織田連合軍と島津連合軍の戦いもいよいよ佳境を迎えてきた。
織田信忠が戦闘不能に追い込まれ、追突していた部隊も島津の種子島の前に退却を余儀なくされていた。
更に島津4兄弟の追撃に足軽が次々に食われていた。
「よし、このまま突き進め!」
「後ろを見せたら殺すまでだ!」
「くそっ、島津め、元気付きおって!」
「深追いするな、撤退だ。撤退ー!」
信長の元にも伝令が届いていた。
「戦況を報告します。織田信忠様、種子島の一撃を受けて重症、他の軍も後退を余儀なくされているようです!」
「むう……。信忠がやられたか。しかし島津は強いのう。流石は九州の暴れん坊といったところか」
「信長様、褒めている場合では……」
「分かっておる。しかし信忠が心配じゃ。最後尾まで下がらせるよう命じよ」
「ははーっ!」
伝令役が再び走るのを見届けて、信長は一息ついた。
「まあ、攻めてくるならくるで、こっちは都合がいいんじゃがな」
「よし、いいぞ、押している!」
「このまま突き進……」
バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!
何処からか射撃音が飛んできた。
「何ぃっ!? 種子島! どこからだ!」
「あ、あれだ……!」
「……! 砦。完成していたのか!」
そう、戦闘中に砦を築く。信長の奇想天外な策は完成されていた。
突き進んでいた島津の前に、巨大な砦がドォンと行く手を阻んだのだ。
このあたりは土木工事を得意とする織田軍の一日の長といったところだろうか。
「尾張は弱兵で有名でのう。どうすれば勝てるか何度も考えていたわけじゃ。付城戦術もその果てに生み出した。そしてこの砦の存在感、これは相手にとって脅威な筈じゃて」
「み、見ろ、あれは織田信長だ!」
「て、鉄砲隊、構えろ! 奴を倒せば終わりだ!」
「おっと、そうはいくか。儂は顔を見せに来ただけじゃ。ま、儂自身による釣り野伏せじゃな」
そう、信長が築いた砦により、前方の守りはより強固になった。これなら射角を利用して弓矢も種子島も使える。
そして退却した一部は側面に回り込み、追突してきた島津を取り囲むように布陣をし直した。
これにより、三方向からの攻めが可能になったのだ。
「こ、この陣形は……間違いない、釣り野伏せか……!」
「覚えておらんのか島津よ。この勝負は釣り野伏せと釣り野伏せの戦いだと。攻めればどっちが不利になるか、忘れていたわけではあるまいな……」
「おぁらぁっ、おまえら、種子島構えろぉ! 撃ちまくるぞぉ!」
「こちらは雨の如く矢を降らせよ!」
雑貨衆と大和の筒井軍が砦から一斉射撃を行った。これは島津にとって壊滅的な被害をもたらしかねない攻撃だった。
「うわあああっ!!」
「だ、駄目だ、防げ……」
「む、無念……」
調子よく突き進んでいた島津軍は砦から放たれる乱射に全く対応できなかった。
しかもこの位置では砦を壊すこともできない。それにいつ側面から態勢を立て直した織田連合軍が来るとも分からない。
「まずい……まずいぞ、兄者!」
大将・義久に義弘が問う。このままでは囲まれて島津は壊滅してしまう。
「ぬう……ここまでか。このままでは軍は丸ごと織田に平らげられてしまう。……仕方がない。この戦、我らの負けじゃ。九州に戻って出直す! 全員退却の準備をせよ!」
伝令役が動く。だが、義久は一歩遅かったようだ。
側面から武田、上杉、旧朝倉、長宗我部が物凄い勢いで突撃してきたからだ。
「た、大変です、左翼から上杉、右翼から武田の軍勢が押し寄せてきております!」
「し、しまった……動くのが遅かったか……!」
後悔しても後の祭りである。両脇からは武田と上杉を中心とした軍勢。正面は砦と織田軍。このままでは完全に包囲されてしまう。
「……ふっ、どうやら、ここまでみたいだな。兄者、兄者だけでも逃げろ。今から俺は一世一代の『捨てがまり』をやって時間を稼ぐ」
「な、なんじゃと!? やめろ義弘! おまえが死んだら島津は……」
「大丈夫だ。歳久も家久も無事逃がしてみせる。兄者達は一心不乱に西を目指せ。皆が九州まで戻れば、島津は幾世代掛かっても必ず織田に引導を渡す時がやってくる。兄者頼む。後生だ」
義久は分かっていた。こうなった時の義弘はテコでも動かない事を。
「…………分かった。頼んだぞ、義弘」
「ああ。元気でな」
「兄者!」
「兄者……!」
歳久と家久が寄り添う。ここで別れの言葉を出せないのが心苦しい。
「おまえらも、元気でな」
「……兄者、九州でお待ちしてます」
「無事で帰ってきてください」
「おまえら、このこのー、そうやって兄離れできないといつまでも島津の一員として恥ずかしいと思えよ」
「いくぞ、おまえら、命捨てがまるは、今ぞ!」
島津の長男と三男と四男が脱皮の如く戦場から逃げ出そうとしていた。
そして残るは次男・義弘ただ一人。だがその猛将、一騎当千にあり。
「射撃はただの一度だけ行う! その後は白兵で攻める! いいか、野郎ども、ぬかるなよ!」
