医者と銀狼   作:tigris

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ドクターとラップランドのお話です。
今回はテキサスが振り回されたりします。

シリーズというか複数話投稿するかもしれないので一応番号をつけていますが、もしかしたら続かないかもしれません。

※キャラ崩壊、解釈違いなどを含んでいる可能性がありますので閲覧の際はご了承ください


医者と銀狼1

私はテキサス。今はロドスのオペレーターとして生活している。

いろいろあってペンギン急便のメンバーと共にロドスに協力することになって早数か月。基本的に何不自由ない暮らしをさせてもらっている。

ロドスには様々な人物が所属しており、中には癖のある者もいるが、基本的には平和そのものだ。私たちを指揮しているドクターもかなり良心的な性格なので、無茶ぶりをされるようなこともない。その点で考えるといつも厄介ごとに巻き込まれるペンギン急便の業務よりも安心できるとさえ言える。

しかし全てが、とは言い切れない。経歴関係なく優秀な人材を採用しているロドスだからこその問題や不安も多少なりとも存在している。

そのうちの一つが、彼女だ。

 

「ドクター、今日はどうするんだい?」

 

「めんどくさい任務は昨日までであらかた片付いたからなぁ……正直オフでもいいんだけど、身体動かしたい気分なんだよな」

 

「そうなんだ。ならボクと散歩なんてどう? 退屈はさせないよ」

 

「あー、いいな散歩。なんだったらちょっと買い物とかするのもありだな」

 

今現在ドクターと話している彼女。私と同じループスではあるが相反するような存在、ラップランド。特徴的な銀髪に左目の傷、飄々とした口調は間違えようもない。

いろいろと因縁浅からぬ相手ではあるので、ロドスで再会したときは正直肝を冷やした。当然向こうもこちらのことには気付いているので随分とちょっかいをかけられたりということも何度かあった。

今度はロドスで何かをしでかすのではないかと思っていたが、今のところその兆しはない。

というか、驚いたことに私の知る彼女とは随分と性格が変わっているようだった。

 

「ラップランドはなんか欲しい物とかある? 俺はこの前龍門行った時に買ったお菓子が美味かったからそれと同じようなの買いたいんだよね」

 

「これといって思い浮かばないね。ドクターに合わせてお菓子でも買おうかな」

 

(お菓子……? あのラップランドがお菓子……?)

 

ちなみに今いるのは食堂だ。もちろん周囲には他のオペレーターや職員もいる。いたるところで様々な会話が展開されているので別にドクターとラップランドの会話にはどこもおかしいところはない。

だがそれはラップランドの過去を知らなければという前提があってのことだ。私からすれば彼女がこんなふわふわした普通の会話をしていることが違和感でしかない。

 

「つってもあんまり店とかわからないからなぁ……どこに売ってんのかわかんないんだよな…………」

 

「そっか、ドクターにはその辺りの記憶もないんだっけ」

 

「そうそう。最近ようやくロドスの施設とかを全部覚えてきたってのにさ、まだまだ分からないことだらけなんだよな」

 

「大変だねぇ。ボクは案内とかしてあげられないからね、残念だ」

 

おかしい。少なくとも私の知っているラップランドではない。もっと言葉に含みがあるというか、どこか危なさを感じさせる言葉を使っていたはずだ。

他のオペレーターからしたらわからないかもしれない、だが私にはわかる。本来の彼女はこんな穏やかな性格ではない。

いや、喜ぶべきことなのかもしれないのはわかっている。誰よりも血に飢え、誰よりも戦いに飢えていた昔の彼女と、今ののほほんとした会話をしている彼女とどっちがいいかと言われたら、私も含め誰だって今の方がいいと言うだろう。

しかし違和感が半端ないのだ。記憶との齟齬が凄まじい。キャラが全く違う。今のラップランドには別人格が憑依していると言われたら全く疑わずに信じてしまうぐらいには違う。

例えるなら狂暴だと思ってた猛獣が、めちゃくちゃ温厚になってなついている現場を目撃しているようなのだ。温厚になったこともなついていることも結構だが、いつまた狂暴になって噛みついてくるとも限らない。

今は仲良くしているかもしれないが、もしかしたら腹の底ではドクターの命を狙っているかもしれない。本来の彼女はそれほどの存在なのだ。

 

「じゃあ食い終わったら行くか」

 

「ああ。それじゃあボクは特に準備することとかないからすぐにドクターの部屋に行けばいいかな?」

 

「ん? 準備しないって……着替えたりはするだろ?」

 

「そうは言ってもいつもの服に着替えるだけだからね。慣れてるしあっという間だよ」

 

「えー、俺ラップランドの私服見たいんだけどなぁ~」

 

「でもボクは普段着てるあの戦闘服意外だと無地のシャツぐらいしか持ってないよ」

 

「マジか。全然知らんかった」

 

「おしゃれなんてものはよくわからないし、そういう服って動きにくいからね」

 

「あ~それはわかるな。俺も見た目重視の変に硬い生地とか無理だもん」

 

(あれ、一体私は何をしてるんだ……?)

 

怪しいやり取りに聞き耳を立てているのならまだしも、これではただ会話を盗み聞きしているだけの性格の悪いやつではないか。思わず気になってしまい内容がわかるほどに聞きこんでしまったが、これ以上続けるのはあまり良くない。

というか、何故ドクターはこんなフランクにラップランドと接しているのだろう。

 

「あ、そうだよ。せっかく買い物行くんだからお菓子だけじゃなくて服も買えばいいじゃんか」

 

「…………本気で言ってるのかい?」

 

「当たり前だろ? おしゃれとまではいかなくともちょっとキメれるような服を一着ぐらい持ってた方がいいって」

 

「いや……それはだね……」

 

(?!)

