何処かの誰かがそう私を呼んだ

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私の名はオリジムシ

 私の名はオリジムシ。

何処かの誰かがそう私を呼んだ。

 

 私たちの名はオリジムシ。

地底深くの溶岩溜まりから共に生まれた。

私たちは地上の光を追い求め、岩石を食らい這い出ようとした。

仲間たちが力尽きていくなか、私はそんなことなど気にもかけず目の前の壁を食い破った。

 

 気づけば私は地上にいた。

私だけが地上に這い上がった。

いくら待っても仲間は誰も来なかった。

 

 私の名はオリジムシ。

群れからはぐれた、たった一匹のオリジムシ。

これから何をなそうと、どう生きようと何の価値もないただの虫けらの話だ。

 

 

 

***

 

 

 

 私の名はオリジムシ。

私の目の前で子供に踏み潰されたものもオリジムシ。

 

 地表には私の同類が多く存在した。

だがその多くが子供にすら勝てぬ弱者であった。

私も同じく弱者である。

同類が虫けらのように踏み潰されるのを、眺めることしかできなかった。

 

 群れからはぐれたものはいずれか死ぬ。

この私も例外ではない。

例え岩石を噛み砕けようと強固な体を持とうとも、たった一匹のオリジムシに何が出来ようか。

結局、答えは出なかった。

 

 私は少し前まで同類であったものを見る。

いつかは私も同じように死ぬのだろう。

これから私はどの様に生きれば良いのだろうか。

そんな考えが私の矮小な脳みそに浮かんできたが、すぐさま消えてしまった。

 

 私の脳みそは脆弱ではあるが、別に悲観することではない。

私は空腹だった。

それだけだ。

 

 目の前には物言わぬ同類であったものが一匹。

弱者である私には格好の餌食であった。

 

 私は共食いとも呼べる行為をしたが、ひとつだけ言えることがある。

同類の肉はとても美味しかった。

 

 

 

***

 

 

 

 私の名はオリジムシ。

私に食われるものもオリジムシ。

 

広大な荒野を彷徨うなか、私は数多くの同胞たちを食らった。

私は地底深くから這い出てきたオリジムシだ。

高圧の重力によって圧縮された私の体は非常に堅固であり、噛みついた同胞の牙は折れた。

地底から這い出るために進化した私の牙は、容易く同胞の体を貫いた。

 

 群れて生きる同胞たちは弱かった。

たった一匹の私に全滅されるほどに弱かった。

私の腹は満たされなくなってきた。

弱い同胞では、私を動かすエネルギーと呼べる何かを補うことは難しかった。

 

 私はオリジムシ。

たった一匹のオリジムシ。

私が孤独であると知ったあの日から、幾日も過ぎ去っていった。

私は未だに人間を避けて生きている。

あの日の同類になることをひどく恐れ、虫けらのように這いつくばって生き長らえている。

 

 私はどの様に生き残れば良いのだろうか。

答えは相変わらず出なかった。

 

 

 

***

 

 

 

 私の名はオリジムシ。

目の前で生まれた同胞もオリジムシ。

 

 ある日空から突如として石が降ってきた。

平坦であった地形を穴だけにしたそれは、同胞の気配に似たものを感じた。

私は飢餓からくる本能のままにそれらを貪り尽くした。

私は長らく感じていなかった満腹感を味わった。

 

 最後の一つを食らおうと牙を立てた時、そこから小さな同胞が生み出された。

私は食らうのを止めて、続々と生み出されていく同胞たちを眺めていた。

生まれたての同胞たちは、かつての仲間の気配と非常に似ていた。

 

 私を親とでも思っているのか、同胞たちは私に纏わりついてくる。

野に放てば餌にならざるを得ない、矮小で脆弱な存在だ。

この同胞たちを私の子とし、私が守ってみせよう。

 

 私は同胞を食らうことによって得た触手を伸ばして、私の子を一匹残らず掴み上げた。

成長して起伏が激しくなった私の背に、隠すように私の子を乗せた。

 

 この日をもってして私は群れを成した。

子の為に、そして私の為に、あの空から降る石を追い求めよう。

嗚呼、私の愛しい子よ。

儚く散ってしまうその命を、私が掬い上げてみせよう。

 

 私の名はオリジムシ。

私の子もオリジムシ。

私は孤独ではなくなった。

生きる糧を得た。

目指すべき道が見えた。

 

