医者と銀狼   作:tigris

9 / 9
俺は一体いつになったらこの作品を完結させることができるのでしょうか。
さしずめゴールドエクスペリエンスレクイエムの能力を受けたディアボロの心境ですね。
少しでも良いものにしようと推敲を繰り返すのですが、書けば書くほどドツボにハマっていく気がして文章の良し悪しが分からなくなっていっている気がしないでもありません。今回も下手したら丸々一話分ぐらいの文章消してる気がします。
でも俺めげない。

※キャラ崩壊、解釈違いなどを含んでいる可能性がありますので閲覧の際はご了承ください


医者と銀狼0-3

(あれ……俺は…………)

 

意識がはっきりとしない中、俺はぼんやりと暗闇を見つめていた。

今まで何をしていたのか、思い出そうとする。考えがまとまらない思考を巡らせ、ふわふわとしたままはっきりしない記憶を探る。

 

(あ、そういえば…………)

 

記憶の断片が引っかかった感覚。それを逃さないように確実に手繰り寄せる。

そのとたん、目の前の暗闇が急にはっきりとした光景へと変貌した。

ぼんやりとした輪郭に形が生まれ色が付き、やがてそこが車の中であることを思い出す。

そうだ、俺は任務でロドスを離れてとある都市の近郊へと赴いていたのだった。ちょっとした任務で荷物の運送をするために、ペンギン急便のメンバーたちも一緒だったはずだ。

確かテキサスは別の用があって、後から遅れてくるのではなかったか。合流するまで何をして待つのかという話をしていた気がする。

 

「寝てたのか……。えーっと…………ん?」

 

目をこすりながら周囲を確認するが、そこであることに気付く。

何かが、おかしい。

車内には俺一人。他のメンバーがいないのだ。

 

「みんな……?」

 

呼びかけてみるが、やはり見た通り誰もいない。

そしてそれだけではなく、車内の様子も変だ。不自然な時間の経過を感じる。

ペンギン急便の面々のことを考えれば、飲料の容器や菓子類があるのは自然だ。が、冷えていたはずの飲料は常温までぬるくなり、スナック菓子は湿気ていた。試しに一枚口に運ぶが、やはりぼそぼそと崩れてしまう。

車内にこれらを放置したまま、かなりの時間が経過している。そしてその間、俺は放置されたまま。

 

「どこ行ったんだ……?」

 

一体みんなはどこに行っているのか。そんな当然の疑問が浮かぶ。

目を細め、何か思い出せないかと記憶を探る。

 

「待てよ…………ちょっと待て…………?」

 

と、そこで新たに記憶が浮かび上がってくる。

それはちょっとした会話のやり取り。他の皆はテキサス合流まで外で身体を動かそうという話になり、俺は参加せず車内で待つことになった、そんな感じだったはず。

周囲の見回りも兼ねて、どこか開けた場所を探すと言っていた気がする。

そしてしばらくの間、俺は普通にみんなの帰りを待っていた。しかしそこで眠気が来てしまったのではなかったか。

 

「でも……変だよな……」

 

本当に記憶の通り身体を動かしに行ったのであれば、時間の経過が不自然だ。タフな奴らではあるが、流石に疲れれば戻ってくるはず。

俺が寝てからどれぐらい経っているのかはわからないが、菓子が湿気るほど長時間戻らないなんてことがあるだろうか。

 

「とりあえず出てみるか」

 

このままでは何も進展しないと思い、車の扉を開けて外に出る。

念のため持ってきていた愛剣も携え、周囲を警戒しながら慎重に歩き出す。

 

「どこだ……ここ……街の近くではないよな?」

 

遠くに目を凝らしても、建造物の類は目に入らない。

なぜこんなところに来たのかと再び記憶を探るが、肝心なところが上手く思い出せない。頭の中が変にぼやけているような感覚があり、どうもハッキリしない。

テキサスの到着を待つ間、どのような経緯でこんなところに来たのか。そして何故皆は俺を放置して長時間車を離れているのか。やはり考えてもわからないし思い出せない。

とりあえず車の周囲に人の気配はしないようだった。パッと見てわかるような痕跡もないため、探すにしても指標がない。

なんとなく高い場所の方が見えるものが増えるかもしれないと、岩場の方へと向かうことにした。ちょうど山とは呼べない程度に地形が盛り上がっており、ちょっとした丘のようになっていたからだ。

 

(?!)