 

私は思わず自分の耳を疑った。

ドクターに返事を返すラップランドの声音は、記憶とはあまりにもかけ離れたものだったのだ。

あのラップランドが、照れている?

 

(いやまさか、そんなことがあるはずない。いくら性格が変わったと言っても彼女は…………)

 

そうは自分に言い聞かせようとするが好奇心は抑えることができない。無意識のうち首を動かして会話の聞こえる方向、すなわちドクターとラップランドが座っている席の方に目を向ける。

 

「いや……でもドクター……それはいくらなんでも…………」

 

そこには今まで見たことのないような表情をしてもじもじしながら顔を赤らめているラップランドの姿があった。

思考が、止まった。

 

「あれ……誰だ…………?」

 

思わず無意識のうちにそんな言葉が口から漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? どうしたのテキサス? 顔色悪いよ?」

 

部屋に戻ると同室のエクシアからそう声をかけられた。どうやら私の顔色は一目でわかるほど酷いらしい。

 

「いや……なんでもない」

 

「なんでもないことないでしょ? 酷い顔してるよ?」

 

「なんというかその……信じられないものを見たというか…………あり得ない光景を目にしたというか…………」

 

「なにそれ?」

 

「自分でもわからん」

 

妙に疲れた気がする。自分の身に何か起きたわけでもないのにおかしなことだ。

とりあえず一旦頭の中を整理しなくてはならないだろう。どんなに信じられないようなことであっても実際に起こってしまっているんだから受け入れるしかない。

ラップランドの性格が良くなったというならそれでいいではないか。きっとロドスに来ていろいろあるうちに元の狂暴な感性が鳴りを潜め、穏やかになったに違いない。ずっと一緒にいるドクターの影響なんかもあるだろう。

 

(ん? そういえば…………)

 

そこであることが引っかかり、ふとエクシアに尋ねる。

 

「エクシア、ドクターの秘書を担当してるのはラップランドだったな?」

 

「え? どしたの急に?」

 

「いや、さらっと流してたんだが、あの二人はいつも一緒にいると思ってな」

 

そう、いつも。これは誇張しているのではなく、本当にそうだ。

先程食堂で一緒だったように、任務、執務、休憩、どの時間帯でも一緒にいるのだ。

 

「んー、確かに言われてみればずっと一緒だよねあの二人。一人でいるとこ見たことないかも」

 

「あいつが秘書になってからどれぐらい経ってるかわかるか?」

 

「うーん、それはちょっと…………思い出せないなぁ。そもそもいつロドスに来たのかっていう時期がよくわからないから」

 

「そうか…………」

 

ロドスのその性質上、所属していても基地にいないことも多い。そのため同じロドスのオペレーターであっても面識が無かったり、顔しか知らないなんてことも珍しくはない。

場合によってはずっと任務に出っぱなしのオペレーターもいれば、研究で部屋にこもりっぱなしだったり、単純に居住スペースの場所が遠いだけで遭遇しないことすらある。

 

(私たちがロドスに来た時点では秘書は違った気がするが…………)

 

それもあくまで『気がする』というだけだ。ひょっとしたらずっとラップランドが秘書だったのに気付いていなかっただけということもありえる。もとより他のオペレーターにはあまり興味もないので、はっきりと意識したことはない。

一体ラップランドはいつからドクターの秘書をやっていて、どんな交流があってあそこまで仲が良くなったのか。それが問題だ。

 

コンコン

 

そんなことを考えていると部屋のドアがノックされた。エクシアが応対する。

 

「はいはい、どちらさまっと…………お、ドクターじゃん」

 

「よ!」

 

「?!」

 

突然の来訪に困惑する。確か買い物に出かけるという話をしてはいなかったか。

 

「ドクターどうしたの? 私に何か用? それともテキサス?」

 

「ああ、テキサスだな。ちょっと頼み事というか、お願いしたいことがあってな」

 

「な、なんだ…………」

 

嫌な予感がした。何かろくでもないことを頼まれるような気がしてならなかった。

 

「ラップランドの服を見繕ってやって欲しいんだ、頼む!」

 

そしてその予感は見事すぎるほどに的中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、自分はループスのこととかよくわからないし代わりに選んで欲しいと?」

 

「そうそう、そういうことだから頼まれてくれないか?」

 

「断る」

 

「まあまあそう言わずにさ、頼むよ」

 

突然の来訪から数分後、頭を抱えたくなるような状況が続いていた。

ドクターとラップランドはあの会話の通り、買い物ついでに服を買うことになったらしい。しかしドクターは種族も違えば記憶もないので服を選ぼうにも何もわからないとのことだった。

 

「ドクターのセンスで適当に選べばいいだろう」

 

「せっかく買うのにあんまりよくないのは選びたくないだろ? 俺も別におしゃれとか興味ないタイプだからわかんなくてさ」

 

「じゃあ本人に選ばせればいい」

 

「あいつの性格的に何でもいいって真面目に選ばなそうなんだよ。せっかく買うんだから、できれば気に入ってくれてちょくちょく自分から着てくれるぐらいのを選びたいっていうか……な?」

 

「だとしてもなんで私になるんだ」

 

「ラップランドと仲いいだろ、テキサス」

 

「……………………はぁ」

 

