医者と銀狼   作:tigris

7 / 9
えーどうもお久しぶりでございます。
なかなか上手く書けず苦戦した上、書き直しを繰り返すうちに何がなんだか分からなくなり、気付けば年が明けていました。申し訳ありません。

今回は少し真面目な注意喚起があります。
このシリーズが完結する前に、アークナイツのアニメが放映されましまいました。そしてそれに関して簡潔に言うと
・私はまだそのアニメを一話も見てないよ。
・更に解釈違いが増えちゃってもここから修正は厳しいよ。
という二点をお伝えします。

この作品を完結させる前にアニメを見てしまった場合、アニメとこのシリーズとで解釈違いや設定的な矛盾等が増える可能性が非常に高いです。一応それなりに気にしてはいるつもりなのですが、なにぶん読み返すとなんか気になる点があるような気がしてならないのです。
そしてもし更なる矛盾や解釈違いを知れば、私はこのシリーズに満足できなくなります。しかし今まで書いてきた全体を修正しつつ完結まで頑張るというのは流石に難しすぎるので、残念ながら私には無理と判断しました。
そのためこれから完結まではアニメを見ず、これまで通りのふわっとした解釈と独自性満載の作風を貫きたいと思います。
もしこの先『こんなのおかしいよ!』という描写がこれまで以上に増えてきてしまっても、どうかお許しください。
様々な理由があり、このシリーズは何としても完結させたいのです。拙い作品ではありますが、どうかご理解いただけますと幸いです。

※キャラ崩壊、解釈違いなどを含んでいる可能性がありますので閲覧の際はご了承ください


医者と銀狼5

ドクターと離れたラップランドは、ふらふらとおぼつかない足取りでドクターの部屋までたどり着いた。

力の入らない腕を何とか持ち上げてスイッチを押し、扉を開閉する。

 

「…………」

 

何も言わず、何も迷わず、そのまま部屋の中へと入ったラップランド。ちらりと部屋の中を見渡すと、一直線にドクターのベッドへ向かった。

上着と形態式の武装を放り投げ、そのままベッドへと身体を預けて倒れこむ。

一切の力を抜いた脱力状態。彼女がこうなるところを見たことのあるオペレーターはほとんどいない。

 

「ふふ……ドクターの匂いだなぁ……」

 

ぽつりとそうつぶやく。誰にも聞かれる心配はないはずだが、その声は本人以外には聞こえないほどにか細いものだった。

今の声だけ聞いても、彼女がロドス内で多くの者から恐れられる狂人であるとは思えないはずだ。どこにでもいる普通の、か弱い乙女という印象すら覚えるはずだ。

 

「あぁ…………やっぱり落ち着くなぁ……」

 

そうつぶやき、より一層リラックスして力を抜くラップランド。

それは安全が保障されている環境であるからか、はたまたドクターの部屋であるからなのか。本人でも分からないことだろう。

 

「それにしても……ドクターはなんで……本当になんでだろうね……」

 

ゆっくりと、深呼吸をするかのように息を吸いながら。

まるで自分に問いかけるように、あるいはここにはいない相手に届くことを祈っているかのように、彼女は小さく言葉を紡ぐ。

 

「なんでそんなに……優しいんだろうね…………」

 

他人の善性に対する素朴な疑問。だがそれは常人のそれとはやや異なる。

自分のことを理解しているが故、自らの力と本性を痛いほどにわかっているからこその疑問。

 

「ボクみたいなやつにさ…………」

 

きっとそんなことを言ったら、ドクターは否定してくれるだろうと。ラップランドにはそのことが分かっている。

周囲の誰もが恐れ、遠ざける畏怖の対象であるラップランドを、誰よりも近くで想ってくれている人。そんな人が近くにいたら嫌いになるわけはないし、できることならいつまで一緒にいたいと思う。それは周囲から狂人として恐れられている彼女も例外ではない。

でも、分からない。何故自分なのか。

何故そこまでしてくれるのか。

自分の全てを犠牲にしてまでも愛してくれるような、地獄の底までも付いてきてくれそうな、そんな明らかに異質な想い。

よりによってその対象が自分である理由が、ラップランドには分からなかった。

 

「ドク……ター…………」

 

更に深く思案しようとした彼女だったが、急激な睡魔に意識が呑み込まれていく。

ドクターが部屋にやって来るまで、一睡も一休みもせずに永遠と壁を斬り続けていた彼女は既に限界を超えていた。

心身ともに疲れ果てていた彼女は、そのまま優しい微睡の中へとゆっくり沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室で対面した俺とチェンは、お互いに目的が分かっていたこともあり、そのままの流れでアーミヤも交えての論議へと突入した。

 

「ラップランドのことだろう? 彼女に対しての処遇が気に入らないから、その原因となった私を詰めに来たわけだ」

 

「分かってるならさっさと話してもらおうか。無駄に時間を使う必要はないだろう?」

 

「それなら簡単だな、あいつが危険だと判断したから、それをアーミヤまで進言したまでだ。それ以上の理由はない」

 

チェンの淡白な返しに、俺は少しイラ立つのを感じた。いや、厳密にはチェンの言葉だけではない。アーミヤも含めたこの場の雰囲気が気に入らなかった。

目や表情からわかる。アーミヤもチェンも『ラップランドが危険である』という共通認識を持っている。だからこそ、その認識を真っ向から否定しようとする俺に対して疑いの眼差しを向けているのだ。

それは嫌悪感に似た何か。常識を疑う者を糾弾するような、あるいは異常者を見る目付き。

普段の関係性を越えたところの認識の違いが、今この場で不信感となって表れている。

勿論それはごくわずかなものだ。今のところはただ少し認識にズレが生じているだけに過ぎない。

しかしこれが一歩間違えれば、信頼関係に亀裂が入ることになる。

 

(つまりは、それほどのことをラップランドがやった、ってことになるな……)

 

この二人はロドスの中でもかなり優秀だ。経験豊富なチェンはちょっとやそっとのことでラップランドを警戒しないだろうし、アーミヤもその場の感情論に流されるような性格ではない。

となればやはり、俺が気絶している間にとんでもない事態が発生したということに他ならない。

 

「何故危険だと? ラップランドが何をしたっていうんだ?」

 

