「殿、此度の戦に力になりたいと申す者が来ております。お目通りをお願いできますか?」
「何? どこのどいつじゃ?」
「そ、それが…、雑賀衆、雑賀孫市と名乗っております」
「何ぃっ!? あの傭兵集団が何をしに来おったか!?」
「うぃ、ここが本陣かぁ? おう、信長さんよぅ、久しぶりだなぁ!」
「孫市…本当にお前さんか?」
「おうよぅ、種子島の本場、島津と交戦できると聞いてなぁ、わくわくしにきたぜぇ!」
「お、おう……」
「勘違いすんじゃねぇぞぅ信長ぁ、俺たちは本願寺の顕如様に頼まれてきてやったんだからなぁ。信長に何かあったら力を貸してやれってなぁ! そうでなきゃ来るもんかよぉ!」
「……!」
(顕如が、儂にこいつらを紹介させたというのか? いや、何故じゃ。奴にはそこまでの義理はない筈……)
「あぁ、横溝って人はいるかぁ?」
「ん? 俺が横溝だが」
「あんたかぁ。老人みたいな面してんなぁ。顕如さんから手紙を預かってるぜぇ。受け取りな」
「ん、あ、ああ……どれどれ……」
『横溝殿へ。
織田が危機にさらされていると耳にしたので雑賀衆に頭を下げて戦ってもらうことにしました。彼らの実力は本物です。是非此度の戦いに役立ててください。
願わくば、あなた方にご武運がありますように。
追伸:山菜を揚げた天ぷら、美味しかったですよ』
「はは、成程ね。顕如さんも応援してくれるってか。それじゃ、期待に応えないといけないな」
「ふん、奴らめ、お膳立てをしたつもりか? なら意地でも勝たなくてはな」
「殿、またも援軍がきました」
「今度はどこじゃ?」
「四国から長宗我部元親殿が……」
「何ぃ?」
「信長様、ご無沙汰しております」
「……元親よ、お前さん、どうしてここに来れた? 第一、何故、この戦いに気付いた?」
「秀吉様が中国を攻めている時でしょうか……? 島津から使者が来ました。秀吉の背中を突くために挙兵してほしい、と」
「それで、お前さんはどうしたのじゃ?」
「はっはっは、首を斬り落としてやりましたわ。今更何を言うか、とね。そして島津が秀吉様を狙っているという報告を聞き、水軍を用いて淡路経由で何とか間に合いました」
「……軍の数は幾らじゃ?」
「5千が限界でした。ですが、信長様の軍に加わりますゆえ、ご安心を。無論、背中を突くような真似はしませんぞ」
「……ふん、ならば精々儂のために働け。じゃが期待しておるぞ」
「分かりました。ところで、光秀殿の元へ行ってよいでしょうか?」
「ああ。行ってやれ。まだ死体は焼いとらん」
「有難うございます!」
元親は一度陣を離れていった。
「…………」
(光秀の忘れ形見、というやつじゃな……。礼を言うぞ、光秀)
雑賀衆が本陣に現れてから、横溝は一度陣を離れ、周りの偵察に行っていた。
なにせ今回の戦は連合軍である、ふとした事で喧嘩が起こる可能性もあるからだ。
しかも知らせでは謙信も此度の戦に参加することが分かった。彼女を危険に晒したくはないが、事情が事情なのでしょうがないと言える。
(しかも長政さんも現役復帰だろ? 事情とはいえ、皆を危険に晒すのは嫌だねぇ……)
そうやってブラブラしていると、横溝は織田家の陣にやってきた。
「こんばんわー」
「おお、横溝殿ではないですか、歓迎しますぞ! そこのお前、茶を出してくれぬか?」
そこには織田信忠と織田信雄がいた。
「は、はいっ!」
「いやいや、お構いなく」
「いいですよ、横溝殿は父上の懐刀ですからな。無礼があってはなりません」
(おれそこまでえらい身分じゃないんだけどなぁ……)
「何でも朝倉、越後の軍が間に合い、他にも援軍が来ているとか。いやはや、父上の久々の戦に華を添えるようで、嬉しい限りですな」
「添えるのが菊の華じゃなきゃ、いいんだけどなぁ」
「はっはっは。そうはなりませんよ。なにせ、織田にはこの私がいますからな!」
「気合入ってるなぁ」
「そりゃもう、松が見守ってくれますからな。もうすぐ子供も生まれます。死んでなんかいられません」
「それは羨ましいことで……」
「しかし、朝倉、越後の軍は大丈夫なのでしょうか……。ここまで来るのに馬も休めず来た筈です、体が持つかわかりませんな」