一瞬本気で灸をすえてやろうかと思ったが、それを飲み込んで代わりに大きなため息を吐き出した。

なんでこんなことになってしまったのか。本当にわからない。

ちなみに助け舟を出してくれないかと期待したエクシアは……

 

「いやぁ、ドクターもなかなかいいとこあるじゃん! できれば私が協力してあげたいところだけど、やっぱりテキサスがいいよね~」

 

この様子でむしろ説得しにかかってきそうな勢いなためどうにもならない。

 

「なんでお前は乗り気なんだ」

 

「だって面白そうじゃない。自分の服を買うにしても誰かの服を選んであげるにしても凄く楽しいから!」

 

「……私にはわからないな…………」

 

駄目だ。どうやらどう頑張ってもこの状況を切り抜けることができないらしい。

シンプルに断ってしまおうかとも思ったが、しばらく粘られるのは目に見えている。最終的に断れるにしても時間を取られた上で断った罪悪感まで残ってしまうと考えると、嫌でも引き受けてしまうのが正解な気がする。

 

「………………」

 

「そんな嫌そうな顔すんなって。今度なんか奢るから頼むよ」

 

「…………はぁ、仕方ないな。今回だけだぞ」

 

「よっしゃ! ありがとなテキサス!」

 

「お、決まったみたいだね。じゃ、楽しんできなよテキサス」

 

「ああ、楽しめればな」

 

一応今回だけとは釘を刺しているものの、こうやって承諾してしまうと今後また面倒なことを頼まれかねない。そうなったらまた考えることにしよう。

とりあえず受けたからにはそれなりのことをするつもりだ。そしてもしかしたら同行することでラップランドにどのような心境の変化があったのか探ることができるかもしれない。

ポジティブに考えれば意外と悪くはないのではないだろうか。そう思いなおし、部屋を出た。

その後準備を済ませたラップランドと合流し、出発。

私の同行を知ったラップランドはいつものように飛びついて来るのかと思いきや、意外とそんなことはなく、どこか照れくさそうな表情を浮かべた。

 

「いやぁ、テキサスも一緒に来てくれるなんて、本当に嬉しいよ」

 

と、口では言っているものの、今までちょっかいをかけてきた時とは少しばかり様子が違う。具体的に言うならば以前まで感じていた狂気を一切感じない。

それに、特筆すべき大きな変化として、視線がドクターに向きがちだ。

 

(まさか……な…………)

 

頭の中でかぶりを振るも、本日絶好調な悪い予感はこの後見事に的中することになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ…………」

 

そんな言葉が口から零れ落ちる。何故こうも世界は私の望まない方向に舵を切ってしまうのか。

私は服を選びに来ただけのはずだ。流石に食事をしたり、他の買い物を見たりということもあるだろうとは思っていたし、本当に服を選ぶだけ選んで帰る、なんてことにならないのはわかっていた。しかしあくまで主目的はラップランドの私服を選ぶということに変わりはなかったはずだし、そこから大きく逸脱したような出来事は起こらないだろうという予測があった。

だから適当に二人に合わせつつ、注意深くラップランドの様子を観察し、場合によっては探りを入れてみようかと思っていたのだが。

 

蓋を開けてみれば二人の様子があまりにも想像と違いすぎた。

 

はっきり言えばカップルと共に出かけているかのようだった。手をつなぎ始めたと思ったらいつの間にか恋人繋ぎに進化しているし、最終的にはラップランドがドクターの腕にくっつく形で並んで歩いていた。同じく横にいる自分がこれほど場違いなのではないかと感じたのは人生初だ。

あのラップランドが嬉しそうに笑いながらドクターといちゃいちゃしているのを見るだけで精神的な負荷が凄い。いくらなんでも失礼かもしれないが、狂気を纏った彼女を知っている者には同意してもらえるはずだ。

 

「帰りたい…………かえって布団で寝たい…………」

 

今現在トイレに避難して現実逃避の真っ最中なのだが、気分は最悪だ。何故自分に直接危害が加えられているわけでもないのに、ここまで調子が悪くなるのかわからない。

もう今日の出来事は一切記憶から抹消してしまいたい。というかこのまま一人で何も言わずに帰ってしまうのはどうだろうか。まだ服を選んでやってないが、そんなことどうでもいい気がしてくる。

 

「あ、やっぱりここにいたんだ」

 

「!!」

 

唐突にかけられた声に振り替えるとそこにはラップランドがいた。しかし先程までとは様子が違う。

ドクターと一緒ではないせいだろうか。いつも通り、記憶にある通りの表情をしている。一見穏やかそうに見えてどこか脆そうな、わかる者にはわかる狂気をわずかに感じさせる、そんな表情だ。

 

「なんだ…………」

 

「いやぁ、テキサスの顔色が随分と悪いみたいだったからね、心配になって見に来たんだよ」

 

「問題ない。すぐに戻るからドクターと待ってろ」

 

「そういうわけにもいかないだろ? なんでテキサスがそんなことになってるかボクにも心当たりがあるからね、話しておこうと思って」

 

「話すだと?」

 

あまりにも急な提案だったが、不思議と拒否する気にはなれなかった。

好奇心だろうか。本来であればどこかズレているラップランドとの会話は要領を得ないのだが、今ならまともに話し合える気がした。

彼女はそれ以上何も説明はしなかったが、ただ一言『付いてきて』と言って出ていってしまった。仕方がないので後を追う。

 

「ドクターには適当に好きなところ散策しててって言ってあるから心配しなくていいよ」

 

「私たちはドクターの護衛も兼ねてる。一人にするのは良くないと思うが」

 