「彼女が暴走した。その結果敵が壊滅状態になった」

 

「暴走だと?」

 

チェンからやや予想外の単語が飛び出る。

『暴走』という単語の意味するものがなんなのか、俺にはわからなかった。

 

「どういうことだ? ラップランドに何が起きたんだ?」

 

「さあな。私だってわかるなら知りたいぐらいだ。前にいた私たち気が付いた時には、後方であいつが敵を蹂躙していたからな。思わず立ち尽くしたよ」

 

「ラップランド一人で?」

 

「ああ、一人でだ。ドクターも敵の数は覚えているだろう? あれを一人でやり切ったんだ、ものの数分でな」

 

「ちょっと待て、だとしてなんで危険だってことになる? 今のお前の話が本当なら、ラップランドのおかげで俺たちは無事に帰ってこれたってことになるだろうが」

 

思わずそう聞き返した。

俺はてっきりみんなが気絶した俺を庇いながら命からがら逃げ帰ってきたのかと思っていた。しかし今の話が本当ならば、逃げるどころか撃退しきったことになる。しかもラップランドの活躍でだ。

それなのに何故ラップランドが危険視されなければならないのかが、分からなかったのだ。

だが、

 

「本気で言っているのか? ドクター?」

 

チェンは信じられないといった表情で俺の方を見た。

 

「は? なんだよ本気って」

 

「わからないか? 単騎で数百倍の戦力差を覆したんだぞ? 明らかに異常だろう」

 

「!!」

 

直接指摘されて初めて気付く。そもそもの認識が違いすぎるのだ。

俺はラップランドの実力を知っている。だからラップランドが強いが故に驚くことはないし、警戒したりもしない。

それに隠してはいるものの急に襲われても何とかできる自衛能力がある。もし俺がラップランドの実力を知らなかろうと万が一の状況であっても対処ができるため、組織管理の観点はともかくとして、個人的には全く警戒する必要がない。

だがロドスに所属しているほどんどのオペレーターはそうではない。ラップランドの実力はロドスでも随一であり、ほとんどのオペレーターは敵わない。自分より強い存在は必然的に警戒の対象となる。

更には一部を除いたほとんどの者はラップランドのことを『予測不可能な狂人』として捉えている。信用や理解を得にくい立場が固まってしまっているのだ。

そんな狂人が想定の何倍もの力を秘めていたとしたら、十分脅威として認識されてもおかしくない。単純な強さよりも、ある種の『得体の知れなさ』が付随してしまうからだ。

 

(あの量を一人で……か)

 

もしチェンの言う通りラップランドが本当に一人であの集団を壊滅させたのだとしたら、その場にいた他のメンバーが何を感じるのか。俺もそこまで想像できないわけじゃない。

安心できるはずの味方の強大すぎる力に危険視、というのもありえなくはない。チェンもかなりの実力者ではあるが、ラップランドが本当に数百人もの敵を圧倒したとなれば警戒もするだろう。

そして他のメンバーに関してはより深刻なはずだ。いかに精鋭たちだったとはいえ、全員が全員単純戦闘に特化しているわけでもない。危険だと感じるのはむしろ正常な反応だ。

だが……

 

(まだ少し引っかかるな…………)

 

俺はまだ納得できなかった。

まだ何か見落としているような、そんな気がしている。

これは俺がラップランドに肩入れしているからなのか、それとも慎重に分析を進めようとしているが故なのか。

今の俺には判断ができない。

 

「確かにあの集団を一人で全員やったっていうなら、異常かもしれないな。だが、さっきも言ったがそのおかげで俺たちは救われてるんだぜ?」

 

「ならもっとわかりやすく例えよう。同じく助けられたとして、見た目が怪しい大男と、いかにも善良そうな青年とでは印象がまるで違うだろう。そういうことだ」

 

「っ…………」

 

その言葉聞いた俺は再びイラつくのを感じた。

チェンの言わんとすることは理解したが、それを素直に受け入れることはできなかった。

この例え方は悪質だ。

 

「おいおいつまりはなにか? ラップランドは何も悪いことしてないが、怪しいし怖いから警戒しようってか?」

 

「違っ、別にそういう意味では…………」

 

「だけど今までの話を総合するとそういうことになるだろ? 今の例えはそういうことじゃないのか?」

 

「いや、違う。その……すまなかった。例え方が悪かったな」

 

チェンの言葉からは『何とかして俺にラップランドの危険性を理解させよう』という意思が感じられる。それ故の強引な例えだったのだろう。

しかしそれは俺にとって逆効果だ。

 

(けど妙だな……やっぱり何か引っかかる…………)

 

ラップランドが秘書であることはチェンも知っている。当然親しい間柄であることが分かりきっているだろう。なのにそこまで言ってくるということは、ただ『強すぎて危険だから』という以外に何かあるに違いない。

何かを戸惑っているような、焦っているような雰囲気を感じる。

 

(ここは少し攻めて言葉を引き出してみるか…………)

 

「何か他に理由はあるのか? 俺が納得し得る理由がよ」

 

「………………」

 

「ないのか? なら俺もそう判断するぞ?」

 

「少し待ってくれ、どう言うべきか今考えてる」

 

「考えなきゃいけないってことは、そんなにわかりやすい理由がないってことなんじゃないのか?」

 

「それは…………」

 

「チェン、どうにも俺にはお前の独断が過ぎてるようにしか思えないんだよ。こういうことは言いたくないが、まるでお前が意図的にラップランドを貶めるために適当な理由をでっち上げてるんじゃないかと思うぐらいにな」

 

「そんなことは……そんなことは考えていない! これは本当だ!」

 

「だけど成果は真逆で、特別な理由もない。説明がつかないだろ? お前がラップランドのことをどれだけ警戒しようと構わないがな、それを拡大解釈して他の奴にも波及させようとするのは…………」

 

「違う! ドクターは見ていないからそういうことが言えるんだ! あれは誰がどう見ても正常じゃない! でなければ私もここまで変に粘ったりはしない!」

 

思惑通りチェンが少し声を荒げる。

一瞬対抗して俺も言い返そうかと思ったが、すぐに冷静になり言葉を飲み込んだ。

流石にこれを受けて俺も熱くなってしまうのは良くない。少し時間をかけて深く呼吸する。

 

