医者と銀狼   作:tigris

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過去回想第二弾です。
筆が遅くて申し訳ない。

※キャラ崩壊、解釈違いなどを含んでいる可能性がありますので閲覧の際はご了承ください


医者と銀狼0-2

意外と言うべきか、ラップランドはとてもまともだった。

一見自由奔放で融通が利かないような印象だが、書類の整理を頼めばきっちりとこなし、任務についての話を振れば具体的な作戦案を出し、他愛もない雑談にもしっかりと反応を返してくれた。

普段の狂暴性や狂気は完全になりを潜め、俺の目に映ったのはごく普通のループスの女の子だった。そうなってくると当然、態度の差が気になってくる。

根は真面目であることは間違いないだろう、でなければ秘書の仕事をこなしたりはしない。問題はその性格が何故豹変してしまうのかということだ。

ラップランドと接していけばいくほど、そんな疑問や違和感が膨らんでいく。しかし聞くには至らない。単純な好奇心と、彼女の過去を知ることの恐怖が同居していた。

 

「どうしたんだい?」

 

「ああ、いや、ちょっと考え事をな……」

 

今日もこうして二人で仕事をこなしているわけだが、恐ろしいほど普通だ。問題が起こるどころか、これまでよりも作業効率が大幅に上がっている。

俺は書類を片付けながらラップランドの顔を盗み見る。その表情はとても穏やかであり、戦闘時とは別人だ。

こうしてよく見てみると、とても整った綺麗な顔をしている。鉱石病や戦闘で負った傷があるので人によってはそう見えないかもしれないが、少なくとも俺には魅力的に映る。

これがひとたび剣を握れば狂戦士と化すのだから、見た目で判断できないものだ。

 

「ボクの顔に何かついてる?」

 

その一言でぎょっとする。どうやらバレバレだったらしい。

 

「いや、別に大したことじゃないよ。ちゃんと仕事手伝ってくれてありがたいなってだけ」

 

「へぇ、他の子は手伝ってくれなかったの?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど、今のことろラップランドが一番まともだよ」

 

「そうなんだ。それは光栄だね」

 

この会話の間も、ラップランドは返答をしつつしっかりと手は動かしている。他のオペレーターならそのまま雑談に発展して作業が止まってしまったり……なんてこともあったりするのだが、ラップランドはそうならない。

単純に俺への興味が薄いから無難な返事で流しているのか、それとも真面目さ故か。

どちらにせよ、作業が普段よりも進むのはとてもありがたい。

 

(ま、とりあえず今は作業を終わらせるか)

 

ラップランドについていろいろと気になることがあるのは確かだが、それは別として仕事はしっかりやらなければならない。

任務の編成や装備の確認、オペレーターのスケジュール調整など、ロドスの雑務はなかなか減らないのだ。

 

「これ片付いたら残りは明日でもいいし、あとちょっとよろしくな」

 

「ああ、もちろん」

 

「そうだ、終わったらなんか奢ろうか? なんか軽いスイーツとか」

 

「いちいち優しいんだねドクターは。作戦の時もそうやって気を使ってくれるしさ」

 

ふと、今まであまり会話を振ってこなかったラップランドから、そんな言葉が飛んできた。

違和感を感じつつも、一応無難に返す。

 

「別に大したことじゃないだろ? 俺が戦えない分、みんなに頑張ってもらってるわけだし」

 

「それにしたってオペレーターを丁寧に扱いすぎじゃないかな。他のやつらはともかく、ボクはもっとぞんざいに扱われてもいいんだけど」

 

「そんざいにってお前…………うちの大切なオペレーターにそんなことできるわけないだろ?」

 

「そう? 意外とハマるかもしれないよ、ドクターも」

 

「!!」

 

するとラップランドは一瞬のうちに机を飛び越えると俺の隣まで移動してきた。

常人ならば目で負えないだろう。こちらの死角と意識の移動を完璧に把握した上での身のこなしは、流石としか言えない。

 

「ちょ……ラップランド……」

 

「仕事ならボクに振り分けられてた分はこの通り終わったよ。それにドクターもじきに終わる量だ。少しぐらい遊んだっていいだろう?」

 

「いやそうだけど……遊ぶって何を……」

 

確かにラップランドの言う通り今日やるべき仕事はもうほとんど終わりだ。これもひとえにラップランドが黙々と作業をこなしてくれたからに違いないのだが、当のラップランドの言葉には含みがあった。

