ネト充のススメ ジューンブライドイベントと桜井優太のお見合い!? 作:白翼
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梅崎商事、桜井優太が勤務する会社だ。今日も今日とて仕事に追われあちこちを走り回るのだろうと優太は思っていた。ところが今日は違っていた。明らかに軽めに割り振られた仕事を終えると、その後部長室に呼ばれたのだ。
(い、いったいなんだ。特に大きなミスはしてないと思うけど)
優太は所謂出世頭だ。ネットゲームに熱中し、たまの遅刻はあれど、それを補うほど仕事をこなしてきた。そのつもりだ。
(大きなミスはない。でも特別に呼ばれるほど大きな仕事をこなしたわけでもない。ああ、こう何も理由がわからないほうが緊張するな)
だが緊張しているだけでは何も始まらない。優太は部長室をノックした。
「桜井君か、入ってくれたまえ」
「失礼します」
ドアを開け一礼して部屋に入る。部長に席を勧められると優太はソファーに腰かけた。一般の社員のものとは違う、客人用の弾力のいいそれにさらに緊張が増していく気がする。
だが緊張した優太と同じくらい、部長もまた居心地が悪そうな顔をしていた。部長は何もない天井をちらちら見つめ、何か言いだしづらそうに目線を泳がせる。そして視線を合わせることなく困ったように声を上げた。
「その、桜井君ね、えーっと、あー、でもこういうのも最近パワハラとかになっちゃうからあれなんだけどね。答えづらかったらそれはそれでいいんだけどね。……君、今結婚を前提にお付き合いしている人とかいたりするかな」
結婚といわれて1人の女性が脳裏を過る。しかしそこには男女の仲は何一つ存在しない。優太は特に後先も考えずに「いえ、そのような女性はいません」と答えた。
それを聞いて、部長の顔がさらに困り果てる。それから諦めの表情をしながら厚手の台紙を差し出した。優太は頭に浮かべながらそれを受け取る。
「部長、これは?」
「本当に言いづらいんだけどね。……桜井君、お見合いしてみないかい」
「へっ、お、お見合い⁉」
弾かれるように台紙を開くと1枚の写真が挟まれていた。赤色を基調とし金色で装飾された着物の女性がそこには映っているのだった。
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終業後に向かった居酒屋。優太の対面に座っている小岩井誉は、ニヤニヤとした顔をゆがませていた。
「それでそのまま写真を受け取っちゃったと。さっくらちゃーん、それはちょっと流され過ぎじゃない?」
「そんなこと小岩井さんに言われなくてもわかっていますよ! ただいきなりのことで頭が回らなくて。……それに部長さんも何だか居心地が悪そうな感じで、逆に断れなかったんですよ」
「ふーん、変なのー。あっ、写真見てもいい?」
「ええ、どうぞ」
小岩井は一度お手拭きで手をふくと台紙を受け取る。写真を開くと「おおっ」と声を漏らした。
「かなり綺麗な子だけど、随分と若くない?」
「まだ二十一歳。……大学生らしいですよ」
「えっ、大学生ってなんでまた学生さんがお見合いなんか?」
「それは俺が聞きたいですよ。その子、部長の高校時代の部活の先輩の子供らしくて。会社のインターンで俺を見たらしくて、その後何度も何度も俺に会いたいって連絡していたらしいです。学生時代の先輩の子供のことなんで、部長も断りづらいらしくて。……私の顔を立てると思って一度会ってもらえないかって」
「で、了承してしまったと」
「りょ、了承はしていませんよ! ただ少し考える時間をくださいって言っただけで」
「
ダメダメ桜ちゃーん。そういうのは引き延ばせば引き延ばすほど断りづらくなっちゃうもんだよー」
「そ、それはそうですけど……」
正論に何も言い返すことができない。小岩井は受け取った台紙を返すと、グラスのビールを飲みほしていく。そして「かぁーー」と気持ちよさそうな声を上げたのち、呆れたような声で会話を続けた。
「それに桜ちゃん、年下なんて全然好みじゃないでしょう」
「えっ、どういうことですか」
「またまたー、桜ちゃんはキラキラした若い子よりも、一回り年上の野暮ったい女性のほうが好みなんだろ~」
「盛岡さんは野暮ったくなんかありませんよ!」
思った以上に大きな声が出てしまい辺りが一瞬静まり返ってしまう。優太はハッと口を抑え、小岩井は「うちの同僚がすみませんー」と2、3度頭を下げた。
