色々と起きました。
※キャラ崩壊、解釈違いなどを含んでいる可能性がありますので閲覧の際はご了承ください
「アハハハハハッ!!!」
楽しい。思わず声が溢れてしまう。
きっと顔もニヤけているに違いない。鏡を見る趣味はないが、今なら見てみたい気もする。
久しぶりに全力を出して自由に戦えるのが楽しくてたまらない。身体の奥底から湧き上がってくる衝動に身を任せるのはいつだって気持ちがいい。
『お前は戦っているときが一番落ち着くんだろうな。まさに戦闘狂だよ』
以前誰かに言われた言葉。それが確かにしっくりくる。安心感があるのだ。
恐らくドクター以外には説明したところで理解されないだろう。純粋に闘争が好きなのではなく、自分の命を感じるが故に戦いが好きな奴はそういない。
たぶん生物としては欠陥だ。相手が格下といえ油断すれば殺されるこの状況が、この上ないくらい心地よいのだから。
手に伝わる肉を裂く感触。敵の骨を断つ手応え。装備を貫いて敵の命を刈り取る感覚。
何よりも凄いのが、敵から向けられる殺意だ。360°あらゆる方向から敵が襲ってくるこの状況だからこそ、全身でくまなく殺意を感じ取ることができる。
無慈悲にもボクを殺そうという意識が針のように貫いてくる。人によっては恐怖でしかないかもしれないが、ボクにとっては最高のプレゼントに等しい。
その殺意を向けられている時こそ、何よりも生を実感できる瞬間だからだ。
それに普段は簡単に終わってしまう戦闘ばかりだが、今は違う。これだけの数が相手なら、全力を出してもすぐに終わってしまうことはない。ましてや相手は生きた人間であり、ただ狂暴な動物とはわけが違う。
庇いながらという制約があるものの、これほどの混戦ならば気にする必要もない。気にせずとも他のオペレーターがやってくれる。
いくら斬っても、殴っても、吹き飛ばしても次が来る。それどころかどんどん敵は増えていく。
最高だ。血沸き肉躍るとはまさにこのことだろう。
本来感じるべき疲労も、今はまるで無に等しい。脳内でアドレナリンやドーパミンといった興奮物質が分泌されていくのがわかる。
一発一発を全力で撃ち込み、敵の攻撃を躱し、時には真っ向から跳ね返す。
感覚が研ぎ澄まされていく中、意識は常に冷静に。敵の位置を狂いなく把握し、動きを組み立てていく。
なんて心地いいのだろう。
なんて落ち着くんだろう。
ずっとこのままでもいい。
この身が限界になるまで、いつまででも戦っていたい。
そんな夢見心地の快楽を、一つの悲鳴が破った。
「ッ!!」
急速に現実に引き戻される。寝起きと同じような不快感を感じるが、仕方ない。
声のした方向に一瞬だけ意識を向ける。
目に入ってきたのは転んだ子供の姿だった。足がもつれたのか、すぐに立ち上がることができないでいるようだった。
近くには誰も助けに向かえるオペレーターがいない。ここから行っても間に合わない。
このままだとあの子供は襲われるか、攫われるかしてしまうだろう。どっちにしても護衛は失敗だ。
戦いを続けられるなら子供一人どうなろうと関係はない。しかしふと、あの子供がそのまま襲われてしまったらと考える。
ここでもしあの子供が助からなければ、ドクターが困ってしまうだろう。それでドクターとの時間が減ってしまうとしたら、それは困る。
が、逆に言えばそれだけだ。実害は及ばない。痛くもかゆくもない。今この瞬間に全力で戦えることを考えれば、考慮にも値しない小さな要素だ。
だが、続けて視界に入ってきた光景に、そんな余裕は消し飛んだ。
ドクターが子供を助けに向かっているのが分かった。それもかなり遠くから。
距離的に間に合うかどうかのギリギリのタイミング。その事実に気付いた瞬間、全身の毛が逆立つ感覚に襲われた。
直感的にあのままでは危ないと感じた。
数秒後、案の定ドクターが吹き飛ばされた。子供を庇ったようだった。
それだけならそこまで動揺しない。ドクターは強い。その程度でやられるような器じゃない。
けど、当たりどころが悪かったのが遠目からでもわかった。
受け身が取れていない。あの体勢だと下手をすれば意識が飛んでしまうかもしれない。
流石にそれはまずい。今この数の敵に囲まれた状態で意識が落ちれば危険だ。
気付けばボクはドクターに向かって走り出していた。
