どうなるかな……?
「はぁ? おめぇら、北高SOS団とは友達じゃねえの?」
ここは開盟学園化学準備室。
2リットルペットボトルが床に無数に置かれた所で、中馬鉄治はスケット団に胡乱な目を向けていた。
「違うって、チュウさん!」ボッスンは両手を出しつつ、「あいつらは勝手に俺達に興味を持ってきて、しつこく俺達に付きまとおうとしてたんだ。部活の邪魔になるかもしれなかったんだよ。まあ手を引いてくれるとは言っていたけど……」
「でもよお、涼宮ハルヒは、俺の薬の実験台になってくれると言ってくれたんだよ。
俺としては、実験体が増えることは嬉しい限りなんだ。
今回の発明品は調子に乗ってたくさん作っちまったしさぁ。準備室では保管しきれないんだ」
「何やってんだアンタ……」
「とにかくおめえら、あのSOS団にも渡してくれよ。折角の発明品なんだからさ。こっちとしては処分するのはあまりにも惜しいんだ」
「そう言われてもなあ……」ボッスンはため息をついて、ペットボトルの1つを取り、「こりゃいらねえ薬だろう……。
それに渡すのは稀代の変人・涼宮ハルヒとその仲間達だぜ。手に入れたら何に使うやら」
『……まあ、なるべく俺達で何とか処理しよう』スイッチがフォローしてきた。『ボッスンは椿には飲ませたくないのか? そうすればうるさい人間が一人減るだろう』
「まあ、一つの案ではあるがな」ボッスンは腕組みをして、「とはいっても、それだけでこれだけの量を消費できそうなもんでもねえしな……」
「そや」横から聞いていたヒメコは、掌をぽんと叩いて、「SOS団の人達なら、一人だけ渡してもよさそうなのがおったわ」
「ヒメコ?」
いつもの秋晴れ、いつもの登下校の道。
キョンはけだるげに、あくびをしながら歩いていた。
秋が深まり、木の葉は大体落ちつくした。
あれから3日たつ。
ヒメコさんには一度も会えなかった。当然だが。
まあ、1ヶ月後でも1年後でも、会える日を楽しみにしていよう。
「キョンくーん!」
ふいに校門から、明るい声をかけられた。
「ヒメコさん!?」
県立北高校と書かれた銅版の前で、ヒメコが金髪と色白の顔で、2リットルのペットボトルを抱きかかえて待っていた。
再会が意外にも早いな。
「ええ天気やなあ」
「ええ、そうですね……」キョンはドキドキしながらも、「学校大丈夫なんですか? 遅刻してはまずいのでは?」
「大丈夫、この時間帯なら、急げば何とか間に合うやろ。
それよりあんなぁ、是非とも渡したいものがあるんや」
そう言ってヒメコは、抱えていたペットボトルを差し出した。
その中には、緑色だが多少濁り、お茶と言うより青汁のような液体が丸々と入っている。
「なんですか、これは?」
「チュウさん、あ、中馬先生が開発した、『あべこべ茶』や」
そう言えばそんな先生がいたなと思いつつ、キョンは、
「ハルヒの奴、是非とも薬の実験体になりたいと言ってたんですよね」
「そや、その薬が完成したんや。お茶と言う形やけどな。
これは一言でいえば、飲んだ人の性格を真逆にするお茶なんや」
「性格を、真逆……?」
何やらドラえもんのジキルハイドみたいな薬だな。キョンはちらりとそう思った。
「まあ要するに、気弱な奴は強く、明るい奴は暗く、飲んだ人間の性格とまったく正反対の人格を呼び覚ます効果があるんや」
眉唾だな。キョンはそう思いつつも、
「ありがとう。とりあえず誰に飲ませるかは考えておきます」
味見も兼ねて自分が飲むのもやぶさかではないが、普通人の自分が飲んだら自分がハルヒみたいな稀代の変人になってしまうと、キョンは思いなおした。
「なあ、キョン君」
「はい?」
「あたしの勘違いなら忘れてほしいんやが……」ヒメコは顔をそっとキョンの耳に近づけ(キョンはぽっと赤くなった)、小声で、「SOS団に所属する宇宙人や未来人や超能力者って、あんたのことなんか……?」
思わぬ質問に、彼は瞬き。
