一応補足しておくとドクターが気絶して過去回想に入りました。
※キャラ崩壊、解釈違いなどを含んでいる可能性がありますので閲覧の際はご了承ください
始めて彼女を見た時、俺の世界に色が付いた気がした。
どことなく虚ろで、輪郭がはっきりとしていなかった視界が、一気に開けたような感覚。
記憶が戻ったわけではなかったのに、俺の中で失われていた何かが戻ってきたと感じた。
今まで俺が見ていた光景は全てまがい物だったのか、あるいはぼやけていたのか。そう認識が書き換わるほどに、俺にとっては衝撃的な出会いだったのだ。
俺は少し前に記憶喪失になった。
記憶喪失にもいくつか種類がある。重度の幼児退行と同じように知能まで失ってしまうパターン、言語や身体の動かし方などの基本的な知識は残っているがいわゆる『想い出』を忘れてしまうパターン、トラウマなどの影響で特定の記憶が無くなったりするパターン、その他にも細かい症例があり意外にもケースバイケースだ。
俺の場合は『想い出』の部分が無くなってしまうパターンだったようで、言葉を話せても自分の過去を語ることはできない。道具も直感的に使い方がわかったりするが、一定以上複雑なものになると使いこなせなかったりする。
なんでもロドスという製薬会社に所属しており、そこで研究だとかをやっていたらしい。今となってはそんなことは微塵も思い出せないし、こんな状態の俺がロドスに所属していていいのかどうか疑問ではあるのだが、組織内でもそれなりに高い地位にいるようで作戦指揮なんかを行っている。
研究者としての俺はそれなりに優秀だったようで、以前の俺を知る者に話を聞くと比較的好感を持ってくれている者もいた。研究者として尊敬しているなんてことも言われたりした。そんな話を何度も聞いているとなんとかして記憶を取り戻したいと思うのだが、一向にその兆しはない。
ロドスの一員としての生活が始まってからそれなりの期間が経過したが、正直まだ慣れないことも多い。記憶が戻らないことに関しての不安だったりは未だに消えないが、それでも俺は記憶をなくした状態でなんとかロドスの一員としての生活を送っている。
と、ここまでが客観的に俺を見た時の現状だろう。
確かに今の俺には記憶がないし、今のところ重要なことは何も思い出せていない。少なくとも皆が知っている研究者としての俺の記憶は依然として無くなったままだ。俺自身、このままずっと記憶が戻らなければどうなるのだろうと不安に襲われているのは嘘ではない。
しかしある夜、俺はあまりにも不思議な夢を見た。その時の感覚を言葉で表すのは難しいが、記憶を取り戻したのかと錯覚したことは確かだった。
激しい金属音、身体にまとわりつく緊張感、目まぐるしく変化していく光景。
それは、俺が戦場で剣を振るっている記憶だった。
詳細な状況はわからなかった。だが夢の中の俺は確実に何かと戦っていた。自ら戦線に立ち、得体のしれない敵に向かって進撃していった。
最初はただの夢だと思った。ロドスで指揮官として戦闘を経験した影響で、こんな夢を見てしまったのだろうと。
だが夢が進んでいき、俺が敵を倒していくにつれてそのリアルな手ごたえが違和感を与えてきた。
弾丸の雨を避け、敵の攻撃を紙一重で躱し、周囲の状況を把握しつつ最適な一撃で敵を次々と撃破していく、まるで歴戦の戦士のような動き。それはロドスのオペレーターにもここまで腕の立つ者は少ないだろうというほどのものだった。
そこまでいくと流石に異常を感じ始める。しかもそれは『俺にこんなことできるわけがない』という否定ではなく『そういえばそうだったな』という想起だった。夢の中という不確定な状態ではあるが、俺は記憶を失ってから初めて何かを思い出した感覚を得た。
もしかしたらこれは夢ではなく、俺の失われた記憶なのではないか。次第にそんなことを感じ始める。
夢が進めば進むほど、敵を倒せば倒すほど段々と疑いは強くなっていき、最後にはもう確信に近い物へと変わっていた。
これこそが俺の失った記憶の一部なのだと。
やがて最後の一体を斬り伏せ、勝利と共に俺は目を覚ました。全身にじっとりと汗が張り付き、握っていた武器の重さがまだ手に残っていた。
これほどまでに鮮明な夢があるだろうか。本当に記憶の一部だったのではないか。
そう思うほどに衝撃的で、俺の頭に深く焼き付いて離れなかった。
俺はすぐさま飛び起きると、真偽を確かめるために多くのオペレーターに再度以前の俺についての確認を行った。
しかしロドス関係者の誰に聞いても、俺は一介の研究者に過ぎなかったという話だ。誰も俺が前線に出て戦闘していたなんて話をしてはいなかったし、それとなく探りを入れても皆反応がなかった。
結局数日かけても俺の不可解な夢についての確認は取れなかった。せっかく何かわかるかと期待したのだが、何もわからず、何も思い出せないのは変わらなかった。
