魔法使いは夜明けが見たい   作:あーけろん

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買い出し途中の魔法使い

「いらっしゃい‼︎さぁさぁ、今日も良いお肉が入ってるよ‼︎」

「とれたて新鮮!さぁ、今限りのお買い得だよ〜‼︎」

 

多くの人々で賑わうランドソルの一画。活気溢れる客寄せの声が響き渡る中に、魔法使いとその眷属である黒猫はいた。猫は悠々と煉瓦造りの道を歩いているが、魔法使いは両手に大きな紙袋を抱えて歩いている。

 

「全く‼︎何故私がこの様な買い出しをしなければならないのだ‼︎私は魔法使いなのだぞ⁉︎」

『普段顔を出さないのに、買い出しだけで許してくれるギルドマスターこそ寛容だと思うけどなぁ』

「何を言う!私のギルドマスターであるならば、我が研究の意義を理解して援助するのが筋ではないか⁉︎」

『はいはい。所で、買出しのリストはもう揃ったのかい?』

 

魔法使いの抱える紙袋には溢れんばかりの食材が見え透いているが、それでも魔法使いは「いや、まだだ」と口を尖らせる。

 

『えっ?まだ買うの?』

「あそこは育ち盛りが多いだろう。これっぽっちでは足らんだろうさ」

『そうかなぁ…猫視点から見ると、相当買い込んでると思うよ』

「それは貴様が小食だからだ。もっと食わねば太らんぞ?」

『生憎と、僕はこの体型が気に入ってるから太る気はないよ』

「可愛げのない奴め」

 

猫の不遜な態度に鼻を鳴らすと、横から「おーい、魔法使いの兄ちゃん‼︎」と快活な声が届く。

 

「大荷物の所すまねぇが、また氷を作ってくれねぇか?今日は思ったより熱くてよ、これじゃ魚が腐っちまう」

「氷だと?そんなもの、私が一々作る訳–––––」

「もし氷を作ってくれたら特上の魚を何匹か融通するぜ?」

「氷がないなんて、それは一大事だな。どの程度の大きさが欲しい?」

 

『やれやれ、現金なご主人様だな…』と首を振る猫を横目で睨みつつ、魚屋の店主に首を向ける。

 

「バケツ二個分位の氷なんだが、頼めるかい?」

「無論だ。少し荷物を持っていてくれ」

 

紙袋を魚屋の店主に預けると、ローブの袖から不相応に大きな杖か現れる。それに刻まれた皺には途方もない年季を感じさせ、その先端に充てがわれた真紅の紅玉には一種の神々しさすら称えている––––––詰まる所、至高に近い魔法杖という事だ。

 

「それで、どこに氷を出せば良い?」

「あぁ、このタライに頼むよ」

「ふむ、任されよう」

 

杖の先をタライに向け、その紅玉から透明な雫が二滴溢れる。その雫がタライにぶつかると瞬く間に氷が出来上がる。

 

「この程度で問題あるまい。今回は魔力で作った氷故良く冷えるが、呉々も食べるなよ。腹を下しても薬は売らんからな」

「いつもすまんなぁ兄ちゃん。ほら、これが今日入った一番の魚だよ、また頼むぜ」

「そう何度も頼まれては困るぞ…それと、魚は一匹で良い」

 

店主が差し出してきた数種の魚の内一匹を無造作に指差すと杖をローブの袖の中に仕舞い込む。梱包の終わった魚を満杯の紙袋に丁寧に、けれども詰め込む。

 

「ではな店主。魚はありがたく頂戴していくぞ」

「あいよ!」

『じゃあね〜』

 

手を振る店主から少し離れると、ニヤついた声で猫が口を開く。

 

『それにしても、相変わらずお人好しだね。折角の魚だったんだから全部貰っておけばよかったのに』

「あれだけの氷なら精々一匹程度のものだろうよ。魔法使いは貸しを作るべきではないからな」

『律儀だねぇ…』

 

憮然とした魔法使いに黒猫は肩を竦め、されど微笑む。

 