「それならいいんだけどな……」

 

「とにかく、私は意味がなければこんなことをわざわざ議論したりしない。そこだけは……信頼してもらうしかないだろうな」

 

「別にお前のことを信頼してないわけじゃないが、それこそ見てない俺には判断がつかねぇよ」

 

だがそれにしても今回の判断は異常だ。俺の意識が回復するまでの妥協案だったのかもしれないが、ラップランドを完全に隔離せんとばかりの雰囲気だった。

確実に何かしらの理由があるだろう。そしてその理由とはわざわざアーミヤに進言をするほどの内容ということになる。

 

(さっきいってた『暴走』ってのが気になるな……一体何のことを言ってるのか…………)

 

ここまでの話を踏まえて言葉のニュアンスから考えるなら、ラップランドが普段の数十倍に相当する戦闘力を発揮した、といったところだろう。

チェンにはバレていないだろうが、俺も実際に戦ったのであの謎の連中がただの雑兵でないことは知っている。ラップランドでも簡単ににどうこうできる集団でなかったのは確かだ。

それを踏まえると、ラップランドが普段よりも本気を出して戦ったのは間違いない。

 

(あの時のラップランドは普通に戦っていたよな。少なくとも俺の意識のあるうちは全体的にカバーするような動きをしていたはずだ)

 

皆には殿を務める俺の護衛ということを説明していたが、実際には前方をチェンとホシグマに任せ、後方を俺とラップランドで何とかする陣形だった。

そして俺の記憶ではラップランドはいつもと同じぐらいの力で戦っていた。間違っても皆が恐れ、危険視されるような戦い方はしていなかった。

そこから俺が気絶して状況が変わったのだとしたら、その原因は何か。

 

(待てよ……嘘だろ…………?)

 

ラップランドが豹変する要因があったとすれば、答えは一つしかない。他でもない俺自身だ。

ここまで考えて、俺はようやくその可能性にたどり着いた。

 

(そんな……だとしたら…………)

 

俺は陣形後方のうち、かなり広範囲の敵をまとめて相手していた。そんな状態で不覚にも気絶してしまったのだ。

ならば陣形の崩壊は俺の気絶によって起こったはずだ。そして俺が担っていた後方の防衛を一手に引き受けることになったのは恐らくラップランドだ。

しかしラップランドであれば俺の穴を埋めることも容易い。そして気絶した俺を運んだところで大して負担にもならないはずだ。彼女はそれほどに強い。

だからそれだけで本気になる必要はない。いくら強かろうが護衛対象もいる中わざわざ相手を殲滅するのは手間だ。陣形に対応するのが面倒というだけで本気を出して敵を皆殺しにするわけがないのだ。

であれば他に理由がある。そしてそれは………

 

 

(まさか……俺のせいなのか……?)

 

 

「ドクター? どうしたんだ、急に黙り込んで」

 

「い、いや、今までの話を総合して、いろいろと考えててな…………」

 

「そう……なのか?」

 

よほど表情に出てしまっていたのか、チェンからそう声をかけられる。

 

「もう少し……待ってくれ、まとまりそうなんだ、考えが」

 

適当に返しつつも、思考は別のことで埋まっていた。

 

(もし、もしもだ……俺の目の前でラップランドが気絶したら、俺はどうする……?)

 

何でこんなことにもっと早く気付かなかったんだという自責の念と共に、思考を巡らせる。

 

(気絶でなくてもいい。俺の目の前で、何か大きな怪我とか、精神的なショックでもそうだ、なにか……なにかラップランドに起きてしまったら…………)

 

そんなことは考えるまでもなくわかってるはずなのに、俺は今一度考えた。

まるで彼女に対しての想いを確認するかのように。

 

 

(俺は絶対、その原因を許さない…………)

 

 

結論は出ていた。

俺がそうするということは、彼女も同じようにするということ。つまりは俺の身になにかが起きてしまった時、その原因や障害を全力で取り除こうとする。

そして今回、彼女はそうしたのだ。

 

(なんてこった……じゃあまさか…………)

 

もし今回の立場が逆だったら、俺は他のメンバーの視線なんぞ気にせずに本気で敵を潰しにかかっただろう。

ありったけの殺意と憎悪を剥き出しにして、なりふり構わず全力で、周りのことなど気にせずに全てを破壊しにいったはずだ。

ラップランドはそうなってしまった。

だからこそ他のみんなは恐れたのだ。本気になった彼女のことを。

 

(俺は……俺は……なんてことをッ!)

 

確かにあの時、俺が子供を庇わなければ何が起こっていたか分からない。ただの犠牲だけで終わらなかった可能性は十分にある。

あの場で取りえる最良の手段を選んだ。それは間違いないと自信を持って言える。

だが俺が後先考えずに本能的に庇ってしまった結果気絶し、そのせいでラップランドに全てを押し付けることになってしまった。

そのことがただ悔しくてたまらない。

どうすることも出来はしなかっただろう。もし仮にまた過去に戻れたとしても、俺は子供を見捨てることはできない。

しかし考えてしまう、ありもしないもしものことを。

俺がもっと強かったら? あるいはもっと警戒できていたら? あるいはもっと遡って、メンバーを増やしていたら? 結果は違っていたのだろうか。

ことまでも思い浮かべ、感情の出口を探す。

 

(ラップランド………………)

 

先ほど見たラップランドの姿が想起される。

力なく弱々しく笑う姿は今まで見たどの瞬間よりも儚げで、痛ましかった。

例え間接的なものであろうと、あの姿になってしまった原因が俺の行動にあるのなら、俺は自分自身を許すことはできない。

せめて、できることはしなければ。償いにもならないだろうが、やれるだけのことをやるべきだ。

 

「ど、ドクター……大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。大丈夫だ。ちょっとな」

 

心配そうに声をかけてきたアーミヤにそう返し、チェンへと向き直る。

ここからが議論の本番だ。

 

「一旦話を整理しよう。チェン、お前の話だとラップランドが暴走して敵を殲滅した。そしてそのあまりの力に危険性を感じた。だから俺が起きる前にアーミヤを説得して自室待機の処遇を下す結果になった、これで間違いないか?」

 

