SOS団VSスケット団   作:SPIRIT

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チュウさんの新しい薬が発明されたと聞き、興味本位で開盟学園にやって来るSOS団。
ハルヒがその実験体となることになり……。



第6話『透明少女・ハルヒ 前編』

 秋が深まり、人の息も白くなり始めた中。

「わああああああああああああああ!!!」

「きゃああああああああああああああ!!!」

「ひいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 SOS団のアジトに、悲鳴の三重奏が響き渡る。

「おいーす」その悲鳴を鎮めたのは、キョンのけだるげなあいさつ。「? お前ら何してるんだ?」

団長席のパソコンのそばで、ハルヒ、みくる、古泉が、体を後ろにそらしておののいていた。ただ、長門だけが相変わらず飄々としている。

「ああ、キョン。実は霊刻館(れいこくかん)のサイトを見て、その動画にみんなで驚いてたのよ……」

 ハルヒがあえぎながら答える。

「霊刻館? 何だそりゃ?」

「昨日来た開盟学園の結城さんの個人HP。……ああもう、心臓が止まるかと思った」

「結城さんのオカルトに対する興味は、ホント並々ならぬものがありますよ」古泉が同調してくる。「制作協力が開盟学園・学園生活支援部……となると、スケット団が作るのを手伝ったみたいですね」

「ヒメコさん達がか。とはいえ、どうせ大したもんじゃないだろう」

 そういいながらキョンは、団長のパソコンのディスプレイを覗き込む。

 ハルヒがマウスを動かし、更新ボタンを押すと、再び映像が流れてくる。

 最初は無表情だったキョンも、動画を見るにつれ奥歯の力が強くなっていく……。

「うわあ、予想以上に凝ってるなあ……」

 気がつくとキョンの顔にも冷や汗が流れていた。

 骸骨やらミミズクやらジェイソンもどきやらが武器を持って活躍する。赤字のテロップがふんだんに盛り込まれ、いかにもホラーという感じを流している。

「やるなあ、あいつら……」

 うなるキョン。その背後で、とっくにみくるが卒倒していた。

 するとハルヒの携帯から、音のしない振動が伝わってくる。

「誰かしら……。お、ボッスン。」

 メールには、次の内容が書かれていた。

 

『おいーす涼宮、元気ですかー。

こっちは暇ぶっこいてマース(笑)。

チュウさんの新しい薬ができたそうで、お前が実験体になることを希望していたと話したら、すっごく喜んでいたぜ。

もしよければ、今すぐ開盟学園の化学準備室に来てくれや。

ボッスン』

 

「チュウさん、どんな薬を発明したんだろう……。

よーし! 早速開盟学園に行くのよ!!」

 ハルヒが急に立ち上がって言った。

「確かに、新薬と聞くと興味をそそるものがありますね」

 古泉が例のごとくイエスマンの態度を取るが、キョンは、

「おいおい、どんな薬かも分からないのに、実験体引き受けて大丈夫か……?」

「……それよりも椿さんに捕まったらどうしましょう」

 意識を取り戻したみくるが、気弱な声で言ってくる。

 どうやら昨日の椿の態度が、よほどのトラウマになっているようだ。

「みくるちゃん、昨日のように、『ボランティア活動のために開盟学園に来た』といえばいいじゃない。大体新薬の実験台になるのだって、ボランティア活動でしょ!」

 まあ確かに、薬の治験は基本的にボランティアだが……今回はどんな作用か分からないからなあ。

 そのやり取りを、長門は横で飄々と聞いていた。YesともNoとも言わない。

「さ、早速開盟学園に行くのよ!!」

 ハルヒは例のごとく周りを省みず、開盟学園に行く準備をし始めた。

 他の皆も、古泉はニコニコと、みくるはどきどきしながら、長門は無表情で、キョンはしぶしぶと従っていく。

 

 

