こたつを物理で叩くものにはこたつカウンターを向けよ。
アンチカウンターレーザーは諦めよ。
汝、こたつを愛せよ。
こたつ。
暖を取るための器具であり、安らぎの場所でもある神秘の道具。
その道具にて最強の虎ことハグレ王国の国王デーリッチと、無敵の竜人アーマードドラゴンのこたつドラゴンがまったりしていた時のことだった。
「何にもやる気がでないでちねー」
「こたつの魔力に抗うには強い意志が必要じゃん。あと1時間したら本気出す」
「それ2時間前にも聞いたでち」
「こたつの中だと時間の感覚が狂うから。こたつ喫茶に遅刻しちゃうのもやむなしじゃん」
「それはダメだと思う……。でもこれは狂っちゃうでちねー」
「ねー」
普通のこたつ談義。
普段のこたつドラゴンならば、このままだらだらとした会話を続けるか、寝落ちするか、まったり漫画を読むかとしていたが、この日は違った。
「良いことを思いついたじゃん!」
「んー、なにー? 指が汚れない蜜柑の皮の剥き方?」
「そういうのはティーティー様の知恵袋に頼るじゃん。そうじゃなくて、遅刻しても怒られない方法」
「遅刻するから怒られるんじゃ……。一応聞いてあげるでちよ」
変なことを言いだすんだろうなーと身構えるデーリッチ。とりあえずツッコミの覚悟をして耳を傾けることに。
「みんなも私みたいにこたつと一心同体になればいいんじゃん! だからみんなの分のこたつを買おう!」
「個人用とな……。こドラちゃんは特別な訓練を受けてるからこたつで動きまわれるだけでちよ」
普通の人は四六時中こたつの中にいない。こたつに入りながら山を登ったり戦ったりはできない。
そんな出オチキャラみたいなのは1人で十分です。
「何もこたつで戦おうって提案してるんじゃないよ? ただこたつと触れ合う機会を増やそうって」
「あー、そういう。でもそれならわざわざ買わなくても、こたつ喫茶に行けばいいだけだと思うんだけど」
「それじゃ足りないじゃん! 目標はローズマリーにこたつの魅力をわかってもらうことじゃん! 『こんなにも素晴らしいこたつなら遅刻しても仕方ないよね』って言ってもらえるようにならないと……。だからみんなのこたつを買おうよ!」
「いつになく熱い思い……本気なんでちね……」
デーリッチの目には、こたつドラゴンのTPが100を越えて120はあるように見えた。
限界を越えるこドラの本気。それは見る者にも感化する────!
「こドラちゃんの本気、よーく伝わったでち! デーリッチも燃えてきた! 早速こたつを買いに行くでちよ! いくらぐらい掛かるかな!?」
「できる限りこたつの魅力をわかってもらいたいから良いのを買いたいよね……で、人数分となると……80万ぐらい?」
「人の夢と書いて儚いって言うでちね」
「いきなり何!?」
「諦めよっか」
「デーリッチの鎮火早くない!?」
「だって80万ってお小遣いじゃどうにもならないでちよ! 提案の時点でローズマリーにめちゃくちゃ怒られるに決まってるでち!」
「最強の虎と無敵の竜のタッグ話術で言いくるめるんだよ!」
「知力1の虎と知力3の竜で立ち向かう相手じゃないでち!」
相手は知力9の苔の巨人。話術では竜虎で敵う相手ではない。
「最強と無敵のタッグは足し算じゃないよ! 掛け算なんだよ!」
「掛け算でも知力が4になるだけでち!」
「3じゃないかな!? あれ!? 自信なくなってきた!」
「もう駄目だー!」
「おしまいだー!」
すでに条件反射での会話になっているあたり、知力が悲しい2人。
「……でも、デーリッチ」
「なんでちか……」
「エステルちゃんが、言ってたよ……『現実に絶望して諦めるより、未来に希望を抱いて立ち続ける。それが私の生き方なのさ……』って」
「そういえば、言ってたでちね……」
言ってない。
