秀千代と龍の子   作:鈴見彼方

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秀千代と龍の子

 「·····。」

 溶けて死んだ義龍を前に、秀千代は心に何か引っ掛かるような不快感を覚えていた。

 稲葉山城を出て、本陣にたどり着くのもまた一苦労。何せこの城は魔城。主のいない城とはいえ、複雑な造りなことに代わりはない。残ったあやかしを退治せねばなるまいと、一人であやかしを狩る。疲労は溜まっているがまだ平気である。

 

 牢獄までやって来た時、ふと声がした。行きでは開けなかった扉の奥から。

 「···黙れぇぇ、小倅がぁぁぁ!」

 あやかしの声に近い、くぐもった声。

 扉を開けると、ろくろ首が二匹、一人の青年を滅多刺しにしていた。

 

 そのろくろ首を倒し、倒れている青年に近づく。年は十五、六くらいだろうか。

ぐったりしていて出血も多いが、死んではいないようだ。

 息があるか確認しようと顔を覗き込み、秀千代は気が付く。この青年何処か自分に似ている、と。

 

 力の抜けた青年を背負い、藤吉郎のもとへ急ぐ。

 

 

 

 主君、信長への報告を終わり、その場を立ち去る。

 見つけた青年は、敵の城に居た者。青年が殺されることは覚悟していた。が、秀千代の功を賞してか、戦に勝って上機嫌なのか、

 「好きにせい。」

 の一言だった。

 

 

 

 

 「···あ。秀の字!こいつ目が覚めたみたいだぞ。」

 青年の傷薬を持ち、廊下を歩いているとき、突き当たりの部屋から藤吉郎の声が聞こえる。

 

 ゆっくりと襖を開けると、上半身を起こした青年がこちらを見ていた。出会った時よりは元気そうだと青年と目を合わせた。その瞬間、

 「·····っ!?」

 彼は近くにあった小瓶を掴み、キッと秀千代を睨み付け、小瓶を投げようと振りかぶった。

 「···うぅ!」

 どうやら激痛が走ったらしく、その小瓶は布団の上にポトッと落ちる。

 『···まだ肩の傷が癒えてないのに。』

 秀千代は、青年の手の上にそっと自分の手を重ねる。

 「今更こんなことをされても···!」

 深い哀しみの目。自分と同じ紺色の瞳。

 何か深い訳があると悟った秀千代は、二人だけにしてくれと藤吉郎に頼んだ。藤吉郎が部屋を出るのを見届ける。

 

 

 『済まなかったな。』

 そっと青年の頭を撫でた。自分に何処か似ている青年は、俯いて歯を食い縛っている。

 「すみません···。俺の勘違いでした。···あなたは誰ですか。」

 青年はうなだれたまま静かにそう言った。

 『秀千代。半妖だが、別に悪さもしないさ。···無理でなければ君のこともいろいろ話してくれないか?』

 そう問えば、青年はそっと頷く。

 「半妖···。俺の祖父がよく言ってたんです。」

 青年は膝に掛かる布団を握りしめた。

 ほんの少しだけ沈黙の時間が流れる。口を開いた青年は、こう言った。

 

 「···人とあやかしが、融和して暮らせる世を作るんだ、って。」

 

 

 

 『人とあやかしが、融和して暮らせる世···。』

 その言葉に、心臓が高鳴る。白蝮の思念···つまり父、道三の想いと同じ。

 「あぁ、すみません。まだ名乗ってませんでしたね。しかしどうやらあなたは織田軍。簡単には申せませんが···。」

 名前を口にするのを躊躇う彼。

 

 思考がひとつにまとまっていく。

 稲葉山城に居た彼。

 自分と何処か似ている姿。それは義龍ににてるとも言える。

 祖父の言葉。それは自分の父の想い。

 稲葉山城で聞いた思念。「ご子息にも見放され···。」

 

