魔法使いは夜明けが見たい   作:あーけろん

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寂れたお店の魔法使い

–––––––高い外壁を湛える都市、ランドソル。国の首都という事もあり多くの人々で賑わうその場所だが、光が有れば影があり、繁栄の裏には例外なく衰退がある様に、ランドソルにも寂れた場所が存在する。

そんな、ランドソルでも寂れた区画–––通称ランドソル三番街にある小さなお店に、その魔法使いは住んでいる。

 

「………うぅむ。また失敗してしまった」

 

ボンと音を立てて、ピンク色の煙が沸き立つ試験管に顔を顰める…何故だ、何故上手くいかない…。

 

『これで3回目だ。良い加減、諦めたらどうかな?』

「馬鹿を言うな。材料を集める為にどれだけ多くの苦労を背負ってきたか、貴様はそれをわかっているだろう」

『どれだけ苦労しているかわかっているからこそ、貴重な資源を廃棄物に変えないよう忠告してるんじゃないか』

「ふん。貴様は何もわかっていないな、我が眷属よ」

 

呆れた声を隠しもせずに大きな欠伸をする我が眷属–––喋る黒猫に向けてニヒルに笑みを浮かべる。

 

「見たまえよ、私が苦労して作ったこの工房を!怪しげに佇む骸骨‼︎紫色に光る蝋燭!鮮血を用いて描いた人体錬成陣‼︎一度捲れば正気を失う魔導書の本棚‼︎こう言う神秘的かつ不気味な工房で怪しげな薬を作る事こそ、魔法使いのあるべき姿なのだよ‼︎‼︎」

『他人から譲り受けた骸骨似の置物に色を変えただけの蝋燭、食紅で書いたよくわからない錬成陣モドキ、古本屋に積まれていた安本にカバーをかけた本棚に囲まれた工房でどんなご立派な薬が出来るのか、是非ご教授願いたいものだね』

「えぇい!全く口煩い黒猫だな…‼︎」

『そう思うのなら、私の首に付けたこの首輪を外せばいいだろう?そうすれば、君の望む静かな黒猫の完成だ』

「それは駄目だ。魔法使いの側には喋る黒猫、これは外せない」

『度し難いなぁ…』

 

肩を竦める眷属を片目に、黙々と煙を上げる試験管に触れて瞳を閉じる。煙を上げた以上まともな薬とは思えないが、とりあえずは鑑定しなければならない。

 

『それで?貴重な資源を、君はどんな薬に変えてしまったのかな?』

「いま鑑定している……うぅむ、これはまた微妙な…」

『どんな薬だった?』

「…薬を飲んで初めに見た異性に対して無性に母性を感じる薬、だそうだ」

 

沈黙。言い逃れ用のない沈黙が流れる。

 

『……貴重なドラゴンの爪にマンティコアの立髪、数種の薬草がこんな産廃になるのか』

「煩い煩い!全く、まさに産廃ではないか!」

『調合の方法は合っていたのかい?と言うか、どんな文献を頼りにしたらそんな薬ができるのさ』

「古書店で埃を被っていた書物だ。相当の年季物だから期待したんだがなぁ…」

 

魔法使い特有の黒いローブをはためかせ、肩を落とす。どうやら、またハズレを引いてしまったらしい。

 

『もう少しソースを確認してから調合した方が良いんじゃない?』

「駄目だ。既に既存の方法は試し尽くしたからこそ、こんな暴挙に出ているのではないか。第一……」

『第一?』

「ちゃんとソースを確認して作ってしまったら、どんな物が出来るか想像が付いてしまうではないか。それでは意味がない」

『…僕はもう何も言わないよ』

 

 

持ち上げた髭を下げると、どこか哀愁漂う背中を向けて工房から出て行く黒猫…全く、魔法使いの何たるかもわからない愚眷属め。

 

「おーい、薬屋さーん。居ないのかーい?」

 

再び実験に取り掛かろうと材料を取り出し書物を開いた矢先に、店先から老婆の声が響く。

 

『おーい店主。お客がお待ちだよ』

「えぇい、いい所に客がやって来てからに」

『早く早く。お得意さんのお婆さんだよ』

 

