「…………」
明智光秀を看取った後、信長は一人月を見ていた。
(光秀……。おまえは立派な忠臣だった。だが儂はお前の上に立つ将軍たりえたのか……?)
「信長……」
そこへ横溝がやってきた。
「決戦は近いんだ。少しは寝なきゃ駄目だぜ」
「分かっておる。分かっておるのだが……どうにも寝る気になれなくてな」
「……そうか」
横溝は信長の隣によっこらしょっと座った。
「時々だが、儂は部下の気持ちが分からなくなる。……いや、最初から分からないやもしれぬ。人の心とは難しいものよなあ……」
「そうだな。お前さんはそういうところには疎いと思うぞ。……ひょっとして、征夷大将軍に祭り上げるには早かったか?」
「ふん、早いも遅いもないわ。儂は儂の思うまま生きてきただけじゃ」
どんな人間でもいつかは死ぬ。ましてや信長は人の行き死にを誰よりも多く見てきたという自負がある。
正直、光秀の死は骨身にこたえた。だが、来る決戦に向けて、気を引き締めなければならない。
「儂は、許しは請わぬぞ、光秀よ。せめて安らかに眠ってくれ……」
「そう思うなら少しは寝るんだな。明日から忙しくなる。いや、明日が決戦かもしれないぞ。領地の部下には招聘をかけているのか?」
「無論だ。その辺は抜かりないわ。全軍に大至急来るように言ってある。儂が安土を出発する前だから、既に文は渡ってある筈じゃ」
「当然だな。相手は毛利と島津。言わば中国と九州の大連合だ。戦力の逐次投入なんかしてたら骨ごと食われるぜ」
「うむ。御所にはネズミの一匹たりとも入れさせはせぬわ。必ず食い止めて見せる。そうでなければ命を張った光秀に申し訳が立たぬ」
だが信長は正直不安であった。果たして招聘した戦力は決戦に間に合うのか…?
全軍来れば互角に戦うことは出来るが、間に合うかは未知数だ。こればかりは天運を祈る他ない。
しかし、信長には少し安心感があった。こうして尻を叩いてくれる間柄の男がいることを。
(こういう仲じゃったなぁ……儂は酷い男じゃ。こいつは気にしてないかもしれないがな。と、そうじゃ)
「……お主はどうするつもりじゃ?」
「秀吉さんが言ってた、とかげのからくり、それと戦おうかと思う。いや、戦わなければいけない宿命といったやつかな。相手も俺が狙いな筈だ」
「覚えがあるのか?」
「出会ったことはないが、奴の標的は俺で間違いないはずだ。だから信長は安心して敵と応戦してくれ。それと……」
横溝は一つ咳払いをした。
「次が俺の織田家への最後の奉公になる。期待していてくれ」
「……っ! そうか……お前さんもいなくなるのか」
「ああ……」
「お前さんとも長い付き合いになったな」
「そうだな」
「さよならは言わん。勝てよ」
「ああ」
何も言わず、二人は固い握手を交わした。
そして翌日、いよいよ決戦への準備が始まった。
翌朝、信長は部下を全員集め、会議を始めた。
「偵察隊からの報告はまだない。だが、奴らは必ず近いうちに仕掛けてくる。秀吉の伝えでは、島津は逃げる秀吉軍を存分に追撃しようとしたそうじゃ」
「いやはや、面目ない……」
「殿、敵は島津と毛利、両方とみて間違いないのですか?」
「九州を平定したとみられるのは島津じゃ。ならば九州軍は島津とみて間違いない。毛利も吸収したとみて間違いなかろう」
「島津の噂は畿内にも流れております。恐ろしい程の戦闘集団だとか」
一説には織田と島津は同盟を結んでいたという説があるが、島津はそれを自ら破棄した。ならば島津は織田の敵だ。それは間違いない。
「うむ。我々は敵に対し、万全な状態で立ち向かう他ない。できなければ負ける。我々は死ぬ。幕府も滅ぶ。御所も抑えられ、泥沼の戦乱の時代がまた来る」
「そんな未来には……なってほしくありませんな」
「次の戦は織田の未来がかかっておる。天下を維持できるかがかかっておる。幕府の未来がかかっておる。何としてでも勝つぞ」
「ははーっ!」
「我々は尼崎の西方で陣を張る。東から軍が間に合ったら至急入れと言っておけ」
(だが、間に合うのか…? 旧朝倉、上杉、武田、全てを搔き集めてもおそらく相手全軍に足りるかどうか……)