「んー、確かこのあたりよね……」

 開盟学園の校舎にたどり着き、白い廊下で化学準備室を探す。

「ん? 貴様らは北高SOS団の」

 案の定、椿がそこを通りかかった。相変わらず気難しい表情である。

「あ、椿さん……」みくるはハルヒの陰に隠れながら、「今日も開盟学園にボランティアに来たんです……」

「お、そうかそうか」表情をほころばせ、うんうんと椿はうなずく。「感心だな。がんばりたまえ」

 そう言って彼は去っていく。

「相変わらず単純ね」

 ハルヒはつぶやいてから、向こうを見ると、化学準備室が見えた。

 早速行ってノックをしながら、「北高SOS団でーす!」と声をかけると、

「待ってました」と男の低い声。

 ドアを開けると、チュウさんとスケット団の3人が、いすに座って待っていた。

 

 

「ようこそ!」チュウさんは大喜びだった。「今回の発明品は、透明人間になれる薬だ。ボッスン達にも実験体を頼んだんだが、断られてな。

ぜひとも実験体がほしいところだったんだ」

 にこやかにチュウさんは答える。

 うさんくさいな、と一瞬キョンは思う。

「俺も一度飲んだことがあったけど、ひどい目にあったからな。もうこりごりって感じだぜ」

 腕枕をしながら、ボッスンはぼやくように言う。

「なーに言ってんのよ! 透明人間になれると聞いて、なりたがらない人間なんていないじゃない!」

「やれやれ……。眠くなるとか、胃を悪くするとかいう副作用はないんですか?」

 ハイテンションのハルヒに対し、キョンは不安げにたずねる。

 チュウさんは無精ひげを撫で回しながら、

「そういうのはねえよ。うそだと思うなら、飲んでみな」

 500mlのコーラのボトルと思しき飲み物を、ハルヒに向かってさし出す。

 キョン達他の4人は、スケット団のそばによって様子を見守る。

「……どう見てもコーラですよね。大丈夫ですか?」

「もちろんコーラじゃねえ。飲みやすいようにコーラ味にはしてあるがな」

「それならなおさら、飲まない人はいないでしょ」

 と、ハルヒはチュウさんから差し出された透明人間の薬を、ぐいっぐいっと30秒ほどで飲み干してしまう。

 もちろん炭酸が入っていないので、楽々飲み干せた。

 …………………

 しかし、何も起こらない。

 周りにも何も、変化は起こらない。

「……何も起こらないじゃないですか」

「……あり……?」

 期待はずれの結果にむくれるハルヒ。

 そのとき、彼女の中で、ドクン、という音がした。

 それに反応するかのように、皆も思わず目を見開く。

 ハルヒは異変を感じて思わず手を見る。

「え……」

 両手がガラスのように少しずつ透き通ってきていた。

 それを通してチュウさんの顔が見えた。

「おおお……!!」

 目を閉じても、まぶたを通して周りのものが見える。制服を引っ張ってその中をのぞくと、体は透け、骨や内臓、血管や神経が見える。

 皆々も呆然としながら、その様子を見守っていた。

 やがてハルヒの皮膚は完全に消え、内蔵・骨も消え、最後に血管・神経も消えた。

 ハルヒは、透明になったのである。

「成功だ……!!」

「やったぁー!! 透明人間になったぁー!!! やっほー!!!!」

 大喜びのハルヒの叫び声。

 

 