「いえいえ、俺は普通人ですよ。
そうだなあ、信じてもらえないかもしれませんが、実は宇宙人は……」
今度はキョンが、ヒメコの耳に顔を近づける。
その時、
「ひいいいいっ!!」
という悲鳴が聞こえた。
ふと横を見ると、皆皆がぎょっとした表情で1ヶ所を見ている。
そこでは長門が無表情で、スイッチからもらったマンドセルを背負って歩いていた。
3日間、ずっと愛用している。
「……長門の奴、あれからずーっとマンドセルを使ってるんか……?」
「ええ、どうやらすっかり気に入っちゃったみたいで……。ただでさえランドセルを使う高校生はいないのに……道行く人が卒倒しないといいけどな」
マンドリルの頭部を背負っているかのような長門を見て、キョンもヒメコも、唖然とした。
そっとキョンは付け加えた。
「実は長門は、本当の宇宙人なんですよ……」
「やっぱり?」
「正確に言うと、宇宙生命体に作られた人造人間。それから、朝比奈さんが未来人で、古泉が超能力者」
ヒメコは思案顔になり、
「……とりあえず覚えておくわ。ま、ボッスンやスイッチに話しても信じてもらえへんやろうけど」
駆け足で去っていった。
教室に行くと、窓際の彼の机の隣で、友人の谷口がニヤニヤしながら待っていた。
「なあキョン、校門にいたさっきの可愛い子、誰だ?
お前涼宮以外にも親しい女の子いるのか。本当に色男だなあ」
「ハルヒとは親しくねえよ。ただ流されるままに活動につき合ってるだけさ」キョンは鞄の中のあべこべ茶を気にしながら、ぶっきらぼうに言う。「それから、さっきの子はただの友達。開盟学園の女の子だけどな」
「そうかなあ、なんだか親しげに会話してたけど」
谷口は相変わらずニヤニヤ。
こいつに例の茶を飲ますのも悪くないが……飲ませなくても大丈夫か。
同じく友達の国木田が心配げに近寄ってきて、
「あの子、あおば中の鬼姫に似てるような気がしたんだけど……。大丈夫?」
「は?」
「中学のころに何度も教えたじゃないか。鬼姫の暴虐っぷりと、彼女の縄張り。
もし正真正銘の鬼姫だったら、キョンやばいことになるよ。どんな目にあわされるか……」
まあその通り、正真正銘の鬼姫だが、今はだいぶ性格が丸くなった感じだから大丈夫だろう。
もちろん国木田にそのことを話すのは控えた。
「キョン!」
大きな声に、3人は反応する。
涼宮ハルヒだ。
「今日はとっても大事な日! 校内の超常現象を探しに行くのよー!!
みくるちゃんや古泉君や有希にも言っといてねー!!」
相変わらずのハイテンションっぷりに、はいはいとキョンは聞き流す。
相変わらずの他人の都合を考えない手前勝手ぶりだ。
あの茶を飲ませるべき相手が、すぐそこにいたな。
いつものようにハルヒと一緒に、キョンはSOS団の部室へやってきた。
「ったく、みくるちゃんも有希も古泉君も、用事があって遅れるってどういう事よ! 今日は校内の超常現象を散策する大事な日なのに!!」
ハルヒは毒づきながら、部屋のパソコンを起動した。
キョンはこれ幸いと、自分の湯呑にただの水を、そしてハルヒの湯呑に例のあべこべ茶を入れて、
「ハルヒ、喉渇いてないか?」
「あ? ……まあ、声出してばかりだから渇いてるけど」
「ほら、お茶だぞ」
キョンが差し出したお茶を見て、彼女は目をぱちくりして、
「……何変なサービスしてんのよ。本来これは、みくるちゃんの仕事でしょ」
「朝比奈さんばかりにこんな仕事をさせるのもよくないと思ってさ。それに、平団員が団長に気を使うのは当然のことだろう」
キョンはなるべく、筋の通りそうなことを言った。
しばらく、シーンとした時間が流れる。
「あんた、今日は馬鹿にしおらしいわね……。キョンらしくもない。まあ、いいわ」
多少疑念の目を向けながらも、片手を腰に当てながら、ハルヒはグイッとあべこべ茶を飲み干した。
それを見て安心しつつ、キョンがただの水を入れた湯呑に口をつけると、
ガシャアン!