お得意さんのおばばという事は…腰痛の痛みを和らげる塗り薬に薬草を発酵させた薬草茶、それと月初だから包帯と消毒液だろう。あぁそれと孫が出来たと喜んでいたな、丁度良く虫除けのお香が余っていたからついでに処分を頼もう。あとは……。

 

『まだかい?あんまりお客を待たせるんじゃないよ』

「わかっている!せっかちな黒猫め…!」

 

取り急ぎ纏めた品々を紙袋の中に詰め込んでいき、工房の階段を登って店先に躍り出る。そこには馴染みの顔のおばばが木籠を持って微笑んでいた。

 

「また来たわよ、悪い魔法使いさん」

「ふん、性懲りもなく来たなおばばよ。それで、腰の調子はあれからどうなのだ」

「あんたの薬は本当に効き目が良くてね。お陰で助かっているよ」

「当然だ。私は悪い魔法使いだからな」

 

相変わらずくたばりそうにないおばばにニヒルに笑い、カウンターの上に薬が入った紙袋とその横に青銅のお香を置く。

 

「この中にいつもの薬が入っている。それと、何故か余っていたから虫除けのお香をつけて置く。要らなければ捨ててもいいが、何分今年は虫が多い。おばばは兎も角、赤子にはなんらかの影響が出るかもな?」

「…お前さんは全く、素直に私の可愛い孫の為にとは言えんのかね」

「馬鹿な事を言うな、私はそんなお人好しではない–––それと、その香は夜に焚くと効き目がいいぞ」

「はいはい。ありがとうね」

 

「しょうがない子だねぇ…」と微笑みながら紙袋とお香を受け取り、代わりにルピを置く。そのルピを受け取り、しっしと手を振る。

 

「買い物が済んだのならさっさと立ち去ると良い。何分私は忙しい。何故なら…」

「はいはい、悪い魔法使いさんだもんね」

「…なんだか癪に触る言い方だがその通りだ。早く帰って、可愛い孫にでも顔を見せると良いだろうよ」

「そうさせて貰うかね。それじゃあまた頼むよ、魔法使いさん」

 

身軽気に立ち去っていくオババに片手でひらひらと手を振る…ふぅ、ようやく立ち去ったか。さて、これで研究に没頭できる。

 

『本当に、良薬を作る事に対してなら君の右に出る者は居ないだろうね』

「良薬など私の研究の手慰みに作った、いわば副産物でしかない。そんなもので褒められたくはない」

 

全く甚だ遺憾だ。私は良薬を作るだけの薬師ではなく、魔法使いなのだ。良薬で褒められてもなんら嬉しくはない。

 

『そうかい?まぁ、君が良いなら良いんだけどね』

「私はもう一度工房に篭る。また客が来たら出迎えを頼むぞ」

『はいはい。いってらっしゃーい』

 

やたら間延びした黒猫の声に押され、私は再び工房に向かって行った––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

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–––––私の名前は黒猫。しがない魔法使いのもとで飼われている。…いや、雇われていると言った方が良いだろう。ご飯は三食におやつが付き、自分用の部屋を用意され、お昼寝の時間すら完備されている。ここまで福利厚生が整っている猫もそんなに多くは無いだろう。

 

まぁそんな環境に居る見返りに、こうして自分は店先に佇み尻尾を揺らしながら店番を行っているのであるが。

 

『…くぁ』

 

窓から溢れる温かな日差しに欠伸し、ぐぐっと背中を伸ばす。

…それにしたってうちの主人は奇想天外だ。いくら猫が人の言葉を喋れる様になる首輪を作ったからと言って、猫に店番を任せるだろうか。しかも任せる理由は「黒猫が店番をするのは魔法使いの特権であろう」と来た、変人もここまで来ると感嘆するほかにない。

 

『…おや』

 

ゆらゆらと二本の尻尾を揺らしてカウンターの上に佇むこと、柱時計の長針が45度動いた辺り。大きな窓から白髪の小柄な少女がおずおずと店の前で右往左往しているのが見て取れた。何やらメモと店の看板を相互に見ているようだが…何かお探しなのかな?

