『お、お嬢様‼︎落ち着いて下さい‼︎』
『落ち着いてなんて居られないわ!子供達が苦しんでるの、今すぐ医者を呼びに行ってくるわ‼︎』
轟々と雨と風が叩きつけられる中、私と彼女––––スズメは言い争いをしていた。
『無茶ですよ!こんな酷い嵐の中街まで行って、それでお医者様を連れてくるなんて‼︎』
『けど!こうしている内に子供達が…‼︎』
視線の横にベットに横たわった何人もの子供達。額に濡れタオルが置かれ、苦しそうに息をするその姿は、見ていてとても痛々しい。
『それに、お医者様だってこんな嵐の中来てくれませんよ!最近は王宮からの援助も減って、医者の数だって凄い減っているのに…』
『だからって見殺しには出来ないわ!拒んだら最後、首元掴んででも……‼︎』
『お、お嬢様〜!』
静止させようとするスズメを振り切って、外へと繋がる扉を開く–––––––そこには、魔法使いが居た。
『あぁ、えぇと、突然の来訪、本当に申し訳ない。見ての通り酷い嵐でな、少しの間雨宿りさせてくれると助かるのだが…』
突然扉が開いた事に驚いたのだろう、少し気の抜けた声で話す。
黒一色のローブに黒のとんがり帽子がずぶ濡れで、裾からポタポタと雨水が垂れる。心底申し訳なさそうに口を開くその胸元には黒い猫がくたびれた様に収まっていて、その姿はまるで演劇の世界から飛び出た様だった。
私はその時事情があって気が焦っていたけれど、その姿を見たら思わずぽかんとしてしまったことをよく覚えている。
『いや、すまない。突然の事だし、見ず知らずの男性を入れる事には抵抗があるだろう。しかしどうだろう、俺はともかく、この黒猫だけでも入れてやってくれないだろうか。決して鳴かないし、家具にも傷をつけないことを約束する。だから–––––––』
『い、いえ!全然大丈夫ですよ。ただ、その、今は……』
私たちが少女だとわかると直ぐに言葉を変え、猫を預かるよう頼み込む。その言葉に隣にいた私の従者–––––スズメが慌てて口を開いたが、様子がおかしい事にその魔法使いは直ぐに気がついた。
『…何かあったのか』
『……実は』
気が動転していて、藁にもすがる思いだったのだろう。スズメはその魔法使いに事情を洗いざらい話した。現在の救護院の中で病気が流行っていて、子供達が苦しんでいる事。その中でも何人かの症状が悪化していて、このままじゃ命に関わる事。そして、私がこの嵐の中医者を呼びに行こうとした事。辿々しく、余り容量を得ない説明だった。にもかかわらず、その魔法使いは目を細めてこう言った。
『何を馬鹿な。こんな嵐の中街まで行って医者を連れてくるだと?そんなことをしている間にも子供達が死んでしまう』
『…なっ!アンタねぇ、他人事だと思って‼︎』
あまりに無責任な発言に我を忘れ、その首元に掴みかかる。
『それにな、こんな嵐の中街へ行ってお前が怪我をしてしまったら、子供達はなんと思うかな』
『…なら!他にどうしろって言うのよ‼︎』
子供達が不安そうに見ているのも忘れ、私は思わず怒鳴り返す。すると魔法使いは何故か微笑み、掴んでいた手からするりと抜け出す。
『交換条件だ。この嵐が抜けるまで俺をここに居させろ。その対価として、俺が子供達を治療してやる』
『信用しろって言うの⁉︎あんたみたいな不審者を⁉︎』
『えぇい、誰が不審者だ!どう見ても魔法使いだろうが!』
『どう見たって不審者にしか見えないわよこの不審者‼︎』
『お嬢様!言いたいお気持ちはわかりますが、今は…』
スズメの言葉に我を取り戻し、こほんと咳払いをする。
『…本当に治せるのね、子供達を』
『無論だ。何せ、私は魔法使いだからな』
やけに迫力のある言葉とともにその魔法使いは濡れたローブを脱ぎ捨てて––––––––––。
________________________
「–––––––んぅ」
ぼんやりと焦点の合わない視界に入ったのは、白色無地のマグカップだった。
「あれ…確か…」
眠い頭を無理やり働かせて身体を起こす–––すると、肩に掛けられていた何かが床に落ちる。