「あら、魔法使いさんじゃない!今日はギルドハウスに行くの?」

「花屋の主人か。あぁ、極めて不本意ながらな」

「それなら花でも買っていったら?きっと彼女も喜ぶと思うわよ?」

「柄でもないと笑われるだろうよ…」

「おーい魔法使いよ!今日の夜飲みに来ないかい?安くしとくよ!」

「生憎先約があってな。また今度邪魔させてもらおう」

「おうよ!とびっきりの酒を用意しとくからな!」

「魔法使いさん、良かったらホットドックでも買って行かない?猫ちゃんも食べられるわよ!」

「すまんが、少し急いでいてな。暇なときには寄らせてもらう」

「魔法使いさんや、今度でいいからまた魔物の素材を下ろしてくれないかね?最近市場に出回るのは質が悪くてね…」

「良いだろう、薬草採取の手前少し調達しよう。ルピをちゃんと用意しておけよ」

「おーい魔法使いさん!浮気の証拠を消す魔法とかないかい⁉︎今女房に追い回されて困ってるんだ‼︎」

「またか…そんな便利は魔法はない。そこら辺で花でも買って誠意を見せるんだな。言っておくが、重症でも負わない限り薬は出さんからな」

「チックショー‼︎」

 

走り去っていく男性と、それをロングソードを携えて追いかける女性を魔法使いはため息混じりに見つめ「あれで3度目か…女房も人が良すぎる」とぼやく。

 

『……君、悪い魔法使いを目指しているんだよね?」

「?無論だが」

『いっそ街の魔法使いに方向を転換してはどうかな?』

「そんな街医者みたいな魔法使いはごめん被る」

『似合うと思うんだけどなぁ…』

「あれ、魔法使いさんじゃないですか。珍しいですね」

 

黒猫と魔法使いがいつものように軽口を叩き合って歩いていると、その正面に人影が立ち塞がる。

銀色の長く流麗な髪にやや不機嫌そうに口を尖らせる少女で、腰には長い長刀を携えている。そんな少女を見遣ると、魔法使いは小首を傾げる。

 

「なんだ、見習いのトモ団員ではないか。今日も巡回とは精が出るな。どれ、飴の一つでもくれてやろう」

「あのですね、僕はもう飴の一つで嬉しがるような歳じゃあないんですよ?」

「要らないのか?苺味だぞ?」

「要りません!っていうか、そうやってマツリちゃんにお菓子を山の様にあげてるの貴方ですよね⁉︎あれでお菓子くれる人はみんな良い人だって彼女が覚えちゃったら、悪い大人の人に連れ去られちゃいますよ!」

『…ご主人、そんな事やってたのか』

 

猫の訝しむ視線に魔法使いは飄々としている。

 

「別に、職務に精錬している少女に菓子の一つや二つ与えているだけではないか。そこまで問題視する必要はないと思うぞ」

「限度がありますよ限度が!全くもう…」

『悪いね、うちのご主人が常識知らずで』

「お前まで敵に回るのか…」

 

敵を見つけた様な顔で黒猫を見る魔法使いだが、やがて「それよりも、だ」と話をすげ替える。

 

「トモ少女はいつも先輩団員と一緒に巡回していた筈だが、今日は一人なのだな。出世でもしたのか?」

「いや、先輩達は最近護衛の任務で出払っているんです。なんでも、大規模なキャラバンがランドソルに向かっているからその応援としてだとか」

「ほう、大規模なキャラバンか。物品が増えるのは何よりだが、態々王宮騎士団が出張っているとはな。何か重要な品でも運んでいるのか?」

「そんな話はないですけど…」

『ご主人、長話に興じていて良いのかい?そろそろギルドマスターが痺れを切らすと思うけど』

「むっ、もうそんな時間か。悪いなトモ少女、そろそろ私達は–––––」

「トモ団員‼︎こんな所にいたのか‼︎」

 