しかし困った。ここで親切心を働かせ店から出て話しかけるのも良いが、殆ど初対面の人は猫が喋った事に驚いて逃げてしまう。けど、このまま放置しておくのも…おっ、どうやら意を決して入ってくる様だ。

 

「あ、あの…薬屋さんとはここで合っているでしょうか…?」

 

おや、遠目だと分からなかったけどこれは珍しい。先鋭に尖った耳、しかも微かに土の匂いがするから、どうやらお上りさんのエルフの様だ。

 

「誰も居ないのでしょうか…おや、猫ちゃんがいらっしゃいますね」

 

おずおずと店の中に入ってくると、自分目掛けてトコトコと歩み寄る。すると小さな手で此方の首に触れる––––どうやら、猫の扱いは自分の主人よりも余程長けている様だ、滑らかな掌がとても気持ち良い。…さて、そろそろ話さなければならないか。

 

『撫ででくれてありがとう。所で、君は何をお探しにやって来たのかな?』

「……キュ⁉︎」

 

あぁ、やっぱり。自分が喋った途端、信じられない物を見た様な目をした後に口を窄めた。

 

「えっ、その、猫ちゃんが喋っているのですか?それとも誰かが…」

『いや、喋っているのは目の前の黒猫だよ。初めまして、お嬢さん』

「ほ、本当に…?お、驚きました。ランドソルには、喋る猫ちゃんもいらっしゃるのですね…」

『喋る猫は僕位のものさ。ほら、自分に首輪が付いているだろう?それについている魔石のお陰で、こうして人の言葉が喋れるのさ』

「そうなのですか…あっ。こうしている場合ではありませんでした…!あの猫さん、私は此処が評判の良い薬屋さんだと聞いて来たのですが」

『評判が良いのかは兎も角、薬屋である事は間違いないとも。腕も保証するしね』

 

するとほっとした様に胸を撫で下ろすと、手に握っていたメモを見せて来た。

 

「この胃薬を売って欲しいのですが、在庫はあるでしょうか?主さまがお腹を痛めていて、なるべく早く助けて差し上げたいのですが…』

『どれどれ…わかった。少しそこにあるソファに座って待っていてね、店主に伝えてくるから』

 

少女のメモを読んだのちに口に加え、カウンターの上から床に降りて主人のもとに向かう––––と、間がいいのか悪いのか、主人の影が店頭と工房を繋ぐ扉の小窓から見えた。モクモクと煙を立てている試験管を持っている事から、どうやら調合はまた失敗したらしい。

 

「えぇい、また失敗してしまった…!素材も尽きたからこれ以上調合も出来ん……ん?どうした黒猫、昼寝の時間にはまだ早かろう。腹が減ったのならクッキーでもやろうか?」

『眠気が来たわけでも、小腹が減ったわけでも無いよ。お客さんが来てね、この胃薬が欲しいんだってさ』

「なにぃ?胃薬など私が作るには値–––––––むむ、これは珍しい薬だな。エルフ族に伝わる秘薬じゃないか」

『どう?作れそう?』

「少し手間だが問題はない。それで、一体どんな老獪なエルフ族がやって来たのだ?」

『いや?来たのはエルフ族の幼い少女だよ』

「…なに?幼い少女が?」

 

「幼い少女がこんな薬を–––ううむ」と唸ると、翻って工房へと足を戻す。

 

「取り敢えずは胃薬を調合してくる。ほんの五分程度待って欲しいと伝えておいてくれ」

『わかったよ』

 

後ろ目に早口で要件を伝えたご主人に頷く。さて、自分も少女の元に戻って要件を伝えるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

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–––あぁ、主さま。私はどうやら、摩訶不思議な薬屋さんに来てしまった様です。

 

「主さまは、今でも胃痛に苦しんでおられるのでしょうか…」

『魔物料理を食べたんだって?随分物好きな事をするものだね』

 

ペコリーヌ様からとても腕が良い薬屋さんがあると聞いて伺ったのですが、まさか喋る猫ちゃんがお出迎えしてくるとは思いもしませんでした。それに室内の内装は薬屋さんというには些か雑多としてますし…はじめは薬屋と分からなかった程です。

 

「普段だったらなんでも無いのですが、どうやら主さまは何かに当たってしまった様子で…早くなんとかしてあげたいのです」

『今はギルドメンバーがギルドハウスで看てくれているんだろう?聞く限りそんな重症でも無さそうだし、きっと大丈夫さ』

 

