長良川西岸――墨俣砦。
「秀吉様、岐阜城から信長様が来られました」
「な、なんだとー!? し、至急おもてなしを、といってもここには茶席もないし、美味い食い物もない、ど、どうすれば」
「というかもう来たぞ猿。墨俣の防衛、大儀であった」
「と、殿ぉ、会いたかったですぞ! こっちは何度も攻められいつ地獄に行くか気が気でならなかったものを……」
「はっはっはっ、それでも守り通したのだから重畳ではないか。褒めて使わす」
「そんな、私めに、感謝の言葉もございません」
(好かれてんだなぁ……そりゃ出世もするわけだ)
「お、そちらの者が噂に聞く『渡人』でござるか? 始めましてでござる。木下秀吉と申す。以後よろしくお頼みもうす!」
「ああ、横溝 由貴だ。まあよろしくな」
信長と秀吉は旧知の仲、などでは決してない。だが信長は身内びいき、もとい、その上昇志向を大いに買っていた。
だからこそこの墨俣砦の防衛を任せたわけだが……。
「心配するな猿よ。儂が新たな策を見出した。この方法なら浅井など丸ごと平らげてくれるわ」
「なんと! して、その策とは?」
「くっくっく、まあ見ておれ」
佐和山城。
「殿、大変です。織田側に動きがありました」
「なんだ。わしは昨日は飲みすぎて痛飲中じゃ。年は取りたくないものじゃなあ・・・」
「そんな余裕ではありません! 織田に……囲まれました!」
「はあ!?」
「正確には織田が建造した砦……実に10を越える数です!」
「何ぃっ!」
久政は慌てて、城下の先を見下ろす。するとどうだ? 一夜墨俣城どころではない。だが建設中の砦が佐和山や小谷城を囲むように建設されている。
10どころではない。ざっと合わせて20はあるのではないだろうか。
「う、打て! まだ建設中の砦を落とすのじゃ!」
「打つといっても、何処を仕掛ければいいのですか!?」
「そ、それは……」
「もう無理です。分散し過ぎているし、砦自体が深いところにあります。これでは手出しが出来ません!」
「の、信長ぁ……!」
事態は当然小谷城にも告げられた。
「これは、一体……!」
「長政さまこれは……」
「市よ、どうやら我々は文字通り囲まれてしまったようだ……」
「そんな……!」
付城(つけじろ)戦術。それは相手の城の周り、いや回りを囲むように砦を建造するというものである。
これも間者が多い織田だからこそ出来る戦術だった。
やってることはただの土木作業だが、これは恐ろしい程の効果があった。
第一に守りに徹することができるので犠牲が格段に減る。そして相手は砦を落とそうと援軍を送ってくるだろうがこちらは砦にこもって弓や銃で応戦していればいい。
やがて敵は無理と悟って引き返していく。
そうすれば後はこっちのもの。降伏させるも干殺しにさせるも思いのまま、ということだ。
間者だって出動回数は多いので銭はたらふく、なのに危険は低い。まさに万々歳というわけだ。
一週間後、浅井側は結局何も出来ないまま全18個の砦の建立を許す。まさに織田の電光石火の建立だった。
その後は嫌がらせのように織田軍は攻める。そして引き返す。攻める。の、繰り返し。
浅井側は兵糧と兵力が尽きぬことを祈りながら攻める、砦はひたすら守る。守りを破れず退却の繰り返し。
どっちが有利なのかは、最早誰の眼にも明らかだった。
「結局戦で最後に物を言うのは兵でもなく忠義でもなく、戦略でもなく、銭、というわけですか……私の立場がありませんね……」
秀吉に付いていた軍師・竹中半兵衛が状況を見ながら一人呟いた。
「さて、この調子では埒が明かない。埒を明けるためには切り札を出すしかない。と、なれば……」
「死なないことを武器に戦場を駆け回る渡人を切らざるをえない、ってわけだろ? 分かってるって」
「頼むぞ。おまえが死ねば全てがひっくり返るのだ」
(……この時代、松明灯けば火の灯りで丸見えだもんなあ。少なくとも夜襲はない。昼に来るしかないか)
「信長……」
「何だ?」
「必要になるかもしれない。刀を一本、銃を一丁貸してくれ」
「……ふふふ、初陣ということでうぬも人並に緊張するか」
「ま、まあね……」
「くそっ、朝倉勢は何をしているのだ!? このままでは我々は……ええい、待っておれん! 白田を呼べ! こちら一千の戦力であの砦をまずは落とす!」
久政が選んだのは比較的前に出ていた小規模な砦だった。まずはあそこに穴を開け、返す刀で両脇を落とす算段である。
「呼んだか? 久政」
「お主にも存分に活躍してもらうぞ! 先の戦い以上のな!」
「やれやれ、仕方ないな」
「出陣だ! 法螺を吹けー!」
「伝令です! 敵に動きがありました! おそらく久政の勢力かと!」
「ならばおそらく渡人もいるな! 出番じゃ、横溝!」
「はいはい、それじゃ、慣れない馬で推参といきますか!」
「横溝殿、拙者も行くでござる。ご安心なされよ!」
横から秀吉が着いて来てくれた。
(頼むぞー。流石にドンパチは慣れてないぞー。あ~震えが止まらねえ。向こうの渡人もそうなのかねえ?)