「これは…」
床に落ちた物に視界を向ける。それは暗いの中では殆ど見えないほど黒いローブの様な物で、そして微かに薬品の匂いがした。
『–––ちょっとご主人。そんな体で何をしようって言うのさ』
そのローブにまさかとハッとした途端、丁寧な言葉遣いの言葉が聞こえる。間違いない、あいつの黒猫だ。
「ブランコの紐が痛んでいたからな。少し修繕してやろうと」
(はぁ⁉︎あいつ何言ってるの⁉︎)
なるべく音を立てない様に1人と1匹の方を見ると、そこには薄手のシャツに工具を持って心底不思議そうに首を傾けるアイツと、それを止めようと玄関に立ち塞がる黒猫の姿が見えた。
『何を馬鹿な、そんな魔力が枯渇した状態でやったら怪我するよ』
「たかが遊具一つ直すのに魔力は要らんよ。お前は倉庫から手頃な紐を持ってきてくれ」
『別に急がなくたって良いじゃないか。明日のお昼にでも直せばいいだろう?ほら、今日はもう休もう?』
「ふふん、馬鹿だな黒猫。さては貴様、朝一に1人でやるブランコの楽しさを知らないと見たな。誰にも気を使わずに使えるブランコは格別なんだぞ?」
『そんなの知るわけないだろう…って、ちょっと!』
「それじゃあ俺は外に行っているから、お前は紐を頼むぞ」
留める黒猫の静止も聞かずに静かに戸を開けて外に出る魔法使い。それを『やれやれ…』と首を振った黒猫が見送り、ため息を零す。
『全く、あれで悪い魔法使いを名乗ろうって言うんだからお笑い種だ。あれじゃ精々、町のみんなから慕われる薬屋さんが精々だね。サレンちゃんも、そう思うでしょう?』
「…気づいていたのね。まぁ、床にローブを落とした音で気づくわよね、普通」
『まぁね……改めて久しぶり、ギルドマスター。元気そうで何よりだよ』
「あんた達が約束の時間に来てくれたら、私はもっと元気だったでしょうね」
『…耳と心が痛いよ』
耳を垂らししゅんとする黒猫に「そんなに気にしなくて良いわよ、事情は大方トモちゃんから聞いてるしね」と苦笑する。
『そう言って貰えるとありがたいよ…けどサレンちゃんだって、盗み聞きなんて酷いじゃないか。君が起きて説教の一つでもしてくれたらそれで事は丸く収まったのに』
「起きるタイミングを逃しちゃったのよ、仕方ないじゃない」
『本当かなぁ…?』
「本当よ、本当」
『……まぁ良いか』
もとよりそんなに追求する気もなかったのだろう、あっさりと引き下がった黒猫は私の前にある机に軽い足取りで登り、二本の尻尾をゆらゆらと揺らす。
『それで実際、ブランコに使えそうなロープや紐って此処の倉庫にあるの?』
「えぇ、確か奥の木箱にクルミの演劇の練習に使った物があった気がするわ」
『それは良かった。それじゃあ僕は急ぐけど、サレンちゃんはベットで寝る事をお勧めするよ。まだ午前を回ったばかりの夜更けだしね』
「誰のおかげで机に突っ伏して寝たと思っているのかしら〜?」
わしゃわしゃと両手で黒猫の顔を撫で回すと『ごめんごめん』と謝る–––とは言っても、悪いのはこの子じゃなくてあの魔法使いなのだから、あんまりからかうのも悪いわね。
「お陰で目も覚めちゃったし、私は外に行ってあいつにお小言の一つでもお見舞いしてくるわ。黒猫はロープを持ってきて頂戴」
『わかったよ。ご主人によろしくね』
地面に落ちていていた黒いローブを再び羽織る––––やっぱり、すこし薬臭い。あまり音を出さない様静かに戸を開けて外に出ると、満天に光る星と月が彩る夜空が見える。
「––––むむ、やはり劣化が酷いな。よく遊んでいる証拠で大変結構だが、使っているうちに壊れてしまっては不味いな」
日中は暖かいけれど、深夜は少しばかり肌寒い。そんな中にも関わらず、シャツをまくって真剣な眼差しでブランコと睨めっこをしている魔法使いを見つける。
「折角だし天板も交換するか…?いやしかし、材料が無いし–––––む」
私が近づいてきた事に気がついたのか、ブランコを眺める手を止めて罰が悪そうな表情を浮かべる–––本当、変な所で正直なんだから。