随分と柔らかいソファに座り、その横に佇み猫ちゃん–––いえ、黒猫様とお話ししていると、本当に猫なのかと勘ぐってしまいます。只の猫とは思え無いほどしっかりした言葉使いに、落ち着いた態度。これなら人が猫に化けていると言われた方が、いっそ信じるかもしれません。

 

『それにしても、君は随分しっかりした子だね。その年で誰かの従者をしているんだなんて、誰にでも出来ることじゃない』

「そんな…私は寧ろ、主さまにご迷惑をお掛けするばかりで」

『そんな事はないとも。きっとその主人様とやらも、君のことを大いに助かっていると思っているだろうさ』

「そうだと良いのですが…」

 

主さまが私の事を–––もしそうだったら、何よりの喜びなのですが…。

 

「注文の薬が出来たぞ。全く、今時こんな薬を要求されるとは思わなんだ」

『おや、随分早かったね。まだ3分と経ってないよ?』

「メモの走り書きから察するに急ぎの要件だと思ったからな–––それで、君がこの薬の客かな?」

「は、はい。そうで御座います」

 

黒猫様と話していると、カウンターの奥の扉が開いて中から黒いローブを来た人が現れました。この人が黒猫様の飼い主なのでしょうか…。

 

「君がこれを–––––して、なぜこの薬を?たしかにこの薬は一種の万能薬に近いが、その分効果も高くはないぞ?」

「お医者様に一度診て貰ったのですが、その、事情が事情でして…」

「事情だと?」

『魔物を食べてお腹を壊したんだってさ。魔物を食べる人が居るなんて驚きだよね』

「魔物……もしかして……」

 

何やら考え更ける様に顎に手を添えましたが、やがて「いかんいかん」と頭を振り、紙袋を手渡します。

 

「詮索は不要だな。ほら、これが依頼の薬だ」

 

そういうと小さな紙袋を無造作に渡され、中を開けると、そこには確かに小さな小瓶が入っているのがわかりました。

 

「ありがとうございます。それで、お代の方は…」

「お代か…うぅむ、どうしたのものか」

 

すると途端に渋面を作り、首を捻る。ま、まさか…

 

「も、もしかして、異様に高かったりしますか?申し訳ないのですが、今はそんなに手持ちが無く…ですが、必ずお支払いします!それこそ、今身体で支払っても––––」

「やめろやめろ!それではまるで私が薬を盾に脅している様ではないか!」

『事実でしょ。今王宮騎士団が来たら捕まってたね』

「黙っていろ愚眷属!えぇい少女よ、そうではなくてだな…実の所、値段の付け方がわからんのだ」

「値段の付け方、ですか?」

 

心底困った様に頭を掻き、沈んだ声色で話し始める。

 

「そうとも。私は普段エルフ族に伝わる薬など作らんからな。一体如何程の値段を付ければ良いものか…」

「あの、あまり高い金額でなければお支払い…」

 

そう言ってガマ口を出そうとすると、袖を黒猫様に引っ張られます。

 

『静かに。下手な芝居だけど見てやって欲しいな、変にプライドが邪魔しているだけだから』

「えっ?あの、それはどういう…」

「そうだな。値段の付け方がわからん以上、下手な金額を付ければ王宮騎士団の奴らに罪を着せられかねんな」

 

なにやら一人で納得すると、自分の手に持っている紙袋を指差す。

 

「という訳だ。大変癪であり鼻持ちならんが、その薬はくれてやろう。値段の付け方がわからんからしょうがないな、うん」

『そうだね、変に王宮騎士団に目をつけられても困るしね』

「全くだ、忌々しい奴らよ」

 

話の意図がわからず困惑していると、黒猫様が目を細めて笑う。

 

『簡単に言うと、その薬は差し上げるってさ』

「そうとも!仕方なく、本当に仕方なくな‼︎」

「そっ、そう言うわけには参りません!薬を頂いた以上、きちんと報酬はお支払い––––」

『ご主人、どうやら可愛い少女はもう一声欲しいらしいよ」

「なんだと?この欲張りさんめ、だがまぁ今の俺は気分が良い。菓子の10や20位は融通してやろう」

「ちょ、ちょっと–––」

 

まるで予め用意してあったかの周到さで大きな紙袋を取り出すと、それを無理やり私の腕に通して、中に瞬く間にお菓子やらなにやらを詰め込んでいきます。その紙袋はしっかりと重さも感じるほどです–––って、そんな事を言っている場合ではありません!