 

しかし歩き出してすぐ、違和感を感じた。

急激に脚が重くなったような感覚に襲われる。

 

(な、なんだ……これ?)

 

一瞬身体に異変が起きたのかと思ったが、そうではない。立ち止まって脚を曲げたり伸ばしたりするが、問題なく動く。止まっている分にはいたって普通の健康体だ。

が、再び歩き始めると、また脚が重くなる。まるで見えない粘液の中を歩いているかのように、歩きづらくなってしまう。

 

(一体どうなってるんだ……?)

 

まるで俺の無意識が進むことを拒んでいるかのようだった。五感を越えた何かで、これ以上進むべきでないと感じているのかもしれない。

だが、何もわからないこの状況で止まるわけにはいかなかった。

その岩場に近付くほどに心臓の鼓動が激しくなり、緊張しているかのように全身に力が入っていくのを感じた。嫌な胸騒ぎもする。

それでも歩みを止めずに、俺は脚を動かし続けた。

遅くとも一歩一歩確実に歩みを進めていく。

やがて数分も経たないうちに丘に登り切り、俺の目にその向こう側の景色が映った。

 

 

「…………嘘……だろ?」

 

 

俺は思わずそうつぶやいた。

そこに広がっていたのは、地獄のような光景だったのだ。

 

「な……これは…………そんな…………」

 

俺の目に飛び込んできたのは、一面の赤。それも明らかに自然のものではない黒い赤だった。それがまき散らされたかの如く辺りに広がっていたのだ。

まさに血の海。そしてその中で横たわっているのは見知った面々。皆傷だらけになり、今もなお血がとめどなく流れている。わずかに動き呼吸の気配を感じ取ることができるが、それもいつまで続くかわからないような状態。

とても現実とは思えない光景。これが地獄でなかったら一体何なのか。

 

「っ…………なんで……こんな……」

 

あまりの光景に脳が理解を拒む。しかし立ち尽くしている訳にもいかない。

 

「お、おい! 大丈夫かお前ら! しっかりしろ!」

 

俺は叫びながら一番近くのエクシアに駆け寄った。そのまま呼びかけるが返事はない。

 

「おい! エクシア! エクシア! 返事しろ! エクシア!」

 

何度呼びかけても、身体を触っても反応は返ってこない。僅かに息があるようだが、それもとてもか細く弱々しい。

 

「くそッ…………クロワッサン! ソラ! バイソン! 返事をしてくれ!」

 

焦りのまま声を上げるが、やはり周囲からの返事は返ってこない。

いくら叫んでも、いくら返事を願っても、静寂が続くだけ。俺の不安は加速していくばかりだった。

とりあえず応急処置をするべきと考え、携帯している道具を出そうとしたその時、

声が聞こえた。

 

 

「やあドクター。ちょっと遅かったね。待ちくたびれたよ」

 

 

彼女はそう言って、俺の前に現れた。

 

「お前…………ラップランド…………」

 

一瞬だけなぜ彼女がここにいるのかと面食らった。しかし、よく考えれば当たり前だ。俺の秘書として彼女も今回の任務に同行していたのだから。

それに仮に秘書でなかったとしても、後からテキサスが合流するとあっては、来る理由としては充分だ。だから別にそこまで驚くべきことでもない。

問題はその姿だ。彼女はあまりにもおびただしい量の血を纏っていたのだ。

 

(この血の量……そんな…………)

 