「私、諦めたくない……遅刻しても怒られない未来のために、立ち続けたい……!」
「こドラちゃん……」
「デーリッチだって希望があるはずじゃん……この提案は、宿題を忘れても怒られない未来にもつながるんだよ!」
「どういうことでち!?」
「ローズマリーがこたつにハマれば『こたつが最高過ぎて宿題なんて出す暇がないよ』ってなるんだよ!」
「なん……だと……?」
ならない。
「だから立ち向かいに行こう! 最強の虎デーリッチ! この無敵の竜人、アーマードドラゴンには秘策もある!」
「こ、こドラちゃん……! いつになく背中が頼りになるでち……!」
ほぼ全身がこたつに入っているから背中は見えないが、きっとテンションのせいでハイになっている。
「善は急げじゃん! 行くよ! 最強の虎!」
「おうでち! 無敵の竜!」
<今日の『サイキッカーでも曲がらないスプーン』の売り上げは20Gでした。赤字覚悟の投げ売りでなんとか売れたようです>
「ローズマリー!」
「頼もーう!」
ローズマリーの部屋に道場破りのごとく現れた竜虎。
もちろん入る前にノックはちゃんとしている。少しでも機嫌を取るためだ。戦いはすでに始まっているのだ。
「どうしたのさ2人とも。デーリッチはともかく、こたっちゃんまでいつになく元気だね」
「今日は提案があるじゃん!」
「でち!」
「提案?」
回りくどい話術、それはこの2人には不可能だ。
だからストレートに今回の目的を伝えにきた。
「こ、こたつを買いたいです!」
「こたつ? 壊れちゃったの?」
こたつカウンターで酷使しても壊れないこたつがとうとう……そんな予想を立てたローズマリー。今のところは怒る気配はない。
「こたつの魅力をみんなに伝えたくて、ですね! そのですね! それで良いこたつがほしくて! それなら伝えれるかなって思ったんじゃん!」
「? ちょっとわかりづらいから落ち着いて、少しずつ話して」
「ひ、ひぃ」
「こ、こドラちゃん、負けるなでち!」
怒られる可能性が高いと考えると妖怪しどろもどろになってしまうこたつドラゴン。
もうこの時間が終わってほしい。提案しに来たけど、早く解放されたい。そんな願いがこドラの口を緩くさせた。
「こたつをたくさん買うために80万G出してほしいじゃん! それで遅刻しても怒らないでほしいじゃん!」
「は?」
「こ、こドラちゃーん!? ぶっちゃけすぎ! あやまって! 早くあやまって!」
意味のわからない提案に一瞬呆けるローズマリー。今の『は?』は威圧ではなく本当に意味が分からな過ぎて自然と出た言葉だった。だが2人には威圧に感じてしまったのか、必要以上に怯えだす始末。
「……言いたいことは色々あるけど、とりあえず一つずつ聞くよ」
「は、はい」
「何のためにこたつを買うのかな」
優しい口調が逆に怖いことがある。こドラは深く実感した。
「ロ、ローズマリーにこたつ狂いになってもらいたく──」
「み、みんなにこたつの良さを広めるためでち!!」
「そう、それ!」
「それならこたつ喫茶があるじゃないか」
「みんなにもマイこたつを持ってほしいんじゃん!」
「えぇ……」
「こドラちゃん、やっぱりもう引いた方がいい気がするでちよ……」
一時の熱に浮かされて暴走したけど、普通に考えてこの提案無理だわ。冷静になったデーリッチはすでに諦めの境地へと戻った。
「こたっちゃんがこたつ好きなのはわかるけど、だからって人にこたつを押し付けるのはよくないよ。それに80万Gだなんて、そんな大金を国庫から出すわけにはいかないよ」
提案は飲んでもらえなさそうだが、呆れが強すぎて怒るところには行っていない。
その様子にデーリッチは安堵の息をつく。この分なら今日は怒られることはなさそうだ、と。
「そこをなんとかお願いするじゃん!」
「ダメなものはダメ」
こドラは諦めなかった。