俺が変なことを言ったせいか、何やらラップランドの雰囲気が妙だ。先ほどまでの真面目で寡黙な状態とは打って変わって遊びに積極的。これはどちらかというと戦闘時のそれに近い。

 

「何って、言っただろう? ボクをぞんざいに扱ってほしいんだ。できるだけ雑に、使い捨てのどうでもいい道具みたいにね」

 

「だからそんなこと……」

 

「ほら、早く」

 

そう言うが早いか、ラップランドはとんでもない力で俺の腕を掴み、そのまま自身の首へと手を押し付ける。すると俺の手のひらは意図せずラップランド首を絞めるような位置に置かれてしまう。

もし俺がこのまま手に力を込めれば、そのままラップランドの呼吸が止まるだろう。

 

「ちょ、待て! 雑って言ってもこんなのとりかえしがつかないレベルだぞ?!」

 

「いいからほら、ちゃんとボクを握ってみなよ」

 

「できるかそんなこと!」

 

「そう、ならこうすればいいかな」

 

「痛ッ!」

 

突然の痛み。

何をされたのかはすぐに分かった。ラップランドが俺の腕に爪を立てたのだ。

通常痛みが走れば手は開く。相手の武器を落としたい時などに有効な手法だが、ラップランドのそれは真逆の効果を生んだ。筋肉構造を理解した上で適切な部分を刺激することで、相手の手に無理やり力を入れさせるという特殊技能。

 

「っ! しまった! お前なんてことを!」

 

結果的に俺はほんの一瞬とは言え、本気に近い力でラップランドの首を絞めることになってしまった。

すぐさま腕を振りほどくが、万が一ということもある。俺は心配しながらラップランドの顔を覗き込んだ。

が、

 

「ふふふ……いいねぇドクター」

 

「だ、大丈夫な————————?!」

 

ラップランドの表情は今まで見たこともないほどに恍惚としていた。

蕩けたように薄く開いた瞳は俺を見つめていながらも焦点が合っておらず、意識が飛んでいるようにすら見える。半開きになった口からは舌がのぞき、口角が上がっているせいでまさに夢見心地と言った具合だ。

そして何よりも恐ろしいのは、俺自身がそんなラップランドを魅力的に感じていたということ。目の前で尋常ではない様子を見せる一人の女の子に対して驚くでも、引くでもなく、俺はただただ強く惹かれていた。

 

「ほ、本当に大丈夫……なのか?」

 

「大丈夫だよ、ドクターは心配性だね」

 

「そ、それならいいんだが……」

 

心臓の鼓動が自分でもわかるほどに早くなっている。感じたことのない焦りに、俺は冷静になろうと必死だった。

 

「それにしても随分力が強いんだねドクター、ちょっと見直したよ」

 

「そ、そうか?」

 

(しまった……つい力が……)

 

先程の痛みからの条件反射。俺は恐らくラップランドの想定の数倍強い力を入れてしまった。

ロドス内での俺の認識は、記憶を失った研究者だ。戦闘も他の皆にまかせっきりだし、非力だと思われていることだろう。というか、俺の調べた限りでは記憶を失う前の俺はそういう存在だったようだ。

そんな俺が戦闘能力を有しているというのは、元の俺との大きな乖離となってしまう。何が起こるかわからない。故に俺はこのことを誰にも明かしていない。

それがここに来て、初めてボロが出た。

 

「下手したらその辺のオペレーターよりも強いかもね。自分でやらせておいてなんだけど、逝っちゃうかと思ったよ」

 

「だからやめろって言ったのに……俺の力がもっと強かったら大変なことになってたし、弱かったとしてもどんな事故が起こるかわからないんだからな」

 

「ふふふ、でもよかったよ。ありがとうドクター」

 

どうやらラップランドは気付かなかったようだ。流石に握力だけではバレようがなかったか。

 

「それじゃあ俺は残ってるこれ終わらせるから、もう部屋戻ってもいいぞ」

 

「いや、せっかくだしドクターが終わるまで見てることにするよ」

 

「そ、そうか? まあお前がそうしたいなら別にいいけど」

 

「ああ、だからボクのことは気にしないでゆっくりやったらいい」

 