「概ねその通りだと思ってもらって構わない。より正確に言うなら、やつの性格や普段の態度を加味しての結果だ」

 

「なるほどな。だが俺はさっきも言った通り、結果と処遇が釣り合ってないと感じた。例えどれだけラップランドが強かろうが、結果として皆を救ったことに変わりはないんだからな」

 

「そう言うとは思っていたさ」

 

「それにお前はラップランドを普段から警戒していたようだが、俺からすればそもそもそれがおかしい。別にラップランドがロドス内で何かを……」

 

そこまで言って口が止まりかける。

ラップランドは過去既にロドス内でとんでもない事件を起こしている。多くの者が知らないだけで、当事者であった俺はそのことを覚えている。

俺は無意識のうちに『あの事件』のことをカウントしていないのだ。

チェンは『あの事件』について何も知らないはずだが、むしろ知らなかった上でラップランドを警戒しているというのは正しい判断でしかない。

それほどのことをした過去がある。そして俺は今その過去ごとラップランドを庇おうとしている。

 

(本当にそれでいいのか……?)

 

が、迷う時間はもう残されていない。

思考を無理やり終わらせ、強引に言葉を続ける。

 

「……したというわけじゃないだろう? 見た目や雰囲気から勝手に怪しいと決めつけるなんてそれこそ偏見だ」

 

「それはそうだが…………」

 

「それとも俺には言ってない理由が何かあるのか? ラップランドに関して、まだ何か隠してることがあったり?」

 

「いや、そういうわけではないんだ。ただその……ドクターが気を失ってからのあいつは……あいつの暴走は……あまりにも異常だった」

 

「異常?」

 

恐らく本気になったラップランドの雰囲気に呑まれたのだろう。理解はできる。

 

「その……なんだ、口で説明するのは難しいんだが、とにかくとてつもない惨状だったんだ。あれがアーツなのか何なのかは分からなかったが、とにかく今まで見たこともない様子だった」

 

(やっぱりか……となると俺も知らない状態になったわけではなさそうだな)

 

俺が闘った時も身にまとっていた瘴気のような黒い靄。チェンが先程から言い淀んでいるのはそれが原因だろう。あれを現実のものだとは受け入れがたいが故に、説明する気にはなれないのだ。

なんとかして俺を説得せんとしているのも、靄を纏ったラップランドの危険性を伝えたいからに他ならない。残念ながら俺は既に知っているし、もはや組織全体よりも私欲を優先し始めてしまっているので、応じるつもりはない。

とはいえ直接対面した俺もあの正体は分からなかったのだ。できれば詳しく話を聞きたいところだが……

 

「よし、じゃあ他のメンバーからも話を聞こうじゃないか」

 

「他のメンバーを?」

 

「ああ。別にお前の話を疑ってるわけじゃないが、他のメンバーにも話を聞けばより正確に……」

 

「駄目だ」

 

「えっ?」

 

俺の提案に対して、やや食い気味にチェンが反対を返してきた。するとアーミヤも首を横に振った。

 

「すみませんドクター……今、他の皆さんは…………」

 

「ど、どういうことだ? なんかあったのか? さっき全員怪我はないって……」

 

「身体的な怪我はなかったさ。ただ精神的なダメージが大きかったんだ」

 

「なんだって?」

 

思わずそう聞き返す。医務室でチェンと話した時はそんなことは言っていなかったはずだ。

 

「すまないが、先程はドクターに余計な心配をかけるわけにはいかなかったからな。あえて詳しくは言わなかったんだが、皆かなり深刻な状況だ」

 

「そんな……一体どういう…………」

 

「恐怖心、もしくはそれに近いような感情が処理しきれなかったのだと思います」

 

アーミヤが補足を入れてくる。話し方から察するに、アーミヤはメンバーと会ったようだ。

 

「恐怖心?」

 

「はい。私も専門的な知識があるわけではないので、あくまで皆さんの様子を見た時の直感的な印象になりますが、皆さん何かに怯えているような様子でした。そして恐らくその対象は…………」

 

「そうか…………」

 

そこまでの事態になっているとは全く予想していなかっただけに、ショックが大きかった。

ひょっとしたらラップランドは俺が闘った時よりもひどい状態で暴れていたのではないかとも思う。

 

「じゃあ……話を聞けそうなのは……」

 

「いない、だろうな。私とホシグマはそもそも前方にいたから後方の詳しい様子は把握できていない」

 

「シージ辺りはどうだ? あいつがどうにかなってるとは思えないんだが……」

 

「シージさんは非常に落ち着いていましたが、しばらく休ませてほしいと……」

 

「そんな…………」

 

「あいつが一番無事そうだったんだがな、それ以外のメンバーは…………」

 

チェンはそこまで言って黙ってしまう。

俺は思わず右手で顔を覆った。

 

「そんなに……なのか……」

 

「ドクター、あまりこういうことは言いたくないが、あいつはそれだけのことをしたんだ。私だけじゃなく他のメンバーの精神に影響を与えるほどのことをな」

 

「………………」

 

何も言い返すことはできなかった。

俺がラップランドを庇っていたのは私情もあったが、何より実害の有無を基準に考えていたからだ。

先程まで俺は実害が出ていないと思っていたからこそラップランドのことを庇うような発言をしていた部分もある。しかしこれでは話が変わってくる。

むしろ身体的な外傷ではない分判断が難しいとまで言える。

 

「その……逆に聞くが、ドクターは何故とこまであいつを擁護するんだ? あいつの危険性を知らないわけではないだろう?」

 

チェンがそう尋ねてくる。

確かにチェンからすれば不思議だろう。捉えどころのなく危険で、ここまでのことを引き起こしたラップランドのことを庇おうとしているのだから。

俺はこれからさらに重ねることになるであろう嘘に心が痛んだ。しかしそれでも口を開いた。

 

「危険性か…………。まあ確かにラップランドはちょっと変わってる。だけど、俺は危険だとは思ってない」

 

「本気か? 私も別に同じ組織の人間を疑いたくはないが、あいつの危険性は……本物だと思うんだが」

 

「本当の意味で危険な奴だったら秘書になんかしてねえよ。すぐに変えてるさ」

 

「接してきた中での信頼があると?」

 