「……(へえ、さすがは信長の息子さんだ。良い眼を持ってやがる)」
確かに言われてみればそうである。戦は数だ。しかし、集めた軍はここまで来るのに、それは苦労したはずである。
なにせ到着したのが殆ど夜なのだ。星空くらいしか照明がない時代で、よくもまあ大軍を動かせたものだと思う。
(皆疲れている筈だ……だがそれは向こうも同じの筈。これは開幕から泥仕合の様相が見えてきたな)
「……はぁ」
「む、どうした信雄、ため息なんぞついて。軍を率いる将がそんな面持ちでは兵にいらぬ心配をかけるぞ。もっとしゃきっとせんか」
「す、すいません兄上、私は夜風に当たってきます」
すごすごと陣から出ていく信雄。
「様子がおかしいな」
「あいつめ……あの事を気にしているのか」
「あの事って?」
「いや、横溝殿、あまり人前では……」
「じゃあ俺が直接聞いてくる」
「あ、よ、横溝殿、待って……」
「よう、信雄殿」
「おや、横溝殿ではありませんか。何か御用ですか?」
「あなたがしょんぼりしているのが気になってね」
「え、えー……い、いや、そ、そんな事は、ありませんぞ。私はそりゃもう元気いっぱいで……」
「カラ元気も元気のうちというが、明らかにおかしいな。どうした? 何があった?」
「聞いてもらえるんですか?」
横溝は頷いた。
話によると、信雄は数か月前、領地である伊賀の土一揆にあまりに苦労していたため、軍を率いてこれを平定しようとしたという。
しかし結果は惨敗。伊賀の軍はあちこちに調略を施しており、率いる軍は丸見えだったらしい。
当然信長は激怒した。これは信長の命ではなく、信雄の独断で行ったからだ。
したためられた文書は信長に頭を勝ち割られるかのような文章で、次失態を犯したら親子の縁を切るとまで書かれていたらしい。
「父上は征夷大将軍、兄上もいずれ父上の後を引き継ぐ偉大な将軍になるでしょう……。
ですが、私は織田の名を持ちながら、才能と呼べるものを持たないただのうつけ者であったらしい。それが悔しくてね……」
「そうか、まあ優秀な上がいると下は苦労するよな」
「ええ……」
「じゃあいい方法を教えてやる。今度の戦いで島津が銃を持って応戦してきた時にな、こしょこしょ……」
「え、えええ!? 馬鹿な! 島津に通用するとは思えませんが……」
「大丈夫。きっと上手くいく。向こうは銃には一日の長がある。そしてそれを自負しておる。そこが落とし穴だ」
「……わ、分かりました。やってみます。正直、上手くいくとは思えませんが……」
「うんうん。島津は輪番射撃って言って、撃ち役と弾込め役を前後に交替させながら撃つんだ。頃合い良しと思った時にやれ」
「は、はい……」
「夜が、明けますね……」
「信長は少しは寝たのかな?」
横溝は信長のいた陣に戻ってきた。
丹波が出迎えた。
「戻ったよ」
「おお、横溝殿、信長様は一度仮眠を取りました。今はここにはいません」
「そうか、ちゃんと寝て良かった。なにせ大一番だからな。集中力が鈍ってはいけない」
「私たちは気分が高揚していて眠るに眠れません。ですが、殿は……」
「そうだな。少しぐらいはいいだろう」
そして朝が来た。
皆が朝餉の準備をしていた頃、大和から筒井順慶が出遅れてやってきた。
「遅いぞ、筒井殿」
「も、申し訳ありません。出遅れました。ですが、6千の兵を集めることが出来ました。これで勘弁してください」
「うむ、では前陣を意識した中入りに入ってもらうかな。殿もおそらくそうするだろう」
「ふわぁ……ねむねむ……」
横溝は欠伸をした。流石に徹夜は慣れない。
「おや、横溝殿ではありませんか!」
横溝に声を掛けたのは、なんと松永久秀だった。
「久秀さん。来てくれたのか!」
「おお、おお、信長様に牢から出してもらえましたか。それは重畳……。私も引退した身ですが、流石にこの戦は放置できませんゆえ」
「有難う久秀さん」
「はっはっは、私は横溝殿の『親友』ですからな。友が危機に陥ってるのに、茶を啜っているわけにもいきますまい。勘が働いて良かったですな」
久秀は笑いながら答えた。
その後、久秀は横溝の為に茶を立てた。眠気覚ましの濃いめの茶だった。横溝は美味しいとだけ言った。久秀は笑顔で有難うございますと答えた。。