ラップランドはそう言うと、本当に俺の観察を始めた。作業を続ける俺の隣に座り、じっと視線を向けてくる。

その眼は普段とは違うようだ。かと言って、戦闘時の狂気も感じない。

関係がまだ浅いからか、俺はラップランドの思考を読むことができないようだった。すぐ横にいるというのに、何を思っているのかがか分からない。それどころかどれだけ考えても、ラップランドが何を目的にして俺を見ているのかも全く分からなかった。

唯一感じるのは、漠然とした靄のような圧。ラップランドの近くにいるだけで、体に纏わり付いてくるような不思議な違和感に襲われる。

漏れ出ている殺気か、あるいは俺に対する興味か、どちらにしてもやや不安だ。

 

(これ以上考えても仕方ないか……)

 

そう割り切って、大人しく作業を進める。

結局、その日はそれ以上何かが起こるわけでもなく、そのまま仕事を片付けて一日が終わった。

 

 

 

 

しばらく、似たような日々が続いた。

まともに仕事を手伝ってくれるラップランドと中身のない会話をする。

時たまラップランドがふざけて無茶なスキンシップを俺に求め、俺が動揺しながらそれをいなす。

そんなよくわからないやり取りを何日も続けていくうちに、少しずつラップランドのことがわかるようになっていった。

するとラップランドの方も俺の性格を心得ていくようで、段々言葉数が増えていった。

 

「はぁ~、今日は随分早く終わったなぁ」

 

「そうだねぇ。ドクターはこの後暇かい?」

 

「ん? あー、別に暇だな。特にすることないし」

 

「なら少ししゃべろうじゃないか。最近テキサスが構ってくれなくて寂しいんだ」

 

「お、おう、そうなのか…………」

 

こんな感じで仕事の終わった後に二人で話したりなんてことも増えていった。

もっとも、それはあくまでラップランドの気分次第であり、俺から何か誘ったり、ラップランドの過去について尋ねたりといったことには踏み切れなかった。

無論興味はある。しかしどこか壁を感じてどうしても疑問を口にすることはできない。

それはきっと俺自身が記憶喪失で、思い出したくても思い出せない記憶や謎を抱えているからだろう。自分の過去すら分からないのに、興味本位で他人の過去を詮索しようなどとは思えない。例えラップランド本人がそんなこと気にしていなかったとしても、俺自身はどうしてもそのことが引っかかってしまうのだった。

 

(もし俺の記憶が戻ったら、その時は聞けるのかな……)

 

夜ベッドに横になりながらそんなことを考え、眠りにつく。

気が付けばそれが習慣に近いほどの日課になりつつあった。

 

 

 

 

 

そんな日々を送っていたある日、ちょっとした事故が起きた。

それは俺がペンギン急便の面々が訓練と称したバカ騒ぎをしているのに居合わせていた時のこと。

その日仕事が随分と早く片付いた俺は、オペレーターたちとコミュニケーションをとるためにロドス内の施設をいろいろと回っていた。

 

「お、ドクターじゃん! やっほー」

 

訓練中(超実戦形式)のエクシアに声を掛けられたので応じると、ペンギン急便のメンバーは一旦訓練を止めて俺の元に集まってきた。

 

「今日の仕事はもう終わったの?」

 

「ああ、追加で入ったりしなければ今日はもうフリーだ」

 

「そうなんだ。じゃあさ、ちょっと遊んでかない?」

 

意外な提案に少し考える。

これが文字通りただ『遊ぶ』ということなら大歓迎なのだが、相手はペンギン急便だ。一癖二癖どころか、とらえどころもなければ制御すら難しい面子。

そして、もう一人。

 

「ドクターもいるなら、ボクも参加しようかな」

 

そう、ラップランドだ。

 

「今日はこっちに来てたのか」

 

「そうだよ。テキサスの声が聞こえたからね。見学って感じだったけど、ドクターが参加するならボクもやろうかなって」

 

「なるほど」

 

一応軽くペンギン急便のメンバーに目をやる。

皆警戒はしているようだが、そこまで険悪な雰囲気ではなさそうだ。

以前よりテキサスに絡むラップランドはペンギン急便全員の警戒対象になっていたが、あからさまに敵意を示すほどではないらしい。

が、まだなんとなく空気感は違う。大丈夫だけど心配と言ったところか。

エクシアなんかは『ラップランドだけだと気まずいからお願いドクター』といった感じの視線を送ってきている。

 

「ドクターもやろーよ、絶対楽しいって」

 