「ははーっ!!」
「……! 島津が逃げる?」
上杉軍にいた直江愛がその様をしかと見ていた。
「追うか、愛?」
「いえ、距離が遠すぎます。逃げ切られます。見逃しましょう、謙信様」
「……愛とは思えない程消極的だな」
「大丈夫です……織田には別動隊がいますから。それに……」
「それに?」
「横溝殿の戦い、終わったみたいですよ。一刻も早く行ってあげませんと」
「……! そ、そうか。ふふ、戦場でも女たれと思わせる、困った軍師だな、愛は」
「いえいえ、それほどでも」
文字通り、島津最後の戦いが始まった。
種子島の射撃から始まり、後の白兵。島津は最後の最後まで抵抗した。この時義弘の兵僅か700。
しかし死兵となった島津軍は強かった。抵抗に次ぐ抵抗。一騎でも多く敵を倒し、一時でも時間を稼ぐために奮闘した。
武田の突撃すら一時跳ね除けたのは称賛に価した。
しかし、それだけでは戦局を覆すには届かない。
「はあああああああっ!! 俺が誰だか知らないのか!?」
四尺三寸の大長刀が、一撃のもとに島津兵8人を斬り伏せた。
「何だと!?」
「あ、あいつは何者……うわぁっ!」
「見えたぞ、島津の将が!」
「くっ、貴様、何者だ!?」
「……四国軍、長宗我部元親の嫡男、長宗我部信親……その命、貰い受ける!」
「島津が次男、島津義弘。この命、取れるものなら取ってみるがよい!」
一騎打ちが始まった。島津きっての猛将島津義弘と、土佐のサラブレッド長宗我部信親。
だが、この戦いは、あまりに早く終わった。
義弘の体力は限界に達しており、あちこちに弾や矢を受けていたからだ。馬ももはや限界だった。
たまたま、信親が近くにいただけで勝負の行方は分かり切っていた。
できれば満身創痍ではない、万全の戦いを欲していたが、これも戦場。信親に心残りはなかった。
「さらばだ、島津義弘。おまえの戦いぶりは今後末永く語り継がれるだろう……!」
信親の大長刀の一閃が義弘の体を捕らえた。義弘は体ごと真っ二つになり、戦場にごろんと転がった。
「し、島津……ば……んざい……ぐはぁ……っ!」
一方、戦場から脱皮の如く逃げてきた島津義久と他2人の兄弟は山道まで辿り着いていた。
(義弘……すまない。本当にすまない……)
今でも思い浮かぶは戦乱の中兄弟で仲良く過ごしていた日々。明日命があるとも分からなくても、兄弟で楽しく過ごしていた日々。
その最期を見届けることすらできなかった己を、義久は悔いた。悔やんでも悔やみきれなかった。
「に、逃げるんじゃ……義弘の命を無駄にはせん。九州に戻り必ず再起を……」
その瞬間、矢が飛んできた。
「なっ……!」
「うわああっ!」
「……!」
ドスッとその一矢が四男家久の眉間に突き刺さった。
「家久ぁ!」
「だ、駄目だ、即死している……!」
「おのれぇ、落ち武者狩りか!? どこのどいつが家久を!」
「我々だ!」
坂の上と山道の木々の隙間から、武装した兵たちがわらわらと現れた。
「浅井軍、参上! 横溝殿の言う通りだったな。状況不利となれば捨てがまりを用意して逃げ切ろうとすると。先読みして回り込んでいたら本当に来たからな!」
「くっ、くっそおおおおっ!!」
「全軍、一斉掃射! その後は白兵だ。こちらは少人数だが、ぬかるなよ!」
「貴様らああああああっ!」
完全に不意を突かれた島津軍は次々に各個撃破されていった。
特に親の名を貰った万福丸こと浅井久政が獅子奮迅の大活躍を見せた。やはり諸国放浪の旅は何も遊んでいたわけではなかったようだ。
立派な武士になる。それだけを目標に久政は今日まで修行してきた。その刀のさばき方はもはや熟練の兵士そのものだった。
「一人たりとも島津を逃がすな! 逃がせば我ら浅井の恥ぞ!」
「くっ……!」
狭い山道では弓矢は防ぎようがなかった。既に歳久は膝に矢を受けて重症。歩くのもままならない。
兵たちは瞬きする間にどんどん減っている。
「ええい、こうなれば一世一代、死中に活を求めるわ!」
義久は馬で山道の上まで駆け抜けていった。しかし、そこにも浅井の足軽が……!
「どけええええええいっ!! 弓矢など、この刀ではじき飛ばしてくれる!」
「どかぬわあっ!!」
足軽隊の槍が、馬と義久を貫く。
「ぐおおおおおおっ!!」
「死中に活なしだ! 島津義久!」
浅井長政の刀が義久の首をズバッと斬り落とした。
それが、島津軍大将・島津義久の最期だった。
「……よしっ、ふふっ、市にいい土産話ができたな。さあ、後は烏合の衆、取り囲んでしまえ!」
浅井軍の最後の仕上げが始まった。
この時点で浅井軍800。島津軍200。それも残りは武装もままならない者たちばかり。降伏しようとするもそれは受け入れられなかった。全員その場で処刑された。
「悪く思うなよ。これも戦国の習いだ……。もっとも今の私は武士ではなく大工なのだがな」
こうして、毛利・島津連合軍は織田連合軍の前に一兵残らず壊滅した。
もうじきこの駄作からも解放されるんやな、って