魔法使いは夜明けが見たい   作:あーけろん

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魔法使いの幕間:I

 

「––––––––む。またか」

 

朝日が登ったばかりの早朝。ご主人がポストの前で日課の郵便物チェックをしていると、その中の一通に目を通してポツリと独り言を漏らす。そして、自分はその手紙に心当たりがあった。

 

『もしかして、またお貴族様から薬の催促かい?』

「そうだ。なんでも、薬を献上する栄誉を賜るだそうだ。全く、あんな木っ端貴族に栄誉など讃えられたくもないわ」

 

やれやれと肩を竦めながら何通かの手紙を持って家の中に入ると、乱雑に椅子に座って手紙を机に広げる。

 

『ギルド管理協会を通した納品の依頼が3件と、お貴族様からの依頼が1件。流石ランドソル一の薬師だね』

「俺は薬師などではない!それに、ランドソルの薬師と言えば『トワイライト・キャラバン』のミツキがまず上がるだろうよ」

『彼女は薬師というより医者だからね。それにほら、あそこのギルドって色々曰く付きだろう?』

「荒事の絶えない奴らではあるからな…」

 

そう言ってため息を零すご主人。彼女らとは因縁浅からぬ関係だし、思うところも色々とあるのだろう。

 

『それより、例のお貴族様に薬は納品するのかい?』

「しない––––と、言いたいがな…」

『金払いだけは良いからね、貴族様って』

「それに、貴族自体は語るに及ばんが、彼の取引相手である商人達や薬を欲している人達に罪はないからな。精々高くふっかけてやるさ」

『悪どいねぇ…』

 

納品書に目を通しながら紅茶に口をつけ、熱心に在庫表と睨めっこするご主人。言ったら機嫌を悪くするから言わないが、はっきり言って職人の朝の様だ。

そのままご主人が確認を終わらせるのを見計らって、自分が『ねぇ』と口を開く。

 

『それよりだけど、例の件、本当にやるのかい?』

「例の件?なんだそれは」

『惚けないでよ。この前街道で襲われたキャラバンの件、ギルド管理協会から調査の依頼を受けたんだろう』

 

街道で大量の魔物に襲われたキャラバンだったが、その理由については未だに解明されていない。魔物を刺激する様なものは運んでおらず、又、魔物の巣を悪戯に荒らしたわけでもなかったからだ。

この件は『プリンセスナイト』からギルド管理協会を通してランドソル中に周知され、魔物を討伐するギルドや散策系のギルドに対し不審点が有れば報告するように求められている。価値ありとみなされた情報には報奨金も出るというが、特にこれと言った決定的な証拠は出ていないのが現状らしい。

 

「あぁ、その件か。カリン嬢から頼まれたし、なにより俺も思う所があったからな」

『思う所?』

 

納品書を手早く一纏めにし棚の中に収納すると「あぁ」と一度頷き、カウンターにある鍵の掛けられた引き出しの一つから一冊の本を取り出す。霞んだ赤色に丁寧な装飾が施されたその本は、ご主人の調合部屋にある古本群とは一線を画しているのが一瞬で見て取れた。

 

『これは?』

「俺が真なる万能薬を探求する上で古今東西あらゆる書物を漁った事は知っていると思うが、これは集めた本の中でも特に異質を放つもの–––即ち、『奇跡の種類』を示した書物だ」

『奇跡の種類?』

 

「あぁ」と相槌を入れると、頁を捲る。

 

「この本によれば、奇跡にはいくつかの種類があるそうだ。随分と長いから端折るが、例を上げると…万物に姿を変えられるもの、万象を作り上げるもの、千里先すらも見通すもの–––まぁ、色々だな」

『随分と突拍子もない話だね–––––ちょっと待って。まさかそれって…』

「その通り。そしてこの本の中の奇跡には『魔物を操る奇跡』も記されていた」

『魔物を操る奇跡…つまりご主人は、この前のキャラバン襲撃はその『奇跡』とやらの仕業だって言いたいわけだ』

 