「ドクターも馬鹿じゃないよ。何かあったら緊急連絡を送ってくれるさ」

 

「………………」

 

そんな短い会話が二三続いたのち、フードコートのようになっているスペースに着いた。様々な店が集まっている場所で、好きな店から好きなものを買って食べれるのが評判なのだろう、それなりに人がいる。

その中の開いている二人席に向かい合う形で座る。

 

「で、何があってお前はそんなことになってるんだ?」

 

「随分直球だね」

 

「今日はずっと振り回されてるんだ、直球にもなる」

 

「あはは、それはすまないね。でもそれほどのことじゃないよ」

 

「それほどのことじゃなかったらお前はそこまで変わらないだろう。さっきまでのお前はその…………まるで別人みたいだった」

 

「はっきり気持ち悪いって言ってもいいんだよ? 一応テキサスから見た時にどれぐらい変化しているから自覚してるつもりだからね」

 

そう言って笑うラップランドの心象は読めない。やはり以前と変わっていないよう感じる。ドクターがいないからか、そもそも私が勘違いをしてるだけなのかはまだわからない。

 

「お前との会話を楽しむつもりはない。もっと端的に聞こう、ドクターと何があった?」

 

「相変わらずつれないねぇ。まあいいよ。隠すようなことでもないしね」

 

その言葉と共に、不意にラップランドが右手を動かした。

服の襟に当たる部分までそのまま手を持っていくと、少し引っ張って肌を見せる用にずらす。

 

「なっ?!」

 

驚きのあまり思わず立ち上がる。

露わになった肌に刻み込まれていたのは、通常ではありえないような付き方をした歪な傷だった。肩から胸にかけて大きく広がっている。

 

「な……なんだそれ…………」

 

戦闘経験が豊富な者なら誰でも一目見てわかるだろう。これはどう考えても普通に付くものではない。どんな形状の剣でも、どんな形状の弾丸でもこんな歪な形の傷は残さない。

鉱石病に侵されているラップランドの白い肌にぽっかりと穴が開いているかのような、明らかな違和感を感じる形状。もはや傷と言うよりも肉がそこの部分だけ抉れていると言ったほうが適切かもしれない。

またしても嫌な予感がした。次のラップランドの言葉を聞きたくなかった。けれどそんなわけにもいかない。知りたがったのは自分なのだから。

 

 

「ドクターにつけてもらったんだよ。二人の愛の証としてね」

 

 

「?!」

 

一瞬言葉を失いかける。頭の中で言葉が反響する。

 

「ドクターが……そんなことするわけ…………しかも愛の証だと?」

 

「そう。これはドクターからボクへの愛の証明なんだよ」

 

妄想や虚言ではないだろう。実際に傷が身体に残っていることが何よりの証拠だ。

だがそんなことがあり得るのか。

ラップランドが何かした結果というならいくらでも納得がいく。もとより戦闘狂で自身の怪我すら顧みないような戦い方をするのだから何も微塵も違和感がない。

しかし彼女は今ドクターがやったと言った。ドクターにつけてもらったと言った。

 

「何が……あったんだ…………」

 

「二人で愛し合ったんだよ。お互いの生を確かめるためにね」

 

「…………お前が何を指してそう言っているのかわからないが、そんなことドクターがするとは思えないな。どうせお前が無理やり巻き込んだんだろう」

 

「否定はできないね。でも一方的じゃあなかったんだよ」

 

「どういうことだ……?」

 

「確かに最初はボクからだったけど、ちゃんとドクターも応えてくれたんだよ。脅しとか抜きで、ちゃんと自分の意思でね。ボクの愛に、同じく愛を返してくれたんだ。だから嬉しくてしょうがなくてここのところ浮かれちゃっているんだよ。テキサスにはそれが変に見えたんだろうね」

 

「ふざけているな…………」

 

何が愛の証明だ。こいつの性格を考慮して解釈すれば、襲われたドクターが本気で抵抗したときに付いた傷なのだろう。そんなもの愛でもなんでもない。ただこいつの感性が狂っているだけだ。

何も変わっていない。収まってなんかいない。こいつは一生狂ったままだ。

 

 

 

「ふふふ…………ああ、思い出しただけでもゾクゾクするよぉ…………あんなにボクに近いところまで来てくれるなんて……」

 

 

 

その時私の瞳に映ったラップランドの様子を、私は忘れないだろう。

それはある意味でとてつもなく歪だった。

ほんの数秒前の思考と食い違うような矛盾した光景。

その表情に、狂気はなかったのだ。

恍惚とした表情を浮かべ悦に入るラップランドの顔は穏やかで、強者を求め返り血を浴びながら高笑いを上げる時とは真逆ともいえる純粋さすら感じられた。

幼子が嬉しそうに微笑んでいるのと何ら変わりない、心からの笑顔。今まで渇ききっていた欲望が満たされ、澄んだ感情を取り戻したかのような、そんな印象を受ける。

 

(ありえない……そんな…………)

 

本当なのか。

ラップランドの求めに対してドクターが応じたのか。

そんなことが本当に起きてしまったのか。

だが、冷静になって記憶を探るとそれを裏付けるような光景しか出てこない。

他のオペレーターと変わらないような会話を交わしていたのも、ドクターと一緒にいて楽しそうにしていたのも、見たことないような照れた表情を見せたのも、すべてそのせいなのではないか。