小岩井は変形しそうなほど頬をニヤニヤさせると、おちょくるような声を上げる。
「だ、れ、も、もりもりちゃんのこととは言ってないんだけどなー。べっつにー、もりもりちゃんは野暮ったくないしー、ちょっと感情表現が下手だけど、人のことを気遣える素晴らしい女性だよー」
「こ、小岩井さんハメましたね」
「もぉー、会社ではエリートなのに、こういうところはウブなんだからー」
優太は悔しそうに肩を震わせる。そんな彼を見て満足したのだろう。小岩井は顔を引き締めるとトーンを落として声を上げる。
「会社の上司のお願いで断りづらいのはわかるよ。それに社会において八方美人は決して悪いことじゃない。……だけどな桜井。少しは自分に素直になってもいいと思うぜ」
「素直って、俺と盛岡さんはそんなんじゃ……」
「まあどうするかは桜井の自由だけどなー。別に桜井がお見合いに行ったって、それがもりもりちゃんにバレるわけじゃないし。でもバレなくたってそういうのはずっと心の隅っこに残るもんだぞ」
「それは……はい」
「はいはい、それじゃあお話は終わり。明日もお仕事だし、今日はお開きにしようかー」
小岩井は椅子から立ち上がると、ヒョイと会計票を持ち上げる。
「小岩井さんお金っ!」
「今日は俺の奢りだ。桜ちゃんの悩みに区切りがついたら今度は奢ってくれよー」
ふんふふーんと鼻歌交じりに小岩井は会計へと向かう。取り残された優太はスーツの上着に腕を通すと、ポツリと言葉をこぼした。
「心の隅っこに残るか……」
ガシガシと髪の毛を掻くと小岩井の後に続くのだった。
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そんなごたごたがありながらも時間は流れていく。今日は金曜日。優太は夕食とお風呂を完全に済ませるとゲームにログインした。
「盛岡さんは。……あっ、もうログインしているみたいだな」
林「お疲れ様ですリリィさん! イベント楽しみですね!」
リリィ「私も本当に楽しみにしていました。今日はよろしくお願いします」
挨拶を返しながら集合場所に向かう。林は主人が返ってきた犬のしっぽのように手をぶんぶんと振っていた。
「盛岡さん、本当にこのイベント楽しみにしていたんだな」
林の挙動を見て心が少し晴れるような気がした。ここはリアルのごたごたから切り離された世界。リアルの悩み事を持ち込んではせっかくのゲームを楽しめなくなってしまう。優太は気持ちを切り替えるとエモートを送り返した。
林「今回のイベント、結構ネット上では盛り上がっているみたいですね」
リリィ「そうみたいですね。私もネットサーフィンしている時に、何度かネタバレを踏みそうになって危なかったです」
林「その気持ちわかります! 俺なんかネットを封印していましたよ。あっ、もちろんゲーム以外ですけどね」
リリィ「ふふっ、本当に楽しみですね。林さん!」
林「はいっ!」
そこで会話の区切りをつけると、2人はイベント開始エリアへと移動した。
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イベント開始の第1週の金曜日だからだろう。イベント受注NPCの周りには溢れんばかりのプレイヤーで賑わっていた。優太も森子もPCのスペックは悪くはないが、それでも多少のカクツキを感じながらじわじわと前に進む。
林「リリィさんに言われた通り、集合場所をイベント広場にしなくてよかったです」
リリィ「この数ですとお互いを探すのも、探してからクリックするのも本当に大変ですからね。それでは林さんイベント受注お願いします」
林「わかりました」
パーティーリーダーの林にNPCに話をかけてもらう。だが1分ほど経っても会話が始まらず、もう30秒ほど経つとようやく会話が始まった。
林「す、すみません。NPCに話しかけようとしたら、何度も周りの人たちにクリックしてしまって」
リリィ「ネトゲあるあるですね。お疲れ様です」
林「おつありです。それじゃあ進めていきますね」
商業ギルド長「ああ困った、困った。まさかあの怪盗ホワイトに紺碧の指輪を狙われるなんて。……き、君たちはもしかして冒険者かい⁉」
商業ギルド長が困り果てた顔で二人を見る。商業ギルド長はそのままの顔で事のあらましについて説明をしていくのだった。