そして俺は一目で確信した。皆に手を掛けた犯人は彼女だと。

俺の感じていた違和感は、彼女の発するプレッシャーに本能が反応していたものだったのだ。

動物として本能的に備わっている危機回避能力。その一端によって、無意識の内に今のラップランドとの遭遇を避けようとしていたのだ。

自動的に警戒レベルが跳ね上がる。今の彼女はただのオペレーターではない。

 

「随分と驚いたみたいだね。ドクターがそんな表情するのは珍しいんじゃない?」

 

なんてことなさそうにしゃべるラップランドは、口調だけなら普段通りだ。

が、どう振舞ってもその異様さは拭えない。

衣服や肌にもべっとりと血をつけた彼女は一見怪我をしているようにも見えるが、動きや仕草から大きな外傷がないのがわかる。恐らくは全て返り血なのだろう。

つまりは戦闘の後。それもどうあがいても言い訳など通じぬ程に明確な痕跡だ。

ペンギン急便のメンバーたちを相手にほとんど無傷など信じられないが、むしろ逆。このメンバーをここまで一方的に倒せるやつなど、そういない。

ラップランドならば、今目の前にいるこの彼女ならば、やってのけてもおかしくはない。

 

 

「それにしても遅かったね。分量はジャストだと思ったんだけどなぁ、少し多すぎたかな」

 

「お前……何を………いやまさか!!」

 

このタイミングでの『分量』という言葉、まず間違いなく薬のことだろう。それも睡眠薬だ。

一体いつ盛られたのかはわからないが、俺が車内で寝ていた原因はそれだ。記憶に混濁があったのも、薬が影響している可能性が高い。

 

「そうだよ、一服盛らせてもらったんだ」

 

「なんでそんなことを……」

 

「そりゃあだって、ドクターが起きてたら絶対止めただろう? 途中で止められたら、こんなことする意味が無くなるからね」

 

「っ……当たり前だ!」

 

もし寝てさえいなければ、皆の戻りが遅い時点で気付いてもっと早く駆けつけることが出来たかもしれない。ここで戦闘が始まってからどれぐらいの時間が経っているかはわからないが、被害を軽減できたことは間違いない。

ラップランドは意図して計画的に行ったのだ。この凶行を。

 

「じゃあ…………やっぱりお前が……やったのか?」

 

「ああそうだよ。思いのほか手こずっちゃったけどね」

 

彼女は悪びれもせずにそう答えた。

そこに仲間を手にかけたことに対しての罪悪感など一切なかった。むしろ一仕事終えた後のような清々しささえ感じる。

 

「やる必要は……あったのか?」

 

「ん?」

 

「こんなことやる必要は……あったのか……?」

 

「うん」

 

「本当に……ここまでのことをする必要はあったのか!?」

 

「あったよ。ボクにとってはこれ以上ないぐらい大切なことさ」

 

いつもと同じ飄々とした笑みを浮かべたまま、彼女はそう答える。

やはりその態度は普段となんら変わらないように思えるが、血溜まりの中に佇む彼女は存在している次元が違うかのようだった。まるでそこだけ別世界のように。

 

「一体……一体何がそんなに大切だって言うんだ!」

 

思わずそう声を荒げた俺に対して、ラップランドは動じることなく静かに言い放った。

 

 

「単純な事だよ。ボクはドクターが何者なのか確かめたかったんだ」

 

 

「え?」

 

予想外の返答に、俺は思わず聞き返す。

 

「俺が何者かって……」

 

するとラップランドは、俺に冷たい目線を向けながら言葉を続けた。

 

「ねえ、ドクター。ドクターはロドスのお医者さんなんだよね?」

 

「何言って…………今はそんなこと……」

 

「答えてよ」

 

「ッ!」

 

俺は思わず半歩後ずさった。それほどの迫力があったのだ。

その一言に込められていたのは本気の殺意だった。

 

「あ…………ああ、そうらしいな。正確には、医者そのものというよりは、鉱石病に関する研究者だったらしいが……」

 

「でも今はその時の記憶は無くて、自分がどんな性格だったかもわからないんだよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

「だったらさ……色々とおかしいことがあるよね? 例えば……今持ってるその剣とかさ」

 