希望を持ち続け、ふと思いついた秘策を頼って食い下がった。
その秘策、とあるアイテム。それをこたつの中からラッピングされた小さな小物を取りだし、ローズマリーに手渡した。
「……これで納得していただけないでしょうか」
「賄賂!? こドラちゃん! そういうのはめちゃくちゃ怒られるやつでちよ!?」
「こたっちゃん、デーリッチの言う通りだよ。そういうやり方は──」
「た、ただの賄賂じゃないじゃん! それは非常に珍しい苔! 次元の塔でバイトしてた頃に発見したものだよ!」
「いや、ローズマリーが苔好きだからってそんな」
「え!? そんな良い物を!?」
「うわー、ここに来てベタな反応」
ローズマリーは苔キャンをするぐらいに苔狂い。王国民にその事実を知っている者は、少なくない。結構いる。
苔を前にすると知力が落ちているのでは、と言われるぐらいにはローズマリーは苔に弱いのだ。
「で、でもこんないいものだからって、賄賂は良くないよ……!」
「それは個人的な贈り物じゃん……。賄賂じゃないよ。ただの好意の証だよ」
「ま、まあ80万Gは無理だけど、金額を精査して前向きに検討しようかな」
「マジかー。ローズマリーチョロくて心配になるんでちけど」
「やったじゃん! デーリッチ、正義の勝利だよ!」
「どう見ても悪だったでち……」
さすがに80万Gは無理だろうが、とにかく全員へのマイこたつ化はできそうだ。そう喜ぶこたつドラゴン。
ローズマリーはすでに頭はプレゼントされた苔でいっぱいだ。早くラッピングを解いて、中の神秘の苔を見てみたい。それしか考えていない。
次元の塔のような異常空間で育った苔はきっと力強さに満ちているだろうなとか、それとも新種ではないが珍しい種かなとか、そんなことも考えてはいる。
「それにしても、こドラちゃんも苔を集めてたんでちね」
「たまたま持ってたんだ」
「普通は持ってないでちよ……」
「私って物持ちがいいのかな?」
ひょっとしたら新たな苔キャンパーが生まれるのでは、そんなことを考えたデーリッチだったが、反応的にそうならなさそうだ。
「ね、ねえ、さっそく開けてもいいかな、これ」
「いいよ! 次元の塔時代の思い出だから、大切にしてくれると嬉しいじゃん!」
「もちろん大切にするよ! ふふふ」
「でも苔なんだよなぁ……」
ローズマリーがいるのにデーリッチがツッコミに回る空間。やはり苔は知力を下げる効果がある。
ローズマリーがわくわくしながらラッピングを解いていくと、手のひらサイズの球体が出てきた。それは、薄緑色で包まれている球体。
「え? これって……」
「? どうしたんでち?」
「段ボールの奥に入ったままでどうしようかなー、思い出の品だしなーって捨てられなかったんじゃん」
苔を前にしたのにローズマリーの反応が変だ。長年の付き合いでデーリッチは彼女の異常に気づいた。
異常に気づいていないのはこたつドラゴンのみ。
「……カビの生えたみかんでちね」
「……」
「ただのみかんじゃないよ! 次元の塔で買ったみかんだよ!」
「……カビでちね。苔じゃないでちね」
「……」
「え? カビも苔も一緒じゃないの?」
「あ"?」
<今日のモーモードリンクの売り上げは1500Gでした。少ないですがコアな固定客が支えてくれているようです>
「……こドラちゃん、終わりそうでち?」
「デーリッチ、たす……けて……苔のレポートなんて、どう書けばいいの……」
「……その分だと今日も苔補習でちね……」
「いやだ! もういやだ! 助けてデーリッチ! デーリッチィィィイイイイイ!」
その日、デーリッチは残酷な選択をした。
ヅッチーたちと遊ぶために、苔地獄に堕ちるこドラを見捨てたのだ。
王様は夢を見るのが仕事だが、夢ばかりも見ていられない。デーリッチはまたひとつ賢くなれたのだ。