にわかには信じがたい話だ。ドクターは変人であっても狂人ではない。ラップランドと馬が合うのはまだわかっても、そんなことまでするはずがない。

だがいくら否定使用しても事実はそれを許さない。考えれば考えるほど、納得しかけてしまいそうになる自分がいる。

一体二人の間で何が行われたのか。

 

「ふふっ、ボクだって最初は驚いたぐらいだから、テキサスはきっと信じられないだろうね」

 

「っ…………当たり前だ! ドクターがそんなことするわけ…………」

 

「だったら本人に直接聞くなりなんなりすればいいさ。帰った後にでもね。ドクターはきっと正直に答えてくれるよ」

 

「………………」

 

読めない。本当に読めない。こうして二人で相対すれば少しは思考を予測できるか、そんな考えが浅はかだったこと思い知らされる。

 

「それじゃあそろそろドクターのところ戻ろうか」

 

「待て、まだ話は…………」

 

「ボクからできる話はもうここまでだ。あとはドクターに聞いてよ」

 

そう言ってラップランドが視線を動かす。それを追うとなんとドクターが歩いているのが目に入った。

 

「おーい、ドクター!」

 

「お、ここにいたのかお前ら。少し腹減ったからなんか食おうかと思ってこっち来たんだけどドンピシャだな」

 

「ボクもお腹が空いたよ。ほら、テキサスも何か食べようじゃないか」

 

「………………」

 

結局その後の時間は悶々としたまま過ごすこととなった。服は適当に選んでやったが、それどころでなかったのは言うまでもなく。

ただただ困惑しながら帰路につくことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、少し時間を置いて冷静になった後、やはりドクターを訪ねることにした。

 

『ボクからできる話はもうここまでだ。あとはドクターに聞いてよ』

 

そう言われてしまった以上、真実を知るためにはもうドクターに直接聞くしか方法はないだろう。ラップランドにははぐらかされてしまったが、ドクターに面と向かって問い詰めれば流石に答えてくれるはずだ。

一体二人の間に何が起きて、今どういう関係なのか。それを知るために。

 

コンコン

 

『おう、いいぞ』

 

「入るぞ、ドクター」

 

返事を聞いてから扉を開ける。久しぶりに入った気がするドクターの部屋は、記憶にあるよりも散らかっているように感じた。

 

「ラップランドは?」

 

「今はいないよ。お前が来ると思って席を外してもらってる」

 

「そうか…………」

 

当然いるであろうと思って来たので少しばかり拍子抜けだ。しかし都合がいいことは事実。変に気を使わなくてよくなった。

 

「なんか飲むか? お茶ぐらいだったらあるけど」

 

「大丈夫だ」

 

「そっか。まあ飲みたくなったら言ってくれ。あとお菓子は置いとくから好きに食べていいぞ」

 

「ああ、すまない」

 

どこかぎこちないというか、変に硬い雰囲気。それなりの仲ではあるが、お互いに緊張しているのか。

少なくともドクターは私が来ることを想定していたらしい。ラップランドからそう言われたのか、それとも今日の私の様子を見ての推測なのかはわからないが、何かしらの質問をされることぐらいはわかっているだろう。

ということはここで躊躇しても仕方ない。が、仕方がないとわかってはいても、今のドクターには聞くことを躊躇ってしまうような妙な雰囲気がある。これに慣れないことには、するべき話もできないだろう。

意を決して、口を開く。

 

「ドクターは……その、あいつと何があったんだ? なんであいつは…………」

 

言葉が上手く出てこなかった。自分でも思っている以上に複雑な感情が渦巻いていることに気付く。

しかしドクターはそんなことすらお見通しであるかのように微笑すると、しっかりと視線を返してきた。

 

「テキサスはラップランドのことが随分と気になってるみたいだな」

 

「っ! そんなことは…………ただ私はあいつといろいろあったから、それで…………」

 

「どんな理由があるにせよ、好意的かそうでないにしても、お前があいつのことを考えていることに変わりはないだろう?」

 

「それは……そうかもしれないが…………」

 

「まあいいよ、とりあえずはその質問に答えないとな」

 

ドクターは適当に取ったお菓子の袋を破りながら、なんでもないことのようにさらっと言った。

 

 

「何があったかって一言で言っちゃえば殺し合いだな。あいつと俺はお互いに命を狙って殺しあったんだ」

 

 

「なっ…………なんだと…………」

 

電流が走ったかのような衝撃。それはあまりにも当たり前のことのようだった。昨日食べた夕食のメニューを思い出すかのように、ごく普通のことであるかのようにドクターはそう言った。

命を狙って殺しあったと。そう、言った。

 

「い、一体何が…………」

 

「うーん、言ってもいいのかなこれ。まあいいや。簡単に説明すると、俺が多少戦えることがバレちゃったんだよなラップランドに」

 

「戦えるだと? どういうことだ?」

 

「いやね、自分でもなんでかわからないんだけど、どうも記憶をなくす前の俺って研究とかだけじゃなくて戦闘関連の技術を持ってたみたいでさ。今でも全く思い出せないんだけど、実際の戦闘になったら今でも身体は動いてくれるんだよ。いろいろめんどなことになりそうだからほとんど誰にも言ってないんだけどね」

 

「そんな……今まで一度もそんなことは……」

 

「言ってないからな。アーミヤだって知らないことだぜ?」

 

「そう……なのか…………」

 

「元は研究者だったっぽいから、指示ならともかく実戦経験なんてないはずなんだけどな。なんでか俺にもわからん」

 

ここに来て知る意外な事実。今までそんな可能性など考えたこともなかった。

 

(いや待て、そういえば…………)

 

思い出されるのは今日のラップランドとの会話

 