「ドクター!!」
思わず声が出る。届かないとわかっていても出てしまう。
脚を動かし、ドクターに近付く。
しかし寸でのところで間に合わず、ドクターが木にぶつかってしまう。
「ドクター! ドクター!」
「後は…………頼ん……」
その後に言葉は続かなかった。ドクターの意識はそこで途絶えたようで、全身から力が抜けてしまっていた。
危惧していた通り、意識を失ってしまったのだ。
「ッ!!」
その瞬間、何かが壊れた気がした。
例えるなら想い人からもらった大切な宝石が砕け散ってしまったような、そんな感覚。
突然胸の中に穴が開いてしまって、それに気付いた自分を、客観的に眺めているような気がした。
「ぁ……ぁぁ…………」
脳裏に浮かぶあの日の光景
「ぁぁ……ぁぁぁ…………」
忘れもしないあの事件
「ドク……ター…………」
決して消えることのない、心の傷を。
深く、抉られたようだった。
「許さない……」
「?!」
とんでもない殺気を感じた。
それも前方の敵からではない。後方からだ。
「一体何が…………」
まさか後方で何か起こったのか。
とりあえず状況だけ確認しようと思い急いで振り返った、そのほんの一瞬。
「なっ?!」
信じられないものが目に映った。
「なんだあれは…………」
戦闘中に意識を他の場所に向け、なおかつ動きを止める愚行。
本来ならば何があってもしてはならないことをこんな危機的状況で行ってしまったのは、目に入ってきた光景があまりにも異常だったからだ。
「チェン!」
「ッ?!」
ホシグマの一声で慌てて意識を戻し、迫っていた敵の攻撃を受け止める。
そのまま跳ね返して二三体続けて敵を撃破したところで、呼吸を整える。
「どうしたんだ、チェン? らしくないな」
「少しだけ後ろを見てみろ、全部わかる」
「後ろ? まさか誰かが…………ッ?!」
「そうじゃないことは一目でわかるだろう?」
今度は立場が逆転したホシグマを庇いながら、そう言葉をかける。
ホシグマはすぐに前に向き直ったが、それでも動揺を隠せないようだ。
「あれは……ラップランドか?」
「ああそうだろう。あいつ以外にあんな恐ろしいやつがいてたまるか」
「なんであんなことになってるんだ?」
「知らん。そして考える余裕もない。私たちにできるのは、前のこいつらをできるだけ多く蹴散らすことだけだ」
「それは……確かにそうだが…………」
お互いに思考が完全に占拠されてしまっている。どちらも状況を理解できていないのだ。
間違いなく今は目の前の敵に集中しなければならない。だが一瞬だけ見えたあの光景はあまりにもインパクトが大きすぎた。
ドス黒いオーラを纏った、巨大な狼の影。
それがアーツによるものなのか、それとも全く別の何かなのか。遠目からでは判断することができなかった。
虚像や幻影だとしてもあんな恐ろしいものを出せるのはメンバーの中でラップランドしかいないだろう。だが何故、何の目的かはわからない。
「とりあえず止まってはいないようだ。このまま敵を減らしながら退路を確保するしかないだろう」
「そうだな」
判断は変わらない。皆が無事に逃げ切るためには、まだしばらく敵を倒し続ける必要がある。
あたしは、死んだと思った。
今までにないぐらい厳しい戦いだった。ここまで必死になってアーツを使ったのは、ロドスに入ってから初めてかもしれない。
何処を見ても敵、敵、敵。どれだけ倒しても無限に押し寄せてくる。
その上子供たちを庇わなきゃいけないのが一番つらかった。
オペレーターのみんななら、しかもこのメンバーならあたしがどうしようが合わせてくれるから本来はもっと楽だし安全だ。細かい気なんて使わなくても上手くやってくれる。
けど、今回はそうじゃない。
少しでも気を抜けば、あたしたちより先に子供たちが狙われてしまう。単純戦闘が苦手な分、子供を守るのはあたしの役目だ。
だからこそ、重みが違う。責任感が違う。
これなら直接命を狙われる普段の戦闘の方がましだと、そう思うぐらいに苦しい。
あたしが頑張らなければ、子供たちが危険に晒されてしまう。もっと怖い思いをしてしまう。そう考えるとどうにかしなければならないと焦ることになる。
泣き言は言っていられない。
(ああもう! なんでこんなに!)
