「……とでも、思っているのだろうなあ、信長は」
所変わってここは朝倉陣地。大将の朝倉義景は信長の動きを見ながら一人ほくそ笑んだ。
「くっくっく、まさか朝倉も『渡人』を手に入れているとは夢にも思うまいて」
「……ですが、信用できるのですか? あやつは」
「誰も信用などしておらん。最後に信長に勝てればそれでよい」
「そ、そうですか……」
朝倉家家老・山崎吉家は内心これでいいのか、と思っていた。義景様も浅井久政のように驕ってしまっているのでは、と考えてはいたが、口には出せなかった。
「真柄、斎藤、そなたらにも存分に暴れてもらうぞ」
「おう!」
「ふんっ、任せておけ義景。朝倉家に下ったのは、全て信長に一泡吹かせるためよ。美濃を追い出した屈辱、必ずこの戦地で晴らしてみせるさ!」
「そして、渡人……、名を何と言ったかのう?」
「おいおい、俺の名前は何度も言った筈だが」
「すまんすまん、近頃物覚えが悪くなって……これも年かのう……」
「ちっ……」
(こんなのが大将で俺は大丈夫なのか……? まったく、貧乏くじを引いたものだぜ。どうせなら俺も織田に仕えたかったな)
「ヒーロー……霜野 比色だ。ちゃんと覚えておけ」
「おお。そうであった。霜野よ、そちの活躍、期待しておるぞ」
「分かってるさ。俺とこの銃、M4カービンに任せな」
「そして光秀、わしを見限った無礼をこの戦で思い知らせてやる……。全軍、陣を敷いたな! 突撃!」
ワアッァァァァァァアァァァッ!!!!
戦乱の響きが聞こえ始めた。
対する織田軍は動かず、相手を引き付ける。恐怖で手足が震える。重圧に怯えながら、勇気を振り絞りながら。
誰とて戦は怖いものだ。なにせ人が大量に死ぬ。戦場には死体がごまんと転がる。
だがその恐怖に勝てた者のみが、戦という大一番に勝てるのだ。
「よしっ、ここだ!」
「弓矢隊、鉄砲隊、一斉掃射! 朝倉の前陣に風穴を開けてやれ!」
矢が宙を舞い、鉄砲の爆音が戦場に木霊する。
遠眼鏡で見ていた信長には、朝倉の足軽と騎馬が崩れ落ちる様がくっきりと見えた。
「よおおし、絶好じゃ! 見事也、光秀、佐久間!」
「くそっ、相変わらず織田の鉄砲隊は厄介だぜ!」
「弓も比べず槍も競わず、ただ遠くから撃ち殺すのだからな。確かに厄介だ。今までなら、な……」
「負傷した者は一旦下がらせろ。奥の手が動くぞ!」
「ようし、我らも動くぞ! 柴田隊、突撃じゃ!」
柴田勝家もここで動く、揺さぶりをかけた朝倉の前陣に喰らい付き、昇級首を取らんと動いた。
だが、世は所詮、好事魔多し……!
ダダダダダダダダダダッ!!
「うわああああっ!」
「なんだ、この攻撃は、と、届かないっ!」
「はっはっは、どけどけどけぃっ! 撃ち殺されたくなかったらさっさと逃げな!」
敵の奥から『渡人』霜野 比色がアサルトカービンを持ち突撃してきた。
「な、何事か!?」
「……げ。あれは、俺と同じ渡人じゃねーか。まずいぞ……」
そして二人は偶然、戦場の一瞬の時、目と目が合った。
(おいおい、よりによってM4アサルトカービン弾数無限だと!? あんなのがあったら手に負えないぞ……!)