「!」

 

指摘されて今更ながらに気付く。今俺は警戒のために愛剣を携えており、言い逃れはできない。

それにラップランドのこの態度。恐らく彼女は以前から気付いていたのだろう。

一体いつから勘付いていたのか。いつから俺への疑いを募らせていたのか。

俺自身色々と思うところがあり伏せていた秘密だったが、まさかそのせいでラップランドがここまでのことをするとは全く思っていなかった。

俺がもっと上手くやっていれば、こんな事態にならなかったかもしれない。

秘密を抱え始めてから恐れていた事態が、今目の前に最悪の形で起きてしまっている。

 

「ボクも個人的に色々と調べたんだよ。昔のドクターはどんなだったのかってね。でもどれだけ調べても実力に関する話なんて聞かないし、なんだったら戦闘指揮はしていても自ら戦闘に出たなんて話は全くの皆無だったんだ」

 

嫌な汗が流れ出すのを感じた。

今ラップランドから俺に対して向けられている感情は、もはや単なる疑いではない気がした。明確に形を持ち、刃としてこっちを向いている。

こういう時に言葉を重ねたところで意味はない。何を言っても苦しくなるだけだが、黙っていることが正解な訳でもない。

 

「それは……俺だってそうだ! 俺だって知りたいんだよ! 記憶を失う前の俺はどんなだったのかって色々聞いて回って、カマかけたりもしてみて、それでも何もわからなくて…………」

 

「そうなんだ、でもそれじゃあ困るんだよ」

 

興味なさそうに俺の言葉を遮ったラップランドは俺に剣を向けると、再び口を開く。

 

「ドクターは対して気にしてなかったかもしれないけど、ボクは凄いショックだったんだよ? 守ってあげないといけない非力な頭脳担当かと思ったら、そこらのオペレーターより強そうな正体不明の存在だったんだから。怖くて寝れない日もあったぐらいさ」

 

「そんなビビることじゃ…………お前だって強いだろうが」

 

「実力の話だけじゃないよ。人はわからないもの、未知のものを恐れるんだ。ボクだって例外じゃない」

 

「だ、だとしても! 俺に不安があるんだったら、直接俺を狙えばよかっただろうが! 眠らせられるなら、拘束するなり色々方法があったはずだ!」

 

「うーん。そうかな?」

 

「そうだろ! 何がしたくてこんなことしたのか知らねぇけど、こんな回りくどいことするぐらいなら、直接俺は殺すことだって……」

 

「ドクターを殺す、ねぇ…………」

 

「ああそうだ! こいつらをこんなになるまで痛めつけるぐらいなら、俺を殺せばよかっただろうが! そんなに俺が怖いなら、俺を殺せば全部……」

 

 

「嫌だよ。別にボクはドクターを殺したいわけじゃないしね」

 

 

ラップランドは笑顔でそう言った。

先程の殺意が何かの錯覚だったのかと疑うほどの態度の変容に、俺は自分の五感を疑ってしまう。

矛盾を帯びた発言のようでいて、辛うじて同居する理屈。

俺と対峙し、目の前に存在しているはずのラップランドが何者かわからなくなる。

 

「何を言って…………」

 

「ドクターがボクを好いてくれているように、ボクもドクターが好きだよ。少なくとも今のドクターはね」

 

「今の……俺……」

 

「ボクみたいなのにも優しいし、組織のトップとしても優秀だし、気も利くから一緒にいて楽だし、結構気に入ってるんだよ? そうじゃなかったら、頼まれたって秘書なんかやらないさ」

 

「なら、なんで……」

 

「好きだからこそ、だよ。一番近くにいるんだから、しっかりと正体を知っておきたかったんだ。ボクにはちゃんと本性を見せて欲しかったんだよ」

 

「本性って……そんなの…………」

 

「ボクは結構信頼してたんだけどね、ドクターのこと。でもドクターは大事なことは隠してたんだもんね。なんだか裏切られたような気分だったよ」

 