横溝は茶席の最中、今回の戦が最後の奉公になることを伝えた。横溝の悲壮感に、久秀は残念がったが、ならば私も老体に鞭打って頑張らなければいけませんな、と答えた。
「皆の者、おはよう」
「おお、殿、おはようございます!」
朝餉の香りにつられてか、信長が仮眠から目を覚ました。
「……武田はまだ着かんのか?」
「そ、それが、まだ到着しておりません。やはり畿外ゆえに遅れているかと……」
「武田は此度の戦の生命線じゃ。何としてでも来てもらわねば困る。しかし……」
(間に合わぬかもしれんな……)
信長の心に不安が広がった。此度の戦、戦力は幾らあっても困るということはない。そして武田の戦力は間違いなく生命線といえる。
「時間を稼ぐ戦をすることになるやもしれぬな……」
一方、こちらは島津、毛利軍。
島津義久とその4兄弟、義弘・歳久・家久と毛利勢、毛利輝元と吉川元春と小早川隆景が尼崎西方に陣を張っていた。
「まずは改めて、義久殿、危機に陥っていた毛利を救っていただき有難うございます」
毛利輝元はまずは感謝から入った。
「礼には及びません。毛利と島津は前々から繋がっていました故、毛利の危機にはせ参じたまでのことです」
島津義久は気にするなとばかり振舞った。
「我々の御所を抑える計画は依然継続しておる。信長の軍を倒し、京に入れば後はこっちのものじゃ」
「信長は気付いているようですがな。とはいえ、今は秀吉の軍を追い回した疲れを取るには充分の休暇でしょう」
島津のタフネスぶりが伝わるかのような振る舞いであった。
疲れはある筈なのだ。しかしそんなものはないかのように振舞わなければ島津の将とは言えない。
「……さて、次の一戦ですが、毛利には前陣を担当してもらいたいのですがよろしいのですかな?」
「ふむ……我々でよければ喜んで身を犠牲にしましょう。借りもありますしな」
「家久、毛利の軍に加われ。『あれ』をやるから伝令役を頼む」
「分かったよ、兄者」
「歳久は左翼、義弘は右翼を任せる。儂は中央で指示を出す。良いな?」
「任せてくれ」
「あの陣が完成すれば、信長は慌てふためくだろうな」
「……ところで義久殿、あれとは一体……?」
「ふふふ……」
義久は口元をにやりと緩ませた。
「名付けて、『釣り野伏せ』じゃ」
「な、なんだあの陣形は?」
早朝、島津、毛利軍が織田連合軍より先に動いた。
それは毛利軍を大きく前に出し、奥に島津軍を待ち構えさせる奇妙な陣形だった。
「なんじゃ、あの陣形は。何とも面妖な……」
遠眼鏡で向こうを見ていた信長は相手の陣形に首を傾げた。
「ああ、あれは釣り野伏せだ」
しかし島津には誤算があった。向こうに『渡人』の存在があることを。つまり釣り野伏せの存在も知られているということを。
「横溝、何じゃ釣り野伏せとは?」
「見ての通りさ。前陣を大きく前に出し、囮にする。相手が突っ込んできたら退却し、縦長になった敵の軍を三方向から袋叩きにする。嫌な陣形だよ。島津の得意技なんだ」
「なんと……つまり、あれはあくまで囮で、後ろに下がるのが作戦だということか」
「十中八九そうなるな」
「ふむ……ならばどうするか……よし!」
信長は前衛の上杉軍、及び、信忠と信雄、そして信孝に伝令を出した。
現在、雑貨衆と旧朝倉軍、大和軍、長宗我部の軍は中入りで指示を待っている。
「こっちは武田の軍勢待ちじゃ。ならば遠慮なく時間を稼がせてもらうとしよう。こっちも釣り野伏せじゃ」
「嫌な策だな。信長……」
「何だと!? 向こうも釣り野伏せの陣を張っただと!?」
「馬鹿な!? 我ら島津のお家芸を信長が何故知っている!?」
「むむむ……予定が狂ったな。まあ仕方があるまい。向こうも動くに動けぬ筈じゃ。このままじわじわと圧力を掛けるように指示を出せ。桶に張った水から先に顔を出した方が負けじゃ」
島津は動じなかった。お互い緊張の張り合いを望んだ。どっちが先に根を上げるかの勝負だった。
(むむむ……流石じゃな島津よ。これで根を上げてくれると思ったんじゃが……)
(動くも戦なら待つのも戦じゃ。信長よ、作戦を台無しにするのはそっちになってもらうぞ……!)