「小説や映画だと、透明人間になるのは男が多い。涼宮は世界初の女性透明人間、いや、世界初の透明少女といえるかもしれない」

 長門はつぶやくように言った。

 その様子を見守りながら、ボッスンは、

「……しかしよぉ、スイッチ、どうやったら透明人間になれるんだ?」

『簡単に言えば、人体の光の屈折率を空気と同じにすることで透明になることができる』

 キョンは今までの行きさつを目を見開いてみていたが、再びさめた表情になり、

「……とはいえ、服はやっぱり消えないのな」

 なるほど、消えたのは服の下の体だけで、彼女のトレードマークである黄色いリボンと北高のセーラー服と青いスカート、白い靴下は消えずに浮いて見えている。

「ドラえもんの石ころ帽子の方が便利なのな。おい、まさかハルヒ、脱いだり……って、いっ!?」

 キョンが言い切る前に、ハルヒのリボンがするりと解け、続いて制服が上にまくれ上がり、下の赤いブラのホックが外れる。

 ハルヒは完全に見えなくなるために、全部脱ごうとしていた。

「す、涼宮さん! 何やってるんですか、はしたない!!」

「ななな、何錯乱しとんのや涼宮! お、お、男衆、向こうむかんかい!!」

 真っ赤な顔で慌てふためくみくるとヒメコ。ヒメコはホッケークラブを持ってベシバシと男性の尻をたたき、そっぽを向かせようとする。長門だけが無表情で、その様子を見守る。

 あわわ、と頬を染めてうつむき加減に窓の外を向く古泉。キョンは呆れてものも言えないという思いで目を背けた。

「おいキョン」頬を赤らめたボッスンが横目でキョンに尋ねる。「お前、妙に落ち着いてるな」

「……そもそもこいつ、教室のど真ん中で着替えるようなやつだから。それに振り向いたって何にも見えないし。……というか、スイッチとチュウさんも落ち着いてるぜ」

 スイッチは無表情、チュウさんはやれやれといった感じである。

「こいつらはこいつらだから。とはいえ、やっぱり全部脱がないと完全な透明にはなれないのかぁ……」

「おい経験者。お前が言う言葉じゃねえぞ」

 ぼやくボッスンに、キョンが突っ込んだ。

 

 