「え、何? 俺も巻き込まれるわけ? 強制参加?」

 

「強制って……酷いなぁ」

 

「せやせや! うちらのことどない思ってんねん!」

 

「まあまあ……」

 

何をさせられるかはわからないが、とりあえず付き合ってもいいだろう。

問題はただのか弱い元研究者というていになっている俺が現役バリバリのオペレーターに囲まれて何をさせられるのかということだ。

 

「で、なにすんの? 俺にお前らと張り合えって言われても無理なんだけど」

 

「流石にそんなことさせないよ~。ほら、あれだよあれ」

 

そう言ってエクシアが指さしたのは、訓練用のダミーだった。

 

「あれに一発ぶちかますの。それぞれ好きな武器でね」

 

「ああなんだ。確かにそれなら俺でもできそうだな」

 

俺のその言葉を了承と受け取ったらしく、各々武器を構えて攻撃し始めた。

エクシアは銃で数発、テキサスは剣で一閃、クロワッサンとバイソンは盾で豪快にぶん殴り、ソラはアーツを着弾させる。

そしてラップランドは他の誰よりも早く、誰よりも豪快に重い一撃を叩き込んだ。

 

「うわぁ……みんな相変わらず凄まじいな」

 

味方としては頼もしい限りだが、ただの運送会社とは思えない戦闘力だ。ロドスの中でも相当レベルが高い。

 

「ほら、ドクターも」

 

そう言って手渡されたのは模擬刀なんかではなくしっかりと刃のついた真剣だった。

受け取ると、少し違和感を感じた。

 

(ん? なんか妙に軽すぎるような……)

 

「どうしたのドクター?」

 

「いや、普段こんな剣なんか持たないから、少し重いなってさ」

 

オペレーターたちには変なことを言うつもりはないので誤魔化す。

あの日の夢の記憶ではもっと重い剣を振り回していたのだろうか。そう思えてならないほどに、俺の手に握られている剣は軽かった。

触っている感じも、なんだったら重さも金属のそれなのだが、今の俺にはどうにも違和感だらけに感じる。

 

(まあいいか、とにかく変に勘繰られないように、適当に…………)

 

両手で剣を持ち、ほどほどに力を込めつつダミーへと走る。

 

「おらぁ!」

 

やや不格好だが、こんなものだろうという感じで一発決めると、チラりと皆の反応を伺う。

 

「おー、ドクターやるじゃん」

 

「ほんまやなぁ、センスあるんとちゃうか?」

 

「悪くないな」

 

予定通りの評価。違和感も持たれていないようだ。

実のところここで一発かまして驚かせるという考えもないわけではなかったが、いろいろと面倒なことになるのは目に見えているので流石にそこまではしない。

しばらくローテーションの形をとりながら、ダミー相手に攻撃が続いた。

始めのうちは軽くこなしていたが、動きのないダミーでは飽きが来たのか、次第に動きが変化していく。

アクロバティックに連撃を決めたり、目を瞑って射撃を命中させたりと、バリエーションに富んだ攻撃が増える。

やがてそれでも面白くなくなったのか、いつの間にかペンギン急便メンバー同士の模擬戦が開幕していた。というか、先程俺が見ていたのはこの状況だったので、元に戻ったというべきか。

そこまで行くと俺が加わるわけにはいかないので、少し離れた位置に下がってその模擬戦を眺めていた。

横にはテキサスと、ラップランドが座っている。

 

「私が勝ったらスイーツセット奢ってもらうからね!」

 

「なんやと! 勝手に決めるなや!」

 

「二人とも頑張れ~」

 

この雰囲気はいつも通りだ。放っておいても特に問題はないだろう。

端から見たら大丈夫なのかと心配になるレベルの戦いだが、本人たちからすればじゃれついているに過ぎない。もっとも、じゃれあいでここまでのレベルというのがある意味恐ろしいのだが。

 

「よくやるなぁ…………」

 

「全くだ」

 

「ボクたちもやろうよ、面白そうじゃないか」

 

「断る」

 

「テキサスは相変わらずだねぇ」

 

片やこっちの二人もいつも通りだ。

ラップランドがウザ絡みしてそれをテキサスがめんどくさそうにあしらう。最初見た時は二人の仲を心配したものだが、今ではこれも日常の一部となっている。

二三やりとりがあったが、テキサスはめんどくさそうに雑な相槌を返すだけだった。しばらくすると流石にラップランドも飽きたのか、その後は特に話すことなく二人とも黙っている。