「信長様、我が軍に入りたいという者が来ました。お目通りをお願いできますか?」
「なんじゃ、何処の馬の骨じゃ?」
「それが、浅井長政と言っております」
「何ぃ? あのカタギが今更何をしにきおった!?」
「信長様、お久しぶりでございます」
信長の元に来たのは、間違いなく、かつて戦った浅井長政であった。
「長政、子供生まれて引退したのではなかったか?」
「そのつもりでしたが、信長様が危機と小耳に挟んだので、元浅井領で兵を募ったところ、協力を申し出てくれる者がいましてな」
「…………」
「浅井軍、千人、此度の戦に加わらせていただきます!」
「……ふん、焼け石に水じゃ」
「勿論後詰めですよ。今更前衛には加わりません。なにせ、今日は万福丸の初陣ですからな」
「よろしくお願いします! 織田信長様!」
「万福丸よ、今日から久政を名乗れ。父の名に相応しき立派な武士になるのだぞ」
「はいっ!」
(やれやれ……物見遊山で戦にきてはかなわんわ。しかし今更追い返すこともできん。仕方ない。上手く使ってやるか)
「あなただけに命は張らせませんぞ、長政殿」
「おお、これは山崎殿、お久しゅうございます」
「山崎か! 旧朝倉の軍勢、どれだけ集められた?」
「2万といったところですかな? 信長様が手助けしてくれたおかげで、ここまで軍を引き連れることができました。此度の戦、何としてでも勝ちましょうぞ」
「充分じゃ。頼んだぞ、山崎」
「お任せください!」
「殿、上杉軍が到着いたしました」
「おお、そうか! よかった。実によかった。早速ここに連れて参れ!」
「信長様、お久しぶりです」
「上杉景勝・景虎二人とも来よったか。して、何人集められた?」
「ざっと3万といったところですな。なにせ、越後は織田家に大きな借りがあります。力を貸してくれと頼んだところ、誰もが名乗り出てくれました」
「3万か。そうか。充分じゃ。此度の戦は前陣で頑張ってほしいが、構わんな?」
「いいでしょう。ただ……問題が……」
「どうした? 何か不満でもあるのか?」
「いえ、そうではなくて……、ここに謙信の奴は来てますか?」
「謙信? 一応横溝の奴と来ておる筈じゃが、何かようがあるのか?」
「はい……」
「いた、謙信だ」
「おーい、謙信」
「……! こ、これは兄上殿、お久しぶりでございます」
「ああ。我らはざっと3万の部下を率いて此度の戦に参るつもりだ。で、そのことなのだが……」
「3万。充分な数ですね」
横から直江が呟く。
「……おまえ、此度の戦に参加しろ。率いる武将が絶望的に足らんのだ。おまえの力を貸してくれ」
「ええっ!?」
当然謙信は驚いた。自分は二度と越後に戻らないと決めた身だ。それなのに部下が付いて来てくれるかと言われれば、いささか疑問である。
「しかし、私は……」
「それから、たまには越後に帰ってこい! 民にはよく言い含めておくから!」
「そ、それは……」
「謙信、おまえは今でも上杉謙信なのだ。帰ってくれば越後の民も喜ぶ。頼む……越後にはおまえが必要なのだ」
「…………善処します」
「そうか。それなら有難い。此度の戦は前陣を任されることになった。厳しい戦いになると思うが、頑張ってくれ」
「謙信様、私も軍師として働きます。あなただけを危険に晒すわけにはいきません」
「愛……」
謙信は、覚悟を決めた。
「分かりました。私でよければ、越後のため、織田のため、前線に立ちましょう」
「そうか、頼んだぞ。鎧も持って来てある。それに着替えるようにな」
「はいっ!」
「愛、すまないな」
「いえ、謙信様、私は梅であり、直江愛です。気にすることはありません。それに、私も毘沙門天様の加護を受けた人が戦で躍動する様を見てみとうございます」
「有難う、愛……」
その後、謙信は鎧に着替え、皆の元へ現れた。剣を取り、皆の元で檄を飛ばす様は、中々の見ごたえだった。
(横溝殿、私も戦います! あなただけを危険に晒す真似はいたしません!)
いよいよ総力戦です。これがラストです。頑張ります