「そう……だな。大半の奴が思ってるほど、あいつは危険じゃない。俺はそう信じてる」

 

「私は信じられないな。今回見たこともそうだが、あまりにも…………」

 

「まあ……そうなんだろうな、態度が怪しかったりってのはよくわかるし、今回のことを聞く限りじゃ……真っ向から否定はできない感じだ…………」

 

正直どうしていいか分からなかった。

俺は未だにラップランドのことを悪として見ることはできない。何をどうやっても、きっとこの先もずっと、それは変わらないはずだ。

あれだけのことをして、今回もメンバーに恐怖心を植え付けるほどのことをして、それでもなお俺はラップランドに肩入れしている。それがどれほど愚かなことか、自覚もしている。

現状はあまりにも残酷だ。

客観的に考えれば、組織のトップに立つ者としての判断という点で、俺はこれ以上ラップランドへの私情で判断をするべきではない。自分でもエゴがにじみ出てしまっていることはわかる。

皆の反応を見てから処遇を決めたチェンとアーミヤは懸命だ。しっかりと組織全体を見れているのだから。

二人のやらんとしていることは一種の選択だ。組織全体の舵を取るため、内部不和を避けるために不要な少数を切り捨て多数を守る。立派な決断だし、簡単にできることではないからこそ、上の者に求められる資質でもある。

であればそれに対して俺は、私情に流されてわざわざ話をややこしくしているとさえ言えるだろう。頑なに自分の想いを、ラップランドへの私的な感情を軸に据えて譲ろうとしない。

これが数十人程度の規模の傭兵集団などならまだよかったかもしれない。だがロドスはそうではない。数百、数千の人々が集う大規模な組織だ。間違っても短角的な判断を下してはいけない。

 

(でも…………俺は…………)

 

どうしても、どうしてもできない。俺には、ラップランドを軽んじることなどできない。

きっと理解されがたいことだ。愚かだと笑われるかもしれないし、狂っていると罵られるかもしれない。

けど、それでも俺はラップランドを大切に想っている。何があろうと信じ切り、もし仮に裏切られようと、そのまま信じて破滅することすら厭わない。

『あの事件』で殺し合って、本当の意味でお互いを知ってから、俺はその覚悟を決めてしまったのだ。

 

(記憶を失う前の俺は、どう考えたんだろうな……)

 

思っても無駄だとはわかっているが、こういう状況だからこそ明確な答えが欲しくなってしまう。

答えを知っているかもしれない過去の自分に、今はもう消えてしまったかもしれない幻に、すがりたくなってしまう。

だが幻想は何もしてくれない。急に俺の記憶が戻ることはないし、俺の中の別意識が答えてくれるなんてこともない。

答えは今ここで、目の前の現実と向き合いながら出さなければならないのだ。

 

「確かにドクターの言う通り、私たちはあいつのおかげで危機を脱したと言える。だが一個人の戦闘力としては規格外だ。その上、そんな規格外の戦闘力が狂気と同居している。オペレーターの身でここまでのこと言うのもどうかとは思うが、あいつは自由にしていい存在ではないと思う。何かしらの対策や監視は必須だ」

 

チェンの言葉はやはり真っ当だ。流石龍門近衛局特別偵察隊隊長と言ったところか。

きっと俺がここまでラップランドに心酔していなければ、チェンの進言に素直に従っただろう。

だが俺はそうしない。もう知ってしまっているから。

ラップランドの心の内を、彼女の持つ繊細さや弱さ、狂気の裏に隠れた少女のような無邪気さ、その数々を。

 

(チェン……お前はきっといろんなやつに遭遇してきたんだろうな。弱いやつから強いやつ、真面目なやつからそれこそ狂人まで、記憶のない俺なんかとは比べ物にならないぐらいの経験を積んだんだろうな)

 

龍門の規模を考えれば、自ずと予想はつく。近衛局所属でなおかつその強さと優秀さを考えれば想像に難くない。

 

(けどよ……出会ってきた全員の本性を見抜けるわけじゃないだろ。どんなに経験があったって、人の心を全て見透かせるわけじゃないはずだ。今まで相対した全員を理解なんてできるはずがないんだ)

 

チェンはきっと知らない、ラップランドの心情を。彼女が身体に負荷がかかるほど無茶をして皆を助けたことを。心を痛め、それでも周囲のために今現在も我慢を重ねていることを。

 

(だから例え俺が間違っていたとしても、俺はもう決めたぞチェン。俺は、お前に真っ向から反対する)

 

覚悟を決め、口を開く。

今度こそ、俺は決めたのだ。

 

「監視なら俺がしてるだろ。だから今後も必要ない」

 

「なっ……ドクター…………」

 

「もし今回の件でもっと酷いことになってたら、俺も諦めて二人の判断に乗っただろうな。だけどそうじゃない。そうじゃないんだ」

 

「本気で……言ってるのか?」

 

ここが分水嶺。決めてしまえばもう後戻りはできない選択肢。

それでも俺は、自分の心に従った。

 

「ああ。俺は本気だ。今までの話を踏まえても、俺はラップランドへの処遇に賛同できない」

 

「何故だ……何故だドクター!」

 

チェンが声を荒げる。

 

「ドクターがあいつを秘書にしていて特別な思い入れがあるのはわかる! 私たちには知り得ないことを知っているのも、あいつのことを理解しているのもわかる! だが、それでは駄目だろう……?」

 

「チェン…………」

 

「なんだったら今見て来ればいい! 皆の様子を! 怯え、不安に苛まれ、自室で震えている他のメンバーたちを! それでも何もなかったと、被害はなかったと言えるのか!?」

 

「わかってるさそんなことは。ちゃんと、わかってるさ」

 

「ならどうしてだ! ドクター!」

 

「それは……」

 

「認めたくないだけなんじゃないのか?! 意地を張って間違ったことを言ってることを! そして自分でもそのことを自覚している! 違うか!?」

 

「そう……だな。多分そういう部分も少なからずあるんだとは思う。正直なところ、自分の判断が合ってるか間違ってるかなんてわかってねぇよ」

 

「なら…………」

 

「だけど今回は駄目だ。俺たちがラップランドに救われた事実に変わりはないからな」

 