「そういう事だな」と淡々と話すご主人を見る。突拍子もない話ではあるが、彼の目を見てもふざけて言っている様には見えない。つまりご主人は、本当にその可能性があると思っているんだ。

 

『あまりに突拍子もない話じゃないかな?そもそも、そんな奇跡なんて存在するかもわからない–––––』

「いや、必ずある」

『–––まだ言い終えて無かったんだけど』

 

自信ありげ、というより、明確な確信を持った言葉に思わずたじろぐ。ここまで確信めいた口調で話すご主人は初めてだ。

 

『どうしてそんな御伽話のような奇跡があるって確信があるのさ』

「あんまり詳しい話は言えない。だが、その本に書かれている事は全て本当だ」

『…どうして断言出来る?言いたくはないけど、今のご主人は只信じたいものを信じているだけの愚者に見えるよ』

 

影に『あなたはそんな愚か者ではない』と匂わせるが、そんな事は露程にも関せずご主人は紅茶を口に含む。

 

「言ったろう?あまり詳しくは話せない、と。…まぁ、悪いとは思っている」

『…はぁ。言いたくないなら良いけどね』

 

居心地の悪そうに肩を竦める彼を見て、これ以上追求するのは気が引けた。前から秘密があることは知っていたのだ、別に一つや二つ増えたところで別に変わりはしないだろう。

 

『それで?今日から調査に向かうのかい?』

「あぁ。一度ギルド管理協会に顔を出してからな」

『そっか。それじゃあ今日はお休みだね』

「玄関の立て看板に既に書いてある。その前に、まずは朝ご飯を食べようか」

『そうだね、そうしようか』

「朝ご飯はなにが良い?魚の燻製かソーセージがあるが」

『今日の気分的にお肉かな』

「ん、それじゃあ少し待っていろ」

 

軽やかな足取りで厨房へと向かうご主人を見送り、くぁと一つ欠伸をする。さて、朝ご飯が出来るまで二度寝でも……。

 

–––––––ごめんくださーい。

 

『…うん?』

 

宅配の人だろうか、こんな朝から誰か訪ねてきたようだ。厨房の方へ視線を向けるが、そこからはこんがり塩味と胡椒の効いた香ばしい香りが漂って来ている。手は離せそうもないみたいだ。

 

 

–––––––ごめんくださーい。

 

『…しょうがない。僕が出るか』

 

お気に入りの座布団から身体を起こし、緑色のドアの下に作られた猫用勝手口から外に出る。

そこには大きな木箱を抱え、額に微か汗を掻いている少年がいた。淡い紺色のマントが珍しい位で、後はどこにでもいる普通の青年だ–––––にも関わらず、何故かその目から視線を外せない。

 

 

『…やぁ、配達員さん、それは荷物かな?』

 

–––––––猫さん?

 

『まぁ猫ではあるけれど…一応、ここに住んでる同居猫だよ。荷物は玄関に置いておいてくれるかな?』

 

–––––––サイン書けますか?

 

『肉球の朱印でも良い?』

 

–––––––大丈夫ですよ。

 

 

少年が差し出してくれた朱肉に肉球をつけ、受取状に押す。それを確認すると少年は満足そうに頷くと荷物を扉の前に置いて、ありがとうございましたと一礼して立ち去っていく。

 

『…なんだったんだ、彼』

 

平凡という文字が服を着て歩いているような風態だった–––けれど、何故か自分は立ち去っていく彼の姿から目を離さなかった。いや、離せなかったというのが正解だろうか。決して目を離すことのできない存在感それは、まるで–––––––。

 

『主人公、か…』

 

どこから湧いてきてたのか自分でもわからない言葉を吐いて、そこで思考を止める。考えすぎるのはよくないことだし、第一、自分の考え過ぎだろうから。

 

「おーい黒猫。朝ご飯が出来たぞ〜」

『わかった、今行くよ。それとご主人宛に荷物が––––』

 