「ギ、ギルドマスターか。こんな夜更に起きるなんて感心しないぞ。早くベットで休むが良い」
「そうね。あんたも早く休むって言うなら私もそうしようかしら」
「…黒猫に何か言われたな」
「さぁ、どうでしょうね?」
「おのれ愚眷属…!余計な事を吹き込みおって…!」
忌々しげに呟くが、それが本心からの言葉では無い事はわかる。なんだかんだって、彼も黒猫に救われている部分があると知っているからだ。
「それより?私に何か言うことがあるんじゃないかしら?」
「…あー、その、なんだ。つまりだな」
口籠る魔法使いにピシャリと口を開く。
「はっきり言いなさい、はっきり」
「うっ…その、約束を破ってしまって申し訳なかった。この埋め合わせは必ず–––」
「別に良いわよ。事情は荷物を届けてくれたトモちゃんから大方聞いてるしね」
「……それならなぜ謝罪を強要したのだ」
「あら、別に強要なんてしてないわ。言わなきゃいけない事があるんじゃないかって言っただけよ?」
飄々と笑う私に心底不服そうな魔法使いは口を尖らせ愚痴を零す。
「強かな女め。可愛げがないと嫁の貰い手が無くなるぞ」
「何か言ったかしら?」
「いえ何も」
何か余計な事を言いかけた彼の口を威圧感を出して黙らせる。
「…それにしたって、もう夜も更けているぞ。いい加減眠った方が良いのではないか、どうせ明日も忙しなく働くのだろう?」
「明日は休みよ。あんたが送ってくれてる仕送りのお陰で、少しは余裕が出てきたからね」
「ふん、我が覇道に金など不要だからな」
「どの口が言うのよどの口が…。言っておくけど、あんたがギルド管理協会から結構な数の依頼を受けているのは知っているからね」
「さてな。そんなこともあったやも知れん」
「あんたねぇ…」
知らぬ存ぜぬとしらを切る魔法使いに呆れ混じれの声が出るが、なんとなく魔法使いらしいと次第に笑う。
その言葉を皮切りに静寂と微かな夜風の音が響くのみとなる。揺られた草木がさざめき、私の羽織っている黒のローブが揺れる。
「…ねぇ。最近全然顔を出さなかったけど、忙しかったの?」
「うん?そうだなぁ…まぁ、色々とな」
「色々って、例えば?」
「本当に色々だ。メルクリウスのじゃじゃ馬娘から空飛ぶ箒の開発をしろとせがまれたり、エルフの幼い少女に薬を売ったり…あとはそうだな、聖テレサ女学院で臨時講師をやっていたりしていた」
「本当に色々あったのね…って、聖テレサ女学院の臨時講師ってどう言うことよ⁉︎あそこ確か女子校よね⁉︎」
しかも聖テレサ女学院と言えばランドソルでも有数のお嬢様学校で格式も高い。少なくとも、普段から黒いローブに黒の三角帽子と言った不審者コーデの彼と縁があるとは到底思えない。
「偶々縁があってな。まぁ、俺ほどの優秀な魔法使いならば当然とも–––」
『それはね、ご主人がお給金の額に目が眩んで申し込んだんだよ。面接の時に柄にもなく正装した姿は思わず笑っちゃったね』
鼻高々に誇ろうとした矢先、呆れ三割からかい七割と言った笑い声で紐を加えた黒猫が現れる––––なぁーんだ、そう言うことか。
「…黒猫。お前は明日から当分魚は抜きだ」
『それは酷い。こうなったら、当時のご主人の格好を赤裸々に語るしか…』
「–––と思ったが気が変わった。だからお前も気を変えろ」
『しょうがない。それじゃあ僕も気を変えるとしよう』
「…あんた達って本当に仲が良いのね」
「待て、その言葉には極めて誤解があると俺は思うぞ」
「とにかく、あんたも早くブランコの修理を終わらせなさいよね。じゃないと私も寝れないじゃない」
「いや、お前は寝た方が良いのだがな…」
「なんか言った?」
『ほらほらご主人、手が止まっているよ』
「ぐぬぬ…!」
悔しそうに顔を歪め、けれど楽しそうな彼は黒猫から紐を受け取ってブランコの修理を始める。私と黒猫はその様を眺めながら、三人で時間も忘れて話していた––––––。