空気感が気まずくは無いかと一瞬だけ心配になったが、テキサスは本当にラップランドのことを気にしていないようだし、ラップランドも拗ねることなく大人しくしているので、その心配は無いようだ。

 

(この二人もちょっと気を使わないといけないかなぁ……)

 

別にロドス内で支障がなければ気にすることもないかもしれないが、実際の任務で何かあっても困る。

これまでにも同じ部隊として編制して任務にあたってもらったことはあるが、この関係性を見ているとなんとなく心配にはなってしまう。

と、そんなことを考えていた時、それは起きた。

 

「あっ」

 

ヒートアップしていた模擬戦。それはお互いに本気でのぶつかり合いと言っても差し支えないほど白熱していた。エクシアの銃撃によって弾幕が張られるほどであり、まさしく銃弾の雨と言った感じだ。

当然狙われているクロワッサンは盾でそれを防いだり、上手い事回避をしたりしていたのだが、それだけでは勝つことはできない。

遠距離武器対近接武器の場合、基本的には近接武器側が不利になる。常に反撃のタイミングを伺い、隙あらば接近して反撃する必要のある戦闘において、そもそも射程でアドバンテージのある遠距離武器側は接近されないような攻撃を続けるからだ。

だが、この二人はどちらも猛者と言っても違いないほどの実力者。ましてや普段から遊び半分でハイレベルな戦いをするほどなのだから、互いの手の内は知り尽くしている。

よって、弾丸の雨を掻い潜ってクロワッサンがエクシアに接近することも決しておかしいことではない。

そして接近されればエクシアはどうするか。当然距離を取りたい。が、クロワッサンもせっかく詰めた距離をみすみす離されるわけにはいかない。

つまり両者の距離が縮まりきるか否かというタイミングは、一番必死かつ真剣になるタイミングであり、集中力のピーク。

よりわかりやすく言うならば、その瞬間は周囲への気配りなどしていられないほどに意識が戦闘へと集中する。

 

「やばっ」

 

またもや条件反射だった。つい先日、ラップランドに無理やり力を入れさせられた時と同じだ。

 

「「!!」」

 

一瞬の出来事だったが、それを見逃すような面々ではない。

距離を詰めてきたクロワッサンを牽制するためにエクシアが撃った数発の弾丸のうち、一発が偶然にも俺の身体を真芯に捉えていた。そのまま動かなければ間違いなく俺は被弾する角度だった。

他の面々なら軽く避けてしまうだろうし、そうすることに違和感もない。だが俺には戦闘能力がないことも、普段は訓練すらしていないことも周知の事実。皆の解釈通りの動きをするならばそのまま弾を食らって怪我をするのが正解だ。

だが流石にそんなことはできない。これがまだ剣か矢なんかだったら上手く力を受け流して被弾しつつ誤魔化すなんて真似ができたかもしれないが、速度と貫通力のある弾丸では無理がある。少なくとも出血は免れないだろうし、下手をすれば骨や神経にも影響が出てくる可能性もある。

そして何よりも俺の思考が判断をする頃には既に俺は弾を避ける体制に入っていた。まるであの時の夢で見た記憶の中で、数多の攻撃を掻い潜った時ように。

だからこそ俺は動いてしまった。自分の身を守るために反射的に流れ弾を躱そうと動いてしまったのだ。

結果として俺は弾丸を避けたが、その瞬間は皆にバッチリと目撃されてしまった。

 

「すごいじゃんドクター! どうやったの?」

 

「驚いたなぁ……完全にやばいと思ったんに……」

 

「いやぁ……びっくりしたなぁ……避けたのか俺?」

 

とぼけてみるが誤魔化しが効くのは普通のやつだけだ。ペンギン急便のメンバーは俺の言葉を信じて各々反応しているが、約一名俺への目線が変わっていた。

 

「本当に凄いねドクター」

 

こいつには確実にバレてしまっただろう。なんせ二回目だ。

 

「早くて良く見てなかったし、もう一回見せて欲しいなぁ」

 

「おいおいよせよ。たまたまだって、運が良かっただけだ」

 

辛うじてそう返したものの、ラップランドの表情は動かなかった。

他の面々には普通の顔に見えているだろうが、普段から近くで接している俺にはわかった。その表情に浮かべられた笑みには狂気と興奮が入り交じり、瞳は俺のことをまっすぐに見つめている。それはまるで獲物を見つけた肉食獣のように鋭く、歓喜に満ちた視線だった。