「良いか、無理をして合戦を行う必要はない。弓矢と銃で応戦せよ!」
砦を守っていたのは明智光秀の勢力だった。
(くっ、だが今回は数が多い。守りきれるか?)
しかしここは付城の利点。防衛に徹すれば少なくとも負けることはないという点を生かす。火矢も投げ込まれたが雨水も溜めておいた為消す事は造作もなかった。
「だが今回は久政自らが合戦に出てきている。となれば、おそらく、あの渡人も……」
「くそっ、攻めろ! 攻めろ! 数ではこちらが優位なのじゃ! くそっ、ええい、なぜ落とせぬ!」
久政は戦場の中歯軋りしていた。この程度と思いきや、あいにく敵の防御は固い。
例えるなら、凍えるような川の水の寒さに震えながら対岸の敵に向かっていくようなものであった。
しかしこの光秀勢有利な戦局は一変する。
パァン! パァン! パァン!
「ぐわあっ!」
「き、来た、砦左側にと、渡人です!」
「やはり来たか!」
「渡人の白田だ! 死にたい奴から順に並びな!」
流石に槍で刺されたり首を斬りおとされたりすれば人間不思議とクソ度胸が付くものである。そしてこの時代の鎧兜ではピストルの弾は到底守れやしない。
「くそっ、またか……またなのか!」
光秀の顔面が蒼くなっていく。また一人、そう、たった一人の敵のせいで全ての戦局が覆され……、
「光秀殿ぉ!」
「秀吉殿か!」
「援軍に参ったでござるよぉ! さあ、もうひと頑張りでござる」
「有難う秀吉殿。そうだ。ここがふんばり所と思え! 敵を押し返すのだ!」
一方、渡人同士の戦いも始まっていた。
横溝は砦の角に立ち、相手をけん制しながら銃を撃つ。明後日の方向に。
「下手糞が! 悔しかったら当ててみな!」
「うるせーよ、馬鹿野郎!」
(奴の持ってる銃、グロック17cじゃねーか! 俺が大好きな銃だよ! ちくしょー羨ましいなー譲ってくれないかなー?)
1対1の銃撃戦だというのに、横溝は何処か呑気だった。あまりに現実離れした局面に脳が付いていってないのかもしれない。
パァン! パァン!
「うおっ、危ね!」
砦はほぼ木製な為、ピストル弾では簡単に貫かれてしまう。いや、下手をすればこのまま隠れていても撃ち抜かれてしまうかも・・・。
(あいつ、何か頭のあたりを積極的に狙ってる気がするな。……ああ、そうか、ヘッドショットか。確かに有効的だもんな。だとするとまずいぞ)
無限に弾が撃てるといってもリロードなしだとこっちはたったの6発。相手は初期モデルなら17発だがどのみち連射が出来る事に変わりはない。
つまり、初っ端から大ピンチである。
(くそっ、俺には何かないのかよ! 突然マッチョマンになるとかジャクソンロボに変身するとか……!)
あれこれ考えてはいるが、所詮天は横溝に味方はしてくれない。
戦国時代と言っても所詮ローファンタジーすれすれの何でもありに限りなく近く歴史好きが次から次へと押し寄せそれは違うと連呼して終いには同族同士で喧嘩を始める世界なのだ。
そして、マインドシーカーをプレイしても超能力がつくわけでもないのと同じである。結局、持ってる武器で何とかするしかない。
「このままじゃ、ジリ貧だな。よし……」
横溝は腰に構えていた種子島銃を取り出し、チャッカマンで火を付ける。信長が言ったところ、既に火薬と弾は装填済みな筈だ。
一方で渡人・白田、間合いを詰めて一気に潰すかどうか算段を決めかねていた。
(奴の銃と腕前は大した事ない。なら一気に決めてしまうか!?)
緊張と緊張が両者を結ぶ糸のように張り詰めたその時――、糸が緩んだ。先に動いたのは横溝だった。種子島銃を構えて。
バァァン!!!!