 ····彼は。

 『大丈夫。ここに敵はいないから。』

 そう言うと、ホッとした顔を見せる。そして、彼は自分と目を合わせてはっきりと言った。

 「俺は、斎藤龍興です。年は十九です。」

 

 ドクドクと跳ねる心臓を抑えながら、龍興の次の言葉を待った。

 「···俺は、義龍の嫡子。しかし父は···あの石に魅入られて、変わってしまったんです。···経緯(いきさつ)を話しても良いですか?」

 

 聞かねばなるまいと反射的に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ───俺は、義龍に失望した。でも幼い頃は、父が好きだった。

 

 「父上っ!」

 腰に抱きつけば、いつも笑って頭を撫でてくれる父が大好きだった。怒ると(つの)が出て(比喩ではない)恐かったけれど、すごく優しくて、たくましかった。

 

 一度だけ、祖父が俺に直接言ったことがあった。

 「人妖が融和して暮らせる世をわしは作る。···龍興も手伝ってくれるか?」

 その時俺は大きく縦に首を振った。

 そのことを父はよく口にしていた。

 「人妖が融和している暮らせる世を俺が作る。」

 と。俺はそれを祖父と父が作ってくれると期待していた。

 しかし、父が祖父を殺した。それから父は霊石をひたすら集めていた。

 それでも、秘湯の噂を聞けば連れていってくれたし、何かと俺を誉めて、時に優しく時に厳しく接してくれた。

 

 

 あの時までは。

 

 俺は鬼にされかけた。霊石を砕き、その力を俺の体に溜めていく。

 もがいて、必死に抗って、正気を保って拷問に耐えていた。

 祖父を殺した頃からだっただろうか···。父の目が赤くおぞましい色に光るようになったのは。

 

 

 

 

 元服した後からは、父を怖れ、いつしか城を抜け出そうと考えていた。織田軍に備えているからか、守備が固くなかなか逃げられないまま数年が過ぎていた。

 

 ただ恐ろしいだけの父はもはや家族と思えず、逆に自分より幾つか年上の半兵衛の方がずっと頼もしく兄のようであった。

 良き相談相手でもあり、雑談を交えたりもした。

 

 「···半兵衛!」

 その姿を見れば、必ず話しかけていた。

 「龍興様。どうかなさいましたか?」

 半兵衛にはいつも父のことを相談することが多い。

 「俺はもうどうすれば良いのかわからない!父上はなぜ霊石を···。」

 これ以上鬼にされかけるのもまっぴらごめんだし、豹変した父を見ていられなかった。

 「義龍様は気付いておられない様子ですが、龍興様の表情は道三様が霊石を集めていたときと同じなのに。」

 「稲葉山城にはもう居たくない。」

 結論はつまりそうなのだ。この城から抜け出したい。半兵衛はいつも反対していたが。

 「血を分けた弟を殺し、父を殺し、帰蝶様も尾張に嫁がれた。····今や、美濃には義龍様の血縁は貴方しかおりません。どうか龍興様だけは義龍様のお側に居て下され。」

 「····そうか。意見が聞けて良かった。」

 袖を握りしめ、目線を落とす。

 「しかし···確かに、あれは酷いかと。」

 「やはりそう思うか!」

 半兵衛がこちらの味方についてくれたような気がして、すごく嬉しかった。

 

 

 

 

 城で何かしらの混乱が起きてくれれば勝機がある。しかし、その勝機さえも掴ませてはくれなかった。

 半兵衛の謀反に便乗し城を出ようとしたときは、城内の兵に頭を殴られて気絶させられ、逃げられなかった。

 父は逃げたというが、俺は取り残されていた。俺を逃がさないために厳重に警備され、陰陽術で行動を限られることとなった。

 

 それからは訳もなく牢獄に閉じ込められた。

 間もなく釈放されても普段は城の中には入らず、自ら城門の倉庫に閉じ籠った。鍛練と勉学は欠かさず過ごした。

 