___________________________________
「–––––––––うーむ…」
サレンディア救護院にある空き部屋の一室にて、呻き声を上げながら1人の男がゾンビ宜しく起き上がる。目の下を真っ黒な隈が走り、音もなく大きな欠伸を噛み殺すと、のそのそとベッドから降りる。
『おはようご主…うわ、凄い顔』
「黒猫かぁ…すまんが、いつものポーションをとって来てくれないか?」
『なに言ってるのさご主人。ここはいつもの家じゃないよ』
「…そうだったなぁ。こうなるんだったら持ってくれば良かった」
『魔力切れを起こした次の日は大体こんな感じだね。だから早く寝ればよかったのに』
「いつ寝ても変わらんよ…それより顔を洗ってくる」
『はいよ〜』
黒猫に見送られながら、魔法使いは外にある井戸へ向かう為に外に繋がる戸を開く。
「…うむ?」
すると、そこには金色の髪の美女が先客として顔を洗っていた。髪を後ろで一つに纏め、白の寝巻きに袖を通し朝日を背に佇むその姿は誇張なく女神の様だと、寝ぼけた魔法使いは寝ぼけた頭なりに考えた。
「あら?アンタも早いわね…って、酷い隈。ちょっと大丈夫?」
心配そうに顔を近づけてくるその輪郭をはっきり認識すると、それが女神ではなくサレンだということがわかった。
「ぬ…なんだ、ギルマスか。てっきり女神かと思ったぞ」
「なっ…⁉︎お、起き抜けになに言ってんのよアンタ⁉︎寝ぼけてんじゃないの⁉︎」
「そうかもなぁ…」
「っていうか、前々から言おうと思ってたんだけど、そのギルマスって言い方やめてくれないかしら?なんだが他人行儀で嫌だわ」
腰に手を当てて不満そうに口を尖らせる彼女に、魔法使いは寝ぼけた頭で答える。
「そうだなぁ…」
「…ちょっと待ってなさい」
ぼんやりとした様子の魔法使いにサレンは嘆息すると、徐に井戸に向かい、バケツに井戸水を入れる。それを持ち上げるとニコニコと笑いながら「いい加減に…」と構え––––。
「目を覚ましなさい‼︎」
その水を、魔法使いの顔面にぶちまけた。
「冷たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎おいギルマス⁉︎なにをする‼︎」
「うるさい!アンタが寝ぼけているのが悪いんでしょ‼︎」
顔から冷水を叩きつけられた魔法使いの意識はすぐに覚醒し、そして暴虐の限りを尽くしたサレンへと口撃を始める。
「だからって水をぶち撒ける事はないだろう⁉︎一々やり方が雑なんだよ‼︎」
「雑ですって⁉︎アンタねぇ…!」
このまま喧々諤々の言い争いが始まる–––––と思いきや、『お嬢様〜!魔法使いさーん!朝御飯ですよ〜‼︎』との声で言い争いは中断される。
「…折角の朝飯が冷めては勿体ない。今日はこの位にしておいてやる」
「それはこっちのセリフよ。…あと、これ」
サレンから白のタオルが手渡される。
「それで顔を拭いてから来なさいよ。子供たちがアンタを真似て濡れたままで出歩いたら大変だからね」
「わかっている。先に行っていてくれ」
「アンタ、子供たちにやけに懐かれてるんだから」と言いながら救護院に入っていく彼女を背にタオルで顔を拭うと、ふぅと一息つく。
「さて、俺も行くか」
拭いたタオルを肩にかけてその後を追いかける。なにをした方が子供達に喜ばれるのかと考えながら、魔法使いは救護院の戸を潜ったのだった–––––。
________________________________________
「–––よーし餓鬼ども!これからゴーレム鬼ごっこをやるぞ‼︎」
「「「おぉーーーー‼︎」」」
「ルールは簡単!俺が作るゴーレムから10分逃げ回った子供の勝ちだ!但し!ゴーレムの数は時間と共に増えていく!勝ち残った子供には俺特性の焼き菓子を食べる栄誉が与えられる‼︎全員気張れよ‼︎」
「「「おおーーーー‼︎」」」
「ではこれより30秒数える!全員隠れろ‼︎」
『…楽しそうだねぇ』