湯呑の砕ける音が響き、続いて、
「ぎゃああああああああああああああああ!! ほぎゃあああああああああああああ!!」
超神水を飲んだ悟空のように、ハルヒが床に倒れてもがき苦しみ始めた。
「ハルヒ? ハルヒ!!」
思わずキョンは湯呑をおいて彼女の近くに寄る。
救急車を呼ぼうと思ったが、彼は考えた。
今は自分と2人きり、ということは傍から見たら、自分が彼女に毒を盛ったと思われてしまうかもしれない。最悪の場合、自分はしょっ引かれる。
キョンはアジトの窓とドアを閉め切り、音が外に漏れないようにした。
悲鳴が外に聞こえていないといいが。と言うか朝比奈さん達もこんな時に来ないでほしい。
そう思いながらキョンは、自分の膝にハルヒを寝かせ、
「ほら、水だ!」
自分が飲もうとした水を差しだす。
口はきけないながらも、何とか上体を起こし、がばがばと彼女は水を飲み干した。
間接キスだな。ちらりとキョンはそう思った。
水だけはたくさんあるから、ハルヒがほしがるだけ彼は水を飲ませた。
小半時ほどたった後、
ピトッ
急にハルヒの悲鳴がやんだ。
どうしたんだ!?
突然のことにそう思う間もなく、我に返ったハルヒは、ぱっとキョンの膝から飛び退いて、
「きょ、キョン君……こんなにくっついたら恥ずかしいよ……」
はにかんだ表情で手を頬に当て、蚊の鳴くような声。
君……?
キョンは思わず瞬き。しかも今のハルヒは女の子座りで、彼女とは思えないくらい妙にモジモジしている。
「は、ハルヒさん……」思わずさん付けした自分に驚きつつ、「もう大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫……」
声も、別人と思えるぐらいか細い。
もしかして、あべこべ茶が効いたのだろうか。
普段傍若無人かつ猪突猛進だから、こんな風に大人しくなるのか。
ハルヒは両腕で自分を抱きしめるような恰好でフラフラと立ちあがり、やはりモジモジした感じで、頭の中で何かを反芻しているようだった。
豹変ぶりに戸惑いを覚えていたキョンだったが、このままでいてほしい気もする。
ハルヒの呟きを聞いてみようと思いつつ、近づくと聞こえる。
「SOS団なんて訳わからない部を私が作ったなんて……ただの人間に興味がないって言ったなんて……宇宙人や未来人がいたら私のところに来いと言っていたなんて……!」
ハルヒの独り言を聞いているうちに、彼女の顔がどんどん赤くなっていくことをキョンは感づいた。
「ああ、恥ずかしい!!」
ハルヒは両手で顔を隠す。彼女はどうやら羞恥心を制御できないようだ。
ハルヒは廊下へと走り出す。
「ちょっと待って、SOS団はどうするんだ!?」
「貴方達で何とかして……私、こんな変な団を結成して、団長になって、超常現象とか超能力者とか宇宙人とかを探していたなんて……顔から血が出る程恥ずかしい!!」
血じゃなくて火です、とツッコむ間もなく、真っ赤な顔を両手で隠して、ハルヒはSOS団の部屋から逃げ出した。
「待て、ハルヒさん!」
キョンも思わず追いかけてしまっていた。
あまりに大きな出来事だったので、件のあべこべ茶を、机の真ん中においていたことはすっかり忘れてしまっていた。
「ハルヒさん! どこだー!!」
思わず1階まで追いかけてしまったキョン。
周りの人間が、怪訝そうな表情で彼を見る。
「どこ行ったんだ、あいつ……」
彼女は思いっきり、過去の行動を恥ずかしがっていた。トイレにでも隠れたのだろうか。
別の意味でトンデモなことをしないといいが……。
すると突然、校内が小さく揺れた。地震だ。
それから体勢を立て直しつつ、ふとキョンは、SOS団のアジトに自分の鞄を置いてきたことに気付いた。
続いて、あべこべ茶を机の真ん中においてきたことも。
「あ、あべこべ茶忘れてきた。もし朝比奈さん達が飲んだら……!!」
不安が頭をよぎり、あわてて彼は引き返した。