フライパンを持って厨房から出てきたご主人を窓越しに見て、自分も家の中に入る。それは、自分にとっては何気ない日常に加わった、一抹のスパイスのような一幕だった–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ランドソルにひっそりと佇む、一面を窓に据えた小さなお店。多種多様な薬草の花が軒先を連ね、寂れた感じで味のある風態を醸し出している。見苦しくない程度に錆びれた金属製のドアノブに「OPEN」と木製の札が掛けられた緑色のドアは、これまた味のある風化具合だ。周りの静寂も相まってどことなく神秘的な雰囲気のあるその扉が開かれると、中から黒のローブを着た男性が顔を出す。

 

「…よし。発注分はこれで全部だな」

 

三つの木製の箱を店先に積み上げると額の汗を拭い、手元にある書類にチェックを入れる。どこか好青年地味た働きぶりだが、その服装が不審者のようで印象が相殺されてしまっている。

 

『本当に僕は行かなくて良いのかい?』

 

そんな青年の足元で、綺麗な毛並みの黒猫が人の言葉で喋り掛ける。猫が人の言葉を話す事になんら違和感を覚える事なく「あぁ」と返し、木箱に魔法を掛けるとふわふわと箱が浮かぶ。

 

「元々俺が勝手に受けた依頼だからな。お前には店番をやってもらう」

『店番って…。そもそも、ご主人の掛けた魔法のせいで、悪感情を持った人物はここには辿り着けないんだろう?それなのに店番なんて必要なのかい?』

「黒猫が店番をする事に意味があるんだ。帰りに美味い魚を買ってくるから、今日は留守番を頼むぞ」

『…わかったよ。気をつけて行ってきてね』

 

不詳不詳と頷いた黒猫が家の中に戻っていくのを見て「頼む」と言い残すと、魔法使いはふわふわと浮かぶ木箱を連れて町を歩いていく。

寂れた街に相応しい静寂が魔法使いの周りを支配する中、彼はふぅと溜息を零す。何かに疲れた様に頭を掻くと、雲が散らつく青空を見上げて「…良く出来た世界だよなぁ」と本当に小さな声を吐き出した。

 

「–––どうして、自分だけなんだ」

 

悲観に満ちたその呟きは、誰の耳にも届かず空気中に散らばる。その言葉に意味なんかないと世界が嘲笑うかの様に、それはなんの生産性すら生み出さない。

 

「お?なんだ兄さん、ずいぶん大荷物じゃねぇか」

「そんだけあるなら一つくらい俺達に恵んでくれねぇか?実は俺達、今金に困っていてよ」

「……ついてない」

 

先程吐いた言葉の罰だろうか、魔法使いの周りにゾロゾロと風態の悪い輩が現れる。錆び付いた斧や安っぽいナイフをチラつかせ下卑た笑みを隠しもしない彼等に、魔法使いは態と聞こえるように悪態を吐く。

 

「お前達にとっては、この世界こそが現実だろうに。どうして悪事を働く?」

「あ、何言ってんだお前?」

「びびって頭おかしくなっちまったか?」

 

言っている意味がわからないと嗤う彼等に、魔法使いはどうしてこんな事を話したのかと自責する。–––もう期待なんてしないと、誓った筈なのに。

 

「…悪いけど、今は演じる気にはなれない。魔法使いにはなれないぞ」

「あぁ?何言って––––––」

『錆びろ』

 

たった一言。なんの予備動作すらなかったそれは派手な光も、わかりやすい風すら起きない–––だが、そんな言葉で、彼等の持っていた児戯のような得物の尽くは、取手を残して砂となって朽ち果てる。

 

「…えっ?」

「な、なんで俺の武器が⁉︎」

「なんだ、何をしやがった⁉︎」

 

まるで物語のように慌てふためく彼等にどこか既視感を覚えるが、彼は淡々と今使った魔法を話す。

 