 だが、結局私はどの様に生き残れば良いのだろうか。

答えは出さなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 私の名はオリジムシ。

巣立ち行く私の子もオリジムシ。

 

 空から降ってくる石を追い求めて、長い年月を過ごした。

周期的に降ってくる石を感じ取っては、赴いて食らい尽くした。

私の子は石を食らうごとに体を肥大化させ、私と変わらぬほどの大きさになった。

 

 私にすり寄っては離れていく私の子。

これが巣立ちなのだなと私はすぐに理解した。

だが、悲しむことはない。

群れから離れようが私の子は私の子だ。

瞬く間に地の全面へと広がり、地に根付くのだ。

同胞を屈服させ、外敵を屠り、種の繁栄を目指すのだ。

 

 嗚呼、私の愛しい子よ。

願わくば、この先に未来があらんことを。

 

 

 

***

 

 

 

 私の名はオリジムシ。

新しい名もオリジムシ。

 

 数えきれないほど、私の子が巣立っていった。

だが、中には巣立とうとしない子も居た。

私の後ろを付かず離れずの距離で着いてくるのだ。

その子は成長した私の子と比べて一際小さく、命の気配が気薄であった。

これでは一匹だとすぐに死んでしまうだろう。

群れようとするのは至極当たり前のことだ。

故に私は何もせずに、私の後ろを着いていかせた。

 

 空から降る石を追い求める途中で人間と出くわした。

いつも通り岩影に潜んで過ぎ去るのを持つと、何を思ったのか私の子が人間に襲いかかったのだ。

私の子は呆気なく死んだ。

いつかの同類のように、踏み潰されて死んだ。

いつかの同類の時のように、眺めていることしかできなかった。

 

 人間たちが私の子を嘲り笑い、おもちゃのように私の子を蹴り飛ばしているのを眺めていた。

最後に私の子を踏みにじって地に薄汚いシミを作ったとき、私の中で何かが芽生えた。

 

 それは怒りともとれるし、憎しみとも考えられた。

どちらにせよ、人間を殺したことには変わりはない。

初めて食べた人間はヘドロの味がした。

美味しくもあったし、不味いものでもあった。

私はシミとなった私の子をきれいに平らげてその場を去った。

食い残した人間だったものを残して。

 

 その日からひっきりなしに人間が私を襲うようになった。

そのときに人間が私の名を「特殊進化形オリジムシ集合群体」と呼んだ。

随分とナンセンスな名だ。

私の名はオリジムシであり、今後とも変わることなどない。

 

 襲いかかる人間は邪魔であるし、私の子も何匹か殺されてしまった。

だが、良いこともあった。

 

 時々人間が持っている細長い棒が、空から降ってくる石と同じ気配がしたのだ。

それも、空から降ってくる石よりもずっとずっと、純度が高い石であった。

私は人間が呼ぶアーツというものの対価に、その命だけは見逃すようになった。

 

 私の名はオリジムシ。

名前が変わろうとも私はオリジムシ。

 

 あれから巣立った私の子と一度も会えていない。

あの同類のように死に絶えたのだろうか。

それとも何処かに隠れて生き延びているのだろうか。

それは私にはわからない。

 

 私は長い年月を生きた。

私は今も生き長らえている。

 

 私はどの様に生き残れば良いのだろうか。

答えはもうすぐ出せそうだ。

 

 

 

***

 

 

 

 私の名はオリジムシ。

これからも私はオリジムシ。

 

 ある日のこと、私は突如として私の意志に反して動き出した。

本能のままに一直線に目的地へ向かって這いずっている。

 

 道中、私は襲いかかる外敵も、空から降る石も無視をして我武者羅に突き進んでいった。

外敵を屠ったのは私の子であった。

空腹であった私に空から降る石を分け与えたのも私の子であった。

嗚呼、なんて愛らしいのだろう。

嗚呼、なんて健気なのだろう。

 

 私は私の為に身を削る子を見てなんと感じれば良いのだろか。

喜べば良いのだろうか。

それとも悲しむべきか。

なんにせよ、私の旅路もようやく終わるようだ。

目的地が見えてきた。

 

 遠い地平線に見えるのは、てっぺんから煙を立たせる雄大な活火山であった。

私は山を登り一つの洞穴へと入った。

私の本能は動きを止め、自分の意志で体を動かせれるようになった。

 

 ここで果てろというのか。

思えば、私は生きすぎたのだろう。

私が私に向かって死ねと言ってきたのだ。

大人しく死んでやろうではないか。

 