しかし、戦局は全く予期せぬ方向に動く。
キョェアアアアアアアアアアアアッ!!!!
「何じゃあの金切り声は!?」
「あ、ああ……ああ……」
秀吉がその場にへなへなと座り込む。前回の事がいささかトラウマになっているようだ。
「どうしたのですか秀吉殿、お気を確かに!」
「や、奴じゃ。島津子飼いの、トカゲのからくり……奴が現れるぞ……!」
秀吉の予想は当たった。突如、戦場の東の方に、巨大なトカゲのからくりが現れたのだ。
「おお、奴が現れたか、これで戦局も有利に……」
島津側は安堵した。と、思った。が、トカゲのからくりはそこから全く動かなかった。
「あ奴か。秀吉が言っていたのは、いやはやこれは……」
「俺が行く!」
横溝が駆け出した。信長の制止も聞かずに。
その瞬間、横溝の体がふわりと宙を舞った。
「うおおおおおおっ!?」
そして引きずられるようにトカゲのからくりの所まで飛んでいく。
スタッ……。
横溝は草むらの上にひらりと舞い降りた。
「……やっぱりお前さんかよ。……デスビスノス!」
――デスビスノス。機械が究極の進化を遂げた姿であり、クリムゾンを手に入れるためにやってきた、言わばラスボスである。
キョェアアアアアアアアアアアアッ!!!!
「お前のせいで俺の人生滅茶苦茶だよ。どうしてくれるんだ、ええ?」
横溝はこれまでの事を思い返していた。サバイバルゲームをやっていただけの大学生が、クリムゾンと共に戦国時代に飛ばされ、幾度となく体に致命傷を受け続け、今や老人の姿だ。
「この借りは全部まとめてお前に返してやる。覚悟しろよ、でっかいの!!」
「クリム……ゾンハ、ワタシ……ガ……トリカエ……ス……!」
横溝は感じていた。仮にこの戦いに勝っても自分に未来はないかもしれない。元の世界に戻れるかも分からない。
だが、この大一番だけはなんとしてでも勝つ。そう心に決めていた。倒すべき宿敵と対峙し、決意が震えた。
「…………」
まるで関ヶ原の戦いの大一番を見ているようであった。
機械が究極の進化を遂げたと言われる兵器・デスビスノスと、クリムゾンに見初められた男・横溝由紀。
両者は今まさに相まみえんとしている所であった。
お互い初対面でありながら、あまりにも深き因縁を持つ二人。
そこには、ただ、張り詰められた空気だけが存在していた。
「ヨクモココマデキタモノダ……」
「ああ、来たぜ。冥途の土産を貰いにな」
「オマエハ……ワタシノスベテヲウバッテシマッタ……」
「そうかよ」
「コレハ……ユルサルベキハンギャクコウイトイエヨウ……」
「そうかよ」
「コノ……サイシュウキチクヘイキトカシタワタシノチカラヲモッテ……キサマノツミニワタシミズカラガショバツヲアタエル……」
「そうかよ」
「……シヌガヨイ」
「そうだな。重ねた罪の数なら誰にも負けないさ。死ぬにはいい日だ。だがな……」
横溝がクリムゾンを構えた。
「……貴様も道連れだ!!」
キョェアアアアアアアアアアアアッ!!!!
怒首領蜂は名作