どこぞの国の指導者の様に仰々しく高らかに宣言する魔法使いを尻尾を揺らしながら見守る。子供達はそれはもう興奮して楽しそうだが、一番楽しそうなのはなんだかんだうちのご主人かもしれない。
「子供達が楽しそうでよかったですね。最近魔法使いさん、救護院に顔を出していませんでしたから」
『なんだかんだ言ってご主人も来たがっては居たんだよ?けどほら、彼あぁ見えて遠慮しぃだから』
「言えてるわね。どうせあれでしょう?呼ばれもしないのに行って良いのかって悩んでたんでしょ?」
『そうそう。流石サレンちゃんだね』
「あいつがわかりやす過ぎるのよ。あぁスズメ、お茶を淹れてくれる?」
「わかりました。黒猫さんもミルクは如何ですか?」
『ありがとう。温めだと嬉しいかな』
「勿論です!ちょっと待ってて下さいね」
パタパタと厨房へと走っていくスズメちゃんを見送り、再び子供達と戯れるご主人を見る–––––––おぉ、犬型のゴーレムなんて珍しい。という事は、この前態々ゴーレムについて夜な夜な研究していたのはこの為だったのか……なんだか、言っていて悲しくなったな。
『ご主人は、本当に悪い魔法使いを目指しているんだろうか…』
「…ねぇ。ずっと聞きたかった事があるんだけど」
『なんだい?』
「魔法使いの名前。本当に知らないの?」
『知らない。というより、彼が話したくないんだろうね』
ご主人の名前。そんなもの、自分だって知りたいくらいだ。彼は絶対に名乗らないし、誰かに聞かれても似合わないニヒルな笑みを浮かべて誤魔化す。
「理由は知ってるの?」
『知らない………いや、待って。興味深いことを言っていた様な気がする』
「興味深い事?」
『ずっと前に一度、酒に酔って酩酊していた時に名前を聞いたんだ。そうしたらご主人は「ロールプレイ中に本名はご法度だろ」って。それを言ったら眠っちゃったけどね』
「ロールプレイ?何かを演じているって事?」
『詳しいことはなにも。けど、演じているっていうのは何か、今のご主人に近いとは思うけどね』
ロールプレイ、役を演じる。お酒に酔ったご主人がぽろっとこぼしたその言葉は、今のご主人の姿の様に思える。
自らの思う『悪い魔法使い』を演じる––––まぁ演じられていない訳だが–––––のは、なんらかの理由があると言う事なのだろうか。
『まぁ見ての通り根っこからの善人だから、何か理由があるとしても後ろめたい理由はないと思うけどね』
「それはそうでしょうけど…まぁ、理由は話してくれなさそうよね」
『背負い込む性質だからねぇ。けど、どうしようもなくなったら話すと思うよ。潰れるようならそうするだろうし』
「結局は待つだけなのね…少し歯痒いわ」
『それより、サレンちゃんは良いの?見ての通りの善人かつ非正規とは言え、素性のしれない人間をギルドに引き入れるなんて』
「素性なんて、普段のあいつを見てればわかるわよ。無類の子供好きって事がね」
『違いない』
サレンちゃんの言葉にカラカラと笑い、ぷかぷかと空に浮かぶ雲を見上げる。
『そう言えばこれは独り言なんだけどね』
「なによ、藪から棒に」
『ご主人は今、真なる万能薬を作る為に研究を重ねているんだ。もしそれに関わるような書物や薬草があったらそれとなーく伝えれば、きっとご主人は泣いて喜ぶと思うよ』
「真なる…万能薬?なによそれ、クコの葉や不死鳥の尾羽の事を言ってるの?」
『詳しいことは何にも。只ご主人はそれを作るためにご執心だ。彼に恩を感じているのなら、そっち方面で協力してあげるのが良いんじゃないかな?』
『ほら、サレンちゃんって借りを作ってばかりだと落ち着かない性格でしょ?』と話せば完璧だ。ここまで言ったら、彼女は必ず動いてくれる。
「…成る程ね。わかったわ、少しばかり私で探りを入れてみる」
『宜しく頼むよ。ご主人1人だと限界があると思うからね』
「任せなさい……それとなんだけど」
『何かな?』
何やら言いにくそうに言葉に詰まる彼女を珍しいと思いながら視線を向ける。やがて意を決したのか、「あのね」と綺麗な声色で話し始める。