 

「ですから、ちゃんとお金を–––!」

『さぁご主人よ、可愛いお客は今から帰宅なさるそうだ』

「そうか。そういえば急いでいるのだろう?丁度私は暇だから送ってやろう。なに心配するな、瞬く間に着くとも」

 

なんとしてもお金を払おうとすると、軽々と小脇に抱えられて外に連れ出されてしまいます。そして店を出るときに箒を手に取り、それに跨って道の真ん中に佇みます。

 

「眷属よ、少し店を頼むぞ」

『はいはい。気をつけて行ってきてね。呉々も大事なお客様を落とさない様に』

「無論だ。さて少女よ、しっかり捕まり給え。でないと落ちてしまうからな」

「な、何をなさるのですか、店主様?」

「空を飛ぶのさ、この箒でな」

「えっ、ちょっと、待って–––––––––」

 

 

––––その日私は初めて空を飛び、地面の有り難みを身に染みて感じたのでした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

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––––後日

 

 

「…それで、あれからご主人の様子はどうなのだ」

「はい。お陰様で、主さまも元気になりました」

「それはそうだろう、私が作った薬なのだから」

『そこは素直におめでとうでいいだろう?変なプライドがあるんだから…』

 

エルフ族の少女––––コッコロなる少女が再び我が工房を訪れて幾ばくか。彼女の持ってきたギルドメンバーが作ったという焼き菓子を摘みつつ、俺の淹れた美味いであろう薬草茶を飲んでいる。ちなみに猫も食べられる焼き菓子だそうで、全く気の効く少女だ。

 

「煩いな。それで、少女は何用があってここに来たのだ?言っておくが、金は決して貰わないぞ?」

「そうでした。実は、この前頂いた菓子の詰め合わせの中になにやら薬の様なものが入っていまして、何か大切な物かと思いお返しに来たのです」

「薬だと?そんな物紙袋に入れた覚えはないが…」

 

コッコロが肩掛けからピンク色の液体が入った取り出し––––あっ。

 

「えぇと、だな…それは確かに薬だが、別に薬と言うわけでもなくて…」

「?」

「つまりだな、それは俺が実験に失敗したもので、薬としての効果はあるが、その効果は大したものではないと言うか…」

「薬としての効果はある…では、どんな薬なのですか?」

「う、うぅむ…」

 

純真そうに首を傾ける少女に思わず唸り声を上げる–––これでもし「薬を飲んで初めに見た異性に対して無性に母性を感じる薬」などと言えば、飽きられる事は必然だ。

しかしそれは私の思うところではない。私は極めて有能な魔法使いなのだ、それがもしこんな幼い少女に呆れられでもすれば…。

 

『あぁ、それはね。なんでも「薬を飲んで初めに見た異性に対して無性に母性を感じる薬」だそうだよ。とんだ産廃薬だよね」

「愚眷属ぅぅぅぅ⁉︎貴様、貴様には人の心はないのか⁉︎この鬼!悪魔!」

『残念だけど私は猫だからね、人の心なんてわからないのさ』

「貴様ァ…今日の夕飯に魚が出るとは思うなよ…!」

『夕飯自体は出してくれるんだね…』

 

不味い!このままではこの少女に自分は役立たずの無能者だと思われてしまう…!しかし、なんて言い訳をすれば……「す、素晴らしい…!」

…おや?

 

「素晴らしいです、店主様!是非ともこの薬を売っては下さらないでしょうか⁉︎」

「えっ、えっ?ちょ、話を聞いていたのかね?」

「勿論です!なんと素晴らしい薬!やはりペコリーヌ様の言う通り、貴方は民草を救う良き魔法使いなのですね‼︎」

 

落ち着いた様子とは打って変わってやけに興奮する少女––––えぇ、と?