 ───そして。

 

 ついに織田と衝突した。

 敵も味方もいない倉庫。暗がりでどれ程過ごしただろうか。今は師走、吐く息は白く指先は冷たくなっている。

 「寒···。」

 音を立てぬように、なおかつ寒さを紛らわせるために静かに膝を抱えて座っていた。

 

 「伝令、伝令···!天守閣近くに敵が侵入!直ちに義龍様をお守りせよーッ!」

 俺のいる倉庫にもその伝令は届き、ろくろ首たちが俺を連行しようとした。

 「龍興殿。早く義龍様を助けに参りましょうぞ!」

 そう人に化けたろくろ首に言われる。ろくろ首は俺の腕を掴み、強引に引く。

 助けに行けば普通の人間なら蹴散らせるだけの武勇はあるだろう。しかし義龍を助ける義理など、もはや無い。

 「あんなに酷い仕打ちをする野郎を···今更俺が助けると思うかよ。」

 刀を握り、立ち上がる。そして大声で叫んだ。

 

 「····義龍なんてさっさと死んでしまえ!!」

 呪詛を吐き、連れ去ろうとしたろくろ首を斬り殺す。

 法螺貝の音が聞こえ、次々に兵士が襲って来る。

 

 ···しばらく戦ううちに、敵の数も減り終わりが見えてきた。

 「薄情だ···。義龍様を見放し、我らに刀を向けるとは。」

 「この城に···味方なんていない。俺の一番の敵は義龍だ!」

 ろくろ首が残り二匹だけとなり、勝利が見えたが···。

 「···黙れぇぇ、小倅がぁぁぁ!」

 体勢を崩した俺は、腹に刀を刺される。起き上がらぬうちに、次の刃が体に刺さる。「死ぬ。」そう覚悟したとき、その扉が開き、俺ではなくろくろ首を斬ったように見えた。

 

 が、そこで俺の意識は途絶えた···。

 

 

 

 

 

 

 「····で、目覚めたらここに居たんです。」

 龍興は深呼吸をしてからそう言った。

 『やはり義龍の息子だったのか。』

 自分と瓜二つの義龍は、自らの子にさえこんなに酷い扱いをしていたのか。

 『···今から伝えるは、二人の秘密だ。良いね?』

 「···はい。」

 この者なら、あの事を打ち明けても良いだろう。義龍と瓜二つなせいで彼を怖がらせてはいけないから。

 『自分は斎藤道三の子だ。義龍とは血が繋がっているし、おそらく双子だ。···まぁ、信じるかどうかはお前が決めると良い。』

 「そうなのですね···。俺は信じますよ。」

 龍興の頭を優しく撫でると、ここに来て初めて彼は笑った。

 

 「おーい、秀の字。飯だ飯!お前の功績で旨いもんがたっぷり手に入ってんだぞ!」

 藤吉郎の声に、夕餉(ゆうげ)ができたことを知る。

 「入るぞ···ってお前たち、ずいぶん仲良くなったな。····何があったんだ?まあいいや、ほら、お前も来い!呼んでないのに無明も来てるから。」

 藤吉郎の浮かれっぷりから、相当なご馳走なのだろう。

 自分は龍興の手を取って立ち上がらせると、寝室を出た。

 

 

 「傷が治ったら行き場はあるのか?」

 廊下で藤吉郎がにわかに訊いた。

 龍興は首を横にふる。

 「ここで働くのはだめでしょうか···。」

 少し困った顔で藤吉郎に尋ねる。

 「別に良いが···。秀の字も良いだろ?」

 突然話を振られたが、もちろん良いと頷く。

 「ところで、お前なんていう名なんだ?」

 龍興は驚き、一瞬こちらの顔を見る。彼は少し目を伏せてから、こう言った。

 

 「(こう)といいます。」

 

 こうして、青年「興」は秀千代たちの仲間となった。

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