悪夢にうなされ、疲れ果てたあと、別の記憶がやってくる。
『今日からお前の名はキリアイだ。以後、その名前を名乗れ。返事は!!』
過去に唯一、ゼノンの命令に疑問を持った顔をした瞬間、自分の名前を取り上げられてしまった。トマスはまだ良い。私の名前は私の記憶からもぶっ飛んでしまっている。顔も知らない両親からもらった唯一の贈り物、私の名前。それを捨てて、キリアイなんて鳥の名前を付けられてしまった。なんでですか。閣下。うちの大切な名前。返してくださいー。
そしてそのいろんなバリエーションの悪夢が終わると、ミオが微笑むのだ。
『…大好き。キリアイ。わたし、あなたの事大好き。』
それで、悪夢は終わる。キリアイはボサボサの頭で悪態をつく。
「ミオ。うち、メロドラマ嫌いやゆうたやろ…。ええ加減にしいや。」
枕を何もない夜の闇に投げつける。
「ミオ、ミオ、あんたほどのアホおらへんで。フィオレンティナもや。うち、ゼノンのせいで殺人マシーンになってしまった女やねんで。あんたらが思うような女やないん。うち、どないしたらええねん。」
キリアイの目から、涙があふれてきた。
「ウソ。うち…泣いてん?」
「うち、白衣の天使の仮面かぶって、アキレウスの命を狙ってんねんで。なあ、ミオ。フィオレンティナ。うち、あんたらが思うような女やないん。わかってくれや…。」
キリアイは、止めどなく流れる涙に驚きながらも、その泣き顔を拭こうともせず、夜の闇の中で一人泣いていた。
翌日以降も、キリアイは周りの看護師たちから引っ張りだこだった。彼女はパトリオティス時代に身につけた記憶術で、スタッフの名前と家庭環境まで、一度聞けば記憶したため、近頃は家庭の相談まで聞かされる。キリアイは同僚のプライベートに深く立ち入るのは避けていたが、仲間たちがそれを許さなかった。
キリアイに懐いているのはシャールカとリディアだった。シャールカの親友で、隣の病棟のヘザーという看護師までもがキリアイとの休憩に割り込んでくる。今やキリアイは看護師達の人気者だった。そんな日々に戸惑いながらも、今までに傷つけた人達への罪滅ぼしとばかりにキリアイは周りの人間に親切にするようにした。
そんな日々が何ヶ月か続いた。
悪夢を見る回数が少しずつ減っていることにも彼女は気づいた。
わずか半年で、キリアイは昇給した。
『パトリオティスほどでないけんど、看護師もそこそこええ給料くれんねんな。』
そして、自分の足跡を消すため、引越しをして、少し広い部屋に移ることになった。