言霊(ワードスペル)。予備動作こそ無いけど、強力な魔物相手には使えない産廃魔法だよ。もっとも、この世界になってから君達の様な小悪党相手には使い勝手が良いけどね」

「な、何を言ってやがる⁉︎」

「まぁわからないとは思うけどね…(チェーン)

 

紫色の魔法陣から数多の鎖が飛び出し、騒がしい金属音と共にチンピラ達の全員を瞬く間に縛り上げる。

 

「畜生⁉︎動け–––」

「悪いけど、ここでしばらくおとなしくしておいてくれ––––炸裂光(スタンビート)

 

いつのまにか取り出した杖から光の粒がチンピラ達に向かい、地面へと落ちる––––瞬間、極めて大きな光と高周波が響き渡る。チンピラ達は恐怖からか、光を注視していた為に正面に受けてしまい、悲鳴すら上げる事なく意識を手放した。

 

「さて、王宮騎士団に報告しなければ行けないが…まぁ、ギルド管理協会でやれば良いだろう」

 

一応彼等が通りすがりの別のチンピラに襲われない為に人払いの魔法を掛け、木箱を再び浮かせる。小慣れた雰囲気から襲われるのはいつもの事のようだが、それでも面倒ごとは苦手な様だ。

 

「救護院で子供たちと遊びたいなぁ…」

 

心の底から、それこそ魂からの囁きを口から吐き出すと、再びギルド管理協会へと足を進めていくのだった––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

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–––おぉ、神よ。貴方は死んでしまわれたのですか。

 

無神論者を自称する自分だが、思わず神様の存在を恨んでしまう程、今の状況は最悪だった。

朝から見たくも無い貴族からの手紙に目を通し、殆ど同じ格好のチンピラ共を蹴散らし––––半裸でナイフを舐めるのが流行っているのだろうか––––そして、今に至るというのに。

 

「今日こそ契約書にサインしていただきますわよ、魔法使い様!」

 

目が痛くなる様な豪華絢爛な赤色のドレスを風に揺らし、人々の往来のど真ん中で仁王達をしている非常識なお嬢様がいらっしゃる。人違いですと声を大にして言いたいが、綺麗な瞳がこちらを掴んで離さない以上どうしようもない。

 

「……人違いだ」

「何をおっしゃいますか。貴方の様な魔法使い然としたお人は、魔法使い様だけですわよ?」

 

微かに残る可能性に縋って人違いだと嘯いてみたが、結果は火を見るより明らかだった。畜生め。

 

「さぁ魔法使い様!往来の方々を邪魔してはなりません故、早くサインを‼︎」

「往来の方々の邪魔をしているのはお前だ、このじゃじゃ馬お嬢様め。それと、そのサインの迫り方はいっそ脅迫だぞ」

 

えぇい、メルクリウス財団(保護者会)の連中は何処だ。彼女を街中で放すなど、暴れ馬の手綱を放すほどに無謀だと知っているだろうに。

 

「むぅ…相変わらずいけずなお人ですわね」

「この際お前の評価はどうでもいい。それより、ユカリやミフユはどうした?」

「ミフユさんとユカリさんなら今頃ギルドハウスで商談に向けての資料を作成している頃ですわ」

「ならお前も手伝ったらどうだ。一応ギルドマスターなのだろう?」

「…私より、ミフユさんやユカリさんの方が気になりますの?」

 

不機嫌そうに頰を膨らませるが、全く可愛いと思えない。自分がどれだけ彼女に苦手意識があるのか察してしまう。

 

「別に気になる訳じゃないが…お前が一人で街中にいると災害が起きるからな」

「なっ…⁉︎心外ですわ!私は日々勉強しておりますの!そんな、何時迄も問題児扱いされては困ります‼︎」

「問題児だから問題児として扱っているんだ……全く、どうせ空飛ぶ箒を作って欲しいんだろう?」

「その通りですわ!ようやく魔法使い様も私の話を–––」

「断る。空を飛ぶのは魔法使いの特権だ」

 