そう、その一点。

俺の感情抜きにしてもその一点だけは、確実にラップランドが俺たちのために戦ってくれた証拠だ。俺の私情やラップランドとのこれまでの関係性を無にしたとしても、そこは変わらない。

でなければ俺たちは、生きて帰ってくることはできなかっただろうから。

 

「だからさっきも言っただろう! 今回の件はそのことを考慮しても十分に……」

 

「確かに精神的ダメージってもんは深刻だよ。ことによっては今後一切回復しない可能性だってあるんだからな」

 

「それをわかってるなら何故……」

 

「だけどそれも命があってこそだ。死んじまったら精神状態もクソもない。第一に優先されるべきは人命で、精神状態じゃない。極端な話ではあるがな」

 

「ッ!」

 

「それに、そんなに不満ならしっかり約束するよ。今後のラップランドの行動に関しては全て俺が責任を持つ」

 

「なんだと?」

 

「今後ラップランドが何か被害を出すことがあれば、その時は俺が責任を取る。どんな形になろうとも、できる限りのことをして後始末をするさ」

 

「私はこれからの話をしているんじゃない! 既に起きた問題の話をしてるんだ!」

 

チェンの語気がさらに強くなる。ある意味当然の反応であると言えるだろう。ここまで議論を続けても俺の意思に変化が見られないのだから。

もし逆の立場だったなら俺だってこうなる。それかもっと激しく怒鳴っていたかもしれない。

 

「組織としての判断が必要なんだぞ? ドクターは本当にいいと思ってるのか?」

 

「いいか悪いかで言ったら悪い寄りかもってことはなんとなく思ってるけどよ、俺はもう意見を変える気はない」

 

「それで統制が取れなくなったらどうするというんだ! 何か起きてからじゃ……」

 

「その時はその時だよ。起きてから考えるさ。それに、そもそも少しおかしいとも思うんだよ」

 

「なにがだ?」

 

「いやな、お前の言ってることももちろん理解はしてるんだ。ラップランドが危険だから、っていう一連の理由もわかるんだよ。だけどさ、基準はどうなんだって話よ」

 

「基準だと?」

 

「そう、基準だ。一体どこまで強かったら危険で、どこまで弱かったらだったら安全なんだ? どれぐらい性格が荒れてたら信用できなくて、どれぐらい大人しかったら信用できるんだ?」

 

「そんなこと……」

 

「でも必要だろう? 条件を明確化しておかないと処罰に対しての公平性が無くなる。早い話が冤罪もあり得るからしっかりと基準を決めておくべきだと俺は思う」

 

これもそれっぽいことを言って納得させようという方便に過ぎない。チェンの言う通りただの屁理屈だ。

それでも俺はラップランドのためなら喜んで口にしよう。例え狂った道化だと嘲られても。

 

「なら今回の件から基準を決めればいいだろう! 行動と実力を加味して、そこから……」

 

「総合的に基準を設けるか? それにどれだけの時間と労力がかかる?」

 

「だからと言って先延ばしにすればまた今回のような事件が起きた際に問題となるだろう!」

 

「だとしても今のロドスで最終決定を下せるのはお前じゃなくて俺なんだよ」

 

「!!」

 

自分で言っててなんとも横暴だとは思う。悪政を布く暴君と何ら変わりない。未だ迷ったままだったらこんなことは言えなかっただろう。

だがもう俺は、迷わない。

 

「そんな……そこまで……」

 

俺の言葉に衝撃を受けたであろうチェンだったが、それでも怯みはしなかった。

 

「なら、ならどうなんだ! そこまで言うなら、ドクターはあいつの考えが分かるというのか?」

 

「考え?」

 

「そうだ! 何か、確固たる自信があるのか? 信用に値する証拠や、あいつの思考が……」

 

「いや、 別にわかるわけじゃねぇよ。そもそも人が何考えてるかなんてわかるわけないだろ?」

 

「なっ……それじゃあ……」

 

「ああ、確証はない。胸張って安全だと断言できるほどの絶対的な自信があるわけじゃない」

 

俺の返しにチェンは面食らったようだった。明らかに動揺している。

 

「ふざけるな! さっきと言ってることが違うじゃないか!」

 

「さっき俺が言ったのは『ラップランドを信じてる』ってことだ。それとはまったく別の話だろ」

 

「そんな……」

 

「というか、そんなこと言い出したら誰だって腹の底で何考えてるかなんてわかんねぇよ」

 

「なんだと?」

 

「俺はエスパーじゃないんだ、他人の考えてることなんてわかりっこねぇ。ラップランドだけじゃなく、どんなやつでもだ」

 

ある意味で当たり前のことではある。人間など自分の心すら正確に理解するのが難しい生き物だ。他人の思考など読み切れるわけがない。

読心術などもその場の流れや雰囲気、普段の行動や言動などから行う推測でしかない。直接当てるのとは本質的に異なる。

それにもし仮に精度が高く本当に相手の心情を読み切れたとしても、人の心は常に変化し続ける。それに完全に対応するのは人の身では不可能だ。

 

「極端な話、お前の本性が悪だったとしても俺には分からない。俺を騙すために性格を装っていたら、俺にはどうしようもない」

 

「そんな、私は!」

 

「本当に疑ってるわけじゃねぇよ。お前のことは信用してる。だからここまでしっかり話し合ってるんだ」

 

この言葉に偽りはない。もっとも今こんなことを言ったところで、信じてはもらえなさそうだが。

 

「でも誰だってそうだ。例えばロドスにも真面目な奴は大量にいるさ。絶対に人なんか殺せそうにない穏やかな性格してる奴だっている。けどそれが絶対に演技じゃないとは言い切れない。どんなに経歴を洗おうが、どれだけ一緒に過ごそうが、何考えてるかなんて本人にしか知りようがない。そうじゃなくても、ある日突然豹変して仲間を襲いだす確率は0%にはならない」

 

「ッ…………」

 

ストレスでの精神崩壊、疑心暗鬼の爆発、危険思想による洗脳、無意識下にあった衝動の覚醒。要因はいくらでも考えられる。

あるいは全くきっかけのない変化すら、可能性としては常にあり得るのだ。

 

「誰が安全で誰が危険か。究極的にはそんなことわかんねぇんだよ。でも俺は警戒したりしないんだ、信じてるからな。ラップランドも例外じゃない。そしてその信頼は今回の件じゃ崩れないって話だ」