 再び男衆が部屋のほうをむくと、ハルヒの姿は見えず、代わりに白い机に、脱ぎ捨てた制服やら下着やらが散乱している。

 古泉が気になって少し歩み寄ると、太腿が見えない何かにかつんとぶつかった。

「いったいわねー! 古泉君、何するのよ!!」

 ハルヒの声だけが響く。

「あれ、涼宮さん、そこにいるんですか?」

「うっさいわねー!! 自分でどこにいるのかも分からないし、どんな体形なのかも分からないのよ! 鏡を見ても何も写ってないし!」

 ハルヒは不満げである。

「女の子を薬の実験体にした挙句、素っ裸にさせている……。知られたら俺は確実にクビだな……」

 チュウさんはやれやれという感じでつぶやく。

「「いや、それならそもそも実験体にしなければいいじゃないですか……」」

 ボッスンとキョンのツッコミが重なった。

 長門とスイッチを除いて、あっけにとられた表情で、みなは準備室全体を見渡していたが、

「お! 慣れてきた慣れてきた!!」「ジャンプ! ジャンプ!」と、ハルヒの機嫌のよい声が準備室に響いてくる。パタパタという足音も聞こえる。

「慣れてきたのかぁ? くれぐれも調子に乗って外に出たりとかするんじゃねえぞ。俺んときはなあ……」

 ボッスンの言葉をハルヒは無視して、

「ねえねえチュウさん! この薬の効き目ってどれくらい?」

 と聞くと、チュウさんはドヤ顔で、

「改良に改良を重ねたからな。5時間は余裕だな。」

「おお、じゃあ外に出ても大丈夫よね!」

「ちょっと待て涼宮! 俺んときはな、2時間は余裕ってチュウさんは言ってたけど……」

 ボッスンの言を無視して、ハルヒはパタパタと準備室入り口のほうへ向かう。

「お、骸骨!」

 入り口近くの骸骨の模型を発見し、羽交い締めにつかむと、

「そこのけそこのけ! 骸骨通る!! そこのけそこのけ! 骸骨通る!!」

 まるでマラソンをしているかのように模型を動かし、そのまま外に出てしまう。

「ちょっと待て涼宮、何する気なんだ!?」

 皆が外に出ると、そこでは骸骨の模型がマラソンをしているかのように廊下を走り、周囲をびっくり仰天させている。

「うわああ!!」「おばけだ!!」「模型が勝手に動いた!!」「いや、マラソン骸骨だ!!」

 皆々が怒鳴り騒ぎ立てる中で、けらけらとハルヒの笑い声が聞こえる。

 化学準備室から出てきたSOS団とスケット団の皆は、注目してそれを見た。

「ハルヒ、何やってんだ!!」

 いきり立ってそちらに駆け出すキョン。

 と、突然骸骨の模型が急にキョンにむかって倒れてくる。

 模型が壊れないようにキョンは速度を速め、がっちりと骸骨をキャッチする。

 他の皆も彼のそばによるが、もう骸骨の模型に何の変哲もなくなってしまっていた。

 

 

 皆は周りを見渡した。

 野次馬達が集まる中で、ハルヒの姿はまったく見えない。

 ハルヒがどこにいるのか、手がかりが全然つかめなくなっている。

「あ、あ、あ……これもあんた達のしわざぁ……?」

 骸骨模型を見つめる野次馬の中に、結城さんもいた。

「い、いえ……。違います……」

 古泉はばつが悪そうに答える。

「おい! 一体これはどういうことなんだ!?」

 おびえまくっている野次馬の中から、厳格な顔の椿が顔を出す。

「ひっ!?」

 みくるがキョンの背後に隠れる。

「いえ、それは、その……」

 キョンははっきりと答えず、とりあえず他の皆と一緒に、椿と野次馬から逃げるようにして走り出す。

「これは生徒会と学校に報告しておくからな」

 椿の捨て台詞を、皆は苦し紛れに無視して走り続けた。

 

 

 化学準備室に戻ってきたキョン達を見て、チュウさんが声をかける。

「涼宮はどうした?」

「すみません……。見失っちゃいました……」

「外に出たのかな……? あいつも結構チャレンジャーだな……」

 チュウさんはやれやれとつぶやいた。

「やっべえことになりやがったな……」ボッスンは独りごちる。「これからあいつ、どうなるんだか」

「まあまあ、中馬先生も5時間は薬は持つ、って言ってましたし」

「いやいや、そもそもこのおっさんのいうことはあてになんねえから。

俺んときはな、2時間は余裕ってチュウさんは言ってたけど、30分ぐらいで上から順々に薬の効き目が切れてきたんだぞ!? 

そのときも全裸だったから、危うくアウトゾーンが見えるところだった!!」

 ボッスンは言い切ってしまう。

 しばらく、静寂が流れる。その後、

「「「なにぃーーー!?」」」

 とキョン、古泉、みくるは仰天の表情。

 ヒメコは気まずそうに、スイッチは無表情で目をそらす。

「ボッスン! お前何でそんな大事なことを黙ってたんだよ!!」

「言うつもりだったよ!! でも涼宮は聞いてなかったじゃねえか!!!」

 責めるキョンに対し、ボッスンは半泣きの表情で答える。

「じゃ、じゃあ、町のど真ん中で薬の効き目が急に切れるってことも……!!」

 古泉は恐怖に引きつった顔で言う。

「ありうる」

「大変ですよ!! 急いで涼宮さんを見つけないと!! みんなにハダカなんて見られたら、確実に涼宮さんは世界の滅亡を望んでしまいます!!」

「おいおい、そうなっても自業自得だと思うけどな……」

 呆れ気味のキョンに対し、ボッスンは、

「ともあれ、助けなければスケット団の理念に反するな!

