ネト充のススメ ジューンブライドイベントと桜井優太のお見合い!? 作:白翼
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岩場の多いだだっ広い草原エリア。犬の手袋を装備したリリィが羊に迫る。その装備に反応した羊は反発し合う磁石のようにスッと距離を取った。
林はリリィが追い込んだ羊に近づくと愛用の剣、ではなく毛刈り専用のハサミを構えた。林はクリックを連打するとチョキチョキチョキと羊の毛を刈る。
羊は真っ白なもこもこを全てはぎとられると、画面からフレームアウトしていった。
リリィ「ナイス連打です林さん!」
林「いえいえ、リリィさんの誘導が完璧だったからですよ」
羊の毛を刈り続けて1時間、林とリリィはどちらからでもなく座り込むと休憩を入れることにした。
林「いやー、ここ最近のゲームじゃこんなに連打しないですよー」
リリィ「私もこんなシビアな判定のゲーム久しぶりです」
林「それにしても。……偽装の結婚式のためのドレスを自分たちで作るなんて、今までにないイベントですよね」
リリィ「本当にそうですね。行動も攻撃的なものでなく少しコミカルですし。羊の毛はいまいくつドロップしました?」
林「さっきので18、あと2つでこのイベントは終わりですね」
リリィ「これは。……なかなか大変でしたね」
大変だというにはいくつかの要因があった。まず1つめに装備が固定され、Lv30にレベリングがされているということ。これにより全てのプレイヤーが同じ条件でミッションを進めることになる。
2つめは逃げ回る羊が多くいるマップに、大量のプレイヤーがいること。これによりイベント広場ほどではないが、多少のラグがでてしまい操作がしづらい。
3つめに林とリリィの意思疎通方法がチャットしかないということだ。そのためリリィが羊を追い込んでも林が取りこぼすことが何度かあった。
いや、正確に言えば2人の意思疎通方法はチャットだけではない。お互いの電話番号を知っているので、話そうと思えば話すことができる。
無料通話ツールが多い昨今ではそうしてネットゲームをしている人も少なくはない。だが優太と森子が通話を繋ぐことはなかった。
それは気恥ずかしさももちろんあったかもしれない。だがことゲームにおいて優太はあまりリアルを持ち込みたくなかったのだ。通話をしてしまえばそれは林とリリィの冒険ではなく、優太と森子のやり取りになってしまう。
そんな効率を度外視した気持ちが心どこかにあったのだ。
「いくらラグがあるといっても1時間で目標ドロップ数までいかないか。……盛岡さん大丈夫かな」
眠気覚ましのコーヒーを口に運ぶ。画面に映る林はもちろん疲労の色などは見せない。だが森子自身はどう思っているのか、優太はそれが少し怖かった。
今回のイベントの試みは優太の中では正直好感触だった。時間のかかるアイテム収集もネットゲームの醍醐味だと、根っからのゲーマーである彼には染みついているからだ。
「でもこれだけ収集して最終的にもらえるのは、見た目装備だけなんだよな。……カンベさんならこの時点で危なかったかもな」
カンベはこの手の男女イベントを避けているイメージがある。さらに性能重視で見た目にはほとんど興味を持っていなかった。
「まだ土曜日も日曜日もあるし、もし盛岡さんが辛いようなら」
『今日はこの辺にしておきますか?』とタイピングをする。そしてエンターを押そうとしたその瞬間だ。
林「今回のイベント、すっごく面白いですね‼」
優太の指がピタリと止まる。林は笑顔のエモートを連打し会話を続ける。
林「羊狩りのマップ今回専用ですよね! 女性装備の犬の手袋も毛刈りのハサミはグラが綺麗ですし、なんて言っても毛を刈り取られた羊がすっごく可愛くて! 今回のイベント本当に当たりですよ!」
その言葉を聞くと、優太は書いていた文章をバックスペースする。そして新たな文章を打ち込んだ。
リリィ「はい! 私もこういった収集作業かなり熱中するほうなんです!」
林「そうですよね、そうですよね! あとなんて言うんでしょう。こう1人で黙々とドロップ品集めているんじゃなくて、誰かと協力して集めるっていうのが、達成感といいますか協力プレイしているぞって感じですっごくやりごたえがあるんですよね! あと2つアイテム集めて早く次のイベントに行きたいですね!」
林の言葉を聞いて、今までの悩みがストンと落ちていくのを感じる。
「ああ、そうだ。ゲームをゲームとして楽しみ尽くしている林さんだからこそ、俺は相方になりたいって。……そう思ったんだよな」
林の中身が森子だと知らなかったあの頃。性別も歳も何も知らず関係ない。この人と一緒にゲームを楽しみたいというあの頃の思いが、ふと優太の中に蘇っていった。
優太は残りのコーヒーを一気に飲むと、両頬を軽く叩いていった。
リリィ「ラストスパート頑張りましょうか!」
林「はい、リリィさん!」
この人とならどんなイベントでも楽しめる、楽しめないわけがない。リリィは再び犬の手袋を構えると、羊に向かい駆け出していくのだった。
◆
土曜日の午後3時。一度睡眠を挟んで進めていたイベントミッションも終わりが見えていた。林は依頼を受けたイベントNPCに再び話しかける。
商業ギルド長「もう頼んでいたものは入手してきたのか!……………私は少しばかり君たちを侮っていたようだ。頼む、紺碧の指輪を守ってくれ!」
【ミッションコンプリート! 後半は6月15日アップデート後となります。引き続きジューンブライドイベントをお楽しみください!】