(なんだあいつの銃、赤く光ってるピストル、見たことねーな。厨二銃か何かか? どのみち警戒する必要はなさそうだが)
ここで横溝が伝令役を呼ぶ。
「伝令! 伝令役はいるか!?」
「はっ、ここにいますが」
「信長の元には護衛がいたよな?」
「はい。護衛として鉄砲隊が50名ほど……」
「充分だ。信長に伝えてくれ」
「分かりました。どういった内容で?」
「内容は……」
「ははっ、信長隊、面喰らってやがるぜ」
「さあ、反撃開始だ」
「ん? そのわりには、下がっているような……罠か?」
「……いや、それはないはずだ。引き続き、足軽を前に出せ。槍で押し込むぞ」
「ダメです。柴田隊、本陣に向けて下がっていっています」
「正気か? ここを抜けさせれば、信長の本陣まで一直線だぞ……!」
「いや、よく見ろ、柴田隊は下がりながら西の方へ迂回しているようだ。もしや弓矢と鉄砲をもう1度使いやすくさせる算段かもしれん」
「馬鹿か? 弓矢はともかく、鉄砲は隊が邪魔で撃てないぞ」
「ふん、ならば遠慮なく側面から切り崩すまでよ!」
「隊を2つに分ける! わしと真柄隊は柴田を追う。渡人殿と斎藤殿は信長本陣だ。一気にいくぞ!」
戦局は明らかに朝倉優位になっていた。
たった一人の銃を持つ者が戦局をあったという間に変えてしまう。その恐怖心を信長は嫌というほど知っていた。
「うぬぬ、朝倉め、調子に乗りおって。いや、調子に乗っていたのはわしの方か。くそっ! 横溝は何をやっておる!?」
「信長様、その横溝殿より伝令を預かってきました」
「あやつが!? して、その内容は!?」
「はい、信長本陣の護衛鉄砲隊を馬防柵いっぱいまで前に出し……」
そして、信長本陣を狙う隊は、やはり調子に乗りすぎていた。斎藤の騎馬隊は後ろに、その前方に渡人を。
「後はあいつが信長の喉笛に喰らいつこうとした瞬間に一気に間合いを詰めて信長の首を取る……!」
これにより、霜野は戦場で僅かながら孤立してしまった。
そしてその目の前には……、
「よう、朝倉の渡人、やっと二人っきりになれたな」
横溝が戦場のど真ん中で仁王立ちしていた。
「……おまえさん、馬鹿か?」
「馬鹿で結構よ。ついでだ。渡人同士の倒し方も知ってるんだろ? せっかくだからサシで勝負しようぜ」
「なんだと……(やっぱりこいつ馬鹿だ。ただのピストルと俺のアサルトカービンの射程の差を知らねえ)」
「……こういう時、互いに戦場では名を名乗るんだっけな」
「じゃあ冥土の土産に教えておいてやるぜ。霜野 比色だ。お前が聞く、この戦国の世で最期に聞く『ヒーロー』の名だよ」
霜野がアサルトカービンを構える。
「……横溝 由貴だ。けど俺は弱いからな。一人では勝負しないぜ。そう、一人では……な!」
横溝が左手を挙げる。その瞬間、背後にあった馬防柵の先から、鉄砲がギラリと並び、構えられた。
「構わん! 俺ごと撃てぇ!!」
「何っ!?」
ドオオオォン! ドオオオォン! ドオオオォン! ドオオオォン!
虎の子の鉄砲隊の一斉掃射が、横溝と霜野、両者を巻き込んで放たれた。
「ぐああああああああっ!!!!」
「がああああああああっ!!!!」
骨に、脳に、髄に、腱に、臓に、神経に、肉に、ありとあらゆる部位に鉄の弾が直撃する。まるで雀蜂の巣をついたように。
それを見ていた斎藤は唖然呆然としていた。
二人が全身から血や体液を流しながら倒れこむ、だが二人は傷は深くとも死にはしない。眉間に特殊な銃の弾丸をくらわない限り体は再生し、痛みもやがて徐々にひいていく。
だが、それにはタイムラグがあった。そしてその激痛の苦しみからいち早く歯を食いしばって立ち上がれたのは、かつて信長に首を斬り落とされ、耐性が付いていた横溝の方だった。
「…………て、鉄砲隊、な、ナイス……! 残機は減ったがな……」
横溝は激痛に耐えながら前に走る。足取りは重かったが、アサルトカービンの射程入るには充分な距離を稼いだ。
そして霜野の不覚は体を起こすべく、真正面を向いてしまったことだ。
「喰らい……やがれぇぇっ!」
パァァン!