駆け足で文芸部部室、もといSOS団のアジトに戻ってくると、ゆらりとアジトのドアが開いた。
「!?」
次の瞬間、キョンは全身に悪寒を覚え、後ろに下がった。不安が恐怖に高まった。
全身にどす黒いオーラを身にまとった男子生徒が、映画に出てくる貞子のように四つん這いのような格好で、キョンの前に歩み出てきた。
「お……お前誰だ……!!」
「…………!!」
地の底から呻くような低―い声を、その男子生徒はもらす。
キョンはその生徒が誰か一瞬分からなかったが、呼ばれたのは自分の名前だったと気づき、すぐに感づいた。
「……お……お前……古泉……!?」
恐怖で冷や汗がだらだら出、声が裏返っているのに気付かないまま、キョンは顔を上げた古泉の顔を見て、さらにぎょっとなった。
「あのお茶を持ってきたのは……君なのか……」
やはり地の底のような低い声で、表情はこれでもかと言うぐらいに暗い。
「あ……あのお茶? お前もしかして、あのお茶飲んだのか……?」
「やはり持って来たのは君なんだな……。僕は君のことを、親友だと信じていたのに・・・クククク……」
古泉は幽霊のように、恨めしげに肩を掴んできた。
「ククク笑いやめろ!! つーかお前にあれを飲ませる気はなかったんだあっ!!」
普段こいつはさわやかだから、陰湿になるのか。
古泉の手を弾き飛ばし、キョンはドタドタとSOS団のアジトへと逃げだす。
「長門-っ!! 朝比奈さーん!! 古泉が変だああっ!!」
入った瞬間、
ドォン!!
「こらキョン!!!」
机をたたきながら部屋を震わすような大声を出したのは、朝比奈みくるであった。
「ヒッ!!」キョンはぎょっと後ずさりをして、「朝比奈さん? と言うか俺のこと呼び捨て?」
上ずった声で言う間もなく、キョンはみくるに自分の襟首をつかまれ、ロリ顔にはありえないほどにすごい剣幕で、
「あのお茶、キョンが持ってきた物!?」
「は、はいっ!!」
バキッ!!
目の前にパンチが飛んできた。
「いったいどういうつもり!? 最初からあんなまずいものを飲ませるつもりだったの!?」
「いたあっ!! やめて朝比奈さん! 暴力反対!! っていうか何がどうなってるんですか!?」
すると、みくるの傍らにいた長門が、怒った表情で、
「実はねーキョンと涼宮のいない間に私達はこの部屋にやってきたんだよーそしたら机にお茶が置いてあったからみんなで飲んだんだーその後舌が焼けるようなまずさでみんなでのたうち回ったんだよーあのお茶は一体何なのか是非とも話してもらいたいなー」
黒柳徹子にニトロブースターをつけたかのような、早口かつ甲高い声でしゃべった。
豹変ぶりを見て、キョンの胃の腑が縮みあがり、危うく吐きかけた。
「とにかくキョン、あのお茶は一体何なのよ!!」
キョンのネクタイをギリギリと締めあげたまま怒鳴るみくる。そのものすごい視線でキョンは震えあがった。
普段気弱な彼女だから、短気で乱暴になるらしい。
「見た目はお茶だけどー中身はまずいなー、あれはいったい何なのー」
その横で、怒った表情で長門は誰にともなくぺちゃくちゃしゃべる。
背後に古泉のヌワァーッっとした雰囲気と、クククと言う笑い声を聞き取り、
「うわあ、逃げ……!!」
裏返った声でキョンはみくるの腕を払いのけ、部屋の奥へと駆けだす。
それから尻にみくるのヤクザキックを受け、思わず床に転ぶ。
「いたあっ!! 話します!! 全部話しますから!! お前らは元に戻って!!」キョンの表情は完全に泣き顔になり、声も震えてひっくり返っていた。「お願ぁい!! 戻って!! このままじゃ話す前に俺の気が狂っちゃうよ!!
とはいってもどう戻せば……? あれ、あべこべ茶がないじゃないか。 どこにあるんだ? どこにあるんだ?
いたあっ!! 朝比奈さん、だから暴力反対! 今のキックは俺のケツの穴にジャストミートしてましたよ!!