完全にロックオンされた、そう確信できる。何を基準にしているのかはわからないが、ラップランドにとって狙うに値する存在だと認められてしまったようだ。

非常にまずい。

 

「おい」

 

「んん? どうしたんだいテキサス?」

 

「その辺にしておけ。ドクターにそんな目を向けるな」

 

助け舟を出してくれたのはテキサスだった。かなり食い気味に俺に迫っていたラップランドの肩を掴み制止してくれた。

ラップランドは少し不満げな表情をしたものの、すぐに意識はテキサスに向いたようだった。

 

「ならテキサスがボクと遊んでおくれよ。最近暇すぎて退屈してるんだ」

 

「断る。そんなことをする必要がない」

 

「つれないなぁ。たまにはいいじゃないか」

 

まるで俺のことなど忘れてしまったのかというぐらいの興味の移り変わりだった。

俺は肩をなでおろした。張りつめていた緊張感が解けたような感覚に思わず安堵のため息が出る。

テキサスには後でチョコでも奢ってやろうか、そんなことを考える。

だが、

 

(あれ……なんだこれ?)

 

引きかかっている焦りや安堵に混じって俺の胸に去来した感情。胸の奥でじわりと広がるような小さい違和感が、俺の感情を不透明にしている。

辛いとか悲しいとか、そんな単純なものではない。もっと人としての複雑さの一端である気がした。記憶を失っているせいで例えも出なければ類似した状況を思い出すこともできないが、それでも普段は感じないようなものだ。

 

(俺は今……何を考えた……? ラップランドの興味が俺からテキサスに移って安心したはずじゃ……)

 

そのはずだし、この状況ならそうあるべきだ。

戦闘狂のラップランドに目を付けられなくて良かったと、自分自身でもそう思っているのは間違いないはずなのに、何かが混じっている。

 

「………………」

 

これも記憶を失ったせいなのか。それとも別の原因があるのか。

そんなことを考えながら、俺はしばらくの間不思議な感情に苛まれることとなった。

 

 

 

 

その夜。

やや意外とも言える人物が俺の部屋を訪ねてきた。

 

「俺に荷物?」

 

「うん。差出人とかは一切わからないんだけど、確かにドクター宛てだよ」

 

ロドスのオペレーターとした活動する傍ら、元々の仕事である配達業もこなすアンジェリーナ。

曰く、直接依頼されたわけではなく人づてに頼まれたらしい。

 

「中身は?」

 

「それが……武器、みたいなんだよね」

 

「武器?」

 

「うん。中身は私のところに来る前にスキャンされてたんだけど、どうも細長い金属らしいんだよね。で、形が完全に剣だったんだって」

 

剣、その一言に反応しかけたが、俺は表情を動かさなかった。おそらくアンジェリーナにもバレていないだろう。

 

「剣か・・・覚えてるわけないんだけど、違和感しかねぇな」

 

「だよね、私も少しおかしいかなって思ったんだけど……」

 

アンジェリーナはその荷物に視線を向ける。そこには確かに俺の名前が書かれている。

 

「まあ流石に同姓同名の別人ってことはなさそうだしなぁ」

 

「どうする? 怪しいし差出人不明だし、受け取り拒否っていうのも無しじゃないと思うんだけど」

 

「いや、受け取っとくよ。心配してくれてありがとな」

 

「そう? それなら確かに届けたからね」

 

「おう、お疲れ様」

 

そうしてアンジェリーナは俺の部屋を後にした。あとに残ったのは謎の荷物だ。

 

「さて、どうするかな」

 

話を聞いた感じ安全面的に問題はないだろう。実は爆弾で開封した瞬間に大爆発、なんてことはないはずだ。

しかし怪しいのも事実。俺が記憶を失っていなかったら何かわかるのかもしれないが、今の俺に思い浮かぶのはやはり戦闘時の記憶だけだ。

あるいはその時握っていた剣なのか。

 

「とりあえず開けてみるか」

 

一応警戒はしながら、俺は荷物を開封していく。思いのほかしっかりと梱包されており、中身にたどり着くのに何層かの梱包材をはがすこととなった。

特に怪しいところもない。何か仕掛けがあるような感じでもない。ますます謎は深まるが、ついにその中身が露わになる。

 