「違う! 俺はただ……変に明かすと混乱するかと思っただけなんだ。聞いた話と噛み合わないから、おかしいと思って……別に隠そうとかそういうのじゃない!」

 

「まあ確かに、ボクが聞いた昔のドクターとも違うからね。何かがおかしいのはそうなんだろうけど……」

 

「だろ? だから…………」

 

「でもボクは嫌だよ? 自分の一番近くにいる人が、記憶喪失な上に正体不明なんて」

 

「!!」

 

確かに、ラップランドから見ればその通りなのだ。

ロドス内には過去の俺を知っている者もいる。記録にもいろいろと情報が残っていたりもする。けれどそれらが意味を成すのは俺が本人であるという証明が揃っている場合だけだ。

ロドスでの立場も、普段の俺の性格も、その全てが嘘や偽りである可能性があるのなら何の意味もない。最悪記憶喪失のふりをした別人だと疑われても、俺本人には否定しきるだけの根拠も証拠もないのだから。

特にラップランドは過去の俺を知っている訳でも、面識があったわけでもない。得られるのは曖昧な情報のみで、その信憑性も薄い。

となれば一度生まれた疑惑は多少の交流や信頼関係など、容易く崩して消してしまう。その結果として今、彼女は俺の目の前に立っているのだ。

 

「ドクターも逆の立場を想像することぐらいはできるよね?」

 

「け、けど…………」

 

「ある日いきなり後ろから刺されるかもしれない。無理矢理組み伏せられて犯されるかもしれない。何か毒でも盛られるかもしれない」

 

「俺はそんなこと……!」

 

「勿論今ボクの目の前にいるドクターはそう言うよね? でもさ、そういう否定もボクからしたらちょっと信じられないんだよね」

 

「それは……」

 

「例えばある日唐突に記憶が戻ったら? その戻った前の人格が極悪非道で残虐だったら? そしてその上ボクよりも強かったりしたら、一番近くにいるボクは一体どうなるかな?」

 

「どうなるって…………」

 

「あるいはもっと別のパターンもあるよね。今のドクターは元のドクターと似てるだけの別人で、ロドスのみんなが知ってるドクターと入れ替わってるとか。あるいは仕立て上げられた影武者とかさ」

 

「影武者なんて……俺はそんなんじゃ…………」

 

「ボクから見たら色んな可能性があるってことだよ。だからわざわざこの場を整えたんだ。ボクだってこんなことしたくなかったけど、ドクターが何者かわからない以上命の危険だってあるからね。やるしかなかったんだ」

 

「………………」

 

「ドクターが何者なのか知るために。そして本気のドクターと闘って確かめるためにね」

 

俺は言葉を失った。何も言い返すことが出来なかった。

本心では否定したくとも、出来ない。出来るだけの理由も根拠も何もない。

何故なら、俺自身も自分のことが何もわからないから。俺自身も安心などしていないから。

自分の本性がわからず不安を抱えているというのに、どうやったら他人に本性をさらけ出せるというのか。どうやったら他人を安心させられるというのか。

ラップランドが求めているのは俺という存在の証明だ。本気の俺と闘うことで、その正体を見極めようとしているのだろう。彼女はそのための手段として、この状況を作り出したに過ぎない。

今更俺がどうにかしようとしたところで既に手遅れだ。説得や対話の段階はとうに過ぎてしまっている。

何もわからぬ俺に、道は残されていなかったのだ。

 

「じゃ、そろそろおしゃべりはこのぐらいにして始めようよ」

 

「始めるって、何を……」

 

「闘いだよ。今からボクはみんなを助けようとするドクターを邪魔する。そして、ドクターの命も狙う。お人好しのドクターでも、流石に仲間と自分の命がかかってちゃ本気にならないといけないよね?」

 

「ッ!!!」

 

「だからさ、ボクとやろうよ、ドクター」

 

