ネト充のススメ ジューンブライドイベントと桜井優太のお見合い!? 作:白翼
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次の日の金曜日。リリィがログインすると林はすぐに声をかけてきた。
林「お疲れ様ですリリィさん。今日は随分と早いログインでしたけど、夕飯とかはしっかりとりましたか?」
リリィ「おつありです林さん。大丈夫です、今日はぴったり定時で上がらせてもらいましたのでご飯もお風呂もバッチリです!」
林「それはラッキーでしたね! それじゃあ後半イベント頑張って行きましょうか!!」
リリィ「はいっ!」
会話を終えると林からPT勧誘が飛んでくる。リリィが『承認』ボタンをクリックすると2人はイベント後半に挑んでいった。
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レベルキャップは30のまま、2人はイベントを進める。冒険を楽にするパッシブスキルも、使い慣れたアクティブスキルも今はない。
だが、いやだからこそ林とリリィはこのイベントを楽しんでいた。
そしてイベントもクライマックス。2人はイベント専用装備、紺碧のウェディングドレスと紺碧のタキシードに身を包み戦闘態勢に入る。
リリィ「ボスのスキルチャージに合わせて補助魔法をかけますから」
林「同じタイミングで防御スキル発動しますね!」
リリィ「はいっ!」
偽装結婚として選ばれた幻想的な教会でイベント最後のボスと対峙する。
同じレベルで初めてのボスと戦う。そんな今の状況に優太はリリィとして思い描いていた願いが1つ叶った気がした。
リリィはこのゲームを林よりもずっと先に始めている。レベル差もあることから、ずっと林のことを補助していた。今でこそレベルの差はほとんどなくなったが、それでもふと頭を過ることがあった。
「盛岡さんと初めからこのゲームをプレイ出来ていたら、どんな冒険になっていたんだろうなって。……それがいま叶っているんだな」
低レベル帯特有のカツカツの戦闘、さらにイベント限定で情報のないボスは2人の息が合わなければクリアーが難しい。それに加えて2人はボイスチャットを繋げていない。普通ならば意思疎通をするのも難しいはずだ。
だが2人が積み重ねてきた相方としての時間と経験は着実にボスを追い込んでいった。
リリィ「攻撃補助、詠唱終わりました!」
林「タイミングばっちりです。行きます‼」
リリィの呪文に合わせて林の攻撃スキルが放たれる。攻撃力上昇にクリティカルによる防御無視で放たれたそれは、ボスのHPを完全に削り切っていった。
林「お疲れ様ですーーーーー‼」
リリィ「やりましたね林さん‼」
ボスがはじけ飛ぶとその中から奪われた紺碧の指輪が現れる。2人がそれを取ると、最後のイベントが始まっていった。
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紺碧の指輪のイベントが終わる。2人はボス戦で着ていた紺碧のウェディングドレスと紺碧のタキシードのまま、教会を右へ左へと移動しスクリーンショットを何枚も取っていった。
それに満足するとその場に座り込み、今回のイベントの感想を話し合っていた。
林「いやー、でも怪盗の正体がまさかでしたね」
リリィ「今回のイベント、メインストーリーには関りがないですけど、だからこそこんなに自由なストーリーに出来たんでしょうね」
林「ほんと余韻がやばいです。あー、この教会から出ちゃうとイベント終了なんですよねー。何だか出るのがもったいないですね」