メッセージウィンドウに表示された文字を見ると、2人はラグでカクツクフィールドから離れる。そして彼らのギルド『@家パーティー』のたまり場へと移動した。
イベントフィールド特有のラグから解放されると、2人はハイタッチのエモートを連打する。
林「お疲れです!」
リリィ「お疲れ様です!」
林「いやー、しかし今回は色んなことをさせられましたね!」
リリィ「本当ですよね! 羊の毛刈りが終わった後に、染色の薬草取りに、装飾品作りの鉱石取り」
林「今まで通りずっと採取するかと思ったら、鉱石を取った瞬間ボス戦になるとは思いませんでしたよ。レベリングでスキルも初期スキルしか使えなかったので焦りましたね」
リリィ「林さん、ずっと棒立ちでしたからねー」
林「面目ないです。スキルのショートカットいじってなくて、初めは『えっ、なんで技がでないの!』ってゲームがバグったかと思いましたよ。リリィさんはスキル変えていたんですね」
リリィ「レベリングされるって話だったので専用ショートカットを作っておいたんです。すみません、林さんにも伝えておけばよかったですね」
林「いえいえ、俺も今回は採取クエストだけだと思っていましたから! でもこういう時に備えてショートカットは何パターンか作っておいたほうがいいですね」
リリィ「ですね。それにしても最後にギルド長からあんな話を聞かされるなんて。お祭りイベントかと思っていましたけど、今回ストーリー的にかなり重くなりそうですね!」
林「本当にそうですよね! 俺、もう先が気になって気になって仕方なくて! ああ、早く次のアップデート始まらないかなー」
チャットの文字だけでも本当に楽しみだと伝わってくるようだった。そんな純粋にゲームを楽しんでいる森子の反応を見て心が和むのを感じた。
優太は背もたれを使いぐーっと背伸びをする。
「一度睡眠は入れたけど、結構一気に遊んだからな。コーヒーでも入れるか」
少し離席することを林に伝えるとキッチンに向かう。やかんに水を入れ温めている間、彼はボーっと空を眺めていた。
「いい天気だなー。時間はまだ3時を少し過ぎたくらいかー」
今回のイベントは少し面倒な場面はあるが、そうであっても初心者にも優しい難易度だった。本当は日曜日まで何とか終わらせようという心つもりだったが、それは杞憂に終わっていた。
「ほんと、いい天気だな……」
インスタントのコーヒーの粉を入れお湯を注ぎこむ。それを机に置くと優太はパソコンの前に戻らずスマホを手に取った。
「イベント前半お疲れさまってことで、どこか出かけませんか? いやお疲れさまってそんな疲れるようなイベントじゃなかったけど。でもまた天気がいいからっていうのもどう思われるかわからないし。……ただ盛岡さんに会いたいからって言ったら、なんて返してくれるんだろうな」
ゲームの林にではない。林の向こう側にいるリアルの森子に向けて、優太は何度も何度も文章を打ち込んでいく。しかしその文字を書いては消し、書いては消し、それを送信することはなかった。
「俺は盛岡さんと会って、何をどうしたいんだろうな……」
彼女と出会ったのはこのゲーム内だ。何度も死に戻りしている初心者さんがいるなと声をかけたのが始まりだ。
ゲームのスタンスが合うことから相方になってほしいと願い、その相方が会社のマニュアルを作った人物であり、肘鉄を食らわせてしまった人で、そしてあのゲームのユキだった。
「俺は、俺は…………」
優太は思いのままにメールの文章を打ち込む。そして今ある思いをそのまま伝えようとした。その時だ。
――ピリリリリリ
突然の着信に送信を押す指が止まる。メールを確認すると部長からのメールが入っていた。
『以前のことでまた話したいことがある。申し訳ないが月曜日に時間を作ってもらえないだろうか』
その文章を見て優太の思考が停止する。あわよくばあの場限りの話で流れてくれないだろうか。そんな調子のいいことを心のどこかで願っていたのだ。しかし彼の考えとは裏腹に少しずつ事は進んでしまっているようだ。
頭を仕事モードに切り替えると当たり障りのない無難な返信をする。そして、次の瞬間小岩井の言葉が頭に浮かび上がった。
「どうするかは俺の自由か。……あっ、そうだ、盛岡さんのこと随分待たせちゃっ
ているな」
再びパソコンの画面に目を向ける。するといつの間にかライラックが近くにおり、オープンチャットで林と会話していた。ライラックは林に今回のイベントのことを聞いていたようだ。
優太は先ほどまでスマホに打ち込んでいたメールを消去する。そしてキーボードに指を添えると新たな文字を打ち込んだ。
リリィ「お、お待たせしました! 急に仕事先から連絡が来てしまいまして! あとライちゃんもこんにちはです!」
林「お疲れ様ですリリィさん!」
ライラック「リリィちゃんおつ~」
リリィ「それでダンジョンに行くんでしたっけ?」
ライラック「もし2人の時間が合えばお願いしたいんだよねー。水属性の杖の強化をそろそろしておきたいなって思って」
林「ずっと強化したいって言っていましたもんね。あとはアタッカーが誰かいれば、あっ、カンベさんもログインしたみたいですよ!」
リリィ「私も水属性の素材欲しかったのでちょうどよかったです」
そう文章を打ち込むと優太は深くため息をつく。小岩井に言われたように八方美人は決して悪いことではない。それにライラックの力になりたいことも、皆でダンジョンに向かうことも、イン率が少ない優太にとってはどれも魅力的なことだった。
「だけど。……何だろうな、この感じ」
本当の自分はこの後何を望んでいたのだろうか。言葉にできなかった思いがほんの少し胸の奥に突っかかっていくのを感じるのだった。