 

『ドクターには適当に好きなところ散策しててって言ってあるから心配しなくていいよ』

 

『私たちはドクターの護衛も兼ねてる。一人にするのは良くないと思うが』

 

『ドクターも馬鹿じゃないよ。何かあったら緊急連絡を送ってくれるさ』

 

 

(あれはまさか知っていたから……いや、しかし…………)

 

護衛などしなくとも一人で自衛できるほどの能力があることを知っていたから、ラップランドはわざわざ二人になる時間を作ったのだろうか。

ドクターが研究者であるというのは周知の事実。だからこそ誰も戦闘経験があるなんて考えない。

だがそもそも考えてみれば、ドクターがオペレーターの指揮をしているというのも少し変な話なのだ。

ロドス所属のオペレーターの中には実際に軍や特殊組織などに所属していた戦闘経験の豊富な人員が多い。であればそういった者に戦闘の指揮を任せた方がいいのは明らかだ。にも関わらず、未だにドクターがオペレーターたちを指揮している。しかもドクターは記憶喪失だ。

いくらもともとロドスで指揮を担当していたからといって、歴戦のオペレーターたちがそれをよしとするだろうか。戦闘に関しての指揮など経験やそれこそ記憶がものを言うはず。決してなんとなくできるものではない。

だがそれも『実はドクターの戦闘経験が豊富である』という真相があるならば納得できる。

単純な記憶ではなく、身体が覚えている感覚。意識せずとも、記憶が無くとも行えるレベルの戦闘経験を有している故の適切な人員配置、適切な指示。そして各オペレーターの個性を把握した上での最適な指揮形態。

知識としての指揮能力ではなく、消えることのない戦闘経験。だからこそ、皆が不満を漏らさずに従い、最善の結果を出すことができる。

そう考えればしっくりくる話だ。だが、完全に納得できるかと言われればそうでもない。

 

「まあ一部のやつらには感付かれちゃってるみたいだけど、それでも今までは結構誤魔化せてたんだよ。でもある日ラップランドにバレちゃってね。戦ってくれって言ってきかなかったんだ」

 

「それは……そうだな、想像できる。でも何故だ? ドクターも応じる必要はなかったはずだ。処分するなり、別で護衛をつけるなり、方法はいくらでもあるだろう」

 

「ちょっと込み入った事情があってな。これは………………うーん悪いが言えない。けどとにかく戦わざるを得ない状況にされちゃったんだよ。で、戦ってこうなった」

 

ドクターはそう言うと、ラップランドがそうしたのと同じように服をずらして肌を見せた。そこにはこれまたラップランドと同じように、歪な傷が刻み込まれていた。

 

「それは…………」

 

「多分ラップランドのやつも見たんだろ? 驚かないってことはそういうことだよな」

 

「あ、ああ。だがわからない。それは何で付いた傷なんだ? ただの武器じゃそんな傷は…………」

 

「噛み傷だよ」

 

「?!」

 

またしても衝撃が走る。

 

「噛み後……?」

 

「そう。こうガブっとね。で、お互いに肉が抉れて、今でも痕が残ってるってわけだよ」

 

「だ、だがなんでそんな…………」

 

「あの時はお互いに満身創痍だったからね。もう立ち上がれないぐらいの状態で、最後に動くところなんて口しかないからさ」

 

「そんな………………」

 

あまりにも、普通のことにように言う。

過程によっては一生忘れられないようなトラウマになってもおかしくないようなことなのに、ドクターは微塵も怖がっていない。むしろ過去に想いを馳せ懐かしさに浸るかのように、穏やかな表情見せている。

もしかして。

もしかして自分が今相対しているこの目の前の存在も、ラップランドと同じく狂気に満ちた存在なのか。

そんな不安さえよぎる。

 

「ははっ、流石にちょっと気持ち悪いかな?」

 

「っ! そんな……ことは…………」

 

「眼が怯えてるように見えるけど、大丈夫? 無理に聞かせたくはないからさ」

 

「……大丈夫だ。続けてくれ」

 

「そっか。まあとは言ってもその後は別に大きなことがあったわけでもないんだけどね。結果的にラップランドとの戦いに応じて、ほぼ引き分けみたいな感じになった。で、恋仲になったわけ」

 

「こ……恋仲だと?!」

 

急激に話が飛躍する。何がどうなってそこに至ったのかが飛びすぎている。

いや、彼らにとっては普通の感覚なのだろうか。

今日一日を経てまさか、とは思っていた。ラップランドの言動や行動を見ていれば嫌でも予想が付く。しかしこうして実際に聞くまでどこか現実感がないというか、幻か何かなのではないかという不確定なイメージがあった。

というか戦って本気で殺しあったらしい今の話の流れでさらっと言ってしまうのも信じられない。

 

「だから最近は結構べったりなんだけど……」

 

「待て待て端折りすぎだ! 何がどうしてあいつと恋仲になったんだ!」

 

「あー…………そうだな。まあ言っちゃえば元々俺があいつのこと好きだったんだよ。だから全力でぶつかり合って、仲良くなって、そのまま恋仲に……みたいな?」

 

「正気か?」

 

「いやちょっと待てって、そんな『大丈夫かこいつ』みたいな目で見るなよ! 正気だよ! どこもおかしくねぇよ!」

 

「正気を失ってるやつはみんなそう言うからな。そもそもなんで殺しあった相手と恋仲なんかになれるんだ…………」

 

理解を放棄しようか迷いながらそう返すと、ドクターは少し真面目な表情になる。

 