保護する子供たちをロドスまで連れて帰るだけの簡単な任務のはずだった。きっとあたしだけじゃなく他のみんなもそう思っていただろう。
確かに戦闘の可能性が完全な0かと言われればそうじゃなかったかもしれない。感染者の子供はいろんな争いの種になる。
しかしそれにしたってここまで規模の大きな戦闘になるなんて思わないだろう。夢だと疑いたいくらいだ。
(なんで……なんであたしが……)
あたしじゃなくてもっと強い人が来ていたら、みんなもっと楽なのかもしれない。
あるいは敵を一掃できるほどにあたしが強かったら、みんなを助けられたかもしれない。
弱い自分が嫌になる。完全に戦闘に参加することを拒否して物資の運搬だけに徹していればよかったと後悔する。
「キャッ!」
その悲鳴に、全身が凍り付いた。
反射的に振り向くと少し離れた位置で子供が一人転んでいるのが見えた。
(嘘……でしょ?)
とっさに判断ができなかった。なにかしなければ子供が危険に晒されてしまうことはわかりきっていたのに、あたしの頭は完全にフリーズしてしまっていた。
だからこそ、ドクターは動いたんだと思う。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そう叫びながら凄い速度で子供の元に駆けてくるドクターは、あたしの知っているドクターとは別人のようだった。
あたしは何もできなかったのに、ドクターはしっかりやるべきことをやろうとしていた。
半ば自分の役目を放棄しかけていたあたしは、自分が恥ずかしかった。こんな絶望的な状況で、なおも諦めまいと動くその姿勢に心を動かされた気がした。
(ドクター…………)
無茶な体勢で子供を庇ったドクターはそのまま吹き飛ばされてしまう。ラップランドが駆け寄ったのが見えた。
(あたしも……やらなきゃ!)
恐らくこれ以上動くのは厳しいだろう。ならドクターは今度こそあたしたちで守るしかない。
他のみんなも必死に戦っている。あたしだけ諦めるわけにはいかない。
そう、覚悟を決めた時だった。
急に辺りに黒い霧が広がっていった。
霧はあっという間に足元に充満し、皆の動きが止まる。
明らかに異常な現象だった。何がどうなっているかわからなかった。
直感的に、その黒い霧は危険なものだと感じた。触れたら死んでしまう有毒なガスが充満していくような、そんな気がした。
なんでそれが有害だと思ったのはわからない。ただ一目見て触れたくないと思った。これ以上ないほど危険なものだと脳が勝手にそう認識していた。実際のところもう既に靴越しに触れてしまっているのだが、予想に反して特に変化は感じられなかった。
この場にいる誰もが皆その様子に驚いていた。敵は警戒し、味方は不審そうに黒い霧を見ていた。
これは何かと、皆が疑問を持ちながら視線をその源泉へと向ける。
するとそれは、突如として大きく膨れ上がった。
(なっ、なにあれ……)
ラップランドから発せられる霧がラップランド自身を包み込み、どんどん大きな塊になる。
黒く、そして不気味なその霧はゆっくりと形を成していき、やがて一体の獣と成った。
(あれは……狼……?)