クリムゾンの一射撃が、霜野の眉間を深々と貫いた。
照準が合わない事で有名な銃だが、此度は横溝に味方した。
「ぐあっ……! あっ……ち……くしょう……! てめえ、サシだなんて大嘘吹きやがって……ぇ……」
霜野の体が泥のように溶け始める。やがて、その泥は全身に広がり、服をも溶かし、最期には何も残らなかった。
「悪いな。……俺は、ついていい嘘はつく主義なんだ……ぐっ……んんんん!? ああああっっ!!!!」
瞬間、再びクリムゾンの呪いが発動したのか、はたまた嘘の代償か、
横溝の体に激痛が走り、それは未だ痛む体と相成って、全身に広がり、口から大量の血を吐き出し、ばたりと倒れてしまった。
ともかくこの勝負、横溝の勝ちであった。
それを遠眼鏡で見ていた信長は、
「横溝め、己の体を投げ出し敵と相打ちを望むとは、つくづく、食えぬ男よ」
(俺が左手を挙げて合図したら、俺ごと相手の渡人を種子島で撃ってくれ。その後は気合と根性で何とかする。多分……)
「ふん、あやつめ……」
信長は何故か笑みを溢した。横溝のあまりの滑稽なザマに笑わざるを得なかったのかもしれない……。
「徳川軍に伝令じゃ! 敵は浮き足立っている。攻め時じゃ。一気に囲み、殲滅せよ!」
「ははっ!」
「渡人がやられただと……くそっ! だが信長の本陣までは目と鼻の先だ。進め! 進めぇ!」
斎藤が号令を出す。しかし、斎藤は知らなかった。信長本陣の種子島は、既に装填済みであることを。
加えて右翼に布陣していた、光秀隊がそおっと斎藤を狙って距離を詰めていた事を。
「目標。前方の騎馬隊、放てぇぃ!」
「目標。騎馬隊の横っ腹、撃てぇっ!」
同時に2方向から鉄砲の一斉射撃と矢が舞う。これは油断していた、斎藤隊において、致命的な一撃だった。
「うわああああっ!」
「む、無念……!」
「ぐはっ……!」
そしてその鉄砲の一撃が、大将・斎藤の鎧の隙間の急所に命中する。
「くっ、こ、ここまでか……ちくしょう、信長、お前とは、サシで殺り合いたかった……ぜ……! ぐふっ……!」
斎藤は馬から落ちた。これにて、斎藤龍興隊。全滅。
(信長……信長よぉ……俺は最期に立派に戦えていたか……? 無理だろうなぁ。一矢報いることすら出来なかったもんなぁ……へっ!)
斎藤隊と渡人の死亡はすぐさま伝令により山崎・真柄隊にも知らせが届いた。
「何……じゃと……?」
「渡人が死んだ……!? こりゃまずいぜ。山崎のおっさん。渡人がこっちに来たらこの騎馬隊、すぐさま切り崩されちまう!」
「ぬうう……これは退きどきじゃな。全軍に伝えよ。この戦、我々の負けじゃ。すぐさま退却しなければ全滅するぞ」
「逃がすかぁ!!」
「あれは……」
「柴田隊じゃ。おのれ、もう体勢を立て直したのか!?」
それだけではない。徳川軍もこの好機を逃すまいと相手を包囲しようと騎馬を動かす。
「動け! 動くのだ。ここで柴田殿を死なせるわけにはいかん!」
戦場においてもっとも効果の高いのは追撃戦と包囲戦である。
この包囲が完成してしまえば逃げ腰だった山崎隊と真柄隊はもはや逃れる術すらなくなってしまう。
「くっ、しまった!」
「……もはやここまでだな。山崎殿、あんたたちだけでも逃げろ。ここは俺が食い止める!」
「何じゃと!? 真柄、お前さん死ぬ気か!?」
「死ぬ気じゃなければ柴田隊は止められないだろうなぁ。大丈夫だ。鬼柴田、相手にとって不足なし! 必ず生きて戻ってみせるぜ!」
「……約束じゃぞ、真柄。死ぬなよ。生きて戻るのだぞ!」
「……おう!」
「やあやあ我こそは朝倉家一の大太刀使い、真柄直隆! 信長軍に柴田ありと言われた鬼柴田と一戦交えたい!」
「ほう、ならばこの柴田勝家、相手にとって不足なし! この首取れるものなら取ってみるがよい!」
真柄と柴田の一騎打ちが始まった。両者は一歩も引かなかった。この一番だけは、誰も加勢をしなかった。お互いのプライドをかけた大一番であった。