取り付く島も与えないと言わんばかりに切り捨てると、「そんなぁ…」と捨てられた子犬の様にしょんぼりする。往来の人々はそれを見て「何あれ、喧嘩?」「女の子萎れてんじゃん、可哀想に…」「何様なんだアイツ」と、自分に極めて厳しい囁きをひそひそと交わしているのが分かる。

 

「…と、とにかく。ここで話すのもアレだ。話はお前のギルドハウスでゆっくり聞いてやろう」

「ほ、本当ですの?」

「あぁ、本当だ。只、今は見ての通り納品の仕事があってな。それが終わったらになるが…」

「わかりましたわ!美味しい紅茶を淹れてお待ちしております!」

 

自分が話を聞くとわかるや否や、ぱっと花が咲いた様に笑みを浮かべる。そのまま「約束ですわよ〜!」とこれまた騒がしく立ち去っていく–––––落ち着きというものを知らんのかあのお嬢様は…。

 

「あまり待たせたら何が起こるかわからんな…。急ごう」

 

街中を飛空挺で探し回る、なんて大事をやらかされた後では遅い。なるべく急いで事を済ませなければ。

…なんて、いつも通りの自分が戻っているのを感じた。

 

「–––まぁ、いいタイミングではあったな」

 

仄暗い感情が去って、見上げた空をそのまま綺麗だと感じられる。そんな自分に戻れた事を、あのお嬢様に少しばかり感謝して、自分はギルド管理協会へと足を運んだ––––––。

 

 

 

 

 

 

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多くの人でごった返すギルド管理協会。人、魔族、エルフ、獣人と、種族博覧会の様相を呈している。

–––荘厳な扉を開いた瞬間、全員の目線が此方に向いたのはきっと気のせいだろう。うん。

大勢の視線を感じる中、緑色の髪で眼鏡を掛けた理知的な女性が微笑むカウンターへと足を向ける。

 

「今日は、魔法使いさん。お久しぶりですね」

「久しいなカリン嬢。薬の納品だが、今手隙か?」

「えぇ、大丈夫ですよ」

 

浮かせた木箱をカウンターの奥側に積み上げると、彼女は箱を手際よく開封し、此方の渡した納品書と照らし合わせていく–––そんな中、ふと口を開いた。

 

「…少し大丈夫だろうか?」

「はい?なんでしょう?」

「いやな、先ほどから視線を感じるのだが、何かあっただろうか?」

 

何やらこちらを見て囁いている人が多い気がする。この格好から後ろ指指される事は慣れているのだが、今日のこれは少しばかり毛色が異なる様に感じる。

 

「視線……あぁ、先日のキャラバンの件ですね」

「キャラバンの件…というと、魔物の大群を一掃した話か?」

「えぇ。随分噂になってますよ、凄腕の魔法使いがいるって」

「そうか…まぁ、それなら別に良い」

 

あれだけの魔物の大群は確かに驚異である…が、今の自分は事情が事情である。よほと強力な魔物でなければ、問題なく処理できるだろう。

 

「…意外ですね。もっと誇らしげにするかと思いました」

「失敬な。私は魔物の大群を退けた程度の栄誉など欲しくないだけだ」

「ふふっ。ならそういう事にしておきますね…はい、納品書との照合終わりました。いつもありがとうございます」

 

規定の金額が書かれた小切手が手渡され、それをローブの中に仕舞い込む。

 

「此方こそ。ギルド管理協会を通しての取引は、俺の様な一薬師にとって生命線に近しい。これからもぜひ頼む」

「勿論です。…ここだけの話、凄い評判良いんですよ。黒猫ラベルの貼られた薬は凄い効果が高いって」

「当然だ。私が魔法使いを名乗る以上、半端な物は世に出せないからな」

「流石の心意気ですね」

 

クスクスと口に手を当てて微笑むと、やがて真面目な表情となる。

 