俺にできたのは、本当に戦えるのかどうか確かめるために他のオペレーターたちに交じってトレーニングを行うことぐらいだった。
しかしそれについても、俺のことを一番よく知っているであろうアーミヤとこんなやりとりがあった。
「そういえばドクター、最近トレーニングしてることが多くないですか?」
「ん? ああ。みんなに戦ってもらってばっかりじゃ悪いし、俺も少しぐらいは戦力になるように鍛えようかななんて思ってな」
「なるほど……その考え方は素晴らしいと思いますが適材適所という言葉もあります。無理に気を張る必要はないと思いますよ」
「そう……かな?」
「はい。最低限自衛ができる程度なら非常に良いことだと思いますが、他の皆さんと同じように戦闘員として戦う、というのは目指さないほうがいいかと。優秀なオペレーターさんが多いので必要とされる戦闘技能が高いというのもありますが、なによりドクターは優秀な指揮官ですから。自らが戦うことよりも指揮をしてもらうほうがいいです」
「でもなぁ……」
「もちろんドクターの気持ちもわかります。記憶が無くなって不安だったり、皆さんに守られてばかりで不甲斐ないと感じることもあるかもしれませんが、ドクターはドクターなんです。難しいかもしれませんが気にすることはありませんよ」
「アーミヤ……」
「そのために、私たちオペレーターがいるんですから!」
俺の身を案じた、優しさからくる言葉。
しかしその返事を聞く限りでは、俺は間違っても前線で戦うような存在ではなかったらしい。
もし仮に俺が少しでも戦闘をするような生活を送っていたとしたら、アーミヤの反応はもっと違ったものになっていただろう。ましてや一人で敵の中に飛び込んでいくほどの戦闘能力があったのなら、何らかの理由で今の俺に過去のことを隠していたとしても反応はあるはずだ。皮肉なことに失った記憶を少しでも補完しようと他人の観察は欠かさなかったので、アーミヤ嘘をついていないという確信はあった。
なら俺は一体何者なのか。
記憶を失って俺自身のことを一番知らないはずの俺が見た不思議すぎる夢。
果たしてそれが本当に元の記憶なのか、それともただの夢に過ぎないのか。夢でなかったとして、何故研究者であるはずの俺が戦っていたのか。
その矛盾の正体がどうしてもわからずにいた。
ただでさえ記憶喪失で自分のことを何も思い出せないのだ。何か行動を起こそうにも何もできないような状態でしかない。
悶々とした違和感を抱きながら、俺はロドスでの生活を送っていたのだった。
そんなある日、俺がいつも通り仕事をしていた時のこと。
「へぇ~、君がロドスのドクターなんだ」
「?!」
その声は、俺の耳に不思議なほど長く残った気がした。
資料に目を通していた俺が顔を上げると、先ほどまで俺一人きりだった部屋の中にいつの間にか一人のループスが入り込んでいた。
数秒の間の後、俺が口を開く。
「…………新人……か?」
「そうそう、今日から配属になったんだ。名前は……ラップランドって呼んでくれればいいかな」
まとまりのない汚れた銀髪に、温かさなど微塵もない狂気を含んだ笑みと、どこか焦点の合っていないような瞳。年季の入った装備はどれも使い古されてボロボロになっており、傷や血痕だらけで酷い状態だった。間違っても配属初日とは思えない恰好だ。
それに新人オペレーターであるならば施設の案内が先で、俺に挨拶をするにしても誰かしら付き添いがいなければおかしい。しかしその時の彼女の横には誰もおらず、完全に一人。まるで忍び込んできたようだった。
今にして思えば、彼女が外部からの刺客でもおかしくはない状況。そこまで考え至らずとも、警戒してしかるべきだろう。
だが俺にはそんな考えはなかった。それどころか、むしろ安心感すら感じていたかもしれない。
何故だかはわからないが、どう見ても危険そうな彼女に対して俺の危機察知能力は働かなかった。それどころか普段よりも数段階警戒のレベルが下がっていたと言える。
(こいつは一体…………)
正体不明で素性もわからない不思議な存在でありながら、狂人としての一面を持つループス。多くのロドスオペレーターたちの中で、ひときわ異質な存在。それが彼女だった。
「まあ、これからよろしく」
「お、おい、ちょっと…………」
「また後で~」
印象は決して良くはなかったはずだ。一目で経歴が普通ではないことも感じたし、立ち振る舞いから相当の実力者であることも分かった。個人的にもつかみどころがない相手はどちらかと言えば苦手なはずだ。
しかしそれを考慮してもなお、彼女には不思議と惹かれる魅力があったように思う。他の者はそうではないようだったし、それどころか大半は彼女を避けるようにしていたが、俺だけはそう感じずにはいられなかった。
だから俺は彼女を、ラップランドを秘書に選んだ。
「ラップランドさんを秘書に……ですか?」
「そう、コミュニケーションを兼ねてね」
俺がアーミヤにそんな提案をしたのは、ラップランドがロドスに来てから間もない頃だった。