そうだ! あべこべのあべこべで元通りにできるかも!! とはいってもどこにあるんだ?」
赤ん坊のように這って3人から逃げ回りながら、キョンは床を探ってあべこべ茶を探す。
「あ、あったぁ!!」
湯呑が複数割れているところのド真ん中に、あべこべ茶の入ったペットボトルは転がっていた。
這ってそれを取り、立ち上がる。
バイオ○ザード並みの恐怖のままに、キョンは目をつぶり、
「うわああああああああああああああああああああああ!!」
甲高い奇声をあげて3人に向かって突進し、古泉の頭をつかんでじかにあべこべ茶を飲ませた。
「うわわ、何をして……っ!!」
続いて驚く長門にあべこべ茶を飲ませ、最後にみくるに飲ませる。
こんこんとせき払いをしながらも、何とか3人は飲んでくれた。
みくるから金的蹴りを食らって痛かったが。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」
「があああああああああああああああああああああ!!!」
「げえええええええええええええええええええええ!!!」
それからSOS団のアジト中に、悲鳴の三重奏が外に漏れる程響いたのは言うまでもない。
キョンは水を用意して皆皆に飲ませながらも、悲鳴が漏れないかと冷や汗ダラダラになっていた。
外に聞こえて皆が駆け付けたら、自分は3人に毒を盛った疑いで確実に逮捕されるだろう。
悪夢を見ているかのような一時。
ピタッ
悲鳴が一斉にやんだ。
額を拭いながら、キョンは3人の様子を見てみる。
床から顔を上げた古泉は、いつものニコニコとした表情。
長門も普段のような無表情になっていた。
こんなひどい目にあいながらも、いつものペースを崩さないこの2人の耐久力に、今更ながら脱帽させられる。
へなへなと壁にもたれかかるキョン。風が吹いても倒れそうだった。
そう言えば、この3人に間接キスさせちゃったな。
みくるは泣き顔の表情で、彼のところに寄ってきて、
「キョン君……。私が貴方に暴力をふるったこと、悪夢だと思って忘れてください……。ごめんなさい……」
そう言われると逆に夢として出てきそうなんですが。
キョンはそう思いつつも文句は言わず、
「性格が変わった後の記憶が残ってるなら話は早いです。実はこのお茶はですね……」
あべこべ茶のことを、洗いざらい説明した。
スケット団からもらったこと、飲んだ人間は性格が真逆になること、本来はハルヒだけに飲ませるつもりだったこと。
「成程……」古泉は腕組みをしながら、「それで、今の涼宮さんはどうなってるんですか?」
「あべこべ茶のおかげでとてもおとなしい性格になってくれたけどね。
ただ……。過去の行動を今の人格が受け付けていないみたいなんだ。
『ただの人間に興味がない』の、『宇宙人や未来人やらがいたら自分のところに来い』だのと言ったこと、とても恥ずかしがってたし。
そして廊下に行ってしまってな。探しても見つかんねえ」
すると、ずいっと古泉が進み出てきた。笑顔が消えて焦燥の表情になっている。
「ひょっとしたら涼宮さん、自分をはかなんで自殺してしまうかもしれません!! そしたら世界が本当に滅亡してしまうかもしれない!!」
「そんなバカな!?」
「忘れた?」長門が無表情で、「涼宮が世界の滅亡を望めば本当に滅亡してしまうこと。自分の滅亡を望めば、一緒に世界も道連れになるということ」
みくるはそれを聞いて、涙顔で慌てふためき始めた。
おいおい、じゃあハルヒが年を取って死んだら世界は滅ぶのか?