 

ここまで来ると哲学的な話でもある。ロドスに限らず人間関係は信用で成り立っているという考え方。

今回の件も究極的にはその厚さと、積み重ねの違いがあるだけだ。

少し間を置いてから、俺はチェンに尋ねた。

 

「なあチェン、お前はラップランドのことを信じてみようとしたか? あいつを理解しようとしたのか?」

 

「そ、それはもちろんしたさ、試みはした。だがあいつは……」

 

「ほんとか? 俺にはどうもそうは思えないんだがな」

 

「なんだと?」

 

「さっきお前は見た目の話をしてたよな。外見で印象が違うって話をよ」

 

「あ、ああ。それが何か……」

 

「それだって細かく考えれば信用の話だ。外見の親しみやすさで信用の度合いが変わってくるってことだろうよ」

 

「まあ……そういうことだろうな。私はそこまで意識はしていなかったが」

 

「だが外見で全て決めるわけじゃない。そうだろ? だからお前はさっき俺の言葉を否定したわけだ。『外見で全て決めるのか』っていう俺の問いかけに、お前はNOを示したよな」

 

「あ、ああ……そう、だな」

 

「そうだよな? ただ単に一見して信用できなさそうだからといって、その後も全く信じようとしない。そんなことはあまりにも馬鹿げてるよな?」

 

「…………何が言いたい」

 

恐らく俺の言わんとするところはもう理解しているはずだ。それでもあえて俺に言わせるつもりらしい。

ならば俺はその期待通り、ハッキリ言葉にした方がいい。

 

「よくわからないから嫌い、ってのは問題ない。誰にだって好き嫌いはあるしな。そして嫌いだから疑うのも別に正常だ。だが、あたかも客観視してるような口調でそれっぽい理屈並べて正当性を主張し説得しようとしてるのがおかしいんじゃないのか?」

 

「私がそうなってると言いたいのか?」

 

「そうだ。最初に怪しんだっきり認識を改めようという気配がない。法律や条例が絶対な都市警備ならそれでよかったんだろうが、ここはロドスだ。龍門じゃない」

 

「ならドクターは悪人の可能性が高くとも人を信じるというのか? 取り返しのつかないことが起こってからじゃ遅いんだぞ?」

 

その問いに俺は数秒沈黙した。

今一度自分の心に問いかけるようにしっかりと考え、口にする。

 

「ああ、仮に犯罪者だったとしても相応の態度が見られれば限界まで信じるよ」

 

「そうか…………」

 

チェンは小さくそうつぶやいた。

その一言を境に、チェンの雰囲気が変わる。どうやら俺への説得を諦めたらしい。

これ以上変なことを言う必要はないのだが、俺は念のため口を開いた。

 

「チェン、一旦想像してみて欲しいんだ」

 

「何?」

 

「動機はどうあれ、手段はどうあれ、仲間のために戦ったのに、その結果『お前は危険だから大人しくしてろ』なんて言われたらどんな気持ちになるか。自分に置き換えてみてもいい」

 

「一体何を…………」

 

「わからねぇか? お前が思ってる以上にラップランドは繊細なんだぜ?」

 

「 まさか、あいつのこと言ってるのか?」

 

「そうだよ。もっとも、お前は考えもしてないだろうけどな」

 

「そんな馬鹿な! あいつが……そんな…………」

 

「強いから傷つかないとでも? それとも狂気的だから普通の感性を持ち合わせてないって思ったのか? あまりにも理解が浅すぎるぜ。それで信じようとしたって? それとも龍門じゃその程度の認識で人を信じたってことになるのか?」

 

「そんなことはない! ただ、私は……あんな恐ろしいやつが……そんなこと……」

 

「確かに普段の発言とか言動があってそういう考えに至るのはわかるさ。けど、だからって何言っても大丈夫だと思うのは違うだろ?」

 

「くっ…………」

 

「何度も言うが、お前の主張もわかる。組織全体のかじ取りってのは必要だし、普段の俺はそこに結構気を使ってる。けど、それと同じぐらいそれぞれの個々人に対しての配慮にも気を配ってるんだよ俺は」

 

俺がそう言い切るとしばし沈黙が流れた。

チェンもアーミヤも俺の決意の固さを感じ取ったのか、これ以上の反論をしてこようとはしない。

 

「まあ、色々言ったけど俺だって自分の考えが完全だとは毛頭思っちゃいない。ただ今回のところは一回任せてくれないか。アフターケアも含めて全力を尽くすよ」

 

筋の通った議論での論破。本来はそれが理想的だが、今回のは真逆だ。

立場と屁理屈を利用して意思の固さを示し、持久戦に持ち込んで諦めを誘う。そしてその理由が想い人のため、なんて馬鹿げている。

 

「はぁ、降参だ。ドクターがそういうなら……私は従うしかないだろう」

 

「私も、ドクターの判断を信じます」

 

二人とも折れてくれた。諦め半分、俺への信頼半分といったところか。

完全に失望されてもおかしくはなかったが、辛うじて関係性が保たれたのはありがたい限りだ。

 

「しかしどうするつもりだ? 私とホシグマはともかく、子供たちもあいつの暴走を見ているんだぞ?」

 

「その辺はいくつか考えがある。流石に子供たちは慎重に対応したい」

 

「ドクター、オペレーターの皆さんは……」

 

「そっちも案はあるんだが、しばらくは経過観察も兼ねてアーミヤも手伝ってほしいんだ」

 

「わかりました」

 

一件落着とはいかないものの、少なくとも不毛な論争からは前進するだろう。

問題はまだまだ残っている。一つずつ解決していくにしても、今後また同じようなことが起きてしまうのは避けなければならない。

無理を承知でラップランドにもう少し愛想を良くするように頼むのもありか、なんて発想すら頭をよぎる。

 

「ということは、私はまたあいつとの付き合い方も考えないといけないわけだな……」

 

「そう言うなって。軽く付き合ってみれば認識も変わるかもしれないぞ?」

 

「そうか? どうだろうな。そもそも私は普通に接しようとしたつもりだ。それで既に駄目だったのだから、今更…………」

 