リリィ「本当に、本当にそうですね。……もっといろいろ感想話したいです」
林「ですねー。正直いくら時間があっても足りないくらいですよ」
このままずっと林と、そして森子と話していたい。そう思っていても、強制退室の時間は徐々に迫っていた。
林「そういえばイベント報酬にシークレットのものがありましたよね。もうアイテム欄に入っているんでしょうか?」
リリィ「そう言われてみればそうでしたね。ちょっと確認してみましょうか」
アイテム欄を確認すると装備中の『紺碧のウェディングドレス』が改めて報酬として入っており、さらにその隣には指輪の装飾品が存在していた。しかしそのアイテムは灰色で表示されており、装備不可となっていた。
リリィ「あれ、何かおかしいですね? バグとかでしょうか??」
優太は疑問のままに指輪をクリックする。
【紺碧の指輪】『この指輪を交換し合った男女は永遠に結ばれるという伝説の指輪、のレプリカ品。このイベントを一緒にクリアーした大切な人へと送ってください。男性専用装備(交換条件:紺碧の指輪(女性専用)との同時トレード)』
リリィ「えっ」
林「あっ」
森子も説明文を読んだのだろう。同時に声をあげてしまう。ここまで異性を意識したイベントでは流石に炎上してしまわないだろうか。そんな照れ隠しの現実逃避が頭に浮かぶ。
リリィ「え、えーっとこれは」
林「い、いやー凄いですね。ほんとリア充ならぬネト充専用イベントですよね。……えっとどうしましょうか?」
何と答えていいだろうか。そうリリィが悩んでいるとチャット欄に運営からの赤文字が書き込まれる。
【イベントフィールドからの強制退出まで残り3分です】
もうすぐこの教会からでなくてはいけない。そう意識し心が焦ると、優太は勢いのままにタイピングした。
リリィ「せっかくですし、ここでアイテム交換しませんか? 偽装結婚もバージンロードを歩く手前まででしたし」
林「そ、そうですね。せ、せっかくの専用フィールドですもんね。交換しましょう、しましょう!」
そう言うと林からトレード申請がされる。お互いに『紺碧の指輪』を提示すると了承ボタンを押した。するとチャット欄にイベントテキストが追加された。
【このイベントを終えた2人へ 永遠の祝福があらんことを】
その言葉とともにステンドグラスから眩い光が差し込む。さらに2人を祝福するかのように教会の鐘が鳴り響いた。
予想外のイベントに2人はぽかんとしてしまう。
リリィ「これって特殊イベントですかね?」
林「ですよね。こんな演出普通のフィールドじゃ出来ないですし」
リリィ「……ラッキーでしたね」
林「……ええ、ラッキーですね」
これではまるで本当の結婚式だ。いやジューンブライドイベントなのだから、これが正しいイベントの終幕なのだろう。
チャット欄を見ると強制退出まであと1分を切っていた。優太はリリィに紺碧の指輪を装備させると林の目の前に立った。
リリィ「林さん、林さん」
林「何ですかリリィさん?」
リリィ「これからもどうか。……よろしくお願いしますね」
林「……はいっ!」
そんな2人のやり取りが終わると画面が強制的に移り変わる。2人は教会を後にすると通常フィールドへと戻されていった。
「…………よしっ」
その時間の間、優太は1つの決意を固めていくのだった。
◇
教会から強制退出させられる。その間、森子は自身の顔を手でパタパタとあおいでいた。
「な、なんか顔が凄く熱くなっている気がする。……ってか今回のイベント色が濃すぎるでしょーー!」
湯だった顔を冷やすためにお茶を手に取り中身を飲もうとする。
――プルルルル、プルルルル!