とはいっても、今のネガティブになった彼女なら、そういう行動もしないとも限らん。
思わず彼は立ち上がった。
「みんな、ハルヒを探しに行くぞ!」
すると、SOS団アジトのドアがドカンと開き、そこに谷口が立っていた。
「谷口!?」
「キョン、汗ぐっしょりじゃないか……。もうすぐ冬なのに、どうしたんだ?」
「それはまあ、おいおい……。それより谷口、ハルヒがどこにいるか知ってっか?」
「実はその、涼宮のことなんだ」
「何だって!?」
ここは茶道部の部室。
畳が置かれ、ヒーリングの音楽が流され、清閑な雰囲気が流れている。
部長である黒髪長髪の女性と、8人ぐらいの先輩後輩が見守る中で、ハルヒは正座で器用に抹茶をかきまわしていた。
キョンとSOS団の3人は、谷口と共に廊下から部室を覗き込んだ。
ここにいたのか。
「こんな私を、受け入れてくれるんですか……?」
オドオドした感じで、ハルヒは茶道部部長に尋ねる。
「いや、まあ……」部長は上品な苦笑を浮かべ、「何があったか知らないけど、学校の屋上から飛び降りようとする生徒を見て、見過ごさないわけにはいかないでしょう。
それに茶道は、人の心を落ちつける効果があるわ。お茶を飲みながらゆっくり頭の中を整理すれば、心の整理もつくでしょう」
落ち着いた物腰で答える。
「やっぱり涼宮さん、自分をはかなんで自殺しようとしてたみたいですね……」
笑顔のない表情で、古泉はキョンに普段見せない冷徹な視線を向ける。
キョンは頭をかきながら、
「まさかそこまでいくなんて、思ってもみなかったんだよ……。いつもいつも自分勝手でうるさいから、少しはおとなしくなってくれと思ってああしたんだけどな」
他の3人を気にしながら、彼はハルヒと茶道部部長の話を聞いてみる。
「本当に私、おかしかったですよね」頬を染めてうつむきながら、ハルヒは、「普通人に興味がないの、宇宙人や未来人やらを探してるのと言っちゃって」
「まあ」部長は苦笑いしながらも、「若気の至り、と言うのはあるからね。貴方も本当は、ああ言ってみたかっただけだったんでしょう」
「……たぶん……そうだったのかしら……」
「それにしても貴方、本当に茶道初心者?」部長はハルヒの手さばきを見て、「抹茶のかき回し方、本当にうまいじゃない。文武両道だとは聞いてたけど……」
「そうですか? ありがとうございます」
ハルヒはオドオドしながらも、部長に礼儀正しく頭を下げる。
「是非ともうちの部員にしたいわ……貴方なかなか才能あるし」
「ありがとうございます。これからお世話になります……。宜しくお願いします……ぽっ」
抹茶をかき回す手を止めて、静かにハルヒは答えた。
『ぽっ』って、どっかのギャルゲーのヒロインみたいだけどな。
ハルヒは、最初は過去の自分の行動を恥じて体を丸めていたが、やがてピシッと背を伸ばして正座の理想像になり、ゆっくりと抹茶を飲み干す。
「はあ……おいしい……」
その姿、その控えめな声、その柔らかな微笑みは、まさにしとやかな大和撫子そのものにキョンは思えた。
魅力的すぎて、言葉に出ない。
彼は、ひそかにガッツポーズをとる。
「おいキョン!」谷口が前に進み出て、「お前、涼宮と付き合ってはいねえよな?」
「いねえけど、どした?」
「今の涼宮なら俺、ぜひとも彼女にしてえからよ。後で文句言ったりするなよ!」
言ってから谷口は、手ぶらでハルヒのもとに駈け出した。
おいおい、ラブレターとか花とかいらねえのか?