話を切り上げようとした矢先に、切羽詰まった様子の王宮騎士団団員がトモに詰め寄る。声の荒げ具合から相当焦っていると判断し、魔法使いと黒猫は離れようとした足を留める。

 

「緊急事態だ、すぐ様装備を整えて本部まで来い!」

「ちょ、どうしたんですか藪から棒に。緊急事態って…」

「ランドソルに向かっている大規模キャラバンから、魔物の大群に襲われたと連絡が入った。駐在する王宮騎士団の殆どは、これの応援に迎えと団長から伝達があったんだよ!」

「ええっ⁉︎何で魔物の大群なんかが…」

「理由なんて知るか!報告によると、死傷者も出ているらしい。事態は一刻を––––」

 

『死傷者』という単語が団員から発せられた時、思わず黒猫は空を仰ぐ。そしてその直後、魔法使いは静かに口を開いた。

 

「失礼、大規模キャラバンは現在どの辺りまで来ているんだ?」

「…民間人には関係のない話だ、お引き取り願おうか」

『ちょっと、ご主人…』

「事態は一刻を争うのだろう。見ての通り私は魔法使いだ、戦力にはなるだろう」

「貴様…!相手は魔物の大群なのだぞ‼︎お前一人で向いた所で、碌な戦力になりはしないだろうが‼︎」

 

淡々と話す姿に激昂し魔法使いに掴み掛かる––––が、その手が魔法使いを捕らえる事は無かった。徐に杖を取り出した魔法使いが、天高く伸びる炎の柱を作ったからだ。

一瞬で空に伸び、刹那のうちに消えた火柱だったが、ランドソルの民を含め目の前の団員を硬直させるにそれは十二分な力を有していた。

 

「確かに私は一人だ。だが、魔物の大群が相手ならば10本の剣に勝ると思う」

「……ど、どうやらその様だな」

「…魔法使いさんって、本当に魔法使いだったんですね」

「トモ少女よ、それはどういう意味だ。私は一度だってその点に付いて嘘をついた事は無いんだが」

 

一つ溜息を吐いた後、再び王宮騎士団の方を見遣る。

 

「それで、キャラバンは何処に向かっているんだ?」

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

『–––ご主人は今、とんでもない厄ネタを拾おうとしているよ。その自覚はあるかい?』

「厄ネタだと?何を馬鹿な、魔物の大群風情が偉大なる魔法使いの厄ネタになる訳が無いだろう」

『そもそも魔物の大群を相手取る必要性なんて無いって言いたいのさ。王宮騎士団に任せておけば良かったのに…』

「それこそ愚かな選択だな、黒猫よ。大規模キャラバンとやらはこの広大なランドソルから離れた諸外国の品々を運んでいると聞いた。であるならば、まだ未知の薬草や素材を入手できるやも知れん」

『つまり、キャラバンに積んでいる素材を守るためにこうして箒まで持ち出してるって事で良いのかな?』

「無論だ。というか、それ以外に私が出向く理由がない」

 

眼下に広大な大陸を望む、風が吹き荒ぶ空の彼方。少しばかり傾いた日に照らされ、自分達は箒に跨って空を進んでいる。

 

『どうだか…言っておくけど、死傷者って単語を聞いた時の君の顔、あんまり愉快な物じゃなかったからね』

「––––気のせいだろうよ」

 

この魔法使い––––ご主人はどうにも甘い所がある。口では色々言っても、結局最後は自分から損を背負い込むのだからそれはもう甘々だ。勿論冷徹な人間よりは高く評価できるが、けれど、お人好しにも限度があって然るべきだ。

今回の事だって、王宮騎士団に襲われている場所だけ聞いたら荷物をトモ少女に預けて弾けた様に空に飛び上がる始末だ。魔物の大群の具体的規模や死傷者の数、それに討伐報酬の事だって何一つ聞かず飛び出してしまったことに彼は気付いているのだろうか…。

 