「似てる気がしたんだよ、なんかな」

 

「ドクターとあいつが?」

 

「ああ」

 

そう頷くドクターの瞳には、何か深い感情が込められている気がした。

期待と後悔、その両方が複雑に混じり合っているかのような、奇妙な目をしている。

 

「俺はさ、ラップランドのことなんて何も知らなかった。戦闘狂で単独で行動したがる厄介なやつで、過去に何か消えない闇を抱えてる。そんなみんなと変わらないような印象しか持ってなかったんだ」

 

その言葉で、彼の瞳には今私が映っていないことがわかった。彼は今、別の何かを見ている。

記憶の無い過去か、あるいは別のものか。それはわからない

 

「でその危うさっていうか、脆さみたいなのが引っかかっててね。守ってあげたいっていうのも変なんだけど、不思議と惹かれる感じっていうのかな。元々スキンシップが多かったこともあって割とすぐに仲良くなったんだ。過去になんかあったであろうラップランドと、記憶喪失で過去がない俺。真反対のような境遇っていうのもそうだし、だからこそ似ているというか、親近感と言うか、説明はしづらいんだけどとにかく意識するようになっていってな」

 

確かに言われてみれば、境遇の特殊さならドクターもそうだ。

ある日突然記憶を失い、自分が大きな組織で指揮を執っていたこと、この世界全体の問題となっている鉱石病の研究者であったこと、そんな理解が追い付かないような多くの情報を一気に自覚しなければならなくなったのだ。

今はこうして普通にしているが、きっと慣れるまでに苦労や迷いがあっただろう。自分が何者だったのか、今の自分はどうすればいいのか。常人では想像もつかないような苦しみもあったに違いない。

 

「みんなはラップランドを怖がったりするし、俺も初めのうちは怖かったけど、段々それも変わっていったんだ」

 

「仲が良くなって、印象が変わったと?」

 

「まあそうだな。もしかしたら俺の感性が変わったのもあるかもしれないけど、それでもラップランドのことを狂ってるとか、戦闘が好きっていうふうには見なくなっていったな」

 

「何かきっかけや理由はあるのか? 私はこれでもいろいろと知っているわけだが、それでもあいつの見方が変わったことはない。狂気的なのは今でも変わっていないとすら思う」

 

「なんていうかな…………ある時ふと思ったんだ。あいつは不安なだけなんじゃないかって。ラップランドが強敵を求めているのは、死を恐れているからじゃないかって」

 

「どういうことだ?」

 

「いや、過去に何があったか俺にはわからないし、多分聞く権利もない。けど、それはきっとラップランドにとって辛いことで、怖いことだったんじゃないかなってさ。あいつが強い相手を求めているのも、怪我することも厭わずに戦うのも、不安を排除したいがための行動なんじゃないかって、そう思ったんだ」

 

「不安の排除……か」

 

「自分が最強になれれば、何も怖いものはない。けどそう確信できないなら、常に誰かに負けるかもしれない恐怖が付きまとうことになる。ラップランドにとってその負けっていうのは死と同義で、死にたくないから必死に強い相手を探して、自分より強いかどうか確かめる。それを繰り返してると思うんだ。それが俺らからすると戦闘狂とか、戦いが好きだとはそういう風に映ってるけど、本当は真逆なんだよ」

 

「ドクター…………」

 

「きっと本人は不安でしょうがなかったはずなんだよ。身を守るために強くなろうって考えるんじゃなくて、自分は弱いから負けてしまう強い相手を探さなきゃなんて思ってるんだから。めちゃくちゃだし、もしそんな強い相手を見つけたところで待ってるのは死だから、本当は戦うことも強敵を探すことも本心じゃないはずなんだ。でもどこかでそれが反転して、楽しむようになった。大きすぎる心の負荷に耐えきれなかったのか、あるいは適応するためなのか、本当であれば感じる恐怖が楽しみに変換されている。だからラップランドは戦う時あんなにも楽しそうにして、それでいて脆そうだったんだ……って思うようになってね」

 

「そう……かもな、確かにそう言われれば…………」

 

一体、どこまでわかっているのか。

過去を知っているか否か、そんなことなどもはや関係ない。ドクターはそんな事象の知識の有無など意に介さないほど、ラップランドのことを強く想っているのだ。

だからわかる。だから憂う。全ては好きであるが故に。

 

「一方俺は何の恐怖もない。そもそも過去のことなんて何一つ思い出せない。表向きは戦うこともできないひ弱な存在。だからラップランドにとっては安心できる存在だったはずなんだ。だって弱いから、確かめる必要なんてそもそもないから。でも、ある日突然それが違うかもしれないと分かったらどうなる?」

 

「あ……そうか、ドクターは……」

 

「そう。隠してた。しかも俺結構強いのよ。自分で言うのもなんだけど、少なくともラップランドと互角に渡り合える程度にはね。だから怖かったはずだよ。大丈夫だって安心しきってた相手が、実は自分を脅かすかもしれない存在だって気付いたんだから」

 

「そう考えるなら、あいつはドクターに何としてでも戦いを挑もうとしただろうな……」

 

「ああ。実際に逃げられない状況を作られたからね。仕方なくだけど、俺も戦わざるを得なかった。全力で」

 

「それで引き分けたのか」

 

「いいや、実際には俺の負けだったよ。俺はとどめを刺せなかったからね」

 

「なんだと? ならどうして……お互いに戦えなくなるほどだったら、そんな余裕があるとは思えないが……」

 