そう思いつつ見ると、谷口の告白に、ハルヒは両頬を手で押さえながら、
「本当に私で、いいんですか……? ぽっ……」
とか細い声で答えている。
すると、どこに隠れていたのか、地味そうな男たちがキョン達の横をどやどやと前に進み出て、谷口を押しのけ、「抜け駆けすんな!」「涼宮さんは俺の彼女になるんだ!」とおのおのわめきながら、ラブレターと思しき茶封筒やら花束やらをハルヒに差し出している。
ラブレターを茶封筒で渡すのも非常識なもんだが、彼女は元々美少女である上に文武両道だから、あの性格がなくなってしまえば、男どもが是非とも彼女にしたいと思うのは人情だろう。
ハルヒは顔をリンゴのように紅潮させ、うつむいてしまった。
選択に困ってしまっているようだ。
先ほどの茶道部部長は、やめなさいと言いながら男どもを帰し始めた。
ま、今のハルヒならベストな選択をするだろう。
付き合う……か。
自分だったら、朝比奈さんかヒメコさんのどっちかだけどね。
とにかく、今のハルヒが持ち直したならそれでいいか。
横を見てみる。
古泉は笑顔が消えて呆然とした表情。長門は相変わらず飄々と。みくるはきょとんとしている。
ま、こいつらもそのうち慣れるだろう。
そう思う間もなく、突然の地震がぐらっと襲った。
今度は大きい。震度5ぐらいか。
SOS団の今日の活動は中止となり、いつものようにボードゲームで遊んで、いつものダラダラした時間を過ごして、皆皆帰ることにした。
ハルヒを除く、SOS団全員での下校である。
キョンは地震のことも忘れ、ハルヒがしとやかになったことに奇妙な満足感を覚えつつあった。
一方で古泉はあれからずっと笑顔を見せず、深刻な思案顔をずっと続けている。
「オイオイどうした古泉。元気がねえじゃねえか」
「すみません、涼宮さんがあまりにも変わってしまったもので……」悩ましげな顔をキョンに向け、「本当に大丈夫でしょうか、これで……。
古今東西、急激な変化はろくな結果を起こしたことがないんですよ。フランス革命だって民主主義が急激に浸透した一方で、多くの犠牲者を出しましたし……」
「やだなあ。みんなすぐ慣れるよ」キョンは笑って、「ハルヒ自身だって過去の自分を受け入れたうえに、モテモテになったんだから、幸せだと思うぜ」
「でも」長門は無表情で、「涼宮の抜けたSOS団はどうなるの? 存在意義は?」
すると、みくるが泣き顔の表情になり、
「そんなぁ……。キョン君、SOS団なくなっちゃうの? 私はみんなと一緒にいたいのに……」
「大丈夫大丈夫。残った俺達でいつもの日常を送ればいいじゃないですか。
一応古泉が団長に繰り上げと言うことで。
それに、もうハルヒにバニーとかナースのコスプレとか、させられなくなるんですよ」
そう話すと、みくるはすぐに泣き顔をほころばせた。
キョンがちらりと長門を見ると、彼女は相変わらずマンドセルを大事そうにしょっている。
「なあ長門、そのマンドセルを使うのはやめた方がいいんじゃないか? ほら、人がじろじろ見てるし」
「見たい人は見ればいい。それにこのマンドセルは使いやすいし、笛吹が丹精込めて作ったものだし。皆、すぐに慣れる」
「いや……慣れる人いないだろうって……。そうだ、ちょっと悪いが開盟学園に行ってくる」
「え?」
「ヒメコさんにお礼を言わないといけないから……ってあれ? ヒメコさん。ボッスンとスイッチも」
「あれ? キョン君やん」
ヒメコが、すぐそこに立っていた。ボッスンとスイッチも一緒である。
そう言えばこのあたりのT字路は、北高の生徒も開盟の生徒も登下校に使っているな。
「ちょうどよかった」ヒメコは口を開く。「キョン君、どうや? あべこべ茶のご首尾は?」
「ああ、ハルヒに飲ませて、普通人にさせることに成功したよ。今は多分、茶道部の部室にいると思う。」
「普通人になったと言われてもなあ……」ボッスンは頭をポリポリ掻きながら、首をかしげて、「どうなったんだかわからんよ。具体的に言ってくれ」
「要するに一言でいえば、オカルトを信じないしとやかな大和撫子になったってことさ。今はSOS団団長を引退して、茶道部にいる」
「なーるほど、」ボッスンは腕組みしてうなずき、「ヒメコにも飲ませるべき薬だな……あいたた!!」
「なんでやねん!! そうやキョン君、あとでわかったんやけどな。あのお茶には問題点があってな」
「問題点……。ひょっとして、味がとてつもなくまずいということですか?」
「それや! よほどの人でないと飲めないという欠点が分かって、チュウさんは改良に取りかかり始めたんや。もしよろしければ、キョン君のも改良したいって言ってたで」
キョンは、アジト内部をのたうち回ったハルヒ達4人を思い出した。