「無理をしない範囲で良いから、あいつにもっと救護院に顔を出すように伝えてもらえないかしら?」
『…それは別に構わないけど、サレンちゃんから言ったほうが良いんじゃないかな?』
「そ、それは…そうなんだけど…」
何故か恥ずかしがる様に口籠る彼女–––––––瞬間、自慢の二本の尻尾が何かを鋭敏に感じ取った。
『いや、わかったよ。皆まで言わなくて良い』
「えっ、ちょ、黒猫?」
『ご主人と会う時間を増やしたいんだろう?お安い御用さ、僕の口に任せて貰えれば、きっとご主人をその気にさせてやれる』
「いや、そうじゃなくて…!」
『なに、報酬は鰹節二本…いや三本で良いよ。ちょっと待っててね、すぐに話をつけて来るから』
「だ、だから違うんだってば!私は––––––‼︎」
「ぷう吉フルスイーング‼︎」「なんの!行けゴーレム兵団‼︎彼女を捕らえれば褒賞は思いのままだぞ‼︎」と、もはや鬼ごっことはいえないナニかを楽しんでいるご主人に向かうと、慌ててサレンちゃんが飛び出して来る。
そんな惨状を見て、今日はなんて平和な日なんだろうと思いながら、私は善行を為すために奮起するのだった–––––––––。
魔法使い
サレンディア救護院に非正規として所属している。口振りこそ尊大だが、子供達に激甘な態度を見せて良くギルドマスターに怒られている。ゴーレムやお菓子作りは全て子供達の為に覚えたらしい。
黒猫
魔力の痕跡を見ることの出来る魔眼を保有している。普段は魔法使いに対して辛辣だが、それは魔法使いを想っての忠言でもある。主人が何故魔法使いらしく振る舞っているのか不思議に思っているが、絶対に聞こうとはしない。それもまた、彼の信頼の形の一つだ。
犬型ゴーレム
魔法使いが独自に研究、開発した愛玩動物型防衛機構。「おすわり」「待て」「がんがん行こうぜ」「命だいじに」等簡単な命令を遂行できる低レベル自立機構を搭載した、ある種革新的な人工ゴーレム。只、その機構の殆どは子供達と遊ぶ為にのみ使われている、極めて残念な兵器である。
ポーション
常用タイプの魔法薬–––––と言えば聞こえはいいが、実態は人間の身体に作用し本人の魔力量を底上げする薬物。味は苦虫と薬草を煮詰めた程に苦く、見た目は毒々しい程に緑色。色、味共に変えられる余地はあるが、魔法使い曰く「他者による誤飲を防ぐ為の処置」としてそのままにしている。そもそも真っ当な人間なら試験官に入った毒々しい色の液体を口にしようとは思わない…が、過去に一度例があったとか。「カービィでももう少し選り好みする」とは彼の言だ。
サレンディア救護院の人々から見た魔法使い
サレン
「はっきり言って変な奴よ、名前だって明かさないし…。けど、あいつが子供達を本当に想ってくれているのはわかるの。子供の誰かが風邪を引いたら何を差し置いてもすっ飛んでくるし、子供達の為に果物の木を植えたり、勉強を教えたり。そして、悪い事をした子供にはしっかりと叱る。これって、子供達を大切に想っていないとできない事よ。だから…その…あいつはいい奴よ」
スズメ
「初めて会った時は服装も相まってちょっと怖かったですけど…今はすごい頼りになるお兄さんって感じです!料理洗濯家事炊事、おまけに勉強まで、なんでも完璧に熟しちゃうんですよ!それに、あの人は知らんぷりしてますけど、私が割ってしまった食器をこっそり買い直したりしてるんです。口振りがちょっと変ですけど…本当に優しい魔法使いさんです。けど、あの人の名前は魔法使いさんで良いんでしょうか…?」
アヤメ
「お菓子作りがとっても上手なお兄さんだよ!…あっ、魔法使いさんって呼ぶように言われてるんだった。えぇと、魔法使いさんはお菓子作りがとっても上手な人なんだ。この前貰ったクッキーなんかすっごく美味しくて!また作ってくれないかなぁ…」
クルミ
「えぇと…その…優しい魔法使いさんです。あんまり多くは来てくれないけど、たまに来た時は私にもいろんなお話をしてくれて、演劇の練習も見てくれるんです。けど、どうしてあんなにお芝居に詳しいんだろう?」