とどめを刺す。それは命を絶つことに他ならない。お互いに瀕死で噛みつき合うような状況でドクターがそうしなかったのであれば、ラップランドがそうしていたはずだ。しかし二人は生きている。結果としては一番良かったのだろうが、違和感が残る。

ドクターは言うか迷っているのかしばらく黙っていたが、結局話すことにしたのか口を開いた。

 

「俺にもそこはわかんないんだよ。最後に死を感じながらぶっ倒れたところまでは覚えてるんだけど、その後普通に目が覚めたんだ。当然ラップランドに殺されてなかったし、ラップランドも生きてた」

 

「何かあったのか…………いや、もしくは私には言えないことか?」

 

「どうとらえてもらっても構わないよ。嘘をついているつもりはない」

 

「そうか…………」

 

ドクターが何かを隠していることが直感的にわかる。

だが話していない以上それを言うつもりはないのだろう。気にはなるが、どうしようもない。

 

「だがドクター、それでは理由になっていない。あいつとドクターの間に何があったのかはわかったが、それでどうしてあいつの性格が変わったんだ? 何か他にあったんじゃないのか?」

 

「いや、それに関しては推測にはなっちゃうけど、一応理由はあるよ。要は確認できて安心したんだと思うんだ」

 

「安心?」

 

「そう。結局引き分けなのか勝ち負けが付いたのかはわからない。ラップランドが俺と戦ってどう解釈したかは聞いてないからな。けど、どちらにせよ俺はラップランドを殺さなかった。だから俺は強かろうが弱かろうがラップランドにとっては安全な存在であることが証明されたから、俺に対しては態度が変わったんじゃないかな?」

 

「そうか、なるほど…………」

 

確かにそうであれば納得がいく。いくつもの過程の上に成り立っている予測ではあるが、なんとなくしっくりくる。

 

「あいつに直接聞いて確かめないのか?」

 

「うーん……多分聞いても理解してくれないと思うんだよな。そもそも恐怖が楽しさに変換されるっていうのも無意識だと思うし、変にそこのところの感覚を刺激して本来の恐怖を感じるようになっちゃったら、それはそれで大変なことになるだろうからな」

 

「まあ、確かに普段のあの狂気がそのまま恐怖に変わると思うと、無理な追及はできないか」

 

「そゆこと。それに俺は気にしてないからね」

 

そう言うのだから、本当に気にしていないのだろう。自分の好いた相手のことなど、本来であれば他の何よりも気になるだろうに。

 

「随分と長くなったけど、これで俺のわかってることは全部かな。ほとんど推測だけど」

 

「いや、助かった。実を言うと今日一日はあいつの変わり様に頭を悩ませていたからな。いろいろと知れてようやく納得がいったよ」

 

「そうか、ならよかったよ」

 

そこで会話は終わった。ドクターにあいさつをして、良さげな菓子を何個か拝借するとそのまま部屋を出ようとした。

と、そこあることが気になり、尋ねる。

 

「ドクターは、あいつの過去が気になったりしないのか?」

 

「過去? ラップランドの?」

 

「ああ。何があったのか、知りたくないのか?」

 

ドクターに限らず、誰でも一度は気にするだろう。あの常人離れした狂気、あるいは歪さや脆さの原因はなんなのかと。

好いている相手が変わってしまった原因など、気にならないはずがない。

 

「正直めちゃくちゃ知りたいかな。できることなら問い詰めたいよ」

 

「それなら…………」

 

「でもラップランドから直接話してくれるまでは、我慢しなきゃと思ってる」

 

「…………そうか。それなら大丈夫だな」

 

その答えを聞いて、今度こそ私は部屋を後にした。

 

 

このままドクターとラップランドが関係を反転させていくのなら、私はそれを見守ろう。

そのせいで悲惨な結果が待っているかもしれない。傷つき、後悔し、私自身も止めなかったことを悔やむことになるかもしれない。

けど、それでも今は二人に任せようと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうでしたか?」

 

その声に振り替える。予想通りの姿がそこにはあった。

 

「問題なかったよ。結構深いところまで話したけど何も思い出した様子はなかった」

 

「そうですか……」

 

相手は少し悲しそうにそう返して来た。俺がさせたことを考えれば当然かもしれない。

 

「悪いな。変なこと頼んだばっかりに」

 

「いえ、最終的に同意したのはわたしです。あの状況では最善の策でした」

 

「そうだな………………俺がもっとしっかりしてれば…………」

 

「自分を責めるべきではありませんドクター。決してあなただけのせいではありませんから」

 

そう言われても、俺の心は晴れない。結果何とかなっただけで、俺は危うく多くの命を失うところだったのだから。

 

「こんなことが二度とないように、頑張るよ」

 

「やめてください。あなたの場合そのまま頑張りすぎて死んでしまいそうです。私でなくても構いませんから、もっと周囲を頼ってください。あなたにはそうすることのできる仲間がいるはずです」

 

「ああ、もちろんそのつもりだよ。なんかあったら、相談にでも乗ってくれ」

 

そう言って俺は背を向けて歩き出す。

覚悟と決意を胸に秘めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクターの後姿を見届けた彼女は、小さくため息をついた。

 

「……本当に相談してくれたら、いくらでも乗るというのに…………」

 

あれでは相談などする気がないのが丸わかりだ。今回の一件で頼ってしまったことに罪悪感を感じているのだろう。

もしかしたら次は悩むことすらできずに悲惨な結果をただ受け入れることしかできないかもしれない。

 

「ドクター…………」

 

できるのは、ただ祈ることのみだ。

 

 

 

 

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