「ここから先は寺院勢力圏内になります」
「賑わってるなー」
「大きな寺院周りは何処もこんな感じですよ。京の都が幾度となく戦火に包まれ焼け野原になっても復興できたのは寺院勢力と門下の人々が頑張ったおかげです」
「よし、馬はここに置いていこう。あと帯刀もなしだ。俺もクリムゾンを置いていく」
「なっ……!? 丸腰で行くのですか?」
「相手は坊主だ。刀は無粋だろ?」
「はあ……」
「顕如さまがいらっしゃったぞー!」
「ああ顕如さま……! 今日も我々をお導きください……!」
寺院の門が開き、本願寺法主・顕如が姿を現す。その姿、まさに後光が差すが如く……。
「皆様、お集まりくださいまして、有難うございます」
(へえ、さすがは仏陀の再来なんて言われてる人だ。声に気品があるな)
「皆様、今は戦乱の時代です。だが、そこから目を背けてはなりません。ただ南無阿弥陀仏と唱えれば、あなた方の御霊は極楽浄土へ行ける。そう信じるのです……」
「おお顕如様、有難や有難や……」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「はっはっは……おや」
視線を向けた先には横溝と村井の姿があった。横溝は平常心だが、村井はここは敵地のど真ん中も同然だと感じているため、震えを抑えるのがやっとだった。
「あなた方二人は、あまり見たことがありませんね。そちらにいる方は、髷を結っているということは、武士ですか?」
「えっ、いや、そ、それは……」
「俺たちは織田家の者だ」
「なっ!?」
どうしてバラすんですか!? と村井は思ったが、時既に遅し、織田家の者は仮想敵だと本気で信じている者達が棒や鍬で武装を始めた。
「貴様ら、織田家の者だったのか!?」
「顕如様に仇なす者め!」
「ここに来たが百年目、覚悟しなよ!」
周囲の者達が横溝と村井を囲む。しかし一触即発の雰囲気の中、横溝は全く動じていなかった。
クソゲーによって鍛え上げられた横溝の精神は伊達ではない。星をみるひとすらクリアしたのだからその度胸は常人とは比べ物にならない。
だからといって良い子のみんなはくれぐれもクソゲーをプレイするのは……やめようね。禿げるから。
「……やれるものならやってみろや」
「なんだと!?」
「……その代わり地獄に堕ちる覚悟は、ちゃんと出来てるんだろうな?」
「なにっ!?」
「俺たちに手を出してみろ、お前らに極楽はなく、ただ地獄に堕ちるだけだぜ」
「なっ……!」
「地獄の閻魔の裁き、いっぺん試してみるか?」
横溝は動じない。どうせ武士などすべからく地獄行きなど分かりきっていることだ。
しかし武士達はこんな乱世の世を終わらせるために刀を持ち、死線を潜っているのだ。そこらで畑を耕しているだけの連中とは格が違う。横溝はそう「信じている」。
「このっ……男らしくない奴じゃのう」
「死にたくないから閻魔にこびへつらうのかい」
「ほう、じゃあ大の男が得物持って、丸腰の男を袋叩きにしようとするのは男らしいのか?」
「うっ……」
「ええ、何とか言ってみろや!!」
横溝渾身の喝が決まる。男達はたまらずたじろいだ。
「皆さん、そこまで。あなた方の負けです。武器をしまいなさい」
「け、顕如さままで……」
「しまいなさい」
今度は顕如の有無を言わさぬ喝が決まる。
「は、はい……」
「わかりました……」
(ふむ、流石は上に立つ者、メリハリが利いてるねえ)
「突然のご無礼、失礼しました。改めまして、本願寺で法主を勤めさせております、顕如と申します」
「拙者は織田家家臣、村井貞勝と申します。いやはやお互い血の気の多い人々を抱えているようですな」
「……皮肉と受け取っておきましょう」
「俺は横溝 由貴。織田家にやっかいになってる『渡人』だ。以後お見知りおきを」
「ほう……あなたが」
顕如の視線が横溝に集中する。まるで相手を見透かすように。
「私も『渡人』の噂は聞いておりますよ。浅井勢、朝倉勢を討つ時に切り札になったとか……。織田が急激に強くなったのは、あなたのような方がいるからかもしれませんな」
「……俺は大して強くないよ。偶然と幸運が重なっただけ。他の誰よりも弱い。だが、だが弱いからこそ驕らない。それが強さになる」
「禅問答のようにも聞こえますが、成る程……あなたは自身がよく見えているようですね」
「恐縮だね」
「……どうです? あなたも仏の教えを志してみては?」
「……俺に、仏を信じろと?」
「ええ、そうです。この戦国乱世の世、人の心までもが荒れ果ててしまいました。あなたのような聡明な方までその血に染まるのは賢明ではないと思います」