「…それでなんですが、先の調査に加えてもう一つお願いを聞いて貰えませんか?」

「調査とは別件か?」

「はい。別件といえば別件なのですが…最近、地形が変動している地点が多々確認されているんです」

「地形の変動…」

 

その言葉を聞いた途端、脳裏に一つの言葉が浮かぶ。即ち、「万象を作り上げる」。詰まるところの奇跡……いや、『レジェンド・オブ・アストルム』にて確認された、超越者達が使う権能の一種だ。

今朝自分が黒猫に見せた書物。断崖絶壁を誇る山脈の陰に隠れた小さな祠で偶然見つけたそれは、この世界を作り上げたとされる七冠(セブン・クラウンズ)の権能が記されていた。

誰がどんな権能を用いるのか定かではないが、それが奇跡と評されてこの世界に記録が残っている。その事実だけが、自分を奮い立たせてくれる。

 

「それで、地点の変更が見られる地域の報告と観測をお願いしたいんです。調査報酬は前払いで一定額をお支払いしますが…どうでしょうか?」

「別に構わない。魔物の動向調査となんら変わらないしな」

「ありがとうございます!」

 

実際、願ってもない相談だった。今の自分の力では、この世界の人々を

治す事(・・・)は叶わない。どうあっても1ゲーマーでしかない自分には能力が、なにより知識が足りていないからだ。

このゲームの開発者である『七冠(セブン・クラウンズ)』と接触しなければならない。勿論、前世(・・)の記憶を保持している七冠と、だ。

 

「…誓約女君が記憶を持っていればなぁ」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、何でもない。それで、話はそれだけか?」

「大筋はそうですね。それで、今回の報酬の件ですが…」

「それは其方の言い値で構わない。金額は全てサレンディア救護院に送金してくれ」

「宜しいんですか?」

「あぁ。とは言っても、うちのギルドマスターは金に煩い。生半可な金額だとすっとんでくるからそのつもりで」

「勿論!こちらを信用しての言葉だと存じておりますから、信頼を裏切る様な事は致しません」

「ならなんの問題もない。それじゃあこれで–––あぁそうだ、先程ここに来る途中の街路で集団に襲われた。全員気絶させたが、王宮騎士団を向かわせて保護ないし逮捕させてくれ。場所は3番区に向かう大通りから一つ外れた路地だ」

 

呼び止めようとするカリンに手を振り、そのまま管理協会の荘厳な扉を開いて外に出る。…さぁ、冒険に出かけよう(現実を生き抜こう)

 

 

 

 

 

 

 

 




魔法使い
世界が改変されてしまった世界における一般人の中で、唯一完璧な記憶を保持している人物。彼が魔法使いとして最高峰である所以に、この世界がゲームである事を知っていることにある。尋常ならざる魔力、他を寄せ付けない魔法への造形の深さ、他の追随を許さぬ圧倒的な火力を持つ理由もそこにある。彼と魔法を持って正面から撃ち合う事が出来るのは、彼と同じく全てを覚えている人物だけだろう。

黒猫ラベル
巷で密かに話題に上がっている魔法薬。安価で日持ちし、そして効果もも高いと良い事尽くめの魔法薬で、特徴として黒猫をデフォルメしたラベルが小瓶に記されている。服用した際にラベルは消える為、中身をすり替える事が出来ない設計となっている。ギルド管理協会を通した取引が主な市場への流通経路であり、作成者は誰かもわかっていない。

言霊
魔力を込めた言葉であり、精霊に呼びかける類の魔法。その種類は100に収まらず、その使い方は多様を極める。しかし、前述の通りこれはあくまで精霊を介して世界に干渉するものであり、その効果は対象が高位であるほど低くなる。

とんがり帽子の魔法使い
ランドソルの郊外やギルド管理協会にて目撃される魔法使い。その風変わりな容姿と中央部ではあまり姿を見ない事、そして通りすがりの子供にお菓子を与える事から妖精と呼ばれているとか。もっともその実力は折り紙付きで、他国においても「とんがり帽子」の異名が知れ渡っている。

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