序盤は真柄の大太刀が柴田を捕らえようと攻めていた。柴田は防戦一方だった。
しかしそこは百戦錬磨、馬で真柄を旋回させ、攻める。これなら馬さばきだけで真柄の間合いに詰め寄る事ができる。
真柄は思うように間合いに入れずジリ貧状態。この辺りはやはり経験の差か。
「くそっ、相手が正面にきてくれなきゃ太刀の力は半減するってのに……!」
「その通りよ。中々の太刀さばきじゃったが、相手が悪かったな。既にお前の間合い、わしの手の内じゃ!」
そして遂に柴田の槍の一撃が真柄の胴体を捕らえた。真柄にとってこの一撃は文字通り致命傷だった。
「ぐはっ……ぅっ……!」
「ぬうううんっ!」
追撃の2撃目が更に真柄の急所を深々と突き破る。大量の血が地面を赤く塗らす。
「くっ……見事……見事なり、鬼柴田……!」
「中々の手垂れであったが、やはり最後にモノを言うのは経験の差じゃったな」
「ふっ、じじい臭いこと、言ってんじゃねえ……よ……!」
真柄が騎馬から落ちた。ここに勝負は付いた。
織田と朝倉との野戦は、織田・徳川連合軍の勝利で終わった。
一方、戦場から帰った横溝は、
「うっ……おえ~……げほっ! げほげほっ! おえっ! がっ!」
口から大量の血を流しながら体にめり込んだ鉄の弾を吐いて出していたという……。
「あやつの体は、一体どうなっておるのじゃ……?」
信長もこれには呆れ顔だった。
「あああっ! あわわわわわっ、ど、どうしよう、どうすればよいのじゃ!?」
一方こちらは命からがら逃げてきた朝倉陣営。場所は大嶽砦。
戦前の余裕もどこへやら、朝倉義景は改めて此度の合戦の惨劇を思い返していた。
「真柄も斎藤も、そして『渡人』も戦死した。どうすればいいのだ……?
もうじき信長も攻めてくるというのに、この大嶽砦は堅牢とはいえ、浅井のように砦で囲まれたらひとたまりもないではないか!
そ、そうだ。比叡山延暦寺に逃げ込もう! あそこなら信長とてそうそう攻めてはこれぬはずじゃ。馬を、馬を出せ!」
「義景様……それはあまりに無茶な話です……」
「そうじゃ、山崎! 皆が戦死したというのに、お前だけ生き残るとはどういうつもりじゃ! 責任を取れ!」
「む……」
そうだ。自分が退却の指示を出さなければ朝倉勢は全滅に等しい打撃を受けていた。しかし指示を出したのは自分。その上、真柄も戻らない。
(奴め、必ず戻ると言っておきながらわしをおいて逝きおって……)
「分かりました。ではここで自刃を……」
「違う違う! わしを延暦寺に連れて行け! 命を賭してもじゃ!」
「そ、それは……」
「そんな話に付き合うことなどないぞ、山崎!」
大嶽砦に見知った男が現れた。
「あ、あなたは……」
「景鏡……!」
朝倉家筆頭家老・朝倉景鏡であった。
「景鏡様、あなた様が何故ここに……」
「そ、そうじゃ、景鏡、お主なぜ」
「喝!!」
「ひいっ!」
景鏡の怒号が響き渡った。
「何が渡人じゃ、何が見たこともない銃じゃ、そんなものに驕り、足元を掬われおって! 此度の戦、何が勝敗を分けたかなど、火を見るより明らかじゃ!」
「うううっ……」
「もはや貴様もここまで。潔く腹を詰めよ!」
「そ、それは……」
「山崎は黙っておれ!」
「……。分かりました」
「ま、待て。勝手に話を進めるな! わしは死にたくはない!」
義景の思い切りのなさに景鏡も呆れ顔であった。これが神輿を担いだ総大将の様か、と。
そうだ、こいつは昔からいつもこうだった。ここぞという時に失敗する臆病者だと。
「案ずるな、お主の首は大切に埋葬し、織田の手に渡らぬようにしておく」
「あ、あああああ…………」
義景はその場にへなへなと座り込み、恐怖のあまり失禁した。
これが朝倉家筆頭か、と誰もがその存在を疑った。
「そうか、腹を詰める度胸もなしか。ならばわしがどうにかするしかないな……」
景鏡は鞘から刀を抜く。