とりあえず手分けして涼宮を探そうぜ!!」

 ヒメコはため息をつきながらも、しぶしぶボッスンに従う。スイッチは相変わらず冷静である。

 

 

 ハルヒの制服はヒメコに持たせ、皆はアドレスを交換し合い、外に出て散開してハルヒを探し始めた。

「笛吹」皆と走り出そうとするスイッチに、長門が抑揚のない声で言ってくる。「あなたは、運動が得意?」

『いや……。得意とはいえないな。キャッチボールではノーコンだしな』

「それならば、足を使うのは賢いとはいえないと思う」長門は相変わらずの無表情で、ノートパソコンをかばんから取り出し、「私達にはパソコンがある。ネットで調べて、涼宮が隠れられる場所を探したほうが得策だと思う」

『確かにそうだな。どこか調べれば、温泉も銭湯もあるだろうし』

「ネットカフェも、最近はシャワールームを設置してある所が多い。そこも使える」

相談しながら、スイッチと長門は、手近な温泉や銭湯、ネットカフェをインターネットで探し始めた。

 

 

「きゃっほー!!」

 街の大路に出ながら、ハルヒは大声を上げる。周りの何人かはそれに反応して、きょろきょろとあたりを見渡す。見えていないので、皆は声の出所も分からない。

「お、驚いてる驚いてる」

 歩道で5枚の皿を回している曲芸師がいる。ハルヒはそっと近寄って、その人の腋下をコチョコチョとくすぐる。

 曲芸師はギャハハハと笑いながら、回していた皿をガチャンガチャンと落としていく。皿の破片が当たらないようにハルヒはひょいとかわして難を逃れ、キャハハハと笑いながらその場を離れた。

「ほかになんかできないかなー? ……おっと」

 自分に平気でぶつかってくる人を持ち前の運動神経でかわしながら、ハルヒは考える。

 もともと文武両道なので、こういうことは朝飯前なのである。

 あたりを見渡すと、右手にケーキ屋がある。

「お、あそこ、高いけどおいしい店だって有名なんだよねー。お小遣い足りなくていつも悔しがってたんだ」

 声に戸惑う人々も意に介せず、彼女はケーキ屋に向かって駆け出した。

 

 

「涼宮! どこだー!?」

 ボッスンの叫び声が町に響く。

 青空が出ているが、木枯らしの耐えない寒い外。

 老いも若きも、何の事件も起こらなかったかのようにのんびりと歩いている。

「おお、さみぃ……。半ズボンのサンダリアンには答えるなあ……」

 ボッスンはサンダルを履いている足を震わせながら、町の辺りを見渡す。

 ともあれ、ハルヒらしき姿は影も見えない。もっとも影すらも今は見えない状況になっているのだが。

 彼は考えた。

 ひょっとしたら、人々の話の中から、あいつがどこにいるのかつかめるかもしれない。

「ちょっと危険だが、使ってみるとするかな……」

 ボッスンは額のゴーグルをつかみ、

「装着!!!」

 かちゃりとかけ、町の中を駆け出した。

 彼には、ゴーグルをかけると集中力が増すという特技がある。

 通り行く人たちがどんな噂話をしているかが、はっきりと聞き取れるようになった。

「ねえねえ、何か食べに行かない?」「あそこのレストラン、おいしいんだよね?」

 道行く男の声も女の声も、すっきりと聞こえる。

 その中で、ハルヒの居場所を突き止められそうな情報を探し出していけばいい。

 そう思いながら走っていると、突然目の前の小道を小型トラックが横切る。あわてて飛びのく。

「おっとっと……。涼宮を見つける前に俺が轢かれちゃかなわんな……」

 彼は、なるべく一区画の広い場所を選んで走ってゆく。

 道行くアベック、下校中の小学生達、営業で町を回るサラリーマンの独り言。

 違う、違う。

 どうでもいい話ばかり。

 1キロぐらい町の中を走ってみたが、手がかりはまったくつかめない。

 さらに走っていくと、女子高生達の話し声が聞こえる。

「ねえ、さっきの見た?」

「見た見た!! ケーキが浮いていたよね!!」

「しかもその下を野良犬がかぎまわっていて、奇妙な光景だったわあ……」

 ケーキが浮いている?