 だが、私の子には関係あるまい。

私は子を私の元に集めて触手を伸ばした。

触手で私の体を少しちぎって私の子に与えた。

今までの頑張りを称えるように、ここまで生き残ったことに感謝をするように、平等に分け与えた。

 

 嗚呼、そろそろ死期がやってくる。

地を這う虫けらだからこそわかるのだ。

地の底から何かが競り上がってくるのを。

私の子が巻き込まれないよう別れを告げようとした時、人間の声が聞こえ来た。

こんなところで何をしているのだろうか。

まあ、最後くらいは人間を助けてやろうと思い、私は聞こえてくる方へ向かった。

 

 微かな声は次第に鮮明に聞こえてくるようになり、その声の種類もわかってきた。

下卑た男の声と泣き叫ぶ少女の声だ。

私は道を抜けて開けた空間へ出た。

 

 男が三人、逃げ惑う少女が一人居る。

 

 嗚呼、なんと醜い光景か。

少女は必死に抵抗し、男たちはその抵抗を面白がっていたぶり、嘲り笑っている。

 

 嗚呼、なんとおぞましい光景か。

少女の表情は恐怖に染まり、男たちは下卑た笑みと欲望に澱みきった眼を少女に向けている。

 

 初めて会った時から、今日に至るまで人間は私を失望させてきた。

血も涙もない人間どもめ。

血を作り出す心を私がどれ程望んだのか、お前たちは知らないだろうな。

お前たちが流そうとしない涙を、私がどれ程流したかったか理解出来ないだろうな。

 

 そんな血も涙も、罪の意識さえもないお前たちは、こんなところで虫けらのように死ぬのだ。

 

 突如として揺れ動く地面。

競り上がってくるなにか。

崩れ迫りくる岩石。

割れゆく地盤。

 

 人間は転び、押し潰され、呑まれていたった。

私と私の子は押し潰された程度で死ぬような、柔なつくりはしていない。

私は少女を庇った。

迫りくる岩石を触手で弾き飛ばし、落ちゆく体を掬い上げた。

今少女は私の保護下にある。

 

 それでも少女は瀕死の状態にあった。

人間の体は脆すぎる。

それも、ちょっとした物に当たるだけで骨が折れるほどに。

だが、それを私が想定していないとでも思ったのか。

 

 私は何度も挫折の念を味わってきた。

同類が死んだとき、か弱い私の子が死んだとき、生まれたての私の子を掬えなかったとき。

そして、いつか人間と生きようと決めたとき。

そのときに私は癒す力を編み出した。

人間からすれば汚染と何ら変わりはないと言われるだろう。

だが、この少女にとっては救済そのものである。

 

 私は少女の患部に私の体の一部を埋め込んだ。

体内の傷付いた臓器には私の触手を体内に侵入させ同じようにした。

少女の体が急速に癒えてゆく。

これによって少女は生き延びることが出来るだろう。

 

 さあ、私の子よ。

待たせてすまなかった。

私の触手が今天井をこじ開ける。

私が与えた力をもってして羽ばたくがよい。

 

 さあ、少女よ。

目を覚ますときだ。

恐れることはない。

私の子が共に羽ばたいてくれる。

 

 さあ、私の子よ、少女よ。

行くがよい。

生きるがよい。

私の命はそなたらに受け渡された。

 

 私の子と少女が飛び立ってゆく。

この世の何よりも白い羽をもってして飛び立っていく。

 

 少女よ、何故そんなに悲しい顔をする。

生きることを謳歌し、力強く羽ばたくべきだ。

 

 私の子よ、何故そんなに惜しんでいる。

死なぬうちに早く飛び立つがよい。

 

 さあ、私も行こう。

古びた体を捨て、新たな命を得るのだ。

今までしてきたように、これからも行うように。

 

 私の触手が耐えきれず天井の穴が閉じてゆく。

地面は崩れ落ち、私の体も落ちてゆく。

眼下には溶岩が今か今かと噴き出そうととしている。

 

 なに、私は溶岩から生まれた存在だ。

また同じように溶岩から生み出されるさ。

かつての仲間のように地上の光を求めて、這い出た一匹が私となるのだ。

 

 こうやって私は死に、生まれ変わる。

 

 悲観することではない。

これもまた、巣立ちなのだ。

 

 私の名はオリジムシ。

何処かの誰かがそう私を呼んだ。

 




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