欲なことよ。武田もまだまだ緊張状態が続くようだな……)
その光景を見ていた真田昌幸だけが、冷静に事を見ていた。なにせ、甲斐は未だボロボロなのである。これは苦労しそうだな、と。
そしてここからはラブラブ(?)イベントである。
「松姫!」
「まあ、あなたが、織田信忠様でいらっしゃいますか?」
「よくぞ生きていてくれた。こうして会えるなんて、思わなかった!」
信忠が松姫の手を取る。しかし松姫は、
「くんくん、血の匂いがしますね」
「え、あ、こ、これは、戦場からすぐ来たから……」
「でしたら、是非温泉に入ってきてください。甲斐にはいい温泉があるんですよ。ああ、勿論お湯代は甲斐の復興のため徴収しますけど」
「あ、ああ……」
「そしてその後は……ああ、獣と化した信忠様に辱められるのですね……ああ、可哀想なわたくし……」
「ま、松姫……?」
「信忠様、子供は3人ですか? 5人ですか? あまり求められるとわたくしも腹上死してしまいますので程々に」
「…………」
「わたくし、武家の倣いみたいなの、嫌いなのです。信忠様はそんな卑劣漢ではありませんよね?」
「あ、ああ、も、勿論。ちゃんと、愛するから、松姫は何も心配する必要はないから……」
「有難うございます。では婚姻の儀の前にするのですね……ふふ……」
「…………」
(あ、そうだった。松姫の性格を信忠様に教えるのを忘れていた……)
(まあいいではありませんか。あれはあれでよい伴侶になるでしょう)
その後、まあ後日談になるのだが、松姫は早速男の赤ん坊を産んだという。そりゃもうずっこんばっこんである。信忠様も好きよのぅ……。
その後、信長は本格的に徳川領地侵攻を開始する。もはや将はいない軍隊である。次から次へと降伏した。
そして三河の城を攻め落とした時の事である。
なんとこの城に、渡人・杉山智一が地下牢にいると聞いて早速信長と横溝は行ってみた。
「臭いな……」
「臭いな」
地下牢は糞尿の臭いで酷いことになっていた。火薬の材料になりそうである。
「いた、こいつか……」
地下牢の最奥、男の姿はあった。糞をそこらにし、あ、ああ……と低いうめき声を口にし、涎を垂れ流し、目は虚ろ。まるで麻薬中毒者かと思うくらい哀れな姿だった。
しかし男は信長たちの姿を見て更に動転する。懐の銃を取り出し、今にも発砲しようとしたのである。
「信長、下がってろ!」
「む、分かった……!」
横溝と杉山の目が合う。
「へえ、デザートイーグルか。いい銃持ってるじゃん」
「あ、ああ、ああああああああっ!」
杉山は銃を発砲した。
一発、二発、三発、そのうち一発は横溝の肩に命中したが、それ以外はまるで狙っている様子もなかった。
いや、狙ってはいたのだ。狙ってはいても気が狂いすぎて照準がまるで合ってないのだ。あまりに、あまりに哀れである。
(信玄公は酷いことをしたなぁ……)
「……ちっ、流石はマグナム弾だ。痛いな……」
「……横溝」
「ん?」
「……楽にしてやれ」
「ああ、そうだな」
横溝がクリムゾンを構える。杉山は怯えていたが、銃を撃とうとはしなかった。
「あばよ。できればおまえさんとは、友達になりたかったぜ」
ズドンッ!
クリムゾンの一撃が、杉山の眉間を貫いた。そして体は崩れ、銃と共に土くれとなり、そこには何も残らなかった。
「終わったのか?」
「ああ。でもな、あいつ、かすかにこう言ったんだよ。『ありがとう』って……」
「死のみが救いの道か……哀れなものよな」
「まったくだ。信玄入道も地獄で精々反省するといいぜ…………うっ!!」
クリムゾンが紅く輝いた。渡人を殺した罰を与えるために。
「ぐっ……うううううっ……ぐぁっ…っっっっ! …うああああっ! ……あああっ!!! ぐあっっ! あああっ! ひぃっ! うぅぅぅっ……ぎぎっ!!!! ぁぁぁっ!」
全身の神経が逆立つようにうねった。血液はごぼごぼと沸騰し、毛穴を含めた穴という穴から蒸気となって吹き出す。
脳がミシン針で裁縫されるように貫かれ、四肢は破裂するかのように痛み、眼球ははじけ飛ぶ錯覚に襲われる。
何も見えない、何も聞こえない、何も喋れない、その中でただ全身を覆う強烈な激痛が横溝を絞るように包み込んでいた。
「よ、横溝!」
「来るな! 信長! うっ、ぐぐぐうぅぅぅっ…………! がああああああああああああああっ!」
強烈な激痛の中、信長の声が聞こえたような気がした。
そして毛穴から噴き出た蒸気がようやく収まりつつあったその時、倒れこんでいた横溝がふと呟いた。
「う……うぅ…………、俺は、生きて、いるのか?」
「横溝、お主、その姿……?」
「えっ……?」
「か、鏡を持てい! 今すぐに!」
「は、はいっ!」
「どうしたんだよ、信長?」
「お主、分からんのか……?」
「も、持ってきました。手鏡ですが、よろしいですか?」
「充分じゃ。ほれ、横溝、お主の顔を見てみろ!」
「な、なんじゃ、こりゃあ……」
横溝は生きていた。強いてさっきと違うところがあるとすれば、
総白髪の老人のような姿になっていたことか。
「…………。は、はは、なんだよこれ、これが俺の姿だってのか? ふふふ…………くくく…………はーっはっはっはっはっはっはっ!!
そうか、クリムゾンよ、いよいよ俺を殺しに来たってか!? こりゃ傑作だ! はっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
「横溝……」
地下牢で老人のような姿のまま笑う横溝を見ながら、狼狽える織田信長であった……。
自分、不器用なので主人公が報われない話しか書けないんです……