 

「言っておくが、この薬には特筆する効果なんてないし、まして毒薬の様な扱い方なんて出来ないぞ?いや、君の歳で誰かを暗殺しようとするのは良くないが…」

「暗殺なんて!とんでもありません!私はその薬を少し、ほんの少し主人様に飲んで頂きたいだけなのです!」

「主人に何か恨みでもあるのか⁉︎自分でも良ければ相談に乗るぞ⁉︎」

 

おい黒猫!この客はお前が対応したんだろう⁉︎だったらお前が……あっ駄目だ、諦めた目をしている。

 

「さぁ店主様!この薬はおいくらなのですか!店主様⁉︎」

「…そ、その薬は売れん!大事な、そう、大事な研究資材なのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

凄みを感じる少女から試験管を半ば奪い取る様に受け取り、工房へと逃げ帰るのだった––––。

 

 

 

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「–––––やれやれ、とんだ苦労を背負ったものだ…」

 

大きな窓からいっぱいの月明かりを浴びながら、陶磁性のカップを傾ける––––いい茶葉だ。美食殿と言う言葉に偽りは無いらしい。

 

『そんな気取って紅茶を飲んだって味は変わらないよ』

「一々うるさい奴め。まぁいい、お前もどうだ?もらったクッキーが余っているぞ」

『温かいミルクも付けてくれると嬉しいかな』

「いいだろう、少し待て」

 

上段にある物入れから瓶に入った牛乳とクッキーを取り出し、クッキーは黒猫用の皿に盛り付け、牛乳は瓶ごと加熱した熱湯の中に入れて湯煎する。猫でも飲める様な温かさになった程度で牛乳を鍋から取り出して足のついた皿に注いで、これで黒猫用のお茶会セットの完成だ。

 

「そら、出来たぞ」

『ありがとうご主人』

「いや、良い。…何を見ていたんだ?」

 

窓の外をぼんやりと見つめるその視線を追うと、月明かりの下でも尚分かるほど綺麗な蝶々が店先の看板に留まっているのが見えた。

 

「ほぅ、随分と綺麗な蝶だな。捕まえて標本にするか?」

『辞めといた方が良いよ。只の蝶じゃなさそうだし』

「なに?」

『凄い魔力を感じる。それも並々ならない量のね』

 

黄金色の瞳を細めてそう宣う黒猫––––確か魔眼の一種だったか。それにしても凄い魔力とは…。

そうやって話している最中にもその蝶は空へと飛んでいき、直ぐに視界から消えてしまう。なんとなく気になってその後を追って外に出るが

既にその蝶は消えていなくなってしまっていた。

 

「なんだったんだ……ん?」

 

先程まで蝶が止まっていた看板に目を向けると、そこには桃色の文字でたった一言、書いた覚えのないものが記されていた。

 

『賢明な判断ですね』

 

「……ふむ」

 

その文字を一瞥した後、顎に手を当てて月を眺める。そこにはあいも変わらず見事な程丸い月が輝いていて、自分の事を照らしている。なんだか変なことが多い1日だったと思いながら、呑気にクッキーを食べている黒猫を見て再びお店の中に入っていた–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






魔法使い
ランドソルの寂れた区画に居を構える青年。黒目黒髪とランドソルでは珍しい容姿で、いつも黒のローブと黒の三角帽子を着ている事から街ではちょっとした有名人。尊大な態度とは裏腹にきめ細かい気配りに優れ、特に子供相手には滅法甘い。

黒猫
流麗な黒の毛並みに二つの尻尾を持ち、金色の瞳から構成される魔眼を保有する黒猫。ひょんな事から上述した魔法使いに雇われており、度々魔法使いに辛辣な忠告を行う。

地下室の工房
魔法使いが「魔法使いらしさ」を追求した結果作られた地下室。工房を構成する物の99%はガラクタである。

紫色に光る骸骨
とある占い師から譲られた物。時たま中年の男性の声が聞こえるとか。

首輪
装着した対象が言葉を話せるになる魔石。知性なきものに装着しても唸り声や鳴き声しか聞こえてこない。

空飛ぶ箒
魔法使いが手ずから作成した、魔力を揚力に変換する魔道具。媒体に箒を使用してしまった為に、運転は大変難しいものとなっている。作成者曰く「箒と絨毯で迷った」との事。

薬を飲んで初めに見た異性に対して無性に母性を感じる薬
文字通り。効果時間は小瓶一つにつき1日程度。

蝶々
魔法使いの店の周りを飛び回った後に立ち去った。何やら様子を見ていたようだ。

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