「3年生のときの体育祭覚えてる?」
成人式後に開かれた同窓会、同じテーブルでビールを呑んでいた男子が笑いながら言う。
「ああ! 比企谷の?」
「そうそう! 川崎を引っ張りだしてさ!喧嘩ばっかしてたくせに好きだったのかよ〜って大笑いだったよな」
高校の同窓会の案内が届いたのは去年の暮れだった。あたしは大学進学と同時に上京していたから、久しぶりに地元の友達に会いたいと、すぐに出席に丸をつけた。
「あの後どうなったんだっけ?」
「フラれたんじゃなかったか?」
隣に座っていた姫菜が笑顔であたしを見た。
「もう昔のことだからいいよ」
あたしはにっこりと笑ってカクテルを口にする。 姫菜は特に気にもせず、唐揚げを小皿にとる。
「ほら、もっと食べなよ」
酔いの回った男子たちがそのときの比企谷の真似を始める。
「ちょっと、男子! やめなよ。川崎さんの目の前でそんなこと」
同じテーブルに座っていたクラスメートの女子が止めに入る。
「あ、ごめん、川崎」
怒られた男子はしゅんとして座り直した。
「あんたはそうやってデリカシーがないから、いつまでたっても独り身なんだよ」
「え〜、それは今関係ないじゃん」
クラスメートたちが騒いでいるのを見ると、まるで高校の教室に戻ったような気分になった。やっぱり地元はいいな、なんて思いながら唐揚げを口に運ぶ。
高校最後の体育祭は、秋なのに蒸し暑かった。
「暑さで溶ける」
比企谷がぶつぶつと隣でうなる。
「ほら、借り物競走の集合かかってるよ。入場門のところに行きな」
「テントの影から出たくない」
「ほら、早く」
比企谷の背中を無理矢理押し出すと、アイツは不満げに入場門の方へと歩いていった。
目の前で行われている障害物走に目を向ける。ちょうど同じクラスの男子が走る番らしく、テント内が一気に盛り上がる。
やがて、借り物競走が始まると、「お母さん」や「学年で1番のイケメン」や「教え方の上手な先生」などを探して必死にグラウンド中を走り回っていた。完全に悪ノリで書いてるでしょ。
比企谷の出番になって、グラウンドの真ん中で指示の書かれた紙を拾って開いた比企谷は、まるで無理難題を引いてしまったようにしばらく立ち尽くしていた。
「比企谷、なに引いたんだろう」
「走れ走れ!」
テント内から野次が飛ぶ。
やがて比企谷は紙を閉じると走り出した。
「ヒキタニ君、こっちに来ない?」
隣に座っていた姫菜があたしに耳打ちをした。
「何引いたのかな?」
比企谷はテントまで来ると、あたしの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた。
「は? なに?」
周りのクラスメートが騒ぎだしたのと、突然腕をつかまれたので、あたしは自分の耳が真っ赤になるのを感じた。
「……ちょっと来い!」
比企谷に強制的に日差しの下に連れ出されてゴールに引っ張られる。後ろからクラスメートたちが冷やかしの声をあげるのが聞こえた。
「ねえ! 速いんだけど!」
空手で鍛えているとはいえ、心構えもなしに走らされ息が切れてしまいそうだ。
ゴールに着くと、体育委員がマイクを比企谷に渡した。比企谷はマイクを受け取りながらも困ったように黙ったまま立っていた。
「ねえ、早く言いなよ? あんたのために走ってあげたんだから」
そうつつくと、比企谷は困ったように笑ってマイクを口にあてた。
「……俺が引いたのは『好きな人』です」
遠目でもクラスメートたちが大騒ぎしているのが見えた。
比企谷はマイクを体育委員に返すとあたしの手を引いて、競技を終えた走者の列の後ろに座った。
「すまん。ほかに頼めそうなやつが思いつかなかった」
比企谷は相変わらず困った顔をしてあたしに言った。
「まあ、あたしを選んだあんたはえらいよ」
あたしは笑って比企谷の背中を叩いた。
「だろ? とっさの判断ができる男だからな」
比企谷が力なく笑う。
そして昼食。
――コトン。
「へ? 川崎?」
比企谷の目の前に差し出したもの……それは、あたしの手作り弁当だった。
「そ、その! こ、これはたまたま多く作り過ぎただけだから!」
あたしは恥ずかしさからか、そんな言い方をしてしまう。
「唐揚げにハンバーグにポテサラに……これ、うまそうじゃん!」
「ち、違うから! 作り過ぎただけだから! トマトも入れた方が良かった?」
照れ隠しに、アイツの嫌いなものも言ってやる。
比企谷が食べる様子を見ながら呟く。
許してあげるよ。捻くれていて、鈍くて、どうしようもないヘタレだけど、それでも許してあげる。
だって、真っ先にあたしを思い出してくれたから。
いかがだったでしょうか。