『大体ご主人はいつもそうだ。悪い魔法使いを目指しているとか言いながら全く善性を捨てられていない。道行く子供には飴をあげるし、重い荷物を持っている老人には必ず声を掛ける。この前だって、森の中で行き倒れていた少女の面倒を見たり、頼まれてもいないのに街中に出現する魔物を殲滅したりしただろう?いい加減、悪い魔法使いらしい所を見せて欲しい物だね』

「えぇい、小煩い奴め。いいではないか、悪い魔法使いとは小狡い悪行を為すものではないのだから、そんな事は些事だ些事」

『それじゃあ君にとっての悪行ってなんなのさ…』

「そうだな…取り敢えずは、まぁ最低限世界征服からやるだろうな」

 

などと宣っているご主人に大きく溜息を吐き、らちがあかないと話題を変える。

 

『…それで、目的地は見えたのかい?』

「少し待て、今千里眼の目薬を差した所だ–––––––見えたぞ。成る程、確かにこれは魔物の大群と言って差し支えないだろうな」

 

そう言った矢先、自分の視界にも戦場が入る。

鈍重だが一撃の重いオーク型の魔物を始め、機動力に優れた犬型の魔物や投石を行う魔物の大群が、大きな列を成すキャラバン向かって右側から侵攻している。護衛に当たっているのは王宮騎士団を始め雇われたのだろう冒険者らしき人々で、その状況はなんとか戦線を維持していると言った様子だ。お世辞にも余力があるとは到底言えない状況だろう。

 

『…凄い数だね』

「そうだな。しかし、なぜこれだけの数の魔物の混成集団が、こんなだだっ広い街道に現れるんだ…?」

『キャラバンが魔物を集めるナニかを運んでいるという線は?』

「当然考えられるだろうな。魔物寄せのお香や、それとも何か別のものか…」

 

魔物寄せのお香は普段ご主人が魔物を狩る時にも多用するものだ。けれど、たかがお香でここまで広範囲に渡りかつ大量の魔物を集める事は可能なのだろうか…。

 

「…黒猫、魔法の痕跡は見られるか?」

『–––––魔法の痕跡は無いね。と言うより、魔物を操る魔法なんて存在しないと思うけど』

「念のためだ。しかし、あまり悠長に事を構えている暇は無さそうだな」

『作戦はあるのかい?』

「作戦だと?そんなもの、決まっているだろう」

『えっ?それって––––––––––』

 

ニヤリとご主人が笑った突如、箒が一直線に下へと向かう。

今まで以上の強風に耳は倒れ、『うわわわわわわわ』と意図せず声が漏れる。

 

『ご主人⁉︎ちょっと、まさか––––––‼︎』

 

自分の叫びも届かず、遂には箒が大量の砂埃を巻き上げて地面に半ば激突した様に着陸する。あまりの砂埃に目元を擦り、涙目になって再び眼を開いたそこには、一枚の絵画の様な情景が写っていた。

 

 

 

 

「––––––––さぁ魔物共。牙を、爪を、知恵を、すべてを持って掛かって来るがいい。私はその全てを踏み越え、我が魔導の栄達を不変の物としよう」

 

傷付いた王宮騎士団や冒険者を背に、分厚い壁を為す魔物の群れを前にして不敵な笑みを浮かべて立ち塞がる。黒のローブが風に揺れ、黒の三角帽子は形を変える。真紅に輝く宝珠を湛える杖を持ったその姿は、童話に出てくる正義の魔法使いの様だった。

 

『Guuuu…‼︎』

 

突如として現れた外敵に一度魔物達が怯むとその直後、杖の先端から一本の熱線が魔法使いの背後。即ち傷付いた王宮騎士団達の前に引かれる。

 

「これより先は一歩も出るな。巻き込まれる」

「…は。あ、あんたは一体––––」

『そのまま動かないで。ご主人は最高火力を繰り出すつもりだ、無闇に近づいたら消炭にされちゃうよ』

 

混乱しているのか、ご主人に手を伸ばそうとした団員の袖を引っ張る。その直後、重い地響きと共に杖から紅い極光が瞬く。近く事すら叶わなぬ熱量に、自身の黒い毛並みがチリチリと音を立てるのが聞こえる。