黒い影は間違いなく狼だった。
何故そんなものが。そもそもこの黒い霧は一体何なのか。そう思った時だった。
突然、身体が震え始めた。
「えっ、なに……これ……」
自分の意思とは関係なく、身体が小刻みに動き続ける。立っている脚も、杖を持つ腕も、下手をすると今の体勢を維持できなくなってしまうほど、震えていた。
わけもわからず茫然としていると、どうやらこの現象が起きているのは自分だけではないらしいことが分かった。見回した限りでは他のオペレーターも、敵の大半も、同じく震えているようだった。
一体何が起こっているのか。その疑問は数秒後に解決された。
(こ……怖い……怖いんだあたし…………)
それは恐怖による震え。生命としての反射ともいえる現象。
身体が先にそれを認識し、遅れて意識が恐怖に気付く。そんなチグハグな認識に、理解が追い付かない。
だが、一度はっきりと感じてしまったせいか、恐怖はどんどん加速していく。
目の前に現れた正体不明の黒い狼。それに対して本能レベルで恐怖している事実。それは知性を持った人間に凶器を突きつけられるのとはまた違った、抗いようのない感覚。頭で理解し、慣れることで緩和できるような生易しいものではない。
人である以前に生物であることを思い知らされる原始的な圧倒的恐怖。自分の命を今まさに握りつぶさんと手を掛けられている状況を拒む生命としての本能が、ここまでの恐怖を与えてくるのだ。
「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」
いつの間にか呼吸が荒くなっていく。息を吸おうとしているはずなのに、その意思に反して身体は酸素を上手く取り込んでくれない。
あり得ないほどの緊張と恐怖、さらにはそれにより起こる焦りが負のスパイラルを引き起こし、思考力が低下していく。巨大な狼の放つ威圧感はさらに強いものになっていき、存在感だけで押しつぶされそうになる。
今すぐこの場から逃げ出さなければならない。もはやそこまでの緊迫感がありながら動くことができない。迫ってくる死を実感しながらもそれに抗うことを許されない絶望的状況。どうしていいかわからずにただ立ち尽くすことしかできなかった。
「許さない……」
狼から、ラップランドからそう聞こえた気がした。
ただ、その一言が合図経ったかのように、ラップランドは動き出した。
「えっ…………?」
次の瞬間、視界には地獄が広がっていた。
ものの数秒、瞬きを数回繰り返しただけの間に、目の前の光景は全く別のものへと変化していた。
「何……これ…………」
目の前で敵が蹂躙されていった。
敵が次々と倒れていった。
意識が理解して感情が追い付く前に、付近の敵は全員倒されていた。
「そん……な……」
あまりにも圧倒的な暴力。純粋な力の氾濫。
ついさっきまであれほど苦労していた集団を、たった一人が破壊し尽くす。
理解力の限界を超えた現象が目の前で繰り広げられている事実に、脳は処理を放棄してただ恐怖に書き換える。
まるでお前の覚悟など無駄だと言わんばかりに、全てが恐怖で塗りつぶされる。
一歩違えば、少し間違えば自分も敵と同じようにあっさり喰らわれてしまうような、そんな恐ろしい存在が縦横無尽に暴れまわった。
ただ、見ていることしかできなかった。
意識不明のドクターを連れたメンバーが、子供たちと共に帰還した。
誰一人として頑なにその出来事の詳細を話そうとせず、また子供たちもその事件について尋ねられると皆震えだし、まともにしゃべれないほど恐怖してしまう。
アーミヤを始めとしたロドスの面々は、皆その異様な雰囲気に戸惑うこととなった。そもそもドクターがここまで負傷すること自体普段の作戦でもあり得ないことであり、ましてや秘書であり実力も折り紙付きのラップランドが同行した上の出来事とあっては、気にならない者はいない。
しばらく様々な噂が回った。が、当人たちはこれを気にすることなく、徐々に収まっていった。
明確な情報共有がされたわけではなかった。しかしほとんどの者が『ドクターを負傷させてしまった自責の念から皆の表情が暗いのでは』と推測した。実際今回の任務にあたっていたメンバーはロドスの中でも精鋭であり、その強さ故の失敗に対する責任感があったのだろうと思われた。
だが、事実は違う。
一体何が起きたのか。何を見たのか。
世の中には、知らないほうがいい事実というものが確かに存在している。であれば、これはそのうちの一つに該当するだろう。
戦闘は呼べない一方的な蹂躙、悪魔のような惨劇、圧倒的な虐殺。果たしてそんな出来事を味方が引き起こしたと、語るべきだろうか。