何か明確な理由があったわけではない。少なくとも説明して納得してもらえるようなしっかりとした根拠はないとわかっていた。
「どう思う?」
「ドクターがそう思うなら、いいんじゃないでしょうか?」
そう返してきたアーミヤだったが、声音から素直な感想じゃないことがわかる。表情も明るくない。
「何か言いたげだね」
「い、いえ、本当にそう思っています。明らかに間違っているような判断ではありませんし、私はドクターの意思を尊重します。ですが……」
「ですが?」
「ですが……その、あんまりこういうことは言わないほうがいいかもしれませんが、あの人は少し危険なのではないですか?」
「アーミヤもそう思う?」
「はい。ロドスに所属してくれている方に対してこういう見方はしたくないのですが、正直なところかなり危険な方だと思います。私は報告を受けるだけのことが多いので実際に直接見たわけではありませんが、彼女の戦闘スタイルや性格はかなり攻撃的だと」
「確かにな」
「実力の面での問題が無いのはわかっているのですが、どうしても粗暴な印象が目立つので、そこが心配と言うか……なんと言うか…………」
「まあ、言わんとすることはわからんでもないな」
アーミヤの反応はまさに予想通りと言った感じだった。
俺を心配してくれているのが言葉の端々から伝わってくる。
配属から数回任務を任せた限りでは、ラップランドは特に問題行動を起こしているわけではない。だが彼女の戦闘模様を一度見たものは皆口を揃えて『危険すぎる』と言う。それは高い実力もそうだが、戦闘中の彼女の様子がかなり異質だからだ。
俺も初めて彼女の戦闘を見た時には度肝を抜かれた。
流派も信念も戦闘効率もクソもないただただ衝動に任せた動き。それでいて確実に敵を殲滅する力。例えるなら、木を切るために爆弾を使って地形ごとえぐるような荒々しさ、とでも言うべきだろうか。
狂人、それが最もしっくりくる言葉というのも、あながち間違いではない。
しかし、それでも俺は個人的にラップランドという人物に興味があったこともあり、結局ラップランドを秘書にすることを決めた。
「危なそうだったらまた別の人に変わってもらうよ」
「わかりました。では通達しておきます」
その日の会話はそれで終わった。以降、アーミヤから何か言われることもなかったし、ラップランドが秘書として俺と行動を共にするようになってからも変わらなかった。
だが、他の者からは警告を受けた。
「ラップランドを秘書にしたそうだな」
「なんだテキサスか、急にどうした?」
「悪いことは言わない、早くあいつを秘書から外せ」
その時のテキサスの雰囲気はいつもとだいぶ違った。寡黙でどちらかと言えば不愛想なイメージがあるテキサスが、自らはっきりと意思を伝えてくる。それだけでどれほど真剣なのかがわかる。
テキサスとラップランドの間で過去に何かあったらしいということはなんとなく把握していたが、ここまでとは思っていなかったので、少しばかり驚いた。
「理由を聞こうか」
「あいつは危険だ。これ以上の理由はいらないだろう」
「危険って言ったっていろいろと種類があるだろう。性格が粗暴とか、アーツが特殊で周りを巻き込みやすいとか、何か病気を患っているとか、具体的な説明が欲しいんだよ」
「なら性格が極めて狂暴で手が付けられないってことでいい。それはドクターだってわかってるはずだ」
「いいや? ロドスの面々の中じゃむしろ大人しいぐらいだろ。少なくとも味方に所かまわず戦いを仕掛けるほど狂ったりしてないしな」
「………………」
どうやら俺が意見を変える気がないことを悟ったらしい。少し顔をしかめると、何かを考えるような素振りを見せる。
「どうしても聞かないつもりか」
「少しの間コミュニケーションを取ろうってだけだよ。本当にやばそうだったら変わってもらうさ」
「その少しの間に殺される可能性があるとしてもか?」
「俺はロドスに所属してくれてるオペレーターは全員信頼してるんだ。そんなことにはならねーよ」
「そうか…………」
俺の決意を聞くと、テキサスは言葉を飲み込んだようだった。何か言いたげな少し複雑な表情をしていたが、結局大人しく部屋を後にした。
ここまで言われると、二人の過去が気になり始める。テキサスにここまでさせるほどの出来事なのだから生半可な好奇心などで知るべきではないのだろうが、それでも興味を断つことはできない。
だがテキサスからしゃべらないのであれば、俺も無理に聞こうとは思わない。それは変わらないし、これから先もきっとそうだろう。
実際のところ、それ以来テキサスが何か言ってくることはなかった。警告を無視することになった手前気まずくなるかとも思ったが、それ以降はいつも通りの無口に戻っていた。
ただ、何となく俺のことを気にかけているような、そんな視線は感じることが幾度かあった。
そしてその数日後、いよいよ俺とラップランドとの関係が始まることとなったのだった。