「…………」
「いかがでしょう?」
「……フッ」
横溝は鼻で笑った。
「せっかくだが、悪いが俺は仏も神も信じない事にしている。ましてや現実で起こりうる災難を退けるために験を担ぐことは、特に」
「……ほう」
「…………俺が大学受験に精を出していた時の事だ。俺は合格目指して毎日必死に勉強していた。インフルエンザのワクチンすら打った。万全の状態で受験に望むつもりだった。
しかし……、俺はセンター試験当日、インフルエンザにかかった。毎日の勉強で体力が落ちていたせいもあったかもしれない。だがあの時、天は俺を見放したと強く感じた。
這ってでも試験会場に行こうとする俺を、親は必死に止めた。そんな状態でまともに試験が受けられるはずもない、と。正論だった。
俺は布団の中で悔し涙を流しながら天を呪った……。追試でも精彩を欠いた俺は、結局、一年浪人した。そして俺は絶対神と仏に復讐してやると、固く誓ったのさ」
「…………」
横で聞いていた村井は、横溝が何を言っているのかちんぷんかんぷんであった。
だが、聡明な顕如には、横溝が何を言っていたのかある程度理解した。
「ふむ……、要点をかいつまんで言うと、重要な本番の行事の前に病気にかかり、泣く泣く好機を逃し、今までの努力が水の泡と化した、ということでよろしいですか?」
「あんたそこまで分かるのか。流石だな」
「人の言葉に耳を傾けるのは法主の勤めですので」
だが、顕如は横溝という男に強い仏への憎悪と、現実主義の考えを見た。この男はこちら側に引き込むのは無理だということも悟った。
「どうやらあなたに仏の教えを伝えるのは難しいようですね。残念です」
「すまんな。俺はあの時に背負った悲しみを……最大の『厄日』を、一生忘れないで生きていくと決めたんだ」
両者の間に一陣の風が吹いた。まるで相容れない事を示すかのように。
「今日は、これで帰るよ」
「そうですか。帰りの道中お気をつけて。……ああ、一つだけ言っておきます」
「なにかな?」
「信長は我々の『敵』です。それだけはお忘れなきよう」
「……分かった。本人にもそう伝えるよ。……村井さん、帰ろう」
「は、はい……」
横溝と村井が帰る背中を、顕如はじっと見ていた。
(そう、信長は敵なのです。ゆめゆめお忘れなきよう……渡人殿)
「ふう……一時はどうなることかと思いましたぞ」
村井は何とか命を取り留めたかのような気分になり、額の汗を手ぬぐいでぬぐった。
「大丈夫大丈夫。あそこで手を出すのを止めないようじゃ、本願寺法主も大した事のない人物だって認めるようなものさ」
「しかし、あなたはつくづく綱を渡るような挑発が好きなのですな」
「……ははっ、信長に似てきたのかもな」
「およしくだされ、信長様のような人が二人もいたら流石の私も手に負えません」
「不敬だぜ、それ。だが、収穫もあったな」
「あの対話の何処に収穫があるのですか」
「法主の顕如さん、ああ見えてかなり面子を気にするタイプとみた。あと案外保守派だな。さあて、どう纏めていくかな……」
「また何かをやらかすつもりですか……頼みますよ、危ないことは」
横溝はまた、いやらしい目付きで帰り支度を初め、また、岐阜の方へと帰っていった。
「おう、今帰ったぜ」
「横溝か。あいにく今日のわしは疲れておる。悪いが休ませてくれぬか?」
「まあ待て。改めて噂の顕如さんに会って来たんだが、あの人、かなり聡明な人だな。それでいて民草の人気も高い。信長じゃあの人には勝てないぞ」
「なんじゃ、嫌味か」
「いや褒めてるのさ。両方を。ところで、一向一揆を解決するウルトラCを思いついたんだが、協力してもらえるか?」
「うるとらしぃ? ……お主、今度は何を企んでるつもりじゃ」
「それはだな、ま、ここじゃ何なので場所を変えるか?」
「それじゃあ織田家が軍法会議に使ってる部屋があるからそこまで付いて来い。言っておくがな、半端な案や知恵なら許さんぞ」
「ま、それは聞いてのお楽しみ、ってことで」
信長と横溝は移動していった。
「……どうやら、私の公務も今日は終わりのようですね。お腹も空きました。飯にしましょう」
取り残された村井はてくてくとその場を去っていった。
なお、その後、会議に使ってる部屋でどったんばったん大騒ぎになっていたのは余談である。
信長の、そんな案受け入れられるかー! と、いった声や、横溝の、摩訶摩訶RTAするよりマシだろー、と、いった声を城の者が聞いたらしいが真相はよく分かっていない。
それを知るのは、少し先の話になる。