 

「塵の一つも残さん––––––– 『火矢(ファイア・ボルト)』」

 

直後、極光が爆ぜた–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

「………あ、あぁ」

 

––––私は今、夢を見ているのだろうか。

 

私は、いや、私達は確かに危機に瀕していた。街道の向こうから突如として現れた魔物の大群。魔物には有り得ない統率された動きでこちらの戦力を削り、遂には戦線を崩壊せしめようとした矢先。オークの振りかざす棍棒に瞳を閉じた瞬間に、その者は空から降ってきた。

 

 

「––––––––さぁ魔物共。牙を、爪を、知恵を、すべてを持って掛かって来るがいい。私はその全てを踏み越え、我が魔導の栄達を不変の物としよう」

 

 

声の節々から感じる自負の現れ。肌にピリつく魔力の波動。黒一色に統一されたローブに、眩い程に輝く宝珠の杖。絶対絶命の状況に現れた彼は、まさに物語に出て来る主人公の様だった。

 

「あ、あんたは一体…」

『そのまま動かないで。恐らく、ご主人の最高火力だ』

「…はぁ」

 

腕を引っ張られた先には、言葉を話す黒猫が佇んでいる。正直、何がなんだかさっぱりだ。これが夢なのか現実なのか、その判断をしかねていた瞬間。正に、刹那だった。

 

「『火矢(ファイア・ボルト)』」

 

簡素な魔法名から一転。膨大な熱量に轟音、紅の閃光が響く。それに付随する様に肉が焼け焦げる異臭が一瞬にして広がり、そして灰の匂いへと変貌する。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

 

鎧の上から肌が焼ける様な感覚に襲われ、自分という存在が沸騰してしまうのではないかと恐怖し視界を閉ざす。

そうして紅の閃光と轟音が徐々に消え、閉じていた眼を再び開ける。

 

「…へっ」

 

––––そこには、何もなかった。

地面に生えた草、乱雑に置かれた岩、赤茶色の大地。無論魔物の大群は、その姿を見る事が出来なかった。肉体も、骨も、皮も、まして死骸すら残っていない。ただそこにあった景色は、黒一色に染まった大地ただそれだけだった。

 

「……ふむ、炎の錬金術師の様には行かないな」

 

否、たった一人。その黒い大地に佇んでいた人物がいる。こちらから顔を見る事は出来ないが、不機嫌そうに何かを呟き、杖を構える人物。

 

『気をつけてご主人。一帯は焼き払えたかも知れないけど、生き残りはまだいるよ』

「わかっている…だが、勝敗は決した様だぞ」

 

その声から、運良く紅の極光から逃れた魔物達を見遣る。先程まで感じていた殺気はもはや感じられず、その瞳には恐怖の色が見て取れた。

それを魔法使いも重々承知していたのだろう。杖の先から小さくない「ボン」という炸裂音を出すと、やがて蜘蛛の子を散らした様に魔物達がキャラバンから離れていく。

魔物達が逃げ去っていくのを、何処か夢見心地で見送る。生き残ったとか、助かったとか、そんな感情が芽生えたのは、魔物達の姿が完全に消えてからだった。

 

「た、助かった、のか…?」

「生きてる…俺たち…生きてる…」

 

やがてその感情は方々へと広がっていき––––––。

 

 

「「「「や、やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」」」」

 

 

そして、歓喜の渦が夕焼けの平原に巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

『–––––で?態々全力火力を使ってヘロヘロになっているご主人?今が何時かわかっているのかい?』

「……うるさい」

 

すっかり夜が更け、綺麗な星空と月が夜空を彩る中を箒がヘロヘロと飛んで行く。

 

『約束のお昼過ぎにはとうに間に合わなかったね。やれやれ、なんて言われることやら…』

「お前は死力を尽くした主人に労いの一言もないのか愚眷属…‼︎」

『勝手に死力を尽くしたのはご主人じゃないか。そもそも、かすり傷程度の軽症の人も全て治療するから魔力が枯渇するんだ。あれだけの人を殆ど一人で介抱したら、それこそ魔力の泉だって枯れ果てるよ』