おぞましい提案に、俺は全身の血の気が引いていくのを感じた。

ラップランドは本気だ。本気で俺を殺しに来る。そこに一切の情けはない。彼女がそういう性格だというのは今までの付き合いでわかってしまっている。

きっとその先に、何かを見いだせると予感しているのだろう。

俺という個人の安全。あるいは俺の存在証明。

そのために確実に俺が本性を剥き出しにするよう、状況を作り上げたのだから。

 

「俺は……お前と戦う理由なんて…………」

 

「そこに転がってるみんなが冷たくなってもいいの?」

 

「くっ…………」

 

「安心しなよ。そこまで酷く痛めつけたわけじゃないからさ。まあ、ドクターが来るの予想より遅かったし、この状態が続くと流石にどうなるかわからないけどね」

 

「だからって…………」

 

「迷ってる時間はないんじゃない? いい加減覚悟決めなよ。じゃないとロドスも大変なことになるだろうしね」

 

「なっ……まさかロドスを……!?」

 

「ドクターがボクにすんなり負けるようなら、考えないといけないかもね」

 

「お前…………」

 

そんなことは絶対にあってはならない。

そうなれば全ての元凶は俺になる。原因であり、阻止できなかった力不足の半端者になってしまう。

それだけはダメだ、絶対に。

 

(本気なのか……いや、どっちにしても……)

 

それにもし俺がここで死ぬようなことがあれば、ラップランドの動きに関係なくしばらくロドスの指揮系統は麻痺するだろう。

戦闘だけであれば、オペレーターの中には指揮経験がある者もいる。だが、ロドスという組織はかなり特殊だ。そう簡単にはいかない。

各組織の立ち位置や関係性、都市ごとの情勢、文化、風習、価値観など。それらを把握した上で最良の結果を目指してロドスに属する大勢の舵取りをしていかなければならないのだ。

ロドスが今後も活動を続けていくうえで、武力介入という強力なカードの効力を少しでも弱めることはあってはならない。

組織とその活動によって救える命を含めれば、俺一人にはその何千倍という遥かに多くの命が乗っている。

 

(なんで……なんで俺なんだよ……こんな誰かもわからない正体不明の俺なんかに…………)

 

そう思っても、誰かが変わってくれるわけではない。今すぐにこの状況がどうにかなるわけでもない。

覚悟を決めなければただ俺が犬死にし、混乱と犠牲が広がるだけだ。

俺はやらなければならない。目の前の彼女と本気で殺し合わねばならない。

例え万全とはほど遠くとも、既に逃げも隠れも出来ないのだから。

 

「やるしか……ないんだな…………」

 

「お? ようやくその気になったのかな?」

 

「いいや、出来ればお前と闘いたくなんかないよ」

 

「へぇ…………ここまでしてもまだそんなこと言うんだね。もしかしてオペレーターのことはそこまで大切に思ってなかったり?」

 

「そんなことないさ。みんなすげぇ大切だよ」

 

「ならドクターは随分な変わり者なのかな。普通なら流石に激高すると思うけどね」

 

「そうかもな」

 

小さくそう返し、俺は剣を構えた。静かにゆっくりと息を吐き、雑念を振り払うようにして柄に力を込める。

 

「まあいいや、本気で闘ってくれるなら多くは望まないよ」

 

ラップランドも同じく構えを取る。いつもと違い正面からだと、全く違う印象を受ける。

 

「でも容赦はしないからね。しっかりボクを殺す気で来なよ」

 

「そうだな」

 

そう返したものの、自分でも意識的に返事をごまかしていることに気付く。

 

(こんなことのためにこの剣を使うことになるとはな……)

 

ロドスのために闘うこと。みんなを守るためにこの力を使うこと。それこそ、自分が何者かもわからない俺が出来る数少ない存在証明だというのに、俺の中にはまだ迷いがあった。

このまま剣を交えてしまっていいのか。争わずに済む方法はないか。

この期に及んでそんなことをまだ考えてしまっている自分に呆れながらも、俺はラップランドを見据えた。

 

 

俺に本気の殺意を向けてうっすら笑う彼女は、やはり魅力的に見えて仕方なかった。

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