戦火の一撃が白田を襲う! その弾は白田の肩を正確に貫いた。
「ぐああああっ!」
「よしっ!」
たまらず肩を抑えて悶絶する白田。その好機を、横溝は見逃さなかった。
鞘から刀を抜き、一直線に走る。
「う……、うああああああっ!!!!」
(何で銃の撃ち合いをしないのか、そう思うだろ!? 出来ないんだよ! こっちは!)
直線一気、間合いを詰め、刀を大上段から振り下ろす。
白田も負けじと頭を狙いグロックを撃つ。しかし肩に重症を負った傷では、狙いは定まらない。その一発は虚しく耳の横を通り過ぎるだけだった……。
「せいやぁ!」
横溝の一撃は白田の銃を持つ利き手を肩口からばっさり切り落とした。
言っておくが本作は本格的(?)で迫真(?)な銃撃バトル小説ではないのでご安心めされい(ちょっと武士)。
「ぐああっ……あああっ!」
更に横溝は白田の体をタックルで倒し、馬乗りになる。そしてホルスターから役立たずのクリムゾンを抜いた。
白田の眼前に向けられるクリムゾンの銃口。
「ひ、ひいっ、や、やめ……!」
「流石にこの位置なら外さないだろ。観念しな」
「ああっ……あ……」
「大丈夫。俺に残虐行為手当が付くだけだ」
「ひいっ……!」
「なさけ むよう」
バァン!
クリムゾンは白田の眉間を捉え、脳にまで達し、髄を貫通した。
「あ……ああっ……あ……」
すると渡人・白田の体に異変が起きた。体がどろどろと泥の様に溶け始めたのだ。
「……!?」
横溝もたまらず馬乗りを止める。白田の体はさらに溶け、皮膚、臓物、ついでに衣服まで溶かし、後には何も残らなかった。
「どういう事だ…? 今のが奴の急所だとでもいうのか…?
あ、そうだ! グロック……って土くれになってるじゃねーか。ちっ」
横溝は軽く舌打ちした。
「そうか……眉間を打ち抜くことで渡人は倒せるってことか……うっ!?」
瞬間、横溝の体に激痛が走った。クリムゾンは禍々しく赤く輝いていた。たまらず朝餉をもどしてしまう。
「横溝殿、大丈夫でござるか!?」
近くに秀吉がやってきた。
「へへ……緊張の糸が切れたみたいだ。朝のものをもどしてしまった……勿体ねえ。それより久政だ! 逃がすな!」
「おお、そうでござった! この日のために、ここまで辛抱してきたのでござった。逃がすかー!」
「どうして、どうして……こうなったのだ! くそっ!」
久政は戦場のど真ん中で一人呆然としていた。仕掛けた砦は破れない。戦力は大幅に削られた。そして渡人が死んだという伝令まで届いた。
「くそっ! どいつもこいつも役に立たん! 佐和山城まで戻って出直しだ!」
「そうはいくかー!」
久政の陣を秀吉が強襲する。こちらも戦力は手薄だが、この状況で物を言うのはやはり勢いだ。
「この日を……待ち遠しかったでござる。墨俣城で幾度となく攻められ死ぬような思いをし続け、やっと訪れた好機、必ず物にしてみせるでござる!」
「ひ、ひいっ!」
「もらったあああああっ!」
秀吉の刀が遂に、大将首である久政まで届いた。全ては執念、この日を耐え忍んできた執念の勝利だ。
「召し取ったりー!」
刀の先に久政の首が付けられた。
「久政様がやられた!?」
「に、逃げろー!!」
「伝令です! 光秀殿、砦を死守! 横溝殿、相手渡人を撃破! 秀吉殿、大将首久政を撃破! 以上です!」
「おお、でかした! 全員見事な働きよ! しかし光秀も秀吉もようやったが、陰の功労者はやはり横溝だな。わしの仮説に狂いはなかったようじゃ」
「その横溝殿ですが、調子を崩してしまい、戦線を離脱したいとのことです」
「む、そうか……。奴にとっては始めての戦だからな。仕方あるまい。よし、我々はこのまま佐和山城を落とす! 大将のいない城など怖くもなんともないわい……!」
その後、佐和山城はあっけなく落ちた。信長は得意の皆殺しを行い、余った兵糧や水は全て没収した。ついでに朝倉に助けを呼びに請うとした者も殺した。
(まあこんな姿はあやつには刺激が強すぎるからのう、まあええわい。
この期に及んで朝倉が動かんという事は浅井を見捨てる腹積りじゃな。くっくっく、ならば遠慮なく小谷を取りに行くまでよ)