「さっきも言ったけど、先入観が固まりすぎなんだよ。まあ、無理にとは言わないさ。ただ、少しずつでいいから歩み寄ってやってくれないか? 俺の方からも言っとくからさ」

 

「そうだな……出来る限り努力はするがどうだろうな……私は……」

 

 

 

「私は……あんな化け物と共に戦えと言われても御免だがな」

 

 

 

「ッ!!」

 

きっと、その言葉に深い感情は籠っていなかった。

ふと口から漏れてしまった、あるいは無意識に言ってしまった、その程度だ。

俺がそうであるように、きっとチェンも話が平行線であったことにイラ立ちがあったのだろう。故に緊張がほぐれたこのタイミングで少し強い言葉が出てしまったに過ぎない。

そう、それはわかっていた。俺も理解できたはずだ。

誰にでもあること、あって当たり前のこと。

特にこのロドスという組織内では皆それぞれの事情があり、本音ばかりを口にすることはできない。日々抑圧された環境下で貯まった心の中の本音がふとした瞬間に溢れてしまうことは珍しくない。

そしてそれは決して悪いことではない。人としてあってしかるべき当たり前のこと。

だから俺はその言葉を気にしなければよかった。

深く考えずに流してしまえばよかった。

なんてことのない、ただの愚痴として。

あるいは聞こえなかったふりをしても良かっただろう。

ラップランドが全く悪くないわけではなかったのだから。

どうしたってそれぐらいの不満は漏れるはずなのに。

理解は出来たはずなのに。

しかし、俺はその言葉を流すことができなかった。

そしてその瞬間、

 

 

一瞬、ほんの一瞬だけ、本気の殺意が湧いた。

 

 

乱雑に思考が塗り潰されたかのような感覚。

自分が自分でなくなるような、衝動に身体の全てを支配された状態。

気が付いた時には思考を取り戻していたが、その一瞬はあまりにも大きすぎた。

 

(しまっ…………ッ!)

 

すんでのところで理性が戻ってきた。反射的に怒りによる衝動をどうにか押さえつけようとする。

しかし動き出した身体の勢いは完全に止まることはなく、結局チェンの胸倉を掴んで威圧するところまで動いてしまった。

 

(馬鹿な……そんな…………)

 

ただただ目の前の存在を消し去ろうという殺意が、そこにはあった。

戦闘時に敵を消すのと同じように、一点の曇りもない明確な殺意。それをあろうことか仲間に向けてしまったという事実。

そしてその原因となったのがラップランドに対する何気ない悪態だったというきっかけの小ささ。

俺の全てがぐちゃぐちゃに狂ってしまったかのような気持ちの悪さが残り、あまりの恐ろしさに呼吸すら危うくなる。

 

(嘘……だろ……俺は…………)

 

自覚していたはずのラップランドに対する想い。それが自分の想像のつかないほど遥かに大きいことを最悪の形で知ってしまった。

もしここで俺が止まらなかったら、どれだけ悲惨な事が起きてしまったかは分からない。

 

「………………」

 

「………………」

 

「お、お二人とも……!」

 

突然の事態に、慌ててアーミヤが制止を試みてくる。だがそれをわかっていても俺は動くことができなかった。混乱していた。

当たり前だが、俺はこんなことをしようとは思っていなかった。全て衝動が引き起こした無意識の行動だ。

それだけ、チェンの何気ない一言に心を揺さぶられてしまったのだ。

もう俺の中でラップランドという存在が、どうしようもないまでに膨れ上がってしまっている。単純な好意だとか愛だとかで済ませていいレベルではない。完全なる狂気だ。

だとしたら先程チェンを説得したのは何だったのか。ただ好意から合理的判断を避けただけではなく、もっと重い、得体のしれない感情によって俺の根本が捻じ曲げられているのではないか。

俺は、何をしているのか。

 

「なんのつもりだ、ドクター」

 

「………………」

 

チェンの言葉にも反応を返せなかった。

何か弁解の言葉を言うべきだった。しかし俺の口は意思に反して固く閉ざされてしまっている。

まさに一触即発の状態。危うい緊張感が場を支配していた。チェンもとっさに反応したのか剣の柄に手がかかっている。

アーミヤが不安そうな表情を浮かべながらなんとか俺たちの仲裁をしようと声をかけてきているが、それでも互いに動けなかった。混乱した俺は冷静さを取り戻そうと必死だった。

張りつめるような緊張感がしばらく続いたのち、観念したようにチェンが口を開いた。

 

「……わかった、悪かった。さっきの言葉は撤回する。だからこの手を放してくれ」

 

「…………ああ」

 

チェンの言葉を聞いた瞬間、不思議と俺の喉から声が出た。まるで全身を覆っていた氷が解けるかのように身体の自由が戻り、俺は手を離した。

依然として不気味な違和感が思考を占拠していたが、ゆっくりと息を吐き、心を鎮めようと努める。

 

「俺の方こそ…………すまかった。冷静じゃなかった」

 

「いや……いいんだ。私の配慮が足りていなかった」

 

執務室はかつてないほど重苦しい雰囲気に包まれた。

二人の驚きようは顔を見ずとも伝わってきていた。普段の俺とかけ離れた俊敏な動き、そしてラップランドに対するあまりにも異常な反応。

当の本人である俺自身も理解が追い付いていないのだから、二人だって混乱しているだろう。

三人とも何も言うことができずにただ黙ってどうするかを思案していた。

その時、

 

 

「大変だよドクター! アーミヤ!」

 

 

慌てた様子で執務室に入ってきたのはクロージャだった。

思わぬ来訪に全員が驚く。しかも、様子を見るに良くないニュースが飛び込んできたようだ。

 

「ロドスのメインシステムに、匿名の非公式回線から強引に通信が割り込んできたんだ!」

 

「なんだって?」

 

予想外の事態に思考が鈍る。ただでさえ問題が増えてきているのに、これ以上何が起きるというのか。

 

「とにかく来て! ロドスのトップに話があるって言ってるから!」

 

「あ、ああわかった。とりあえず行こう、アーミヤ」

 

「はい、わかりました!」

 

そうして俺たちは執務室を後にした。

その通信が更なる大問題の元凶となることを知るのは、このすぐ後のことになる。

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