「っ……これは……」

 

一目見てわかった。ただの剣ではない、直感がそう告げている。短い期間とはいえ何人ものオペレーターの装備を見てきたが、これに匹敵するものはないのではないか、そう思うほどに存在感が強い。

まだ鞘に収まった状態だというのに感じる迫力。刀身を見たら一体どれほどのものになってしまうのか。

完全に安全と決まったわけでもないのだが、俺は好奇心に負け、剣を鞘から抜き放った。

 

「!!!」

 

それは記憶の中で俺が振るっていた剣そのものだった。

紅く光を放つ刀身には一切の傷はなく、宝石のように見る者を惹き付ける不思議な輝きがある。武器であるはずなのに、まるで芸術作品を見ているのかと錯覚してしまうほどの美しさだ。記憶の中の俺はかなりこの剣を酷使していたようだったが、もし同一のものだったならあまりにも綺麗すぎる。本来あるべき傷や汚れなどは一切なかった。

気付けば俺は時間を忘れ、その不思議な輝きにしばらくの間見とれていた。

物質としてはただの鉱物である宝石に多くの人が惹き付けられるように、この剣もまた、人の心を掴んで離さないような魅惑的な美しさを持っている。

間違っても戦闘で使おうなんて考えるようなものではない。部屋に装飾品として飾っておくほうが合っているはずだ。もし本当に戦闘用として作られた剣であったなら、ここまで綺麗に造る必要はどこにもない。

それに重量が普通の剣の比ではない。持ってみて初めて分かるが、簡単に振り回せるような重さではない。特殊な鉱石でできているのか、はたまた全く違う物質かはわからないが、少なくとも今現在のロドスで扱われている武器でこの剣より密度の高い物は存在しないだろう。

美しすぎる見た目に、実用性皆無の重量。なおのこと戦闘で使えるとは思えない。

しかし何故だか、俺はこの剣をぞんざいに扱うことはできないと感じていた。まるで身体の一部であるかのようにしっくり来ているのだ。

 

 

 

 

 

一体どのぐらいそうしていたのだろうか。視線が吸い込まれるかのように剣の刀身へと向いてからしばらくした後、俺はようやく我に返った。

 

「……っと。あぶねぇあぶねぇ、油断してたらこのままずーっと眺めてそうだ。なんなんだこの剣は」

 

しまおうと鞘に手を伸ばしてふと気づく。どこに入っていたのか剣と共に手紙が入れられていたようだ。いつの間にか床に落ちていたそれを手に取って見てみるとそこには手書きの文字が書かれていた。

 

 

『随分長いこと預かってたが調整完了だ。無茶するなよ』

 

 

「預かっていた……? てことは……」

 

それは俺のことを知る何者かが、俺からこの剣の保管もしくは管理を任されていたということに他ならない。さらに言うならば、それを俺から頼まれた存在が今現在も生きている可能性が高いということになる。でなければこのタイミングでこうして剣が俺の元に届くことはないはずだ。

 

「一体誰が……」

 

手掛かりはないかともう一度箱や梱包材を調べるがそれらしい形跡は一切見あたらなかった。

アンジェリーナは直接依頼されたわけでもなかったようだし、話を聞く限りでは途中で複数人経由しているのが濃厚だ。差出人まで辿りきるのは困難だろう。

 

「はぁ…………なんでこうはっきりしなのかな……」

 

いっそのこと直接渡しに来てくれれば、いろいろと聞くこともできただろう。そうすれば少なくとも俺の記憶と皆の記憶が乖離している理由ぐらいは判明したはずだ。

 

「とりあえず今日はもう寝るか……」

 

考えすぎてもわからないことはわからない。一日二日で解決できるような簡単な問題ではないのだ。ゆっくり向き合っていけばいい。

とりあえず他の者に剣を見られるわけにはいかないので、部屋の見つからなさそうなところに適当に隠しておくことにした。箱や梱包材は処分しても問題ないだろう。

その後もろもろの準備を済ませてから俺は布団に潜った。考えすぎて眠れなくなってしまうかとも思ったが、いろいろあったおかげで適度な疲労感を感じる。この分なら意外とすぐ眠りにつけるはずだ。

明日はとりあえずバレないように時間調整をしてから直接剣を振ってみようか。あるいはダメもとでアンジェリーナに差出人を辿ってもらうか。

そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちていった。

 

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