「ぶっ、ぷはっ」
吹き出しそうになるのを何とか耐える。森子は机に置かれた携帯を手に取るとその表示名を見た。
「桜井さん……? えっ、なんで、どうして⁉」
何か粗相をしただろうか。おっかなびっくりのまま着信をとる。
「もしもし……桜井さん?」
『いきなり電話して申し訳ありません盛岡さん。……さっきイベントの感想を話すのにいくら時間があっても足りないって言っていましたよね』
「え、ええ、そうですね。まだまだ全然話足りないくらいです」
『……そうですか』
そこで一度言葉が切れると、電話越しに呼吸を整えている音が聞こえる。優太は何か覚悟を決めたように言葉を続けた。
『もしよろしければ明日どこかでイベントの感想を話し合いませんか』
「えっ、どこかでってことはゲーム内でなく」
『リアルのほうです』
はっきりそう言われると森子の心臓がドクンと高鳴りをあげる。そしてそれを境に何度も何度も力強く心音をあげていった。先ほどのイベントの余韻もあるのだろう。この誘いがどうしてもそういうふうにしか聞こえなかった。
きっと普段のネガティブな森子なら口にすることはなかっただろう。だがこの時の彼女はイベントの熱に少し浮かされていた。
「桜井さん、それってもしかしてデー」
『い、いやー、あの。今回盛岡さんには仕事の悩みでアドバイスもらいましたし、イベントの感想を話しながらお礼を出来たらなーって思いまして。いや、ほんとそれだけで、その、深い意味はないんですよ』
捲し立てるように話す声を聞いて、森子の緊張の糸が少しだけほどけていく。先ほどの優太のように小さく深呼吸をするとできるだけ声を落ち着けた。
「私なんてそんな大してお役に立ててないですし」
『そんなことありませんよ。盛岡さんがいたから俺は吹っ切れることができたんです。だから、その、お礼だと思って奢られてもらえないでしょうか』
「本当に大したことをしてないんですけどね。……でもそうですね、それで桜井さんの負担が軽くなるのでしたら、どこかで感想会しましょうか」
『――――ありがとうございます! それじゃあ場所とかはまた改めてメールしますね』
「はい、楽しみにしています」
ピッと着信を切ると携帯を机に置く。森子は熱くなる頬に両手を添え、ベッドの上でのたうち回った。
「わ、私は何を勘違いしているんだー! デートなんて、デートなんて‼」
抱き枕を抱え何度も何度もベッド転がり回る。
その身もだえは5分後に終わりを見せる。だが、そのすぐ後に優太と出かけることを意識するとさらに10分追加されていった。
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水の中にいるような独特の浮遊感。ハッキリとしない意識がなく全身の動きが鈍く感じる。
「ああ、これは夢の中か」
優太は夢の中でそう意識しながら、黒の帽子をかぶったアバターを見ていた。その姿はよく覚えている。あれはネット内のもう1人の自分、ハースだ。
夢の中のハースはずっと同じ空を見上げている。そして大きなため息をついていた。
「もうずっとログインしてこないな。……大丈夫かなユキさん」
もっとどうにか出来たのではないか。何か力になれたのではないだろうか。ユキがログインしてこない日々、彼はずっとそれだけを思い続け後悔していた。
そうしている間にも時間は流れ、このゲームの運営期間が終わった。結局ゲームが終わる瞬間もユキはログインしてくれなかった。
「俺は知っていたのに、なのに俺は自分が楽しむばかりで何も。……もうゲームなんてしないほうがいいのかな」
そんなふうに俯いているハースの前に2人の人物が現れる。1人は優太、そしてもう1人はリリィだ。2人はハースの腕をそれぞれ掴むと、悲しんでいる彼を起き上がらせる。そして悲しむハースに向けて優太は笑いかけた。
「もう大丈夫だから。……俺はまた出会うことが出来たんだよ」
その言葉を聞いて夢の中のハースは笑みを浮かべる。それにつられて優太とリリィも笑顔になった。
――ピピピピピ!
その瞬間、けたたましいアラームが部屋中に響き渡る。優太はベッドから手を伸ばすと、携帯のアラームを止めた。
「……時間は。うん、予定通りだな」
ベッドから起き上がると出発の準備を始める。着替えをしながら自然と鼻歌交じりになった。
今日はリリィとしてでなく、ましてやハースとしてでもない。桜井優太として盛岡森子として出かける日だった。
「楽しみだな。盛岡さんとの感想会」
集合時間にはまだ十分時間がある。だが居ても立ってもいられず優太は家を飛び出した。
見上げると空は快晴の青空だった。だがその空を物思いに見つめることもうなかった。
悩んでいる時間よりもいまは1秒でも長く森子と話がしたい
優太は快晴の空から視線を下すと集合場所へ走って向かっていくのだった。
これにて今回のお話は最終話となります。
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