「まああれは確かに、お茶としては不適格ですねえ。是非とも早く改良してほしいです」
率直すぎる気もするが、素直に感想を述べ、素直にあべこべ茶の入ったペットボトルを渡す。
その横で、スイッチがパソコンの無線LANを起動し、今日のニュースを見ていた。
『しかし妙だな……』
「どうした?」
『今日の午後あたりから、アメリカでもヨーロッパでも震度4以上の地震が頻発しているらしい』
「……どーしたもんかねえ。まあ日本の最近の地殻もおかしいけどなあ。今日も大きな揺れがあったし。天変地異まみれだゼ」
ボッスンとスイッチの会話を聞きながら、キョンは先ほどの地震のことを思い出していた。
そう言えば大きかったな。
「あ、そうだ。」ボッスンはキョン以外の3人をかわるがわる指して、「お前ら、普通人ではないんだってな」
「「「は!?」」」
3人の声がハモる。
「ヒメコから聞いたけどよ、確か長門は宇宙人で、朝比奈さんが未来人。古泉が超能力者、だっけ?」
『待て、ボッスン。そんなもん、あるはずがないだろう』
興味深げに3人をかわるがわる見るボッスンに対し、スイッチがたしなめる。
「そんな、私は、その……」
「確かにその通り。正確には、情報統合思念体に作られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース」
涙顔で慌てふためくみくるに対し、長門は長々と説明した。
「対有機なんたらだ? わけわからんが」
ボッスンは長門の説明を理解できないよう。
古泉はキョンを小突き、
「もしかして、僕たちの秘密をこの人たちに話したんですか!?」
キョンは頭をかきながら、
「ああ、ヒメコさんには話してもいいと思ってよ。それに、言ったところで信じないだろうとも思ったが、まさか興味を持つ奴が出てくるとは」
ボッスンは3人に興味深げで、
「実はうちのお得意さんによ、そういうものに興味シンシンな女の子がいてな。是非とも会わせたいものだぜ」
おいおい、どんな女の子だ。ハルヒみたいな変人か、相当なオカルトオタクだろう。
そう思う間もなく、後ろからドタドタドタと言う音が響いてきた。
ボカッ!
キョンは思いっきり後頭部に拳骨を食らった。
「いたっ!!……って、ハルヒ!?」
振りかえると、ハルヒが怒りの表情で、腰に手を当てて立っていた。
「キョン! あんた何か企んでるのかと思ったら、私にあんなまずいものを飲ませるつもりだったのね!! おまけにそれからの私は、なんかおどおどしておかしかったし!! 普通人しかいない茶道部に入るなんて! おまけに男どもがギャーギャーうるさかったし!!」
いつものがなり声を出した。
「は、ハルヒ……?」キョンは唖然とした表情になり、「茶道部は?」
「やめた」
「谷口達は?」
「振った」
今までの努力、全部水の泡か……?
キョンはすっかり元に戻ってしまったハルヒを、呆然として見るしかなかった。
「どうやら、あべこべ茶の効き目が切れたみたいですね」
古泉はハルヒを見て、再びいつもの笑顔になった。みくるは複雑な表情。
スケット団のメンツはポカンとした表情になっていた。
「キョン、私にこんなひどいことをした罰として、あんたは平団員からパシリに格下げだからね! お茶くみもあんたがしなさいよ!!」
「は、はい……」
平団員もパシリも似たような気がするが。
そう思いながらも、キョンは黙って、ハルヒのがなり声を聞くしかなかった。
「ボッスン!」続いてハルヒの怒りはスケット団に向く。「私がおかしくなったことで、なんか関わってない!?」
スケット団のメンツは目を背けたりしてやり過ごす。全く関わりがないと言えばうそになるからだ。
「おいおい、ヒメコさん達にまで八つ当たりすることはないだろう。ほら、行こうぜ」
キョンはハルヒの手を強引に引っ張って、家路についた。
とはいっても、茶道部で見た、性格も容貌もよく、大和撫子のハルヒは是非とも残ってほしかった。
あきらめて、たまるか。
続く
あとがき
はい、てな訳で、今回の話は前後編になりそうです。
本当はその前にもう1つ話があったんだけど(ハルヒ・ボッスンメインの話)、ストーリーをもう少し派手にする必要があると思い、この話を前倒しにしました。
『あべこべ茶』はSKET DANCEの『錯乱の花散るらん(第209話。24巻に収録)』に登場する薬なのですが(アニメでは出なかった、残念)、このお茶をハルヒキャラに飲ませるとどうなるだろうと思って書いてみました。
とはいってもハルヒ以外の3人はちょっとだけだったからなあ。
ハルヒの性格が変わったら僕も付き合いたい……と言う思いはありまして、谷口にその思いを投影したりしています。