 ボッスンはその噂話に耳を傾け、そっち方向に進んでいく。

「あ、あれは何だ?」

「ケーキが浮いている!?」

 さらに走っていくと、公園のほうからさらに手がかりがつかめそうな声が。

「ちょ、ちょっとなんでケーキが消えないのよ! それにこの犬!! さっきからなんで付きまとってんのよ!!」

 それとはっきり聞こえた、ハルヒの声。

「涼宮、あっちにいるのか!」

 ボッスンはゴーグルをはずす。集中で呼吸も忘れてしまったので、激しく咳払いしながらも、声のするほうに駆け出した。

 

 

 かけつけた小さな公園では、子供も大人も20人くらい集まり、ひとつの注目の的を作っている。

 ボッスンが群集をかき分けて進むと、驚いた。

 1本の街路樹のそばで、細かく砕かれたチーズケーキやらチョコレートケーキやらショートケーキやらがどんぶりくらいの大きさで1ヵ所に固まって浮いて見え、その下では野良犬と思しき灰色の犬が、周りをくんくんとかぎ回っている。

「あわわ、注目の的になってるじゃない……!! 犬! 向こう言ってよ!!」

 浮いているケーキのほうから、ハルヒの声が聞こえている。

 群集が多くて彼女の逃げ場所がなくなっていた。

「ちょっと待て待て……」ボッスンは浮いているケーキのほうにより、小声で、「涼宮、このケーキはどうなってるんだ?」

「うるさいわねー! ケーキ屋でケーキをつまみ食いしたらこうなっちゃったのよー!!」

「……考えてみると、体は見えないけど、ケーキは普通に見えるからなあ……。胃袋に残ってこの状態というわけだ……。」

「この犬もケーキ屋から逃げ出したときから私に付きまとっていて、なんなのよぉ……」

「犬なら目で見えなくても、匂いで分かるというわけか。おまけに視界には何も写ってないからな。怪しむのも当然か……」

 ボッスンがかがんで野良犬の頭をなでてやると、急に犬は人懐っこい態度になった。おそらく少し前まで飼われていた犬なんだろう。

 辺りを見回すと、ハルヒと同様に彼も注目の的になっている。

「やべえ、完全に目立っちまってるな……。逃げるぞ!」

 ハルヒの腕をつかもうとするのだが、どこにあるのだか分からない。浮いているケーキを中心に探してみる。

 何かに触れた。それはなにやらすごいやわらかい。

「嫌!! どこ触ってんのよスケベ!!」

 パチインという音と共に、ボッスンの頬に痛みが走る。

「あ……」ボッスンは何に触れたのか分かって頬を染め、「しょうがねえだろ! 今はお前の腕がどこにあるのかもわかんねえんだから……あった!!」

 ハルヒの腕と思しき部分をつかんで、瞠目する群集に突進する。

 かき分けかき分け逃げ出すと、野良犬も追いかけてくる。子供達についていくような形で、野次馬もついていく。

「……お前、普通の時以上に目立っちまってるよ……」

「こんなことになるなんて、思ってもみなかったのよぉ、ボッスン……」

 

 