1週間後。砦を更に増やし、小谷城を万全に囲んだ。もはや援軍が入る隙間もない。
一ヵ月後。小谷城からやけくそにも思える2千の強襲が行われた。しかしこちらの損傷は軽微。向こうは被害甚大で虚しく引き返した。
三ヵ月後。小谷城から降伏する者が現れた。話を聞くところによると、城の中はもうほぼ干上がっている状態らしい。信長は案外持たなかったな、とほくそ笑みつつ降伏してきた者を軍に引き入れた。
一部、裏切りそうな武将は殺した。殺しには横溝も入れられそうになったが、俺血を見るの苦手なんだよね、あんた達でどうぞ。とぶつくさ言いながら参加しなかった。
半年後。頃合良し、と見て織田軍は一斉に小谷城を取り囲み、城攻めを行った。
「それそれ、丸太をぶつけて城門をぶち破れ!」
「俺も陰ながら助力するぜ」
横溝はかんぬき周りの木材をクリムゾンで正射を行う。待つことおよそ1時間ほど経ったか、遂に城門がぶち破られた。
「敵は完全に干上がっておる。臆せず昇級首を取ってまいれ!」
信長の号令が響き渡った。
(やれやれ、サバイバルゲームやってただけのただの男が、何の因果か織田信長の部下とは、笑えないな……)
小谷城内、天守閣――。
「市よ……」
「長政さま・・・」
「父上は織田に討たれた。城門も破られた。この戦、我々の負けだ」
「そんな……!」
「私は城を枕に自刃して果てる。お前は万福丸や息子達を連れて逃げろ」
「嫌です!」
お市はきっぱりと否定した。
彼女にとって、長政は誰よりも大切な夫、それを見捨てることなど、どうしても出来なかった。
「長政さまと離れるくらいなら……離れるくらいなら……!」
お市は長政の胸に顔をうずめ、泣きじゃくる。自分だって分かっているのだ。武士が戦に負けることがどういうことなのかを。
それでも、この悲しみを止めることは出来なかった。長政を失いたくない……! それだけしか考えられなくなっていた。
「市よ、あまり私を困らせ……」
バァン!
襖が蹴破られ、横溝が乱入してきた。
「おー、どうやら間に合ったみたいだな。二人とも元気そうで何よりだ。腹は空いてるか? 水は飲んでるか?」
「っ!? 織田の手の者か!?」
「浅井長政よ、お命頂戴いたす!」
横から光秀や柴田が刀を抜き、今にも飛びかかろうとしてくる。
「こらこら、先に見つけたのは俺だぞ。俺の言うとおりにしろ」
「ええっ……!?」
横溝が二人に静止を促す。
「そなた、何を企んでおる……?」
「んー……」
横溝はニヤリと白い歯を覗かせた。
「この二人、手ぇ縛って織田陣営まで連れて行くぞ。長政殿は刀を捨てよ。お市殿は毒など持っていたらこの場で投げ捨てておきな」
――織田陣営。
「敵の大将。浅井長政とその妻お市、万福丸ほか子供達をお連れしました」
「なんだと!? 殺してないのか! 誰がそうしろと言うた!」
「いやその、渡人の横溝殿が……」
「何ぃ!? ……あやつ、何を考えておるのだ」
長政達は信長の前に座らされた。
「久し振りよなぁ、長政」
「兄上……介錯役をわざわざ用意してくれるとはこの長政、まことに嬉しゅうございます」
「この儂をまだ兄と呼ぶか! 恥を知れ!」
「長政さまを悪く言わないでください、お父様!」
「おお、お市か。こんな下品で恥知らずな男など捨てて織田に帰ってくればこれまでのこと、帳消しにしてやってもいいぞ」
「下品なのはあなたです! 織田信長!」
お市は甘言などなにくそとばかりに誘いを否定し、実の父を睨み付ける。
「もし長政さまを殺すようなことがあれば、このお市、織田家に末代まで祟り、呪い潰しましょう!」
「言うたな! もはやお前など、妹でも何でもないわ!」
「おい、信長、盛り上がっているところ悪いが、この二人を先に見つけたのは俺なんだぜ。生殺与奪の権利は俺にあると思うんだが」
「なんだと……。お主、何を企んでいる!?」
「ふふーん♪」
横溝は長政の目の前に立ち、長政を見下ろした。
「織田の渡人か……ふっ、私達を殺す度胸もないか」
「…………」
横溝は足を振り上げ、
「ばーか言ってんじゃ……」
そのまま踵落としの要領で足を振り下ろした。しかし安全靴なので結構痛いぞ!