「黒猫ォ…!」

『そんなに僕のことを恨めしそうに見ても魔力は回復しないよ。ほら、急がないと日付まで変わってしまう』

「おのれ…覚えておけよ…‼︎」

『今の言葉は悪い魔法使いらしいと思うよ。もっとも、三流の魔法使いだけどね』

 

疲労困憊の様子の魔法使いだが、やがてバツが悪そうに肩を竦める。

 

「…ギルドマスターはきっと怒っているだろうな」

『……どうだろうね。もしかしたらそうかも知れないし、そうじゃないかも知れない』

「曖昧だな」

『けど、怒られるときは僕も一緒に怒られてあげるよ。それだけは保証する』

「–––そうか。しかし、なにも苦労だけではなかったからな」

 

黒猫が背を向けたままの言葉に魔法使いが微笑むと、懐から黄色の扇状に広がる草を取り出す。仄かに甘い香りを漂わせるそれだが、黒猫がそれを見て『おぉ』と声を上げる。

 

『驚いた、それはクコの葉じゃないか。それだけの束は見たことがないね』

「万能薬と誉高い薬草だな。原生地域が極めて少なく、しかも栽培も出来ないこともあって貴族達で高値で取引されている物だ。キャラバンの団長から譲ってもらった」

『凄いじゃないか。それを基に研究を進めるのかい?』

 

黒猫の言葉に「…いや」と首を振ると、黒猫は目を見開く。

 

「これはメルクリウス財団を通じて貴族達に捌く。ただでさえ貴重な物だ、作れるかもわからん物にリソースを全て割くことは出来んさ」

『けど、貴族達が使っても精々が重い風邪に用いられる程度だよ。それならいっそ、ご主人が研究を進めた方が…』

「全部売る気は無いさ。少しくらい研究に使ってもバチは当たらんだろう。それにな」

『それに?』

「これを売って得た金を使ってもっと多くの薬草や材料を買う事が出来れば、そっちの方がお得だろう?亅

 

そう言ってニヒルに笑う魔法使いに、黒猫は『やれやれ』と肩を揺らすが、けれど楽しそうに笑う。

 

「なぁ黒猫。俺の目的は変わっていないぞ」

『そうだろうね』

「全ての病、怪我を退ける、神の血液にして真の万能薬である『万能薬(エリクサー)』を作り上げる。それこそが、私の目的なのだから‼︎」

 

子供が絵空事を親に語る様に、キラキラとした目を伺わせる魔法使い。その輝きは、夜空に瞬く星々よりも輝いていた––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…その前に、まずはサレンちゃんに怒られる覚悟をしないとね』

「––––憂鬱だなぁ」

 

輝いていた––––––––?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




魔法使い
多種多様な魔法を使いこなせるが、中でも炎系統の魔法を好んで使用する。度重なる薬物によるドーピングによって、人類の保有する魔力量の最高値を叩き出している。戦闘センスが乏しい故に、自らの魔力量に物を言わせた広範囲高火力魔法を短い詠唱で連発する人間戦略兵器。

魔法使いの杖
深いエルフの森に聳える御神木の枝と竜の守りし財宝を合わせて作られた至高の杖–––––と本人は言っているが、実際はどの様な素材を用いられているのかは不明。

万能薬《エリクサー》
魔法使い曰く「神の血液」「万病を退ける秘薬」。不可能を可能すると言う面では「賢者の石」に近しいと言える。それを口にした者は全ての異常から身体を克服すると言われている。

火矢(ファイア・ボルト)
火矢と呼称されるが、その実炎の柱を出現させる魔法使いの使う広範囲高火力魔法の一種。魔法に明確な温度の基準は無く、魔導書には「万象を焼き滅ぼす」と記載されている。矢の一語は神の心臓に突き刺さる炎の矢との意味合いから取られている。


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