 追っ手が来ないように、ビルとビルの間の小道をあっちこっちに逃げ回り、何とかボッスンとハルヒの2人きりになることができた。

「はあ、はあ……。とりあえずやり過ごせたな。」

 ボッスンは肩で息をしながら独りごちる。

 野良犬も先ほどの野次馬達も、2人を見失ったようである。

「しかしこのまま街に飛び出しても、浮いて見えちまうしな……。2つの意味で」

「それ以上にケーキが物体Xに変わっていく姿なんて、見たくないわよ……」

「物体X?」

「女の口にできるワードじゃないのよ!!」

 胃液で消化されたのか、ひしゃげたケーキを見ながら愚痴るハルヒに対し、ボッスンは突っ込む。

 とりあえずここは人目につかないようだ。とりあえずここでこの先のことを考えるしかない。

「あとさあ……」ハルヒは震える声で、「透明になっても、寒さを感じなくなるわけじゃなかったのねぇ……」

「……いや、そりゃあ、もう11月も終わりなわけだし。そんな中、外を全裸でうろうろしている奴なんて聞いたことねえよ……」

 ボッスンはビルの間に入り込む木枯らしを気にしながら、呆れ声を上げる。

 とりあえず街の公園でハルヒを見つけたという連絡を、メールでみなに送る。現在の居場所はちょっと判断できないが。

「とはいえ、ここはどこかもわからねえからな……。

とにかく学校へもどらねえと。あ、でもお前の制服はヒメコが持ってるんだよな……。

仕方がない。ヒメコが来るまで、どっかに隠れるしかねえなあ……」

「もう少し遊びたいけど、このままじゃ風邪引きそうだからねぇ……。どこへ?」

「最悪の場合はトイレの中だな。

お、スイッチと長門からメールだ。……なるほど、温泉や銭湯なら裸でも不思議ではねえな……けど、ちと遠いな……」

 携帯のメールには、手近な温泉や銭湯、それにネットカフェの場所が紹介されている。

 それを見ながら、ボッスンはつぶやいた。

 ハルヒは寒さに震える声で、

「私いやだからね! 公園の公衆トイレなんて! 寒いし汚いし!!」

「いや最悪の場合隠れるしかねえだろ! それともみんなに裸見られたいのかよ!? ……あ」

 ボッスンの目が、一点に集中する。ハルヒは瞬きして、

「どうしたの?」

「涼宮、見えてる」

「え?」

「つま先が見えてる」

「え……ええエーーーーーーーーーーーーー!!!」

 そちらを見て、ハルヒは恐怖の悲鳴を上げた。

 つま先から薬の効き目が切れ始め、5本の白い足指が2組とも、はっきりと見えていたのである。

 どこへともなくハルヒは駆け出し、ボッスンがそれを追いかける。

「は、早く隠れないと!!」

「ちょっと待て涼宮、どこへ行くんだ!!」

「待てるわけないでしょ!? 下から順に薬の効き目が切れてんのよ!? このままだと15分後にはこ……もとい大事なところに到達してしまうのよー!!」

「俺んときは上からだったけど、今度は下からか……。厄介なことになりやがったな」

 慌てふためきながら、2人はどこを目的にすべきかどうかも分からぬまま駆け出した。

 思わず大路へと出てしまい、皆々がそっちに注目する。

「足のお化け!?」「ケーキ!?」

 皆に、ケーキと女のつま先が見えている。

「あ……。イヤーーーーーーーーっ!!」

 街の人たちの注目に耐えられず、ハルヒは引き返す。

「待て涼宮!! どこへ行くんだよ!?」

 ボッスンもハルヒが走る小路へと走り出す。

 もはや、八方塞がりの状態になっていた。

 

 

続く

 




 てなわけで、
 『ようやく』ハルヒとボッスンがメインの回で、
 『ようやく』ボッスンが集中モードを披露。
 『ようやく』の多い回ですね。
 なにやらハルヒが馬鹿丸出しの感じだけど。
 ボッスンが透明人間の薬を飲んでどんな目にあったかは、SKET DANCE第114話(第13巻収録)『透明人間露る!』(アニメでは第58話『ストップ! 透明人間くん』)をご覧になってください。
……というか、それを見てからこの小説を読んだほうが面白いかも。
(ちなみに物体Xの色は、肝臓から出る胆汁酸の色だそうで、胆汁酸が透明になると食物は地の色を見せるんだとか。)

 この話はH.G.ウェルズのSF小説『透明人間』を参考に書いてみました。(子供のころ、児童向けの本として読んでいたのです)
 いやあ、大人になった今でも思うけど、作者の想像力には目を見張るものがあるわあ。
それとハルヒやボッスンの性格を踏まえて話を発展させたわけだけど……まだまだまだまだ不足かな。
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