「や、やめてくれ景鏡、わ、わしはまだ……」
「これも戦国の習いだ! 覚悟!」
「うわああああああ!!」
ザンッと、肉と骨を切る鈍い音がした。義景の首から上は宙に浮き、ごろんと土の上に転がった。首の下は大量の血が流れ、遺体が倒れた。
「……ふんっ」
景鏡は刀に付いた血を拭き、鞘に収め……ようとはしなかった。
「さて、次は、わしの番だな……」
「そんな、景鏡様……!」
「言ったであろう、これも戦国の習いよ。朝倉家筆頭を斬ったのだ。儂も責任を取らねばなるまい」
「景鏡様……まさか最初からそのつもりでここに……」
「わしも男だ。戦国の男だ。ならば最期はそれらしい散り様をみせてやろうではないか」
「やはり、最初からその気で……」
「そして、山崎よ。頼みがある。朝倉は死ぬ。しかし武士達に罪はない。もしお前がその気なら……」
「その気なら……」
「織田軍へ全員まとめて投降せよ。なあに、一人ぐらいそのような武将がいてもいいだろうて」
「……。分かりました。この山崎、朝倉軍全て請け負います。そして必ずや一人の死者も出さずにこの話を纏めて見せます」
「うむ。よくぞ言った。それでこそ朝倉家最後の家老に相応しい。では、ついでに介錯も頼む」
「分かり……ました」
「朝倉領は一向一揆も未だ多い。不覚は取らぬ様にな」
景鏡の眼は、どこか安らかだった。これから腹を切る男とは思えない程に。
そして山崎は織田に投降した。事情を信長に話し、これ以上無益となる戦は止めていただきたい、との旨を語った。
信長は、そうか、朝倉は死んだか……とぽつり呟き、山崎の提案を承諾した。二人の昇級首を取れなかったのは心残りじゃがな、とは言ったが。
こうして、織田家と朝倉家の戦いはひとまず終結した。
「……いささか消化不良ですなあ。次こそは吉報を届けるという事で、此度の件は勘弁していただきたく存じます」
「そうじゃな。家康。もうじき武田が動くかもしれん。死ぬなよ」
「はっ、徳川軍全勢力をもって死合いますゆえ」
暫定的ながら朝倉領は前田利家と通称美濃三人衆(稲葉一鉄、安藤守就、氏家卜全)といった武闘派で固められた。これは朝倉領内で一向一揆が激しいことが理由となった。
山崎は朝倉軍の一部を連れて岐阜へ向かった。しばらくは信長の下の世話をさせられる、という信長の冗談は置いておいて、書類整理に勤しむこととなった。
そんなある日、山崎と横溝が出会う時があった。
「あなたが客人として織田家に仕えている渡人殿ですかな?」
「俺は織田家に仕えてるわけじゃないよ。第一戦国大名じゃないし。天下取る気もなければ土地にも金にも興味ないんだ。日々の生活が暮らせる最低限の銭さえあればそれで満足さ」
「ほう……、変わった方ですな。朝倉にいた渡人はいましたが、義景様はあまり重要視しておりませなんだし、名前すら覚えようとしませんでした」
「そりゃ嫌な奴に仕えたもんだな。渡人というのが何人いるか知らないが、いい思いをさせてもらってる奴は少数だろうなあ……」
「聞きましたぞ、あなたは霜野殿と相打ち覚悟で銃を放たれ、そこから逆転したとも聞きました。いつもそんな綱渡りのような戦いをしているのですか?」
「まあな。俺は他の誰よりも弱いからな。リスク背負って立ち向かわなきゃ勝負にすらならない」
「りすく……? ふむ、なるほど、やはりあなたは信長様とは別の意味で変わった方のようだ」
「褒めても何も出ないぜ。……っと、茶が沸いたようだ。飲んでいってくれ」
その後、横溝はというと、
「うーん、造り方はこれであってると思うんだけどなあ。ただ熟成に長い年月が掛かるわけで、これで失敗してたらまた数年やり直しか」
大桶の前でぶつぶつ言っていた。
「やっぱリスク管理のために色々作っておくのがいいか。うん、そうしよう。俺も完成には興味あるしな。それまでは、たまり醤油で我慢だな」
醤油の醸造に苦心していたそうな……。