「ねえ!」
「ぐあっ!?」
「男が、夫が、妻と子供残して勝手に死のうとするんじゃねえ! 地に這い蹲っててでも生きようとするのが道理だろうが!」
織田陣営が、しぃんと静まり返った。
「横溝殿、残念ながらその道理は通りませんぞ」
横から光秀が答える。
「あなたがいた時代は別にして、今は乱世、国取りの時代なのです。手柄を立てれば銭が貰え、昇級首を得れば更に上、大将首ともなれば領地とその成果は計り知れません。
それが戦国の慣わしなのですよ」
「ふん……そんなもの、信長の鶴の一声で召し上げられて終わりよ」
「なっ……!」
横溝の言葉に、誰もが生唾を飲んだ。当の本人は明らかに怒気を孕んでいた。
「信長という男の真の強さは、どこまでも非情になれることよ。敵にも、味方にもな」
横溝の言葉に、皆は今度は生唾を飲み込めなかった。飲んだら同意とみなされ殺される、そうと分かっていたからだ。
「さて、と。改めて長政さんよ、お前さんの処遇についてだが・・・・・・」
横溝は長政を見る。長政も横溝を見つめる。横ではお市が睨みつけている。
「お前さん、大きくていい体してんな。健康そうだし、部下にも慕われてそうだ。……うん、よし、決めた」
「な、何を決めたのだ……?」
「お前さん、刀置いて、大工になれ」
「なっ……だ、大工……?」
「ああ。お前さんなら高いところも大丈夫そうだし、体は頑健、妻もいるし、子供も育てなければならない。と、するならばカタギにするのが一番だ。
どうせ信長は浅井領さえ貰えればそれでいいんだし、部下の命も保障してやるさ。これ以上血が流れるのは俺としても不服だしな。いいよな? 信長?」
「……ふんっ! もう勝手にせい! わしゃ知らん!」
「じゃ、決まりだな。光秀さん、柴田さんら、生きてる部下は離してやってくれ。それでも長政に付いていくという奴がいればそれでいいさ」
「……やれやれ、殿が勝手にしろと言った手前、我々はあなたの意見を曲げるわけにはいきませんな。しょうがない。何とも肩透かしですが、いいでしょう」
「渡人よ、そなた、名は?」
「・・・横溝。横溝 由貴だ」
「有難うございます。横溝殿、このご恩は一生忘れませんぞ……!」
「本当に、本当に、有難うございます」
「横溝殿、そなたは変わった方なのですね」
「そうか? 万福丸、だっけ? 父親を支え、立派な男になるんだぞ」
「はい!」
「横溝ぉ!」
信長が叫ぶ。
「これは貸しだ。いつか返してもらうぞ!!」
「ああ。俺もちゃんと奉公するから心配するなって」
こうして、織田・浅井の戦いは幕を閉じた。日本史に照らし合わせればこれは「小谷城の戦い」になるが、朝倉は殆ど関与していないし、当然渡人の存在も本来はない。
挙句、織田軍にすれば徳川軍の援助も頼んでいない。
渡人が歴史を大きく変えてしまった、とは言いすぎかもしれないが、実際それに似たことが起きたのは確かだ。
浅井領は織田に、浅井棟梁浅井長政は大工へ転進した。なお、後に安土城の建設に関わるのは余談である。
横溝にも一応建前として褒美を選ばせた。横溝は自分は戦国大名じゃないから、という理由で城下に屋根付きの家を所望した。
「信長様……」
「光秀か」
「やはり、渡人は危険な存在であると思いまする。戦国の慣わしにまで口出しするなど……。機を見て幽閉したほうがよろしいのでは?」
「……今はダメだ。今は、な」
「……。承知しました。では、そのように……」
(そんなもの、信長の鶴の一声で召し上げられて終わりよ)
(信長という男の真の強さは、どこまでも非情になれることよ。敵にも、味方にもな)
「横溝か。中々食えん奴よ。いや、異文化を持ち込んでくる時点でこのような事になるとはある程度想像は付いたが、な……」
「奴を生かすか殺すか、この信長は見えない力に試されてるということ……で、あるか」
渡人の出現によって、おそらく横溝の知る日ノ本の歴史はまったく違うものになるであろう。
だから信長はあえて聞かなかった。わしは天下を取ったのか、と。
今後の日ノ本の歴史は言わば荒馬のように動く。信長は誰よりも先にそれを感じ取っていた。ただ渡人を駒として扱うのでは駄目だということも。
「…………」
一方、その横溝は、
「げ、また水加減失敗した! お粥になってるじゃねーか!」
ご飯を炊くことに苦労していたそうな……。