一見すれば味方の活躍ともとれるその一連の出来事は、ただそれだけで片付けていいものではなかったのだ。
黒一色に染まった巨大な狼が、瞬く間に敵を殺して回った。
その動きに一切の無駄はなく、また一切のためらいはなく。
ただただ敵を消し去るためだけに極限まで効率化された異次元の動き。
単に脱出するためならば殺す必要はどこにもなく、むしろそうしたほうが手間がかかるというのに、そんなことをまるで意に介さないかのような動きでそれは走り回った。
まるで一撃であれば関係ないと言わんばかりの圧倒的強さ。情けも容赦も殺意すらも超えた殺戮。
あまりの事態に逃げ回る敵の集団だったが、それすらも逃すことをしなかった。
仮にも完全装備したそれなりに戦闘経験のあるであろう手練れの集団を、屠り続けた。
包囲の規模を考えればあまりにも無謀な戦力差をたった一人で破綻させ、一人残らず手にかけた。
最終的に残ったのは、おびただしい数の死体と装備、そして血の匂いと異質すぎる雰囲気に支配された空間だけだった。
これをもし仮に話したとして、信じる者がどれほどいるか。信じる者がいたとして、どんな反応をするか。
皆一様にラップランドを警戒するに違いない。それは正しい反応かもしれないが、それが良いことかどうかはわからない。
ドクターの秘書であり、実力者でもある彼女のことを、皆が測りかねている。
果たしてこれを誰かに話すべきなのか。そう考えた時、オペレーターたちは皆同じ判断をしたのだ。
これは墓場まで持っていくべき記憶だと。
「どう思う?」
「どう、というのは?」
「ラップランドのことだ。お前も見ただろう?」
「あれは…………」
誰もいない通路で二人は話していた。不信感を隠そうとしないチェンの問いに対して、ホシグマはしばらく返答することができずにいた。
「確かにあいつはドクターの秘書だ。仲がいいのは知っているし、戦闘面で見れば間違いなく優秀だ。というかむしろそのおかげで私たちは助かったわけだからな」
「それは……そうだな……」
「だが、あれこそがあいつの本性だとするなら、私はあいつを容認できない。間違いなくな」
「そうか……」
「お前はどうだホシグマ。あれを仲間だと思えるか?」
「無理……だろうな。あれはあまりにも危険だ」
どちらも表情は暗い。
これでもしラップランドに対して責められるような理由が一つでもあれば、どれだけ単純な話だっただろうか。
『敵味方の区別がつかなくなり錯乱していた』『敵への攻撃に伴って味方にまで被害が及んでいた』そんな要素が一つでもあれば、もっと簡単にラップランドを嫌うことができただろう。危険因子であると断定ができるだけ状況証拠でもあれば、他の者を説得することもできたかもしれない。
だが現実は真逆だ。襲ってきた謎の集団を完全に殲滅し、仲間の安全を確保した。簡潔な説明ならこれで事足りるし、これが事実だ。味方を守ったのだから成果も行動も評価されてしかるべきなのだ。
客観的に見ればラップランドは絶望的な状況の味方を救ってくれたヒーロー。本来こんなに恐れる対象になるべきではない。
しかし、皆恐怖していた。ラップランドという存在を。そして同時に思った。あれを見て恐れずにいられる存在が、果たしているのだろうかと。
そしてそれはこの二人とて例外ではない。
「あれが……もしあれが敵に回ったら……」
「そういうのはなしだろう。お前らしくもない」
それは最悪の想定。だが同時に皆の思考のどこかに浮かんだ危惧。
もしかしたら、と。
「あれに背中は預けられんな」
「それは考えすぎだろう。確かに得体のしれない雰囲気を纏ってはいたが、敵ではないわけだし…………」
「ならお前はできるか? 別に背後でなくともいいさ、いざという時その盾であれと正面から渡り合えると思うか?」
「それは…………」
「もしお前が無理なら他のオペレーターも無理だろう。つまりはそういうことだ」
「………………」
龍門近衛局の腕利き二人。ロドスでも実力はかなり上位に位置するこの二人が、その結論を出す意味。
とりわけ近接戦闘においては右に出る者はいないと称されるチェンが警戒するということ。それは警戒すべき程危険であることに他ならない。
「私はドクターが起きたらラップランドの処遇に関して進言するつもりだ」
「そうか…………」
「あいつがいるだけで、今のロドスはあまりにも危険すぎる」
チェンの言葉は鋭く、そして冷たかった。
しかしホシグマは何も言い返すことができず、ただ苦い顔をするだけだった。